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2015年9月号より

伝統と革新が紡ぎだす強烈なアイデンティティがファンをつかむ|月刊BOSSxWizBiz

スケールメリットの確保が絶対視されてきた自動車業界において、あえてスモールメーカーであることを志向しているマツダとスバル。2014年の世界生産はマツダが139.7万台、スバルが91.1万台と、トップグループが1000万台レベルで戦っているのに比べると、まさに“小兵”という表現がぴったりである。

かつてはこの規模では到底生き残れないというのが自動車業界のもっぱらの見方だった。が、ここ10年ほどで状況は大きく変わった。デジタル設計技術の進化や部品メーカーの実力アップなどにより、中小企業と大企業の開発力の差が急速に縮小。どのような自動車をつくれば顧客に受け入れられるか、クルマをどう動かせば安全で楽しいかといった見識やアイデアが良ければ、生産台数が少なくても、払った労力に見合う利益をきっちりと出せるようになってきている。

(上)新世代カーの皮切りとなった「CX-5」の発表会。(下)スバルの3本柱、「インプレッサ」「レガシィ」「フォレスター」はグローバルで好調。

マツダやスバルの台頭はこの追い風に乗ったもの。また、欧州では一時、ブランド消滅の危機に晒されていたスウェーデンのボルボが、日本の量産メーカー中最小のスバルのさらに半分強という小規模にもかかわらず、優れた製品づくりをバックに劇的復活を果たしつつあるのも、その動きと軌を一にするものだ。

技術革新によって自動車づくりがコモディティ(普遍)化したからといって、中小勢力が年間800万~1000万台クラスの大勢力と伍していくのは、現実には容易なことではない。大手に対抗するには、技術、デザイン、走りの楽しさなど、はっきりとした特徴を持った車づくりで差別化を行い、ブランドパワーを上げる必要がある。マツダとスバルの両社に共通しているのは、その差別化を商品戦略の要に据えているという点だ。それがある程度当たっているからこそ、今のところ、少数精鋭主義でうまく戦えているのだ。

両社の戦略に共通しているのは、過去と何の関係もないことを唐突にやり始めたわけではなく、長年にわたる車づくりを通じて得られたアイデンティティを徹底的に明確にするという路線を取っていることだ。マツダもスバルも、クルマづくりの歴史はすでに半世紀以上。少数メーカーとして成功するには、過去に支持してくれたファンをしっかり囲い込むことが不可欠だからだ。

まずはマツダから見ていこう。13年、新しいキャッチフレーズ「Be a driver.」の展開を始めて以降、マツダはドライブを積極的に楽しみたいという顧客にターゲットを絞る路線を明確にしている。

12年に都会からオフロードまで幅広い道を走行できるクロスオーバーSUV「CX-5」を発売したのを皮切りに、「 魂動 」をテーマとした新世代の流麗なデザインのモデルを次々に発売。今年もオープンスポーツの「ロードスター」をリリースするなど、攻勢を強めている。

注目すべきは、それら新世代ラインナップに、日本市場で量販を狙う際に絶対に外せないミニバンが1車種もないことだ。もちろんミニバンであっても、これまでになかったデザインの良さを持った車に仕立てれば、マツダらしさを主張できたかもしれない。が、マツダはそれをやらなかった。

ミニバンの一番の用途は人員や貨物の輸送である。背が高く、車体が重いという時点で、走りはどうしても犠牲になってしまう。そんなミニバンを出していたら、Be a driver.というブランドアイデンティティが一気にうそ臭くなってしまうリスクがある。そのミニバンは旧世代モデルを売り続けることで何とかしのぎ、あくまでドライバーズカーであるセダン系とクロスオーバーSUV、スポーツカーを優先させるという方針を貫いた。

マツダは90年代に経営危機に陥ってフォードに救済のための増資を受けるまで、日本の中でも最も欧州志向の車作りを行ってきたという歴史を持つ。80年代初頭、当時は日本に比べて格段に高い技術力を有していた欧州メーカーの車作りを徹底的に研究し、空気抵抗を減らすために主力車種だったセダン「カペラ」の床下を真っ平らに作ったり、高速性能を重視したサスペンションセッティングの研究を進めたりしていた。また、欧州メーカーに負けないデザインづくりにも執念を燃やしていた。バブル期前後に発売した車の中には、欧州メーカーから高い評価を受けたものも少なくなく、経営危機の際にマツダを離れたデザイナーが何人も欧州メーカーの要職に就き、新しいデザインの創出に貢献した。

走りとデザインにこだわり、運転の楽しい車をつくりファンを増やすというマツダの戦略は、まさに源流回帰のようなものだったのである。

一方、マツダ車で不評な点の最右翼であった燃費の悪さについては、エンジンを根本的に改良して悪いイメージの払拭にかかった。その象徴となったのが、クリーンディーゼルである。今日、マツダ車の販売台数に占めるディーゼル車の割合はきわめて高いものとなっている。国産メーカーではマツダ以外にクリーンディーゼルを幅広くラインナップしているメーカーがないため、ディーゼルでは一人勝ち状態だ。

