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2013年9月号より

東大発ベンチャーの底力

アントレプレナー不毛の大学―かつて東京大学は、そう揶揄されたものだ。輩出するのは高級官僚や大企業の役員ばかり。新鮮で活きのいい起業家など生む土壌がない…はずだった。それがここにきて変わってきた。東大出身者が次々とベンチャー企業を立ち上げ始めた。その理由は何か。彼らの強みはどこにあるのか。

2年続けて上場企業が誕生

6月11日、東証マザーズにペプチドリームという会社が上場した。独自の創薬開発プラットフォームを駆使し、国内外の製薬企業と共同で新薬の開発を行っている会社で、取引先には第一三共、田辺製薬、ファイザー、ノバルティス、グラクソスミスクラインなど錚々たる顔ぶれが並ぶ。今年1月には「日本バイオベンチャー大賞」も受賞している注目企業だ。

ペプチドリームの本社所在地は、東京都目黒区駒場4-6-1 東京大学駒場リサーチキャンパスKOL4階。つまり東大駒場キャンパスの中にある。

駒場リサーチキャンパスには先端科学技術研究センターがある。当然、ここは東大の施設である。

ペプチドリームは、同社の社外取締役を務める菅裕明氏の技術がベースとなっており、菅氏は東京大学大学院理学系研究科教授を務めている。そこで本社を駒場キャンパス内に置くことになったのだが、東大は同社に対して場所を提供しているだけでなく、東大がつくったベンチャーキャピタル(VC)を通じて出資も行っている。まさに東大発ベンチャーである。

ユーグレナも東大キャンパス内に本社を置く企業である。同社はミドリムシの大量培養に成功、その技術をもとに、栄養価の高い食品を製造・販売する。また将来的にはジェット燃料の国産化を目指す。自給率の低い食糧やエネルギーを、日本国内でつくろうと取り組んでいる。同社も昨年12月に上場を果たした。

ユーグレナの本社所在地は、駒場キャンパスではなく本郷キャンパス。春日通りにつながる龍岡門のすぐ近くにある東京大学アントレプレナープラザというビルの中に、本社と研究室を置いてある(実際の本社機能は飯田橋のオフィスにある)。社長の出雲充氏は東大農学部の卒業生。東大発ベンチャーと聞かれて真っ先に名前が挙がるのが同社である。

1990年代まで、東京大学出身者は起業家になれないと言われていた。実際、リクルート創業者の江副浩正氏(別稿参照)を除くと、成功した起業家はほとんどいなかった。戦後の日本をつくったソニーもホンダも、最近ではソフトバンクも楽天も、創業者はみな非東大出身者だ。

理由は簡単だ。以前の東大生は、自分で起業することなどまったく考えていなかった。

「もっとも優秀な学生は霞が関で官僚になって国を動かす。そうでなくても大企業に入ってその会社を動かす立場になる。それが当たり前でした。起業するのは落ちこぼれか、よほどの変わり者です」(60代の東大OB)

これでは東大生の中から起業家が育つはずもない。

ユーグレナの本社は東大キャンパス内のアントレプレナープラザにある

ところがここにきて、東大出身起業家が話題になるようになった。下の表は、主な出身者を列挙したものだが、ここに掲載した以外にも数多くの起業家が生まれている。この20年ほどで、東大生のメンタリティは大きく変わってきたようだ。

「もちろん官僚を目指す人はいるけれど、別にどうしてもという感じではなくなってきていますね。大企業にしても、安定感は魅力ですけど、日本航空だってつぶれる時代です。いくらいまの業績がいいからといって、それが絶対ではないことはみんな知っています。だったら、可能性を感じるところなら小さくても構わないという友人は珍しくはありませんし、いつかは自分で会社を立ち上げたいという人もけっこういますよ」(現役東大生)

バブル経済崩壊前と後では、日本の姿は大きく違っている。崩壊前までの土地神話は、いまでは言葉としてさえ聞くことがなくなった。「寄らば大樹の陰」という言葉はいまでもよく聞くが、この言葉を発した人間も、大樹の根が腐っているかもしれないことを常に意識するようになった。少なくとも大樹だからといって盲信してはいない。

かつて、官僚や大企業へ進む道はローリスク・ミドルリターンだった。仮にたとえ出世はできなくても、定年まで安心して勤めることができるし、年金も中小企業よりははるかに条件がよかった。大成功とはいえなくても、満足できる人生が約束されていた。しかし、いまやその保証はない。

それが東大生の意識を変えた。

「リスクを取りたくないというメンタリティはいまも昔もそう変わらないと思います。でもリスクとリターンのバランスを考えたら、大企業に勤め続けるばかりが正解ではないという気はしてきますね」(同)

