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特集 2018年に飛躍する日本発世界ベンチャー|月刊BOSSxWizBiz

「中東の砂漠を緑に変える日本の技術が生んだフィルム農法|月刊BOSSxWizBiz

森 有一 メビオール社長
もり・ゆういち 1942年生まれ。東京出身。早稲田大学理工学部応用物理学科卒業後、東レに入社。その後、テルモ、米国W.R.グレースといった日米の大企業で研究開発。95年に53歳でメビオールを設立、社長に就任。

2017年10月に行われたスタートアップW杯日本予選で、特別賞に輝いたのがメビオール。同社は安全で栄養価の高い農産物を栽培するフィルム農法「アイメック」を開発したAgTech(農業IT)のベンチャー企業だ。設立は1995年と、スタートアップと言うには古参だが、砂漠でも野菜が栽培できるという技術力に世界中が注目。今後の大きな飛躍が確実視されている企業だ。そのメビオール社長の森有一氏に話を聞いた。

人体から植物へ

── フィルムを使った新しい農業のスタイルを考案されたわけですが、従来の土と水を使った農業とはずいぶんイメージが変わりますね。どのような仕組みなのでしょう。
このフィルムにはハイドロゲルの機能が付いています。よくハイドロゲルが使われているのが紙おむつです。おしっこを吸って、絞ってもおしっこが漏れない。表面はカラカラに乾いた状態ながら、外に水を逃がさない高い保水性を持っています。また、このフィルムには、ナノサイズの穴が無数に開いていて、バクテリアやウイルスを遮断して水と肥料だけを通すようになっています。このフィルムの上で植物を栽培するというものです。

── 森社長は95年の創業以来、このフィルムの開発を手掛けてきたわけですが、どのような経緯で開発に着手したのですか。
私は大学を卒業してから53歳でこの会社を起こすまで、30年間、日米の大企業で人工の臓器や人工の血管など、プラスチックを使った医療機器の研究を行ってきました。人間の体をプラスチックで代えようと、そういう研究です。しかしながら、人工透析も人工心臓も、置き換わるわけではありません。透析は死ぬまで週2回、続けなければならないし、人工心臓も空気を入れてあげなければならない。必要なものですが、不完全なものでもあります。そして、先端医療は非常にお金がかかるものです。

そうであれば、同じ技術を使って、同じ生きものである植物で安全かつ高品質なものができるならば、そちらのほうが役に立つのではないか。私は30年間、人間そのものに関わってきましたが、非常にリスクのあるものでした。製品開発しても厚労省が認可してくれなければ使えません。であるならば、もっと間接的に、トマトを介して人間とお付き合いするのはどうか。運動して、安全で栄養価の高いものをきちんと摂れば、病気にならない。私も75歳になりましたから、よくわかるんですよ(笑)。そういう農業をしようと、このベンチャーを作ったわけです。

工業の世界というのは、いろんな素材が開発されて、それが新しい事業に繋がっていく。例えば最初は石です。石器時代。次は青銅になって、次に鉄の発明があって、蒸気機関ができて産業革命。いまはプラスチックです。次の時代はおそらく半導体でしょう。そういう新素材が新しいビジネスを作っています。ところが、農業は太古から土と水。土耕栽培と水耕栽培です。それをプラスチックに変える。業界の破壊者というのは、異業界から来るものです。ですから、農業に革命を起こすとしたら、きっと農業以外からしか起きないわけです。

── 大手企業で培った医療分野の研究の経験が、このフィルムに活かされているわけですね。
私は東レで、透析の患者さんに使う透析膜の開発をしていました。ですから、菌とウイルスは絶対に通らない。ただし、水は通るのです。このフィルムを液体肥料上に置き、その上にレタスなら種、トマトなら苗を置くと、根がフィルムに張り付いて成長します。

ハイドロゲルですからフィルムのなかに水と肥料が入っている形になります。それを吸うために、植物は根の表面積を増やします。一般的な土耕栽培や水耕栽培の場合、根は太くて100ミクロン。このフィルムに出てくる根は1ミクロンくらいです。それをびっしりと伸ばすので、面積が従来の1万倍くらいになります。だからこそ栄養をしっかり摂って、栄養価の高い野菜ができます。同じ品種の植物でも、土とフィルムでは太さの異なる根の出し方をします。これは植物が持っている環境適応性で、こうした機能を農業はもっと使わなくてはいけません。

── フィルム農法を、農家の方はすぐに受け入れるものですか。
最初は惨憺たるものでしたね(笑)。「こんなものでトマトができるわけがない」と追い返されるんです。信用してもらえなかった。これは普及させるのが難しいなと思っていたのですが、実は、意外と順調に採用していただいていまして、国内で150カ所くらいの農場で取り入れられています。

やはり、使っていただけるのは非農家なんです。60%が製造業や運輸業といった他業種で、40%が農家。その農家も、その多くが、息子たちが継いだ若い世代です。

海外からの問い合わせ

── 農業がない不毛地でも栽培できることを売りにしていますね。
土を使いませんからね。いくつか例を挙げると、1つは陸前高田市です。被災して土が非常によくない土地ですが、いま2ヘクタールを使って栽培しています。それから、土壌汚染が深刻な中国、上海。ロシアもこれから始まりますが、ロシアも土がよくないんですね。それから中東です。いま砂漠の真ん中にハウスを作って栽培しています。

中国の方は、土壌汚染による作物の汚染を非常に懸念しています。彼らはわざわざ見に来て、本当にフィルムで土と遮断されているかを確認する。それで糖度をはかり、買っていく。ものすごい人気で、わずか1年半で5ヘクタールにまで広まっています。

フィルムの表面には根がびっしりと張り付いている。

中東も、ドバイから1時間くらいのところにある砂漠ですが、ハウスを作って我々が教えに行くわけです。インドやパキスタンから来た労働者が多いのですが、2週間ほど教えるだけで、あとは彼らだけでできます。土作りや水やりの技術を教える必要がないからです。驚いたことに、ドバイでこのトマトは日本のフィルム農法のトマトよりも甘くて、量が採れます。100%晴れているので、日照量が多いんですね。また、砂漠の下にあれだけ石油があるということは、かつては植物が繁茂していた土地ということですから、砂漠は最高の農場だと言えます。

ちなみに砂漠の真ん中でも日本の技術があれば農業が可能なんです。電気は通っていませんが、太陽光はすごくある。水道も通っていませんが、地下水は意外とあるんです。つまり、日本の太陽光発電の技術と、水の淡水化技術、そしてフィルム農法の技術があれば、十分、栽培できることになります。そういう計画も考えています。

