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特集記事

2014年3月号より

企業売却の極意は「売りたくない時こそ、いちばんの売り時」

「企業の将来が見通せない」「後継者がいない」など、中小企業経営者の悩みは深い。こうした悩みの解決策のひとつが、M&Aだ。自分の会社を身売りすることで、事業を継続することができ、従業員を守ることができるのだから、会社の終わらせ方として大いに検討する価値がある。そこで、中小企業のM&A仲介を手がける、日本M&Aセンターの分林保弘会長に、M&Aの現状と、上手な活用法を聞いた。

後継者不足と企業集約

―― ここ数年、国内でもM&A件数が伸び続けています。日本M&Aセンターの扱う案件も増えているのではないですか。
分林 増えていますね。毎日、20~30件もM&Aの相談が寄せられますし、当社が仲介した件数も、毎年20%以上も伸びています。

―― なぜ、ここに来て件数が増えているのでしょうか。
分林 最大の原因は後継者不足です。当社を設立したのは1991年ですが、その頃から、少子化傾向がはっきりしてきました。当時すでに出生率は1.4まで低下していました。男はその半分ですから0.7。ということは、中小・零細企業の場合、経営者の男児が全員その会社を引き継ぐとしても、3割の会社では後継者がいないことになる。しかも実際に継ぐのはいいところその半分程度でしょうから、子供が継いでくれるのは35%に過ぎません。つまり65%の企業で後継者不足になる。

そう推測して、中小企業のM&Aを扱うこの会社を立ち上げたわけです。

実際、数年前、帝国データバンクが40万社を対象に調査したところ、やはり3分の2の会社に後継者がいないという結果が出ています。われわれの予想通りになっています。

しかもここにきて、団塊世代が65歳を超えるなど高齢化してきている。そろそろリタイアを考える時期です。ところが後継者がいない。そこで、従業員を守るためにも、買収してくれるところがあれば売りたいと考えている経営者が増えています。

―― 事業承継は、中小・零細企業経営者にとっての最大の経営課題ですからね。
分林 それに加えて、将来性に疑問を持つ経営者も増えてきました。というのも企業の再編が進んでいるからです。

その理由もやはり少子化です。すでに日本は人口減少時代に突入していますが、減少スピードは加速していきます。2060年には現在より3割も減少するとみられています。しかも15~64歳までの生産人口年齢の減り方はもっと激しく、4割減ると予測されています。進学や結婚、家を買ったりクルマを買ったりする、最大の消費者層が4割も少なくなるわけです。これがそのまま企業の売り上げに直結した場合、どんな企業だって損益分岐点を下回ってしまう。

それを見越して、企業の再編が進んでいます。たとえば、薬品卸など、少し前までは日本全国に350社もありました。それがいまでは集約が進み、わずか4社で8割のシェアを持つまでになりました。食品卸も、これまで50社近くを買収してきた国分と、商社系卸に集約されています。

分林保弘・日本M&Aセンター会長。同社では年間200件以上のM&Aを成立させている。

わかりやすいのは家電販売店です。かつては松下電器のナショナルショップだけで2万点近くあった。各メーカー系列を合わせれば3万店以上あったでしょう。ところが家電量販店の台頭で、街の電器屋さんの多くが淘汰されました。でもいまでは量販店でも淘汰が進んでいる。10年前の最大手はコジマでした。いまはヤマダ電機が断トツとなり、コジマは10年前は12位にすぎなかったビックカメラの傘下に入ることで命脈を保っている。しかも、いま家電量販店は5社に集約されていますが、今後、さらに集約される可能性が強い。そういう時代です。

私の知り合いの家電量販店の社長は、そういう状況に嫌気がさし、電器店から宝飾店に衣替えしました。先日会ったところ、宝飾店は粗利がいいし値引きもしなくてすむ。本当に決断をしてよかったと言っていました。

これは電器店だけの話ではありません。ナショナルブランドを扱うかぎり、常に価格競争が起きてしまいます。いままでは小売店同士の競争だったのが、いまではアマゾンなどのネット販売も増えている。競争は厳しくなる一方です。ドラッグストアも調剤薬局も靴屋もスーパーも百貨店もみな同じです。ですから、中小・零細企業が独力で生き残るのは非常に厳しい時代になっています。

