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2013年8月号より

“任期後半の3年で、前を走る 三菱、三井との差を縮めたい
岡藤正広 伊藤忠商事社長

岡藤正広 伊藤忠商事社長

おかふじ・まさひろ 1949年12月12日生まれ。74年東京大学経済学部卒。同年伊藤忠商事に入社。97年アパレル第三部長、98年輸入繊維部長、2000年経営企画SIプロジェクト推進室長、02年ブランドマーケティング事業部長、同年繊維カンパニープレジデント補佐、04年同カンパニープレジデント。同年常務取締役、06年専務、09年副社長、10年4月より現職。

役員人事は保守的でいい

―― まず、前期決算(2013年3月期)は自己採点でどのくらいをつけますか。
岡藤 当初は純利益で3000億円台を狙っていたんですけど、資源価格が大幅に下がりましたからね。ただ、他社が業績を下方修正する中で、当社は最後まで予算数字は変えずにクリアした。社員はようやってくれたと思いますし、まずまず合格点ではないかと。

―― ここ2年、商社業界の中で株価上昇率がトップだった点も、伊藤忠の善戦ぶりを映しています。
岡藤 2年と言わず、(社長に就いてからの)この3年、あるいはこの1年と、どこで見ても当社の株が一番、上がってましたからね。

―― それは、岡藤さんが社長になってからの3年間で、伊藤忠をかなり変えてきたという証左ですが、就任時、「社風が保守化・官僚化してしまったから、会議を減らす、書類も減らす。まずそこから改めたい」と言われてました。
岡藤 元の伊藤忠の良さを、取り戻しつつあるんじゃないかなという気はします。業績が悪化した後は、回復させる過程でどうしても官僚的にならざるを得ない面は、どの企業にもある。当社の場合、過去に各部門があまりにもバラバラに投資し過ぎましたし、社風の硬直化はある意味仕方がなかったんです。でも、それがいつまでも続いたらダメ。変えようと思った時には、ある程度思い切ったショック療法をしないと、徐々にでは変わらないですから。

しかも、僕は大阪から東京本社に来て、みんなの意見を聞かずにやりましたからね。普通だと、まず役員の意見を聞くでしょう。役員たちはいままで東京におったから、過去に醸成された会社の文化で育っとる。そこへ、いきなり大阪から新社長がやってきて、「何をするんや」という感じだったでしょうね(笑)。

改革の方法論としては、「これはおかしいから改める」と一方的でもダメです。「おかしいからこうしようと思うとるけど、何かマイナス面はあるか」と。変えて問題が生じるのかどうか、検証しながら改めていきましたから。それも、最初の頃にやっておいて良かった。

社長を3年やったいまだったら、だんだん保守的になりますから(笑)。というのは、いろんな事情やしがらみもようわかってきて、こうしたら世間からこんなん言われる、こんな影響もある、組合もこうやと、聞いてるうちになかなかできなくなりますからね。

―― 人事におけるポリシーはどんなものですか。
岡藤 当社の役員の顔ぶれを見てもらったらわかりますけど、僕が社長になってから、役員定年になった人は別にして、あまり変えてないんです。基本的には、一緒にやった役員とは、(任期の6年間)最後まで一緒にやりたい。しょっちゅう人を代えてたらまた一からでしょう。だから役員人事に関しては保守的です。

また、そうでないとお取引先の方も落ち着いて一緒に仕事ができまへんやろ。もちろん、馴れ合いでない緊張感は大事ですけど、よほど理由がない限り、役員の顔ぶれは変えないでそのままいく、というのが僕のスタイルです。

得意領域に絞る資源事業

―― さて、商社といえば比率にばらつきはあるものの、各社とも資源部門が業績の牽引役になってきました。その市況が低迷しているいま、三菱商事や三井物産も「脱資源」的な経営に舵を切り始めましたが。
岡藤 ここ数年の中で、たとえば当社で言えば、銅を扱う事業が弱いから、銅鉱山を500億円ぐらいで買いたいという案件があったんです。現場の人間は「資源分野のポートフォリオ上、銅鉱山は要る」と言うたんですけど、僕は却下した。伊藤忠が投資するのは鉄鉱石と石炭分野に絞ったんです。なぜなら、鉄鉱石も石炭ビジネスも、当社はともに商社で2番手につけていたから。石炭は三菱商事に次ぎ、鉄鉱石は三井物産に次いで共に2位なんですよ。