── やはり、海外のほうが需要は高そうですね。
いまパテントは134カ国に申請して、118カ国で特許になりました(2017年11月22日現在)。ふつう先端テクノロジーの特許は先進国にしか出さないのですが、この技術はアフリカや東南アジア、中国で意味を持ちます。主戦場は海外です。もともと農業がないところは経済的に悪いところが多く、テロや難民といった問題に繋がっていきます。アイメックは難しい農業技術は要りませんし、水のロスも少ない。問題解決のソーシャルプログラムの1つの解決策に繋がればいいなと思っています。

── 海外企業でマネをしてくるようなところは出てこないですか。
海外の農業大手というのは、穀物のジャンルで野菜ではないんです。穀物はカロリーで、たくさん摂らなくてはいけないものです。大手は遺伝子組み換えと種とそれに合った農薬で、世界を席巻しています。日本企業は誰にもマネできません。我々の出る幕もありません。しかし、野菜は栄養源です。安全で生で食べられる。ここに遺伝子組み換えをする大手は入って来られません。穀物は煮たり焼いたりしますので、異常タンパクができても害になりませんが、野菜は生で食べますから、何が起きるかわからない。安全とは言えなくなってしまいます。

野菜の栽培方法なら、我々のようなベンチャーでも入れます。人間の透析膜をやってきた技術から、水道のなかの菌も遮断でき、安全です。マネされないためにパテントも押さえています。それに、日本企業しか、このフィルムを作る技術を持っていません。日本のモノづくりの強みですね。

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“眼科医療の常識を変える見えないものを見るレーザー|月刊BOSSxWizBiz

菅原 充  QDレーザ社長
すがわら・みつる 1958年生まれ。新潟県出身。82年東京大学工学部物理工学科卒業、84年同修士課程修了。95年東京大学工学博士を取得。84年富士通入社。富士通研究所 フォト・エレクトロニクス研究所フォト・ノベルテクノロジ研究部長、ナノテクノロジー研究センター センター長代理等を歴任し、2006年、富士通のベンチャー支援制度により、QDレーザを設立、社長に就任。

2016年の「CEATEC JAPAN 2016」で最高賞にあたる経済産業大臣賞を獲得したのがQDレーザ。網膜に直接映像を映し出す「網膜走査型レーザアイウェア」で注目を集めている。

このアイウェアで驚くのは、メガネやコンタクトレンズを使っても十分な視力矯正ができないロービジョン(全盲ではない視覚障害者)の人でも鮮明にモノを見ることができる可能性があること。ロービジョンと一語で言っても、症状は多様で、緑内障や白内障をはじめ、強度近視など幅広い。これらの患者の多くが、このアイウェアを使えば目の前の景色が見えるようになるという。すでに発売目前の段階に入っている「網膜走査型レーザアイウェア」について、QDレーザ社長の菅原充氏に話を聞いた。

網膜に直接レーザーで投影

── シーテックで経済産業大臣賞を獲得して以降、メディアに登場する機会も増えていますが、改めて「網膜走査型レーザアイウェア」について、解説していただけますか。
網膜に画像を書きこむというテクノロジーで、アイウェア「RETISSA(レティッサ)」と網膜に直接投影する新技術「ビジリウムテクノロジー」を商標登録しています。このアイウェアをロービジョンの方々に届けるプロジェクトを始めています。

PCやスマートフォン、カメラからのデジタル情報を、網膜にそのまま書き込むことができる。そのデジタル情報をRGBの三原色の光に変換して、それを点描画していく形です。プロジェクター自体をアイウェアの中に持ってきて、網膜をスクリーンとして映し出す。アイウェアの中心にカメラが付いていて、その映像をそのまま見ることができたり、あるいはスマートフォンの動画を観たりすることもできます。

レーザー光が瞳孔に照射されて、網膜をスクリーンとして直接画像を届ける。基本的に我々がモノを見る時は、目のレンズ全体を使って見る。そのレンズが曇っていたり、ピントが合わなくなると画像がきちんと見えないわけですが、細いレーザー光を使うので、曇っていようがピント作用があろうがなかろうが、目の調節作用によらずに鮮明な画像を見ることができます。

2年ほど前に日本の病院で視力試験をやってみたのですが、35人被験者がいて、裸眼視力は0.0いくつから、1.5くらいまで幅広く試してもらいました。すると、網膜に書き込んだ時の視力は、裸眼の視力がよい人も悪い人も、平均して0.5前後になります。つまり、目のレンズ調節機能に関係なく同じ視力になったわけです。

私は、これを医療運用しようとしています。目の病気にはいろいろあって、屈折異常や混濁とか網膜症とかありますが、特に前眼部の曇りや屈折にかかわらず画像を書きこむことができるので、そこがおかしくなった人たちの視力を上げることができます。これはハンディでウェアラブルなものですから、日常的にメガネとしてかけて使うことができます。

専門的な話になりますが、眼底検査のSLOや断層撮影のOTCと同じレーザーテクノロジーですから、将来的にすべての装置をコンバインして、1つの装置にすることも可能です。アイウェアをかければ、目のどこに病変があって、どのように視機能を妨げているかがわかるようになります。そこまでたどり着ければゴールだと思います。

── 角膜に異常があったり、白内障でも光さえ通せれば、目が見えるようになるわけですね。
全盲だと難しいのですが、レーザー光が通せれば見ることは可能です。ロービジョンの方は、世界中で2億4600万人くらいいると言われていて、日本では145万人と言われています。特に日本は、高齢化が続いていることもあって、増えていくと予想されます。目の病気は高齢になるほど増えていき、元には戻りません。目の病気があると、QOLが下がって、気持ちが落ち込んだり、事故が増えたり危険なことがたくさんあります。レティッサなら前眼部をバイパスして画像を認識いただけます。持ち運びもしやすいですので、美術館に行って絵を見たり、会議で人の表情を見ながら会話することができるわけです。

いま欧州と米国と日本で医療機器認証を取ろうとしていて、臨床試験を受けることになっています。網膜に直接レーザーを届けることで、病変と視機能を同時に測ることができ、病変の早期発見や見え方と病変の相関を明らかにすることができるでしょう。SLOやOTCのデータが統合されていくと、AIで解析して、どんな生活をすればどんな病気が起こるかまでわかってきます。アイウェアをかけるだけで、将来の失明を救うこともできると思っています。

