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2013年12月号より

原子力と半導体にヘルスケアが加わった東芝の「3本柱経営」

原発を支える半導体

東芝が子会社の原子力発電メーカー、ウェスチングハウスを通じて、イギリスの原子力発電所運営会社を買収する方針であることが明らかになった。買収額は100億円超と伝えられている。

東芝がウェスチングハウスを50億ドル以上の巨費で買収したのは2006年のこと。当時の社長、西田厚聰現会長の決断で、将来にわたり原子力発電事業を東芝の中核事業と位置付けてのことだった。この価格に対し、当時は高値つかみとの批判も出たが、その後、地球温暖化対策としてCO2を出さない原発に注目が集まり、アメリカで立て続けに6基を受注するなど、買収の評価は一気に逆転した。

この流れは、日本でも同じように起こるはずだった。09年、当時の鳩山由紀夫首相は、国連本部でスピーチし、「20年までに温室効果ガスを1990年比25%削減する」と国際公約した。これを実現するためには風力や太陽光発電など、再生可能エネルギーだけで賄うことなど到底不可能であり、必然的に原子力発電依存を高めなければならない。そのことを、首相が世界に対して公約したわけだ。東芝の原子力事業は前途洋々に見えた。

事実、この頃の東芝は、「原子力の東芝」とのキャッチコピーの入った企業広告を、新聞や雑誌に数多く掲載していた。これは東芝の決意表明でもあった。

ところが、2011年3月の東日本大震災に起因する福島第一原子力発電所の事故により、日本での原子力発電所の新設は事実上不可能になってしまった。国内だけでなく、世界の原子力事業に暗雲が立ち込めた。

震災後、12年3月期、13年3月期の2期連続で、東芝は減収減益(営業段階)となった。その要因のひとつは、やはり原子力事業の不振だった。

いまでは経営用語として一般化した「集中と選択」を、日本でいち早く導入したのは1990年代の東芝だった。生き残れるのは業界1位か2位の事業だけ。3位以下の事業からは撤退する。この方針に基づき東芝は、小型モーター事業や音響機器部門を売却していく。それを突き詰めていった結果、西田社長時代に到達した結論は、原子力発電と半導体の2本柱戦略だった。

福島の原発事故によって、その2本柱戦略は大幅な見直しを迫られる。前述のように業績も低迷。株価も11年2月には553円をつけていたものが、昨年9月には234円と半分以下となった。

「原発事故によって、東芝の『集中と選択』路線そのものが間違っていたのではないか、とさえ言われたものです。何かあった時にあまりにも脆すぎますから」(ライバルメーカー幹部)

それでも東芝は、原子力発電を事業の柱から外そうとはしなかった。冒頭に記したM&Aは、今後の東芝の方向性を何より雄弁に物語っている。今後とも原子力発電事業は、東芝の最重要部門であり続けるということだ。

東芝にとって幸いだったのは、原子力の前途が見えない一方で、半導体部門が好調だったことだ。

東芝の半導体事業のメイン製品は、NAND型フラッシュメモリと呼ばれるもので、スマートフォンやタブレット端末などに使われている。この需要がスマホブーム、タブレットブームのおかげで急増している。東芝のフラッシュメモリ主力工場は四日市工場だが、この春からフル稼働が続いているという。それでも需給は逼迫している。そのため東芝では、来年夏稼働を目指し、300億円をかけて新しいラインを建設中だ。

7月に発表された東芝の第1四半期決算は、売上高が前年同期比10%増の1兆3906億円、営業利益が同112%増の243億円と、利益が倍増した。その最大の要因は半導体事業の大幅増益で、この部門だけで前年同時期より385億円多い479億円の利益を上げている。つまり半導体の利益で他部門の赤字を補っているという構図だ。

東芝が西田社長時代に、原子力発電と半導体を2大柱と定めた時から「短期的には半導体で。長期的には原子力発電で」と考えてきた。ところがその後のリーマン・ショックの影響で、世界的に半導体市況が悪化、東芝の半導体事業も大赤字に陥っている。しかしスマホやタブレット端末が普及したことで状況は激変、大きな利益を出せるようになった。これが半導体事業の面白さであり、怖さでもある。市況一つで収益は大きく変わってくる。それほどまでに不安定なビジネスだ。

2本柱から3本柱へ

そこで東芝は、この夏、「ヘルスケアを第3の柱に据える」(田中久雄社長)と宣言した。「医療費の増大が先進国と新興国のいずれでも大きな課題となっていることに加え、今後は画像診断に限定されない新しい診断・治療技術が確立される見通しで、ここに大きな商機がある」と田中社長は説明する。

ヘルスケアを3本目の柱にすると宣言した田中久雄社長。

すでに東芝は、X線CTT装置で世界3位、MRI装置で世界4位など、画像診断装置を中心に高いシェアを誇っている。今後、これらヘルスケア事業をさらに伸ばしていき、現在2770億円の同分野の売り上げを、15年度には6000億円へと倍増させるというのだ。

当然、既存のヘルスケア事業を拡大するだけではこれだけの短期間に倍増などできるはずもないため、M&Aも選択肢だ。結果的に失敗に終わったが、パナソニックのヘルスケア事業売却に手を挙げたのもその一つだ。

その一方で、大きくメスを入れたのがパソコンとテレビ分野だ。これまでパソコンとテレビはデジタルプロダクツ事業としてくくられていたが、これと白物家電などの家庭電器事業と合わせてコンシューマ&ライフスタイル事業グループが新設された(10月1日付)。

パソコンとテレビはともに赤字事業である。かつて東芝はダイナブックで米国市場を席巻。ノートパソコン分野では高いシェアを誇った。またテレビでは「レグザ」が福山雅治のテレビCMのおかげもあって大ヒット。国内テレビの勝ち組と言われたものだが、それもいまは昔。そこで東芝は、事業グループを再編するだけでなく、事業スケールの削減に踏み切った。

具体的には、海外に3カ所ある工場を一カ所に集約、従業員2000人を削減する。自社生産の比率を6割から3割へと半減させるだけでなく、120ある機種も70種ほどに削減するという。またパソコン事業でも設計や開発・営業・間接部門の人材を、社会インフラ部門へ振り分けている。

つまり、これまで東芝の顔であった事業分野にも大胆なメスを入れたということだ。これはとりもなおさず、集中と選択に聖域が存在しないことを意味する。

リーマン・ショックからこれまで、東芝はひたすら守りに徹していた。しかし、今年6月に田中社長が就任したのをきっかけに、再び攻めの姿勢を取り戻した。集中と選択により事業領域を絞り込むことは、時として大きなリスクを背負いこむ。赤字部門を黒字部門で補うという総合電機ならではの強みを発揮できないケースもある。それでも東芝は、集中と選択経営を掲げ続ける。

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