だから、ポートフォリオよりもジャンルを絞ることを重視し、比較的得意な資源の資産買い増しをしました。資源相場が下がっている過程でしたから、当初考えていた利益率よりも落ちとるけれども、少なくとも利益は出ています。

―― 大事なのは、強いところをより強くというメリハリですか。
岡藤 そう、強いところでなら何とかマネージできるけど、弱かったら何ともならんでしょう。それと、資源で儲けている商社はなかなか非資源分野が育たないですよ。資源分野は投資額が大きくて、何千億円単位。だから、それ以外の比較的小さな投資いうたら、しょぼいという感覚に陥るんですよね。

それに、資源比率も単に髙い低いではあかんのです。一口に非資源と言っても、何かの分野に偏っていたらあかん。当社はその点、生活資材、食料、繊維、機械とかなりバランスが取れているでしょう。そういう意味で、ものすごく健康体になっているという自負はあります。

―― そのバランスの取れた経営を利して3位が定着し、株価だけで言えば、三井物産とも横一線になってきました(6月上旬時点)。
岡藤 財閥系の上位商社は、いままで資源分野で稼いだ分、相当な内部留保があるし、会社としての厚みもあります。ただ、ネットDER(株主資本と正味の有利子負債のバランス)で1倍を切っている商社もあるでしょう。数字は健全やけど、それは投資がやや控え目ということでもあるわけです。投資余力はあるわけやから、もったいないですわ。

「商社の基本は、お客様目線の営業」と、社内でハッパをかける岡藤氏。

上位2社に追いついていくのは、なかなか先が長いという感じですけど、いまのままで行けば不可能ではないと思います。というのは、何やかや言っても、彼らはやっぱり資源分野で稼ごうとしているわけですよ。

でも、その資源でこれからどこまで稼げるかわからない。もちろんシェールガス革命もあるけど、中国など新興国の景気低迷もある。だとすれば、資源相場の上げ下げは今後も大きいと見るべきでしょう。

当社の場合、得意な食料や繊維ビジネスは、人口が増える国へ出ていけば必ず需要が増えていくんです。仮に人口が減っている国であっても、最初は粗食でもだんだんうまいものが食べたくなる。食の安全を考えたら、その分お金も出すでしょう。衣料品もそう。そういう需要も捕まえていくわけです。

基本、人口が増える国の市場を狙えば、特に生活消費関連分野は必ず右肩上がりになる。ということは(三菱商事や三井物産との)差が縮まるということです。何年かかるかはわかりませんけど、でも差は縮まる。もう、以前のような資源相場には戻らないでしょう。
となると、他社はもっと資源権益を買わないと資源の利益が増えません。でも権益自体は高くなっているから、買ったら買ったで利益率は減っていくわけです。その点でも、生活消費関連に強い当社は有利だと思いますね。

「裸の王様」にはならない

―― 決算説明会でも言われてましたが、今期予想の純利益2900億円は保守的過ぎたとして、伊藤忠は他社以上に業績上方修正の可能性があります。
岡藤 内心は、一昨年の純利益3005億円は必ず超えると思うてます。社内でも「また、社員に特別ボーナスを出すことを目指すぐらいでないとあかんで」と言ってますし。為替予想を90円で出しましたが、仮に100円(6月上旬時点ではやや円高に)やったら、当社では1円の円安で20億円の収益底上げですから、200億円増えるわけです。でも、まだ油断はできません。

―― 岡藤さんが社内に掲げる標語は「稼ぐ!削る!防ぐ!」です。攻めと守りのバランス目標が、とてもわかりやすいですね。
岡藤 クルマの運転と一緒で、アクセルとブレーキを同時に踏むというのは危ないですわな。ある時はアクセルを踏み、ある時はブレーキを中心に踏む、これですよね。

―― 大きな課題の1つとして、まだ財閥系商社に追いついていない、格付けのアップも挙げています。
岡藤 格付けは、いまのところ財閥系との差を、合理的に説明してもらえてないんですよ。こればかりは、格付けの見直しをしてくれるのを待つしかありません。株主資本のほうは1兆8000億円近くまできていますが、こちらは利益が普通に出ていれば自然と積み上がりますから。

大事なのは、投資に見合う案件をいかに見つけるかです。そういう意味では、繊維関連なんかはいい案件があっても、ほかの商社はまったく関心ないでしょう。この分野は当社が圧倒的に強いから、いい案件はほとんど当社に来る。部門によっては、そういう有利な面もあります。

