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企業の匠

製造業、サービスを問わず、企業には「◯△の生みの親」、「△◯の達人」と呼ばれる人がいる。
そうした、いわば「匠の技」の数々がこれまで日本経済の強さを支えてきたのだ。日本の競争力低下とともに、そこがいま揺らいでいるという指摘が多いからこそ、各界の匠にスポットを当ててみたいー。

2017年2月号より

エレベーターの到着音は「拍子木」大手町の日本旅館「星のや東京」

東京・大手町という、大都会のど真ん中でオープンした日本旅館の「星のや東京」。運営を手がける星野リゾートにとっても、ここは将来、海外の大都市に日本旅館を展開する上で、重要な起点になる施設だ。

京都の庭師が、しつらえ

東京の大手町という指折りのオフィス街で異彩を放つ建物、それが2016年7月20日に開業した、星野リゾートが手がける日本旅館、「星のや東京」だ。建物外観は重箱をモチーフにしたデザインで、“塔の日本旅館”がコンセプトになっており、最上階には天然温泉の大浴場もある。宿泊者は玄関で靴を脱ぎ、和風の下駄箱に靴を預ける。周辺はコンクリートジャングルで高層ビルが屹立しているだけに、何から何まで和のテイストで和ませてくれる「星のや東京」は、エントランスに入った途端、訪れる人をホッとする空間で包んでくれるのだ。

「星のや東京」の随所にこだわりを盛り込んだ馬場義徳氏。

上階に上がるエレベーターを利用すると、同社のこだわりの1つが伝わってくる。エレベーターの床面は畳が使用され側面は木を使用、い草の香りが心地いい。そして、一番の圧巻は目的フロアに着いてエレベータードアが開く瞬間だ。普通は、エレベーターの到着音は「ピンポーン」といった感じが一般的だが、和の世界観に統一するため、エレベーターの到着音に拍子木の音を使ったのである。星野リゾートの企画開発部プロジェクトプロデューサー(一級建築士・金融戦略MBA)の馬場義徳氏はこう語る。

「エレベーターの音はすごく思い入れのある部分です。まずは床を畳にしようと。玄関から客室まで、ずっと同じ畳でつなげることで、要は玄関に入った瞬間にお部屋が始まっていますよ、ということをお伝えしています。で、旅館の建設途中、現場を確認に行った時に『ピンポーン』というエレベーターの到着音が聞こえて、『ん? これは待てよ。この音を聞いた瞬間にお客様が日常に戻ってしまう。自分のオフィスのエレベーターと同じような音が聞こえたら、仕事を思い出してしまうんじゃないか』と考えました」

馬場氏が疑問を感じた時点で、すでにエレベーターの仕様は決まっていたのだが、少し無理を言って変更をお願いしたという。同氏が続ける。

「日本らしい、太鼓の『ドドーン』とか『カッチン』とかいろんな和風の音があるじゃないですか。そこを社内で急いで協議して、太鼓だと響き過ぎる。では、拍子木ならどうか。これなら、エレベーターが開く感じが表現できるのかなと。日本旅館にあるべきエレベーター、並びにその音にはこだわりましたね」

エントランスの扉を開けた途端、和のテイスト空間が広がる。

もう1点こだわったのが、庭の在り方だった。一般的には、門があって庭があり、その後ろの建物へと通じていく。だが、大手町という一等地のオフィス街では、そのような空間を確保するのは難しい。そこでランドスケープのデザイナーと協議の末、石の貼り方を庭のように展開していくことで解決したという。「星のや東京」の庭は、近隣の大きなビルから旅館という小さな建物の世界観へと、宿泊者の気持ちを切り替えてもらう重要な入口。それだけに、わざわざ京都から腕利きの庭師に来てもらい、しつらえている。

日本旅館を世界に発信

「星のや東京」は地上18階建てで、3階から16階まで計84室の客室が用意されており、1フロア6室。旅館の立てつけとしては、6室しかない旅館を14層重ねたという設定で、各フロアに置かれている「お茶の間ラウンジ」も特徴の1つだ。従来とは違う、重箱を重ねたような塔の旅館というコンセプトだからこそ生まれたものといえる。お茶の間ラウンジには夜間以外はスタッフが常駐し、朝ならおにぎりやみそ汁、カフェタイムにはコーヒー、あるいは抹茶や日本酒なども用意している。

「『お茶の間ラウンジ』は、そのフロアにお泊りの方が使える、セミプライベートな空間なんです。自宅にいる時にお茶を飲みに行く場所のように、気軽に使っていただきたいという思いがありまして、お茶の間とお泊りのお部屋を一体にして使っていただくわけです」

旅館の外観デザインコンセプトは重箱を重ねた塔のイメージ。

馬場氏は早稲田大学大学院で建築工学を修め、1999年に西武建設に入社し、同社には08年夏まで在籍した。西武建設時代は、「横浜八景島シーパラダイス」の水族館、「としまえん庭の湯」という日帰り温泉施設、あるいは軽井沢のアウトレットの増床、スキー場のゲレンデ改良などの仕事をこなした。だがその後、西武鉄道が有価証券報告虚偽記載問題で上場廃止となり、経営陣の一新や西武グループの再編成、リストラの過程で、新規の開発案件が一旦、減っていってしまう。

「そこで、ビジネスや投資家の人たちの考えを、より知りたいと思って一橋大学大学院で学ぶことにしました。その後、一橋大の教授を介してヘッドハンターの方を紹介されまして、『星野リゾートという会社はどうか』と。入社して、すぐに携わったのが『星のや京都』でした。

その後、将来の展開で海外を見据えた時に、これまでリゾート地ばかりで行っていた事業に対して、海外に出ていくには1度、東京に旅館を出すべきとの議論になったんです」

各フロアに設けた「お茶の間ラウンジ」も売りの1つだ。

「星のや東京」は、大都会のど真ん中に出した日本旅館という点で、ニューヨーク、パリ、ロンドン、シンガポールといった海外の主要都市に星野リゾート流の旅館を手がける、橋頭堡にもなった。宿泊料金は、税サービス料込みで1室1泊7万8000円からで食事付きではないが、ここに泊まった外国人観光客の口コミなどを考えれば、日本発の旅館が世界に打って出る日は、そう遠くないだろう。

(本誌編集委員・河野圭祐)

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