ビジネス誌「月刊BOSS」。記事やインタビューなど厳選してお届けします! 運営会社

特集記事

2013年4月号より

次代を生き抜くキーワード「BQ」を説くイノベーター
林野 宏 クレディセゾン社長

林野 宏 クレディセゾン社長

りんの・ひろし 1942年、京都生まれ。埼玉大学文理学部卒業後、西武百貨店に入社。人事部、企画室、営業企画室を経て、同百貨店宇都宮店次長。82年に西武クレジット(現・クレディセゾン)にクレジット本部営業企画部長として転籍し、2000年より現職。

「ポーター賞」を受賞

―― 林野さんは、いわばBQを磨いてきた実践者でもありますね。実際、クレジットカード利用時のサインレス、有効期限のない「永久不滅ポイント」など、業界初となる革新を何度も手がけてきました。そのイノベーションが注目されて昨年末、クレジットカード事業部が、一橋大学大学院国際企業戦略研究科の運営委員会による選考で、「ポーター賞」(米国ハーバード大学教授のマイケル・ポーター博士に由来)を受賞されています。
林野 受賞は、継続的な競争優位を生み出したことに対する栄誉で、我々の30年に及ぶ努力の賜物。加えて、すでに退職した諸先輩たちに与えられたものだと考えています。

―― 本の中でSQの重要性を説いていますが、林野さんが西武百貨店に在籍していた若い頃、グループ総帥だった堤清二さんから「知的スパークリングを受けた経験が大きい」と以前、語っていましたね。確かに、(コピーライターの糸井重里氏による)「おいしい生活」「不思議大好き」といったコピーが象徴的でしたが、流通業に“感性”を持ち込んだのは堤さんが初めてでした。
林野 カードの名称を決める際も、糸井さんや仲畑貴志さんといった売れっ子クリエーターにネーミングの候補を出してもらい、社員アンケートも取って候補はいくつかありましたが、堤さんはなかなか納得されない。そうこうするうち、年末も押し詰まっていよいよ決めないといけない状況になって、堤さんが「僕にも1つ提案させてほしい」と言われたんです。それがセゾンでした。決定期限が迫っていたということもありましたが、なるほど、シーズンのフランス語であるセゾンなら垢抜けているし、お洒落な響きでかっこいいと。

―― 確かに、それまでの西武流通グループとセゾングループとでは、聞いた時の印象がだいぶ違いますね。
林野 パルコもそうですよ。イタリア語で公園の意ですが、それまで都心の百貨店で存在感が薄かった東京丸物(東京・池袋)を買ってパルコに変え、渋谷にも打って出たことで見違えるような存在になった。そればかりか、独自の小売業文化を築いたわけですから。無印良品も堤さんの発想で、独自の価値観や世界観を生み出しています。そのあたりが、まさに堤さんの感性・感度の高さといえるでしょう。

―― 堤さんの、ネーミングにおける発想の非凡さは、本業だけにとどまらなかったようですね。
林野 本でも書きましたが、J-WAVEというFM局(1988年スタート)があるでしょう。この立ち上げに私や堤さんも関わっていたのですが最初、私はFM24という局名を提案したんです。それまでのラジオ局と言えば、歌謡曲とパーソナリティのおしゃべりというのが定番でした。それを、洋楽を中心にポピュラー音楽を流しっ放しにして、挿入するCMも局のコンセプトに合ったものに絞ろうと。自分としては自信満々のプレゼンテーションだったわけですけど、横で聞いていた堤さんが一言、「お洒落じゃない。J-WAVEでどうか」と。驚きました。ポエムですね。とてもかなわない(笑)。

―― 林野さんから見て、現役の経営者でSQに長けたトップにはどんな人がいますか。
林野 宮内義彦さん(オリックス会長)は別格として、本の巻末で対談した、藤田晋さん(サイバーエージェント社長)や熊谷正寿さん(GMOインターネット社長)もそうですし、似鳥昭雄さん(ニトリホールディングス社長)のビジネス感度もすごいですよね。まだ、企業が中国一辺倒で進出ラッシュをしていた頃に、すでにインドネシアやベトナムに出られています。

林野氏は、カード業界きってのアイデアマン。

ほかにBQ、ひいてはSQの高い人物だなと思うのは、三井不動産の岩沙弘道会長。REIT(不動産投資信託)や不動産の証券化ビジネスのいわば生みの親ですし、土地の取得当時はやや高値ではと言われた東京ミッドタウンも、いまや三井不動産のシンボル的な存在です。
伊藤忠商事の岡藤正広社長もすごいですね。かつては伝説の繊維マンと言われて、あまたのアパレルブランドを日本に持ち込んだほか、営業センスも営業力もある、馬力のある経営者です。物事を決めるのも早いし、考え方にぶれがないですから。

同じ商社では、三菱商事の小島順彦会長もしかり。まだ社長になる前の頃でしたが、自社から若い新浪剛史さんをローソン社長に送り込んでいますし、発想も三菱マンらしからぬユニークさや大胆さがありました。新浪さんも、独自のカラー、イズムを強く打ち出せたという点はすごいと思います。それと、孫正義さん(ソフトバンク社長)、三木谷浩史さん(楽天社長)。この2人はアントレプレナー(起業家)としては、卓越しています。