しかも90年代と比べると、資金調達もIPOもはるかにたやすくできるようになった。かつてのベンチャーといえば、創業期は運転資金の調達にひと苦労、株式を公開するまでには20年近くが必要だった。それがVCも充実し、新興市場の誕生でIPOまでの時間も大幅に縮小された。金銭面での苦労は、昔に比べればはるかに少なくてすむようになっている。リスク嫌いが多い東大生にとって、起業のハードルはどんどん低くなった。

このようなさまざまな要因が積み重なったことで、東大出身起業家が増えてきたと言えるだろう。

大学側も積極支援

もう1つ重要なのは、学生の側だけでなく、大学側もまた、ベンチャー育成に本腰を入れるようになったことである。

ユーグレナの本社が入っているアントレプレナープラザ。その隣に産学連携プラザという建物がある。ここに入っている産学連携本部が、東大のベンチャー支援の総本山だ。

かつての東大生が、国を動かすことを目標にしていたのと同様、東大そのものも、国家を支える人材の養成をその使命と任じていた。しかしいまでは、新産業を創出し、社会を変える起爆剤となる大学発ベンチャーを育成することも、大学の重要な役割だと認識するようになってきた。

もともと大学発のベンチャー起業を育てようという動きは、欧米から始まった。その結果、学生の側も大学卒業後、社会の歯車となるよりは、リスクをとってでも自ら会社を立ち上げようとする動きが加速していった。彼らにしてみれば、安定しているからという理由で公務員や大企業に勤める人間は、人生を半分捨てているように見えるようだ。

その流れが、2000年代に入って東大を動かした。

東大のベンチャー育成は、前述の産学連携プラザと、VC機能を持つ東京大学エッジキャピタル、知的財産のライセンス業務などを手がける東京大学TLOの3者が連携して行っている。冒頭のペプチドリームに出資したのも、エッジキャピタルだった。

弱点は貧弱なネットワーク

ベンチャーが立ち上がるまでにはビジネスプランの設定から始まって、事業資金や人材の獲得、マーケティングなど、数多くの課題がある。それを、3者が連携することで、支援していこうというわけだ。またユーグレナのような研究開発型のベンチャーには、そのための機材やスペースも必要になる。そのために、アントレプレナープラザを開設した。まさに至れり尽くせりといっていいほどの充実ぶりだ。

またそれだけではなく、さまざまな場で起業家精神を養おうというカリキュラムが組まれている。

たとえば今年で9期生を迎えた「アントレプレナー道場」もそのひとつだ。これは初級、中級、上級、海外の4コースにわかれていて、初級の場合、「起業・事業化とは何か」をテーマに、5回にわたって講義が行われる。中級なら「起業・事業化を構想する」となる。

上級となると「起業・事業化プランを策定し社会に問う」となり、社会人メンターがアドバイザーとなって、最後はチームごとに事業化プランを発表し、優秀なプランを表彰する。そして海外コースでは、北京大学の学生起業家と交流するプログラムが組まれている。

初級から上級までを受講するのに要するのは半年だが、これを学ぶことで、起業に必要なほとんどのノウハウを身に付けることができる(ただし初級から中級、中級から上級へ進めるかは提出したビジネスプランの評価による)。

過去8回の道場には、1400人が受講登録し、192人が修了。修了生の中からは約20人、受講生からは約50人が実際に起業したというからかなりの確率だ。

このような取り組みは、受講者だけにとどまらず、東大生の意識そのものを変える効果がある。

「少なくとも身の回りに起業しようという友人がいるだけで、自分の進路を改めて考えるきっかけになる。かつてのように起業しようと言ったとたん、白い目で見られることも、いまはなくなりましたからね」(前出・東大生)

惜しむらくは、そうした意識の変化が現役東大生の間でしか起きていないことだ。

次頁からのインタビューでも何人かが指摘しているが、東大生はOB同士のつながりが薄い。それもあって、東大出身者が起業したところで、同窓だからという理由で助けてくれることは、あまり期待できないという。

これが慶応OBで組織する三田会だと、あらゆるところにネットワークが張られ、同窓生のベンチャーを支援してくれる。この差は無視できないほど大きい。

それでも、東大発ベンチャーが少しずつだが増え続けていることは間違いない。冒頭に紹介したペプチドリームやユーグレナは、東大発ベンチャーが上場したというだけで話題になった。裏を返せば、いまだに東大発ベンチャーに奇異の目が寄せられていることの証である。これが騒がれなくなった時に始めて、東京大学の起業家育成が本物になったということだろう。

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