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2015年4月号より

「一番搾り」とクラフトビール 味の多様性で勝負をかける|月刊BOSSxWizBiz

「一番搾り」で6.6%増計画

かつて、キリンビールでは「一番搾り」と「ラガー」の2本立てで攻める時期が続いたが、いまでは一番搾りに完全にフォーカスしている。ビール系総市場の販売が10年連続前年割れの中、一番搾りも同じようにマイナスが続いてきたのだが、昨年、ついにプラスに転じた(下の表参照)。

もう1つの注目点は、いまでは一番搾りの半分以下の数量まで落ちているラガーが、昨年はかなりの増加に転じたこと(同)。ラガー自体が96年1月に生化され、熱処理した従来のものは「クラシックラガー」として別に販売されているが、昨年の反転は、往年のラガーファンが意外に根強いことを窺わせる。

では、キリンにとってラガーの立てつけや今後はどう考えるのか。

「難しいですけど、ラガーはマス広告は控えて会員制SNSといったデジタルの世界で、コアなロイヤルカスタマーに訴求しています」(布施孝之・キリンビール社長)

ちなみに同社では、独自交流サイトの「カンパイ会議」を設けて、消費者を交えたリサーチや分析を強化している。ライバル社に比べて業務用は苦戦しているキリンだが、料飲店向けの契約を他社から奪取するには2年や3年はかかる。こうした固定票に対し、元来が家庭用に強かったキリンは浮動票が多い。それだけ簡単にキリンから離れる消費者もいれば、その逆もあるわけで、一気に自陣営に引き込む可能性もある。

何はともあれ、今年は一番搾り発売から25周年という節目の年であり、この商品に賭ける意気込みは、前年比で6.6%増の3550万ケース(1ケースは大瓶20本換算)という計画にも表れている。

「一番搾りのブランドエクステンション(派生商品)については、いま決まってるのは3月24日に『一番搾り 小麦のうまみ』を出すこと。世界で唯一の一番搾り製法を体感していただける、こだわりの期間限定商品です。いま言えるのはこの商品だけですが、原料を変えるだけではなくて、様々な切り口で展開していきたい。ひょっとすると、『一番搾り プレミアム』もその中に含まれるかもしれませんが未定です。製法の良さを知っていただき、結果的にブランド力強化につながる提案をしたい」

去る2015年1月9日に行われたキリンビールの事業方針説明会で、同社マーケティング部長の橋本誠一氏はこう語った。配布資料では、一番搾りのこだわり限定商品がもう1つあることも窺わせていた。

さらに5月からは、キリンビールの全国9工場(千歳、仙台、取手、横浜、名古屋、滋賀、神戸、岡山、福岡)で、それぞれ味の違いや個性を出した地域限定の一番搾りも出す。

ここで、キリンビールの首脳陣も繰り返し説く、一番搾り製法についておさらいしておこう。この製法は、麦芽を仕込んだ「もろみ」を濾して麦汁にする際に、もろみ自身の重さで流れ出す、一番搾り麦汁だけを使う製法のこと。一番搾り麦汁は、二番搾りに比べて渋みや重みが少ないことで知られる。

一番搾りは1990年3月に発売されて以降、2004年に一度、まろやかさを増す変更をしているが、さらに09年3月にもう一段、踏み込んだ。麦芽100%化である。麦芽100%と言えば、サッポロビールの「ヱビス」やサントリービールの「ザ・プレミアム・モルツ」など、プレミアムジャンルで価格も通常ビールより少し高いのが普通だ。

キリンは、米やコーン・スターチなどの副原料を使わない、麦芽100%と一番搾りという贅沢な併せ技で、しかも価格は通常のビールと同じということを最大の訴求点に置いている。ただし、往年のラガーファンからは「一番搾りは味がおとなしい」という声もよく聞く。

また、ある大企業の40代サラリーマン数人に自宅で飲むビールを聞いたところ、「オレは『スーパードライ』(アサヒビール)」「オレは『プレモル』(サントリービール)」「家では焼酎。カミさんが『黒ラベル』(サッポロビール)か『ラガー』(キリンビール)かな」という答えが返ってきた。ビールは好き嫌いが大きく分かれる嗜好品だけに、この少ない回答で何かを断じることはできないが、ひょっとすると一番搾りは、後述する、ビールの苦みが苦手という20代や30代のほうがウケがいいのかも知れない。

若年層はRTDにシフト

今年は年初の会見で、ビール4社とも揃って主力ビールの派生商品やリニューアル発表が目立った。来年以降、段階的に導入される見通しの酒税改革を睨んでのことだ。現在は、ビールで77円、発泡酒で47円、第三のビールが28円という税率になっている。

