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企業の匠

製造業、サービスを問わず、企業には「◯△の生みの親」、「△◯の達人」と呼ばれる人がいる。
そうした、いわば「匠の技」の数々がこれまで日本経済の強さを支えてきたのだ。日本の競争力低下とともに、そこがいま揺らいでいるという指摘が多いからこそ、各界の匠にスポットを当ててみたいー。

2013年1月号より

水性塗料で一日の長 調色の仕事人

求められる競争力

埼玉県戸田市にあるヤナセオートシステムズのBPセンター戸田には、連日、メルセデスベンツをはじめとした輸入高級車が持ち込まれる。ここに持ち込まれるクルマは事故車修理を要するもので、業界用語で言うとアフターマーケットの拠点の一つだ。

アフターマーケットは、ディーラーで新車購入したあと、故障の際の修理や事故車の修理、車検やパーツの販売なども含まれる。身近な専業業者で言えばオートバックスやイエローハットなどが、このアフターマーケットに力を注いでいる。

ヤナセオートシステムズが他の業者とどのように差別化を図るのか。マーケティング部品質技術課マネージャーの早川卓史氏はこう話す。

「ボディ修理のBP部門では、従来の専業業者に対して納期や価格では勝てません。どこで競争力を保つかと言えば、技術と品質です」

専業業者に優る競争力として注力している分野が、塗装だ。現在自動車業界が直面している課題の一つに、VOC(揮発性有機化合物)規制がある。そのVOCの発生源のなかで大きな割合を占めるのが塗料で、実に日本の全排出量の半分を超えるレベルにある。塗料メーカーをはじめ各社で工夫が凝らされているが、まだ多くの自動車に溶剤塗料が使われているのが実情だ。

こういった環境に敏感なのがヨーロッパだ。VOCの発生源となるガソリンの使用を嫌い、ガソリンエンジンよりもクリーンディーゼルエンジンにシフトしているのは有名な話だが、実はクルマの塗料にも規制が入っており、ドイツなどは溶剤塗料ではなく、VOCの排出を抑える水性塗料にシフトしている。メルセデスベンツの新車は100%水性塗料が使われている。

ところが、日本の修理工場では、まだまだ溶剤塗料が主流。水性塗料に対応できるのは自動車メーカー系の修理工場など数社に限られる。というのも、日本の規制が欧州ほど厳しくないこともあるが、塗料メーカーの努力によって溶剤塗料のVOC排出量が従来塗料の3分の1程度にまで下がってきていること、そして何より、水性塗料に比べて溶剤塗料の使い勝手の良さから、水性塗料に触手を伸ばせない業者が多いのだ。

「水性塗料は、水ですから、乾くのが非常に遅い。そして雨の日など湿度の高い日も乾きが遅いんです。溶剤塗料は揮発性なので、自分から乾いていくんですね。また溶剤塗料は数回に分けて塗ったりできますが、水性塗料の施工方法は一度に最初から最後まで塗り上げてしまう吹き付けをします。塗装の仕方自体が別モノなんです」

こう話すのは今回の主役である整備係長の大内賢一氏。車体塗装の匠だ。水性塗料は環境に優しいが、生産性の面では溶剤塗料に軍配が上がる。納期や価格にこだわる専業業者にとって水性塗料にシフトすることは生産性を下げることに繋がり、導入しづらくなっているという。

となれば、水性塗料を使用したメルセデスベンツが多く持ち込まれるヤナセオートシステムズにとって、水性塗料の導入は大きな差別化に繋がる。同社のコンセプトにもある「自動車本来の性能に戻して顧客に届ける」という意味でも、自動車生産ラインと同じ塗装ができるというのは強みになる。

ゼロからデータ収集

ヤナセオートシステムズは2011年4月にヤナセ本体から分社化したヤナセの100%子会社。ヤナセ時代の07年から水性塗料の扱いを始めていたが、分社化によってヤナセの顧客以外にも門戸を開放、より競争力が求められるようになっていた。12年1月から本格的に水性塗料を取り入れ、4月には一部の専門的なカラーを除き、ほぼ100%が水性塗料にシフトしたという。

この切り替えに対応するのは、容易ではなかった。施工法が異なるだけでなく、これまで溶剤塗料で積み上げてきた膨大なカラーデータがまったく役に立たなくなってしまったからだ。大内氏は言う。