業界の先を読む目

―― 小売業はそうかもしれませんが、製造業などは少し違うのではないですか。独自技術を持っていれば、小さくても存在感を示すことができるのでは。
分林 おっしゃるとおりです。大企業というのは、最低でも年商10億円以上の売り上げがあり、将来的に100億円以上になるマーケットしか狙ってこない。そこで、市場は小さくともウチしかつくれない、あるいは独自の強みがある、というポジションを確保できれば、生き残ることは可能です。

問題は、そのような強みを持つ企業がどれだけあるかということです。現実には、そんな企業はほんの一部にすぎません。

少し前までは、大企業の下請けとして生きる道もあったでしょう。しかしいまは、何の保証にもなりません。というのも製造業の海外移転が進んでいるからです。たとえば、かつて自動車メーカーが海外に工場を建設する時は、下請けの部品会社にも海外進出を要請していました。その代わり、そこで生産したものは、責任を持って引き受ける。こうやって大手メーカーと下請けが一緒に海外に進出できた。

いまは違います。海外に工場を新設する時でも、部品会社に対して「出たいのなら出てもいいですよ」としか言わない。あくまでも、自らの責任で決断しろと。しかも、保証はしない。現地の部品メーカーでもっといい条件で取引するところがあったら、いつでも切り替えるというわけです。それが現実です。

―― 中小・零細企業の経営者にとっては非常に厳しい時代になったわけですね。
分林 だからこそ経営者は、先を読む力が求められます。日本経済がどうなるか。自分の業界がこれからどのように変化していくか。それを見極めて、独力で生き残るのがむずかしいと思ったら、M&Aなどの手段を考えなければなりません。

実際、優れた経営者は真剣にそのことを考えていますし、積極的にM&Aを活用しようとしています。

―― 具体的な例を教えてもらえますか。
分林 インドネシアに工場を持つある自動車部品メーカーでは300~400人の従業員を雇用していました。しかも東南アジア進出を本格化している自動車メーカーから、さらに工場を拡大するよう要請されていました。会社には社長の子供たちも在職しており、将来性も、後継者も悩む必要はない会社です。

でもここの社長は、会社を売ることを選択しました。というのも、会社が大きくなりすぎたと考えたためです。しかも自動車メーカーの要請に応えようとすると、資金的にも対応できない。しかも子供たちは、会社をゼロから立ち上げた自分のようなしたたかさも持っていない。果たしてこの会社を継ぐことができるだろうか。こう考えた結果、会社を売ることにしたのです。

子供が会社を継ぐ不幸

―― 確かに会社を子供に継がせたがために、会社がおかしくなったというのはよく聞く話です。
分林 よく言うのは、「継ぐ不幸」「継がせる不幸」です。親の後を継いだばかりに、みなが不幸になってしまう。たとえば、40歳で親の会社を継いで45歳で倒産させてしまったとしましょう。中小企業の場合、社長が個人保証するケースが多いですから、この社長は一文無しになってしまう。もしかしたら、父親の会長の家も担保に入れているかもしれない。こうなると、会社がなくなると同時に、この一家は住むところもなくしてしまう。45歳だと再就職もむずかしい。しかも社員も、みな迷惑する。こういうケースを私はいやになるほど見てきています。

―― どうやったら、そういう悲劇を起こさずにすむのでしょう。
分林 親から会社を継いだ人のほとんどは、真面目にこの会社をなんとかしたいと考えています。でも時代の変化もあり、いくら頑張っても思ったようにならないことはいくらでもある。ですから、できるだけ見極めを早くすることです。そのうえで、買ってくれるところがあればM&Aに応じればいいし、できるだけいい条件で会社を清算するという方法もある。真面目なのは日本人の美徳ですが、あまり頑張らないことです。

―― でも、ほとんどの経営者は、赤字に陥ったところで、いまをしのげばいずれ展望が開けるのではと考えているでしょう。たとえばいまなら、アベノミクス効果によっていずれ日本全体の経済がよくなる。それまでの我慢だ、といった具合です。
分林 その気持ちはわかりますが、人口が大きく減るわけですから、大きなトレンドでは、経済がシュリンクするのは仕方がない。その事実を認識し、自分の事業を客観的に見なければなりません。

―― それがいちばんむずかしい。
分林 ですから私たちは、一生懸命啓蒙活動を行っています。自ら主宰するセミナーも含め、年間300回ほど講演を行っていますし、聴講する人は年間、万単位でいらっしゃいます。みなさん、このままではどうなるか、不安を感じているんです。そこで私たちは客観的な状況を伝えるとともに、どういう選択肢があるか、説明しています。

