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2014年3月号より

企業の「終活」入門

「終活」という言葉が流行っている。自分の人生を自分らしく終わらせたいと多くの人が思っているからだ。人生と同じように企業にも寿命はある。だとしたら個人と同じように企業も終活を考えてしかるべきだ。どうやったらステークホルダーが幸せになれるかどうか。幸いなことに日本経済にようやく曙光が差してきた。バブル崩壊から約四半世紀。待ちに待った時代の到来だ。景気がよければ終活の選択肢も増える。経営者が、企業の行く末を真剣に考える時代がやってきた。

崩れてしまった神話

「ようやく景気がよくなってきた。これまでは生き残ることに汲々としてきたけれど、将来に向けたチャレンジができる環境が整ってきた。でもだからこそ、いまこの段階で、自分たちの強みは何かを含め、長期的視点に立って、ステークホルダーに取って何が最善なのか考える必要があると思います。必要ならば、企業形態を見直すこともやぶさかではない。そういうことを考えるチャンスがいまなのです」

と真剣に語るのは、東証1部上場企業の経営者だ。

東証株価の最高値は、1989年末の大納会での3万8900円だった。翌90年以降、株価は下がり続け、20年後の2009年3月には7054円の最安値を記録している。最近でこそ株価は多少持ち直してきているとはいえ、いまでもなお、最高値の半分にも満たない。それがこの四半世紀の日本の経済の姿である。

経済が低迷すれば、当然のことながら企業収益も悪化する。バブル崩壊からこれまでの間に、いったいどれだけの企業が傷つき、市場から退出を命じられたことだろう。その中には、一時は日本経済を支えたほどの名門企業や巨大企業も含まれていた。この25年間で戦後の企業神話はすっかり覆ってしまった。

神話を覆した企業の代表とも言えるのが、10年に会社更生法を申請して倒産した日本航空だった。

日本株式会社そのものだった日本航空も倒産した。

かつて日本航空の個人筆頭株主だった糸山英太郎氏(新日本観光会長)は、日本航空株を買う理由について次のように語っていた。

「日本航空や三菱重工は日本株式会社そのものです。これらの会社がつぶれる時は、日本がつぶれる時。だから国策としても絶対につぶすことはしない。だから安心して株を買えばいい」

いまとなっては、その言葉はむなしく響くのだが、糸山氏と同じように、国策会社は何が何でも政府が守ると信じていた投資家は多かった。しかし民主党政権だったこともあってか、政府はあっさりと日本航空を見放した。「国策会社はつぶれない」という神話は、この瞬間、崩壊した。

日本航空倒産より十数年前に消えた神話が、「銀行はつぶれない」というものだった。戦後長らく大蔵省の庇護のもと、護送船団方式でわが世の春を謳歌していた金融機関には、真の意味でのリスク管理は存在しなかった。いざとなったらお上に助けてもらえばいいと考えていたためだ。だからバブル景気に溺れ、不良債権を抱えたのも当然のことだった。1998年には都銀の一角である北海道拓殖銀行が経営破綻。99年にはともに産業金融を担ってきた日本長期信用銀行と日本債券信用銀行が破綻。それぞれ一時国有化されたあと、長銀は外資に、日債銀は国内企業グループに売却された。

銀行でもつぶされる。この事実を目の当たりにして初めて、銀行経営者は生き残りに必死になり始める。それによって銀行業界に大きな地殻変動が起き、3大メガバンクに集約されていった。神話崩壊が今日の銀行業界図を描く引き金になったのだ。

2007年の鐘紡の解散も衝撃的だった。鐘紡は戦前、そして戦後のしばらく、日本最大の会社だった。国と行動を共にするかたちで朝鮮半島や満州にも進出、アジア各地に工場を建設した。

敗戦によって多くの工場を失うが、それでも多角化を図ることで鐘紡は日本を代表する企業であり続け、経営者は日本産業界の重鎮そのものだった。日本航空が御巣鷹山で墜落事故を起こしたあと、経営再建のために鐘紡の伊藤淳二会長が会長として送り込まれた一事は、経済界における鐘紡の存在感を示すものだ。

しかし名門企業のプライドゆえか、いつの間にか業績は悪化しているにもかかわらず、一流企業としてのメンツを粉飾決算によって保とうとしたものの、結局はそれがばれて、最後は解散に追い込まれた。

いまでは鐘紡の名は、花王に買収された化粧品部門に残るのみだが、そのカネボウ化粧品も、昨年、白斑事件を起こした。鐘紡の呪縛はいまなお続いている。

戦後の流通業をリードしたダイエーも、いまはイオン傘下になっている。

鐘紡が戦前からの名門企業なら、日本の大量消費時代をリードしたのが戦後の申し子とも言えるダイエーだった。

カリスマ創業者、中内功氏率いるダイエーは、中内氏の衰えることを知らない事業欲に突き動かされ、本業とは関係ない企業をも次から次へと傘下に収めていった。「売り上げはすべてを癒す」――これが中内氏の基本的な考えだった。

