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企業の匠

製造業、サービスを問わず、企業には「◯△の生みの親」、「△◯の達人」と呼ばれる人がいる。
そうした、いわば「匠の技」の数々がこれまで日本経済の強さを支えてきたのだ。日本の競争力低下とともに、そこがいま揺らいでいるという指摘が多いからこそ、各界の匠にスポットを当ててみたいー。

2012年12月号より

「SUVの日産」を築いたデザインの司令塔

先鋭的な「ジューク」

売れ筋車種がミニバンや軽自動車のいま、当然、室内空間重視の四角いクルマが全盛だ。そこに、若年層のクルマ離れやクルマのコモディティ化も重なり、「ハッ」として思わず振り返るようなクルマは、めっきり減ってしまった。そんな中で、日産自動車のSUV(スポーツ・ユーティリティ・ビークル)のラインナップがデザイン的にも異彩を放っている。「ジューク」(下の写真)や「デュアリス」(欧州名「キャシュカイ」)、「ムラーノ」などがそれだ。

ジュークつまらないデザインが多くなった国産車の中で、日産の「ジューク」は出色といえる。

特にジュークの趣味性の高いデザインは、好き嫌いもあるだろうが個性が際立つ。写真でもわかるように、まずフロントマスクが特徴的で、クーペライクなスタイルと塊感、全長は短いものの全幅が3ナンバーサイズなのでどっしりし、フロントガラスのAピラーを起こし気味にしてあるので視認性も良くなり、それがジューク全体の個性アップにも一役買っている。日産自動車で常務執行役員CCO(チーフ・クリエイティブ・オフィサー)を務める中村史郎氏はこう語る。

「SUVは、一言で言えばデザインの自由度がものすごく高いんです。また、SUVはクロスオーバーというジャンル表現もされるんですが、クロスオーバーというくらいですから、カテゴリーを超えている。だから、ユニークなクルマを作れる可能性がもともと高いんです。セダンやハッチバック、ミニバンなどは、形がどうしても限られてくるのに対し、クロスオーバーはデザインの幅も広くなる。逆に言うと、我々はかなり早い時点からSUVに目をつけてきました。ムラーノやキャシュカイもそうです。

ジュークに関していえば、ムラーノのように大きなSUVだったらこのデザインはダメ。可愛さが感じられるちょうどいい大きさがキモなんですよ。デザインのまとめで苦労したのは、リアのバランスをどう取るかというあたりでしたね。確かに、フロントのAピラーは寝かせたほうがカッコいいですけど、寝かさないでカッコよく見せる。それが視界の良さにつながり、だからか、女性にも人気があります」

海外、特に欧州市場ではコンパクトSUVが好まれる傾向がある。実際に他社の過去のクルマで、たとえばホンダの「HR-V」という小型SUVが、日本では個性的過ぎてヒットしなかったが、欧州ではかなりの台数を稼いだことがある。その点、いまやトヨタ自動車やホンダを凌駕する「SUV王国」の座をつかんだ日産も、キャシュカイやジュークが、なお欧州で大ヒットしているらしい。

「欧州では、キャシュカイの販売台数がいっこうに落ちていません。モデル末期に入ってきているにもかかわらず、前年比で10%、20%と伸びている。ジュークも、計画した台数よりもはるかに売れています。

デザインというのは、ある制約の中で、できるだけ魅力的なものを作るデザインと、いままでにないカテゴリーを作ってものすごくユニークなデザインで作るのと、二通りあるんですよ。ムラーノ、キャシュカイ、ジュークというのは後者で、我々にとっては得意な分野。かつ、日産がパイオニアだと思っています。ムラーノのようなクルマを作ったのもウチが最初(初代ムラーノは2002年に北米で登場、日本では04年から販売。現行の2代目は08年デビュー)ですし、キャシュカイもそう(07年デビュー)。ジューク(同10年)も、似たようなフォロワーのクルマが増えてきました」

いすゞ自動車から1999年に日産に転じた中村史郎氏。

ただし、1990年代までは日産のSUVに存在感があったとは言い難かった。たとえば、「Wild but formal」のコピーで大ヒットした「ハリアー」はトヨタだったし、日本でSUV市場を本格的に開拓したのは、ホンダの「CR?Ⅴ」だったといっていい。そのお株を日産が奪ったのは、90年代末、同社が経営危機に瀕してカルロス・ゴ―ン氏をトップに招聘したのと前後して、いすゞ自動車にいた中村氏をスカウトしたことが大きかった(移籍は99年)。

