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2015年5月号より

跡継ぎ娘――田中秀子・博水社社長の場合 「従業員の生活を守る」 父から学んだ社長の責任|月刊BOSSxWizBiz

先代の病気で社長に

田中秀子(たなか・ひでこ)
1960年生まれ。山脇学園短期大学英文学科を卒業後、80年博水社に入社。東京農業大学、税理士予備校に働きながら学ぶ。2008年に社長に就任。著書に『そうだ、私は社長なんだ!! 小さな会社、酒とナミダの奮闘記』(TBSサービス)がある。

博水社の3代目として田中秀子さんが社長に就任したのは2008年だった。博水社の主力商品は酒類用割り材となる炭酸飲料の「ハイサワー」。先代社長(現・会長)の田中専一氏が開発し、1980年に発売、現在まで続く大ヒット商品になっている。社長を継ぐことになったきっかけは、父である専一氏の病気だった。

「父が肺がんになり、肺の一部を切除しました。社長業は社内にいるばかりではなく、外に行くことが多い。大変なんですよね。私はうっすらと、自分が継ぐんだろうなと思っていたし、ほかにやる人もいないし、どうしよう、という感じでした」

もともと、秀子さんは子供のころからバレエを習っていたこともあり、会社を継ぐ意思は持っていなかったという。

「2人姉妹の長女で、もし私が男に生まれていれば、跡継ぎとして子供のころから勉強したと思います。でも娘でしたから、父も、私に好きな人ができれば出ていくんだろうと思っていたでしょう。さらに、私はバレエをずっとやっていたので、将来は振付師になるという夢を持っていました。大学には行かずに、ニューヨークに留学することも決まっていたんです。

ところが、腰を傷めてしまい、プロのバレエダンサーにはなれなくなってしまった。結局、短大に進学したのですが、勉強もせず、ジャズのボーカルの仕事をしてお金をもらって、という生活をしていました」

秀子さんはハイサワー発売直後の80年に博水社に入社する。

「子どもの頃は、小さな工場でした。木製の壁の、風が吹き抜けるような工場で家族がジュースをつくっているのを見てきました。コンベアの下をくぐって鬼ごっこをして遊んだクチです(笑)。20年以上、親の仕事を見てきたわけですから、簡単にできると思っていました。全部わかっているつもりでしたけど、工場の人が話している言葉が日本語に聞こえなかった。『ペーハーの調整が…』『クエン酸の酸度が…』『糖度ブリックスって…』。わかっているというのは大間違いだったんです。

父は、聞けば教えてくれるタイプの人です。でも、いちいち教えてくれるタイプではない。キャッチボールができないのに野球をするようなものでしたから、基礎がわからないのに教えようもないんですね。父は『お客様に買っていただいてお金をいただくのに、つくれなきゃ売れないだろう』と。製造販売というのは、こういうことなんです。表面はわかったつもりでも、根本がわかっていなかった」

入社後間もなくして、秀子さんは東京農業大学食品醸造科に社会人入学。仕事の合間をぬって授業に出席した。

「学校で学んで、次の日に会社に行くと、教科書以上のことが工場で行われていました。商品をつくる現場って、こういうことなんだと感じましたね。基礎は学校で学び、現場では父から学んだ。その意味では先生が2人いるようでした。でも、商品がつくれるようになってくると、今度は決算書とか税金とか、税理士さんと父が話していることが、まったくわからない。会計書類を見て、タウンページより分厚いものが、この世にあるのかと感じました(笑)」

専一氏は、秀子さんに「会社はお金を扱うから、お金の計算ができないと会社はできない」と一言。秀子さんは税理士予備校に通うようになる。週3回、仕事を終えてからの授業だった。専一氏は、ここでも現場での先生となった。

「父はイチからは教えてくれない人でしたが、私の仕事のテリトリーが増える時には、いつも先生でいてくれました」

秀子さんが社長に就任した際、専一氏から経営に関する具体的なアドバイスはなかったという。

「ふつう、社長はバトンを渡すことになったら、いろいろ言いたいことがあると思います。でも、ウチの父は、たった一つしか言いませんでした。『3倍で考えておけばいい、と俺は思う』。ふつうは、売り上げを3倍にするとか、商品数を3倍にするとか、ものを大きくすることを考えると思います。

でもそうではなくて、『仮に会社で3人の社員がいたとしたら、会ったことがあるのは3人だけかもしれない。しかし、社員には家族がいて子供がいる。独身もいるが、平均すれば3人くらいいる。だから、あんたが話をしている人間の3倍の生活までは、社長の責任。それを踏み外さないようにしておけば、やっちゃいけないこととやっていいことが見えてくる』と。会社のトップをやるうえでは、それが根本です」

3代目の重圧

博水社は今年創業86年の老舗企業だ。2代目の専一氏は父の急逝により24歳で跡を継ぎ、兄弟9人と母の計10人を養ってきた。家族を支える責任を十分すぎるほど理解していた。従業員の生活を守ることが社長の責任だ、というのが秀子さんに伝えられたメッセージだった。

「取引先の経営者の方々のなかには『3代目って、会社を潰す人が多いんだよ』と心配してくださる。私は祖父の時代を知らないのですが、創業者の86年前の思いをどこかできちんと持っていなければいけない。時代とともに変えなくてはいけないことは変える。でも、私と父が、いちばん多く、一緒に過ごした場所は、木板でつくられた工場です。そこが私のルーツになっています」

秀子さんは父について、ひと言で言えば「コツコツ」だと表現する。

「特別華やかな感じはないですね。社長だからといって、飾るわけでもなかったですし。仕事をしていてわからないことがあると、インターネットがない時代でしたから、黙って本屋に行って本を注文するような人です。非常に勉強家。お酒は弱いんですけど、だからこそ味に冷静だったのかもしれません」

ちなみに、いまやハイサワーの定番グッズ(?)となっている「美尻」。09年に第1号ポスターが製作され、好評を受けて10年にはカレンダーが製作されるようになった。本来は取引先等に配る販促グッズだったが、一般販売をすると約1万部が完売するほどの人気だ。

「カワイイですよねえ。父は『なんでハイサワーにケツなんだ!』とびっくりしていましたけど。すっかり定着してしまいましたね(笑)」

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