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2013年7月号より

“日の丸ホテル”の威信賭け 大手町で高級旅館を出す
星野佳路 星野リゾート社長

星野佳路 星野リゾート社長

ほしの・よしはる 1960年生まれ。長野県出身。83年慶應義塾大学経済学部卒業後、米国コーネル大学ホテル経営大学院にて修士課程修了。88年実家の星野温泉(現・星野リゾート)に副社長として入社も半年で自ら辞任。シティバンクに勤めた後、91年に復帰して社長に。「リゾート再生」のカリスマと称され、著書も多い。

星野リゾートの会社案内は異色だ。白地の表紙には、「日本の観光をヤバくする。」とだけ大書されており、めくってみると「日本の観光産業の競争力が世界で30位前後なんてあり得ない。日本のホスピタリティは世界に誇れるし、温泉旅館は日本文化のテーマパーク。」とある。円安の加速で、その星野リゾートに好機が到来した。来日する海外からの観光客がグッと増えてきたからだ。そこで、同社の星野佳路社長に成長戦略や経営哲学を聞いた。

外資系ホテルと真っ向勝負

―― 円安で、海外からの観光客が目に見えて増えてきました。
星野 最近も、韓国へ当社のキャンペーン告知に行きましたよ。ウォン高で、日本に来てもらうチャンスが増えましたからね。もともと東日本大震災後、いったん落ち込んだ訪日需要が戻るのは早かったんです。特に、戻りのスピード感で言えばアジアの旅行マーケットはすごく強いという印象でした。その中で、唯一弱かった韓国も戻ってきました。

―― 震災後も、再び大きな地震が起こるのではないかというリスクが指摘されています。約30の宿泊施設(下の表参照)を持つ星野リゾートでは、その点はどう考えていますか。
星野 我々の原点は軽井沢(長野県)ですが、軽井沢はずっと、浅間山が噴火するリスクに晒されてきています。中噴火とか小噴火というニュースが流れるだけで、その年の夏の観光はダメになるほどです。でも、いまは展開施設も北海道から沖縄まで全国規模で広がっていますから、リスクはかなり分散されている。全施設が止まることはあり得ませんし、スタッフも震災があればほかのリゾートで当面、仕事が確保できますので、グループ全体の安定度で言えば、軽井沢だけの頃よりはるかに増しています。

―― さて、星野リゾートの最近の話題としては、今年3月に発表した「星のや東京」(=三菱地所が進める「丸の内再構築プロジェクト」の1つである大手町1丁目に、星野リゾートが手がける高級旅館の星のやシリーズを建設。2016年竣工予定)のプロジェクトが注目を集めました。高級外資系ホテルがひしめく東京のど真ん中で、高級旅館という純和風で勝負する、その意気込みは。
星野 古くはハイアットやヒルトンから始まって、東京に海外のホテルチェーンが続々と入ってきて、いま東京でホテル業界の勝ち組というと、どうしても外資系ですよね。ホテル業界に長くいる自分としては、日本のホテルが誇ったホスピタリティはどうしたんだという、悔しさみたいなものがありました。だから、そこに挑戦していくには日本旅館しかないと。

日本旅館が海外の人にもウケるということは、「星のや京都」「星のや軽井沢」で実証済みで、すごく評価が高いんです。日本のおもてなしに対する知識も評価もあって、それが東京にはないということに、不自然ささえ感じていました。世界のホテルブランドと競争していくのに、日本旅館という王道で行くのが正しいんじゃないかなと考えたわけです。もっと言えば、東京でうまくご評価いただければ、そこから世界に打って出るチャンスも生まれてくる。

―― 高級外資系ホテルに限りませんが、再開発ビルの上層階にホテル、下層階はオフィスやレジデンスあるいは商業施設という1つのパッケージが、半ばお約束のようになっていた中で、「星のや東京」は1棟丸ごと日本旅館にするそうですね。
星野 もちろん都心でも、ペニンシュラなど1棟でホテル運営しているところもありますが、こちらは純和風で勝負しますからね。重箱を積み重ねた塔のようなコンセプトで、どこから見ても日本旅館だと思ってもらえるものを、うまく作り出したいと考えています。同じような竣工時期に、同じ大手町エリアでアマンリゾートも進出予定ですが、そういう海外のトップクラスのホテルと競合するのは、僕らにとって本当にいいチャンスだと思っています。

競争を避けるのではなく、トップブランドと称されるホテルと比較されてご評価をいただくことが、必ず次の評価につながっていくんです。加えて、日本旅館という自分たちの土俵でしっかり戦えることを示せる、またとない機会になる。

