2013年6月号より
5期ぶりの最高益更新
「無印良品」を展開する良品計画が、2008年2月期以来、5期ぶりに最高益を更新した。株価も年初の4765円から倍近い水準(4月上旬時点)だ。前回の最高益を受けて、08年2月に同社社長に就任したのが金井政明氏である。ところが同年9月にリーマン・ショックが起き、景気後退とともに消費者は急速に低価格志向を強めていく。金井氏にとってはいきなりの逆風だった。その後、同氏はいかなる改革で業績を再浮上させてきたのか。
「就任当初は、無印良品を新たに探究する風土・組織にすることが極めて重要だと考えていました。コスト削減をしたり、オペレーションの効率化にどんどんいってしまってはまずいという認識があったんです。管理型で経費削減ばかりに目が向き、社員の間でも、無印良品は好きでも良品計画という会社は嫌いだという風潮が出始めていたので、そこを変えるのが役割だなと。(08年の)上期はいいペースで推移したんですが、やっぱりリーマン・ショックは響きましたね。低価格志向への揺り戻しの中で、圧倒的な安さのほうに消費が傾斜していきましたから」
09年は一段の経費削減を余儀なくされたが、翌10年は、無印良品が西友のプライベート・ブランド(以下PB)として誕生後ちょうど30年の節目の年でもあった。金井氏は、社内の空気が沈滞しないよう広告宣伝費も増額し、「カップ入りキャミソール」や「直角の靴下」など、無印良品らしい商品も送り出した。ただ、ユニクロのような物量で勝る企業が無印の類似商品で後追いすると、ユニクロの多額の広告費効果も手伝い、無印良品は話題的にやや霞んでしまった感は否めなかった。
「当社の顧客層はマスではないと思うんですね。こだわりのある方が、我々のコンセプトに共感して買ってくださるわけですし、もともと全ての方にわかってもらうような価値観でもないので、(広告宣伝費を増額しても)マスの大きなウエーブにはなりませんでした。
そこで、ソーシャルメディアを使ったウエブのほうにも力を入れつつ、『品揃え開発』というセクションを作って、品揃えの中身も変えたのです。品揃えに関する会議はいまも毎週続けていますが、一貫している考え方は、無印の新たな価値を作り出すための風土作りにあります」
その後、良品計画は11年下期から増益基調に戻った。商品カテゴリーで言えば、春夏物、秋冬物と、半年ごとに入れ替えができる衣料品が持ち直してきたことが大きい。その勢いが、12年は通期で加速した結果、最高益を更新するに至ったのだ。
もう1点、無印良品には海外市場での強さもある。すでに出店ペースは海外が国内を上回り、将来は海外の店舗数のほうが多くなる見込みだ。いまは現地生産を加速させている段階だが、いずれはさらに踏み込んで“土着化”することに照準を合わせている。
「(少し割高な)海外での売価、あるいは在庫も適正化しながら、世界共通の現地オペレーションができたら、次はいよいよ土着化に入りたい。いまは世界共通の品揃えですけど、主力は生活用品ですから、共通した品揃えを持ちながら、現地の経営層とクリエイターたちで、その地域特有の商品も作ってほしいんです」
海外では「MUJI」で親しまれている無印良品の特長は、オンリーワンの個性にある。たとえば、ニトリならイケア、ユニクロならZARAやH&Mといったグローバルなコンペティターがいるが、海外を広く見渡しても、無印良品のような簡素でシンプル、環境や共生に強いこだわりを持つ商品群を展開する企業はほとんど見当たらない。
「当社のように、企業コンセプトそのものを商品に落とし込んで売ろうという会社が、小売業にはあまりないですからね。もともと、お客様第一という小売業の発想ではないんです。クリエーターやデザイナーたちが集って、生活ってどういうことだろうとか、本当の豊かさって何なんだろうっていう問題提起からスタートしていますから。ここがほかの小売業とは圧倒的に違うところです。
お客様第一主義の小売業ならば、お客様が欲すれば何でも売るわけですが、無印良品の場合は、お客様がいま何を欲するべきかを考えています。そういう意味では、世界でも例を見ない企業ですよね。そこが、すごく競争力優位になっている点でもあります。
それも、一口に競争力って言いますが、“争う”企業は同質化の中で、値段を下げてシェアを全部取ってしまおうという会社でしょう。“競う”企業はスポーツと同じで、先を走るランナーよりも自分との戦いです。人が何をしようが、まず自分たちが目指した無印良品とは何ぞやを考えて、それをお客様に問うていく。そこを磨き続けることだと思っています」
売り場の編集を変えてVMD(ビジュアル・マーチャンダイジング)を強化し、売り場スタッフのスキルも上げてインテリア・コーディネーターの資格取得を奨励するようなこともその一つだという。同社は、暮らし方提案企業でもあるからだ。
無印良品の普遍性とは
無印良品の世界観は、国籍や宗教、民族、性差、貧富などのすべてを超越した普遍性にあるという。一言で言えば、日常生活で役に立つ品揃えでの普遍性に集約されるといっていい。リーズナブルな価格で無駄な装飾を削ぎ落とし、簡素で環境にも優しい独創的な商品という点が、他社が簡単には真似できない強みだからだ。
「これからさらに世界の人口が増え、資源も食料も水も足りなくなる。その時にみんなで奪い合ったら何が起こりますか。いま、世界の人口は約70億人ですが、日本人並みにご飯を食べると61億人分しか食料がないんです。米国人並みだと、実に23億人分しかない。そこで、みんなが共生していくためにはどんな原料や素材を使った商品が必要なのか、といったことを本当に真面目に考えている会社は、当社以外そんなにないと思います」
高級住宅に住み、高価な商品に囲まれることを豊かさと信じて疑わない人もいるだろうが、金井氏は「そういう貧しい価値観の人たちを変えたいという点も、無印のブランドメッセージだ」としている。東日本大震災後、単なる節約でなく、シンプルなライフスタイルを強く志向する人が増えたことも、良品計画にとって追い風になったはずだ。
「たとえば、洗面所やバスにあるシャンプーやソープは、みなさん大抵はメーカー品をそのまま使って、また買い替えるパターンでしょう。でも、僕たちは無印の容器に、リフィルだけ買ってきて詰め替える。こういう生活を、みんながもっとしたらいい。そこをリーズナブルな価格で提供し、簡素でも誇りが持てる生活の応援をしていきたいですね」
(河)