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特集記事

2013年5月号より

米国市場で「快走」する秘密 ロシアにも大きな伸びしろ

車を北米向けに変更

池田智彦・専務執行役員

富士重は今期、72万台の世界販売を見込んでいる。うち国内販売は17万台にすぎず、総販売台数の76%は海外市場でのものだ。なかでも米国市場の比率は高く、2012年に販売した33.6万台は海外販売の60%を占める。一見すると、市場の偏りはリスクのように映るが、富士重は、それを承知で米国市場での拡販に努めてきた。

「世界販売の約半分は米国で、収益ではそれ以上です。いろいろな考え方はあると思います。得意なところを伸ばすか、弱いところを補填するか。我々は、歴史的に見ても強い市場がなく、どの地域も中途半端でした。初めて市場から強い支持をいただけるようになったのがアメリカです。企業としての体力をつけていくためには、まず北米でしっかりと売っていく。収益基盤をきちんとすることが大事です。実力がついてきたら、ほかの市場にリソースを回せると考えています」

こう語るのは専務執行役員スバルグローバルマーケティング本部長の池田智彦氏。SOA(スバル オブ アメリカ)の元会長で北米市場の躍進を現場で支えてきた経歴を持つ。

18頁の表のとおり、2007年以降、米国市場でスバル車の販売は右肩上がりをつづけている。それも08年のリーマン・ショックの景気後退や、11年の東日本大震災による減産を乗り越えての数字だ。なぜスバル車がここまで米国市場に受け入れられるようになったのか。それはスバルの販売戦略が着実に実行されてきたからにほかならない。

「商売は基本的に“商品”ですので、商品がアメリカの市場に合っているということです。ただ、そうひと言で言うのは簡単ですが、実はそんな単純な話ではありません。

09年までの先代『レガシィ』までは、日本や欧州に向けたクルマづくりをしてきました。09年半ばに発売した現行レガシィでは、サイズとテイストを北米市場向けに合わせました。アメリカで受けるものは、ロシア、中国、オーストラリアの市場でも受け入れられる。トータルにクルマを売るなら、そちらにシフトしたほうがよいということです。

また価格戦略にも取り組んできました。実は06年ごろから価格の見直しを始めていました。先代レガシィは日欧では売れましたが、アメリカで受け入れられなかった。理由の一つが、価格の問題です。それまで少しずつ価格を上げ気味にしていたのですが、それによって、価格と価値に差が出てきてしまっていた。お客さんが高いと思えば売れませんから、ディーラーは値下げをせざるを得ない。そのためにインセンティブを払う、リセールバリューがどんどん落ちていく、という悪循環があった。MSRP(メーカー希望小売価格)と実売価格のギャップが大きいと、リセールバリューが落ちます。価格付けと取引価格のバリューの違和感を減らす。値付けの確度と、商品性を上げていくことで、いかにギャップを埋めるか。これには非常に大きな効果がありました」

MSRPが高いと、結果的にインセンティブを厚くして値引き分を負担するわけで、そのぶんMSRPを下げても収益としては変わらない。アメリカにはALG(自動車リースガイド)という中古車の価格付けをしている民間機関があり、ここでどう評価されるかで、その後のクルマの評価に影響する。新車と中古車の価格差が狭いほど、ユーザーにとって価値のあるクルマとなるわけだ。

リーマン・ショックでも販売増

06年にスバル車の米国販売は20万台を突破する。この時はアメリカ生産拠点のSIA(スバル・オブ・インディアナ・オートモーティブ)の操業を維持しなければならず、インセンティブを厚くして、なりふり構わず販売攻勢に出た結果だった。当然収益性は悪化する。そこで07年は大きく戦略を転換。できるだけインセンティブをつけず、販売台数が減っても収益性を重視した販売に切り替えた。背景にはSIAでトヨタの北米主力車「カムリ」の生産が始まり、工場の稼働率を保てたことがある。ここから北米市場での快進撃が始まった。

この年の年末には、マーケティングにも注力。広告も米広告代理店カーマイケル・リンチに委託し、機能や価格をユーザーに訴える戦略から、情緒価値をアピールする戦略にシフト。「愛」をテーマにした「LOVEキャンペーン」を展開する。レガシィや「フォレスター」など、愛車について書き込めるウェブサイトを開設するなど、「スバル愛」をテーマにしたPRで、一気に認知度が高まった。

「07年には、アメリカではサブプライムローンの問題が大きくなっていました。我々のお客様は、クレジットの信用が高く、サブプライムに関わるお客様たちがほとんどいなかった。クレジットヒストリーがきれいで、レベルの高いお客様に買っていただいていたということです。07年は収益重視でしたが、08年は収益性を維持しつつ、販売台数では前年を上回ろうと取り組んでいました。8月までは順調だったのですが、9月にリーマン・ショックが起きた。スピードは鈍化したものの、12月の最後まで前年を上回ろうと努力して、わずかながら前年比プラスで乗り切ることができました。この年に前年実績を上回ったのは、量産メーカーではウチだけです。自信にもなったのですが、このことをマスコミが大々的に取り上げてくれまして、注目を浴びるようになったことも大きかった」

リーマン破綻後、翌年には米ビッグスリーのゼネラルモーターズ、クライスラーと、自動車メーカーも破綻に追い込まれた。

「GMやクライスラーの破綻から、サターンなどのブランドがなくなり、仕事がなくなったディーラーもたくさん出てきました。私どもは07年以降、ディーラー満足が8位、3位、2位と評価が上がってきていたこともあり、手を挙げてくれるディーラーが増えてきました。特に南部の、現在販売が伸びる要因になっている地域のディーラーさんが増えてきたのです」

