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2014年6月号より

もうブラックとは呼ばせない ワタミが挑む労務環境改革
桑原 豊 ワタミ社長

桑原 豊
ワタミ社長

くわばら・ゆたか  1958年生まれ。東京都出身。私立暁星高校卒業後、78年すかいらーく入社。98年ワタミ入社、営業本部長就任。ワタミダイレクトフランチャイズ社長、ワタミフードサービス社長(ともに現任)を経て、2009年ワタミ社長に就任。

3月27日、ワタミグループが国内の居酒屋を中心とした外食646店舗のうち約1割にあたる60店舗の閉鎖を発表した。理由は業績の低迷ではなく、労働環境の改善が主たる目的だという。景気回復によって人手不足が深刻になってきた外食産業に何が起こっているのか。ワタミ社長の桑原豊氏に話を聞いた。

低迷する外食産業

―― アベノミクスによって昨年から景気回復が強調されるようになってきましたが、日本マクドナルドが業績を下げるなど、外食産業は決して回復しているとは言えません。外食の状況をどう分析していますか。
桑原 お客様にアベノミクス効果が出てきているのは感じます。実際には、給与所得が必ずしも上がっているわけではありませんが、景気の「気」の部分は緩んできている。消費をする時に、いままでの価格よりも少し上の価格帯にシフトしているのは事実です。いまファストフードが厳しいと言われていますが、対してファミレスは好調です。お腹を満たすという意味では同じですが、テーブルサービスのある少し高めの外食に消費は移っている。

居酒屋にも同様なことが起きていて、厳しいのは中心価格が3000円未満のチェーンの居酒屋です。外食のなかでも特に厳しいマーケットだと言えます。1つは、そもそも若年層の人口が減っている。もう1つは、昔に比べていまの若者はお酒を飲まなくなっています。

また、3000円未満の居酒屋は参入障壁が低く、店自体はいまもまだ増えています。競争は従来に比べて厳しくなっている。かつてはチェーン店で飲む安心感がありました。お客様は、この店ならこれくらいの価格で2時間楽しめるというのがわかっていたんですね。それがいまは、安心感ではなく、目的でお店を選ぶようになっています。外食機会が減少する中、「たまに行くのだから、△△を食べに行こう」と、店の選び方が変わってきている。私たちの業態で言えば、厳しいのは店舗数の9割を占める「和民」と「わたみん家」という3000円未満のチェーン居酒屋です。一方でアメリカンレストランの「T・G・I フライデーズ」、炭火焼き鳥の「炭旬」、バル&ダイニングの「GOHAN」等の専門性を持った業態は好調です。

人口が減少してパイは増えないのに外食は、中食、コンビニエンスストアなどの他業態と戦わなくてはいけません。外食の持つ豊かな空間や時間、商品価値をより一層高めて提案していく力が求められている。そのなかにあって、人手不足というのが一番の課題になっています。

―― 人手不足に陥っている理由はなんでしょうか。
桑原 日本はここ十数年、景気がずっと後退してきましたから、企業も新卒の採用を抑えてきました。拡大戦略をする業界も少なかったですから、深刻な人手不足になっていなかった。ところがアベノミクス効果もあって、昨年から企業は採用を強化しはじめました。また、アルバイトの採用も厳しくなっています。コンビニが年間6000店前後増えていくなど流通業の積極的な出店の影響が大きい。そして時給も上げてきている。かつては外食のほうが時給単価は高かったのですが、現在では外食とコンビニは同じくらいになっています。

―― その人手不足からくる労働環境の改善策として、居酒屋を60店舗も閉めるそうですが、これでどのように改善されるのでしょう。
桑原 いちばん改善されるのは、一店舗あたりの社員の数ですね。いま平均すると1店舗あたり1.66人くらい。店舗数の削減により約100人の社員を既存の店に再配置できます。それによって社員数の平均が0.2人ほど上がります。これに4月の新卒採用60人と中途採用も継続していますので、9月頃には1店舗あたりの配属目標人数である2人まで上がってくる。

去年の7月に外部有識者による業務改革検討委員会(以下、有識者委員会)を発足し、さまざまな角度から調査していただきました。社員向けにアンケートを取っていただいたり、その分析をしていただいたり。その結果、「労働環境を改善するためには人員不足を解消する必要がある」との提言をいただきました。

先ほどの通り、外食の採用環境は大変厳しく、採用強化による人員増が困難です。短期的な改善策として、1割の店舗を閉めることを決めました。店舗を減らすことで人員を充足させることができます。また、営業の現場以外での勤務時間を削減することで、より現場業務に集中できる環境を整え従業員の負担を軽減します。具体的には店長の会議・研修を6分の14に減らしました。毎月1回、本社で会議・研修を行っていたのですが、営業時間外に集めていましたから、その負担を軽減できます。

その会議・研修では、主に「理念教育」をしてきました。理念経営をもとに成長してきたのがワタミグループですから、減らした分、理念教育体系を見直します。例えば、営業の現場でOJTによる理念教育を深めるようにしていく。会議・研修は減らしますが、理念は薄めないようにする。

