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2014年6月号より

“他局のやらないことをやる「モルモット」金もなければ人もいない弱小局ならではのゲリラ戦法

民放第3位に躍進

4月12日、テレビ東京は開局50周年を迎えた。当日は、記念特番も組まれ、局は華やかな雰囲気に包まれた。東京・神谷町にあるテレビ東京本社屋周辺も、50周年記念イベントなどの告知であふれている。

50周年だからというわけではないだろうが、最近、テレビ東京の元気のよさが目立っている。かつては「番外地」と呼ばれ、民放テレビ局の中で鬼っ子のように扱われていた。それが最近では、堂々と他局と競い合っている。

その象徴が、同局の大江麻里子アナウンサーが、週刊文春の「好きなアナウンサーランキング」で1位に輝いたことだろう。民放各局の女子アナは、時にはタレント以上に注目を集める存在だ。ところがテレビ東京のアナウンサーが、こうしたランキングで1位をとることなど、これまでなら考えられないことだった。それが、他局の人気女子アナを差し置いて、堂々の1位である。

大江アナはこの3月31日から、小谷真生子キャスターの後を継いで「ワールドビジネスサテライト」のキャスターを務めているが、それが決まったときも、ウェブや雑誌などで大きな話題となった。これもかつてなかったことだ。

女子アナ人気だけでなく、番組も好調だ。

左ページのグラフは、過去10年間のテレビ局の全日、プライムタイム(午後7時~11時)、ゴールデンタイム(午後7時~10時)の視聴率の推移を示したものだ。

一目でわかるように、テレビ東京の視聴率は、常に最下位だ。年度単位でいえば、一度として定位置を離れたことはないし、数字そのものも、以前に比べれば悪くなっている。

しかしグラフにあるように、他局の視聴率も総じて悪くなっている。かつて、ゴールデンタイムにテレビを観ている人の割合は7割ほどだったが、現在は6割にまで落ちている。テレビそのものが地盤沈下しているのだが、その中にあってテレビ東京は、比較的堅調といえる。

特に、今年に入ってからの視聴率の良さが目立つ。

「1月クールは、第8週終了時(12月30日~2月23日)で、ゴールデン8.0%(前年比+0.9)、プライム7.5%(同+0.8)、全日3.5%(同+0.4)と、去年の同時期に比べ、それぞれ上昇している。中でも『開運!なんでも鑑定団』『出没!アド街ック天国』『和風総本家』といったレギュラー番組が好調です。“金曜8時のドラマ”枠で1月クールに放送している『三匹のおっさん』は5回平均10.1%、と大きな手応えを感じている。

このほか、2月24日放送の『YOUは何しに日本へ?』は11.2%、2月25日放送の『開運!なんでも鑑定団』も13.7%と、多くの番組で最高視聴率をたたき出しています」(2月27日の定例会見で高橋雄一・テレビ東京社長)

そうした好調番組に支えられ、最近では、週単位であれば最下位から脱出するケースも出ており、2月にはフジテレビ、TBSを抜いて民放3位の座についたこともあった。

かつて民放5局は、「3強(日本テレビ、TBS、フジテレビ)、1弱(テレビ朝日)、1番外地」と呼ばれていた。それがいまでは番外地が3強のうち2角を崩すまでになったのだ。

テレビ東京好調の理由として、多くの人が指摘するのが、番組の独自性だ。

テレビ東京以外の民放を見ていて気になるのは、どの局も同じような内容の番組を放映している。ドラマで医者モノが受ければ他局も真似し、刑事モノの調子がよければそれに乗っかる。バラエティ番組にしても、同じようなタレントばかりが出演している。必然的に、番組も似てくるため差別化がむずかしい。

少し前なら、「ドラマのTBS」「バラエティのフジ」といった具合に、局ごとのカラーがあったが、最近では非常に薄れている。それがテレビ東京の独自性を余計、目立たせる結果につながっている。

先日のSTAP細胞に関する小保方晴子博士の会見にしても、テレビ東京以外の全局が長時間にわたり生中継をした。一方、テレビ東京は、当初の予定どおりの番組を淡々と放送。わずかながら前日より視聴率を伸ばした。他局がやるなら我々はやらないという姿勢が奏功したことになる。

