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2015年3月号より

HVの次は燃料電池車 採算度外視で普及に挑むトヨタ|月刊BOSSxWizBiz

特許を無償で開放

「2020年はちょうどオリンピックがある。いまから何か新しいものといっても無理だけれども、20年に向けてあと5年というターゲットをベースに、いままでやってきたことをスピードアップさせることは可能だと思う。節目として大事だ」

2015年1月6日に行われた自動車工業団体賀詞交歓会で、トヨタの豊田章男社長が報道陣に対して語ったコメントだ。この日の賀詞交歓会は、燃料電池車(FCV)に対する話題で持ち切りだった。というのも、米国時間5日に発表された、トヨタが保有する燃料電池車(FCV)に関連する特許の実施権を無償提供するというニュースのインパクトが大きかったからだ。

トヨタが開放したFCVの特許は、約5680件。これらの特許を使用してFCVの製造・販売をする場合、2020年末までを期限として、特許実施権を無償にするとしている。つまり、FCVの普及に向け、トヨタは2020年を1つの区切りと設定したわけだ。

発売発表会でビデオ出演した豊田章男社長。

「水素社会を作り上げるのは、1つの自動車会社ではできない。実現は長い道のり。あえて参加者を増やし、〝オールプラネット〟で、みなさんの協力を得ながら水素社会を実現するためには良い決断だと思う」(豊田社長)

トヨタがFCV「MIRAI(ミライ)」を発売したのが2014年12月15日。本体価格は723万6000円(税込み)という値付けだった。FCVはトヨタに限らず、ホンダ、日産はじめゼネラルモーターズやフォードなど、世界の主要メーカーがこぞって開発したにもかかわらず、市販化の実現には至らなかった。その一番の理由が価格付けであり、燃料電池システムのサイズだった。

FCVが1台1億円と言われたのも、それほど過去の話ではない。日産が05年に「X-TRAIL FCV」を発表した際、部品代だけで1億円のコストがかかると言われていた。仮に大量生産が実現したとしても、5000万円は下らないというのが、わずか10年前の常識だった。

低価格化が進んできたのは、ハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)の普及に依るところも大きい。電気モーター等の共通部品が多く、部品の量産効果による低価格化が進んできたためだ。トヨタの場合はHV、プラグ・イン・ハイブリッド(PHV)、EVと並行してFCVを開発してきた強みがあり、コストダウンを念頭に置いた開発を進めることができたのである。加えて技術革新は燃料電池システムのコンパクト化にも成功。かつては“燃料電池を運ぶためのクルマ”と呼ばれたFCVが、乗用車として成り立つサイズにまで小型化したのだ。

購入補助金も202万円に設定され、エコカー減税等の活用で実際の購入価格は520万円程度。市販車としては高級車の部類になるが、10年前に比べれば現実的な数字に大きく近づいた。

しかし、HV「プリウス」は発売当初、売れば売るほど赤字と言われた時期があった。加藤光久副社長がMIRAIの発表会で「採算のお話はできません」と語っているのを見れば、MIRAIも同様だろう。採算ラインは度外視しても、まずは普及が必要というトヨタの信念が伝わってくる。

ここでMIRAIについておさらいをしておくと、全長4890×全幅1815×全高1535ミリメートルで、コンパクトなセダン。1度の充填で約5キログラムの水素を約3分で補給し、JC08モードで600~700キロメートル走行する。EVに比べれば、かなり従来のガソリン車に近い使い方ができる。FCVは厳密にはFCEVであり、水素を水と電気エネルギーに変換させる。これにより、災害時には非常用電源としても利用可能で、1家庭の約1週間分の電力を賄えるという。ガソリン車とEVのいいとこ取りができる、未来のクルマというわけだ。

直面する甘くない現実

トヨタはFCVを次世代のエコカーの本命として力を注いでいるが、甘くない現実もある。FCVの低価格化も、HVやEVを量販しているからこそ実現できたもの。すべてのメーカーが対応できるわけではない。国内では来年に発売予定のホンダ、17年に発売予定の日産くらいしか追随できないかもしれない。

さらにFCVの水素を充填するためには、専用の水素ステーションが必要となる。10年当時、水素ステーションの建設コストは70hpaで約10億円、35hpaで約5億円と言われていた。ガソリンスタンドに併設できるのが理想だが、昨年までの原油高や競争激化で赤字業者が大半。新規投資に回す資金がないのが現状だ。となると元売りの直営店を中心にインフラ整備を行わなければならず、限られた地域にしか設置できないことになる。商用水素ステーションを現在のSS並みに設置をするとなれば、かなりの台数が普及できなくては難しい。

EVの普及が進まないのも、電気自動車用の充電ステーションの不足が原因の1つとなっている。EVは家庭でも充電できることもあって、SS業界にとって電気スタンドは投資額の割にビジネス的においしくないというのが一般的な見方であり、国や地方行政の補助金なしには、投資と回収のバランスが成り立たないのが現実だ。

ただ、水素ステーションの場合は家庭での充填は難しく、うまく需要が伸びればガソリン並みのビジネスになる可能性はある。現実的には、どのような制度設計が構築できるかにかかっている。水素の価格にどれだけ利益を上乗せできるかは不透明だが、利益を確保しつつ水素価格がガソリンよりも安くできれば、EVが普及するよりFCVのほうがSS業界にとってはビジネスチャンスがありそうだ。

いずれにせよ、台数の普及なしにインフラの拡充は難しい。台数の普及には他メーカーの参入は不可欠であり、トヨタ1社では限界がある。ホンダと日産が加わってもガラパゴス化するだけだ。トヨタが特許を無償で開放するのも、海外他メーカーの開発予算を肩代わりすることで、参入障壁を下げようという狙いがあるのは明らかだ。

トヨタが12月に発売したFCV「MIRAI」。

そのトヨタと共同でFCVを開発しているのがBMW。燃料電池のシステムはトヨタ製だが、BMWが目指しているのはスポーツカーとしてのFCVだと言われている。トヨタが富士重工とスポーティな「86」「BRZ」を共同開発したように、BMWとの共同開発でどのようなFCVが飛び出してくるのか、興味は尽きない。スポーツカーらしさを実現させるには、燃料電池の小型化・軽量化は必須。加えて最高スピードを上げる高出力も求められる。さらなる技術革新が進められることは間違いない。このクルマが量産体制にはいるのが、やはり20年ごろの予定だという。

2014年4月に策定された国の「エネルギー基本計画」には、明確に「水素社会の実現」が謳われている。また「2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会において、大会運用の輸送手段として燃料電池自動車が活躍することができれば、世界が新たなエネルギー源である水素の可能性を確信するための機会となる」とも明記されている。国策とも言えるFCVの普及は、トヨタに大きな使命を課したと言える。

冒頭の豊田社長の言葉にあるように、この5年でFCVの未来に向けスピードアップさせることができるのか。2020年がFCVの未来を決定づける勝負の年になるのは間違いない。

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