2015年6月号より
経営権を巡る対立
大塚家具のプロキシーファイトは大変な騒ぎでした。しかし、いま私もアメリカで、ある企業の経営権を巡って対立しているところです。
アキュセラは窪田良氏(現アキュセラ会長)が設立した加齢黄斑変性の飲み薬を開発している会社で、私どもの出資先です。加齢黄斑変性とは、加齢によって、網膜の中心にある黄斑部が異常を来し、徐々に視力が低下していく病気。欧米では失明原因の1位に位置付けられ、全世界で約1億2000万人の患者がいると言われています。
現在のところ効果的な治療薬はなく、この開発に挑戦をしているのが窪田氏です。アキュセラが開発した薬は臨床実験でフェーズ2b/3まできており、もう一歩のところです。だから何とか応援してあげたい。
ところが、アメリカというのは恐ろしい国で、窪田氏が現地で選んだ役員たちが昨年の終わりにクーデターを起こしたようです。窪田氏がCEOを降りなければ役員全員が辞めると。
理由はいくつか挙げられていたものの、私には納得できるようなものではなかったわけです。もうすぐ薬として認可が下りれば、大変な利益になりますから、会社を乗っ取ろうと彼を追い出しにかかったのではと危惧します。
しかし窪田氏とSBIホールディングスの持ち分を足せば、発行済み株式の50%を超えます。臨時株主総会の開催を要請したにもかかわらず、現経営陣は拒否してきた。そこで裁判所に申し立てをして、5月1日に臨時株主総会を開催するよう命令が下りたところです。
株主とは何か
まずは株主について説明をしたほうがわかりやすい。世界初の株式会社はオランダ東インド会社であり、多くの人から資金を集め、それを事業に使っていくことが広まっていった。しかし、会社の規模が大きくなるにしたがい、会社の「所有」と「経営」が分離していくようになります。
この所有と経営の分離に関して、最初に経営学の世界で論じたのはアドルフ・バーリとガーディナー・ミーンズの2人。1932年に『The Modern Corporation and Private Property』という本を書いた。この本のデータは、29年ごろの話がベースになっていますが、グレートクラッシュ、ウォール街で歴史的な株の大暴落があった局面です。この本では、所有と経営が分離した結果、経営者が勝手なことをやり始めたために、大暴落のようなことが生じたと書かれています。
一方で、所有と経営が分離する状況のなかで、いかに株式投資のパフォーマンスを高いものにしていくかが、重要なテーマになりました。50年代にハリー・マーコウィッツがモダンポートフォリオ理論を書いた。ポートフォリオを分散して株を持つことがパフォーマンスをよくし、狙い撃ちして1銘柄に投資するのはダメだという発想です。分散や平均といった概念が重要視されてきた時代です。
マーコウィッツ以降、いかにパフォーマンスをよくするかという理論が展開されていくわけですが、アメリカでは特にエリサ法(従業員退職所得保障法、1974年)が施行されて以降、どうすればいい運用ができるのか、厳しい目で見られるようになりました。退職年金基金をはじめ、運用する機関投資家は、経営をきちんとモニタリングしなければならなくなった。だからアナリストが会社訪問をしたり、話を聞くということがなされてきたわけです。こうした積み重ねで運用のノウハウもどんどん改善され、運用のための法整備も進展していく。所有と経営は当たり前のように分離されているわけで、経営者は経営の専門家として、きちんと仕事をしているかチェックされるようになりました。
投資家にすれば、株式投資のパフォーマンスが上がればいい。しかし、パフォーマンスの向上と会社をきちんと運営していくことが、果たして同じなのかという、非常にファンダメンタルなクエスチョンができたわけです。
ミルトン・フリードマン等は、企業経営者のたった1つの目的は、株主のために利益を上げることだと言っていた。これがアメリカの基本的な姿勢です。しかし、これで本当によいのか。
特に上場企業ではそうですが、公のなかに会社は存在している。公は社会とも置き換えられますが、社会のなかに存在して、社会のために貢献することが、企業の重要な使命としてあるわけです。会社を取り巻く環境を考えてみると、株主もいる、取引先もある。取引先にも、売る相手と仕入先がいる。地域社会も、会社を取り巻く多くの利害関係者(ステークホルダー)です。会社が公害を発生させたとなれば、地域社会全部が困る。PM2.5は、中国国内に留まらず、日本まで影響を受けている。公害を防ぐ社会的なコストは企業がちゃんと払いなさいという考え方もあります。
しかし、利害関係者の利害は、必ずしも一方向ではない。企業が社会的コストを負担すれば、会社の利益は落ちます。だから経営者の役割は、会社の利益を上げるだけではなく、地域社会の様々な利害関係者と利害の調整を図っていくこと。そして末永く、社会の永続企業として存在させることなのです。
松下幸之助さんは、1974年という早い時期から企業の社会的責任を言われ始めました。CSRという言葉が出てくるより以前のことです。松下さんが訴えたことで、日本企業の多くは、早い段階から企業の社会的責任を認識していました。アメリカのように利益第一、ROE第一ではなかった。暴利をむさぼるのではなく、社会的コストも払うという土壌があったわけです。
企業価値とIR
企業の価値とは、株式の時価総額と負債総額を足したものだ、というのがアメリカのビジネススクールで習う考え方。しかし、会社はそれだけではありません。私の考え方では、会社の価値を決めているのは、やはりお客さんです。商品を買ってくれるお客さん、あるいはサービスを享受してくれるお客さんがいなければ、この会社は終わりです。企業が顧客のために生み出す価値。これを私は顧客価値と呼んでいます。それはどこで計るかと言えば、例えば顧客満足度であり、顧客数などです。