いまの見通しでは、この差を徐々に縮小し、最終形は55円での一本化と目される。まだ流動的な要素もあるが、仮にそうなった場合、値上げとなる発泡酒、第三のビールから、値下げとなるビールへの回帰は必然。現状の販売構成比でビール比率が最も高い順に並べると、アサヒ、サッポロ、サントリー、キリンだ

結果、一番有利なのがアサヒになるわけだが、雪崩れを打ってビール回帰が起こるかどうかは未知数だ。発泡酒や第三のビールを選ぶ人は比較的、量を飲む人も多いと推測される。ビールで量を飲むと家計への影響が大きいからだ。そうなると、カロリーオフや糖質、プリン体ゼロといった機能性や健康軸に振った商品に特化する形で、税率改正後も一定量、発泡酒や第三のビールが存在感を残していく可能性もある。

「今年発売25周年の『一番搾り』で攻める」と、磯崎功典・キリン社長。

「税率が下がればビールが伸びるということは、私はないと思います。少子高齢化が進みますし、飲食関連は胃袋の数に比例すると思いますので、よほど急に人口増でもあれば、あるいは政府が移民政策を取るなどがあれば別ですが、ゆっくりですけど、ビール市場は今後も小さくなっていく。私はすべての消費財でそうなると見ています。

そこで企業は何をしなければいけないか。もっともっと付加価値の高いものをやっていくことです。それも単に価格の高いものという意味ではなく、中身の付加価値の優劣が重要なのです。『グランドキリン』(12年から投入したコンビニ限定の付加価値ビールシリーズ)や、これから本格化させていきたいクラフトビールもそうですね。こうした商品との2極化、3極化が進むはず」(磯崎功典・キリン社長)

ビール系市場の縮小と対照的に、ここ数年グングン伸びているのがRTD(=低アルコール飲料)分野。平たく言えば缶チューハイだが、RTD市場は07年以降ずっと伸長しており、トップブランドがキリンの「氷結」である。このジャンルはサントリースピリッツとキリンビールが2強で、宝酒造やアサヒビールには大きく差をつけている。

キリンでは今年、このRTDで前年比11%増の4860万ケース(1ケースは250ミリリットルで24本換算)を狙い、5%増で5310万ケースの計画を組んだサントリースピリッツとの差をさらに縮める意向だ。惜しむらくは、キリンビールの売り上げ構成比で言えば、前々期の13年12月期の実績数字ではビール類が86%、RTDは8.6%と小さいことだが、追い風の市場で大きく伸びているのは大きい。

そして、このRTD市場をリードしているのが、ビールの苦みが苦手な人が多い20代・30代の層である。リサーチ会社のマクロミルの調査で、昨年11月に実施した飲用実態調査では、自宅で飲んだお酒で20代・30代は1位がRTD、2位がビール、40代・50代は1位ビール、2位がRTD、60代は1位ビール、2位がワインという結果になっている。

また、キリンビールの独自調査でも、特に20代男女はお酒に対し、甘味、フレーバー、低アルコール度数を重視し、「とりあえずビール」は〝死語〟の実態が改めて浮かぶ。

味覚の多様性に勝機あり

RTDは柑橘系や果汁系が主力だが、キリンが投入する度数1%の新商品「バタフライ」には紅茶テイストもあり、味覚のバラエティさがビールより多い。今後は、こうした味覚の多様性がビールにも及ぶと読んで、いち早くクラフトビール事業に乗り出したのがキリンである。

「メディアの皆さんが、クラフトビールと書かれて嬉しく思いますが、その前は、『要は地ビールでしょ。地ビールでなくクラフトって言ってるのはキリンさんだけでは』とも言われていたんですよ」

前述の磯崎氏はこう苦笑していた。日本では、ビールの最低製造量を引き下げた94年の法改正以降に地ビール参入者が増え、ピークの97年には全国で120カ所近い小規模醸造所が生まれている。が、製造技術や品質の安定性が保たれず、廃業するところが激増した。風向きが再び変わったのは2010年以降になってかららしい。

1月27日に発売した「のどごし オールライト」も、まずは順調な滑り出し(右が布施孝之・キリンビール社長)。

「11年から、ビール類ユーザーの缶チューハイ併飲率が毎年、急増していったのです」(キリンビールでRTDカテゴリー戦略担当マネジャーを務める田中耕平氏)

