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特集記事

2013年11月号より

制約から生まれた“芸術品”軽自動車はどこに向かうか

がんじがらめの規格

「国内にとどめておいてはもったいない」

三菱自動車の益子修社長は6月の軽自動車「ek」の発表会見で、このように話していた。ここまでの特集で語られている通り、軽自動車は日本国内だけの独自規格。生産も販売も国内に絞って行われている。この小型車開発の技術は、新興国戦略車等に活かされているものの、軽自動車そのものを海外で展開することはできていない。

現在、新興国などで見られるエントリーカーとしての小型車は、概ね800~1000ccクラスのエンジンが用いられている。日本の軽自動車は660ccしかなく、そのままでは明らかなパワー不足で敬遠されてしまうだろう。先進国ならまだしも、新興国は本来想定された乗車人数や積載量を無視して利用されることが多く、4人乗り、積載量350kgを前提にした軽自動車では受け入れられないと思われる。

また、近年の軽自動車は、キーフリーシステムやUVカットガラス、衝突回避支援ブレーキが装備されることも珍しくなくなったが、このようなハイテク技術は、海外、特に新興国ではさほど求められてはいない。至れり尽くせりのクルマは日本人が好むだけで、新興国のエントリーカーとして考えた時には不要の

装備があまりにも多くなっている。「ガラ軽」と呼ばれる理由の一つだ。

しかしながら、前述したように、軽自動車を生産する技術は、新興国向けの小型車に活用することは十分可能だ。スズキの鈴木修会長が「一定の制約の下で挑戦したからこそ、技術力は向上した。技術屋から見たら、軽自動車は芸術品だ」と語るように、軽量かつコンパクト、低燃費のクルマを低価格でつくりあげる技術は、欧米メーカーにマネのできる芸当ではない。

では、せっかくの高い技術力を、どうグローバル戦略に活かせばよいのだろうか。そこでいま議論を呼んでいるのが、軽自動車規格の改定だ。増税による軽自動車離れの救済処置として、より柔軟性の高い規格を取り入れ、海外展開をしやすくしようというものだ。実現するかはともかく、日本メーカーの可能性を開くという意味でも興味深い話ではある。

国民車の系譜

ここで少し軽自動車の規格の変遷についてふり返ってみよう。

もともと「軽自動車」という名称が生まれたのは戦後、1949年のことだ。この当時、規格としては存在していたものの対象となるクルマはほとんどなく、オート三輪などがあった程度。毎年のように規格が変わるなど、法整備も安定せず、普及にはほど遠い状況だった。

軽自動車が具体的な形となって現れたのは、55年に起こった「国民車構想」をめぐる論議からだった。

国民車の代名詞となった「スバル360」。

その前年、道路交通取締法の改正で軽自動車の規格が全長3000mm、全幅1300mm、全高2000mm、排気量360cc以下に統一され、この規格に沿って、55年10月に鈴木自動車工業(現スズキ)が「スズライトSF」を発売したのが日本初の本格的軽自動車だとされている。国民車構想そのものは具体化しなかったが、58年3月に富士重工業から発売された「スバル・360」がこの構想を満足させるものとして、その後の軽自動車に大きな影響を与えている。

59年にスズキが「スズライトTL」、60年東洋工業(現マツダ)が「R360クーペ」、62年三菱重工が「ミニカ」、66年ダイハツが「フェロー」、67年ホンダが「N360」を、といった具合に各メーカーが軽自動車のヒット車を連発するようになったことで、一気にその地位が確立されていった。

大きな規格改定が行われたのは、76年のことだ。75年、76年と排出ガス規制が成立し、これに伴い全長が3200mmに、全幅が1400mmに、エンジンの排気量が550ccに引き上げられている。この規格下で発売されたのが、79年スズキ「アルト」、80年ダイハツ「ミラ」で、現在までその名を残している。

その後、軽貨物車を中心に幾度かの排出ガス規制を経て90年に全長3300mm、排気量は660ccに改定された。この規格の下では、スズキ「ワゴンR」、ダイハツ「ムーヴ」といった、室内空間が広いデザインへと変貌を始めた。

最後に規格改定が行われたのは98年のこと。普通車と同じ安全基準を軽自動車にも採用するために、全長3400mm、全幅1480mmへと大型化された。この改定以後、マツダ、富士重工が軽の自社生産から撤退、日産、トヨタがOEM供給により参入するなど、目まぐるしく業界が動いていく。現在、軽自動車を発売しているのは、トヨタ、日産、ホンダ、マツダ、三菱自、富士重工、スズキ、ダイハツの8社だが、実際に生産しているのはスズキ、ダイハツ、ホンダ、三菱自の4社のみとなっている。