10万円以下の価格設定

── レーザーを使った視力回復の発想はどこから生まれたんですか。
もともと私はレーザーを通信やインターコネクトなどいろんな分野で展開してきました。レーザーでディスプレイに映すというのは、ずっと研究されてきていたんですね。網膜に画像を書きこむという技術は、それ自体は30年くらい前に発想があって、特許も取っていました。2013年に試しに作って発表してみると、視覚障害者の方から試させてほしいと連絡をいただきました。盲学校に持っていくと、これを使えば見えるという人が結構いたのです。事業として可能性があると思ったのは14年になってからですね。

網膜走査型レーザアイウェアの「RETISSA」。メガネの内側に機構を付けることで、外観をより自然なものにした。

── 富士通時代から、レーザーの可能性をいろいろ研究されていたわけですね。
特に量子ドットレーザーという通信向けのレーザーを基礎からやっていまして、広いバックグラウンドは持っていました。QDレーザ自体は、通信向け、光インターコネクト向けの新しいレーザーを事業化するために始めた会社ですが、ディスプレイやセンシング、メディカルと、いろんな分野にレーザーを応用できる基盤技術を持っていることに気が付いて、広げてきたところです。

18年の7月から、レティッサの試験販売を数百台から1000台の規模で行います。民生機器として売るんですが、治験が終わって医療機器の認証が取れた段階で、19年度から本格的に販売していきます。いまより安く、高性能、小型にしていくというプロセスで開発を進めていますので、東京五輪の頃には、世の中に知られて広まりはじめていると思います。

── 価格はどれくらいを?
10万円くらいでできます。実は、これは半導体レーザーの技術なので、もともと我々が持っているものです。メガネに半導体とスマホの技術があればできてしまいます。数千台レベルでもその価格は可能で、もっと安くできる。あとは作り方とパートナーシップですね。

── 先ほど私もレティッサを付けさせてもらいましたが、健康な目でもかけられることで、様々な可能性を感じます。
2~3年後には、プロジェクターの機構がメガネに埋め込まれるまで小さくなります。つまり、ふつうのメガネにIT機能が付くところまでいくでしょう。数年先になると思いますが、スマートフォンと連動して、スマホの情報が、そのまま見たい時に見られるようになる。このアイウェアのいいところは、レーザーが瞳孔を通らないと見えないので、見たくない時には見なくてすむわけです。メールを見たい時だけ、少し上を向くと、メールが読める。もうそういう時代に来つつあります。

── いいことずくめの話でしたが、QDレーザにとって、今後の課題はなんでしょうか。
アイウェアについては、小型低電力化が課題ですね。いまはフル充電でも2時間強しかもたない。最初の頃のスマートフォンもそうだったと思いますが、小さくしても電池がもたなければ辛いです。それを倍にしようと、次のモデルの開発を進めているところです。

レーザーは80年代に光通信を作り、CDやDVDの光記録を作り、インターネット社会を作ってきました。それがレーザーの第1世代だとすると、いまは第2世代が始まっています。新しい分野を自分たちで開拓していかなくてはいけません。とっかかりが医療機器やメガネですが、レーザーの広がりはそんなものだけではない。我々の力で、新しい世界が作れればいいと思います。

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経営者インタビュー

段階的に進むキャッシュレス社会 デビットカードも順次浸透する

安渕聖司 ビザ・ワールドワイド・ジャパン社長

安渕聖司 ビザ・ワールドワイド・ジャパン社長
やすぶち・せいじ 1979年、早稲田大学政治経済学部卒、同年三菱商事に入社。90年米国ハーバード・ビジネススクールでMBA修了。99年米国投資ファンドのリップルウッドの日本法人立ち上げに参画。2001年UBS証券に入社。06年GEコマーシャル・ファイナンス(GECF)・アジアに事業開発(М&A)担当上級副社長として入社、07年にGECFジャパン社長兼CEO。09年GEキャピタル社長兼CEOに就任、16年GEによる三井住友ファイナンス&リースへの事業売却を経て、SMFLキャピタル社の経営を担う。17年4月1日より現職。

モバイルの進展で激変

── AI(人工知能)やフィンテックの進展の影響もあってか、メガバンクではこぞって大幅な人員削減を発表し、またATM(現金自動預け払い機)や店舗も減らしていくとアナウンスしています。そして地銀は再編の途上と、金融界も激動ですが、まず安渕さんは最近の動向をどう見ていますか。
1つは、2007年にiPhoneが出て10年、この間のモバイルのパワーってすごいものがあったじゃないですか。今後、20年まで消費が増えていくという見立ての中では、モバイル関連の伸びが全体の64%とまで言われています。要は、スマホを活用したモバイルのビジネスをどう取り込んでいくかで、金融界も大きく変わってくるということです。

日本でもスマホの所有率が直近で54%。それが20年には8割を超えてくると、やっぱりもう、スマホの世界なんですね。そうなると物理的な銀行の支店などが徐々に要らなくなってきて、我々が手がけているキャッシュレスのビジネスにモバイルのテクノロジーを掛け合わせていくことで、より便利になっていく。それに合わせて金融の形も変わっていかざるを得ないでしょう。

金融界は多くの支払い情報を持っています。そこがどんどん電子化してくると、たとえば我々のデビットカードを各銀行さんに出してもらっていますけど、デビットカードは1件1件のトランザクション(取引履歴)が全部、残るわけです。それを、AIを使った会計簿ソフトとか、そういうものにつなげていく。

その数字やデータを銀行にも提供することで消費のパターンがわかってくると、どこでお金が余っていて、どこで足りないか、あるいは自動的な資金運用ができたり、お金が足りないところには、そのギャップのファイナンス表を付けてくれたりと、そういったことが可能になるので、金融もどんどん高度化して変わっていくことになります。

── 金融界も対面サービスは段階的に今後も減っていき、いずれはなくなっていくのでしょうか。
いや、これから対面で必要なことも、実は増えていくと思います。信託銀行がやっているような、たとえばお子さんに遺産、財産を遺すにはどうしたらいいかといったご相談は、AIをもってしても、なかなかできない分野でしょう。そういった、いわばハイタッチのものとテクノロジーのものは棲み分けていくんじゃないでしょうか。その両方が、これからの金融機関には求められていくと思います。

もう1つはセキュリティ。フィンテックとは言っても、自分の資産や金融取引の情報をフィンテック関連企業に渡してしまって本当に大丈夫かといった不安は、そろそろ出てきています。一定以上の基準のセキュリティをしっかりと持ち、それが安心安全に使われ、だから信頼して情報やデータを渡してもいいんだという環境づくりは大事です。

