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2014年10月号より

“背水の陣で開発したスカイアクティブエンジン トヨタの恐れるマツダのエンジン革命

新型デミオの前評判

トヨタ自動車は4月10日、世界最高レベルの燃焼効率を実現したガソリンエンジンを開発したと発表した。

エンジンシリンダー内に送りこまれたガソリンに着火し爆発させる、そのエネルギーによって車輪を動かすのが自動車の基本的な仕組みだが、爆発エネルギーのすべてを運動エネルギーに変換することは不可能だ。前者から後者への転換効率が燃焼効率ということになる。トヨタ車の場合、これまでは最高燃焼効率35%程度だったが、新型エンジンでは38%にまで高めることができるという。わずか3ポイントと思うかもしれないが、燃費にすると15%程度の違いとなるというからバカにできない。

トヨタでは、このエンジンを、4月にマイナーチェンジした「ヴィッツ」に搭載したほか、来年度までに15種類ほど、同じ設計思想に基づいたエンジンを開発するという。

これまでトヨタは、高効率=燃費のいいクルマづくりはハイブリッド(HV)エンジンで追求してきた。小型車の「アクア」ではカタログ数値ながらリッター37キロを実現。世界一の低燃費を実現している。すでにトヨタが国内で販売するクルマのうち、過半数がHV車であり、今後もこの比率は高まっていくはずだ。

にもかかわらず、ここにきて燃焼効率のいい新型エンジンを開発したのには理由がある。あるモータージャーナリストがこう語る。

「トヨタだけでなく、ほとんどの自動車メーカーが、レシプロエンジン(=ガソリンエンジン、ディーゼルエンジン等)の開発は、ある程度行き着くところまで行ってしまったと考えていたんです。そこで環境問題には、HVや電気自動車(EV)など、エンジン以外の部分で対応しようとシフトしてきました。ところがマツダが、スカイアクティブという、高効率のエンジンの開発に成功した。これによってエンジンそのものもまだまだ改良・進化の余地があることが明らかになったのです。トヨタが新型エンジンを開発したのは、マツダに刺激を受けたからにほかなりません」

トヨタは全世界で年間1000万台以上のクルマを販売する世界最大の自動車メーカーだ。片やマツダは、年間販売台数123万5000台(2013年度)と、トヨタの8分の1に過ぎない「弱小」メーカーだ。そのマツダをトヨタが意識しているというのである。

マツダは07年に「サスティナブルZoom-Zoom宣言」を発表した。02年から使っているマツダのブランドメッセージ「Zoom-Zoom」は、クルマに乗る楽しさ「ワクワクさ」を表現したものだが、これをサスティナブルに実現していこうというものだ。

この宣言に基づき、マツダは新世代技術「スカイアクティブテクノロジー」の開発を開始した。これはエンジンやトランスミッション、シャシーなど、クルマの基本をもう一度見直そうというもの。スカイアクティブエンジンもそれによって生まれたもの。

評価の高い、まもなく発売される新型「デミオ」のディーゼル。

技術の詳細は避けるが、ガソリンエンジンでは14.0という世界一の高圧縮比を実現、トルクと燃費を従来エンジンより15%向上させることに成功した。また日本ではあまり人気がないが、ヨーロッパ市場で圧倒的な人気を誇るディーゼルエンジン開発にも着手。こちらは逆に、圧縮比をディーゼルエンジンとしては低い14.0に抑えることで、クリーンな排ガスとレスポンスのよさを実現しただけでなく、燃費も20%改善した。

初のスカイアクティブ搭載車「デミオ」が発売されたのが11年3月のこと。以降、同年9月に「アクセラ」、12年2月に「CX-5」、11月に「アテンザ」と、相次いでスカイアクティブ搭載車が発売され、いずれも国内外で高い評価を受けた。

デミオに積まれた1.3リットルエンジンは、「12年次RJCテクノロジー・オブ・イヤー」を受賞。CX-5は「2012-2013日本カー・オブ・ザ・イヤー」を受賞、日本の自動車アワードでもっとも栄誉ある賞に輝いた。

そして来る9月、新型デミオが発売される。このクルマにマツダがかける期待は大きい。すでに8月には、全国7都市で展示イベントを開催、前景気をあおっている。

試乗したモータージャーナリストの評価も押しなべて高い。特に、今度のモデルチェンジで初登場する1.5リットルディーゼルエンジンの評価が非常に高く、「日本人のディーゼル食わず嫌いをデミオが変えるかも」とまで言われているほどだ。これをきっかけに、もしかすると日本でもディーゼル車ブームが起きるかもしれない。

度重なる経営危機

不思議でならないのは、「弱小」メーカーのマツダが、なぜこのような画期的エンジンを開発することができたかだ。

マツダは過去、何度となく、絶体絶命のピンチに陥っている。

最初のきっかけは第1次石油危機によってもたらされた。

当時の社名は東洋工業だったマツダだが、オイルショックまでは、広島の優良企業としてその名は知られていた。初任給もトヨタや日産を上回り、業界トップを誇っていた。1967年には、世界で初めてロータリーエンジンの実用化に成功。ピストンがシリンダー内を往復するレシプロエンジンとはまったく異なる構造で、高出力で振動の少ないロータリーエンジンは夢のエンジンとも言われ、これを実用化したことで、マツダの評価は一気に上がった。

