2015年2月号より
リコールに追われた1年
2014年はホンダにとって、まさに“欠陥地獄”の1年となった。13年秋に発売した3代目「フィット」に採用した新機構のハイブリッドシステムが不具合を連発。さらに、タカタの欠陥エアバッグが世界で大問題と化しているが、ホンダはそのタカタ製エアバッグの最大ユーザー。そちらの問題でも対応に追われることとなった。
「これだけ欠陥問題が重なって、お客様のホンダに対するイメージがダウンしないわけがありません。12月にフィットと同じハイブリッドシステムを載せたセダン『グレイス』を発売しました。燃費が34.4キロ/リットルとクラス最高を達成していることが売りですが、お客様から決まってきかれるのは、ホンダのハイブリッドはもう大丈夫なのかということ。エアバッグ問題もありましたし、“そもそもホンダのクルマは大丈夫なのか”という認識が広がらないことを祈るばかりですよ」
ホンダ系大手販売会社のディーラー幹部は頭を抱える。
ハイブリッドシステムとエアバッグはホンダにとってトラブルの東西両横綱というべき大問題だったが、実はトラブルはこれだけではない。
ホンダ車は技術的に遅れているという評判を跳ね返すべく、11年に発売した軽自動車「N BOX」を皮切りに、エンジンや変速機など、クルマの燃費性能や走りを左右する重要部分について、新開発のものへの切り替えを一気に推し進めた。伊東孝紳社長の肝煎りの「アースドリームズテクノロジー(地球の夢の技術)」である。
ところが、自信満々で投入したそれらの技術が、不具合のオンパレード。ライバルメーカーからも「新しいユニットや機構を検証してみると、明らかにテスト不足と思われる部分が多々ありました。ホンダさんは本当に大丈夫なのか」と心配されるほど。アースドリームズテクノロジーで先進性豊かなブランドイメージを作るという伊東の皮算用は不発。そればかりか、欠陥の後始末であるリコールの山を築くという結果に終わった。
一連の欠陥のなかでも、タカタのエアバッグの欠陥は他の件とは問題の本質が異なる。それについては後述するとして、なぜホンダはこれだけ多くのリコールを出すような事態に陥ってしまったのか。
背景にあったのは、ホンダの“焦り”である。ホンダは1990年代前半までは、クルマづくりのコストが高くつくメーカーの代表格だった。久米是志が3代目社長を務めていた時代には、それがあだとなって深刻な経営危機を招いたこともあった。4代目の川本信彦社長になってからは、どうやったらクルマを安く作れるかということを常に経営の重要課題に置き続けてきた。
「それが実ってきたのは吉野さん(浩行・5代目社長)の時代で、利益もどんどん拡大していきました。しかし、その一方で、クルマづくりもバイクづくりもだんだんコスト至上主義となり、ライバルと同等の性能のものを安くつくることには熱心な一方、コストはかかるがライバルを出し抜くような性能を出せる技術の開発は長い間停滞しました。伊東さんは経営手腕について大変な批判を浴びていますが、これまでのツケをまとめて払わされているようなもので、同情すべき点もあるんです」(本田技術研究所関係者)
伊東が7代目社長に就任したとき、ホンダの商品戦略は深刻な危機を迎えていた。北米における「アコード」「CR-V」、日本における「フィット」など、低価格で売られるモデルは高い競争力を維持していたが、ハイブリッドカーの「インサイト」はトヨタ自動車の「プリウス」に燃費で圧倒的に差をつけられ、また普通のエンジンについてもライバルに対して優位な性能を保てなくなっていた。もともと技術力を売りにして成長してきたメーカーである。早急に手を打たなければ、ホンダは遠からず沈んでしまうのは明らかだった。
焦りが招いた失態
伊東は慌てて、停滞していた次世代技術の開発を急ぐよう社内に指示した。社長就任時、経営目標について、「低炭素なクルマを早く、安くお客様にお届けする」と表明していたが、最も重い課題となっていたのは「早く」だ。ホンダは長年、楽しいクルマづくりを標榜してきたが、楽しいなどといっている場合ではなくなっていた。ブランドイメージを損なわないため、スポーツカーをいくつかつくってやる気を見せつつ、他社に後れを取っていた技術開発のスピードを速めて、最先端を走るというホンダのポジションを取り戻そうとしたのである。
しかし、技術開発を早くやれるものなら、どこのメーカーであってもやりたいことだ。クルマを安くつくることもしかりである。他社よりも早く開発できるという技術的な裏づけがないまま、経営の都合で開発期間を短縮するという判断は、ことごとく裏目に出た。
ハイブリッドシステムを含め、発売から1年あまりで5回もリコールを繰り返したフィットについて、技術評論家のひとりは言う。
「ホンダの広報担当者はリコールの原因について、新しいハイブリッドはソフトウエアの開発がこれまでのクルマとは比較にならないほど膨大で、それが不具合の原因になったと説明していました。しかしこれは、トヨタなど他メーカーに対して失礼な話ですよ。どこのメーカーでもその大変さは同じ。フォルクスワーゲンはフィットと同様、DCT(デュアルクラッチ変速機)という高度な自動変速機を使ったハイブリッドを出していますが、そちらは目立ったトラブルを起こしていません。明らかに技術開発の後れを取り戻そうと、煮詰め不足のまま出したことが原因ですね」