そういう意味では、銀行が果たす役割は、ここでも増えてくるでしょう。銀行が持っている信用力ですね。たとえば、あるお店に「両替できます」と表示されていたとしても不安ですよね。そこには何かの権威づけや、信用のバックグラウンドも必要ですから。

── さて、日本が海外に比べて遅れているキャッシュレス社会を進めていく上で、その条件はどう考えますか。
デビットカードのような、割と小額の日常使いがこれから増えてくると思うんですね。
デビットは、米国ではもう20年以上も前から出ていて、デビットとクレジットカードを比べると、デビットはスーパーマーケットやドラッグストア、コンビニなど、米国でもそういうところでよく使われています。

一方のクレジットカードは、たとえば旅行であるとかスーツを買うとか、あるいは家電の購入など、やや高額なものというように使い分け、棲み分けができている。日本でもクレジットカードは米国同様の使われ方をしていますので、日常使いでのデビットカードは今後、順次増えてくるはずです。数年前に取った統計ですと、5000円以下の支払いは日本では、9割以上が現金なんですね。そこの部分をデビットが入れ替え、代替していくのが1つの流れになっていくと思います。

特に、ミレニアルと呼ばれる若い世代を見ると、育った時代背景がずっと低成長で失われた20年と言われてきたこともあってか、クレジットカードはそんなに好まない。でも、お金を使い過ぎないで済むデビットカード(預金残高の範囲で即時決済)については使ってみたい、あるいは実際に使っている人もいるのです。そこは1つ、潮流として変わってきていますね。

日本政府もキャッシュレス比率を、現在の18%から10年以内に2倍以上にして、4割にするという目標を立てましたので、そこに向かっていろいろな施策が打ち出されていくはずです。もう1つがインバウンド(訪日外国人の観光客)。この方々が16年で2000万人を超え、20年には4000万人、市場規模も8兆円と言われているわけです。

日本のモノでもコトでも、消費する際はキャッシュレスがすごく有効で、これはまた、地方振興にもなるんです。地方各地にインバウンドの方々が行かれて、そこで日本円の持ち合わせがなくてもお店で決済できれば、日本の良さを、より知っていただく機会が増えるわけで。

── Visaの日本法人としても、今後の事業の軸足は、クレジットカードよりもデビットのほうにあると。
いままでは使われていなかった分野をカバーするという意味で、デビットカードはこれから大きな伸びを示すと思います。もちろん、クレジットカードも依然としてあって、みなさんお使いなのですが、クレジットカードのほうはもう、日本でも十分に定着していますからね。

もう1つ、海外で使える非接触型ICカードを考えますと、たとえば豪州へ行っていただくと、大半が非接触カードなんですね。ロンドンの地下鉄もみんな非接触ですし。Visaの非接触の技術(具体的にはpayWaveという)を日本にも持ってきて、いま少しずつ広めているところです。

日本の方も非接触型カードを持てば、日本でも使えるし海外に行ってもそのまま使えると。アジアでも、シンガポールあたりでは、全体の4割以上が非接触型カードの決済になってきています。日常使いのデビットカードに非接触機能が載ったら、電子マネーのように使えますし。

Visaデビットの発行枚数500万枚を記念したイベントでは、発行銀行の幹部や、テレビCMで起用した女優の上戸彩さんも登場(2017年7月18日)。

電子マネーと違う点は、自分の口座なのでその口座から紐づけられていること。たとえばその口座を給与振り込み口座にすれば、より使いやすくなって利便性も向上します。しかも、単純な電子マネーとは違って毎回、お使いになったらスマホに支払い記録が届くんです。これはとても便利で、そこからたぶん、2クリックぐらいでさらに支払い後の残高を見ることもできる。

たとえば、いままでは月に3回、ATMに来るだけのお客様だった方が、デビットカードですと月に9回ぐらい使われています。ということは9回、お客様とコミュニケーションする機会があるわけで、お客様自身も、何にいくらお使いになったかがわかって残高も確認できる。そこに銀行からも特別金利のお得なキャンペーンなどのメッセージがスマホの画面に出せますので、銀行とお客様をつなぐ情報という意味でも増えてくると思います。

電子マネーとの違いは

── セブン&アイHDのnanaco、あるいはイオンのWAON、JR東日本のSuicaなど、電子マネーだけのものよりも、デビットカードと電子マネーが一体になったカードのほうが普及していくだろう、という見立てですか。
Visaでいえば、お支払いの5割以上がすでにデビットカードになっていますし、流通系の電子マネーなど、特定のポイントが付くようなタイプも依然として共存していくと思いますが、日本でも海外でも使えるとなると、デビットカードのほうが、より便利に使っていただけるのではないかと。

── その過程では、Visaの非接触型技術である、payWaveの普及をますます促進されると思いますが、一方で、日本で非接触型カードといえばFelica陣営が大きな存在としてあります。
確かに、日本では2001年ぐらいからFelicaのプロダクトがあって、そことの共存は続くと思っています。たとえば三井住友銀行さんが出しているデビットカードを見ていただくと、券面の表にはpayWaveが載っていて、裏にはいiD(NTTドコモ系)が載っている。そういった共存しているカードもすでにありますので、Felicaと共存するスキームは日本では長く続くと思います。特に鉄道系の電子マネーは圧倒的な強さですので、我々が「トランジット」と呼んでいるそうした分野では、Felicaはずっと使われていくでしょう。

中小企業の決済にも商機

── 今後、ほかに成長期待が大きい分野は何でしょうか。
これから伸びるかなと思っている分野は、いわゆるB2Bのデビットカードですね(17年11月9日にみずほ銀行との提携による法人向けデビットカードを発表)。中堅中小企業のオーナーの方々は、仕事の決済も個人のクレジットカードを使っておられたりするんですけど、なかなかそんなに大きな金額のクレジットリミットはつかないですし、ベンチャーのスタートアップ企業でもお使いいただける。この分野は我々も増やしていく予定です。

従来のビジネスは、いわゆるエクスペンス関連、たとえば旅費や交際費といった部分を法人カードで払っているケースが多かったんですね。これからは、原材料費を支払うような部分も含めてデビットで払えるようになってくると思います。

── 東京五輪を睨み、20年夏までを見据えた戦略はどうでしょう。
Visaは、五輪ではワールドワイド・パートナーですので、まずは五輪の会場とかオフィシャルストアで、たとえばさきほどの非接触型など、未来のキャッシュレス決済の形をお見せできるかが大きなところになってくると思います。前回のリオ五輪では、ペイメントリングといって、リングに支払いシステムを組み込んだものを体験してもらったりとか、世界のオーVisaでいまもいろいろ研究しているところです。

