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【総論】中華マネーが買い漁る日本企業と不動産|月刊BOSSxWizBiz


三菱自動車にも食指

中国の爆買いが止まらない。

21世紀に入ってからというもの、中国の爆買いが世界経済を動かしてきた。少し前まで、その対象はエネルギーや食糧などの資源だった。人類史上まれに見る高度成長を遂げたことによって、中国はありとあらゆる資源を飲み込んだ。それによって原油価格は1バレル100ドルを超え、鉄鉱石などの鉱物資源も軒並み値が跳ね上がった。それに便乗した日本の総合商社は、わが世の春を謳歌した。

リーマンショックを境に、資源価格は下落に向かう。さらには中国の高度成長が一服したこともあり、さらに値を下げた。その結果、三菱商事、三井物産という日本の二大商社が赤字に転落したことは記憶に新しい。

それでも中国の爆買いは続いている。資源の次に買われたのは、海外の企業だった。

シャープは鴻海傘下に。右から高橋興三・シャープ社長、郭台銘・鴻海会長、新社長となる戴正呉・鴻海副総裁。

米フィナンシャルタイムスによると、今年1?3月の世界のM&Aの総額は6820億ドル。そのうちの15%、1010億ドルに中国企業が関わっていた。国別にみてもダントツの数字だ。昨年、中国企業によるM&Aの総額は1090億ドルで過去最高だったが、今年はわずか3カ月間でそれに匹敵するM&Aを行ったことになる。当然だが、5月時点ですでに昨年の実績を突破、このペースでいけば、年間で昨年の4倍にも達することになる。

最近でも、本田圭佑が所属するセリエAのACミランの優先交渉権を、中国企業が得たと話題になった。中国企業の外国企業の爆買いは、今後も衰えそうにない。メディアの中には、「バブル期の日本にそっくり」との論調も見られるが、その規模は問題にならないほどで、世界のM&A市場に中国マネーが入り込んだことによって、企業の買収価格が跳ね上がるという副作用も出てきた。

当然、その矛先は日本にも向かってきた。

33ページからのレポートにあるように、燃費の不正が明るみに出た三菱自動車は、日産自動車の傘下に入ることで生き残りをかけることになった。岡山県水島などの三菱自動車の企業城下町は、この結果にほっと一息ついている。

この問題が発覚した時、多くの人が、これで三菱自動車は終わった、と思った。過去の2度のリコール隠しにより信頼を失っており、3度目の不正に対しては、過去において救済の手を差し伸べた三菱グループもあきれ顔。しかも三菱グループ主要企業の業績が悪化していることもあり、三菱自動車の前途には暗雲が立ち込めていた。

そこで色めきたったのが、中国企業だった。

中国在住ジャーナリストによると、複数の中国自動車メーカーが、三菱自動車買収の検討を一斉に始めた。世界的に見れば三菱自動車のシェアなどたかが知れているし、日本国内においても存在感はない。しかし東南アジアにおける知名度は高いため、東南アジアを自分の庭と考えている中国企業にとって魅力的な会社だった。

しかも、三菱グループであることにも特別な意味があった。

「三菱グループは、日本の経済成長に合わせて大きくなってきた企業グループです。三菱重工などは、軍需産業の担い手でもあり、日本株式会社そのものでもある。それだけに、三菱の名の付いた会社、そしてスリーダイヤのエンブレムを持つ会社を傘下に収めることは、日本そのものを支配下においたと同義なのです」(在上海ジャーナリスト)

三菱自動車は日産傘下となることが決まり、中国資本になることは避けられたが、今後も不祥事により、経営が傾いた企業の救済策として、真っ先に名前が挙がるのが中国企業であることは間違いない。

その典型が、シャープを買収した鴻海だ。液晶事業への過度な投資により苦境に陥っていたシャープは、4月2日、鴻海傘下に入ることが正式にきまった。1月に鴻海が、それまでの最有力候補であった産業革新機構を上回る買収条件を提示。その後、紆余曲折はあったものの、鴻海は4000億円近い資金を拠出することで最終的な合意をみた。

鴻海が当初、シャープに提示したのは、(1)事業の切り売りはしない(2)従業員の雇用を保証する(3)経営陣はそのまま存続――というもので、シャープにとってはこれ以上にない条件だった。

