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企業の匠

製造業、サービスを問わず、企業には「◯△の生みの親」、「△◯の達人」と呼ばれる人がいる。
そうした、いわば「匠の技」の数々がこれまで日本経済の強さを支えてきたのだ。日本の競争力低下とともに、そこがいま揺らいでいるという指摘が多いからこそ、各界の匠にスポットを当ててみたいー。

2015年3月号より

“2年で会員250万人に達したハイブリッド書店の「honto」 トゥ・デファクト社長を務める加藤嘉則氏

グループ書店は1千店超

トゥ・デファクト社長を務める加藤嘉則氏。

「honto」(ホント)というサービスをご存じだろうか。大日本印刷(DNP)が中心になって手掛けているもので、端的に言えば、書店などにおける会員サービスだ。

丸善やジュンク堂書店などで本を購入する際、hontoカードを提示すれば、価格の1%のポイントが付与される。またhonto会員は会員向け電子書籍を購入することもできる。

このhonto事業を行っているのが、DNPグループが60%、NTTドコモが40%出資するトゥ・デファクト(2Defacto)で、この会社の加藤嘉則社長が、本稿の主人公だ。

その前に、なぜ印刷会社のDNPが書店サービスを行うのか、簡単に説明しよう。

言うまでもないが、デジタル化の進展で、出版業界は構造不況業種となり、出版市場は年々縮小している。1996年の2兆6564億円をピークに、2013年には1兆6823億円にまで落ち込んだ。全国の書店の数にいたっては、15年前には2万2000店あったものが、1万4000店に減少している。いまでは書店が1店もない市町村も珍しいことではなくなった。

この出版不況は、日本最大の印刷会社であるDNPにとって座視できる問題ではない。いまでは電子関連の売り上げが出版印刷よりはるかに大きくなってはいるものの「出版は文化」を自負するDNPは、5年ほど前から、積極的に出版流通にかかわるようになった。

2008年には図書館向け取次の図書館流通センター、大型書店の丸善に出資。翌09年にはジュンク堂、中古書店のブックオフ、10年には文教堂、雄松堂にも出資した。現在、これらグループ書店は全国に1200店に達している。それ以外にも、主婦の友社と資本提携するなど、出版、流通のあらゆる分野で関与を強めている。

hontoは、このDNPグループの書店の利用者の利便性を最大化することを目指している。前述のようなポイントサービスやEC書店、そして電子書籍と、フルラインで提供することで、「読みたい本を、読みたい時に、読みたい形で提供する」(加藤社長)。

確かにhonto会員にしてみれば、さまざまな形で本が読めるのはうれしい話である。「出版は文化」と言い切るDNPにしても、こうしたサービスを提供することにより、読者人口を少しでも増やそうという意思がそこにはある。

14年度の日本の電子書籍市場は推計1400億円。これが18年度には3340億円へと急拡大すると見られている。現在の出版市場の2割に相当するだけに、DNPとしてはこの分野を拡充することは必然だった。

サービスを開始したのは12年5月のこと。以来2年を経ずに会員数は200万人を突破、250万人に迫っている。男女比は男55%、女45%で、20~40代が大半を占める。

スマホなどによる電子書籍までが楽しめる「honto」。

電子書籍にはhonto以外にも、アマゾンのキンドルストア、楽天のkobo、ソニーのリーダー、アップルのアップストアなど20を優に超える。その中にあってhontoは、購入したことのある電子書籍としてはキンドル、kobo、リーダーに次いで4位、さらに満足度では他の電子書籍を抑えてトップに立っているという。

ただし書店にとっては、hontoが電子書籍を手掛けることは、自らの競合相手を作り出しているようなものでもある。実際、グループ書店の中には、電子書籍に対して批判的な声もあったという。

「ところが、いまでは電子書籍を扱うことは当たり前になりました。そして電子書籍やECなど、さまざまなチャネルを利用している人ほど、毎月、書籍に関する支出が多いことがわかってきました」(加藤社長)

たとえば、ECとリアル店舗を利用している人の月次顧客単価が7900円、電子書籍とリアル店舗では6000円なのに対し、3つすべてのチャンネルを利用している人の客単価は1万300円に達している。本好きであればあるほど、さまざまな機会を利用して読書していることがここからもわかる。

また、honto導入前と導入後では、書店における1人当たりの買う量が8%増えたとのデータもある。

「リアルとEC、電子書籍とハイブリッドで提供することによって、プラスサムが実現できています」と加藤社長は言う。

このことからも、デジタル化の進展は、必ずしも読者人口の減少に結びつかないことがよくわかる。むしろデジタル化によって新たな読者獲得につながっているという側面も見えてきた。

半額で買える電子書籍

だからこそ加藤社長は、honto会員をさらに増やしていくことに貪欲だ。「年間100万人ずつ増えているとはいえ、人口比として考えればまだまだ少ない。会員が増えることは、読書体験が広がることを意味しています」

そこでhontoでは、2014年末から新たなサービスを次々と打ち出している。たとえば「honto with」というスマホ用アプリを提供することで、自分のほしい本が近所のどこの書店にあるか検索できるようになった。

また、中古買い取りサービスも間もなく開始する。これは、グループにブックオフがあるからこそ可能なサービスだ。読んだ本をブックオフに売るところまでは同じで、現金による買い取りも行っているが、現金でなくhontoポイントによる支払いの場合、通常1%のポイント付与が10倍になるという得点もある。たとえば1000円で本を売った場合、現金なら1000円プラス10円分のポイントだが、ポイントの支払いなら、1100円のポイントをもらえるというものだ。

hontoポイントカード。通常、100円につき1ポイントたまる。

「このポイントをまたDNPグループの書店や電子書籍で使ってもらえれば、すべてがDNPグループの中で循環していきます。この循環サイクルをどんどん大きくしていきたい」(加藤社長)

そしてもうひとつ「読割50」というサービスも開始する。これは、紙書籍をグループ書店やEC書店で購入した場合、その書籍の電子版を5割の価格で購入できるというものだ。現在は電子書籍化されていないものでも、将来、電子化されたら、その段階で購入することができるという。

雑誌なら、代官山(東京・渋谷区)の蔦谷書店で、購入した雑誌の電子版が無料で読めるというサービスを始めている。また新聞なら、日経新聞などは毎月の購読料4509円に1000円を上乗せすることで本紙+電子版を読める。

それに比較して電子版が半額という価格設定が少し高いような気もするが、読書機会を増やしていくというその試みが、読者にどう評価されるか、興味深い。

加藤社長は1986年にDNPに入社した。画像処理用コンピュータの販売を担当、その後IT系の事業部門を歩き、M&AAやベンチャー投資案件にも関わるなど、印刷事業とはまったく関係ない部門を歩いてきた。その意味で、honto事業にはうってつけの人材と言えるかもしれない。

「これまでDNPのライバルは凸版印刷でしたが、いまではアマゾンがライバルになるなど、新しい時代を迎えています。DNPにとっても新たなチャレンジです。トゥ・デファクトの社員は大半が中途採用でDNPの社員はほとんどいません。ここから新しい企業文化を発信していけたらいいと思いますね」

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