ビジネス誌「月刊BOSS」。記事やインタビューなど厳選してお届けします! 運営会社

特集記事

2014年10月号より

“ロータリーエンジンからスカイアクティブへ 持たないがゆえの工夫 マツダ技術陣が追求した効率性

新たな“金脈”

「ロータリーのマツダ」――かつてマツダを象徴する言葉といえば、何はともあれロータリーエンジンであった。

ロータリーエンジンとは、自動車用エンジンとして広く使われているピストン方式のレシプロエンジンとは大きく異なり、おむすび型のローターがエンジン内部をクルクルと回ることによってパワーを出すという特殊な方式のエンジンである。

発明したのはドイツのF・ヴァンケル博士だったが、性能や耐久性を市販可能なレベルに引き上げることに成功したのは他ならぬマツダ。1967年、マツダの普通乗用車第1号として世に送り出した「コスモスポーツ」に採用され、その後も「RX-7」などのスポーツモデルを中心に搭載され続けた。

90年代にマツダが経営危機に陥り、事実上米フォードの傘下に入った際、フォードから派遣されてきたヘンリー・ウォレス社長はロータリーを廃止しようと考えたが、社内外から「マツダにとってロータリーは、いわば武士の刀だ」という声が上がり、一転して継続を決めた。マツダの技術陣にとって、ロータリーは精神的支柱と言うべき存在だったのだ。

防府工場にはスカイアクティブエンジンを低コストかつ高い精度で組み立てるための独自の工作機械が導入されている。

そのマツダが今、新たな“金脈”を見つけつつある。それはクルマの燃費向上を果たすソリューション技術として日本でも注目度が高まっているディーゼルエンジンである。

今年6月、秋に発表を予定しているコンパクトモデル「デミオ」のプロトタイプモデル(生産試作車)の試乗会を伊豆サイクルスポーツセンターで行った。会場で公開された量産予定モデルには2種類のエンジンが搭載されていたという。1つは排気量1.3リットルのガソリンエンジン、もう1つは排気量1.5リットルのターボディーゼルである。

試乗会に参加した自動車ジャーナリストのなかには、

「新しい1.5リットルターボディーゼルの出来は素晴らしかった。マツダは先行して、より排気量の大きな2.2リットルターボディーゼルを市販車に載せ、国内のディーゼル車のシェアではダントツの地位を築いたが、1.5リットル版はその2.2リットル版と比べても、一歩も引けを取るものではなかった」

と、驚いた様子で語る者もいた。

「出力が1.5馬力と小さいため絶対的な速力はコンパクトカーの中では平均より上というレベルだが、もともとの設計がいいのか、振動やノイズの少なさは2.2リットル版よりもいいくらいだった。これだけ商品力が高ければ、燃料価格が高騰していることも併せて考えると、エコカーの主流になっているハイブリッドへの対抗技術として、ユーザーの支持を相当集められるのではないか」(自動車ジャーナリスト)

ディーゼルは原理的に、ガソリンエンジンに比べて熱効率の点で有利だ。熱効率とは、ガソリンや軽油などの燃料を燃やして得られる熱を、クルマを走らせる運動エネルギーに変えることができる割合を示す数値である。ガソリンエンジンも技術革新が進んでおり、今日では熱効率が30%台後半に達しているが、ディーゼルはすでに40%台を大きく超えている。一方、軽油を1リットル燃やして得られる熱は、同じ量のガソリンを燃やした時に比べて1割以上多いため、燃費の差はさらに広がる。

「長い間、日本の自動車業界では“日本のユーザーはディーゼルに悪いイメージを持っている”と盲信されてきました。しかし、今はプレミアムセグメント(高級車クラス)でもBMWの中型セダンのディーゼル比率が5割に達するなど、ディーゼルはむしろ燃料代を節約するのにはうってつけの技術というイメージが日本にも浸透しています。トヨタ自動車、ホンダは日本にはディーゼルを投入しないという姿勢を崩していません。マツダがディーゼルに積極的であることを、ユーザーは好意的に受け取るでしょうね」(自動車ジャーナリスト)

マツダがディーゼルを決め球技術のひとつにするという戦略を実行に移したきっかけは、2008年のリーマンショックだった。長年にわたって支援を受けてきたフォードと袂を分かつこととなり、独力で生きていかなければならなくなった。

当時、世界の自動車業界はハイブリッドカーや電気自動車など、クルマの電動化技術がなければ自動車メーカーは頓死するというような荒唐無稽な話も飛び出すような状況。電動化技術をほとんど持たないマツダとしては、電動化以外の分野で存在感をアピールする必要があった。

そこで大々的に打ち出したのが、エンジンを使ったクルマのエネルギー効率を極限まで高めるという「スカイアクティブテクノロジー」である。クルマを軽く作ったり、エンジンのパワーを車輪に伝える変速機のエネルギーロスを減らしたりと、クルマづくりに関する技術の総称なのだが、その中でも最も重要な役割を担うのは、同じ量の燃料からより多くのエネルギーを取り出せるようにするという、エンジンの熱効率向上だったのである。

エコカー技術として浸透

もっとも、マツダも最初からディーゼルが大当たりするという確信を持っていたわけではなかった。

「マツダが最初に新世代のディーゼルを載せたのは、2012年に発売されたSUVの『CX-5』。開発陣は当初、その車体にディーゼルであることがひと目でわかるようなエンブレムをつけたいと考えていたものの、営業サイドからディーゼルがネガティブに受け取られたら困るということで、ごく控えめな表示になったという経緯があったんです。が、フタを開けてみたら、初期受注の8割以上がディーゼルだった。翌年発売したトップモデルのセダン『アテンザ』も似たような状況だった。それで我々は一気にディーゼルのセールスへの自信を持つようになった」(首都圏のマツダ販売会社幹部)

