2014年7月号より
ライバルに先駆け導入
「国内初であり、時代を先取りするプランだ」
NTTドコモの加藤薫社長は、4月10日に記者会見を開き、6月1日から新しい料金体系を導入すると発表した。
新しい料金体系の目玉は2つある。
1つは「カケホーダイ」で、毎月定額(スマホで2700円、従来機で2200円)を払えば、自社はもちろん他社の携帯電話へも、固定電話へも、すべての通話がかけ放題になる。現在でもドコモ同士なら、月額667円で通話料金は無料になるが、その対象を国内すべての電話に拡大したものだ。試算によると、毎日2分ほどドコモ以外と通話している人にとってはお得となるプランだ。
PHSのウィルコムではすでに通話完全定額制を導入しているが、大手3社の中で導入するのはドコモが初めてとなる。
もう1つが「パケあえる」で、家族内の合計データ通信料を、複数の回線で分け合えるというもの。家族4人で「シェアパック10」というプランに入ると、月額1万円で家族4人で合計10ギガのデータ通信が可能となる。これは従来の契約に比べ、4割近い割引となる。しかも、長期契約者の場合、家族で最大2000円の割引を受けることができる。こうしたパケットを家族で分け合えるサービスも、いままで日本にはなかった。加藤社長が「日本初」と胸を張るのもわかろうというもの。
このドコモの新料金プランは驚きをもって迎えられた。
ドコモのイメージの1つに、「料金が高い」というものがある。実際にはスマホなどにおいては、ドコモ、au(KDDI)、ソフトバンクの3社はほぼ横並びなのだが、8年前、ソフトバンクが携帯に参入するまでは、基本料も含め、料金が高止まりしていたこと、その中でドコモが圧倒的シェアを取っていたこともあって、「ドコモは高い」というイメージが醸成されていった。
今度の料金プランはそれに挑んだものだ。特に通話料金定額制は、後述するが、他社では導入するのがむずかしい施策である。それを前面に打ち出したところに、ドコモの本気度が見て取れる。
この新料金プランが、KDDI、ソフトバンクに与えた衝撃はけっして小さくなかった。
ソフトバンクの場合、この1月に新料金プランを発表しており、4月末からの開始を予定していた。ところがドコモの発表を受け、新料金プランの導入を中止せざるをえなかった。5月初めに決算会見に臨んだ孫正義・ソフトバンク社長は、ドコモの定額制について触れ、「ドコモに見劣りしない」新料金プランを策定中であることを明らかにしたが、その時期については明言を避けた。
またKDDIも、ソフトバンクの決算発表の翌日、夏物商品の発表会を開いたが、檀上に立った田中孝司・KDDI社長のプレゼンテーションでは、端末やネットワーク、新サービスなどについての説明はあったものの、料金については何の説明もなく、田中社長は、「別の機会に」というにとどまった。
KDDI、ソフトバンクとも、ドコモの定額制のインパクトがどのくらいのものなのか測りかねている状況で、6月以降のユーザーの動きを見たうえで、対抗策を練ることになりそうだ。
振り返ってみれば、ドコモは常に携帯業界の巨人であり、横綱だった。iモードなどで革命を起こしたり、LTEをいち早く導入するなど、業界の牽引役でもあった。こと料金に関しては、頭をつけて戦うのはいつもauやソフトバンクであり、ドコモはそれを受けて立つ立場にあった。
ところが今回は違う。日本初の通話料金定額制(=通話無料)を、ドコモが真っ先に導入したのだ。世界的に見れば、通話定額制は世の流れとなっている。日本国内でも、同じ会社同士の通話はすでに無料になっているし、ウィルコムやイー・モバイルなどは条件付きながら定額制を導入している。ところがメジャー3社に関していえば、いつまでたっても定額制に踏み切らなかった。ドコモはそこに踏み込んだ。
iモードの栄光
3社のうち、ドコモが一番乗りしたのは、同社が環境的に恵まれていたからだ。携帯電話から他社に電話をかければ、相手が携帯であれ固定であれ、そこに接続料が発生する。そのコストがあるため、これまで他社に対する通話料を無料にすることができなかった。
ところがドコモユーザーの場合、携帯シェアトップのため、そもそも、他社携帯にかけることが少ない。しかも固定電話にかける場合、相手はほとんどNTTの固定電話となる。接続料を払っても、それはNTT東か西の収入となる。つまりNTTグループ全体で考えたら“行って来い”だ。ところが、auからNTTの固定電話に電話すれば、KDDIはNTTに接続料を支払わなければならない。この違いは大きい。
ソフトバンクの孫社長は、ドコモの定額制について「ドコモさんはずるいですよね」と語っていたが、それはこうした理由によるものだ。
明治以来、日本の通信を一手に担い、全国隅々まで電話線を引いたNTTグループ。他社に比べ通信インフラという点では、圧倒的有利にある。それを最大限活用したのが今度の定額制なのだが、ある意味、国民共有の財産を利用して、自分たちだけ恩恵を受けるというやり方は、いささかえげつない。
それでもこのような料金体系を導入しなければならなかったところに、いまのドコモの苦しみがある。それほどまでに追い込まれているのだ。そんなドコモにとって、通話料金定額制は、伝家の宝刀を抜いたと言えば聞こえはいいが、次頁の石川温氏のコメントにもあるように、ドコモにしてみれば、最後の手段ということができるのだ。