しかしそれが通用したのは1980年代まで。バブル崩壊後のダイエーはその負の遺産に苦しみ続けた。結局2004年、産業再生機構の支援を仰ぐ。しかしその後も業績は改善せず、昨年、イオン傘下として出直すことになった。

このほか、2度の不祥事を起こした雪印や、証券取引法違反容疑によってオーナーが逮捕された西武鉄道グループなど、誰もが名前を知っている企業がその姿を消したり、上場廃止になって銀行管理になるなど、従来とは違う姿になってどうにかその命脈を保っている。

好景気だからできること

企業は社会的な存在なだけに、経営破綻すると、さまざまなところに影響が出る。いちばんわかりやすいのは従業員である。かつて山一證券が経営破綻した時に、その幕を引いた社長が会見で「社員は悪くありませんから」と涙ながらに絶叫していたが、会社がなくなれば、当然社員は全員解雇される。若ければまだつぶしもきくが、ある程度、年齢がいった場合、再就職もむずかしい。会社がつぶれていちばん迷惑するのが社員である。

取引先や金融機関も多大な迷惑を受ける。会社が破綻した場合、支払いもできないし融資の返済もむずかしい。また株主の被害も甚大だ。倒産すれば株券の価値はゼロになる。上場企業の場合、何万人もの一般投資家が被害を受ける。投資家の自己責任とはいえ、多くの人の恨みを買うことになるのは間違いない。

企業の倒産は、ステークホルダーたちに多大なる迷惑をかけてきた。倒産は悪、多くの経営者がそう考え、会社の存続こそが善と刷り込まれている。しかし果たしてその考えは絶対的正義なのだろうか。

暗黒時代の終焉

暗黒の四半世紀が過ぎ、アベノミクスによって、日本経済に薄明かりが差し始めた。ほとんどすべての経済指標が上向きに転じている。

倒産件数も減っている。東京商工リサーチの調べによると、昨年の倒産件数は1万855件、負債総額は2兆7823億円だった。前年比では、件数で10.5%、金額で27.4%の大幅減である。これもアベノミクス効果といっていい。ここまで経営環境の悪化に嘆いてきた経営者にしてみれば、待ちに待った瞬間である。

しかし、少し待ってもらいたい。環境がよくなったと笑っているようでは、いずれ環境が悪化した時に泣くことになる。

景気が少々上向いたところで、その事業の将来性や、それぞれの会社の持つ強みや弱みはそうそう変わるものではない。自分の会社を客観的に見て、将来に不安があるのなら、その事業形態を見直す大きなチャンスだと言うことができる。

このたび経団連会長会社となることが決まった東レ。この会社の中興の祖である前田勝之助氏は、「会社の業績が悪いからといって、安易に社員を削減するようでは経営者失格だ。だからといって、東レが人員削減をしたことがないわけではない。人を減らすなら、景気のいい時にやるべきで、それなら、就職先も見つけやすい」と語っていた。

その言にならえば、経済が好転しているいまこそ、存続も含め、ステークホルダーにとって何が最善かを考えるべきだ。

本稿の前半で取り上げた企業に共通するのは、時代の流れに抗いながらも何とかして存続しようともがいたものの、最後は刀折れ矢尽きてしまった。経済が低迷するなかで無理に無理を重ねたために、結果的に多くのステークホルダーに迷惑をかけることになった。このような経営破綻は最悪だ。もっと早く決断をしていれば、状況はまったく変わっていただろう。

極端な話、事業体が健全で、黒字もしくは収支とんとんな状態なら、買い手はいくらでもある。ましてや、景気が回復し、企業の投資意欲に火がついた状態ならなおさらだ。いっそのこと事業の一部、あるいは全事業を売却したほうが、社員も取引先もハッピーになるかもしれない。

企業を廃業するにしても、経済環境がよければ資産評価も高くなるため、取引先や金融機関にかける迷惑も、不況時に比べればはるかに小さい。職を失ってしまう社員にしても、経済が拡大している時期なら、まだ対処のしようがある。

恐らく、アベノミクス効果と東京オリンピック効果によって、2020年までは景気は緩やかながらも拡大していくはずだ。その間に、企業経営者は自分の会社の行く末を見極め、決断を下すべきだ。

これは大企業に限った話ではない。中小企業こそ、真剣にこの問題を考える必要がある。

仮に会社が存続できなかったとしても、ステークホルダーに対し最大限報いる終わり方ができたのなら、経営者はむしろ胸を張るべきだ。その好機が巡ってきた。

日本株式会社そのものだった日本航空も倒産した。

戦後の流通業をリードしたダイエーも、いまはイオン傘下になっている。

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