裏返せば、特に若年層がビールにも個性や多様性を求めるようになり始めたことが、クラフトビール登場を後押ししたともいえる。そうした流れを捉え、キリンは、まず12年にコンビニクラフトといえるグランドキリンを投入した(アロマやフルーティなど6種。この4月7日にリニューアル予定)。販売は昨年が30万ケース、今年は40万ケースが目標と順調に伸びている。

キリンはさらに昨夏、「スプリングバレーブルワリー」というクラフトビールのブランドを立ち上げ、自社のオンラインショップで売り始めて完売。その勢いを駆って、昨年9月には、星野リゾート傘下だった「よなよなエール」で知られ、クラフトビールでは大手のヤッホーブルーイング(長野県・軽井沢町)への資本参加(33.4%)を発表し、キリンビールがヤッホーの第2位株主となった。

「大手がクラフトビールをやる意義は、品質や原料調達、物流の安定です。(世界一のビールメーカーの)米国のアンハイザー・ブッシュ・インベブが、米国内でいま何をやっているかと言えば、クラフトビール会社のM&A。そこが今後、一番伸びる市場だからです。そこに我々も入っていくのは自然の流れだし、欧州でもその流れです。

これまで、ビール系商品は価格軸にバラエティはありましたが、横方向の味覚軸の多様性にも需要はあります。ビール類もRTDもそうですが、いろいろなご提案をして評価をいただいていく。これからはまさに、企業の研究開発の力が問われると思います。そして、生産技術力の勝負にもなってくる。ビールは装置産業ですから、かつては少ない品種で大量に作ることに重きを置いてきましたが、今後はクラフトをいかに上手にやるかにかかってくるでしょう」(磯崎氏)

クラフトも「面」展開へ

ちなみに、米国におけるクラフトビールのシェアは、出荷ベースで7%強。それが金額ベースだと、すでに15%弱まで跳ね上がるという。クラフトビールはそれだけ、希少性という付加価値で高価格帯に設定できるからだ。磯崎氏も、ヤッホーブルーイング側との話し合いの過程で、クラフトビールの収益性の高さに驚いたという。一方、日本ではまだ、出荷ベースで0.5%、金額ベースで1%といったところだが、将来、日本がもし米国と同じような成長軌道を描けば、いまの勢力図も相当、変わる可能性がある。

キリンはクラフトビールの展開について、グランドキリンやスプリングバレーブルワリーの立ち上げでまず「点」を作り、ヤッホーへの資本参加によってほかのクラフトビールメーカーへの出資にも道を開いて「線」の戦略へ進めた。さらにそれを「面」にするべく、今年はクラフトビールの元年にする予定だ。

キリンビールが資本提携した、ヤッホーブルーイングが運営するクラフトビールダイニング(東京・永田町)。

ブランド名と同じスプリングバレーブルワリー(以下SVB)という別会社を今年年初に立ち上げ、3月から4月にかけて、横浜工場(鶴見区)と代官山(東京都渋谷区)に小規模醸造施設併設のビアダイニングをオープンさせるのがそれだ。順調にいけば、この展開は横浜、代官山以外にも広げていくだろう。

ちなみに、サッポロビールでも今年、同様のクラフトビール会社を設立し、小規模醸造所も作る予定で、クラフトビールはキリンとサッポロが先行して踏み込んだ展開に入る。

ちなみにSVBで社長に就任したのが、「淡麗」「氷結」「フリー」などを手がけヒットメーカーとして知られる和田徹氏。同氏は53歳という年齢から、キリンビールの布施社長、キリンビバレッジの佐藤章社長と共に次世代のキリンを担う人材だ。

クラフトビールでは量は稼げないが、キリンの首脳陣は「小さな成功を重ねることで大きな流れを引き寄せたい」としていただけに、クラフトビールが本格的にブレークし、日本でも定着するのかが焦点だ。

「これ以上、ビール類のマーケットがどんどんシュリンクしていくと、シュリンクしていく中でプレーヤーが生き残るのはなかなか難しいと思います。なぜなら、我々は装置産業をやっていますので、工場をはじめとして相当、固定した資産を持っている。その稼働率が落ちてくると、最初は自社製品やグループで融通もできますが、落ちる量によっては限界がある。そうなった場合は、再編の可能性もゼロではないでしょう。ともあれ、まずは自社と自社のブランドを強くすること。仮に将来、何か統合の話が出たとしても、強い者同士でやらないと意味がない」

磯崎氏がこう決意表明するように、キリンが〝買う側〟に踏みとどまるには、まずは再浮上が必要だ。

(本誌編集委員・河野圭祐)

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