ドラマにしても、先の社長発言にあった「三匹のおっさん」は、3人の還暦過ぎの男性が近所の問題を解決するというもの。美男美女が出るわけでもなく、派手さも華やかさもない。他局ではなかなか手が出せないものだ。その点、テレビ東京にはためらいがない。他局がやらないようなものなら、よけい「やってみよう」というのがテレビ東京のDNAなのだ。



コンプレックスがバネ

詳しくは次稿に譲るが、テレビ東京は開局からしばらくの間、辛酸を嘗め続けた。毎年のように赤字を計上、他局のように番組づくりにお金をかけるわけにはいかなかった。そうなると当然、優秀な人も集まらない。50周年記念特番で、草創期のテレビ東京でディレクターを務めた田原総一朗氏が「知能指数の高くない人が集まった」と語っていたが、優秀な人材はすべて労働環境も給与水準もはるかに高い、NHKや他のキー局を選んだ。ある意味、当然の選択だった。

「金や人がないだけではありません。モノもなければ他局のような全国のネットワークもなかった。ただの東京ローカル局だったのです。当然だけれど他局に対するコンプレックスだらけです。でもだからこそ、それをバネに、よそとは違う番組をつくってやろうという思いを社員全員が持っていました。

50周年の意気込みを語る高橋雄一社長(中央)。

いまの社員はコンプレックスは感じてないかもしれない。だけど、いまなお制約があるのは事実です。制作費のこともあり、吉本(興業)の芸人でひな壇を埋めることも、ジャニーズ事務所のタレントを総動員することもできない。ではその中で何ができるか。必死になって考えることから、テレビ東京らしさが生まれるんだと思います」

こう語るのは、テレビ東京で常務まで務め、その後、系列の通販会社プロントの社長を務めた石光勝氏だ。石光氏は『テレビ番外地 東京12チャンネルの軌跡』(新潮新書)という本も出している。テレビ東京が1日4時間放送に追い込まれた時から、再建への道筋を現場で見続けた生き証人だ。

「『家貧しくて孝子出ず』というでしょう。貧しければそれを逆手に取ればいい。永井豪原作の『ハレンチ学園』は、放映するとすぐに高い視聴率を獲得しました。でもこれはテレビ東京だからできたこと。他局なら怖くてできませんよ。実際、テレビ東京にも抗議が寄せられ、1年で番組を終えざるを得なかった。でもこのゲリラ性こそ、テレビ東京の強みです。

あるいは女子プロレスだって、他局ならやりません。馬場や猪木がいるわけですから。でもわれわれにはそれができません。だったら女子プロレスをやろうと考えたわけです」

金がないから、誰も注目していないコンテンツに目をつける。それがテレビ東京流だった。女子プロレスもそうだが、米国で流行っていたローラーゲームを日本に持ち込み、大ブームを起こしたのもテレビ東京の功績だし、箱根駅伝の中継を真っ先に始めたのもテレビ東京だった。

スポーツ以外でも、料理エンターテインメントや旅番組をいち早く放送、そのジャンルの先駆けとなった。そのため、テレビ東京が拓いた分野を、他局が追随、あるいはコンテンツそのものを横取りされることもあった。

箱根駅伝はその代表で、テレビ東京は1979年から放送を開始したが、8年後からは日本テレビが放送を開始するのに伴い番組は終了した。女子プロレスも、ビューティペアやクラッシュギャルズといったアイドルレスラーが誕生するのは、フジテレビが放映するようになってからだ。

その意味で、テレビ東京はテレビ界のモルモットのような存在といえるだろう。それでも石光氏は「モルモット、大いにけっこう。いまだって、テレビ東京はモルモットでなければ生きていけませんから」と断言する。

業界は違うが、かつてモルモットと呼ばれながら世界的企業に成長したのがソニーである。ソニーがいままで存在しなかった電化製品をつくって市場を開拓しても、その果実は東芝や日立などの大手電機メーカーに取られてしまうことを、評論家の大宅壮一が揶揄し、「ソニー=モルモット論」が生まれた。