しかしシャープが前3月期決算で2500億円強の赤字を計上し債務超過に陥ったこともあり、7000人規模の人員削減の検討に入った。国内だけでも2000人規模となる見通しだ。また、太陽光パネルについては、切り離す策が有力だ。さらに高橋興三社長は退任し、鴻海の戴正呉副総裁が後任に就くことも明らかになった。大半の取締役も退任する。つまり、鴻海が当初提示した条件は、次々と反故にされている。ここに、鴻海のしたたかさがある。

鴻海の郭台銘会長は、24歳で起業、一代で鴻海を世界最大のEMS(受託生産)企業に育て上げた。その売上高は15兆円を超える。ただしEMSの宿命で、鴻海は自社ブランドを持たない。また、利益率も4%以下と低い水準にとどまっている。次なる成長を遂げるためにも、世界に通用するブランドと、液晶に代表される世界トップの技術を手に入れたかった。その意味でシャープは格好の相手だった。

白物を売り急いだ東芝

シャープが鴻海入りするのが決まったのとほぼ同時期に、東芝の白物家電事業の売却も決まった。中国の家電大手、美的集団に、537億円で譲渡された。

経営不振に陥った東芝は白物家電を中国・美的集団に売却した。

今年はじめの段階では、東芝の白物は産業革新機構のもと、シャープの白物と統合するプランが描かれていた。ところがシャープの引き受け手として鴻海が有力となったことで、革新機構が手を引いた。そのため、東芝の白物は宙に浮く形となり、急遽、決まった相手が美的集団だった。東芝の家電事業は、赤字とはいえ、売上高は2254億円を誇る(映像事業を含む)。それをわずか537億円で売らざるを得なかった。それだけ東芝が追いつめられていた証拠でもある。

美的集団は、ハイアール、ハイセンスと並ぶ、中国家電大手3強の一角だ。その成長スピードは驚異的で、家電進出わずか20年で売上高は1兆円を上回り、現在、台数ベースでは世界第2位の家電メーカーとなっている。

ここまで成長できたのは、中国国民を相手に、低価格を武器に低品質の家電製品を大量に販売してきたからだ。しかしこの戦略もそろそろ見直さざるを得なかった。

前出の上海在住ジャーナリストによると、

「商品数は多いけれど、これといった商品がない。成長スピードもここにきて鈍ってきており、さらには商品の欠陥が次から次へと出て、信用を失いつつある。いままでの安かろう悪かろうが通用しなくなってきています」

美的集団にしてみれば、技術力を上げ、国際競争力のある商品を開発することが喫緊の課題だった。しかし独力ではむずかしい。そこに東芝の白物家電の売却話である。買収後も東芝ブランドの使用が認められている。それを考えれば美的集団の500億円の買い物は、むしろ割安だったのかもしれない。

シャープを傘下に収めた鴻海、東芝の白物家電を手に入れた美的集団。両社はそれぞれ、買収により技術とブランドを手に入れることに成功した。これを次なる飛躍につなげようという意図がそこにはある。

日本企業がバブル経済の破裂で疲弊して以降、数多くの企業や事業部が中国企業に買収されたが、相手が中国企業の場合、心理的な抵抗感を持つ人も多い。

しかし買い手が中国企業であろうと、買収された企業は、キャッシュを得るとともに、従業員の雇用をある程度は守ることができる。経営権が移っても、それによって企業が再生されるのであれば、歓迎すべきだろう。むしろ2000年代初頭のハゲタカと呼ばれた欧米系ファンドの企業買収と簒奪に比べれば、企業としての成長を目指しているだけ、はるかにマシともいえるのではないだろうか。

ただし問題は、中国資本傘下となって、経営がうまくいくかどうか。それについては次稿で詳しく触れることにする。

バブルの象徴も中国に

企業買収以上に最近目立つのは、中国資本による、日本の不動産の買収だ。

昨年11月、中国で宝石や不動産の販売を手がける、上海豫園旅游商城(豫園商城)が、北海道占冠村にある「星野リゾートトマム」を183億円で買収した。

バブルの象徴でもあった北海道の星野リゾートトマムも中国資本によって買収された。

トマムはもともとバブル経済の真っ最中に仙台の関兵グループが開発した一大リゾート「アルファリゾート・トマム」で、総投資額は2000億円とも言われていた。しかしバブル経済が破裂したうえに、北海道経済を支えていた北海道拓殖銀行も経営破綻。アルファリゾートも98年に自己破産に追い込まれた。その後、紆余曲折があったものの。2005年から星野リゾートが経営再建に乗り出した。

