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特集記事

2013年7月号より

ディズニーランド30年で攻勢当面は好循環で死角なし

年初比で株価1.5倍

「もちろん白川総裁時代に比べれば、強力な金融緩和を行ってくるとは思っていましたよ。でもここまでの規模とは思わなかった。デフレ退治にかける黒田新総裁の意気込みが、はっきりと伝わってきましたね」

と、日銀クラブに所属している新聞記者が、4月4日を振り返る。

別の記者はこう語る。

「ついにルビコン川を渡ったと思いましたね。これまで日銀が行ってきた金融政策の常識を大きく踏み越えるものでしたからね。ある意味、ほとんど禁じ手に近い内容も盛り込まれていた」

4月3日、4日の両日、日銀は金融政策決定会合を開いた。日本の金融政策を決める会議で、3月20日に日本銀行総裁に就任したばかりの黒田東彦氏にとっては、初陣とも言える舞台だった。

4月4日の金融政策決定会合後の記者会見で金融緩和策を説明する黒田東彦総裁。

黒田氏は就任前から「長引くデフレは日銀の責任」と語るなど、日銀の金融政策を批判してきた。それだけに、かなり大胆な金融政策を行うとは予想されていたが、実際に決定された緩和策は、予想を大きく超えていた。

《日本銀行は、消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する》

白川総裁時代の昨年2月、日銀は1%のインフレ目標を設定、今年1月にはそれを2%に引き上げていたから、2%のインフレ目標自体には驚きはなかった。しかし続く一文は予想を超えたものだった。

《このため、マネタリーベースおよび長期国債・ETFの保有額を2年間で2倍に拡大し、長期国債買い入れの平均残存期間を2倍以上に延長するなど、量・質ともに次元の違う金融緩和を行う》

2年、2%、2倍がこの発表のキーワードだ。

マネタリーベースとは、日銀の場合、日本銀行券発行高、通貨流通高、日銀当座預金の合計額で、日銀がどれだけ市中に通貨を供給したかを測るものだ。これを一挙に2倍、金額でいうと年間60兆~70兆円増加するようにするというのだ。

リーマン・ショックで世界同時不況が起こった時、欧米各国の中央銀行は量的緩和に踏み切りマネタリーベースを増やしていった。しかし日本のマネタリーベースはほとんど増えなかったため、それが円高、そしてデフレにつながり、輸出産業を中心に日本企業は大打撃を受けた。それを是正しようというのである。

しかもマネタリーベースを増やすために、長期国債の保有残高を毎年50兆円のペースで増やすとともに、これまでは買っていなかった40年物の長期国債も組み入れることになった。

日本では日銀による国債の直接引き受け(政府から直接国債を買うこと)は禁じられているため、銀行の保有する国債を買うことになるのだが、50兆円といえば、政府が新規に発行する国債の約7割だ。市中金融機関というクッションをはさむものの、政府の発行する国債のほとんどを日銀が引き受けると言っているに等しい。

しかもこれまでは、出回っている日本銀行券以上の国債は引き受けないというルールがあったが、これも一時的に棚上げするなど、あらゆる手段を使って国債を買おうというのである。今度の金融緩和策が「禁じ手」と呼ばれる所以である。

この決定に市場は素早く反応し、円相場は下落し、株式相場は高騰した。その傾向は決定から1カ月以上たっても続いており、株価は5月15日に1万5000円台を5年4カ月ぶりに回復、円相場は5月10日に4年ぶりに100円台の安値となり、直近では、102円台をつけている。

黒田総裁は、円安を目的とした金融緩和ではないと国際会議などでも繰り返し強調しているが、円高が是正されないかぎりデフレ脱却はできないだけに、いまの状況はしてやったりというところだろう。

また安倍政権の支持率が高止まりしているのも、株高によって国民の心理が前向きになってきたことが大きい。

マスメディアも昨年まではインフレ目標に対しては警戒感をあらわにしていたが、いざ導入されて、それに伴い株価が上昇すると、途端に肯定的な主張が目立つようになってきた。バブル経済破裂後長らく味わうことのできなかった高揚感が、いまの日本を包んでいる。

しかしすべてが日銀の思惑どおりにいっているわけではない。

予想外の副作用

5月13日、長期金利の指標となる、10年国債の利回りが、0.8%にまで上昇した。4月に金融緩和策を発表した直後に0.4%台だったことを考えると、大幅な上昇である。

本来であれば、金融緩和策は長期金利が下がる方向に働かなければならない。日銀が国債を大量に引き受けるということは、国債の需給が逼迫し、国債の価格が上がる=利回りが低下するはずだ。ところが株価が伸びているため、金融機関の多くは資金運用を国債から株式投資へと動かし始めている。その結果、国債価格が下がり、金利が跳ね上がったというわけだ。

長期金利の上昇は、企業の投資意欲にマイナスに働く。日銀としては金利が下がることで企業活動を活発化させたいとの狙いがあったのだが、いまはむしろ逆の結果が出ている。

また金利上昇を受けて金融機関は、住宅ローンの引き上げに踏み切った。来年4月に消費税率が引き上げられるため、今年は住宅の駆け込み購入が増えると予想されている。しかし住宅ローンの金利が上がれば、その勢いが削がれることになる。

今回、黒田日銀が打ち出した異次元の金融緩和策は、日本ではおろか世界的にも例がない。その意味でいまはまだ、壮大なる実験の真っ最中といっていい。どの国も経験したことがないのだから、すべてが想定どおりにいくわけもないし、予想もしなかった副作用が出るかもしれない。長期金利の上昇もその1つと捉えることもできる。

バブル経済破綻後、いまでいうリフレ派の経済学者や政治家が、デフレ経済から脱却するために日銀はインフレ目標を設定すべきで、そのためには大胆な金融緩和策が必要だと主張してきた。今回副総裁に就任した、岩田規久男・前学習院大学教授などは、その筆頭だった。

しかし白川前総裁までの日本銀行は、金融政策によってデフレから脱却するのは不可能との態度を貫いてきた。日本銀行のもっとも重要な任務は、「物価の安定」であり、仮に金融緩和策によって通貨の信任が揺らげばハイパーインフレが起きてしまう。一度ハイパーインフレが起きた場合、それを止めることは非常に困難だとの認識があるためだ。

日本銀行が誕生したのは、明治時代、西南戦争によって発生したインフレを抑えるためだった。その後も、戦時中、そして敗戦後と何度となくインフレに見舞われている。そのたびに政府や日銀は金融引き締めを行ってきたのだが、金融引き締めのあとには、デフレや不況に苦しんだという歴史がある。そのため日銀にとっての「物価の安定」とは、インフレを未然に防ぐことと同義になっていた。だからこそ、意図的に軽度のインフレを起こそうとするリフレ派の主張に従うことはできなかった。

しかし黒田日銀は、思い切って未知の領域へと踏み込んだ。そうでもしなければ、日本経済が再生することなど不可能だとの不退転の決意がそこにはある。金融緩和策決定後の会見で黒田総裁は「戦力の逐次投入をせずに、現時点で必要な政策をすべて講じた」と言い切った。いまさら後戻りはできない。2年で2%のインフレ目標に向かい、突き進んでいくしかない。

おそらくその過程で、今回の長期金利上昇のような、想定外の事態が何度も起きるはずだ。その時に、いかに迅速に必要な手段を講じることができるかが勝負になっている。対応できなければ、過去の日銀総裁たちが恐れたハイパーインフレが現実味を増してくる。

インフレ目標を達成したうえでいかに軟着陸させるか。黒田総裁の真価が問われるのは、むしろこれからだ。

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