しかしこの言葉をソニー創業者の井深大は喜び、「われわれはモルモットでいい」と言い続けた。ソニーに勢いがあったころの、心温まるエピソードである。

それと同じような血が、テレビ東京マンにも流れているということだろう。

日経新聞との関係

「もう一つ、テレビ東京のいいところは、権限をどんどん下に渡していくことです。これは人がいないからそうせざるを得ないところもあるのですが、若い社員でも、自分の責任でやりたいことをやれる土壌があった。ですから、好き勝手やれたということはあると思います。上の顔色を気にしなくてもいいわけですから」(石光氏)

テレビ東京にとって幸いだったのは、経営不振を打開するために、1969年に日本経済新聞社が経営に参画してからも、自由な番組づくりを認め続けたことだ。日経傘下となったことで、テレビ東京は経済情報番組の比率を増していく。それがのちの「ワールドビジネスサテライト」や「ガイアの夜明け」といった硬派番組につながっていくのだが、その一方で、世間の顰蹙を買うような番組を流し続けた。前出の「ハレンチ学園」の放送が始まったのは、日経が資本参加するのとほぼ同時だったし、その後も女性の裸を売り物にしたような番組をいくつもいくつも送り出している。

これは日経新聞から派遣された中川順社長の鷹揚さの賜物だろう(中川社長については次ページ参照)。その後の社長も、いずれも日経出身なのだが、過度な番組への干渉は控えている。その結果が、経済情報番組は硬派、それ以外はゆるいという、テレビ東京独特の番組編成につながっている。

この「ゆるさ」も好調の原因の一つだ。「ブラブラさまぁ~ず2」にしても、おじさん2人が路線バスで旅をする「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」(「土曜スペシャル」内の人気企画)にしても、ひたすらゆるい。

「ゆるさ」を演出

テレビ東京の魅力を語る野崎芳明ザテレビジョン統括編集長。

テレビ情報誌の中で最多の発売部数を誇るKADOKAWAのザテレビジョン編集部統括編集長の野崎芳明氏によると、このゆるさが、視聴者だけでなく、出演者さえも油断させてしまうという。

「テレビ東京は、番外地を自虐ネタにすることで、企画・演出面の敷居を低くしている。それによって視聴者ばかりか出演者も油断する。油断することで素が出てくる。視聴者はそれを楽しんでいます」

ただしその裏には綿密な計算もあるのではないかという。その例として挙げるのが、昨年、放映を開始し、瞬く間に人気となった「YOUは何しに日本へ?」だ。この番組は空港で外国人観光客に声をかけ、日本での行動に密着したドキュメンタリータッチの番組だ。

「いまの視聴者は作り込んだ画像を嫌います。そのことを考え、テレビ東京では、わざとゆるい空気感をつくっているようだ。これは技術的には大変なものがあると思います。

あるいは、先日、バラエティの生放送を見ていて思ったのですが、画面が切り替わる時に、わざとスタッフの姿が映り込むようにしたり、CMが終わっているのに司会者がそれに気づかず水を飲むところを入れてみたり。これらはライブ感を出すための演出なのではないかと思います。きちんきちんと進行させるより、わざと手違いの部分を映してやる。これがゆるさにつながります。

テレビ東京は昔から独自の番組をつくることにかけては定評がありました。いまはそこに経験が積み重なって、視聴者に気づかれないような自然な演出ができるようになったのではないですか。これは一朝一夕にできることではありませんよ」

ではこれから、テレビ東京はどこに行くのか。いまだ制作費は他局に比べ10分の1というが、それでも、以前よりは使える金も増えている一方、知名度が上がることで優秀な人材も集まるようになった。

「会社の業績がよくなるにしたがい、どんどんエリートが入ってくるようになる。でも面白い番組をつくるDNAだけは失わないでほしいですね」(野崎氏)

「番外地精神を受け継ぎつつ、すぐれた5位を目指してほしいですね。苦し紛れに視聴率を追うのではなく。輝ける5位局でいてほしい」(前出・石光氏)

取材で会った多くの人が、テレビ東京の快進撃に喝采を送る。同時に、このまま快進撃が続くと良さが失われてしまうと懸念する。その矛盾の中に、テレビ東京は生きている。

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