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経営戦記

「企業は人なり」――。大企業から中小企業まで、どんな企業であってもそれを動かしているのは人であり、意思決定するのは経営トップである。言葉を変えれば、どんな優良企業でも社長が変われば倒産するし、低迷企業も不死鳥のように蘇る。すなわち経営とは日々の戦いであり、経営者に求められるのは不断の努力と決断力だ。話題の企業の経営者はいったいどのような戦いを勝ち抜いてきたのか――

2015年3月号より

峰岸真澄 リクルートホールディングス社長兼CEO
峰岸真澄 リクルートホールディングス社長兼CEO

峰岸真澄
リクルートホールディングス社長兼CEO

みねぎし・ますみ 1964年1月24日生まれ。千葉県出身。立教大学経済学部卒。87年リクルート(現・リクルートホールディングス)に入社。92年新規事業開発室に異動し、結婚情報誌『ゼクシィ』の立ち上げに関わる。2003年、当時最年少の39歳で執行役員に就任。04年常務執行役員で、住宅情報事業の責任者となり『SUUMO』ブランドを構築。09年取締役兼常務執行役員に就き経営企画を担当。また、事業開発も担当して海外企業投資を積極化させ、12年4月に社長兼CEOに就いた。

持ち株会社化と株式上場。この2年余りでリクルートホールディングスは大きく変わった。多様なIT人材を擁する、インターネットメディア企業への進化をリードしてきた同社の峰岸真澄社長に、リクルートの残すべきもの、変えるべきことなどを含めて聞いた。

持ち株会社化と株式上場

〔リクルートが持ち株会社に移行し、傘下に7つの事業会社を持つリクルートホールディングスとなったのは2012年10月のこと。それからちょうど2年後の2014年10月、同社は東証1部に株式上場した。この2つのビッグイベントを指揮してきたのが、12年4月に社長に就いた本稿の峰岸真澄氏である。まずは、上場や持ち株会社化した狙いなどから振り返ってもらうと――〕

社長に就任する1年前から、リクルートグループの中長期戦略を策定するプロジェクトがスタートしていました。侃々諤々の議論の中で、成長戦略と事業戦略の方針を定め、それと対になる資本・財務戦略をどうするのか、という議論も併せてやりまして、当時、私はそのプロジェクトのリーダーだったのです。

で、資本・財務戦略としては未上場でなく上場で行こうと。その後、私が社長に就いた年の6月の株主総会で、上場を目指すと正式に申し上げ、10月に公開準備室を作って以降、2年かけて上場に向けて粛々とやってきました。

一方で、成長戦略の方針は12年から「グローバルナンバーワンを目指す」と内外で言ってきました。国内で成長して競争力を高め、その国内の競争力を武器に海外でも戦っていくぞと。

リクルートのDNAで企業文化でもある「起業家精神」「圧倒的な当事者意識」「個の可能性に期待し合う場」の3つを社内で再認識してもらい、それを支えてきた強みとは何なのか、変えてはいけないものは何なのかを伝えてきました。変えていくべきものはさまざまな分野でのIT化、変えてはいけないものは我々の企業文化です。

たとえば起業家精神を持った人材を採用するシステム、そういう人材が力を、より発揮するためのシステム。ビジネスプランコンテストはその1つの事例ですが、それも常に進化させていく。当事者意識を持つためのキャリアマネジメントを常に洗練していくこともそうですし、ナレッジシェアリングもどんどん進化しています。昔ながらの社員表彰式もちゃんとやっていますし、そういう企業文化を支えるシステムは、より深掘りさせていきたい。

リクルートの各事業部門を分社化した後の各会社って、1社で1000人から2000人くらいの規模感なんです。これは1980年代のリクルートと同じ規模ですよ。今後、持続的な成長をさせていくためには、たとえば人材や住まいの領域の会社がそれぞれの市場にもっと対峙し、あるいはユーザーにもっと向き合っていかないといけない。分社化させることで、スピーディー、かつ専門領域の一層の磨き込みを一番の眼目に置きました。

〔創業者の江副浩正氏から始まり、位田尚隆氏、河野栄子氏、そして前社長の柏木斉氏とバトンリレーしてきたが、峰岸氏に代わってから、明らかにIT化対応へのアクセルの踏み込みが強まった。企業と消費者のマッチングサービスという事業の核はぶれていないが、そのソリューション法が、時代の要請もあってアプリ開発などに大きくシフトしてきているからだ〕

まずはビジョンありきのマネジメントシステム、経営理念、企業文化、これは変えません。パソコンで言うならOSですね。でも、アプリケーションのソフトは変わっていきます。ここ数年で言えば、インターネットのビジネスもスマートデバイスやクラウドの時代になりました。

