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特集記事

2014年2月号より

宮内義彦、孫正義、そして三木谷 なぜ彼らは政商と呼ばれるのか

0.2%に本質が宿る

他稿でも触れたように、楽天子会社のケンコーコムは、処方箋が必要な医薬品のインターネット販売が認められないのは憲法違反にあたるとして、国を提訴した。

なぜこのような事態に至ったのか、簡単に整理してみる。

もともとこの問題は、楽天やケンコーコムなどが、医薬品のインターネット販売を認めるように訴えを起こし、2013年1月に最高裁で訴えが全面的に認められたことが原点にある。

処方箋なしで買うことのできる一般用医薬品は、効き目や副作用リスクなどに応じて第1類から第3類までに分類されている。第1類はスイッチOTC薬(胃腸薬等)など、特に注意が必要なもの。第2類は風邪薬や水虫薬など、服用に注意が必要なもの。第3類がそれ以外で、販売にあたって特に商品説明が不必要な医薬品だ。この3種類の医薬品のうち、インターネットで販売できるのは第3類だけと、厚労省は省令で定めていた。インターネット販売を全面解禁すると健康被害につながりかねない、というのがその理由だった。

しかしケンコーコムなどは、インターネット販売でも注意喚起はできることや、ネット販売と健康被害の間になんの関連性もないと主張。販売を認めないのは職業選択の自由を認めた憲法に違反していると、09年に裁判を起こした。この裁判は一審の東京地裁でこそ国の主張が認められたが、二審の東京高裁、そして最高裁では国が敗訴した。

この最高裁判決を受けてネット医薬品販売サイトは、処方箋なしで買えるすべての医薬品販売に踏み切った。

安倍首相誕生後、三木谷氏と政権の距離は格段に縮まった。(撮影・堀田喬)

6月に発表されたアベノミクスの3番目の矢である成長戦略の中でも、医薬品のインターネット販売は盛り込まれている。これは安倍首相が議長を務める産業競争力会議の委員に三木谷浩史・楽天社長が選ばれていたことも大きく影響しているのだが、それはともかく、最高裁からも、安倍内閣からも、薬のインターネット販売はお墨付きを得たことになる。

ところが医薬品業界や厚労省は巻き返しをはかる。最高裁判決が出たにもかかわらず、判決文の中に新しいルールを確立する必要があるとの記述があるのを受け、新たに定める薬事法改定案において、例外規定を設けようと動きだしたのだ。

その結果、劇薬や発売から3年以内の新薬の28品目についてはインターネット販売を認めないこと、さらには処方箋薬についてもインターネット販売を禁止することなどを盛り込んだ改定薬事法が11月に閣議決定され、12月に成立した。

この一連の動きを見て、三木谷氏は新たな規制に対して反対する姿勢を鮮明にし、もし一部でもネット販売が禁止されたら、訴訟を起こすことにした。冒頭で述べた裁判は、それを受けてケンコーコムが起こしたものだ。さらには産業競争力会議委員も辞任する方針であることも明らかにした(辞意はその後撤回)。

三木谷氏にしてみれば、「日本が競争力を取り戻すためには、インターネットなどの規制を取り除かなければならず、そのためには例外を設けてはならない」という思いが強い。そのための反対意見表明であり、訴訟だったのだが、社会の反応は期待したものではなかった。

たとえば薬事法改定案の内容が固まった時、多くの新聞は「医薬品の99.8%のネット販売認める」という見出しをつけている。一般用医薬品の中で28品目は0.2%の割合に過ぎないところからつけられたものだ。ここから読み取れるのは、「少し前までは第1類、第2類ともに全面的に禁止されてきたのだから、大きく前進した」というスタンスだ。

ところ三木谷氏にとっては、医薬品のネット販売の全面解禁こそ規制緩和の1丁目1番地であり、絶対譲れないところである。言うなれば認められなかった残りの0.2%にこそ、この問題の本質がある、と考えている。

そこに三木谷氏の不満がある。しかし世間はそうは見ない。99.8%の販売が認められたのに何を文句を言っているのか、と感じたのだ。その挙げ句、「三木谷氏は自らのビジネスに直結しているから医薬品のネット販売の全面解禁に積極的になっている」という見方までメディアにおいて紹介されるようになる。つまり三木谷氏は利益誘導型経営者、すなわち「政商」であると言われたのだ。

「三木谷さんにすれば心外だったと思いますよ。日本が再び成長路線に乗るためには何が必要なのか。三木谷さんは真剣に考えている。そのひとつが医薬品のネット販売だったにすぎません。それさえできなくて、規制緩和なんてできるわけもないと。それなのに政商呼ばわりされるとは思わなかったでしょうね。何よりケンコーコムの売上高は前3月で180億円、楽天の連結売上高4000億円(12年12月期)の5%にもなりません。楽天の業績に与える影響などほとんどない。どこが利益誘導なんでしょうね」(楽天関係者)