「私たちにとって、カラーデータは大きな財産なんです。色を調合するにあたって、メーカーからデータは出ているのですが、実際の現車とは異なる場合がほとんど。新車を生産する際に、その時期やラインが違っていたりすると、同じ色番号であるにもかかわらず、まったく色が違っていたりするんです。ですから、メーカーから出ているカラーデータをつくったあと、そこから我々が現車に近づけていくための調色をしていかなければならない。少し赤を加えようとか、黒を加えてみようとかいう具合です。それでテスト吹きを何度か繰り返して色をつくっていく。いままではメーカーのデータに加えて、自分たちがつくってきた色のデータもあったのですが、水性塗料になったことで再びゼロからのスタートになりました。溶剤の時に作っていたデータは役に立たないんですね。いまは新しいデータを蓄積している最中です」

同じメーカーから出しているクルマでも、生産されたのがアメリカなのか、中国なのか、場所によっても色は異なるという。一見、同じように見える色でも、光の当たり方や見る角度によって違っていたりもする。精度の高くないメーカーの基礎データから、自分たちで色を作るのは簡単な作業ではない。

「溶剤でも水性でも、調色自体は時間さえかければ誰にでもできる作業なんです。でも色ができないと塗装の工程に進めないわけですから、調色の時間を短縮しなければ工場として成り立たない。色を短時間でつくるには相当なスキルが必要です」(早川氏)

実際、大内氏が調色をする際、ゼロから始めて2時間で調色できれば早いほうだという。100台あれば、ほぼ100通りの調色が必要で、従来データが使えることは、ほとんどない。

「近い色のデータがあって、3回ほどいじれば色ができることもあります。ただ、いまは基になるデータが少ないので、ほとんどゼロから始めているようなものですね。原色のなかには紫というのもありますが、そのまま紫から始めるのか、赤と青を混ぜて紫にしていくのかで色味が変わってきます。

デイライトという人口太陽のように光をつくるライトがあり、これで照らしてみると、正面は黒メタなんですけど、横から光を当てると赤みが出て紫に見えたり、逆に緑が強く見えることもあります。紫でいくのか、混ぜてつくるのかで、このような変化が出たりします。実はメーカーによって色の特性があったりして、それを知らないと目的の色まで、なかなかたどり着けないんですね」(大内氏)

クルマを本来の姿に戻す

現車に添えて色の違いを測る。

工場には、過去に調色した色をプレートにしてサンプルとして置いてある。前頁の写真のように広げて見せてくれたが、素人目にはすべてクリームがかった「白」。目を凝らして見ると、たしかにややくすんでいたり、白が強かったり、やや黄色がかっていたりと、違いがわかる。大差ないように思えるが、実際にクルマに並べてみると、そこだけが浮いてしまい、いかにも事故をして直しましたと言っているようなもの。これではクルマを新車同然の本来の姿に戻しているとは言い難い。

「なるべく元通りになるようにという思いで色を作っています。すごく手間がかかったり、きつい要望もあることがありますが、それをやり遂げた時に、お礼を言われたりすると、うれしいですよ」(大内氏)

大内氏が調色し、記録したデータは、パソコンでデータベース化されている。最近は測色器も高性能化が進んでいるが、参照するデータがなければ意味がない。そのデータを人間の目で作り続けているのが大内氏だ。大内氏が調色したデータは、ヤナセオートシステムズの全国10カ所の直営工場に加え、約200カ所の協力工場にも共有化される。測色器で大内氏のデータと現車の色をマッチングさせ、他の工場で調色の作業効率を高めている。

ちなみにBPセンター戸田に持ち込まれるメルセデスベンツは、シルバー、白、黒の3色で9割を占めるという。

「シルバーや白は、些細なことで色の違いが目立ってしまうので、神経を使います。特に白は、作業前に少しゴミがついただけで、残るんですね。溶剤だと部分的な手直しもできましたが、水性塗料では一気に工程を終わらせなくてはいけませんから、全部やり直しになってしまいます。

黒は黒で、つや消し黒が難しいんです。つや消しは難しいうえに、つや消しのつや加減にこだわりを持っているお客様もいますので、納得していただけるまで何度もトライしてつくったこともあります。せっかくなら新車以上にキレイにしたいというのはありますよね(笑)」(大内氏)

塗装の匠、大内氏にかかれば、つくれない色はない。万が一事故に遭った際は、ぜひ匠のもとへ。

(本誌・児玉智浩)

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