今日、日本におけるディーゼル車の販売台数は急速に伸びているが、その伸びの大半はマツダとBMWによるものだ。しかし、マツダのディーゼルの成功は、単にディーゼルに商機を見出したゆえに成し得たものではない。

日本の乗用車市場ではつい最近まで、ディーゼル車がほぼ根絶やしになっていた。90年代後半、当時東京都知事だった石原慎太郎氏が大気汚染はディーゼル車の排気ガスが原因だとして「ディーゼルNO作戦」を展開。それにともなって国の排出ガス規制が急激に厳しくなり、既存の技術ではその規制に対応できなくなったためだ。

その後、日産自動車や三菱自動車が限定的に規制に対応したディーゼル車を販売した。それらはいずれも高い人気を博したが、販売台数が大幅に増えることはなかった。ディーゼルの排気ガスをきれいにするために、きわめて高価な排気ガスの浄化装置を取り付けなければならなかったからだ。

マツダはスカイアクティブディーゼルの開発に取り組む際、エンジンから排出されるガスそのものの有害物質を減らし、後処理装置を簡単なものですむようにつくることを目指した。それは簡単なことではなく、ディーゼルのエンジン内部で有害物質が大量に発生するメカニズムを徹底的に分析し、それをどうやったら防止できるか、コンピュータシミュレーション技術を活用しながら妥協を排して徹底的に突き詰め、ようやく完成を見た。

今日、マツダのディーゼルは、ヨーロッパのユーロ6、日本の09年規制など、世界で最も厳しいレベルの排出ガス規制に、最も厄介と言われる窒素酸化物(NOx。光化学スモッグの原因物質)を分解するための触媒なしでクリアできる唯一のディーゼルとなっている。

「NOx触媒なしで最新の規制に対応するディーゼルづくりは、どのメーカーも進めていることではあったんですが、マツダさんのエンジンの完成は予想以上に早かった。正直、やられたと思っています」(ライバルメーカーのエンジニア)

マツダはスカイアクティブテクノロジーについて、「ディーゼルだけではない。ガソリンエンジンはじめ、クルマづくりのすべてを変えていく技術」と主張しているが、ディーゼルが出るまでは認知度はほとんど高まらなかった。現在、スカイアクティブがハイレベルなエコカー技術とユーザーに見てもらえるようになったのは、ひとえにディーゼルのおかげである。

その意味では、エンジンに関するマツダのスカイアクティブ戦略は道半ばだ。

「ガソリンエンジンもスカイアクティブになって格段に性能が上がっているのですが、お客様にそれがなかなか広まらない」

あるマツダ幹部は、ディーゼル一本足打法となってしまっていることのジレンマを打ち明ける。

実際、マツダのスカイアクティブガソリンエンジンも、世界トップレベルの効率を達成している。ホンダは昨年、主力車種の「フィット」をフルモデルチェンジしたが、開発の途中でエンジンの性能目標を一段引き上げたという。マツダのスカイアクティブガソリンエンジンの効率が高く、従来目標では最初から負けてしまうからであった。

ロータリーエンジンの行方

2014年秋にはディーゼルエンジンを積んだ「デミオ」が発売される。

ロータリーのマツダあらため、ディーゼルのマツダというブランドイメージが定着しつつある。この2つの時代に共通していることは、販売台数的には最多となるガソリンエンジンが看板技術の陰に隠れてイメージが上がらないことだ。ディーゼルで得た定評をマツダの技術全体の押し上げにどうつなげていくか、チャレンジはこれからだ。

もうひとつ気になるのは、これまでマツダの精神的なモニュメントとしての役割を果たしてきたロータリーエンジンの行方だ。

2012年に最後のロータリー車「RX-8」の生産が終了して以降、ロータリーの“血脈”は途絶えたままだ。噂レベルでは、過去に東京モーターショーに参考出品された次世代ロータリーを積むスポーツカーの開発が進められているという話もあるが、確証はない。

ロータリーはもともと、熱効率が悪いという特性を持っている。近年はやや改善されていたものの、「普通のエンジンの効率が劇的に向上しているのに比べると致命的に悪い」(エンジン技術者)という。

が、マツダにとってロータリーは、以前ほど重要な意味はなくなってきているという声もある。

「これまでマツダがロータリーにこだわってきたのは、他のエンジンについて本物の自信を持てなかったことの裏返しでもありました。ディーゼルをはじめ、世界をリードできるようなものをつくれるようになった今、ロータリーに自分の存在理由を求めてすがりつかなくてもよくなった」(マツダ関係者)

ロータリー車はこれから発売されるかもしれないし、発売されないかもしれない。マツダがもはやロータリーをイメージリーダーとせずとも生きていけるメーカーに生まれ変わった今、ロータリーが社の遺産として歴史上のものになるという流れが止まることはないだろう。

(ジャーナリスト・杉田 稔)

経営ノート | 社長・経営者・起業家の経営課題解決メディア

WizBiz代表・新谷哲の著書「社長の孤独力」(日本経済新聞出版社)

WizBiz代表・新谷哲の著書「社長の孤独力」(日本経済新聞出版社)

 

0円(無料)でビジネスマッチングができる!|WizBiz

WizBizセミナー/イベント情報

経営者占い