過去に数多くのリゾートの再建を手がけている星野リゾートは、スキーシーズンしか利用者がいなかったトマムを、オールシーズン楽しめるよう設備を整えた。その結果、観光客は徐々に増え始め、海外旅行客の増加も加わったおかげで、一時の低迷を完全に脱した。

豫園商城が、トマムを買収したのも、中国国民の間で北海道が大人気となっているためだ。北海道のスキーリゾートは、一時期、オーストラリアやニュージーランドからの観光客で賑わったが、いまでは中国人が取って替わっている。しかも冬だけでなく、夏の避暑地としても人気が高いため、北海道はいま、1年中、中国人観光客であふれている。

その背景には、中国人の所得が増えたことに加え、2008年に北海道を舞台にした映画が中国で大ヒットしたことで、北海道の風景に憧れた人が増えたことがある、とも言われている。「冬のソナタ」の大ヒットで、日本人の韓国旅行が激増したのと同じ現象が起きたのだ。中国企業が北海道に目をつけるのは当然といえば当然だ。

豫園商城が買収したとはいうものの、運営はこれまでどおり星野リゾートが行うため、日本流のおもてなしはそのまま存続される。さらに豫園商城は、今後、中国人富裕層を対象にコンドミニアムなどを建設、販売するとも言われている。

中国資本に買収されたのはトマムだけではない。トマムほどの大型案件ではないが、10年には洞爺湖畔にあるトーヤ温泉ホテルが中国企業に買収された。また同年にはスキーリゾートとして有名なニセコにある山田温泉ホテルがやはり中国資本傘下となった。

東京不動産視察ツアー

中国人が爆買いしているのはリゾート地の不動産ばかりではない。むしろ都心の不動産に対する関心のほうがはるかに強い。いまでは売りに出される億ションの2割は中国人が購入しているとの推計もある。都心の不動産価格は上昇を続けているが、それを支えているのが中国マネーだ。

都内の不動産屋が語る。

「最近では中国人だけを相手にした不動産屋も増えています。彼らは旅行会社と組んで日本の不動産視察ツアーも企画しています。そのツアーでやってきた中国人が、大して不動産を見ずに買っていく。あのパワーは恐ろしい」

「最近でこそ上海を中心に中国の不動産価格は高止まりをしていますが、経済の高度成長が止まったこともあり、いずれ下落に転じると見ている中国人は多い。彼らにしてみれば、資産をどうやって守るかが重要だ。そこで日本に目を向けた。中国の未来に不安を感じれば感じるほど、日本の不動産に資産をシフトしようという人が増えてくる」

バブル時代には、日本企業が海外の企業や不動産を次々と買収したことがある。ニューヨークのロックフェラーセンターも、ティファニー本店も日本企業の手に落ちた。いまそれと同じことを中国企業がやっているだけでなく、個人レベルでも日本の不動産を漁っている。

眉をひそめる日本人も多いだろうが、さりとて、この勢いは当面の間、衰退することはない。そうであるなら、むしろ前向きに、中国マネーをいかに日本経済に活用するかに目を向けるべきではなかろうか。

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経営者インタビュー

「モノ比較」から「コト比較」へ 一段の飛躍は次世代に

田中 実 カカクコム社長
たなか・みのる 1962年5月6日生まれ。開成中学、高校を経て、86年東京外国語大学ロシア語学科卒。同年三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行。2001年9月にデジタルガレージに転職。02年カカクコム取締役に就任。CFOや副社長を経て、06年6月より現職。これまでに乗り継いだクルマはすべてマニュアル車といったこだわりも。 (2016年6月の株主総会後に副会長に就任予定)

価格比較サイトの価格.comと飲食店の検索・予約の食べログが2大看板サイトのカカクコム。売上げ、収益ともに階段を1段ずつ上るがごとく最高益を更新し続ける。同社の田中実社長は今年で社長在任10年、来年はカカクコムの創業から20年という節目で、5月11日には後継者も発表した。今後、どんな企業進化を遂げようとしているのか、田中氏に聞いた。