ロータリーエンジンを生んだ「魂」がいまも残っている。

ところが、このロータリーエンジンがマツダの足を引っ張ることになる。

73年、第4次中東戦争が置きたことがきっかけで第1次石油危機となり、原油価格は2倍に跳ね上がった。これ以降、燃費はクルマ選びの重要な要素となった。その点、当時のロータリーエンジンには「がぶ飲みエンジン」の異名がつくほど燃費が悪かった。これによって、マツダ車は世界中で在庫の山となり、経営はたちまち悪化した。

そこで乗り出したのがメインバンクの住友銀行だった。のちにアサヒビール社長・会長を務める村井勉氏を副社長として派遣、住友銀行主導で再建を目指した。そしてこの時代にフォードと資本提携する。フォードがマツダの後ろ盾となったのだ。

80年代に入ると、5代目ファミリアの大ヒットなどもあって、マツダの経営は安定する。ところが今度はバブル経済に飲み込まれていくことになる。

89年、マツダは販売チャンネルを一気に2つ増やし、トヨタと同じ5チャンネル体制とする。マツダは以前から海外販売比率が高かったため、これを是正するため勝負に出たのだ。しかし当時のマツダの国内販売台数は45万台。一方のトヨタは200万台弱。それが同じチャンネル数を持つのは無理があった。

90年にマツダは60万台を売るが、むしろコストばかりがかかる結果になった。

加えてバブル経済の崩壊で日本経済は未曽有の不景気となり、5チャンネル体制はあえなく崩壊、94年3月期450億円、95年3月期360億円という巨額な赤字だけが残った。マツダが迎えた2度目の危機だった。

ここで登場するのがフォードである。すでに70年代に24.5%を出資していたが、その関係はフォード車の日本国内での販売程度にとどまっていた。しかし96年には、出資比率を33.4%に引き上げ、ジョージ・ウォレス社長を派遣した。名実ともに、マツダはフォードの傘下となった。

同時に、マツダの話題が出ることも少なくなった。かつてマツダは、トヨタ、日産、ホンダ、三菱と並ぶ国内5大メーカーの一角だった。ところがフォードが出資比率を引き上げて以降は、フォード傘下の広島ローカルメーカーとしてしか見られなくなっていた。

それだけに、2008年のリーマンショックでフォードが大打撃を受けたのは、マツダに取っても大きな誤算だった。フォードはマツダの面倒を見る余裕がなくなり、株を売却、マツダに後ろ盾はなくなった。

同時に急激な円高が進行、海外販売比率が高いにもかかわらず、国内製造比率の高いマツダは、国内自動車メーカーの中でその影響をもっとも強く受けた。その結果が、09年3月期から12年3月期までの4期連続赤字だった。12年秋には株価は100円を切るまで売り込まれた。誰もがマツダの前途に悲観的だった。

小規模ゆえの戦い方

昨年、山内孝氏(右)から社長を引き継いだ子飼雅道氏。

そうした危機の中、マツダはスカイアクティブという牙をひたすら磨いていたのだ。

時系列から言えば、スカイアクティブの開発が始まってからリーマンショックが起きている。つまり業績がどんどん悪化していく中、それでもマツダはスカイアクティブへの研究開発を必死に続けたということだ。

幹部社員の1人が振り返る。

「よくも悪くも愚直なんですよ。これだと決めたら、とことん突き進む。ロータリーエンジンの時もそうでした。他社が実用化はむずかしいと考えている中、当社だけが必死に取り組み、開発に成功した。そのスピリッツが、技術陣だけでなく、全社に残っています。生き残るためにはもう一度、クルマとは何かを一から見直すことから始まったのがスカイアクティブテクノロジーです。そしてそれをひたすら追求する。その結果がようやく実ってきた。これまでやってきたことが間違っていなかったことが証明されたわけですから、自らの愚直さに誇りを感じます」

また、子飼雅道社長は、ウェブマガジン「レスポンス」のインタビューで次のように語っている。

「こぢんまりとしていることが意識の共有につながっている。広島にほとんどの開発陣がいて、フロア1つ2つ違うところに生産技術もいて、工場は目の前にある。そういう環境で各部門が2、3年後に生み出せる商品を徹底して協議して、確定して、それぞれが並行して開発を進める」

ローカル企業で、規模も小さいことが有利に働いたというのだ。トヨタなどのガリバーに比べれば人も研究開発費も少ない。しかしだからこそターゲットを明確にし、全社一丸となって取り組むことができるということなのだろう。規模の小さい会社ならではの戦い方である。

マツダは13年3月期、5期ぶりに黒字を回復した。前3月期には1356億円の最終利益を計上、これは同社史上最高益である。今期第1四半期でもその勢いは落ちておらず、過去最高益を記録、今期の最終利益は前期比17.9%増の1600億円を見込む。スカイアクティブはマツダを完全に甦らせた。

危機に陥った時、人間の本性が見えるように、企業もまた、危機に陥って初めて見えてくるものがある。泥臭いまでの愚直さに、マツダの底力を見ることができる。

マツダの歴史/1920 東洋コルク工業として誕生

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