私たちは現場スタッフの教育を大事にしてきました。店舗で働き始めると、なかなか本を読む機会もなくなります。そこで、知識を身に付け、視野を広げてもらおうと課題図書を指定して、年間を通しての研修課題としていた。読んで考えたこと、感じたことをレポート1枚にまとめてもらっていましたが、これも見直しました。とにかく今は、店舗数の削減と会議・研修の削減により労働環境の改善を進めていきます。

深刻な人手不足

―― 外食産業は独立志向のある人も多く、総じて離職率が高いものですが、この数字を改善しなければ人手不足は解消できないのでは。
桑原 いまワタミグループの外食事業では、新卒の3年後の離職率が約50%です。宿泊・サービス業の平均も約50%ですから、ワタミグループはちょうど平均値にいることになります。しかし、50%というのは高い離職率です。離職率の低減は労働環境の改善だけでなく、働き甲斐も必要になってくる。

短期的な取り組みとして、先ほどの労働環境の改善とコンプライアンス経営の強化。そして中期的な取り組みとして働き甲斐のある職場づくりです。社員がきちんと将来設計ができるように、評価や報酬体系を見直します。時短社員の採用、女性の活用、障がい者の雇用なども見直し、働き方の多様性を推進して誰もが将来の展望もしっかりと見ながら、長く働いてもらう。メンタルヘルスサポートの仕組みの拡充や、新卒向けにメンター制度の導入もした。それで、今年の新卒の3年後離職率を30%まで抑えようと考えています。

―― そもそもなぜ離職率が50%になっているのでしょう。
桑原 1つめは、マッチングです。長い間、学生にとっては就職が厳しい時期が続いていました。やりたい仕事ではないのに就職することだけに主眼を置いていた学生も多かったと思います。2つ目は、外食、特に居酒屋の場合は深夜帯の営業が多いことも影響していると思います。また、女性社員の結婚による離職もありますし、独立していく人もいます。ワタミフードサービスでは社員の独立支援制度があり、120店舗ほどは社員が独立した店舗です。離職率の中にはこのように独立していく離職も含まれています。

―― 3月27日にワタミの従業員だった女性の過労死訴訟で口頭弁論が開かれました。この訴訟についてはどのように社内では受け止めているのでしょう。今回、労働環境を見直すための有識者委員会の設置は、訴訟と関連はあったのですか。
桑原 ワタミフードサービスの社員だった女性がお亡くなりになったことは大変悲しく重く受け止めております。会社として道義的に責任があると考え、直接の謝罪をさせていただきました。労働環境に法的責任や因果関係があったかについては司法の判断に委ねたいと考えております。

有識者委員会は、ワタミグループが「起の時代」創業の時代から、「承の時代」次の時代に移行していくなか、6000人を超える各職場での法令順守の状況や理念が大切にされているかを、客観的な立場から確認が必要であると考え設置したものです。

創立30周年に新しい仕掛け

―― 「和民」「わたみん家」と、主力の業態が厳しいなか、ワタミフードサービスはどういった戦略をとっていくのでしょうか。
桑原 その2つ以外の業態では、既存店が前年比を割っていません。専門店として開発した業態は非常に好調ですから、多業態戦略を進めていきます。既に、2月に中華業態「WANG'S GARDEN」、3月に炉ばた焼きの和食業態「銀政」を開発し好調に推移しています。今後も1年に1~2の新しい業態を開発していきます。和民、わたみん家の店数のシェアを落とし、専門性の高い業態を成長の柱にしていきますが、チェーン居酒屋のマーケットは、縮小したとは言え一番大きなボリュームゾーンです。和民、わたみん家においては価値訴求を強化するリ・ブランディングを行うなど、しっかりこのマーケットで戦っていきます。

花畑牧場とコラボ。従来のワタミにはなかった施策。

―― 4月14日には、花畑牧場(田中義剛社長)とのコラボも発表しました。いままでのワタミグループにはなかった新しい試みですね。
桑原 このコラボの大きな目的は「6次産業モデル」を推進していくことにあります。ワタミグループは農業に参入して12年、花畑牧場さんは20周年、おたがい独自の6次産業モデルを持っている。両社の強みを合わせることで、今までにない6次産業化が実現します。ワタミグループは畜産酪農もやっていて、北海道の弟子屈牧場で毎日1.5トンの牛乳が取れます。この牛乳を毎日、十勝の花畑牧場の工場に送り、チーズやデザートに加工し、ワタミのお店で販売していきます。これも付加価値を高めていく戦略の一環です。

外食産業は国内23兆円のマーケットで、年々減っている。でも、外食が不要かと言えば、決してそうではない。外食というのは、ただお腹を満たすだけではありません。それだけなら価格が安いコンビニにはかなわない。外食が果たす使命は、心の豊かさという付加価値です。いまや宅配など便利になっていますから、外食をする回数は減っていくでしょう。そこでは、心が豊かになるという付加価値を提供できるところが生き残ると思います。

(聞き手=本誌・児玉智浩)

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