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2014年2月号より

楽天イーグルスが東北ファンに愛された理由

三木谷VS.堀江

24勝0敗の田中将大投手。13年優勝の象徴的な存在に。

11月3日、東北楽天ゴールデンイーグルスが球団初の日本一に輝いた。創設9年目での歓喜の瞬間は、関東で45.3%、仙台に至っては60.4%の超高視聴率で、いかに注目の高い優勝だったかがわかる。しかも優勝した「11・3」は東日本大震災が起こった「3・11」をひっくり返した数字。「悲しみ」から「喜び」に変える運命的な数字と、ネットユーザーの間では大いに話題になった。

楽天がプロ野球経営に参入したのは2004年11月。オリックスと近鉄の合併などで球界再編論議が持ち上がった年だ。一時は11球団でのシーズン開催が決まりかけたが、選手会が12球団存続をストライキで訴え、その声に呼応するかのように、堀江貴文氏率いるライブドアと、三木谷浩史氏率いる楽天の、ネットベンチャー企業2社が参入を表明。1つの席を巡って新規球団参入審査が行われた。

結果的に楽天が球界参入を果たしたわけだが、この時の一連の動きが三木谷氏の用意周到さを印象付けることになった。

楽天がプロ野球参入表明をした際に発表されたのが、楽天球団の経営諮問委員会のメンバーである。ローソン社長の新浪剛史氏やフューチャーシステムコンサルティング(現フューチャーアーキテクト)社長の金丸恭文氏等の、三木谷氏と同世代の経営者に加え、トヨタ自動車会長で経団連会長の奥田碩氏、ウシオ電機会長で経済同友会代表幹事だった牛尾治朗氏、全日本空輸社長の大橋洋治氏、三井住友銀行頭取の西川善文氏等々、当時の錚々たる顔ぶれが並んだ。対するライブドアの堀江氏は一匹狼。両者のギャップはあまりにも大きかった。

だからと言って球団経営がうまくいくわけではないが、経営諮問会議の面々は口を揃えて「三木谷ならうまくやるだろうという安心感のようなものがあった」と語っている。参入審査をする側にもそれが伝わったのか、先に手を挙げたライブドアではなく、後出しだった楽天の新規参入が認められることになった。しかし、当時の印象としては「少なくとも数年間保有するなら楽天のほうが期待できる」という程度。それだけインターネット企業の位置づけは、まだ低かったと言えるだろう。

三木谷氏はプロ野球参入1年目から黒字化を目指す経営を命じている。ビジネスとして球団経営にかかわる以上、黒字経営を目指すのは当然のことなのだが、当時のプロ野球界は年間30億~40億円の赤字は当たり前、黒字経営など、人気球団の巨人か阪神しか考えていないような状況だった。

「楽天が参入した際、初年度は70億~80億円の赤字になると言われていました。しかし楽天は初年度を20億円の赤字と見積もって事業計画書を提出したわけです。大方の予想はそんなものでは済まないというものでしたが、1年間を終えると、初年度で売り上げ73億円、経常利益1500万円の黒字を達成しました。他球団の人たちは、なぜ黒字化できるのかと驚いたわけです」(井上智治オーナー代行)

楽天野球団は「親会社からの補填なしで球団ビジネスとして黒字にする」というスローガンのもと参入してきた。それは1年目から現在まで変わりない。それにしてもなぜ1年目から黒字にできたのか。楽天は球界の活性化のために、経営構造をオープンにしている。

「もっとも重要だったのは、球団と球場の一体経営です。例えば、東京ドームと読売巨人軍は資本関係もなく別々の経営のため、東京ドームの看板など100億円とも言われる広告収入は、読売巨人軍に一切入ってきません。東京ドームという上場会社に入るだけです。楽天野球団は球場の経営も行っているから、宮城県営球場に入る広告宣伝の看板の収入は、すべて楽天野球団に入ってきます。球団経営だけでは儲からないが、球場との一体経営なら儲かるビジネスになります」(同)

パ・リーグ各球団は楽天に倣い、千葉ロッテは球場の指定管理者、オリックスは大阪ドームを買い、埼玉西武はすでに経営が一本化している。北海道日本ハムだけが、現在も球団と球場が分かれた状態だ。リーマン・ショックや東日本大震災など、景気後退要因もあったために、簡単に黒字化とはいかないが、パ・リーグ各球団はそれぞれ「経営」を考え始めている。

ちなみにセ・リーグでは、横浜ベイスターズが売りに出された11年に、横浜スタジアムとTBSとの「不平等契約」が話題になった。

「しかし、よい選手を集めようとすると人件費はかかります。楽天も2年目以降はずっと赤字で、13年にやっと黒字です」(同)

球団社長の活躍

9年目の初優勝、8年ぶりの黒字化の陰の立役者となったのは、12年から球団社長に就いた立花陽三氏だ。前任の島田亨氏は、その手腕を三木谷氏に買われ、楽天グループ本体の仕事も任されていた。球団経営に専念できる状況ではなく、以前から球団社長の交代を打診されており、球団に対する愛着は強かったようだが、島田氏は立花氏に後を任せ、本体の海外事業に移った。

2004年設立会見。初年度の05年は38勝97敗だった。

立花氏はラグビーで高校日本代表にも選ばれたスポーツマンだが、野球については素人だった。数字的根拠を基にチームの弱点を洗い出し、右打者のアンドリュー・ジョーンズ選手とケーシー・マギー選手を獲得。しかも十分実績を積んだヤンキースの現役メジャーリーガーだった。チームの核が生まれ、脇を固めた日本人選手も引っ張られるように活躍した。田中将大投手の24勝0敗という神がかり的な活躍もあって、見事リーグ制覇を果たし、その勢いで日本一にまで駆け上がった。

