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2015年5月号より

父娘Wインタビュー(2)ジャパンライフ 山口隆祥会長/ひろみ社長|月刊BOSSxWizBiz

健康器具の製造・販売を手がけるジャパンライフ。「世界中の人々に健康で豊かな生活を提供する」との理念のもと、1974年に山口隆祥氏(現会長)によって創業された会社は今年で丸41年になる。隆祥氏が会長に就任し、社長職を娘であるひろみ氏に譲ったのが2007年。以来、二人三脚で経営のタクトを揮ってきた。娘を「共同創業者」と語る父の真意、それを受け止める娘のキモチとは――。

2人で始めた改革

山口ひろみ(やまぐち ひろみ)
1972年東京都生まれ。聖心女子大学文学部外国語外国文学科卒業。慶應義塾大学大学院経営管理研究科前期博士課程修了、経営学修士(MBA)。96年ジャパンライフに入社。経営企画等を経て2007年社長に就任。

―― 創業経営者にとって、会社を誰に託すのか、大きな問題だと思いますが、ジャパンライフでは2007年に娘であるひろみさんが社長に就任しています。父である山口会長にはどのような思いがあったのでしょうか。
山口会長 私は、実は娘を後継者とは思っていないんですよ。いわば「共同創業者」です。後継者と言えば、出来上がったものを受け取って引き継ぐというイメージですが、そうではない。なあ?

ひろみ社長 そうですね。新しいジャパンライフをつくってきたと言いますか。

山口会長 中学生くらいから私に付いて、アメリカをはじめ世界中を一緒に回っていたしね。

ひろみ社長 中国もそうでしたね。

山口会長 そうそう。大学に入ってすぐくらいだったか、大学が休みの時に、香港のジャパンライフに行って、物流の倉庫で、1人でコンピュータを打っていた。あんなところでさびしかっただろう。

ひろみ社長 香港の本社は最新型のオフィスビルでしたけどね。

山口会長 物流の拠点はいわゆる倉庫街。そういうところから現場を見てきているし、後継者ではない、共同創業者ですよ。一緒に会社をつくってきた。社長になって何年?

ひろみ社長 7年くらい。私が社長になった時は、店舗がまだ21店舗でした。その当時は代理店さんが中心の体制で、そこから自社の店舗をしっかり確立して社員も雇っていこうという時です。まだ従業員が300人くらいでしたものね。

山口会長 販売ネットワークを、まったく新しい方向に作っていこうと、2人でやってきた。いま不定期雇用まで含めれば1300人くらいまでに増えている。新卒採用を本格的に始めたのも社長だからね。

私がこの会社を作った時、まだ31歳と若かったから、なるべく私よりも年上の人を採用した。40代、50代、こういう人がいなければ会社に重みがない。いまや私も73歳だから、その方たちはどんどん退職して、現在の社員は社長が採用した人が多い。普通の会社の承継ではなく、2人で何から何まで苦労してきた。新製品の開発から工場の建設、機械設備、それこそ全部。ある程度、会社の基礎はできていたとしても、その基礎の上にまた新しい会社を作り直したような。

ひろみ社長 いまのマネージャークラスは新卒から入って8年目、30歳くらいの人たちが多くなっています。中途採用の人も30代くらいが多かったですから、気が付くと私より年上の人が少なくなっているんです。私より社歴が長い人も、役員クラスを除けば、数えるほどしかいなくなっていますよね。

山口隆祥(やまぐち たかよし)
1942年群馬県生まれ。75年ジャパンライフを創業、社長に就任。医療機器認可家庭用磁気治療器の発売を開始。80年財団法人ライフサイエンス振興財団設立。2007年に会長に就任

―― 2人で始めた改革というのは、どのようなものだったんですか。
山口会長 会社の仕組みとして、以前は商品の研究開発、製造まではウチがして、その商品を売るのはすべて代理店だったんです。ウチの社員は、代理店に商品を出荷する手続きをしたり、入金の確認をしたりといった処理。後方支援の要素が強く、前面に出て商品を売るということは、まったくなかった。

ところが、法律がどんどん厳しくなって、従来のように商品を届けて集金するだけでは済まなくなりました(2000年代に入り、薬事法の大改正をはじめ景品表示法、特定商取引法等の改正が相次いでいる)。いろいろな書類を作り、記帳していかなくてはいけない。そんなことかと思われるかもしれませんが、代理店任せにしてしまうと、法律の変化に付いていけなくなる可能性が高くなってしまった。代理店にも契約書をきちんとつくり、お客様に正確に説明できるだけの技量が求められるようになったわけです。

クーリングオフがわかりやすい例だと思いますが、仮に代理店がお客様の返品に応じないようなことがあれば、重大な法律違反に発展しかねない。ですから、すべてのお客様のところへ我々の社員が行き、契約事項の説明や法令に則った対応をすることが求められるようになりました。これにより全国の代理店を支援するためのサービスステーションをつくり、社員が代理店と一緒に販売をするようにしたわけです。これでむしろ代理店にとっても仕事がしやすい状況が生まれました。

