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特集記事

2014年1月号より

意外と外れるゴーン社長の“勘ピュータ”

技術力をアピール

このところ、ドライバーが運転操作をせずとも車が自律的に走行する「自動運転技術」が脚光を浴びている。米グーグルが2007年に開発を開始し、アメリカ政府が強力に後押ししたことで開発熱に火がついた。それに負けじと安倍内閣が成長戦略の一つに組み入れたこの分野で、日産自動車が自社技術の先進性を強烈にアピールしている。

8月末、日産はアメリカで技術体験イベント「日産360」を開催し、日本からも大勢の新聞記者やジャーナリストたちを招待した。そのイベントのメインは自動運転であったという。参加したジャーナリストの1人は、
「自動運転といっても、まだ普通の車と完全に混走するには程遠いのは事実。ただ、日産がこの分野で先進性を見せつけて、技術力をアピールしたいという気持ちは痛いほど伝わってきた」
とその場の雰囲気を語る。

自動運転にこれだけ大胆に踏み出す決断をしたのは誰あろう、日産のカルロス・ゴーン社長だと明かすのは、ある日産OB。

EVではアテが外れたゴーン氏。

「自動運転はご想像のとおり、次世代の成長分野を作ることで大統領としての、また民主党としての実績をアピールしたいオバマ大統領が執着している技術です。ゴーンさんは多額の助成金が期待できる行政の紐付き技術が大好きなんです。オバマ氏が環境産業を成長させることで雇用増大を図るグリーンニューディールを大々的に打ち出したときも、ゴーンさんはEVでその話に乗った。自動運転もその流れでしょう」

ゴーン氏はこのところ、新しい“コミットメント”として、20年に自動運転技術の実現を目指すと言いだした。別の日産OBは、
「何か遠大なことを考えているわけではないと思いますよ。彼もまだ50代ですから、自動運転をコミットメントに掲げれば、あと7年は日産、ルノーの最高権力者として居座ることができると思っているんでしょう。もっとも、それは普通の車がきちんと売れて、シェアを伸ばすことができればの話。当面大丈夫だと思っていた販売が中国でダメになり、先進国でも調子が悪いとあらば、権力基盤が揺らぎかねない。そのこともあってか、最近は相当カリカリきているようですよ」
と、ゴーン氏が自動運転を権力基盤強化の道具に使っているのではないかという見方を示す。
20年に自動運転実用化という日産のスタンドプレーに、トヨタ、ホンダをはじめライバルメーカーの関係者たちは少なからず色めき立っている。

ホンダで先進安全技術を担当しているシニアエンジニアは言う。

「世界の上位メーカーはどこも運転支援の技術開発に全力で取り組んでいます。ウチもですし、トヨタさんやデンソーさんの熱意もすごい。トヨタさんは車だけでなく、道路側との連携のあり方も模索するために、専用のテストコースを東富士の研究所にわざわざ作ったくらいですからね。

自動運転の技術はその延長線上のもので、20年に自動運転のまね事らしきものをやるくらいなら、十分に実現できるんですよ。それを日産さんは、まるで自分たちが先駆者であるかのように宣伝している。ウチとトヨタさんがハイブリッドカーで火花を散らした時に、いきなりEVを持ち出して自分たちの技術レベルの高さをアピールした時と同じ手法だと思いますね」

トヨタは日産が自動運転を大々的にアピールした直後、首都高速道路で手放し運転を披露するというパフォーマンスを行った。当然のことながら行政サイドは「道路交通法違反だ」と気色ばんだが、それを押してでもどこだって自動運転の研究開発はやっているということを示して、日産を牽制しようという意図があったことは容易に想像できる。

もっとも、本当に20年に日産が自動運転技術で世界をリードできるのなら、今日の強弁も実るというもの。果たして日産の自動運転技術はモノになるのだろうか。

「日産の技術だけがコケるということはないと思います。そもそも20年に自動運転がエンドユーザー向けの商品に使える技術になるという可能性はほとんどありませんから」(前出のホンダ関係者)

先進技術に詳しい自動車ジャーナリストは、今後の展望を次のように語る。

「自動車の運転は認知、判断、操作の3段階からなるといわれます。周りの状況を見て、それがどうなるかを予測し、実際に運転行動を起こすというプロセスを、ドライバーは誰でもほとんど無意識のうちにこなしているんですね。そのうちアクセル、ブレーキ、ハンドルなどの操作については、実は現時点ですでにかなり機械化されているんですが、問題は前の2者。なかでも難物は2番めの“判断”なんですよ。