支払い面で目指しているところの究極は、徐々に支払いを意識しないで済むようにすること。たとえば、お店にレジがあってそこに並んでというのではなくて、米国ではウォルマートなどが実施していますが、プリオーダーしてお客様は商品を取りに行くだけと。いわば、マンションの宅配ロッカーみたいなイメージですね。決済の未来の形として何ができるかということを、五輪を1つのショーケースとしてお見せできればと考えています。

── 最後に、ビットコインやAI、IoT、フィンテックなど、最近の話題のキーワードとも絡めた将来の展望ですが。
Visa自身はカードを出していないことから、我々はペイメント・テクノロジーの会社であると定義しています。「Visaネット」という、世界中をつないだ支払いのネットワークですよね。そこにはいろいろな決済データが入ってきて、そこの分析を通じていろいろな付加価値を提供できたり、いろいろなリスクマネジメントのツールがあります。

また、もうすべてを自分たちで作る時代ではない。我々は“コー・クリエーション”と呼んでいますが、お客様のニーズ、消費者のニーズを、どう組み合わせてAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェイス)を使えば実現できるかという研究を、いま一生懸命にやっているところです。

たとえば、自分で自分のカードの利用金額の制限を自由に変えられるとか、あるいは海外に行く時はいくらぐらいの持ち合わせにしたほうがいいとか、実際に海外ではカードコントロールのアプリもできていて、いずれ日本にも入ってくるでしょう。

我々はネットワークやデータ、セキュリティといったテクノロジーを社内で持っていますので、それらを使ってフィンテック関連の人たちとも一緒にやっていきたい。フィンテック企業には一部、投資もしていますし、逆に、我々のようなプラットフォームにフィンテックが乗ってくることでできることもありますから。

ほかにも、当社のお客様である北國銀行さんが、社員食堂をすべてキャッシュレスにしたんです。電子マネーも使えるのですが、ともあれ現金は一切使えないと。

キャッシュレス先進国の北欧では、子供たちが現金を見たことがないと言っているくらいですしね。一方、日本の企業は認証技術などが得意なので、キャッシュレス社会でチャンスが出てくると思いますし、高齢者の方々を、いかにデジタイズしていけるかが鍵でしょう。

(聞き手=本誌編集委員・河野圭祐)

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経営戦記



加留部 淳 豊田通商社長
かるべ・じゅん 1953年7月1日生まれ。神奈川県出身。76年横浜国立大学工学部電気工学科卒。同年豊田通商に入社。99年物流部長、2004年取締役入り。06年執行役員、08年常務執行役員、11年6月末より現職。学生時代はバスケットボール部に所属。座右の銘は着眼大局、着手小局。

近大とマグロ養殖でタッグ

〔昨年、豊田通商が近畿大学と提携して卵から育てるマグロの“完全養殖”事業に参入(養殖事業そのものは2010年に業務提携)するというニュースが大きな話題になった。11年に同社の社長に就いた加留部淳氏は、就任後初めての出張が近大水産研究所で、同研究所の宮下盛所長と意気投合。今後は豊通と近大のタッグで完全養殖マグロの生産を順次拡大し、海外へも輸出していく計画だ〕

もともと当社は人材育成には力を入れ、いろいろな研修プログラムを用意していますが、その中に若い社員の事業創造チャレンジのプログラムがあるんです。自分たちでまず研究し、社内外の先輩や識者の意見も聞いて新事業案を作らせるものですが、その過程で「ぜひ、近大さんの販売や養殖のお手伝いをしたい」と提案してきた社員がいましてね。

面白い事業プログラムだったので、当時の経営陣が「やってみろよ」と。で、動き始めて実際に予算もつけ、近大さんにもお話をしに行ってというのがスタートでした。こういう社内提案制度は、起業家精神の醸成にすごく必要だと思います。もう1つ、マグロの漁獲量が減る一方で、需要は日本や東南アジアを中心に増えているわけですから、商社のビジネスとして意義がある。会社としてもやる意味があるし、若い社員を育てる点でも有効、その2つの観点から全面的にバックアップしています。

もちろん、ほかの商社でも水産系ビジネスには力を入れています。その中で、我々は違う土俵で戦うケースもありますし、どうしても同じ土俵の時は、真っ向勝負だと当社の企業体力では勝てないわけですから、戦い方を考えないといけない。そこは全社員と共有しています。そういう意味でも、他社が手がけていないマグロの完全養殖事業は非常に面白いビジネスですね。

近大とマグロの完全養殖事業で提携。左端が宮下盛・近大水産研究所長、右から2人目が加留部社長(2014年7月の会見)。

〔近大とのタッグは話題性が大きかったが、豊通という会社全体として見れば1事業の域は出ていない。これに対し、加留部氏が12年末に決断した買収案件は全社横断的な規模だ。当時の為替レートで同社では過去最大となる、2340億円を投じて買収したフランスの商社、CFAO(セーファーオー)がそれ。CFAOは、30年には中国を上回る巨大市場になると目されるアフリカ市場で強固な事業基盤を持ち、とりわけフランス語圏の多いアフリカ西側地域で圧倒的な商権を持っている〕

過去最大の投資ですから、我々もものすごく慎重に考えましたし、私も実際に現場を見に行きましたが、先方も傘下の自動車販売会社の修理工場とか、結構オープンに見せてくれましてね。当社とはDNAが合いそうだなと。

もう1つ、彼らは自動車関連事業以外もたとえば医薬関係、あるいはオランダのハイネケンと一緒に合弁工場を手がけるほか、BICブランドのボールペンなど、プラスチック成型品の生産なども手がけていて当社と親和性が高かったのです。

海外に商社という業態はあまりないですが、彼らは自分たちのことをはっきり「商社だ」と言いますから。ですから豊通がやっている事業はすぐに理解してもらえましたし、右から左のトレーディングだけでなく、彼らは工場を持ってモノづくりまで踏み込んでいるので、(トヨタグループの豊通と)お互いの理解はすごく早かったですね。

唯一、気になったのは若手社員の意識でした。若い社員が果たしてアフリカの地でビジネスをやってくれるのかどうか。そこで数人の若手に聞いてみたところ「この買収案件はいいし、アフリカは将来、伸びる市場だからやりましょうよ」と。そういう声に最後、後押しをしてもらえたようなところもあるんです。“一人称”という言葉を当社ではよく使うんですが、一人称、つまり当事者意識をもってやっていく気持ちがあるかどうかが大事ですから。