―― 経営者の意識は変わってきましたか。
分林 そう思いますね。
たとえば最近のことですが、もともと買い手候補と考えて話をもちかけたところ、売り手になった事例がありました。横浜にある横浜テープ工業のケースです。衣料用テープメーカーで、売上高17億円、従業員は400人ほど。中国とバングラデシュに工場を持っていました。ここにある売却案件を持っていったら、逆に自分たちを売ってもいいと言う。そこで、伊藤忠商事グループで服飾資材の製造・販売を手がける三景がM&Aすることになりました。

この結果、伊藤忠の信用力、三景の販売力、横浜テープの生産力を組み合わせた企業が誕生したのです。横浜テープの経営者は、この会社にとって最善を考えた結果、買い手ではなく売り手になることを考えたのです。

―― 経営する者にしてみれば、M&Aで買われることはけっして受け身ではないということですね。
分林 少し前に、当社が仲介してワタミが買収した九州の宅配弁当のタクショクもそうしたケースです。5年ほど前のタクショクの売上高は80億円で、経常利益も5億円ほど出ていました。首都圏にも進出、上場準備も始めていました。

しかし首都圏で展開して気づいたのは、自らのブランド力のなさでした。そこで当社に、どこかブランド力のあるところと組むことはできないか、という相談があり、ワタミを紹介することにしたのです。その当時のワタミは企業買収はほとんどしてきませんでしたが、タクショクはお年寄り向け弁当も提供していました。ワタミが介護に力を入れていたこともあり、タクショクに関心を示し、M&Aが成立したのです。

いまタクショクがどうなっているかというと、売上高は500億円に拡大していますし、いずれ1000億円になると思います。すでにワタミは十分、元を取ることができました。タクショクのオーナーにしても、売却資金を元手に、九州の地元で事業を始め、うまくいっています

―― M&Aによってみんなが幸せになった好例ですね。ただし、経営者であれば誰しも自分の会社に愛着があるから、その決断はなかなか下せない。利益が出ているとなるとなおさらです。
分林 ですから、そこで必要になるのが先見力です。利益が出ている会社のほうが、結果的にはうまくいくものです。クライアントの社長が言った言葉ですが、「売りたくない時がいちばんの売り時、売りたくなった時には売れないもの」。これがM&Aをうまく運ぶコツです。また、「決断は心残りぐらいがちょうどいい」という言葉を残した経営者もいます。

そこで決断できるかどうかは経営者にかかっています。

タイミングを逃すな

―― 企業を売るにもタイミングが大切だということですね。売り時を逃したばかりに、高く売れるものが売れなくなってしまっては、元も子もありません。
分林 本当にタイミングは大切です。外部環境の変化によって、かつては高く売れたものが、いまでは値がつかないというケースも珍しくありません。

創業間もない頃に仲介した、70台の車両を保有していた北海道のタクシー会社は、17億円で売れました。これはタクシー1台につき1000万円、プラス純資産が10億円という計算です。ところがいまは、70台保有していても、純資産がなければ全部で1000万円にしかなりません。かつてタクシーは規制によって増車することが難しかった。だからこそ1台1000万円の値がついたのですが、規制緩和によって容易に増車ができるようになったものだから、会社の価値も暴落してしまいました。こういうケースは珍しくありません。

―― それも含めて経営者の先見力ということですね。あとひとつ気になるのは、社員のことです。会社を売って、経営者は買収資金を手にすることができても、社員が買収先から冷たい処遇を受けたりしたら、むしろ恨みを買ってしまいます。
分林 大企業のM&Aの場合、買収してリストラするという手法がよく取られますが、中小企業の場合はそうしたケースはまずありません。100%社員は残ります。というのも、中小企業の場合、社員あっての会社だからです。ですから場合によっては、買収後、社員が減ったら買収費を減額するという契約を結ぶケースもあるほどです。

―― 最後にうまくいくM&Aの条件を教えてください。
分林 絶対必要なのは相乗効果が出ることです。これがなかったらM&Aの意味はありません。たとえば技術屋社長のもと、技術屋集団の会社なら、技術系商社に買われたら面白い。技術に販売力や資本力が加わることで、売り上げはすぐに1.5倍くらいになりますよ。

企業カルチャーなどの相性も大切ですが、そういうことを考えマッチングするのが私ども仲介会社の役割です。相乗効果、相性などあらゆる条件を勘案し、最適の組み合わせを実現しますので、悩んでいる経営者はぜひ、相談してほしいですね。

(聴き手=本誌編集長・関 慎夫)

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