たとえば自転車が前にいるとします。ドライバーはその自転車に乗る人がチラッとこっちを見た時に、ああ、こっちに気づいているなとか、今にも飛び出してきそうだなといった予測を行います。しかし、少なくとも近未来の画像認識やレーダーシステムでは、そのような細かいコミュニケーションを取れるようになるメドはまったく立っていない。そのレベルの技術で自動運転車を公道に投入できると考えているエンジニアがいるとすれば、そのエンジニアは道路を走る資質のない人。少なくともトヨタ、ホンダ、ダイムラーなどは、完全自動運転は当分無理と考えていて、あくまで運転支援をメインに据えているようです」

見切り発車したEV

ゴーン氏は、09年にEV戦略を大々的に打ち出し、11年には16年までに世界で150万台のEVを売ると豪語した。三菱自動車に次いで世界で2番めとなる量産EV『リーフ』を売り出しただけでなく、NECトーキンと共同でEV用の大型リチウムイオン電池製造会社、オートモーティブエナジーサプライを設立したりもした。

日本市場では受け入れられなかったタイ工場製「マーチ」。

しかし、フタを開けてみるとEV販売は伸び悩んだ。リチウムイオン電池は現時点では量産品として最も性能が良い蓄電装置なのだが、それでも重くて高価だ。リーフのようなコンパクトカーを、ある程度ユーザーに買ってもらえそうな価格に抑えるためには、どうしても性能を落とさざるを得なかったのだ。

加えて技術面でも、問題を抱えたままの見切り発車だったと指摘する声も多い。トヨタで蓄電装置の研究開発に携わっている幹部の一人は、リーフが発売になる前に技術情報を調べて、疑問を抱いたという。

「ウチでも日産さんのような成分の電池はさんざんテストをしていました。気温の低い状態で運用すると性能が落ちたり耐久性に問題が出たりと、あまり良い結果が得られませんでした。そのバッテリーを日産さんが積むと聞いた時、本当に大丈夫なのかと情報収集に走ったほどでした」

リース会社やバッテリーメーカーからも、それを裏付けるような話が漏れ聞こえる。日産はリーフを購入したユーザーに、バッテリーを保護するためには満充電の8割にとどめるよう推奨。さらに、一定期間内にバッテリー容量が基準値を超えて劣化したものについては、無料でバッテリーを交換する保証制度を追加するなどして信頼性をアピールしたが、リーフの販売は当初の日産の目論見どおりにはいかないまま今日に至っている。

EVばかりではない。ゴーン氏の“勘ピュータ”による見切り発車的な商品戦略は、決して打率が高いとはいえないのが実情だ。

10年、日産は主力コンパクトカーのマーチをフルモデルチェンジした際、国内産ではなく、タイ工場製のアジアンモデルに切り替えた。

導入当初は、信号待ちのときにエンジンを自動的に止めてガソリン消費を節約するアイドリングストップ機構を採用して燃費を向上させたことが話題となって、そこそこの人気を博していたが、長続きせずに販売は失速。13年10月には軽乗用車を除く販売ランキングで上位30位から転落するというありさまだ。

失策はそればかりではない。12年にはコンパクトセダンの「ラティオ」を同じくタイ製のアジア・中国市場向けモデルに切り替えたが、これも販売は低迷。北米ではある程度売れているが、それは「ヒュンダイの同クラスのモデルよりさらに安売りされている」(事情通)という販売支援策に支えられての好調だ。

「ゴーンさんはイメージさえ作れれば、低コストで作ったスペックの低い車でも売れると思い込んでいるフシがある。日産は、世界販売台数そのものは決して少なくない。しかし、車の販売価格は同クラスのライバルに比べて安いケースが多く、利幅は大きくないはず。マーチなど、ウチの車と比べてもスペックが低い。コストを安くしても販売価格まで安くなってしまっては、結局マイナス効果のほうが大きくなってしまう」(スズキ幹部)

なぜ日産は自社の車の付加価値を高めることができないでいるのか。それは技術開発の迷走と無縁ではない。

混迷した商品開発

もともと日産は、90年代に経営危機に陥り、ルノーに救済される直前の数年間は、研究開発に投じる資金にも事欠くありさまで、技術開発競争の最先端から大きく後退した。

ルノー傘下に入った後、ゴーン氏はコストカットに大ナタを振るったが、その対象は過剰な生産設備の削減や人員整理、子会社株の売却だけでなく、研究開発のメニューにも及んでいた。