「スカイアクティブテクノロジーや魂動デザインを持つ車が出て、販売はかなり上向きました。他メーカーの車からの買い替えもとても多いのですが、お客様と話をしてみると、昔はマツダ車に乗っていたのに欲しい車がなくなったから他メーカーの車に買い換えたというケースがずいぶん多かった。マツダがマツダらしさを取り戻したから帰ってきたというんです。昔はこんなにマツダファンがいらっしゃったんだなあ、そのファンをこんなにも取り逃していたんだなあと、つくづく思いました」

東京のマツダ系販売会社幹部は、思いをこう語る。

小規模メーカーの生き残り策

一方のスバルも、旧来のファンを大事にしたビジネスを展開しているという点はマツダと同じである。スバルの場合、独自性のポイントとなっているのは世界の量産車の中でもごく少数派である水平対向という方式のエンジンと、常に前後の車輪にエンジンパワーがかかる本格的なAWD(4輪駆動)だ。

スバルが水平対向エンジンを初めて世に送り出したのは、1966年発売の乗用車「スバル1000」。来年はちょうど50周年を迎えることになるこのエンジンは、たとえば4気筒の場合、普通のエンジンのように4つのシリンダーが一列に並んでいるのではなく、2つずつ左右に分かれているのが特徴。飛行機用のレシプロエンジンによく使われており、昔の水平対向エンジンは軽飛行機のような「ドロロロロロ」という独特の音を立てていた。

一方、AWDの歴史も深い。スバルが初めて市販したのは72年の「レオーネ4WD」。乗用車としては世界初のAWDで、未舗装の林道が縦横に走る地方部や積雪地帯をやすやすと走ることができる画期的な車として注目された。その後、他メーカーもAWD車を発売したが、その先陣を切ったメーカーとして“4WDのスバル”と呼ばれた。

2000年代前半に経営危機に陥り、トヨタの支援を仰ぎながら再建に取り組んだが、その際にブランドアイデンティティの柱にしようと決めたのが、前述の水平対向エンジンとAWDの組み合わせだった。

スバル車の今日のラインナップを見ると、源流のひとつであった軽自動車はすでに自社生産をやめてダイハツ製に。また、サブコンパクトもトヨタ製とダイハツ製。スバル製はコンパクトの「インプレッサ」以上の、比較的大きなモデルばかりである。その自社生産モデルのエンジンはすべて水平対向。駆動方式も最も下位のインプレッサの一部を除き、すべてAWD。結果、世界の量産自動車メーカーの中で、AWDの比率が最も高いメーカーとなっている。

その伝統的な機構で“スバリスト”と呼ばれる伝統的なファンをひきつける一方で、新規顧客を引き込むキラーコンテンツも出した。ぶつからない車を標榜した先進安全システム「アイサイト」だ。

日立製作所と共同で開発したこの安全装置は性能がきわめて良好で、国土交通省の検証でも最優秀成績を収めている。10年に中型モデル「レガシィ」に、渋滞時も前の車についていく機能が加えられた改良型アイサイトを搭載したのが、ブレイクした瞬間だった。アイサイトが欲しいからスバル車を買うというユーザーが増え、スバルは国内市場でスバルファン以外からも注目される存在となったのである。

マツダとスバルは伝統的なファンを満足させる車づくりを守りつつ、それまでになかったキラーコンテンツを用意して新規顧客を呼び込むことで存在価値を高めることに成功した。その実績を見る限り、この手法は、小規模メーカーが自動車業界で自主性を維持しながら生き残るためのモデルケースとみなしていい。


マツダのスカイアクティブエンジン(左)とスバルの水平対向エンジン。両社の個性となっている。

ただし、両社とも本当のチャレンジはこれからだ。マツダの場合、日本市場では欧州車ばりに細部にこだわった車づくりのエキゾチックさやディーゼルが顧客を吸引しているが、そういうノスタルジーを持たない海外では、その車づくりでブランドイメージをゼロからつくり上げなければいけない。スバルはスバルで、現在の好調さは有力販売会社がスバル車を取り扱ってくれるようになり北米で販売台数が劇的に増えたことによるもので、このまま流れに身を任せていては北米“一本足打法”になりかねない。

世の中のトレンドを左右するほどの力がない中小メーカーのブランド作りは、自分の信念を大切にする一方で、機を見るに敏である必要がある。自分のアイデンティティを大切にするあまり、過剰な自己愛が出てしまうと、かえって顧客を遠ざけることにもなる。そのバランスを巧みに取ることができるかどうか、将来はまさに両社の経営陣のセンスと手腕にかかっている。

(ジャーナリスト・杉田 稔)

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