5回もリコールを繰り返したこと自体、失態もいいところだが、さらに悪いのはステークホルダーへの事態の説明がろくになかったことだ。ホンダは11月、フラッグシップセダンの「レジェンド」を発表。そのとき、久々にマスコミの前に姿を見せた伊東社長に浴びせられた質問は、レジェンドのことではなく、もっぱらリコールについてだった。新型車のお披露目ではなく、さながらリコール釈明会見のようになってしまった。
発表会に出席していた外資系メディアの記者は、
「質問に対して伊東さんは長々と言い訳をしていましたが、結局何が問題でホンダがこれからどう対処していくのかということはさっぱりわからなかった」
と、半ば呆れ顔で話していた。ホンダは一連の品質問題について、社長や関連部署の役員報酬を一部返上するというペナルティを自らに課したが、株主やユーザーへの説明責任を果たしたとは到底言い難い。
「万が一、リコールに相当する不具合が止まらなかったら、そのときこそ大変なことになる。ホンダもそれはよくわかっていると思います。リコール制度はもともとユーザーの権益を保護するための制度なのですが、同じクルマで短期間に6回などということになったら、ユーザーはたまったものではない。トラブルが起きたクルマを個別に修理する“闇改修”に手を染めるようなことにならなければいいんですが」(前出の自動車評論家)
自社の能力を超えるスピードで技術や商品の開発を進めた結果の失態。伊東もさすがに、自分が命令しさえすれば手下は根性でそれを実現させるといった体育会系のスタンスでは経営は上手くいかないということを悟らざるを得ない。
レジェンドの発表会で伊東は、「お客様に喜んでもらえることが第一」と、世界販売600万台の目標を事実上破棄し、品質優先に切り替えることを示唆した。
品質も技術開発と同じで、良くしようと思いさえすればできるというものではない。体制を変え、責任者の首をすげかえたところで、問題の根本を割り出せなければ同じことの繰り返しだ。願望ベースではなく、現実ベースでの改革が求められる。
タカタのリコールとTPP
さて、ホンダが頭を痛めるもうひとつの大問題、タカタ製エアバッグの欠陥だが、こちらはハイブリッドシステムやエンジンのリコールとは問題のレベルが違う。
エアバッグが誤作動を起こす原因は、タカタの海外生産拠点の品質管理がずさんだったからだといった指摘もあるが、原因はいまだ不明。しかし、現実に突然誤爆を起こし、死亡事故につながった例があるという時点で、もはや看過すべき問題でなくなっていることは確かだ。ホンダは欠陥の原因が不明なまま自主的に改修・修理を行う「調査リコール」をグローバル規模で実施することを決めた。
伊東は一部新聞に対して、最大顧客であるホンダがタカタを救済することになる可能性を示唆したが、これはいわばリップサービス。内部ではすでに“タカタ離れ”を着々と進めているという。
しかし、この問題はタカタ製エアバッグを使わなければいいということで一件落着とすべき問題ではない。今のクルマづくりは、安全装置を含め、部品メーカーが完成したモジュールを納入し、完成車メーカーはクルマに合うようキャリブレーション(チューニング)するというフローで開発が行われるケースが多い。そのモジュールの供給元が問題を起こした場合、供給元に責任をかぶせればすむという時代はとっくに終わっている。自動車メーカーはサプライチェーンの質の向上という重い課題を突きつけられているのだ。タカタの問題は、それが最も極端な形で表出したといえる。
自社の開発品質に疑問符が投げかけられているホンダにとって、サプライチェーンの問題は弱り目に祟り目だが、ここで逃げていては話にならない。品質や信頼を本気でうたうならば、新しい協力関係を築くべく、自動車業界全体を巻き込んだアクションを起こすべきであろう。
このタカタ問題について批判を強めているのはアメリカだ。何しろ死者が出ているという事実があるだけに、議員や公的機関の追及も厳しくなる。が、これはユーザーの権益を守るためばかりではない。
「TPPの交渉で、アメリカは日本に対し、自動車の安全基準をアメリカに合わせるよう要求、日本はそれを一蹴したということがありました。アメリカはこのタカタ問題を、安全問題のみならず、TPPの交渉で優位に立つための突破口にしようとしているふしがある。日本の自動車業界はその自覚を持って事にあたらなければいけない」(財界関係者)
日本の自動車業界のまとめ役といえば、日本自動車工業会。折しも今日、その会長を務めているのはホンダの池史彦会長。タカタ問題について、自工会が率先して対処に当たるにはちょうど良い布陣である。
ところが、アメリカでこれほど火の手が広がっているにもかかわらず、自工会は声明発表や情報提供を含め、ほとんど何のアクションも起こしていない。
「もともとホンダさんは、昔から業界団体の役職など適当に務めていればいいと考えていたメーカーです。しかし、この問題についてはそんな姿勢でいることが許されるわけがない。ここで何もやらないのだったら、そもそも自工会の存在意義なんかない。自覚を持ってほしい」(ライバルメーカー役員)
身内と外部からリコールの挟み撃ちに遭っているホンダ。今、対応を誤れば、ブランドイメージのさらなる失墜は避けられないだろう。(本文中敬称略)
(ジャーナリスト・伊藤憲二)