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2018年1月号より

“家族化経営”で離職率低下 三代目社長の人材育成法 鈴木拓将 矢場とん社長
木村奈津子 ホームアウェイ日本支社長

鈴木拓将 矢場とん社長

すずき・たくまさ 1973年生まれ。名古屋市出身。96年中部大学経営情報学部卒業後、ヒルトン名古屋入社。98年矢場とん入社。2014年社長(三代目)に就任。

「働き方改革」が叫ばれるようになって久しいが、その端緒は長時間労働や残業代未払いなどに代表されるブラック企業問題だった。なかでも外食産業はその傾向が顕著と言われ、大卒3年以内の離職率は50%を超える。そんななか、離職率がわずか9%という数字を誇るのが、名古屋名物みそかつで店舗展開する矢場とんだ。国内22店舗、海外2店舗の中堅だが、この離職率の低さはどう実現できたのか、矢場とん三代目社長の鈴木拓将氏に話を聞いた。

悩ましい労働環境

── 外食産業はブラック企業のイメージが定着してしまっています。一般論として、外食の経営をどのように見ていますか。
外食産業は、大きく分けると3つのパターンがあります。1つは、東京などで多いですが、客単価で3万円くらいとるような専門の職人さんが素材にこだわる専門店のような店。もう1つが大手として上場するような大きなチェーン店。そして私どものような中小の店です。

この中小の店は、複数店舗構えているものの、中途半端な規模で、社会保険や厚生年金に入っていなかったりする会社が多すぎる。従業員の残業代をつけていないのに、オーナーはベンツに乗っていたりと、こういう企業が多いのが飲食サービスのよくないところだなと思います。

矢場とんは1947年創業で70年になりますが、小規模ながらもともと社会保険等には入っていましたので、先代からきちんとやってきたんだなと思います。

── 社会保険や残業代が付かない企業が多いことは驚きですね。
働き方改革で労働時間や未払い残業が注目されましたが、業界のいろんな人と話をしても、残業代が付かない会社は多い印象がありますね。残業代をしっかり払うのは当然としても、8時間労働を厳守するのは、どこも簡単ではないですね。

── 人手不足もあります。半面、残業が減ることで収入が減るという人も多いのではないですか。
そうなんです。私が考えなくてはいけないのは、8時間労働で給料を30万円与えるにはどうしたらよいのか、ということです。これを成り立たせて、かつ残業代もきちんとつけるのは、なかなか難しい。

── やはり飲食店の給料は一般的に安いですか。
そう思います。飲食の場合は、例えば食事も基本的についてきますので、出費の面で1カ月に使うお金が少ないんです。食事代に1000円とか使うと思いますが、その分だけで月に2万円は変わります。まして手に職が付いて独立がしやすい。こうしたところで、慣例的に飲食の賃金は低かった。これからは飲食のサラリーマンも増えてくると思いますので、変えていかなくてはいけないと思います。

── 収入が減るというのは、働く側にとっても考えものですね。
これは私の失敗例として聞いてください。

最近、私が救えなかった人が1人いるんです。2年目の社員で40代前半、900万円の借金ができた。昔だったら、こういう人を救うことができたんです。週に1日休んで朝から晩まで働けば、手取りで30万円以上は絶対に稼げます。実家で独身の人だったので、家賃もなく、月に15万円ずつ払って5年で900万円くらいなら返せる。会社で貸してあげて、それで終わりという解決方法だったのですが、その人は1年くらい働いて、労基に駆け込んだ。退職したので、救えなかった事実が残ったわけです。ウチの親父やおじいさんは、そうして救ってきたのに、私は救えない。このご時世では、やるべきではないのかもしれない。

