2015年11月号より
「所有」か「利用」か
「ソフトとハードはクルマの両輪」という言葉は、ソニーのエンタ事業を主導してきた創業者の盛田昭夫氏と、元声楽家の異色の経営者である大賀典雄氏が繰り返し語った言葉だ。
最近でこそ、ようやくエレキ事業が復調してきたが、リーマンショック以降、エレキは赤字を垂れ流し続けた。そんなソニーを救ってきたのがソニー生命やソニー銀行などからなる金融部門と、エンタ部門だ。
「もしソニーがエレキだけの会社だったらどうなっていたかと思うとぞっとする」というのが、多くのソニー社員の思いである。
今後さらにエレキの復活が軌道に乗り、さらにエンタが成長分野として結果を残せば、ソニーの収益力は格段に高まる。
しかしそれをもって「クルマの両輪」と言うには抵抗がある。それでは単に、それぞれの事業領域が業績を伸ばしただけにすぎない。真の意味でのクルマの両輪とは、それぞれがあることによってシナジーを生み、それによってソニーが次元の違う成長を遂げることにある。
別稿でも触れたが、コンパクト・ディスク発売にあたって、当時のCBSソニーが果たした役割は大きい。あるいは、ソニーがもっと早くコロンビア映画を買収できていたら、世の中にVHSビデオは存在しなかったかもしれない。そうなれば、AV業界の勢力図は大きく変わっていた。これこそが、ハードとソフトの両輪経営だ。
ソニーは世界で唯一、ハードであるエレキと、ソフトであるエンタの両部門を抱える会社だ。しかしここ最近は、そのポジションを活かしきってきたとは言えない。だからこそ、サード・ポイントから、エンタ部門を切り離せという要求を突き付けられたのだ。
それどころか、エレキとエンタの両部門を持っていたために、経営の手足を縛られ、他社に後れを取るケースもあった。
「なぜソニーにはiPodが出せなかったのか」
一時の経営危機から立ち直ったアップルと、AV業界の盟主の座から転落したソニーを比較する時によく使われる言葉だ。
ソニーはウォークマンで携帯音楽市場を牽引してきた。1990年代には楽曲のダウンロードサービスも始めている。ところが、2001年に発売されたiPodですべてが変わった。
ソニーはコンテンツを自ら所有しているために、著作権保護に力を入れた。価格についても、CDに近いものにせざるを得なかった。そのためソニーのダウンロードサービスは使い勝手の悪いものになった。その点アップルは、ユーザーの使いやすさを前面に押し出し、1曲200円前後とCDより安く楽しめた。ユーザーがどちらを選ぶかは自明の理。盟主交代はあっという間だった。
コンテンツは利用するもので、所有するものではない――アップルの躍進でこのような見方が広がった。しかし、その状況に変化が表れた。前稿で触れた定額配信の時代は、ダウンロードの時代に比べコンテンツの重要度が違ってくる。ダウンロード型なら、いくつかのサイトから、好きな楽曲を選べたが、定額型でそれをすると、コストが2倍かかるため、そうするユーザーは少ない。コンテンツを持つことがパワーになる時代がやってきた。
ハイレゾ誕生の舞台裏
エレキにとってもコンテンツを持つことは無意味ではない。今回の取材を通じて複数のソニー関係者がその一例として挙げたのが、「両方があるからハイレゾが市民権を得ることができた」というものだ。
ハイレゾは、CDでは切り捨てていた音域を再現する技術で、昨年商品化されたが、いち早く対応したのがソニーだった。「技術開発にあたり、コンテンツ側からアドバイスすることもできた」(SMEJ関係者)という。その結果、ハイレゾ市場においてソニーは現在、圧倒的な地位を築いている。ソニー製スマートフォン「エクスペリア」の最上位機種は昨年から他社に先駆けハイレゾ対応になっているが、これも両輪経営の成果だろう。
平井一夫社長は、3年前に社長に就任して以来、「ONE SONY」を掲げてきた。裏を返せば、低迷期のソニーはなかなか総合力を発揮できずにいたということでもある。それが最近になって変わってきた。
ソニー社員によれば、エレキとエンタ部門の連携が、5年前とは比較にならないほど増えてきているという。ここから次のビジネスチャンスが生まれる可能性もある。
盛田昭夫氏が掲げ、大賀典雄氏が実践しようとしてきたハードとソフトの両輪経営。紆余曲折を経て、真の実力を発揮する時期を迎えているのかもしれない。