ちょうどその頃、日産は乏しい開発リソースを必死にやり繰りし、トヨタ、ホンダに続いて燃費性能に優れたハイブリッドカーの量産モデル『ティーノハイブリッド』の発売にこぎ着けようとしていた。しかし、ゴーン氏は当時、コスト高であったハイブリッドカーには未来がないと決めつけ、100台を限定的に売るだけでプロジェクトをやめてしまった。ハイブリッドカープロジェクトがなくなった後、エンジニアたちは市販とは無関係なモーターショー用のコンセプトカーの製作などに従事し、優秀な人材はほどなく散逸してしまった。

ゴーン氏はその後も次世代技術の開発には関心をあまり示さなかったが、上手かった部分もある。それは国内外の大学との産学連携。自動運転のベースとなるIT分野の先端研究で後れをとらずにすんだのは、とくにアメリカの大学の著名な研究室との連携を保てたからということに尽きる。

しかし、肝心要の商品開発はその後も混迷した。09年にEV戦略を打ち出したとき、「ハイブリッドカーはグローバル市場でのシェアがほんの数%でニッチ商品だ」と、さらにニッチなEVのことを棚に上げて言い放った。

移民でありながら、フランスのエリート養成校の一つである理系のエコール・ポリテクニークを卒業し、若くしてミシュランの経営の立て直しに貢献したりと、様々な実績をあげてきたが、その世渡りの中で自分の判断の誤りを絶対に認めないという処世術が身に染み付いてしまったのか、その後ハイブリッドカーの部品コストが急速に下がっても、その判断をなかなか修正できず、結果として持ち味であるはずの経営のスピード感を自ら殺してしまったのだ。

アメリカのトレンドに乗る

ゴーン氏がハイブリッドにようやく関心を示しはじめたのは、EV戦略の躓きが明白になってからのことだった。

頼みの綱は、先に述べたオバマ大統領のグリーンニューディールだが、オバマ大統領は実は科学技術にはあまり明るくなく、ブレインやシンクタンクの我田引水的な政策提言を鵜呑みにするところがある。グリーンニューディールの中にはEVを大量普及させるというメニューもあったのだが、技術的な裏付けがないままに提唱していたきらいが強く、今日ではほぼ頓挫している。

国内で展開する新型「スカイライン」はハイブリッドモデルのみ。

アテが外れ、EVの販売を急速に伸ばすことが難しくなった今日、問題となっているのは巨額の投資を行ったバッテリー製造子会社のオートモーティブエナジーサプライである。EVが売れなければ投資を回収することができるわけもなく、不良債権化するリスクすら浮上しているのだ。

「日産さんはハイブリッド戦略を唐突に打ち出した理由として、欧州での燃費規制への対応などを挙げていますが、もともと欧州市場における日産さんの存在感は薄く、たまたまヒットしたSUVで一見好調なだけ。その欧州市場への手当てというのも変な話です。おそらくオートモーティブエナジーサプライの稼働率を上げるには、大型バッテリーを使うハイブリッドをやるしかなかったのでは」(ライバルメーカー幹部)

日産はリーマン・ショック、東日本大震災といった厄災に見舞われながらも、一時はライバルに対して優位に戦いを進めることに成功していた。技術的には何を取っても2番手だが、技術や車のタイプなど、市場によって異なるユーザーの嗜好を敏感に察知し、ハイブリッドカー以外のものについては柔軟なクルマ作りをすることで技術力をカバーしてきた。そうやって時間稼ぎをしている間に、ライバルメーカーを技術開発でキャッチアップできれば、結果として技術格差はなかったことにできる可能性は十分にあった。

しかしゴーン氏が今取ろうとしている戦略は、日産の地力をコツコツと上げるのではなく、アメリカが仕掛ける自動運転のトレンドに乗るというスタンドプレー的なものだ。アメリカのシンクタンクは、オバマ政権におもねるように、自動運転の未来がすぐにでもひらけるようなレポートを連発している。グリーンニューディールのときと同じ光景が繰り広げられているのだ。

自動運転に必要な投資は、EVほどには大きくないため、日産のイメージの肥大化に上手く利用するのは、悪い手というわけではなかろう。しかし、イメージ戦略にかまけて、エネルギー効率の向上など、クルマの研究開発の王道でライバルに勝てるような取り組みをおろそかにしては、いつまでも2級勢力のままである。それが長引けば、いずれ技術力を蓄えた新興国のメーカーに食われることもあり得る。まさに今が正念場というところだろう。

(ジャーナリスト・杉田 稔)

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