当社もこれまで幾多の情報誌を発行し、フリーペーパーもやり、インターネット時代にも対応しましたが、インターネットの初期、いわばウェブ1.0の頃にやや乗り遅れたことから、現在のクラウドやスマホが牽引するウェブ3.0や4.0の時代は、初期の段階でリードしていく存在になりたい。

当然、人材もITに明るく詳しい人、あるいは熱意のある人が重点的な採用基準になります。とりわけ、当社で「IT人材」と定義しているビッグデータアナリスト、いわばデータ解析の職種ですね。あるいはインターネットマーケティングに長けたスキルを保有している人材は、12年4月の社長就任段階は約400人でしたが、15年4月には約1200人と、3倍になる予定なんです。

いまやスマートデバイスとクラウドを駆使して、数百万円でインターネットのサービスの立ち上げができてしまう時代です。なので、昔流に大きく事業を立ち上げるビジネスがある一方で、インターネット社会では小さく立ち上げて時間をかけ、それから大きく育てていく方法もあるわけです。

12年に買収したインディード社(米国の求人検索サイト大手)と共同で、昨年2月に恵比寿(東京・渋谷区)に「エンジニアハブ」というグローバルエンジニア養成所も作りました。立ち上げ時は数人でしたが、いまは20人以上にまで増え、この4月には60人近い所帯になる予定です。ここで、優秀なIT人材に何年か働いてもらい、リクルートグループのそれぞれの事業会社で、新しいインターネットサービスの開発をしてもらう。そういう循環を作りたいと思っています。

導入店増える「Airレジ」

〔こうして、リクルートグループが提供してヒットした最近の新サービスは、アプリが主流になってきている。たとえば、月額980円で予備校講師の授業動画1000本が見放題になる「受験サプリ」、ほかにも飲食店の会計業務負荷を削減するPOSレジアプリの「Airレジ」や、美容室、ネイル、エステサロン等の予約や顧客管理システムアプリの「サロンボード」といったサービスがその代表例だ〕

企業と消費者のマッチングサービスでソリューション型アプリを送り出しているリクルートホールディング

企業の情報と消費者の利便性をマッチングするのが我々の使命ですが、消費者は、より良い情報選択をしたいけれども、一生懸命ではなく簡単にしたいわけですね。簡単に探して偶然、いい情報を見つけたらすごく良かったというのが一番嬉しいわけじゃないですか。そういう意味では、企業側が発信する情報も鮮度や価値が重要です。

たとえばAirレジ。飲食店のスタッフは、オーダーを取ったり配膳したりレジで会計したりと、とても忙しいものです。なので空席情報をインターネットにインプットする手間暇をかけている時間がないと。当社のビジネスアプリケーションのエンジニアがそういう声を聞いて、ならばということで考えたのがAirレジでした。AirレジはiPadにメニューが表示されてオーダーができますから、まずこの手間が省けますし、空席も自動的にアップします。かつ、それが決済のレジにもつながっていく。

教育ならば、受験サプリで地域格差、家庭の経済格差で予備校に行けないという問題を解決する。Airレジやサロンボードは、中小零細企業の生産性向上、業務削減に貢献していく。

ほかにも、少子高齢化社会における介護、あるいは地方、地域ごとに街の再生や活性化に対してのサービスなどにも重点的に取り組んでいきます。消費者にも、より便利に、より多くの情報をたくさん届けたい。この循環でマッチングする膨大なデータが集まるので、そのビッグデータをしっかり分析する。分析することで、マッチングの効率が、より高まるというサイクルです。

「ゼクシィ」成功の功労者

〔ここからはしばらく、峰岸氏の軌跡を辿ってみよう。年少の頃から漠然と青年実業家を夢みていた同氏は、立教大学時代にパーティなどのイベントを手がけるプロデュース研究会に所属。他大学の仲間に、当時明治学院大学にいた宇野康秀氏(元USEN社長)らがいた。

その後、峰岸氏はリクルートに入社するわけだが、当初は学べるだけ学んで3年勤めたら起業するつもりだったという。が、入社後の仕事でメキメキと頭角を現した同氏は、社内でも指折りの“営業伝説”を作って存在感を高めていった〕

最初の仕事は、当時の新規事業だった中古車情報誌の「カーセンサー」です。中古車販売店への営業ですから、これは起業への近道としてはもってこいだと。とはいえ、まだ新米ですからカーセンサーの説明だけしても相手にされないので、中古車販売店の社長さんと一緒に毎朝、洗車をしたり展示車を移動させたりすることで、個人的な信頼感を持ってもらうことを心がけました。