近年、新たな枠組みで道路運送車両法に加えられそうなのが、「超小型車」の存在だ。超小型モビリティとも呼ばれるが、言ってみれば軽自動車と二輪車の中間的な存在。東京モーターショーなどで各メーカーからお披露目されている2人乗りの小さなモビリティのことだ。イメージとしては、ピザ屋の屋根付き配達用バイクが4輪になったと思えばわかりやすいかもしれない。

実際、今年1月に国土交通省から超小型モビリティの認定制度について発表され、車両の詳しい規格などが公表されている。すでに発表された各メーカーのモビリティを見ると、多くが電気自動車(EV)として開発が進められている。トヨタ「コムス」、日産「ニューモビリティコンセプト」、ホンダ「マイクロコミュータープロトタイプ」は、いずれもEVだ。

93年に発売された初代「ワゴンR」。

超小型モビリティが市場として成り立つのはしばらく先になりそうだが、本格化すれば期待が大きい市場なだけに、四輪だけでなく二輪メーカーも含めて参入を検討している企業は多い。

しかし、ここで問題になってくるのが、その規格だ。国土交通省のガイドラインによると、超小型モビリティは軽自動車の規格に組み込まれている。排気量が「定格出力8kW以下」「内燃機関の場合は125cc以下」、乗車定員も「2人」となっているところが軽自動車とは異なるが、サイズなどは軽自動車の規格内、ナンバープレートも「黄色」の扱いになるという。これには各メーカーも落胆の色を隠せない。

というのも、軽自動車自体がガラパゴス化しているにもかかわらず、世界の超小型モビリティ市場を一切無視した車両区分に当てはめようとしているからだ。

「軽自動車の税制見直しに大きく絡んでいると思われます。現行の軽自動車を増税する一方で、超小型モビリティを現在の軽自動車と同じ税額にすることで、自動車メーカーのガス抜きをしようとしているのかもしれません」(自動車ジャーナリスト)

日産・ルノー連合のように欧州規格の「L7」に合わせた超小型モビリティの開発を同時に進めているケースもあるが、日本の規格とグローバル規格にズレが生じた場合、それぞれにクルマを開発しなければならず、この超小型モビリティさえガラパゴス化する可能性もある。国土交通省が規格の正式決定をするのは16年の予定だが、世界に目を向けた判断を望みたいところだ。

競争が優れた商品を生む

話を軽自動車のグローバル化に戻すと、新興国向けのエントリーカーとして考えた時に、大きな課題となるのが排気量だろう。実際、スズキはインドで、アルトに800ccのエンジンを積み、ワゴンRに1000ccのエンジンを積んでヒットさせている。

超小型モビリティは新たな市場をつくりだせるか。日産「PIVO3」とゴーン社長。

軽自動車は大型化が進み、ワゴンRで重量が約800kg、N BOXに至っては約1000kgに達する。この重量をわずか660ccのエンジンが動かすのだから、燃費は悪くなって当然、加速も悪くて当たり前の話だ。こんな状況で25~30km/Lという燃費なのだから、軽自動車の技術者には恐れ入る。

逆に言えば、800ccのエンジンを積むことで燃費性能は向上し、加速に対する不満が解消され、坂道の快適さも実現される。特に暑いASEAN地域などはクーラーが必須。グローバルで快適な走りを求めるためにも、排気量アップは最低限の課題だろう。

加えて全幅の拡大も求められる。少子化、核家族化が進みきった日本とは違い、新興国は多人数でクルマに乗るケースが多いことから、国内的には4人乗りの規格を残すとしても、快適に5人乗りができる広さは欲しい。

問題は、国内でこの規格にした場合、1000ccクラスの小型車との差がなくなってしまうことだが、軽自動車メーカーの関係者はこう指摘する。

「過去の歴史を見ても、軽自動車の人気が高まったあとは、登録車が盛り返して販売台数を伸ばしてきたものです。波線のようにお互いにいい時と悪い時を繰り返してきた。それが、これだけ軽自動車に偏って売れ続けることは、いまだかつてなかったことです。収束が起きないということは、リッターカーの商品力が上がってきていないということではないでしょうか。1000ccに乗りたいクルマがあれば、ユーザーは軽自動車なんて見向きもせずにそれを買うと思いますよ」

軽自動車メーカーの開発者たちは、厳しい制約の中で技術を磨き、商品力の向上を図ってきた。一方で、かつてはコンパクトカーブームという時期があっただけに、小型車の開発陣に甘えはなかったか。

軽の規格を変更し、小型車に近づけることで、互いの商品力が高まるのであれば、消費者にとってはありがたい話だ。

自工会会長でもあるトヨタの豊田章男社長が口癖のように言う「ワクワクするようなクルマづくり」のために、あえて軽自動車と小型車を競争させることを提案したい。

(本誌・児玉智浩)

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