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2013年11月号より

軽自動車税引き上げを巡る省庁、自工会、メーカーの思惑

増税は規定路線

かねてから「優遇」と一部で批判の声が上がっていた軽自動車税の大幅引き上げに、総務省が本腰を入れ始めた。5月に自動車税制改正に関する有識者会議を発足させ、国交省、経産省、環境省など関係省庁の担当者を招いて議論を行っているが、一番の槍玉に上がっているのは軽自動車である。

軽自動車の自家用・乗用の税額は年間7200円だ。それに対して小型車は1000cc以下の最も安いクラスでも2万9500円と、いきなり4倍以上に跳ね上がる。それをトリガーに軽自動車の税額を上げたいというのが総務省の思惑だ。

その包囲網は綿密だ。早くから「アメリカが、税金の安い軽自動車は非関税障壁だと言っている」「地方税である自動車取得税が廃止されると税収が減るから、地方自治体が軽自動車税の引き上げを要望している」などと盛んに情報を流し、記者クラブを通じて世の中に喧伝してきた。

一方で、軽自動車ユーザーの反発をかわすために、2人乗りで、高速道路の走行はできないが税額は安いという「超小型車」を創設するという懐柔策も打ち出している。

省庁の事情に詳しいある新聞記者は、

「総務省は自動車税制全体のバランスを取りながらと言っているが、本命は軽自動車増税で、一点集中突破を狙っている」

と、内幕を説明する。

「たとえばアメリカの軽自動車批判。あれは完全に“霞が関文学”の類です。アメリカが言っているのは軽自動車に対して他の車の税金が高すぎる、軽自動車並みにしろということ。ところが役人のフィルターを通すと、軽を普通車の税金に合わせて同水準にしろというふうにすり替わる。

もちろんアメリカの自動車業界関係者は、軽自動車がなくなれば日本でアメリカ車が売れるようになるなどとは微塵も思っていない。そんな見え透いた論理のすり替えを平然とやってくるあたりに、総務省の本気度が垣間見える」

地方自治体の要望にしても、実際に確認すると、軽自動車の増税を要望しているところはほとんどない。そもそも自治体、なかでも第一級へき地を多く抱えるところは、車を保有するコストが上がれば住民の生活が破壊されることは最初から認識している。

総務省に対して求めているのは、都道府県税ではあるが6割以上が市町村に分配される自動車取得税の廃止による税収減を回避してくれということだけだが、それも軽自動車増税の根拠に利用されている。もはや増税は既定路線になっているのである。

軽自動車税の引き上げは、消費税増税にともなって段階的に廃止される自動車取得税(車を買うときに車両価格にかけられる税金)の穴埋めという名目で行われる。その取得税廃止を訴えていたのは、完成車メーカーで構成される日本自動車工業会だ。

自工会の現会長はトヨタ自動車社長の豊田章男氏。豊田氏は「消費税増税によって自動車ユーザーの負担がこれ以上大きくならないよう、車体課税の廃止を求める」と要求。それが実現するなら消費税増税を容認する、というスタンスを示したという経緯がある。

消費税は最終的に5%増えて10%となっても、税率が5ポイントの取得税を廃止することで、実質的には税額が変わらないというのが皮算用だった。

消費税アップが決まってから、消費税増税分を無視して、地方税が減るからという理由で保有にかかる税金の引き上げを突き付けてくるのは、モラルを欠いた横紙破りとも言える行為だ。しかし、自工会は軽自動車税の引き上げについて、明確な反対コメントはほとんど出していない。

「自工会は官庁以上にお役所的な組織で、自分たちが闘いの矢面に立つようなことは絶対にしません。自動車関連の税金が高いと普段から主張していますが、ただ言うだけで具体的な行動はユーザーに対してゴミみたいなパンフレットを配るようなことばかり。幹部がヘラヘラ笑って『減税要求はほぼ百戦百敗ですよ』などと話す緊張感のなさです。反対声明は正式に税制改正の骨子が発表されてからという言い訳なのでしょうが、せいぜい声明を出して終わりですよ」

自動車メーカー関係者の一人はこのように、自工会は、こと税制に関しては、もはや行政に対する有効な圧力団体とはなり得ないとあきらめ気味だ。

解決策は軽規格の改定

軽自動車主体のメーカーにとって、軽自動車税の大幅引き上げは死活問題だ。現在、軽自動車は新車販売の4割を占める人気商品となっているが、それはひとえに税金の安さによるものだ。

車体が小さくて運転しやすい、燃費が良いといった商品性におけるメリットもあるが、もし普通車の1000cc車と税額が大差ないものになれば、何のために4人乗りでパワーも小さい車に我慢して乗らなければならないのかと考えるユーザーは劇的に増えるだろう。

「軽自動車増税はいじめ」発言で物議を醸した鈴木修会長。

軽離れが起きれば、致命的な打撃を被るのは軽を主力とするスズキとダイハツである。また、グローバル販売における軽の比率はそれほど高くなくとも、最近になって軽の新戦略を打ち出し、投資を重ねてきた三菱自動車=日産自動車連合や、ホンダも被害は免れない。

「税額の引き上げ幅が大きければ、ユーザーは軽から離れるでしょうが、その全部が普通車を買うわけでもない。国内市場全体でみても販売台数は大幅に減るでしょう」(前出の自動車メーカー関係者)