―― いわば、“日の丸ホテル”の威信を賭けた戦いですね。客室単価の設定も5万5000円と、高級外資と真っ向勝負という感じです。
星野 その価格帯でも、「星のや京都」より安いくらいですよ。ただ、日本旅館を東京で表現するにはどうしたらいいかの工夫は必要で、そこに徹します。なぜなら、地方へ行くと自然が豊富ですし、季節感の演出や部屋のしつらえというものに対して、活用できる素材が多いんです。その点、大手町で季節感の演出をどうやって出していくのかは1つのテーマですし、腕の見せ所です。

鍵は集客より収益性

―― もてなしの鍵は、何といってもサービスをする人材にかかっていますが、星野リゾートではこれまで、最長で1年休職できる制度や、季節によって勤務地を変える制度、週末のみ勤務のホリデー社員など、多様な働き方を用意してきました。
星野 僕が1991年に社長に就任した時、一番困ったのがリクルーティングです。当時、温泉旅館で働いてくれる人はなかなかいませんでした。どうやっていい人材を採るか、そして、入ってもらったら辞めないでもらうようにする。そのために作ってきた制度が、いろんな休暇制度や働き方です。一言で言えばダイバーシティで、話す言語も多様、海外経験の有無も含めていろんなタイプの人がいることで企業組織は強くなりますから。

観光産業で重要なのは、集客よりも生産性の向上。22兆円という巨大な国内の旅行市場があって、しかも大きく崩れずに安定している。でも収益が問題なんです。利益が出ないと結局、投資家が観光産業に入ってこないし、設備が老朽化して競争力がついてこない。これが観光産業最大の問題だと思っています。

生産性を上げるための仕組みはすごく重要で、だから休みを増やす、思い切った評価制度もする。接客が好きだからマネジメントはしたくないという人もいますし、逆に早いうちにマネジャーになって、いずれ総支配人になりたいという人もいる。そういう各個人のキャリアパスに、スピード感をもって、いかに会社が合わせられるかです。

―― リゾート事業には開発、所有、運営と3つの機能がある中で、星野リゾートは運営に軸足を置いてきましたが、最近は所有物件も増えてきたのでは。
星野 運営だけでなく、所有まで踏み込んだ施設は10弱ですね。なので3分の1ぐらいですが、投資金額ベースでは小さいものが多い。リーマン・ショック以降、パートナーとして組んでいた投資家が継続所有できなくなったりといった事情があって、一時的には所有施設も増えてはいますが、所有まではあまり手を出すべきではないと思います。

―― 「星のや東京」をステップにということでしたが、海外展開はどこまで視野に入れていますか。
星野 世界に打って出るには、いきなり軽井沢や沖縄からというわけにはいきません。やはり、東京でしっかりと評価していただくことが何よりも重要です。過去、セゾングループがインターコンチネンタルホテルチェーンを買収したり、日本航空も世界でホテルチェーンを展開しましたが、いずれも失敗に終わった。その失敗の原因や反省も踏まえて、世界へチャレンジしていきたいですね。

―― 星野リゾートの施設は業態も多様ですが、構成比のバランスは。
星野 それぞれの業態には役割があって、「星のや」はラグジュアリーホテルで海外にも展開したい。「界」と呼ぶ業態は日本の温泉旅館に特化していく。「リゾナーレ」はファミリーリゾートで、国内旅行市場の43%を占める、最大のセグメントです。

で、僕らにちょっと欠けているブランドって何だろうというと、地方都市の観光なんですね。地方の都市は魅力的だと最近思っていまして、いろんな地域の文化をそれなりに凝縮している。地方都市に行くと、大抵はビジネスホテルしかないですけど、もう少し、海外から来る人も泊まれる宿があっていいと思い始めました。

―― 国内からの集客を考えると、欧州のように長期バカンスの習慣がなく、有給休暇の消化もままならない現状では勢い、ゴールデンウイーク(以下GW)のように料金が高く、混雑して疲れる休みになってしまいます。
星野 休日の分散化が鍵ですよね。分散でまず、需要が平準化します。それによって健全な競争も起こってくる。いい宿に顧客が集中してくるし、しっかり設備投資もしていけるし値段も安くなる。たとえば、今週は九州がGWですという制度を作るんです。北海道や軽井沢にしても、東京の人しか見ていない。日本の観光マーケティングとは、東京の人にどのくらい来てもらうかになっていますから。でも、九州のGWとなれば、九州からどうやって人に来てもらうかを考え始めるようになる。これを実施すれば、間違いなく大変革が起こりますよ。

(聞き手・本誌編集委員・河野圭祐)

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