09年はまだ多くの自動車メーカーが金融危機の後遺症で販売不振に陥っていたが、スバル車は収益性を維持したまま米国市場で21.7万台を販売。翌年から現在まで、毎年過去最高を塗り替えながら販売を伸ばしている。現状では、在庫が少し足りないほど好調がつづく。

「米国では、現物を買って、乗って帰るというお客様がほとんど。日本のようにカタログ販売やオーダーをして待つという買い方ではありません。クルマの必要性という意味がまったく違うものですから、在庫は非常に大事です。仮に、月に100台売るディーラーさんであれば、200台を現物で持っているのがふつう。なかなかそこまでは供給できなくて、150台ほどしかお渡しできていない。

そこで工夫したのが、ディーラーさんが発注したクルマがいまどこにあるかをトラッキングできるようにしたこと。現在どこにあるから、何日後に届きますというのがわかる。少ない在庫でも、ある程度めどが立ちますから、ディーラーさんには好評です」

オーダーからロジスティクスまで、ディーラー満足度の向上が、スバル車の販売を支えている。

中国市場は苦戦がつづく

好調な北米市場に対し、苦戦がつづいているのが中国市場だ。

昨年9月の反日暴動以降、日本車メーカーは苦戦を強いられている。富士重は中期経営計画で15年度に世界販売85万台を見据えていたが、中国市場で10万台の販売を目論むなど、中国に対する期待は高かった。12年は前年比マイナスの4.3万台と、達成はかなり厳しい状況になっている。

「11年の5.7万台から昨年は4.3万台にまで販売が落ちた。今年は5.8万台を売りたいと思っていますが、本当に厳しくなりましたね。ただ、中期経営計画の15年度までに10万台売るという軸足はまったく変わっていません。

SOC(スバル・オブ・チャイナ)で05年に現在の体制をつくった時、マーケティングはSOCでやりますが、実際の販売は地域代理店を3つ作って、彼らに売ってもらう形にしていました。これだと、直接ディーラーに接する商売はできていなかったんです。それを今年の4月以降は見直して、SOCをディーラー最大手の◎大汽貿集団股?有限公司との合弁会社に移行します。これで現地販売への関与を高めて、10万台に向けて展開する。
(◎は、广の中に龍。読みは「ホウ」)

商品的には、アメリカベースですが、色は赤とか金とか、派手めな色を加える形です。ただ、すべて日本での生産になりますから、関税が高い。価格に見合ったバリューのあるクルマとして、マーケティング的にも訴求していきます。性能はいいですから、プラスアルファのお金を払ってもいいと思ってもらえる下地をつくっているところです」

中国は自動車について平均13%の関税をかけている。スバル車の顧客は必然的に富裕層やインテリ層が多く、政府の政策に敏感なユーザーが多い。今回の日中関係悪化では、特に北京の販売で回復が遅かったのだという。いまはどのメーカーもインセンティブを厚くして、販売回復に躍起だが、現在の両国の政治状況では何が起こるかわからず、楽観はできない環境がつづく。

では他の国で台数を稼ぐのはどうかと言うと、小規模メーカーの悩みで、手当たり次第に新興国等に出ていくわけにはいかない。大手各社が新興国戦略で低価格車を現地生産で開発するなか、スバル車は国内生産が中心とあって、関税が高く、富裕層向けビジネスに向かうしかない。大幅な台数増を図るには、現地生産が不可欠となるが、台数が見込めない状況での投資はリスクが大きいため、踏み込めないのが現状だ。そんななか、池田氏が注目しているのがロシア市場だ。

「水平対向エンジンでSUVが中心というウチの商品体系から見ても、ロシアは道路状況や気候状況がとてもスバル車に合っています。現在は0.4%ほどのシェアですが、将来的にマックス500万台規模の市場になった時に、1%のシェアが取れればと考えています。ロシアへの可能性は今後も追求します」

中期経営計画は通過点

15年度までに85万台という数字は、中国市場が難航している以上、楽な数字ではない。

「工場はいつもフル操業で原価も下がり、為替もよくなってきた。海外の販売もお金をかけずに売れている。こんな状態がいつまでつづくのかというのは不安として持っています。ゆえに台数は必要以上にこだわることはない。収益性が大事です。ただ、台数は将来の投資のためにも、事業のチームメンバーのためにも重要な要素ですから、1台でも伸ばす戦略は取りつづけます。

アメリカでは今年36・5万台を見込んでいますが、40万台以上のところまでは狙える。いまのままの商品体系では簡単ではありませんが、モデルチェンジなどで5万台は上乗せしたい。中国は厳しいとはいえ、まだ上乗せ余地が大きく、オーストラリアやロシアと合わせて5万台以上積み上げる。そうすれば、今年の計画75万台から10万台以上になるでしょう。

安心と楽しさを伝えるというマーケティングは、アメリカではだいぶできていますが、他の市場ではまだ改善の余地があります。もちろん収益は大優先ですが、85万台を達成しないと、その先の100万台への再投資ができない。ここはしっかり達成したいと思います」

富士重は20年に世界販売100万台、世界シェア1%を掲げている。中期経営計画はその通過点となる。大手メーカーに比べ少ない販売台数で、どう高い収益を上げるか。ブランド戦略こそ、富士重の命綱になっている。

(本誌・児玉智浩)

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