ただ、そういう活動は本質ではなくて、顧客の売り上げを上げることが大事だと気付いたのです。その観点から、カーセンサーをどう活用してもらうか。それからはどんどん取引も拡大して情報誌の売り上げも伸びて、また新しい提案をしてという好循環に入りました。それで、辞める機会を逸してしまった(笑)。

そうこうしているうちに6年、7年と経ち、そろそろ辞めてもいいだろうと思っていたら、また新規事業の話があって、今度は(結婚情報誌の)「ゼクシィ」に来ないかと。当時はまだ、誌名も決まっていませんでした。ブライダルのインフォメーションサービスの立ち上げをやるという漠然としたものです。

ここでは、リクルートのビジネスモデルを1から100にする経験をしました。これまでブライダルの月刊誌がなかった市場へ投入しましたが、初めの2年間は厳しくて、廃刊になるのではという社内的な噂もあったほどです。では、なぜ軌道に乗りきれなかったのかと言えば、価値をフォーカスしていなかったんですね。当初は、出会いや交際、それに結婚までを網羅した情報誌でした。それをブライダルにフォーカスするようになってブレークしたんです。

もう1つは、ブライダルというのは一生で何度も経験しないので、かつては結婚式場の選択や婚礼写真、ウエディングドレスなどの貸し衣装がいくらかかるといった情報があればよかった。いわばストック情報です。それをフロー情報に変えて、たとえば毎月のブライダルフェアを掲載していったりしました。

そうやって価値創造の醍醐味を経験して、売上高をゼロから200億円以上にまで伸ばし、ゼクシィに関わるスタッフが1000人ぐらいになるまでずっと私が引っ張っていきました。ゼクシィ在籍期間の後半5年ぐらいは、ほとんど中小企業の創業社長みたいな感じでしたね。

その後、住宅情報分野に異動し、ここでは事業変革の経験を学びました。ゼクシィとは違って、すでに30年ぐらいの歴史がある事業部門で、売上高が当時で500億円超え、従業員も2000人以上で、ゼクシィの部隊の倍ぐらいの規模感ですが、ここで「週刊住宅情報」というブランドを「SUUMO」に変えました。住宅情報部門では、いわば戦略と戦力を時代にアジャストさせていくことで事業変革をしていく、そういうプロセスを手がけたわけです。

業績はEBITDA最重視

〔さて、2015年3月期のリクルートHDの業績見通しは、売上高1兆2900億円、営業利益1210億円、純利益660億円で、自己資本比率は66.4%。かつてピーク時には1兆8000億円もあった有利子負債は、いまや382億円と、実質無借金だ。

ただ、峰岸氏が強調する最重要指標は、これらのいずれの数字でもない。営業利益に減価償却費とのれん償却費を足し合わせた、EBITDA(今期は1910億円の見込み)を大事にしているからだ〕

毎期毎期、このEBITDAを5%以上伸ばしていくことを主眼に置いています。なぜEBITDAかと言えば、グローバル展開を推進していく中で、海外の企業を買収ないし出資する時に、何を比較対象として見るのか考えると、EBITDAしかないからです。世界各国で会計基準が微妙に違っていて、償却項目の考え方や税率も違います。

EBITDAは経営実態を一番端的に示している指標ですし、割とキャッシュフローの概念に近いので、その数値を上げていくことは、キャッシュフローの力を強くしていくことに近づくことにもなります。

たとえば、M&Aをするとのれん償却がかかってくるので、営業利益や純利益は、本業のキャッシュフローが強くても、会計上ののれん償却がマイナスとして乗っかってくる。ですから株主還元の配当についても、当期純利益にのれん償却額を足し戻して、そのグロスに対して25%程度を配当原資とする考え方でやっています。

逆に言えば、のれん償却を取り除いた純利益の配当性向で見れば40%ぐらいの高配当性向ということになる。現在は、IFRS(世界共通の国際財務報告基準)の導入も検討しているところです。

〔今後、商社をはじめとしてIFRS導入企業が増えていく見込みだが、資生堂やユニ・チャーム、JTといった企業をはじめ、決算期も海外の企業に揃えて12月期に変更するところが増えてきている〕

決算期の変更の可能性もなくはないですね。悩みの種というか、いつもどうしようかなとは思っているんですけど。

とりあえず、来期はいまの3月期のままでやりますが、確かに海外の企業は12月で決算数字を締めるので、M&Aや資本参加した企業の戦略を先に決めないといけない。

そういう実務的な問題があるので、国内の決め事もやや早く決めるといった形でいまのところ対応していますが、グローバル戦略を進展させる上で、決算期変更は今後も検討課題になると思います。

(構成=本誌編集委員・河野圭祐)

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