決済までは手がけない

―― まずは、価格.comと食べログの2大看板サイトの足元の状況と今後の戦略ですが、売上げ構成比で言えば前者が5割、後者で4割だそうですね。
ここ数年、価格.comの年率の伸び率は7~8%と、一桁の後半ぐらいに落ち着いていました。これは消費税増税の影響もあって、耐久財の消費も若干、踊り場で推移してきたことも影響があると思います。

むしろ、この4月からスタートした電力の自由化、あるいは来年のガスの自由化など、インフラ系の自由化が行われることで、価格.com全体としてはこうしたサービス分野の価格比較が活発になり、向こう2~3年は2桁の成長に復帰できるのではないかと。実際に手で触れる耐久財分野は、当社もだいぶ掘り尽くしていますけど、電力やガス以外でも、たとえば住宅ローン比較はマイナス金利なども相まってサイト訪問者がすごく増えています。ですから、金融やサービス、こうしたジャンルがしばらくは牽引役になると考えています。

―― 食べログはどうですか。
数年前から、ただ単にレストラン検索とか人気店ランキングを見るだけではなく、レストラン側に対してオンライン予約の仕組み、あるいはそれを支える台帳システム(=予約台帳サービスの「ヨヤクノート」)を提供していく。もともとそこを目指していたのですが、レストラン検索は、たとえば米国ですと「Yelp」というサイトにまずアクセスし、さらにオンライン予約しようとすると、「オープンテーブル」というサイトに飛んで、そこで予約する。つまり2つのサイトをまたがなきゃいけない。

これはとても不自由な話で、食べログというブランドの中で統合したシステムとして提供できれば、日本の消費者は、より便利にレストラン予約できますから。我々としても、来年度の下期ぐらいになるかもしれませんが、課金システムも入れて少しマネタイズできれば、食べログはさらに伸びが加速できるんじゃないかと。価格.com、食べログ併せて総事業比で9割という数字は偏りが大きいので、向こう3年ぐらいかけて、残り1割の事業を2割まで引き上げたいと思っています。

伸びが大きい「WebCG」

―― この4月には、飲食店向け予約サービスでKDDIと組み、「オープンリザーブ」という合弁会社もスタートしています。決済にも関わっていくのでしょうか。
いえ、決済には触りたくないですね。理由は2つあって、グループ会社であるデジタルガレージが、「イーコンテクスト」という決済企業をすでに持っていますので、わざわざ二重投資する必要はありません。カカクコムという会社が昔から志向しているベクトルとしても、あまり金融とか決済とかには深入りしないんです。

かつて、金融界で多少ながら関わらせていただいた身(=田中氏は三菱銀行出身)からすると、ネットでの事業とはいえ、金融や決済に絡む事業はそんなに軽いビジネスではなく、投資も重いです。カカクコムはバランスシート上、大きな資産を持つような会社にはならないほうがいいと思っていますので、決済のところは我々自身でがっちり何かを作るとか、あるいは持つというのは考えてないですね。

看板サイトの価格.comでカバーするジャンルも耐久財からサービスまで年々拡大している。

―― 価格.comと食べログ以外の事業を伸ばす上で、どんな構想がありますか。
たとえば「WebCG」(=自動車専門誌の「CAR GRAPHIC」のインターネット版)を一昨年の秋、日経新聞社さんから買収したんですが、それからの1年でものすごい伸びを示したんです。利益額は開示していませんが、それまでの3倍ぐらいの利益水準になっています。

もともと、CGは二玄社さんから発行され、Web版だけ日経さんに売却していたのですが、(クルマ好きの)私は、もう何年も前から「絶対にWebCGはほしい」とラブコールをかけてきました。カカクコムの社内には私以外にもクルマ好きがたくさんいますので、こうしたほうがいい、ああしたほうがいいという提案がたくさん出てきて、あっという間に人気化し、トラフィックもうなぎ上りでした。我々は何百億円という大規模なM&Aはやりませんが、小さく買って大きく育てるという戦術を取ってきましたし、WebCGでまた1つ、いい成功事例ができました。