しかし、立花氏は、必要以上にカネをかけてチームを強くしたわけではない。13年の選手総年俸は約23億円で、実は12年のそれとほとんど変わっていない。にもかかわらず優勝したことで観客動員数はアップし、球団の収入は増えた。必要なところに必要な人員を揃えれば、最低限のコストで結果が出せる証左と言えるだろう。

立花氏は日本一が決まった後、東北6県の自治体を行脚し、優勝報告を行った。特に宮城県では市町村レベルの自治体まで訪問したという。そして渡米してMLBのウインターミーティングに参加。目的は新外国人獲得と本拠地改修準備のための展示会の視察だった。時期が時期だったために田中投手のポスティングがらみで米国でも注目を集めたが、すでに球団社長として来季を見据えて動き始めている。

田中投手の結論は本稿の締切には間に合わなかったが、12月18日には三木谷氏と立花氏が話し合いをもつとされている。三木谷氏は当初から田中投手のポスティングについて否定的だったという。

「もともと、三木谷さんはポスティングに反対でした。リーグ優勝して、日本一になるなかで、田中投手をメジャーに行かせてあげようと周囲が三木谷さんを説得して、渋々ながら容認する姿勢を見せていました。ところが、新ポスティング制度で入札の上限が20億円に決められた。いくらなんでも安すぎる。最終的にどうなるかはわかりませんが、三木谷さんとしては残留させたいと思っているようです」(楽天球団関係者)

どういう結論が出るのか、ファンならずとも気になるところだ。

東北のファンに捧ぐ

参入時は存続すら危ぶまれた球団だが、日本一になった今となっては大成功と言えるだろう。

副社長の國重惇史氏も「プロ野球ってすげえなと思った」と感じたそうだ。楽天優勝の経済効果がダイレクトに楽天市場に波及してきたのだから、笑いは止まらない。

リーグ優勝を決めた9月、優勝セールの効果もあって、取扱高は前年比40%増という空前の伸びを見せた。同時に、新規の楽天会員も大幅に増加、11月の日本一を記念した大感謝祭は、それ以上の数字になった可能性もある。

楽天にとって、「楽天球団の宣伝効果は数百億円規模に換算される」(楽天関係者)とのことだが、球団自体も利益を出しているだけに、広告宣伝費を使わずに世に名を知らしめたようなものだ。何より、本拠地を宮城県に置いたことが、最大の成功だったのかもしれない。東北の球団でなくては13年シーズンの盛り上がりはなかった。

「本拠地は、都市の人口や球場の位置など、きちんと集客の予測などをしてからいくつか候補を挙げました。データ上、実は第1候補は愛知県でしたが、中日新聞の牙城を崩せるかという問題があった。2番目は神戸市だったんですが、オリックスの宮内さん(義彦氏・会長)から『来るな』と(笑)。既存の球団がないところで、もっとも人を集められそうだったのが仙台だったのです」(楽天球団関係者)

設立当初の05年は38勝97敗で、勝率は3割にも届かなかった。2年目からは人気監督の野村克也氏が就任し、徐々に力をつけていったが、09年の2位が最高。おらが町のチームとして人気は高まったが、Bクラスの常連になってしまっていた。そんな時、監督に就いたのが闘将と呼ばれる星野仙一氏だった。戦う集団としての変貌を期待された就任1年目、3・11の東日本大震災が起きてしまう。

11年4月29日、本拠地の開幕戦での嶋基宏選手のスピーチは、いまや伝説になっている。

震災時、楽天ナインは兵庫県にいた。東北に戻れなかった選手たちは、不安な気持ちを抱きながら全国各地を転戦していた。ようやく仙台に戻ったのは、開幕5日前だった。

「震災後、選手みんなで『自分たちに何ができるか』『自分たちは何をすべきか』を議論して、考え抜き、東北の地に戻れる日を待ち続けました。そして開幕5日前、選手みんなで初めて仙台に戻ってきました。変わり果てたこの東北の地を『目』と『心』にしっかりと刻み 『遅れて申し訳ない』と言う気持ちで避難所を訪問したところ、皆さんから『おかえりなさい』『私たちも負けないから頑張ってね』と声を掛けていただき、涙を流しました。

その時に何のために僕たちは闘うのか、ハッキリしました。この1カ月半で分かった事があります。それは、『誰かのために闘う人間は強い』と言う事です。

東北の皆さん、絶対に乗り越えましょう。今、この時を。絶対に勝ち抜きましょう、この時を。今、この時を乗り越えた向こう側には強くなった自分と明るい未来が待っているはずです。絶対に見せましょう、東北の底力を!」(嶋選手のスピーチ)

この日を境に楽天イーグルスは仙台だけでなく、東北の代表として応援されるようになる。順位こそBクラスだったが、勝率は11年.482、12年.500と、強くなる礎は出来上がっていった。そして13年、東北全県の後押しを受けた楽天イーグルスは初の日本一へと邁進する。13年の日本シリーズは、巨人には悪いが圧倒的に東北楽天を応援する雰囲気が出来上がってしまっていた。

「東北の子どもたち、全国の子どもたち、被災者の皆さんに勇気を与えてくれた選手をほめてあげてください」(星野監督の優勝インタビュー)

来季は楽天にとって、初めて追われる立場を経験することになる。単なる勢いだったのか、真価を問われるシーズンになる。

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