独自戦略を掲げる加留部氏。

フランス商社買収で攻勢

〔前述したように、CFAOは歴史的にアフリカ西海岸エリアの市場を得意とし、豊通は東海岸に強みを持っていたため、エリア補完も綺麗に成立した〕

地域的、事業的な割り振りで言えば、自動車関係はお互いの強みなのでしっかりやっていこうと。アフリカ西海岸で当社が細々とやっていたテリトリーは全部、CFAOに渡しています。物流の共通化なども進めて、お互いの事業効率を高めてきていますし、トヨタ車の販売や物流もCFAOと一緒にやっています。

当社としてはマルチブランドを扱うつもりはあまりなくて、トヨタと日野自動車、スバル(=富士重工)の商品を扱うわけですが、CFAOはマルチブランドなので、たとえば今年、アフリカでフォルクスワーゲンとのビジネスも決めました。

当社はケニアでトヨタ車を扱っていますが、CFAOはケニアにVW車を持ってくるわけです。CFAOは豊通の子会社なのにと一瞬、矛盾するような印象を持たれるかもしれません。我々はトヨタ車で現地シェアナンバー1を取りたいけれども、彼らもVW車でナンバー2を取ればいい。そういう組み合わせみたいなものができてくると思うんです。

いずれにしても、自動車関係のビジネスはお互いに共通しているので、この分野はオーガニックな成長で伸ばしていけるでしょう。一方、医薬品関係はいま、彼らもどんどん伸ばしていて、我々も日本の製薬メーカーを紹介したりといったサポートをしています。

〔豊通がCFAOを買収したことで、新たな効果も表れてきている。たとえば、前述したCFAOが合弁で手がけるハイネケンの工場運営会社。豊通の傘下に入る前は、CFAOの株主が収益はすべて配当で還元してほしいと要請していたため、新しい投資ができなかったのだが、豊通が入ったことでロングタームで事業を見るようになってくれたのだ〕

私もハイネケンの合弁会社社長に会って話をしました。先方も理解してくれて、生産国もコンゴだけだったのを別の国でも展開しようという話に発展しましたしね。さらに、フランス大手スーパーのカルフール。CFAOがカルフールとの合弁でコートジボアールで店舗を出しますけど、これも私がカルフールの社長とお会いし、アフリカ8カ国で展開することを決めました。

日系メーカーとではこんな事例もあります。ヤマハ発動機のオートバイを生産する合弁会社をCFAOがナイジェリアで作るのですが、彼らもヤマハとのお付き合いは従前からあったものの、それほど深かったわけではありません。

一方で、我々は日本でも(ヤマハと)いろいろなビジネスをやらせていただいているので、この合弁話を提案したら了承してくださり、出資比率も50%ずつでOKしてくれたんです。CFAOは豊通の資本が入っている会社だからと、全幅の信頼を置いていただけた。普通は、日本のメーカーが現地へ出るのに50%ずつというのはあまりなく、イニシアチブは日本のメーカー側が取るものだからです。

そういうCFAOとの協業ロードマップは10年スパンで立てていまして、私もCFAOの首脳もお互いに行き来しています。フェース・トゥー・フェースで、年に4回ぐらいは顔を合わせているでしょうか。それ以外にも毎月、テレビ電話での会議も1時間半ぐらいかけて実施し、いまの経営課題や将来の絵図などをお互い共有化するようにしています。

〔豊通には、TRY1という経営ビジョンがある。これは収益比率として自動車と非自動車の割合を均等にしていき、さらに20年にはライフ&コミュニティ、アース&リソース、モビリティの3分野の収益比率を1対1対1にするというものだ。CFAOをテコにしたアフリカビジネスの拡大も、TRY1計画達成に寄与する部分は大きいだろう〕

いまでもCFAOは1億ユーロぐらいの純利益を上げていますから、それだけでも我々は彼らのプロフィットを(連結決算で)取り込むことができますし、プラス、将来的な絵図という意味でも、お互いにステップ・バイ・ステップで各事業を伸ばしていくことで、TRY1の実現にすごく貢献するはずです。

〔総合商社といえば近年、資源ビジネスで荒稼ぎしてきたイメージが強かったが、資源価格の市況に大きく左右されるリスクがあることは、住友商事や丸紅が資源価格の大幅な下落などで多額の減損を強いられたことでも明らか。とはいえ、こうしたリスクテイクは、総合商社にとってはいわばレーゾンデートルでもあり、投資するしないの判断は難しい〕

資源といってもいろいろあると思います。いまさら石炭や鉄鉱石の採掘ビジネスにお金をガンガンつぎこんでもダメ。また、シェールガスやシェールオイルも私が社長になった頃に他社がみんなやり出して、社内でも「やりたい」という声が多かったのは事実です。でも、よく調べてみたら、当社はすでに周回遅れ、しかも1周でなく2周も3周も遅れている。「これでは高値掴みしてしまう可能性があるし、投資金額も大きいのでやめておきなさい」と、社内でかなり明確に言いました。

ですから、我々はもっとニッチで別な土俵で勝負していこうと。たとえば、チリで開発しているヨード。これはイソジンのうがい薬、レントゲンを撮る時の造影剤でも使うんですが、ヨード産地は日本、米国、チリと世界で3カ国しかありません。当社はその全部の産地で開発拠点を持っているので、将来的には取り扱いシェアを15%まで高めたいと考えています。

ほかにも、アルゼンチンではこれからの自動車ビジネスに直結する、リチウム関連の鉱山事業を昨年から始めましたし、豊通らしさというんでしょうか、ニッチキラーでもいいからウチらしさが出て、かつ上位の商社とも十分に戦えるビジネス分野でやっていこう、というのが当社の基本ポリシーです。

〔目下、前述したTRY1達成に向けて歩を進める豊通だが、現在の非自動車ビジネス拡大の基盤を整えたともいえるのが、06年に旧トーメンと合併したこと。トーメンが持っていた化学品や食料といった主力事業分野を得たことで、総合商社としての幅が各段に広がったのだ〕

実際、事業ポートフォリオが広がって、合併は結果として大正解でした。エネルギーや電力関係のビジネスはいま、一部を除いてすごくうまくいっているんですが、こうしたジャンルは豊通のままだったら絶対に出てきていないビジネスですね。

豊通はもともとが自動車関連ビジネスメインでしたから、農耕民族なんです。畑を耕して種をまいて、雑草をとって肥料や水をやってと。それが狩猟民族(=トーメン)と見事に化学反応したという感じ。狩猟民族の人も農耕民族から学んでもらえたし、お互いの良さを認め合ってすごくいい合併だったと思います。