飲食店はアルバイトと社員の差がわからない状況になりつつあります。正社員でも時間を数えている。そこにこだわると職人も育たなくなるので、難しい問題です。

日報を読むのが仕事

── とはいえ、矢場とんは離職率が他社に比べて非常に低い。どういった取り組みをしているのですか。
飲食店に来る子は、自分が何をしていいのかわからない、いじめられっ子、自分の意見を持っていない子が多いんです。調理師学校を見てもそういう傾向があるのですが、高校を途中でやめたり、高校に行きたくないから調理師学校に行って通信で高校の課程をとるような、ふつうに進学できなかった人が多い。

表現は難しいのですが、そういう子は友達が少ない。ですから、職場で同じような環境になれば、すぐに辞めてしまいます。光ったことがない子たちなので、光らせてあげることができれば、歯を食いしばってがんばる。キャベツを切るのがうまいとか、毎日朝いちばんに来るとか、そういうことでもいいので、自信を持たせてあげることで、だんだん光ってくる。

── 社員1人ひとりを個人として見ていく家族的な経営は、店舗数が増えるにつれ、難しくなっていきませんか。
自分が社長だから、それをやるのではなく、代々親たちがそうやってきたから自分もやろうと思っているだけです。先ほど失敗例の話をしましたけど、自分自身の力がないからその人を救ってあげることができなかった。これは店舗が多いからとか、大きくなってきたからという言葉で片付けたくない。私自身が成長すれば、後に続いてくれる社員が育ってくる。そうやって下につなげていけば、救える人も増えていきます。

── 全社員に日報をつけさせているそうですね。
日報と言っても、例えば朝から雨で客足が伸びませんでした、なんてことを書く必要はありません。私は売り上げを追っているわけではない。それよりも、自分自身が悩んでいること、後輩に教えているんだけど伝わらないとか、お客様からのクレームについて取り組みに悩んでいるとか、一生懸命取り組んでいることについて書いてほしい。書いてくれればいくらでも手を差し伸べることができます。この日報を読むことが、社長の一番の仕事だと思っています。

日報を読んでいると、がんばっていたやつがガソリン切れみたいに止まっていることもわかります。そんな時は、昔の日報を読ませたりすることで、なぜいま調子が下がっているのか、どうすればよくなるのかわかったりする。

また、毎月研修会をやっているんですが、私はチーフ、サブチーフ、サブチーフ候補とこの3つの肩書の研修をやっています。そこでは「最近どう?」からしか始めない。何もないなら私は「帰る」と。1カ月もあれば、店舗の問題点はいっぱいあるんです。下の子たちが苦しんでいることを持ってこれないなら、どこを見て働いているのか。

── 社長に直訴できるチャンス。
そう! 会社批判になるとか気を遣っているうちは役職を上にあげられない。会社がやっていることはすべて正しいとは限らない。「お前らが会社をよくしていくって、そういうことだろう」と。

── 家族同伴の3者面談までやっているとか。
これは家族の理解が必要だということ。自分たちだけじゃなくて、家族の支えがあるからできる。もともと母親がやっていたのですが、ちゃんと奥さんとかとの距離感を縮めていれば、家族の背中を押してくれたり、応援してくれる人たちがいて、ちゃんと働ける。僕自身、スタッフみんなに言うのは、会社のために働いているスタッフなんて1人もいないぞと。会社のために仕事をする必要はないし、家族を幸せにするために働いているはずで、その手法として会社をよくしていこうというのがあるだけです。

── 会社ではなく、社員の人生にやりがいを与えるわけですね。
もともと、ウチに来たら、仕事を通して立派になろう、人として成長しようというのが大事なことです。親としても立派になれるようにとか、いろんなことを学んで経験しなくてはならない。それでカンボジアの学校を作ろうと賄いを食べると100円募金する形にして、毎月学校運営費用に充てています。08年に矢場とんスクールを開校して、2年に1度、カンボジアまで視察に行き、現地の人の生きる強さや幸せについて考えるきっかけを作っています。

たぶん5年以上働いた人の辞める理由は「これ以上、成長は見込めない」です。日々成長できていることを実感できれば、辞めようという気持ちにはならない。まあ、食材はいっぱいあるので、食っていくことはできるんで(笑)。

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