ただ、何でも1番がいいかと言えば、必ずしもそうではない。たとえば、非常に海外市場に強い銀行があって、そこが合併したと。だけどいま、全然人材がいないというんですよ。いわば、飲み込んだ銀行のほうに商権だけ取られてしまったという感じです。覇権主義の強いところだと、銀行に限らずなかなか人材が集まってこなくなる可能性はあります。

―― さて、岡藤さんもすでに後半戦に入っていますが、今後の重点課題は何でしょうか。
岡藤 僕自身、前半の3年間はがむしゃらにやってきたけれども、後半の3年は気を引き締めて、まず気の緩みを持たないようにしたい。それと、嫌なことが耳に入ってこなくなりがちやから、いかにして自分のほうからみんなの意見を聞くようにしていくかです。いままでよりもさらに頻度を上げて、各役員との個別面談を継続していくと。

とかく、フォーマルな会議というのは本音が出てこないものです。僕が社長になってから、会議を減らし書類も減らしましたけど、その分、担当役員を1カ月に1回個別に呼んで、30分話をしています。こういう場だと、いろんな本音の話が出てきますからね。

たとえば、「この金融機関はこうだから気をつけなはれ」とか、こんな話、みんなの前ではよう言えんでしょう(笑)。また、違うカンパニー(=違う部門)のことを「こうじゃないか」と役員全員の前で言ったら、これはあかん。でも、会社のことを思うてのことやったら、そういう話を個別に聞くコミュニケーションも必要なんです。

そこを見誤らないためにも、僕が裸の王様にならないようにせんといかんですね。そして、あと3年でどれだけ上位商社との差を縮めるか。マラソンにたとえると、1人は抜いたけど、まだ前を2人走っていますから。しかも、だいぶ先を走っている。その差を縮めないといけない。で、次世代にバトンタッチして、その社長の時代に前のランナーとの差を、さらに詰めてくれたらいいし、もしかしたら抜いてくれるかもしれない。

いずれにせよ、レースは長いから慌てることはないです。むしろ、急いだために途中で腹痛起こしたり足がつったりしたら何にもならないですわ。まず、自分の体力に見合ったペースで走ることを守らなあかん。無理をすると、自分の任期の時はいいけど、次でガクンと落ちる可能性もありますからね。

重点課題のプライオリティを挙げれば、やっぱりまずは機械カンパニーでしょう。この部門をいかにして、さらにもっと伸ばすか。それと、もともとは強かったけど、最近はちょっと力を抜いていた建設不動産部門あたりも強化したいですね。ともあれ、バランスを常に意識することです。

日々、「稼ぐ!削る!防ぐ!」

―― 全社的には、どんな注文が。
岡藤 商社は、お客様目線での営業が基本だということを忘れてはいけない。営業だけでなく、管理部門の社員だってお取引先のところへ行かんとダメです。
たとえばこのビル(東京・港区北青山の伊藤忠本社)を、再開発の一環で建て替えないかという話が来ます。でも、少なくともあと3年の僕の任期中は、建て替えするかどうかも決めません。

というのは、本社を建て替えると、儲かってるんだと社員が安心・慢心してしまうからです。で、新社屋となると快適だから、社員が外に出ていかなくなる。

逆に、社屋がボロボロで空調もあまりきかんようなビルだったらみんな外に行くでしょう(笑)。僕なんか、ショック療法でいっぺん、このビル内のクーラー止めてやろかと思うてるくらいですよ(笑)。そのくらいせなあかん。

―― 要は、普段からもっともっとお客さんのところへ行きなさいと。
岡藤 そして毎日、稼ぐ!削る!防ぐ!を実践するわけです。それでなくても、当社は商社の中でも年収が高いほうなんですよね。でも、安住する会社になったらあかん。たとえば学生に就職希望理由を聞いて、「安定しているからいい」とか言われる会社ではいかんのです。そういう会社は、10年後は怖いと思いますよ。「太い幹は中から腐る」と言うでしょう。

高給で仕事は楽、プライドだけは高いなんていうのは最悪です。というより、そんな殿様商売を続けていたら、まず、お客さんのほうから敬遠していくようになりますわ。そういう、上から目線の覇権主義はいかん。むしろ、お客さんと一緒に同じ苦労をしてあげられるような営業マンでないといけない。

たとえば、ポケットマネーでお客さんの子供の誕生祝いをする、あるいは奥さんの誕生日に花を贈る。そのくらい、気の利いた営業マンでないとダメですよ。公私は別なんて言うて仕事してたらあかんのです。
〈取材日は2013年5月21日〉

(聞き手・本誌編集委員・河野圭祐)

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