出る杭を打つのは日本社会の常である。特にこの1年間、安倍政権誕生以降、三木谷氏の行動は非常に目立った。たとえば安倍首相が就任直後、最初に訪問した経済団体は、経団連ではなく、三木谷氏が率いる新経済連盟だった。そしてそのことを三木谷氏は会見などでも吹聴している。また前述のように産業競争力会議に名を連ね、安倍首相に直接具申できる立場にもなった。また、法人税減税などで、安倍政権の施策に自らの意見が反映されていることも、三木谷氏は隠そうとはしなかった。

9月には、経済学者だった父・良一氏との共著で『競争力』(講談社)という本も出している。過去に本を出版した経営者はいくらでもいるが、父親と一緒に出した例は寡聞にして知らない。これは闘病中だった父親を元気づけたいという息子としての思いが込められたものだったが(良一氏は11月に逝去)、経営とは違うところで注目を集めたことは事実である。

政権との近さ、目立つ行動、そして金額は小さいとはいえ、自らのビジネスの利益につながる主張、こうしたものが相まって、三木谷氏は政商と呼ばれるようになってしまったのだ。

昭和の大物政商たち

「政商」を辞書で引くと、「政治家と結託して大もうけをたくらむ商人」(新明解国語辞典)とある。

かつては、政商の名を欲しいままにした経済人はいくらでもいた。

戦後の政商としてもっとも有名だったのは、国際興業社主だった小佐野賢治だろう。

山梨県出身で戦地で負傷し送還されていた小佐野は、戦後すぐにホテル事業に進出、さらにはバス事業にも乗り出し、一代で国際興業グループを築き上げた。しかしその名を一躍有名にしたのは、田中角栄元首相が逮捕されたロッキード事件だった。ロッキード社のトライスターを全日空が導入する際に田中元首相が便宜を図り、5億円を受け取ったとされるこの事件で、ロッキード社と田中元首相の橋渡しをしたのが、田中元首相の刎頸の友だった小佐野だった。

余談だが、この事件で国会の証人喚問された際、小佐野は「記憶にございません」を連発した。証人喚問では偽証をすると罪に問われるため、それを避けるための言葉だったが、以来、「記憶にございません」は、いま問題となっている猪瀬都知事の議会答弁にいたるまで引き継がれている。

国際興業は、日本各地やハワイに多くのホテルを所有、同時に関東や東北でバス会社を次々と買収していくが、その際には小佐野と政治家との密接な関係が、大きな役割を果たしたと言われている。

もう1人、地方にあって、政商の名を欲しいままにしたのが、福島交通の小針暦二だった。小針は1960年代から故郷の福島県で次々と事業を行う。その原点となったのが、那須高原の国有地の払い下げだったが、この過程において政治家との関係が大きくものを言った。またその後福島交通の経営を引き受けることになるが、この際も自民党運輸族とのつながりが役に立った。さらに小針は福島民報などの地元マスメディアの経営権も握り、福島県内で絶大な力を持つようになっていく。いつしか小針は「東北の小佐野」と呼ばれるようになっていた。

西武鉄道グループの総帥だった堤義明氏も、政商と言われたことがある。その父で西武グループの創業者、堤康次郎もまた、衆議院議長を務めるなど、政治の力を最大限利用した経営者だったが、義明氏は、康次郎の手法を学び、政治家との親密な関係を築いていった。

義明氏は日本オリンピック委員会会長を務めるなどし、1994年の長野オリンピック開催に尽力した。この時にも、軽井沢でホテル、ゴルフ場、スキー場などを運営する西武鉄道グループに利益誘導するためにオリンピックを誘致したと言われた。非常にスケールの大きな話である。

以上見てきたような、戦後の政商に共通するのは、政治の力を利用して事業を拡大し、その資金を利用して政治家とさらなる密接な関係を築いていく手法である。政商と政治家の間には、必ずお金が媒体として存在していた。

だからこそ政商たちには、金にまつわる後ろ暗い噂が絶えなかった。その結果として、小佐野は前述のようにロッキード事件で逮捕され、小針も佐川急便事件などに関与したとして家宅捜索を受けている。死後には、金丸信元自民党副総裁の脱税事件やゼネコン汚職などにも関与したことが明らかになっている。

堤義明氏も証券取引法違反によって逮捕され、西武鉄道グループを放逐されたことは記憶に新しい。いずれも経済事件によって晩節を汚している。政商ならではの末路ということも言えるかもしれない。

政商をめぐる公開討論

このように、過去の「本当の政商」を見てくると、三木谷氏が政商の要件を満たしていないことがよくわかる。

確かに時の権力者と近く影響力を持っている。しかし権力者と三木谷氏を結びつけているのは、お金ではなく、「将来に対する思い」である。結果的に自らのビジネスにつながることもあるかもしれないが、それはほんの些細なことかもしれない。

