製造業、サービスを問わず、企業には「◯△の生みの親」、「△◯の達人」と呼ばれる人がいる。
そうした、いわば「匠の技」の数々がこれまで日本経済の強さを支えてきたのだ。日本の競争力低下とともに、そこがいま揺らいでいるという指摘が多いからこそ、各界の匠にスポットを当ててみたいー。
2015年5月号より
25年ぶりの新ブランド
去る1月21日、資生堂では約25年ぶりとなる、シニア女性向け化粧品ブランドがスタートした。メーキャップやスキンケアを含む、総合ブランドの「プリオール」がそれだ。
「ラインナップの中では特にヘアケア製品が非常に好調で、想定の倍ぐらいのペースで売れています。これまで資生堂を使っていなかった非ユーザーの方にトライアルで買っていただき、30代、40代の方にも好評なんです。この裾野の広さから、やはり“大人の七難をすんなり解決したい”人が多いのだということが確認できました」
語るのは、資生堂の国内化粧品事業部コスメティクスマーケティング部で、ブランドマネージャーを務める石川由紀子さん。プリオールのメッセージの特徴は、石川さんが語った“大人の七難すんなり解決”に凝縮されている。七難とは、凹凸、影、色、乾き、下がる、見えにくい、おっくうという、シニア女性が抱える7つの悩みで、それをできるだけ簡単に解決する方法を提案したのだ。
「当初から賛否両論あるだろうなと想定していたのは、パッケージをルビーカラーにしたことです。実際、ヒアリング調査していた時から賛否ありまして、『シニア向けは地味なカラーが多い中で待ってましたという感じ』という声から、『これは若い人向けでは』と敬遠する人までいろいろでしたが、敢えてルビーカラーを選びました」
これまで、シニア女性に向けた化粧品やシャンプー、リンスといったトイレタリー製品は、清潔感のあるホワイト、あるいはや濃紺、パープルといったカラーが多い中で、プリオールのような鮮やかな色はあまりなかった。
“七難すんなり解決”については、石川さんはこう語る。
「マッサージや顔体操とか、これまでいろいろな美容ソリューションが提案されていますが、皆さん、実際にはあまりなさらない。『まだまだ若い人には負けないわ』と頑張っていらっしゃる方もいますが、頭ではいいことはわかっていても体が追いついていかないんです。
年齢が上になればなるほどおっくうになるし、気力、体力が若い頃のようにはいかないので、美容ソリューションが長続きしない。そこで、プリオールでは“できるだけ簡単に”をキーワードに作りこんでいきました。ポンプ式でシャンプーのように使えたり、リンスをするだけで白髪が染まるとかですね。特別な手間や時間を割く必要はなくて、普段の手間ひまかけない化粧だけでいろいろな年齢サインが解決できたり、加齢による悩みもカバーできるわけです」
プリオールブランドの全商品に盛り込んだ技術が、「つやサイエンス」だ。これは、肌表面に光沢を与える鏡面と、肌内に入った光が内側から外側に向けて多方面に光を放つ拡散の、2種類の反射光をコントロールするもの。
鏡面反射光では肌につややかな光沢感を与えて「色ムラ」を目立たなくし、拡散反射光は肌にふんわりとした透明感を与え、「凹凸」や「くすみ」を目立たなくさせた。
もともと、資生堂は若年層とシニア層に強いことで定評があったのだが、30~40代のヘビーユーザーの支持が十分ではないとの認識から、一時期、「メガブランド戦略」を取り、ヘビーユーザー層に向けて集中的にブランディングを展開していた。
そのため、シニア層のブランディングが手薄になり、実際にシェアを落とす結果にもなった。が、超高齢社会のいま、化粧品市場で50歳以上の女性の購入金額構成比は、すでに46.7%を占めている。また、4年後の2019年には人口構成上、50歳以上が全女性人口の50%を超える試算もあり、こうした層は購買単価も比較的高い。資生堂としてもシニア層の再強化は必然だった。そこで同社では12年から、かつてない規模でシニアにヒアリングを始めている。自宅訪問も含めた調査対象者は、実に6600人を超えた。
「シニア層の意識と当社が提供している商品にズレはないか。また、ズレがあるとすればどこにあるのかをはっきりさせようと考えました。
私たちはそれまで、昭和時代のステレオタイプのシニア女性という目で見ていた反省があって、お客様が美容に何を求めているかを探ろうとヒアリング調査を始めました。研究すればするほど、井の中の蛙というか、当社の常識は世間の非常識ということが多々出てきたので、まず彼女たちに真正面から向き合い、一緒に美しさを探していける価値観を探ったわけです」
「メガインサイト」が大事
とはいえ、50歳以上のシニア層をわしづかみにすることは難しい。多様な価値観を持って、生き方も人それぞれだからだ。
「もちろん、一筋縄ではいかない世代ですし、健康格差、収入格差、家族構成や趣味の違いなど、本当に捉えどころがない。一番最初に社内で議論のポイントになったのは、シニア層に対して想定ターゲットを設定しないということでした。実際に皆さんにお聞きしてみると、楽がいいという人から、女磨きを諦めていないから時間をかけて高いものを使いたい人、あるいは自分の年齢を受け入れる人から年齢に抗う人まで、本当に多様なんです」
その後、調査を粘り強く続けて見えてきたものがある。それは、セカンドライフをゆっくりのんびり、大過なく過ごすといった価値観、あるいは贅沢で落ち着いた、セレブでマダムなイメージといったものではない意識である。
「一言で言えば、メガインサイト(消費者心理)ですね。いたって簡単なことなのですが、女性はいくつになっても女性であり続けたいんだと。『あなたにとって美しさとは?』との問いには“輝き”という回答の言葉が最も多いんです。つまり、少々白髪やシミがあっても、いくつになっても輝いている人は輝いているわけで、そういう人を目指したいと。
その方法論として、“すんなり解決”も浮かび上がってきました。オールインワンタイプの化粧品は、まさしく忙しい子育てママのためのアイテムだと思っていたのですが、若い方もシニアの方も、簡単、手軽、便利、お得といったキーワードは共通なのです」(石川さん)
調査していくうちに、シニア層は洗面台やダイニングテーブルで化粧をする人が多く、鏡台を使う人がほとんど見られなかったという。メガニーズを探るより、まず、メガインサイトを突き止めることが大事ということなのだろう。
(河)