20年近く前の93年、東京モーターショーに出品された、いすゞのクロスオーバー車「ビークロス」は、独創的なフォルムやデザインで大きな話題をさらい、前述のハリアーやムラーノの登場にも影響を及ぼしたクルマだったといっていいが、そのビークロスのチーフデザイナーをしていたのが中村氏である。

「日産は一度潰れそうになって、その後のリバイバルプランの中で、やれることは何でもやろうということになり、新しいことにチャレンジできましたからね。会社が黒字になって安定してくると、普通はコンサバになるものですが、ゴーンさんは、キャラクターの弱い、プレーンで個性が薄いクルマはあまり好まないですし、さらにエボリューション、レボリューショナルなクルマを志向できるようになった。それが日産が強くなった証だと思います」

売れてナンボのデザイン

一車種で欧州日産の低迷を救うほどの存在になったキャシュカイは、欧州市場で最激戦区のCセグメントで戦うためのクルマとして開発された。同セグメントにはフォルクスワーゲンの「ゴルフ」、プジョーの「307」といった強豪ハッチバック車がひしめいており、簡単に勝てる市場ではない。

「定評のあるクルマがいろいろあって、日系メーカーのクルマがなかなか入り込めない市場でした。日産としても普通のハッチバックを作ったし、ミニバンやワゴンライクなクルマなど、トライはいろいろしました。で、キャシュカイはクロスオーバーで少し背を高くして、大きなタイヤでスポーティに仕上げたのです。

クロスオーバーは面白いクルマができるし、間違いなく求めている人がいるんですよ。ボディが上にリフトアップされているだけで運転しやすいし、スポーティでどこにでも出かけられる雰囲気がある。タイヤもデカいのでカッコいい。ムラーノからキャシュカイ、ジュークと、ホップ・ステップ・ジャンプで来ました。だから、ジュークのデザインで『こんなクルマを出して大丈夫か』と言う人は社内にはいなかったですね」

デザインの“かっ飛び度”から言えばまずジューク、次が先代の初代ムラーノ、その中間がキャシュカイという具合だが、「キャシュカイは、ちょうどいいユニークさで、ある程度オーソドックスさも残しています。ゴルフのハッチバックよりこっちだね、と思える範囲にデザインをもっていかないといけませんから。どのくらいデザインを飛ばすか、その距離感は、過去の成功と失敗によって蓄積されていくものです」

同じSUVで、日産には「エクストレイル」というスクエアフォルムのクルマもある(初代は2000年に登場)。同車は日本でもヒットし、フルモデルチェンジではキープコンセプトで出したが、国内外で好評を博した。売れたクルマのモデルチェンジはどうしてもコンサバ志向でキープコンセプトになりがちだが、「エクストレイルの場合は特例で、意図的に変えなかったんですよ。マーケット調査をするとコンサバになるものですが、いまの日産はマーケット調査もものすごくやった上で、すごく飛ばすデザインを作る点が強みだと思います」と言う。

会社が安定してマーケット調査が進んでくると、デザイナーのクリエイティビティ発揮の場は減ってくるのが普通だが、新たなヒット車でデザインの先進性を実証する、というのがいまの日産の姿だろうか。ユニークなクルマであれば話題にはなり、ある種のイメージ向上にはつながるものの、「デザインの価値は売れてナンボ」という意識が、かつての経営危機を通じて浸透しているのだろう。

デザインが先鋭的になると、実際に形にしていくエンジニアや生産部門のスタッフと、葛藤やせめぎ合いも出てくるのではとも思えるが、「多少、テールゲートやテールランプの形状で作りにくい部分は出てくるかもしれませんが、開発や企画のスタッフもカッコいいと思うと、割とスムーズに事が運ぶことが多く、これではユニーク過ぎると社内で抵抗に遭ったことはあまりない」そうだ。

現在、デザインスタジオは、ロサンゼルス、ロンドン、北京、東京の4拠点あり、どの開発プロジェクトにも各拠点から参加している。最初は4拠点でデザインコンペとなり、一旦決まればグローバルに協業のシステムができているようだ。ちなみに、ジュークは日英のデザインスタジオの合作によるもの。

「デザインは、ちょっと気を抜くとつまらなくなるんです。少しでもコンサバになると端的に表れてしまいますから。2代目というのはだいたい難しいんですよね。初代のほうが、そのクルマに込めた思いや狙いが、迷いなくストレートにデザインに出ますし。ムラーノは、先代のほうが印象的かもしれませんが、見ていてください、3代目は初代とは違う意味で皆さんを驚かせてみせます。次のジュークはここまでデザインを飛ばすと難しい? う~ん、デビューがまだ一昨年ですから、これからですね(笑)」

(本誌編集長・河野圭祐)

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