―― とはいえ、たとえば日本はまだ、海外に比べるとネット通販比率なども低いのが現状です。もちろん、今後はそれだけ伸びしろがあるということでもありますが。
世界の中で、消費全体に占めるインターネット比率が高いのは英国で、15%あります。そうなった要因はいくつかあると思いますが、たとえば小売店には大したものがなかった。あるいは英国は天気が悪い日が多いので、重いモノを買って帰ると雨でびしょびしょになってしまう。
一方で米国は、昔からテレビショッピングがすごく盛んだったんですね。というのは、州をまたいで、たとえばテキサスに住んでいる人がカリフォルニアから買うと州税がかからないんです。アマゾンなんかもそれで広まったところはありますが、昔からあるリアルの店舗に行ってモノを買うという以外に、テレビで商品を見て、電話して買うという行為が非常に一般化していたので、オンラインのシフトにもうまく移行していったわけです。

翻って日本では、新宿でも渋谷でも池袋でも、デパートや家電量販店がたくさんあるし、そんなにオンラインに頼らなくていいとか、オンラインにしたほうが得だという感覚があまりなかったと思うんです。

ここから日本がオンライン化比率を圧倒的に高めていくキーワードは高齢化ですね。日本という国としてはあまり喜ぶべきことではないかもしれませんが、私が住んでいる家の周りも非常に高齢化が進んでいて、単身者や夫婦2人の高齢者は、食材を買ってきて料理を作るエネルギーもないし、お弁当を届けてもらったほうが得だと。年を取ると量販店で重いモノを買って帰ることがだんだんなくなってきますしね。

―― あまり大きなM&Aはしないということでしたが、無借金経営のカカクコムとしては、このマイナス金利下、資金の運用などはどう考えていますか。
基本、銀行の金利を比較しながら預けてはいますが、運用というところでは、そんなに気にしてないです。カカクコムが持っている現金は、200億円から300億円の間をいったりきたりという感じですが、そこで仮にうまく儲けることができたからといって、会社の評価に対してほとんどプラスはないですから。投資家からすれば、自社株買い、あるいは新しい事業に投資をして、そこから新しいキャッシュを生むビジネスを生んでほしいというのが偽らざる気持ちだと思いますので、必要十分なキャッシュは持ちますけど、それ以上は持たないというのが一番、重要です。

結婚関連の商材にも注力

―― 最近はAIやIoT、あるいはウーバーや民泊、シェアリングエコノミー、フィンテックなどがこれからの時代のキーワードのように喧伝されますが、こうした分野において、カカクコムとして何か事業化の可能性はありますか。
ウーバーは、我々が入り込んでサービスや料金を比較するようなことは、あまりイメージしていません。一方で、民泊となると日本に来てから決める人はあまりいなくて、訪日前に決めるわけです。

いま当社では「プライス・プライス・ドットコム」というブランド名で、価格.com と同じ比較サイトをインド、タイ、フィリピン、インドネシアで展開しており、すでに700万人以上のユーザーがいます。

そのサイトに民泊というコーナーを設けて、それぞれの国の現地語で、東京に来た時のホテル検索や予約サービスを提供できたらすごく面白いですね。私もかつての銀行マン時代、駐在員で海外におりました頃、出張の時はテキサスから、あるいは台北から東京のホテルをブックしないといけないわけです。これは非常に面倒くさい話で、旅行代理店を挟むと宿泊代も高くなってしまいますし、そういうところをお手伝いできたらすごく嬉しいですね。

―― 必然的に、モノ比較よりサービスなどコト比較が多くなります。
今後はイベントなどにも関わっていきたいと考えています。たとえば結婚式関連。新婚旅行となれば当社の「フォートラベル」のサイトを使っていただけるでしょうし、生命保険比較なども入ってくるでしょう。家電製品の買い替え需要や新居の家賃比較、あるいは住宅ローンの比較など、我々が持っている商品やサービス比較が一気にピークに達するわけですから。なので、結婚関連自体で儲けるというよりは、カップルが結婚式を決めて、その後でいろいろな消費をする時に当社を派生的に使っていただけるような仕組み作り、そこにはすごく興味があります。

もう1点、ライフタイムで見ていった時、青少年に対するサービスが我々にはないんですね。オンラインゲームのようなサービスは一切、やっていませんし、教育ツールや受験アプリみたいなものもありません。最近、シニア向けの介護施設やデイケアセンターのサービス比較を、東京都だけに限定して展開しているんですが、若い世代からシニアの方まで、ライフタイムをずっとサポートするという意味では、働く前の世代とリタイア後の世代をカバーしていくことも大事です。