私の時代は古い繋がりや仲間意識で「まあまあ」となってしまいがちだったんですね(笑)。社長は大学院で5年勉強しましたから、介護保険をはじめ民間保険、国民年金、共済年金等、制度や法令に非常に詳しい。

ひろみ社長 私は大学院で経営管理研究科だったのですが、ちょうど介護保険制度創設に関わっている先生のゼミだったんです。1999年から2003年まで大学院にいたので、介護保険の準備、施行の時。そこで様々なものを学べましたね。

山口会長 経営というものに対して、数字のことはすべてわかっている。だからいまは、私は財務的なことは一切やっていない。経理、財務、決済等々、すべて任せています。もう1つは、コンピュータです。どういうものかは何となくわかるけれども、自慢じゃないけど動かせませんからね、私は(笑)。ホームページやインターネット等のITは、我々の世代ではついていけません。

経営理念に基づいた言葉

―― ひろみ社長から見て、父の存在はどういうものですか。
ひろみ社長 それは、スゴイことばっかり(笑)。私がいろいろやっていると言ってくれましたけど、バブル崩壊やさまざまな金融ショックを乗り越えて、40年間、会社を続けてこられただけでもスゴイ。公益財団法人のライフサイエンス振興財団や、良質の水のために30年も前に購入した霧島高千穂の山とその工場建設等々、代替医療の機器の販売だけでなく「世界中の人々に健康で豊かな生活を提供する」という企業理念に基づいた行動をするという点で、ずっと一貫しているんです。要介護や病気にならないためにどうすればよいのか、健康に重要なことは何なのか、それをしっかりみなさんにお伝えしようとしている。

お客様に会っている人数も商品を試している数も、すべて一番です。ジャパンライフのお客様はボリュームゾーンが70代ということもあって、お客様の気持ちもよくわかっているし、これまでの経験からアドバイスをしてもらえるので、私はあまり悩まなくてすみます。何かしらの課題があっても、会長に聞けばすぐに返事が返ってきますし、経営理念に基づいた会長の言葉は、私だけでなく社員やお客様に対してもマイナスになることはない。できないことを言うこともないですし、関わっている人すべてが信頼をもって受け止めることができます。

山口会長 私と社長の年齢の開きも30歳と、ちょうどいいと思いますよ。私は団塊の世代の盛り上がりとともに人生を歩んできた。かつて、がんは不治の病だったけれども、いまはそれが治せるようになりつつあり、命は助かったけど次は要介護が待っている。介護施設が54万人分も足りないとか、4人に1人が65歳以上の時代になると言われていますが、仮に私が社長と同世代だったら、いまのビジネスが考えられなかったかもしれない。団塊の世代の悩みを私自身が体験してきたからこそジャパンライフがつくれた。その企業理念に基づいて、必要なものを商品として開発し、私自身が体験してきたことを、社長は小さい頃から見てきた。

中学高校大学くらいになれば、どなたでも祖父母が病気などで苦しんでいるところを見たでしょう。ジャパンライフは、高齢者を病気にさせない、要介護にさせないことを目指し、商品を一生懸命開発している。社会的な意義というものについて考える年齢というものはあるんです。その時期に父親の仕事を見たことで、自然に私の言葉も受け入れてくれているのではないか。いまでは親と同世代の人たちがどんな悩みを持っているのか、私より社長のほうが詳しいですよ。私は見たり聞いたりしたことだけど、社長は経営のデータとして集めてくるからね(笑)。

成功の秘訣は理念の共有

―― ちょうど大塚家具の会長と社長の対立がニュースで騒がれています。父親と娘ということで関係が同じになりますが、うまくいく秘訣のようなものはありますか。
ひろみ社長 事業ですからね。向かう方向性が一緒になれば。

山口会長 共同創業者として一緒にやれば、思いは一緒になると思いますよ。どうだろう? もっと低価格なものをつくって、たくさん売ろうと思うのかね? 正直に言えば、安くすればいいものはできません。原料というものがあるわけですから、それは無理です。安いからと手を抜くわけにはいかない。安い資材を使えば安っぽいものしかできない。

ひろみ社長 そうですね。

「おばあちゃんの原宿」と呼ばれる東京・巣鴨地蔵通りのアンテナショップでの1コマ。

山口会長 商品はどんどん品質改良していかなくてはいけません。仮に古い商品が100万個あったとして、新しい商品が出来上がれば、この100万個は捨てるしかない。お客様の健康のための、より効果のある新商品なのに、100万個がもったいないからと、これを売り切ってからを出すということはできません。しかし、捨てた100万個は、新しい商品の利益から回収しないと、会社として存続できません。それを理解していただけるお客様でなければ売れないでしょう。付加価値があるから値段は高くなる。

