2015年1月号より
現場主義の原点は給食会社
スカウト人事で話題になる社長交代が珍しくなくなったが、2014年最大のサプライズ交代といえたのが、ローソン会長からサントリーホールディングス社長に転じた(就任は2014年10月)新浪剛史氏だ。同氏は長身で声も大きく精悍なマスクと、場が華やぐ雰囲気を持っている。加えて、43歳で三菱商事からローソンのトップに就いただけに、55歳という現在の年齢にして、すでに12年も社長としての経験値がある。
さらに経済同友会副代表幹事で五輪招致委員長などを務め、産業競争力会議のメンバーを経て、大企業の新社長という多忙を極める立場の中、経済財政諮問会議の民間議員にも就いた。また、14年2月の東京都知事選挙では出馬の打診も受けるなど、政財界から引っ張りだこの人気経営者である。
現場主義で人一倍のバイタリティを持つ新浪氏は、サントリーのDNAである“やってみなはれ”の精神を自ら実践してみせるのには格好の人物だ。新浪流の“やってみなはれ”をどんな形で具現化していくのか、いまから興味は尽きないが、14年12月の決算を終えた15年から、同氏の本当の真価が問われていくことになる。
かつて、三菱商事副社長の小島順彦氏(現・会長)は、新浪氏を評してこう語ったことがあった。
「あいつは可愛くない部下の典型で、私が右と言うと左だと主張するようなところがあってね。その場は不愉快になるんだけど、周りがみんな賛成だと、裸の王様じゃないかと不安になる。反対されると、後になって妙に安心するんだな」
時期は、02年に新浪氏をローソン社長として送り出す前後だった。正式にトップに就いたのは同年5月だが、それに先立って4月に開かれたローソンの経営方針説明会で、新浪氏は上着を脱いで腕まくりし、荒ぶる気持ちを抑えることなくこう声を張り上げていたものだ。
「デザートの新商品を開発するのに、これまでは女性スタッフが誰もいなかったし、30代半ばを中心に潜在力があるのに人材を育成してこなかった。だから私が社長になってしまうのだ!」
新浪氏にしてみれば、不振のダイエー傘下で元気がなくなっていた、当時のローソン社内の沈みがちな空気に活を入れたかったのだろう。大企業、それも三菱グループ御三家の一角を占める紳士集団の三菱商事にあって、上司にもズケズケとモノを言ってきた新浪氏は、ローソンに着任早々、250店を閉鎖し、早期退職制度で500人を削減するという大ナタを振るった。
もちろん、これは同氏に胆力が備わっていたからできた荒療治なのだが、持論である「経営はロジックでなくパッション」と言い切れるようになるまでには、新浪氏も少なからず挫折と苦労を経験している。
三菱商事では、看板部門の1つである食料部門に配属されるも「私が所属になったのは砂糖部という、一番儲からない部署で亜流だったんですよ」と謙遜していた新浪氏だが、現場主義は若い頃からはっきりしていたようだ。砂糖部に3年勤務した後、食料部門の経営企画的なチームに異動になったのだが、当時を述懐してこうも語っていた。
「要は、企画案を作って担当の役員さんに『こういうことをやりましょう』と、ご進講申し上げてたわけですが、そういう仕事がものすごく嫌で(笑)。それでは実力がつかないし、自分が目指すのは企画を立てるようなプランナーではなく、Doer(実行者)、もっと言えば経営者として生きたいと考えていましたから」
新浪氏の生き方を決定づけたのが、慶応大学在学中に経験した米国スタンフォード大学への留学と、砂糖部でお手本を見せてくれた上司(米国マサチューセッツ工科大学に留学してMBAを取得)だったという。新浪氏はさらに、三菱商事に入社後も米国ハーバード大学経営大学院に留学し、理論武装していった。
帰国後、経営者体験を渇望した新浪氏は、三菱商事が出資していた給食事業会社のソデックスコーポレーション(当時)の役員に、自ら志願して出向したのだが、ここで本当の現場主義を叩き込まれることになる。
「出向した当初は、学んだマーケティング理論を実践しようとして、難しいことばかり言ってましたね。でも、そんな話は現場の調理人さんたちにはわからないし興味もない。『どうせ頭でっかちの若造は、いずれ(三菱商事に)帰るんだろう』って思われていましたよ。
そこで、ある時期から社員と同じ言葉に統一して、自分が彼らの目線まで下りていかなければいけないと悟るようになりました。当然ですが、経営者は結果を出さないとダメ。そのためには、社員が共鳴してくれないと動いてくれないですから。
ソデックスでの経験がなかったら『ローソンに行って社長をやれ』と言われても難しかったでしょう。中小企業を自分で切り盛りしたことが、自分の中で信念を曲げずにやれるという自信になりました」
「経営とは捨てること」
新浪氏の信念として「経営とは取捨選択をして捨てることなり」もある。ローソンへ行って実際に捨てたのが、コンビニ最強のセブン-イレブン追従をやめることだった。それを具現化させたのが、全国一律の品揃えをするレギュラー店以外に開発した、ナチュラルローソン(健康志向)、ローソンストア100(生鮮品も扱い、100円が主力価格帯)、ローソンプラス(シニアや高齢者を意識した品揃え)といった新業態で、異業種との提携も数多く実現した。
さらに加盟店オーナーに対してもMO(マネージメント・オーナー)制度を導入する。文字通り、地域地域で核になるオーナーに経営機能を持たせ、本部集中型から脱却して地方分権を進めた。
もちろん、こうした施策がすべてうまくいっているわけではないが、何か新しい手法や価値を見出していこうとする新浪氏の姿勢は、“やってみなはれ”そのものと言ってもいい。実際、ローソンの社長交代会見の際には「私は、どちらかと言えば新しいことをどんどんやり、かつ、そういうことを自分で考えていくことが得意だと思っています」とも語っていた。
14年7月1日、サントリーHDの社長交代会見に臨んだ佐治信忠社長(当時。現・会長)は「当社もすでに115歳。悪しき官僚意識も見られ、やんちゃさがなくなってきている。新浪新社長には、新しい風や空気を送り込んでほしい」と、創業精神復活を期待すれば、新浪氏も「北風でなく、みんなで一緒にやりたい、頑張りたいと思わせる南風を吹かせたい」と応じていた。
逆に言えば、115年間、ずっと創業家一族による経営が続いてきた中で、初めて登場したサラリーマン社長の新浪氏が、サントリーHDという新天地の舞台でいったいどんな“化学反応”を起こさせるのか。
その1つが、売れ筋や死に筋などの消費データ分析に長けた大手コンビニの経営者を長く務めた知見を、サントリーHDというメーカーでどう発揮していくかということにある。サントリーという企業集団はもともと、洗練された宣伝広告や巧みなマーケティング力という点で定評があるが、一歩踏み込んで、さらに消費者目線の発想をどうビジネスに生かしていくかが注目点だ。
ちょうど1年前、ローソンで“健康コンビニ”へのシフトを宣言した新浪氏だけに、7月の会見の際も「サントリーもいろいろなジャンルを手がけていますが、とりわけ健康関連事業は素晴らしいし、まだまだ伸びるジャンルだと考えています」と力強く語っていた。同氏の最初の成績を残すことになる15年は、果たしてどんな挑戦魂を見せてくれるのだろうか。
(河)