―― カカクコムは毎期毎期、売上げも利益も一歩一歩階段を上るがごとく、きれいな増収増益を続けて、最高益も更新し続けています。
カカクコムのビジネスモデルは、とにかくコツコツ積み上げていく形なので、その傾向は今後も継続していきます。価格.comと食べログ以外の事業比率が上がってくれば、カカクコムという社名のままでいいのかどうかという議論も出てくるでしょう。3年後には、かなりリアリティのある課題として社内で検討する時期に差し掛かると思います。

―― 最後に、今年6月で社長在任10年になります。田中さんはまだ54歳になったばかりですが、後事を託す、畑彰之介取締役の体制についてはどう考えていますか。

この4月に、今年も15人ぐらい優秀な新入社員を迎えました。ですが、企業って大きくなるとどうしても保守志向に走って、優秀な人を無難に採りにいくでしょう。でも、エネルギーや野望のある人、少しぐらいはクセのある人も必ず採らないと。実際、当社でもたまに、秋葉原の現金問屋からヘッドハントして価格.comのサイトを見てもらったりしています。現場感覚で、汗くさい、泥臭いことを厭わない人を一定比率は入れておかないと、組織はダメになるものなのです。

次を担う畑君には、最適な人材ミックスを探りながら会社全体の陣容を見ていってほしい。戦争するためには、兵隊もいないと、大本営だけでは戦えません。彼はそこを理解している人ですから、安心して任せられます。

(聞き手・本誌編集委員・河野圭祐)

経営者インタビュー

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経営者インタビュー

チャレンジャーとして収益性、安全性でもトップを目指す

西澤 敬二 損害保険ジャパン日本興亜社長
にしざわ・けいじ 1955年生まれ。1980年慶應大学卒業、安田火災海上保険(現損害保険ジャパン日本興亜)入社。(安田火災海上)執行役員営業企画部長、取締役常務執行役員自動車業務部長、損保ジャパンHD取締役執行役員、損害保険ジャパン日本興亜専務執行役員、副社長を経て、2016年4月損害保険ジャパン日本興亜代表取締役社長執行役員に就任。

介護事業の買収、保険事業の周辺サービスに力を入れ、注目が集まる損保ジャパン日本興亜グループ。今年10月からは新たな経営体制を導入し、新たなステージへと移行する。その国内損保事業の経営を担うのが副社長から昇格した損害保険ジャパン日本興亜の西澤敬二新社長だ。経営課題、合併後の社内融和、次への挑戦を聞く。

経営体制見直しの意味

―― 経営体制が変わるということですが、どう変わるのですか。
柔軟性を持ってそれぞれの事業に取り組んでいこうということです。海外や介護と事業が拡大。これを1人で見るというのは難しくなっています。そこで海外事業と介護事業にはそれを担当する「オーナー」を置きます。一方、これまでも国内損保事業と生保事業は社長を置いていたので大きな変化はないと思いますが、今まで以上に権限委譲を行い、それぞれの責任で対応していくというのが、今回の組織変更の狙いです。

―― 保険業界は少子高齢の中で厳しい業界といわれます。これについてはどう受け止められていますか。
いま日本の人口はおよそ1億2000万人ですが、30年後に8000万人、60年後には6000万になるといわれます。しかし、これで何をオタオタしているのかということです。というのは、グローバルトップのドイツの損保会社「アリアンツ」があるドイツの人口は8000万人あまり。英国やイタリアなどもよい保険会社がありますが、そうした国々の人口は6000万人ぐらいです。もちろん、人口減少の影響は大きいですが、こればかりをネガティブに考えて事業を行っては絶対にだめだと思ってるんです。事業費を減らすことばかり考えていては、成長は望めません。われわれはサービス産業として国内では介護事業やまだまだ伸びるリフォーム事業に着手し、事業領域を拡大していますから、まだまだ成長の余地があると社内では言っています。

あたり前のことの重要性

―― 社長に就かれて、何から取り組まれようとお考えですか。
就任発表の会見では、現場力とデジタル戦略ということをお話ししました。その前提は物事の本質をしっかり見て、あたり前のことを正しくやっていくということです。実はこの「あたり前に」というのが難しい。そこでもう一度、本質的なことを見つめようと。その本質はお客さまですね。われわれの保険事業は目に見えない商品を売っていますが、今後はサービス領域に出ようとしています。それには何事もお客さま本位で考えなくてはなりません。