業界ランクには興味なし

〔加留部氏は横浜国立大学工学部出身だが、就職活動では「とにかく商売がやりたくてしかたがなかった」と述懐するように、入社試験は商社しか受けなかったという〕

私は1976年の入社ですが、当時は就職が全般的に厳しくなり始めた頃で、「商社冬の時代」になりかけていた難しい時期。各商社とも採用人数を絞り、狭き門になっていました。それでも私はとにかく商社に行きたくて、最初に内定をくれたのが豊通だったんです。商社としては規模は小さいけれど、その分、若手にも仕事を任せてくれるんじゃないかと。トヨタグループだから財務基盤もしっかりしていましたしね。

〔豊通入社後は3年目に米国駐在となり、米国でのビジネスで5年間揉まれて逞しくなった後に帰国。国内で6年過ごして結婚後、再び渡米して9年間駐在した。こうした国際経験豊富な加留部氏だけに、昨年からは入社7年目までの社員を対象に、駐在でも長期の研修でも語学留学でもいいから、とにかく一度、海外へ出ることを奨励している。

ただし、加留部氏はほかの商社との戦いにおいては、純利益で何位といった相対的な物差しでなく、あくまで豊通としてどうなのかという基準で考えると強調する〕

2年か3年前、社員みんなにメールを打った時に触れましたが、何大商社とか何位であるとかは、私はまったく関心がないんです。自分たちが目指す方向に向かえているかが大事ですから。たとえば敵失があって他社の順位が下がったとします。仮に順位を純利益で測ったとして、「他社が失敗してウチが5位になったところで君たちは嬉しいか? 私は嬉しくないよ」と。

社員向けのメッセージメールは年に8回か9回出していますが、ある時、新入社員から「何位を目指しますか?」という質問を受けた時も同じことを言いました。各社ごと、事業ポートフォリオがかなり違いますし、順位は関係ない。自分たちのビジネスがどうなのか、常にそこを自問自答し検証することが正しい道だと考えます。

(構成=本誌編集委員・河野圭祐)

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ホワイトカラーの業務に革命 RPAが導く仕事の生産性の向上

「人手不足」と言われ、少子化で労働人口の急激な減少が危惧される日本。そんななか、間接部門での生産性向上が期待されるのがRPAだ。RPAは日本の救世主となり得るのか、RPAテクノロジーズの笠井直人COOに話を聞いた。

人に代わって作業

RPAと聞いて、何かをイメージできる人はまだ少ないのではないだろうか。

RPAは、日本の少子高齢化による労働人口の減少を解決し、日本人の働き方を大きく変えることが期待されるロボット技術のこと。

しかしロボットとは言っても、メカニカルで大きな産業用ロボットやソフトバンクのペッパー君のようなコミュニケーションロボットとは異なる。ホワイトカラー向けの業務を自動化できるPC内で活躍するソフトウェアロボットと考えるとわかりやすい。しかし、単なるソフトウェアではないのがRPAだ。

「RPAは、効率化のためのソフトウェアではありません。人の手作業を記憶する簡単なツールだから、導入すればよいと思われがちですが、そうではありません。ロボットを入れることによって、オペレーション自体を変化に強くしていくことが最終的なゴールです。コスト削減を目指すのではなく、労働人口が減ることに対してオペレーションを強くする。ここを目指さなければ、導入しても意味がない」

RPAテクノロジーズ最高執行責任者の笠井直人氏

こう語るのはRPAテクノロジーズ最高執行責任者の笠井直人氏。RPAテクノロジーズは2008年にRPAへの取り組みを進め、10年にロボットサービスの「BizRobo!」(ビズロボ)の提供を開始した国内では先駆者的な企業だ。このビズロボが、単なるシステムやソフトウェアと決定的に異なるのは、導入した企業にとって、「労働者を雇用した」のと同じ意味を持つことだ。

「我々が定義しているロボットは、1つは代行できるということ。人の作業が代行できなければ人の代わりにはなれません。2つめは能力。人と比べてミスを連発したりスピードが遅いなら意味がありません。ここまでは自動化というソフトウェアのアプローチでもできるところですが、3つめの変化に強いことがロボットです。

システムを改修する時に時間がかかっては困ります。人が作業の変化に対応できるように、RPAもその作業の変化に対応できる。この3つを為していなければいけない。

よく言われますが、RPAは夢のテクノロジーではありません。人の機能で言えば手足だと思ってください。ですから音声認識や複雑な処理をするものではない。システム間の繋ぎや新しいテクノロジーとの繋ぎの部分で、人が行う単調なルーティンワークに対し、人に代わって柔軟に連携できるものです。

ビズロボは作業を記録するというアプローチになりますので、プログラミングが必要ないぶん、導入のスピードが速く、既存のシステムがそのままで使えます。人と同じレイヤーで作業をさせますから、業務を変える必要もありません。そのなかで圧倒的な処理能力がありますから、業務によっては人が10時間かかっていた作業が5分で終わるといった事例もあります」

ロボットも社員の1人

具体的な事例を見ていくと、わかりやすい。日本生命が導入したRPAは、「日生ロボ美」と名付けられるほど社員のなかに溶け込んでいる。日生は16の業務に6台のロボットを活用しているが、その1つのロボ美ちゃんの担当業務が、顧客の住所変更だという。導入前は、電話で聞き取った情報を社員が手作業で1件ずつPCで入力し、それを紙で印刷して別の社員がダブルチェックをしていたという。人が約5分かけて行っていたこの作業を、ロボ美さんは1件あたり約30秒で終える。10倍の速さとともに、入力ミスも起きない。人間の代わりにロボットが事務作業を行うことで、日生では6台の導入で20人以上ぶんの仕事をしているのだという。

「例えば親会社と子会社のシステムが繋がっていれば、日本生命様の事例である、住所変更はスムーズにシステムに反映されるのですが、現在はシステムがツギハギになってしまっている場合が多く、個社対応をしていることが多いです。その間を繋ぐのに人の手作業ができて、ルーティンワークになっている場合があります。それをロボットにすることで、人の時間を救っていく。社員はもっとクリエイティブな仕事ができるはずなのに、コピペのために使われていたわけです。そこを解放するのが大事です。エネルギーを解放すれば、新たな企画が生まれますし、オペレーションをさらに改善できるかもしれません」

ビズロボの導入事例は幅広く、全国で200社、2万ロボットが稼働している。PC上で行われるルール化した作業であれば、すべてビズロボが対応できるという。もちろんコスト削減にも繋がるのだが、笠井氏はその意図での活用は勧めないと話す。

