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2013年11月号より

上級車ユーザーを軽自動車へホンダが作った軽の新機軸

異質な軽自動車

スズキ、ダイハツの2強がシェアを分けあっていた軽自動車市場は今日、ふたたび群雄割拠の時代に突入した。その風を巻き起こしたのは、ホンダである。

2011年、普通車の大型セダンも顔負けの広い後席を持つミニバン「N BOX(エヌボックス)」を発売するや、それがスマッシュヒットとなり、月間販売台数で軽トップを取る月が続いた。12年には背高型のセダンモデル「N ONE」を発売。これも可愛いスタイリングや居住性の良さ、快適性の高さなどが人気を呼び、月販1万台前後というヒット作となった。

ホンダが軽に本腰を入れた理由は、国内市場において大型車から小型車への乗り換え、すなわちダウンサイジングのニーズが高まっていることへの対応だ。

大きな車から小さな車に乗り換えるといえば、経済的に逼迫しているようなイメージがあるが、近年ではさにあらず。快適性やパワー、そして所有する満足感を得られるような演出のある車なら、小さいほうが運転も楽で燃料消費も少なくてすむという、きわめて合理的な理由で乗り換えるユーザーが増えているのだ。これは欧州市場にもみられる傾向で、中高年層を中心に、経済力がありながらミドルクラスからコンパクトに乗り換えるダウンサイズユーザーが急増しているという。

ホンダが四輪車に参入したのは今からちょうど50年前の1963年だが、市販車第1号車は軽トラックの「T360」。その次に発売したのは普通車のオープンカー「S500」だったが、これも本来は軽自動車として設計されたもの。しかし、「軽でスポーツというのは好ましくない」と考える行政の壁に阻まれ、やむなく当時の軽自動車枠である360ccをオーバーする500ccエンジンを積んだモデルになったという逸話がある。

その後もホンダはハッチバックモデルの「N360」、若者向けの「ホンダZ」、ボンネットにスペアタイヤをつけたユニークなスタイリングの「バモス」、またバブル期にはエンジンをボンネットではなく運転席の後ろに置いたオープンスポーツ「ビート」など、個性的な軽モデルを次々に送り出した。ホンダにとって軽自動車は、F1に並ぶ技術・商品の源流のようなものなのだ。

その軽自動車にホンダは新しい役割を与えた。それがダウンサイジングユーザーの受け皿だ。利便性や合理性を求めて小さい車を求めるユーザーを、コンパクトカーを飛び越えて軽自動車に引き入れることも、車の作り次第では十分可能ではないかと考えたのだ。

先に述べたN BOX、N ONEの2モデルは、従来の軽モデルのような“庶民の足”とは、やや違ったカラーを持っている。

たとえばN ONEの外観や内装。ボンネットにこれまでの軽自動車にはあまりなかった豊かな抑揚がつけられ、また往年の名車N360をモチーフにしたという丸目の前照灯や角型の尾灯の中は、高級車や輸入車で最近流行っている、イルミネーションによるデザインの遊びが盛り込まれた。

インテリアも、普通の軽自動車のような機能一点張りではなく、昔懐かしい切り立ったダッシュボードの形状とされるなど、これまた輸入車のようなお洒落な演出が加えられている。その遊び感覚は、ホンダの上級モデルでもあまり見られないもので、N ONEを、より個性的なものにしている。

N BOXのほうは、広大で静かな空間という快適性が最大の売りだ。車内に乗り込むと、とくに後席の足下空間の広さが際立っていることがわかる。背もたれを少し倒し、足を組んでくつろいだ姿勢を取っても、前席との間にはなお広々としたスペースが残る。しかも静粛性はきわめて高い。居住感だけを比べれば、コンパクトカーはおろか、ミドルクラスセダンも負けるほどである。

自動車に詳しいジャーナリストの井元康一郎氏は、夏にN ONEで東京と鹿児島の間を、一般道主体で往復した。総走行距離はなんと3200キロほどに達したが、その性能の高さに驚かされたという。

「最初は軽自動車で超ロングドライブというのは無謀かなとも思ったのですが、実際に乗ってみると、5時間休みなしで運転しても腰が痛くなったりといった身体的ストレスがほとんどなかった。大型車も含め、日本車では珍しいことです。もちろん軽自動車ですから車幅が狭く、サスペンションの能力の限界も低い。普通ならそれが軽自動車と見切って作るところですが、ホンダはその軽自動車の限界による大小の揺れを、シートで巧みに吸収するという手法でクリアしたんですね。ダウンサイジングユーザーの多くは内外装のデザインに引きつけられて買うのでしょうが、使ってみて、大型車と同じように長距離を旅することができることに気づくでしょう。ホンダの技術イメージを上げる格好の材料といえます」

N BOXとN ONEは、ライバルに比べてかなり高めの値付けがなされており、グレードによってはホンダのコンパクトカーと比べてもむしろ高価という“下剋上”が起こっている。にもかかわらず、個性的なキャラクターと高い機能性によってダウンサイジングユーザーを取り込むことに成功した。

上級車のユーザーを軽へという、軽自動車メーカーがこれまであまり考えなかったニッチ戦略は、今のところ成功していると言っていい。

増税が水を差す?

もっとも、ホンダの軽戦略が今後もパワフルなものでいられるかどうかは未知数だ。前出の井元氏は、

「N BOX、N ONEとも、きわめてキャラクター性の強いモデルですが、そういう乾坤一擲のクルマづくりを続けることは簡単ではありませんし、販売数をさらに増やすには、従来からの軽自動車ユーザーが買う低価格モデルなども必要です。ホンダの関係者はそのモデルも年内に発売すると言っていますが、それらはN BOX、N ONEと違って、スズキやダイハツが絶対的な強さを持っている領域で、これまでもホンダはその壁に散々跳ね返されてきた。新型車でどういう戦いをするかで、軽市場におけるホンダの立ち位置が固まるでしょう」

と、軽市場におけるホンダの攻勢の成否はまだ確定していないと語る。

軌道に乗りつつある軽戦略だが、伊東孝紳社長は早くも見直しを迫られるかもしれない。

ホンダの懸念材料はそれだけではない。他メーカーと同様、軽自動車の増税論議が本格化していることにはやきもきさせられている。大幅増税となれば、せっかく上手くいきはじめたホンダの軽戦略に、いきなり水をさされる格好となりかねないからだ。

「ホンダにとって幸運なのは、N BOX、N ONEというプレミアム系のモデルを攻めの起点に持ってきたこと。もちろん税金が安いということはこの2モデルにとって大事なことですが、他の軽自動車に比べると増税されても買う理由が残りやすい」(井元氏)

とはいえ、ホンダは新世代の軽モデルのためのエンジンやボディなど、開発費のかかる基本部分を新造したばかりで、増税で失速するようなことになれば多大な影響を被ることは避けられない。今の軽自動車を基本に、新興国向けに幅を広げたモデルを開発するなど、開発費や設備投資を吸収するための対策が早急に求められるところだ。

ホンダにとって国内販売の救世主となった軽自動車が、ホンダをこれからも躍進させるのか、それとも足かせになるのか。経営判断によってどっちにも転がりかねない、まさに今が分水嶺と言えるだろう。

(ジャーナリスト・杉田 稔)

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