日本に携帯電話(移動体通信)が誕生したのは1985年のこと。提供したのはもちろんNTT。自動車電話からのスタートだったが、ショルダーフォンなどを経て、携帯はどんどん軽くなっていく。92年には移動体通信部門がNTTから分離・独立、現在のドコモが誕生した(当初の社名はNTT移動通信網)。
それから今日にいたるまでの最大の成功体験といえば、なんといっても「iモード」だ。99年にスタートしたiモードは、空前のヒットとなり、ドコモのシェアアップに大いに貢献した。
iモードによって、携帯とインターネットが結びついた。しかもiモードにコンテンツ提供するプロバイダにとっても、その料金徴収をドコモが代行してくれるため、利用者にとってもプロバイダにとっても使いやすいシステムだった。そしてドコモには多大な手数料が入ってくる。この成功によって、ドコモはNTTグループの利益の7割を稼ぐ稼ぎ頭となり、その地位は盤石のものとなった。
5年間続く顧客流出
ところが2006年にボーダフォンを買収してソフトバンクが参入したことで、業界地図が大きく動き始める。同年秋に番号持ち運び制度(MNP)が開始される。当初は3番手のソフトバンクが草刈り場となるかと思われたが、同社は価格戦略を打ち出し、契約者数純増トップを独走、シェアを伸ばしていく。さらにソフトバンクが08年にiPhoneを発売したことで、勢いはさらに加速、ドコモばかりかauも、シェアを落としていった。そして11年にはauもiPhoneを発売。この時以降、ドコモの独り負けが常態化した。
その代表的な指標がMNPの実績だ。昨年1年間でドコモは、MNPによって143万件の契約を失った。昨年秋にiPhoneを発売しはじめてから流出のスピードがにぶったとはいうものの、今年3月まで、62カ月連続でMNPはマイナスとなっている。これは、ソフトバンクがiPhoneを発売してからの期間とほぼ一致する。
ドコモも、市場全体の伸びにともなって契約者数は伸びているのだが、前頁のグラフを見てもわかるように、シェアは右肩下がりで落ちていった。
業績も同様だ。前3月期、KDDIとソフトバンクは揃って最高益を記録した。ところがドコモだけは減益決算だった。しかも営業利益は3期連続、最終利益にいたっては5期連続の減益である。
その結果、ドコモは利益面に関しては、営業利益で1兆円を超えたソフトバンクの後塵を拝することとなった。
ソフトバンクの携帯参入する前(06年3月期)の営業利益はわずか622億円。その前年度までは4期連続で赤字を垂れ流していた。ドコモの06年3月期の営業利益といえば、8326億円。ソフトバンクと10倍以上の差があった。
孫・ソフトバンク社長は当時を振り返って「10年以内でドコモを抜くと言っても誰も信じてくれなかった」と語っているが、比較すること自体が無謀だった。それがわずか8年での逆転劇である。ソフトバンクの躍進も驚異的だが、同時に、かつては営業利益が1兆1000億円を超えていたドコモが、ずるずると利益を落としてきて逆転されたという構図だ。
ドコモの低迷を、iPhoneに乗り遅れたためだとするのはたやすい。しかしドコモには、ソフトバンクより早くiPhoneを発売するチャンスがあった。ところがiモードの成功体験と、ドコモと一体化していた端末メーカーやコンテンツプロバイダとのしがらみが、それを許さなかった。そして何より、スマホがここまで急速に普及することを予見できなかったことが、最大の敗因だ。
もちろん、ドコモの中にもスマホの将来性に着目していた社員はいるだろう。しかし組織として、スマホに社運をかけることができなかった。
その背景について説明するのは、孫社長の次の言葉がもっとも適切かもしれない。
「お金持ちの家に、銀のスプーンをくわえて生まれ、努力しなくともエリートとして上流階級として育ち、リスクを取らなくても無理をしなくてもいい立場と、生まれながらにハングリーで、負けじ魂を持ち、どんな困難があっても成長するという企業の違いだ。もっている財産が違うのではない。思いが違うのだ」
よく「ゆでガエル症候群」というが、ドコモはまさにその状態にあった。そして気づいてみたら、MNPで独り負けし、利益でソフトバンクに逆転されていた。
二の矢、三の矢は
そこでようやく、ドコモの尻に火がついた。その結果として出てきたのが、他社が真似することがむずかしい通話料金の定額制だった。これまで横綱相撲を取っていたドコモが、初めて積極的に仕掛けてきた施策だ。
これが想定どおりの成果をあげれば、ドコモのシェア低下に歯止めがかかる可能性は高い。しかし問題はそこからだ。
auもソフトバンクも、定額制については様子見の状況だ。もし、これがうまくいけば、収益を圧迫することになっても、両社は同様のサービスを行うことは間違いない。その時、ドコモはすぐに二の矢を放たなければならない。定額制がうまくいかなかった時も同様だ。顧客流出に歯止めがかからないなら、早急に次の手を打つ必要がある。
果たしてドコモに、それができるかどうか。
ドコモの加藤社長は2年前、社長に就任する際、スローガンとして「スピード&チャレンジ」を掲げていた。ライバルに比べ対応が遅く、リスクを追わない企業体質にあることを自覚したうえでのことだった。
新料金プランや、別稿で触れているM&A戦略など、従来のドコモにはないアグレッシブな姿勢は確かに見えてきた。それをいかに持続させ、さらに加速できるかどうかに、ガリバーの未来がかかっている。