優勝劣敗の鍵は「感性」

―― いまの消費社会を語る上で、インターネットの登場でネット通販が躍進するなど、かなりの構造変化がありました。ではこれから先、企業の優勝劣敗を左右する鍵についてはどう見立てますか。
林野 主役はスマートフォン。これは誰でもそう考えます。では、その変化が何を生みだすのかというと、一番大きいのは、個人がいろんな意味で発言権を持つということだと思いますね。見えない多数の消費者から、見える多数の消費者への変化です。多数の中の個が、可視化できるようになっていくし、個々人の意見も尊重されていきます。

たとえば商品開発をするのに、ある製菓メーカーが高校生を集めて、どんなお煎餅が食べたいかの意見を募るとします。そこから、消費者の意見がストレートに商品開発に直結していく時代になるでしょう。その意見や声を、早く集めて早く対応した会社が勝つようになるはずです。逆に言うと、社内の開発組織は従来ほどの大所帯でなくていいということです。

つまり、消費者がマーケットと直接、対話できてしまうような社会になると、企業のあり方を根底から変えてしまう可能性があります。そうなると、ホワイトカラー受難の時代になって、顧客の声をとりまとめるような組織以外、そんなに要らなくなるかもしれません。消費者が主役で企業は脇役に落ちてしまうのです。この変化が本格的に起これば、従来のヒエラルキーの中で、価値観から何から全部、変わってしまうでしょう。

まさに勝者必衰の理の時代が来ると思っています。規模を追いかけると、必ずどこかで無理が生じるし、均質化もしていきます。そういう時代が終わると言い換えてもいい。どんなに強大な企業にも矛盾があって、どこかの段階で衰退し、未来永劫栄え続けることはあり得ません。今後、その変化は加速していくでしょう。

―― これからのビジネスリーダーの在り方はどう考えますか。
林野 高度成長期は、1億総中流で平等社会を作るのにIQ重視でよかったんです。科学的、合理的で、みんなが同じものを作って同じものを所有してと。その後、スローダウンした経済成長になって豊かになってくると、周囲と調和してうまくやっていけるような人、つまりEQが大事になりました。実際、EQの高い人が組織のヒエラルキーをうまく上っていったのです。

でも経済成長が止まり、人口も減って物価が下がり、商品のグローバル化も進んで国際価格での競争になったいまは、消費社会全体が二極化していきます。そういう社会では、縮小していくパイを奪い合う、まさに格闘技の世界になっていくのです。となると、SQ力の高い人がビジネスチャンスをいち早くつかむことは、自明の理といえるでしょう。

消費者向けビジネスを展開している企業は、価格勝負なのか、エルメスやグッチといった従来のラグジュアリー路線なのか、はたまた無印良品のようなほどよい価格帯の、ニューラグジュアリーの方向で戦うのか。自分たちがどこでどんな商売をするのかということをはっきりさせないと、あぶはち取らずになるでしょう。中途半端なのが一番、いけません。

無印良品のほかにも、セレクトショップが支持されているのは、その店のバイヤーが全部、商品を選んで買い付けてくるからです。そのバイヤーの、いわば感性に共感・共鳴した人が集まるわけで、当然、気に入らない人もいるでしょう。そこの割り切りも企業側には必要です。

またショッピングセンターにしても、厳しくテナントを入れ替えることで、テナントと貸し手側とで摩擦も生じるでしょう。でも、テナントの専門店を絶えず入れ替えていくという作業は必要不可欠なわけで、そこを曖昧にして変化に対応できないと、テナントも貸し手企業も一緒に衰退してしまう。そういう陳腐化の波を、どう追い返せるかが勝負です。そこで一番必要な能力は、IQでもEQでもなく、SQなのです。

―― 最後に、林野さんのSQ力を駆使した、これからのクレディセゾンの展望は。
林野 我々のようなカード会社も、理不尽な貸金業法改定、過払い金返還問題や割賦販売法改定という3重苦を経験し、大きな業界再編の波に洗われました。その中で耐えて、クレディセゾンは生き残った。しかも、どの資本系列にも属さない、自由度の高さを維持できている。この自由度の高さというのは、企業活動の上で大変重要だと思っています。

これから、ネットビジネスもさらに強化しなければいけないし、セゾンカードもナンバーワンのプレステージや開拓力を維持していく。さらにノンバンクとして、多角化も進めて成長マーケットを少しずつ作っていくというミッションもあります。そして、ASEAN地域にも先行投資していくと。

(聞き手=本誌編集長・河野圭祐)

経営ノート | 社長・経営者・起業家の経営課題解決メディア

WizBiz代表・新谷哲の著書「社長の孤独力」(日本経済新聞出版社)

WizBiz代表・新谷哲の著書「社長の孤独力」(日本経済新聞出版社)

 

0円(無料)でビジネスマッチングができる!|WizBiz

WizBizセミナー/イベント情報

経営者占い