もう一つは人材価値。会社のなかの役職員こそ企業の競争力を生み出す源泉です。次々と革新的技術を生み出している人が1人いなくなれば、その会社は引き続き技術を生み出せるかわからない。企業の価値は落ちます。企業の価値の源泉は、結局、人なんです。お金ではない。
一般に言う、株式の時価総額プラス負債総額とは、狭い意味の企業価値です。これに顧客価値と人材価値を加えたものが、本当の企業価値だと考えています。顧客が喜ぶ商品やサービスを提供すれば、お客さんがどんどん買ってくれて、収益が上がり、株価も上がる。利益が上がれば給与も増えます。いい人材をたくさん雇うこともできる。ストックオプションを与えても、それが価値あるストックオプションになるわけです。顧客価値をベースに、狭義の企業価値と人材価値が好循環のなかで拡大していく。私は、これこそが価値の増殖だと、長年にわたって提唱しています。
冒頭のアキュセラにしても、窪田氏が、この会社のあらゆる技術を生み出した。この技術力を奪って、次の発展はどうなるのかと問いたい。次から次へと製品を生み出すパイプラインの流れができなければいけないということです。
ところが、こうして企業の価値を高めても、株式市場で価値が十分に反映されていないケースも出てきます。この潜在的な価値を、いかに一般に訴えて顕在化させるのがインベスターズリレーションズ(IR)です。投資家のウォーレン・バフェットがよく言っているのが、企業が業績を発表した際に、本当の価値を表しているのかという疑問です。PBRはいくらか、PERはいくらなのか、それは価値を測る本当の指標なのか。
一番大事なのは、キャッシュフローです。簡単に言えば現金。その会社がいくら現金を生み出しているのか、これこそウォーレン・バフェットがもっとも重視していることです。ところが、一般の人は業績だけを見て大騒ぎをしている。
1997年に、私は『価値創造の経営』(東洋経済新報社)という本を出しました。私がまだソフトバンクにいる頃です。当時、孫正義さん(ソフトバンク社長)は、売上高をいくらにすると、号令をかけていた。私がそれをナンセンスだと言ったら、今度は経常利益を目標に掲げました。それもナンセンス。キャッシュフローを上げなければ意味がないですよと、私は孫さんに言った。
そこで孫さんは、わざわざこの分野で、アメリカでナンバー1の人に頼んで教えを乞うとか、野村総研の研究者に教えを乞うなどして、あっという間にマスターしてしまった。実は前述の本は、孫さんのために書いたようなものだったんだけど(笑)。
考えてみると、当時のソフトバンクは店頭公開したばかり。孫さんは資本市場のことをまったく知らなかった。それまで一番怖かったのは銀行の支店長であり、ソフトバンクという会社の生殺与奪を長いこと握っていました。公開によって事情が変わり、孫さんは企業価値というコンセプトを頭に入れた。ものすごい勉強家だと思います。
もう一つ、IRとは違って、会社の商品やブランドのプロモーションがあります。こちらはPR。例えば何か商品やサービスを提供する企業は、PRがあって、IRに繋げていくという循環をさせています。逆にはなりません。
バフェットの投資スタイルを見ていると、コカ・コーラやジレットの株を長期的に持っています。コーラを1回飲んだら、つづけて飲む人が多いように、嗜好に根ざすものは、IR等は関係なく、長期にわたり利用される。だから企業としても長生きをする。
メインとなる商品がわかりやすい会社はいい。たとえばSBIグループのように、銀行や証券、保険、投資、さらにはバイオ事業まであるような会社はわかりにくく、投資家に対してレポートを書くアナリストが5人くらい来なければ理解できないでしょう。最近では富士フイルムなども化粧品や医薬品等、わかりにくい会社になっているかもしれません。
わかりにくい会社が、いかにして投資家に説明するか。当社の場合は「時流に乗っています」と伝えています。当社の金融サービス事業は主にオンラインで提供していますし、我々の投資事業は、国内外で21世紀の成長産業といわれているインターネットとバイオテクノロジーなどの分野に集中投資しています。もっとも中国であれば同時並行的に各産業が伸びていることもあって、様々な業界に投資します。また、世界の喫緊の問題はエネルギーですから、エネルギー関連にも投資をする。こうして大局的な話をしなければ、個別のことを話してもかえって難しくなってしまいます。
社外役員は英知の結集
いまの個人投資家は、短期保有が大半です。NISAのおかげで保有期間が多少長くなったとはいえ、長期の投資家は、やはり機関投資家が圧倒的です。我々の株も、約42%を外国人が持っている。すべて機関投資家で長期保有ですから、我々も欧州へIRに行くなど、非常に重視しています。
個人投資家は、キャピタルゲインを短期でどれくらい得られるかが主な関心事になっている。もちろん個人の方でも長期的に保有しているケースもあり、経営者や事業の進捗状況を見て判断しているのでしょう。彼らをつなぎとめるために、各企業で株主優待等が盛んに行われたりしています。株主も企業を取り巻く利害関係者という意味では非常に大きな存在です。
最近では、社会的責任ファンドといって、企業の社会的責任への取り組みに着目するファンドもできています。
また、経営者が勝手なことをしないようにと、社外取締役や社外監査役に関する法改正も行われています。SBIでは以前から8人の社外取締役・監査役を入れています。慌てて導入したところは、いわば仲良しグループのようになっているところもあるようですが、当社の取締役会は質問も多いですし、みなさんシビアです。私には実にウェルカムな状況です。
経営の最終判断は経営者です。だからこそ、人の意見を聞かないで独断で行うのはいけない。社外役員を含め、いろんな英知を結集して、そのうえで経営者として判断していかなければならないのです。
(構成=本誌編集長・児玉智浩)