国内市場での販売台数で激減が避けられない軽自動車メーカーが活路を見出せるのは、海外比率を伸ばすことだ。が、そこにも問題がある。軽自動車は全幅1480ミリ、全長3400ミリと、世界的にも相当小さく、そのまま海外で売るのは難しい。スズキはインドで軽自動車サイズの車を売っているが、そのモデルは日本では何世代も前のもので、価格も劇的に安い。ある程度の付加価値をつけて売る場合、ボディを拡大し、排気量の大きなエンジンを積むなど、国内向けモデルとは別物に仕立てる必要がある。

今の軽自動車メーカーにとって、国内向けと海外向けに車を作り分けるのは難しい。世界でも特殊な“ガラパゴス規格”と言われる軽自動車のホームグラウンドである国内での販売が減れば、軽自動車のコストは上がり、下手をすると絶滅に向かいかねない。

その最悪の事態を回避するための策として、業界内から声が聞こえはじめているのが、軽規格の拡大である。車体や排気量を海外向け商品として成立する大きさまで拡大し、右ハンドルと左ハンドルを作り分けるくらいですむようにすれば、国内需要が減っても海外での販売増で穴埋めできるというものだ。

車の開発を行うエンジニアに聞くと、おしなべて軽規格が拡大するのは悪くない話という答えが返ってくる。トヨタ傘下のダイハツ工業で商品開発に関わるスタッフは言う。

「軽自動車の規格が最後に改定されたのは98年。このとき、軽自動車にも普通車と同レベルの衝突安全性確保が義務付けられ、車体は重くなった。にもかかわらず、排気量は660ccのままでした。実は660ccというスケールだと、今の軽の重さに対して排気量が小さすぎるんです。排気量は小さいほうが燃費がいいと思われがちだが、実は度を超えて小さい排気量だと、エンジンが常に無理をして燃費はかえって悪くなる。800ccくらいになれば、設計はずっと楽になるし、海外向け商品としても良い性能が出せる。軽の税額を大きく引き上げるなら、それを認めさせるように働きかけるべきです」

スズキ関係者も言う。

「今の軽自動車は、小さいボディで衝突安全性を確保するために、サイズのわりに重くできている。ボディ形状にもよりますが、たとえば全幅を1600ミリくらいにしても、重量はそうそう増えない。一方で車幅を広げれば、海外向け商品ではとくに重要なデザイン性を格段に高めることができます」

普通に考えれば、コンパクトカーの寸法を詰めてもミニマムサイズのグローバルカーは作れそうだ。が、軽自動車の寸法や排気量を拡大するほうが、日本車の優位性を前面に出しやすいという。軽自動車と普通車は同じ四輪車ではあるが、設計のノウハウはほぼ別物だからだ。

「軽自動車メーカーはユーザーの厳しい要求に応えるため、限られた寸法の中にどれだけ効率よく車の部品を置いて機能を充実させられるか必死に工夫してきました。その結果、今の軽自動車は室内の横幅こそ狭いですが、たった全長3400ミリしかないのに室内は普通車と変わらないくらい広々としている。その寸法を拡大すれば、小さい車は狭いと思い込んでいる海外のユーザーをびっくりさせられるような商品を作れる。社長の鈴木が『軽自動車は芸術品』と言っていますが、実際そうだと自分たちも思います」(前出のスズキ関係者)

自工会はどう動く

増税に揺れる軽自動車メーカーにとって、最後の砦となりそうなのは、ベーシックカーとしてグローバルに受け入れられるよう、規格を拡大することだろう。

しかし、自工会がそういった要望をきちんと取りまとめ、政府に働きかけていけるかどうかということになると、自動車業界関係者は一様に悲観的な見方を示す。当時の経緯を知る自動車メーカーOBはこう語る。

豊田章男・自工会会長(トヨタ社長)はどう決着をつけるのか。

「実は98年の軽規格改定のときも、衝突安全性の確保のために車体が大きく、重くなったことに対応して排気量を800cc程度まで広げようという話があったんです。が、普通車主体のメーカーにとっては、税金の安い軽自動車の商品力が上がりすぎると普通車のコンパクトカーがますます売れなくなる。トヨタ、日産などが反対し、結局車体だけが拡大されることになったんです。

その状況は今も変わっていないでしょう。結局メーカー間で利害が完全に一致することはないので、自工会としては折衷案を取らざるをえない。普通車メーカーは軽自動車の車体が大きくなり、排気量が800ccになると、軽自動車税制がなくなって税額が同じにならない限り、自社の販売が相当の打撃を受けると考えている。そうなるくらいなら軽自動車の枠を今のままにして、増税額を抑えるという方向に行くはず」

自工会の改革をうたって会長に就任した豊田氏も、最近は無難な発言に終始している。

「最初はずいぶん張り切っていたようですが、長年培われてきたお役人体質が簡単に変わることなんかありえない。今秋の東京モーターショーの成功を勲章に、来年春までの任期を無難にこなすのがせいぜいでしょう」(業界関係者)

今や、業界団体としての存在意義も薄れつつあるとも言われる自工会。軽自動車の税制、規格について、有効な解決策を世間に提示できるのか、まさしく叡智が試されている。

(ジャーナリスト・杉田 稔)

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