「実際、コスト削減としての期待値は高いし、それで注目されている面もあります。日本の場合、経営は経営、現場は現場とそれぞれ動いていることが多く、コスト目的でRPAを始めると、現場からの反発が生まれます。とある企業では、ロボットは社員を楽にするためのもの、ロボットも社員もしくは派遣スタッフの1人としてマネジメントをしなくてはいけないというスタンスで非常に成功しています。業務整理もロボットにやらせる仕事も現場でマネジメントしている。いままでは、オペレーションは与えられるものというイメージでした。それがひっくり返って現場から上がって来ないと、労働人口減少には対応できなくなるのかなと思います」

RPAが労働人口減少の救世主になる日も近いのかもしれない。

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【BOSS×WizBiz】携帯ショップの業績改善を成功させたノウハウを活かし、ビジネス展開 棚村 健司 ブレーブアンドカンパニー 代表/プロデューサー

棚村 健司 ブレーブアンドカンパニー 代表/プロデューサー

棚村健司 ブレーブアンドカンパニー 代表/プロデューサー
たなむら・けんじ 1967年生まれ。愛知県出身。愛知学院大学卒業後、廣告社、名鉄エージェンシーを経て2002年にイベントプロモーション系の広告企画会社、ブレーブアンドカンパニーを設立。携帯ショップの再生事業から、出版、セミナー、研修講師などに活動を広げる。この11月に『机上論のおもてなし不要論』を出版。

名古屋から関東進出

── 会社設立の経緯と具体的な事業展開についてお聞かせください。
会社を設立して、2017年で16年目になります。私は生まれも育ちも名古屋で、今の会社を始める前は大学卒業して3年、その後の9年を別々の広告代理店にいました。9年間いた代理店ではセールスプロモーション局という部署で、企画開発やマーケティングを担当しました。そこでの業務は、イベントやプロモーションの企画・運営で、とくに携帯ショップのプロモーションを手がけることが多く、売れる携帯ショップのノウハウを蓄積していきました。そのため独立後も担当していたキャリアやショップから引き続きやってほしいと言われ、今も携帯ショップのイベントや人の派遣など、全体のコーディネートを行っています。

── そのほかにもいろいろなイベントのプロモーションをやっていますね。
携帯電話の時流に乗ってずっと続けてきたこともあって、ペイント会社の展示会や、企業の展示会ブースのプロモーション、また、パシフィコの1つのウィングを借り切ったイベントもやってきました。

── 東京でビジネスを展開するきっかけはどういうことだったのですか。
あらゆる携帯キャリアの仕事をしていくなかで、関東の知り合いから「携帯ショップの運営ができないか」という話がきたんですね。名古屋ではなく関東で、やってみるのも面白いと引き受けたんです。

引き受けたときのショップはかなり厳しい数字だったのですが、引き継いだ翌月に関東のトップ5に入りました。この成績をその後も維持したものですから、キャリアの担当者も驚いて会いたいと。そこで会ってみたら知っている部長や役員だったもので、それだったらほかのショップも支援してほしいといわれ、東京や埼玉、九州などの成績の悪いショップの立て直しのお手伝いをすることになりました。そうしたショップの立て直しをやっていくなかで、僕の考えやポリシーをレクチャーすると数字が上がっていったんですね。この方法は携帯ショップだけでなく、どんなビジネスにも通じるものだということで、講演を依頼されるようになりました。

── そうしたショップを蘇らせた方法というのはどういうものですか。
簡単にいうと、働く人の意識改革なんですね。つまり、仕事オンリーではなく、自分がどうあるべきかを考えさせることです。ただ「売れ、売れ」と言っていたのでは、何のために売るのかわからなかったり、売ることによって何がどうなるかわからない人が多い。こうした人たちのやる気を引き出すには、売ることの目標が見えていたほうがいいわけです。

── 携帯ショップでの具体的な方法は、どういったことでしょうか。
お店を見たときに、その店がどうもごちゃごちゃした印象だったとします。そこでなぜそう見えるのかをスタッフに理解させます。たとえば、商品の展示を見て、それは誰がやったかを聞く。そして、なぜそうしたのかスタッフに意図を聞きます。

仮に一番売りたい商品ということであれば、店舗に入ったときに一番売りたい物を目立つところに置かないと意味がない。そこで入り口からの見え方を考えさせ、店舗全体として見る必要があることを指導していきます。ただやらせるのではなく、自分で考えたことから結果を出すことで自信につながります。出発点とゴールをつないであげるという指導をしていきます。もちろん、これはなかなかうまくいきません。つらい部分でもありますが、楽しい仕事です。

── その方法は携帯ショップだけではなく、いろいろな職種や業務にも応用できるのですか。
いろいろなイベントでもそうですし、すべてに通じますね。携帯ショップで得られた経験などさまざまなものを集約しましたが、これは総務でも営業でもマルチに通用する方法です。いわば、時間と質をどこまで追求するかというようなものです。

── こうしたノウハウをまとめた本を出すそうですね。
『机上論のおもてなし不要論』というタイトルで11月上旬に発売します。

基本的な内容は、自分でショップの立て直しをやるようになってからよく使う言葉をまとめた資料やマニュアルがあるのですが、これを当社のスタッフと一緒にキーワードを抽出。それを整理したところ250ほどのキーワードが出てきたんです。本にするあたって「77のコトバ」としてまとめました。

本の内容は7章に分かれていて、1、2章では自分創り、自分売りとおもてなしの基礎になる自分や人のあり方。3、4章ではその自分を仕事でどう活かしていくかの思考基準や行動基準。5、6章では1~4章の内容に取り組むにあたってのプラスとマイナスの要素、そして意識すべきことを解説。最後の7章ではすべての総括になる「自戒」のコトバをまとめています。どんなビジネスでも役立つ本だと思っています。

── 今後、ビジネスにおいてはどのような展開を考えていますか。
来年の2月の予定ですが、学習塾を始めようと準備を進めています。携帯ショップと塾というつながりはわかりづらいと思いますが、塾に来る子どもたちは成績アップが目的で、教える先生はその子どもたちの成績を上げなくてはいけない。塾とは、子ども、先生、いわば人を磨く場だと思うんですね。そこではこれまで私たちがやってきたノウハウを活かすことができるのではないかと思ってるんです。

きれいごとばかりは言えませんが、夢のある仕事ですかね。こうした要素で塾業界も変革できるかとも思っています。

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