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2013年9月号より

ミドリムシが世界を救う

東京大学のベンチャー支援制度を最大限活用したのが、昨年上場を果たしたユーグレナだ。ユーグレナとは水田や水たまりなどで普通に見ることのできるミドリムシの学名。同社はこのミドリムシを使って、栄養価の高い食品を製造している。最近では、バイオ燃料への応用研究も進められており、世界の食糧問題とエネルギー問題を解決できるのではと期待されている。出雲充社長(33)に、ベンチャー企業にとっての東大のメリットを聞いた。

大学内で24時間研究開発

ミドリムシ色のネクタイを愛用する出雲充・ユーグレナ社長。

―― ユーグレナは東大発ベンチャーの代表として知られていて、いまでも、東大キャンパス内にあるアントレプレナープラザに本店と研究所を置いています。
出雲 あの施設がなければ、いまのユーグレナはなかったでしょうね。アントレプレナープラザは、東京大学の130周年記念事業の一環として、研究所が必要なベンチャー企業を大学として応援してあげようということで誕生した施設でした。

IT系のベンチャー企業はパソコンとインターネットさえあればすごいものがつくれるかもしれません。でもわれわれのような研究開発型ベンチャーは、研究所がなくては何もできません。ですから、この施設は本当にありがたかった。施設誕生と同時に入居して研究開発を行い、1年後には商品の販売にこぎつけました。

―― それまではどこで研究していたんですか。
出雲 農学部の研究室の中に間借りするような形で、ミドリムシの培養の研究を行ってきました。当然のことですが、研究室では先生の研究が最優先されます。われわれは、先生が使ってない時に機械を使わせてもらいながら研究を続けてきましたから、時間的にも制約がありました。

でもアントレプレナープラザができたことで、24時間、いつでも使えるようになりました。こんな幸運なことはなかったですね。誰に気兼ねをすることなく、昼夜を問わず研究開発ができる。実際、入居してしばらくはずっと泊まり込んで研究していましたし、いまでも基礎研究などは、そこで行っています。

―― 昨年には株式を上場、さらにはつい最近、全国に「麻布茶房」など全38店を展開する「甘や」の寒天とところてんのすべてにミドリムシが入ることになりました。業績も順調なようですね。
出雲 おかげさまで上場して以来、多くの企業が話を聞きたいと言ってくれています。麻布茶房さんの話も、その1つです。何より、期間限定ではなく恒常的にミドリムシ入りの商品を提供していただけるのがありがたいですね。

―― 出雲さんは昔から起業しようと考えていたんですか。
出雲 まったく考えていませんでした。私は(東京郊外の)多摩ニュータウン育ちですし、父はサラリーマン、母は専業主婦という家庭で育ちました。将来の仕事は公務員かサラリーマンしかないと思っていました。そのうち公務員なら、多摩市役所か、霞が関か、国連本部などに勤める国際公務員の3つのうち、国際公務員がいいな、というくらいの思いでした。

オフィス入り口にはミドリムシの入ったフラスコが。

東大教養学部から国連に勤めている人がいるらしいと聞いて、私もそのルートを進もうと考えていましたし、大学1年の時にバングラデシュに行ったのも、どういう現場で働くのかわかっていたほうがいいと考えたためです。

ところが、バングラデシュで栄養失調に苦しむ人を見てからというもの、栄養価の高いものを贈れば、バングラデシュの人たちは喜ぶに違いない、そういう仕事をしたいと考えるようになったのです。

栄養価の高い食べ物を知るには教養学部より農学部のほうがいいと考えて転部し、何がいいか聞いたところ、ミドリムシがいいと教えてくれたのが、その後、ユーグレナを一緒に立ち上げることになる鈴木健吾(取締役研究開発担当)でした。

ミドリムシには成人の必須アミノ酸すべてを含む59種類の栄養素が含まれています。これを大量培養することができれば、世界から栄養失調をなくせると考えました。

ただ当時は、培養技術が確立していなかった。そのため、鈴木は研究室に残って研究を続け、私は東京三菱銀行(当時)に入り経営の仕組みや資金調達の手段を学ぶことにしました(2002年入行)。大量培養に成功したのは05年。そこで私は銀行を辞め、ユーグレナを設立したのです。

弱い人的ネットワーク

―― 東大を卒業し、日本一の銀行に入ったのに、うまくいくかどうかもわからないミドリムシのためにそこを辞めるというのだから、周りは反対したのではないですか。
出雲 賛成した人は誰一人としていませんでした。正直いうと、これほどまでに応援してくれないということは、無謀なことなのではないかとも思いました。でも20歳の時からずっとミドリムシの食品をつくりたいと思っていたのだから、やってから考えようと。

―― ずいぶんとリスキーな生き方ですね。
出雲 とんでもない。リスクを取りたいなんて考えたこともないし、もともと起業家になりたいとも思っていませんでした。

その時の私にしてみれば、ミドリムシをやらないことが最大のリスクだったのです。

だって目の前にミドリムシがあるんですよ。その大量培養技術を確立した。これを使えば世界を救うことができる。世界中から栄養失調で苦しむ人をなくすことができるんです。こんなに面白いことはないじゃないですか。やらないほうがおかしいですよ。

―― しかもそのタイミングで東大がベンチャー支援に力を入れることにしたのも、運命論的に言えば必然だったのかもしれませんね。
出雲 そうかもしれないですね。アントレプレナープラザができるというので、東大の産学連携本部に連絡、審査のうえ、入居できたのですから。

―― 出雲さんは東大発ベンチャーの代表です。起業家としての立場から、東大のメリット、デメリットを教えてください。
出雲 率直にいえば、いろんなファシリティが充実しているのは事実です。他の大学にはなく、東大にしかない機械もたくさんあります。夏休みになると、地方の大学の先生が、東大の設備を使いにくる。東大生はそういうものを、ふつうの空き時間に使えるわけですから、その点では恵まれています。アントレプレナープラザにしても、非常に有意義な施設だと思います。

ただ、ベンチャーが生まれやすい大学かというと、そうでもないかもしれません。というのも、ベンチャーを積極的に応援してくれるようなカルチャーが、東大にはあまりありません。人的なネットワークにしても、慶応大学の三田会のほうがはるかに強い。その点はデメリットなのかもしれません。

(聞き手=本誌編集長・関慎夫)

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