その意味では家具も同様でしょう。会員制にすることで、上質な付加価値のある家具を、お金を出せる人に購入してもらうのは間違ってはいない。店舗に入りやすくしてファミリーが来るのはいいですが、子供がベッドやソファーで跳ねたり寝転んだりしたものを他の客が欲しいと思えるかどうか。例えば、娘さんがアメリカや欧州の家具屋に勤めればわかると思う。お金を払って届くのは半年後、10カ月後というのは珍しくない。そのぶん品質が高く、担当者の対応も行き届いた家具が届く。

私にはあのお父さん、創業者の気持ちがよくわかります。創業の理念はどうなのか。娘さんは単純に売り上げと利益を求めているから大衆化しようとしているのではないか。企業理念の本当の意味というものを創業者と後継者の間で共有できていなかったというのが問題でしょう。

ひろみ社長 親とか子供というのではなく、会社がどこを目指しているのかが重要ですよね。ジャパンライフでも要介護や病気にさせないための商品をつくろうとした時に、やはり低価格なものでつくろうというのは難しい。メインの商品である磁気治療器は、創業の時から厚生労働省に認可を取り、厳しい基準のもとで商品化しています。商品の価格は高いと思われがちですが、厳しい審査を受けて、しっかり認められる効果があるものです。それを理解していただくために、体験していただいて納得をしていただいて購入していただく。

私たちの商品は、たとえ数千円の基礎化粧品でも「効かない」ということは許されません。より高品質な商品に興味を持っていただくためには、入り口のところで躓いてはいけない。お客様に効果をわかっていただくためにも、ひとつとして商品に手は抜けませんし、工場からの発送ひとつにしても、きちんと包装しなければお客様が不満を感じてしまう。経営理念を共有しているからこそ、やるべきことも共通してくると思いますね。

―― ちなみに反抗期などはありましたか。また経営者になるための帝王学などはどう伝授したのでしょう。
山口会長 育て方の問題ですよね。子供を一つの枠にはめようとすれば、子供は小さい時はがまんしますけど、どこかで反抗しますよね。そういうことはしなかった。

ひろみ社長 30歳くらいの時に気がついたんですけど、計算していましたよね(笑)。

私が中学の途中から高校くらいのころ、ジャパンライフをアメリカで展開するために、会長は家も買って移住しました。私は英語が話せるようになりたかったし、もっと勉強したいなと思っていたら、「アメリカに家があるよ」と。そして高校で帰国して日本の大学に行ったのですが、91年に香港に会社を作って中国に進出する時で、今度は「中国に視察に行くから一緒に行かないか」と。ちょうど上海が開放経済になる時で、これからビルを建てるような状況。それを見た私は、よくわからないけど中国語を勉強しなきゃと思いました。

自分で選んでアメリカや中国に行って、自分で選んで勉強して話せるようになったつもりだったんですけど、実は、やりたくなるように仕向けられていたらしい(笑)。「やれ」とは1回も言われたことがないんですけど、興味を持たせようと見せる範囲を計算していたんですね。

山口会長 あの頃の中国って、まだ貧困も激しくて危険極まりない雰囲気があった。中国の経済貿易大学の学長が知り合いでしたから、海外から受け入れる教員用の宿舎に住まわせてもらって、安全を確保したうえですよ。どうせ興味を持つだろうなと思っていたから(笑)。

ひろみ社長 大人になってから気が付きましたよ。自ら率先して行ったつもりでしたけど、その時々でやっておいたほうがいいことをやらせてくれたんだなと。

山口会長 歌手になりたいというのをあきらめさせたら、恨みつらみも残るんだろうけどね。仕向けたと言うと人聞きが悪いですが(笑)、だから反抗期はなかった。

ひろみ社長 なかったね(笑)。

父親から引き継ぐもの

―― (ここで山口会長は退出)ひろみ社長から父親を見て、学んだ経営者像などはありますか。
ひろみ社長 ジャパンライフでは、会長が一番働いています。仕事とプライベートと分けるのではなく、仕事が生活です。現代人は健康と仕事が重要だと言っていますが、それを、身をもって実践しています。お客様とも触れ合って写真を撮ったり、体験会でも直接、話をしている。会長のそういう姿を見て私もがんばらないと、と感じています。私だけでなく、役員も社員もそう思っている。その思いは共有されています。

でも、共同創業者と言ってもらえたのは本当にうれしかったですね。そこにある理念や目標は同じですから、大きな理念に向かってどうすればよいか考えることで、結果、行き着くところは同じになると思います。社員の気持ちをひとつにするためにも、共同経営者がぶれていては話になりません。会長がアドバイスしてくださることは、絶対にやっておいたほうがいいと自信を持って言えますから、理念と方向性だけはぶれることなく、引き継いでいきたいと思っています。

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