今後はデジタルとともに、最終的に他社と差別化するには、現場力が重要です。それはお客さまとのリアルな接点になるのは現場で、その現場力が最終的に差別化に繋がるんだと思っています。

――具体的な施策としては。
営業社員と代理店だけでは365日・24時間カバーはできません。代理店さんの質を高めるのは重要ですが、加えてコールセンターの充実化、また、WEB対応も必要です。これだけではマルチチャネル化しただけです。最近はオムニチャネルというように、各チャネルで瞬時に情報連携ができるようにすることが必要です。しかし、当社では、まだそれができていません。

どのようにお客さまが望む対応、品質、価格で商品やサービスを提供できるか。それに必要なものがデジタルと現場力ではないかと考えているのです。

―― どのように独自性を出していこうと考えていますか。
正直、自動車保険や火災保険といった保険商品で差別化するのは本質的には難しいと思っています。差別化にはサービス領域で独自性を出さなくてはなりません。とはいえ、多角化は本業周辺でやらなくては失敗してしまいます。われわれは、自動車、住宅、人への「安心・安全・健康」を考えてきた会社で、すなわちこれが保険事業のそのものです。

たとえば、事故のときは保険金が出るので安心できる。しかし、故障のときはどうか。故障のときに安心を提供するには――それにはアシスタンス会社を。メーカーの保証期間内なら、お金の心配はいりませんが保証期間が切れたら――それには延長保証会社を、ということでアシスタンス事業に参入し、2015年に延長保証会社「PWJ」を買収。アシスタンスから延長保証までサービスの領域を広げました。また、修理部門では品質の高い整備工場さんのネットワークを作って、お客さまにご紹介する優良整備工場ネットワークを作っています。このように自動車保険の周辺でのサービスを行う合弁会社を作ったり、買収したりしてきています。火災保険の周辺ではリフォーム事業に参入しています。

―― 自動車保険では走行距離に基づいて保険料が決まるPAYD型が注目されています。
当社でも法人向けですが「スマイリングロード」という商品を出しています。導入した企業では20%ほど事故が低減しています。事故が少なくなれば、被害者も減り、運転者にとっても導入企業の保険料も少なくなるwin-winな商品です。個人向けにも販売を開始していますが、こちらはまだそれほど宣伝はしていないのに反響をいただいております。こうした商品は売れることばかりではなく、ビッグデータを集めることができて、そのデータをもとにさらに安心安全な商品開発へとつながります。

片寄せの背景とは

――損保ジャパン、日本興亜の合併にともない一気に人事を一本化し、業界内でも話題になりました。
私は経営企画を担当していたので、この合併の統括責任者という立場にありました。もちろん最終判断は二宮(雅也・会長)ですが、担当者として迷ったのが、合併にあたってのシステムや商品、事務など実務的な問題をどうするかでした。現場では2社のよいところを生かした素晴らしいシステム、商品を作ろうと理念や理想に燃えていました。しかし、私は「このままでは頓挫する」と思いました。あまりにも理想論すぎている。現実は生易しいものではなく、システム統合となればそのリスクは高い。そこで損保ジャパンの商品、システムに一旦は片寄せをしたほうがよいと二宮に相談。スピード英断で決められました。

損保ジャパンのシステム、商品にしたことで、日本興亜の職員には苦労をかけたと思っています。一方、損保ジャパンの職員にも仕事をしながら、日本興亜の職員に教えるというのは大変な時間を費やすことになってしまいました。

常にチャレンジャーとして

―― 以前よりスピード重視ということを強調されています。
5年計画、10年計画というような目標を立て、そこに向かって走り続けていくことをしたいのですが、お客さまの思考変化やデジタルの技術革新などにより、これが難しくなってきていると思っています。ですから、いま、気づいたことはすぐ実行し、正しければ続け間違っていれば修正というような柔軟な発想をする。職員は自主自立し、自らが判断し自ら決断してチャレンジすることを尊ぶような会社にしていこうと話をしています。

―― 「日本一」というキーワードもよく使われていますが、これの狙いとはどのようなことですか。
われわれは国内損保会社としてトップですが、これは合併したからトップになっただけのこと。他社さんがまたどこかと合併されたらそちらがトップになってしまう。それだけのことなんです。もちろん、業界トップであることのメリットはありますが、私自身が目指すものは大きさだけではなく、質を伴った成長です。それには収益性や安全性などでも、トップを目指そうと社内で話しています。ただ、少し保守的になっているかなと思っています。