ソフトバンクの孫正義社長は、グロービスの堀義人社長と「政商論争」を繰り広げた。

平成の時代に入り、政商と呼ばれるのは三木谷氏が初めてではない。しかし、そのいずれもが、三木谷氏と同様、国の将来を考えた言動が、なぜか政商呼ばわりされることにつながっている。

三木谷氏の前に政商と呼ばれたのは、ベンチャー経営者として三木谷氏の先輩であり、事業の多くの部分で競合しているソフトバンクの孫正義氏だった。

孫氏が政商呼ばわりされたのは11年のこと。震災から1カ月後、孫氏は日本の電力エネルギー供給は、原発依存をやめ、太陽光などの再生可能エネルギーの比率を高めていくべきだと主張、自然エネルギー財団を設立すると発表した。

そこからの行動力は、さすが孫正義氏だった。全国の知事を巻き込んで、「メガソーラー」と呼ばれる大規模太陽光発電施設を建設する計画を打ち出す一方で、当時の菅直人首相と会談、自説を吹き込んだ。その結果、首相は突如、太陽光発電などによって生じた電力の買い取りを電力会社に義務付ける再生エネルギー法案に執念を燃やし始めた。そしてソフトバンクは太陽光発電事業に1000億円を投資することを決め、6月の株主総会ではそのために定款変更まで行った。実際にその後の2年あまりで、日本各地にソフトバンクが主導したメガソーラー発電所が何カ所もできている。

ところがこうした行動が批判を受けた。「脱原発の政商になる 『孫正義』ソフトバンク社長の果てなき商魂」(週刊新潮)、「『強欲経営』の正体 太陽光発電の危うさを知りながらヒタ走る邪な商法」(週刊文春)といった記事が週刊誌を飾った。

再生可能エネルギーを普及させるには、太陽光発電などによって発電された電気を、高値で買い取る必要がある。孫氏が太陽光発電に熱心だったのは、それによる利益を狙ったのだと見られたのだ。孫氏の側近に元民主党議員がいる。そのパイプを使って菅首相に近づき、目的を達成しようとしていると批判されたのだ。

公然と孫氏を政商呼ばわりするベンチャー経営者も現われた。グロービスの堀義人氏がその人で、ツイッター上で「孫氏は政商だ」とつぶやいたことから話題となり、最後は孫氏と堀氏が公開討論会で対決するまで騒ぎは大きくなった。

この討論会の席上、孫氏は「太陽光発電事業によって得られる利益の配当は少なくとも40年間1円もいらない。欲しくない。1円でももらったが故に批判されることのほうが嫌だ」と発言、太陽光発電によって自らが利益を得る可能性を断ち切った。これ以降、政商騒動は収束に向かうのだが、逆に言えばそこまでしなければ政商騒ぎは収まらなかったということなのだろう。

白紙になったかんぽの宿売却

改革論者、オリックスの宮内義彦会長もかんぽの宿問題で政商と言われた。

少し前に政商とされたオリックス会長の宮内義彦氏も、大きな犠牲を払わなければならなかった。

郵政民営化に伴い、全国にある「かんぽの宿」を売却することになり、そのの売却先にオリックス不動産に決定した。ところが郵政公社が民営化される過程で、宮内氏は総合規制改革会議議長として、民営化を推進したことから、「立場を利用してオリックスに利益誘導した」と騒がれた。今回の三木谷氏と同じ構図である。

冷静に考えれば、まったく筋違いいの話であることはわかるのだが、当時の鳩山邦夫総務相と日本郵政の西川善文社長が対立したこともあって、その政争の具にかんぽの宿が利用されたのだ。

結局いったん売却が決まったかんぽの宿だが、西川社長が売却を断念、白紙に戻った。

宮内氏といえば、20年前から、日本の規制改革の旗を振り続けた根っからの規制緩和論者である。その背景にあるのは、三木谷氏同様、日本の将来に対する危惧である。バブル経済破裂以降の日本を立て直すには規制緩和しかないと、宮内氏は一貫して主張し続けてきた。それなのに、かんぽの宿買収に手を挙げたばかりに、政商と呼ばれた時の悔しさたるや、想像に難くない。そしてそれは三木谷氏も同様だ。

政治と金に透明性が求められるようになったいま、昭和の時代のような政商など存在しようもない。また存在するとしても、そういう人たちはフィクサーとして表舞台には出てこない。その意味で、現代において三木谷氏たちが政商のわけがない。

しかしそれをわかったうえで、既得権益にしがみつく人たちは、改革者をその座から引きずり下ろすためにあえて政商という言葉を持ち出す。日本社会の宿痾なのかもしれないが、なんともみっともない姿ではないか。

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