ホールディングスベースでは、3位になってしまいます。そう考えると、われわれは圧倒的にチャレンジャーで、すべてにおいてチャレンジしていくという気概を持たなくてはなりません。志を高く持ってやろうということを言いたいですね。

(聞き手=編集局長・小川純)

経営者インタビュー

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経営戦記

加留部 淳 豊田通商社長
かるべ・じゅん 1953年7月1日生まれ。神奈川県出身。76年横浜国立大学工学部電気工学科卒。同年豊田通商に入社。99年物流部長、2004年取締役入り。06年執行役員、08年常務執行役員、11年6月末より現職。学生時代はバスケットボール部に所属。座右の銘は着眼大局、着手小局。

近大とマグロ養殖でタッグ

〔昨年、豊田通商が近畿大学と提携して卵から育てるマグロの“完全養殖”事業に参入(養殖事業そのものは2010年に業務提携)するというニュースが大きな話題になった。11年に同社の社長に就いた加留部淳氏は、就任後初めての出張が近大水産研究所で、同研究所の宮下盛所長と意気投合。今後は豊通と近大のタッグで完全養殖マグロの生産を順次拡大し、海外へも輸出していく計画だ〕

もともと当社は人材育成には力を入れ、いろいろな研修プログラムを用意していますが、その中に若い社員の事業創造チャレンジのプログラムがあるんです。自分たちでまず研究し、社内外の先輩や識者の意見も聞いて新事業案を作らせるものですが、その過程で「ぜひ、近大さんの販売や養殖のお手伝いをしたい」と提案してきた社員がいましてね。

面白い事業プログラムだったので、当時の経営陣が「やってみろよ」と。で、動き始めて実際に予算もつけ、近大さんにもお話をしに行ってというのがスタートでした。こういう社内提案制度は、起業家精神の醸成にすごく必要だと思います。もう1つ、マグロの漁獲量が減る一方で、需要は日本や東南アジアを中心に増えているわけですから、商社のビジネスとして意義がある。会社としてもやる意味があるし、若い社員を育てる点でも有効、その2つの観点から全面的にバックアップしています。

もちろん、ほかの商社でも水産系ビジネスには力を入れています。その中で、我々は違う土俵で戦うケースもありますし、どうしても同じ土俵の時は、真っ向勝負だと当社の企業体力では勝てないわけですから、戦い方を考えないといけない。そこは全社員と共有しています。そういう意味でも、他社が手がけていないマグロの完全養殖事業は非常に面白いビジネスですね。

近大とマグロの完全養殖事業で提携。左端が宮下盛・近大水産研究所長、右から2人目が加留部社長(2014年7月の会見)。

〔近大とのタッグは話題性が大きかったが、豊通という会社全体として見れば1事業の域は出ていない。これに対し、加留部氏が12年末に決断した買収案件は全社横断的な規模だ。当時の為替レートで同社では過去最大となる、2340億円を投じて買収したフランスの商社、CFAO(セーファーオー)がそれ。CFAOは、30年には中国を上回る巨大市場になると目されるアフリカ市場で強固な事業基盤を持ち、とりわけフランス語圏の多いアフリカ西側地域で圧倒的な商権を持っている〕

過去最大の投資ですから、我々もものすごく慎重に考えましたし、私も実際に現場を見に行きましたが、先方も傘下の自動車販売会社の修理工場とか、結構オープンに見せてくれましてね。当社とはDNAが合いそうだなと。

もう1つ、彼らは自動車関連事業以外もたとえば医薬関係、あるいはオランダのハイネケンと一緒に合弁工場を手がけるほか、BICブランドのボールペンなど、プラスチック成型品の生産なども手がけていて当社と親和性が高かったのです。

海外に商社という業態はあまりないですが、彼らは自分たちのことをはっきり「商社だ」と言いますから。ですから豊通がやっている事業はすぐに理解してもらえましたし、右から左のトレーディングだけでなく、彼らは工場を持ってモノづくりまで踏み込んでいるので、(トヨタグループの豊通と)お互いの理解はすごく早かったですね。

唯一、気になったのは若手社員の意識でした。若い社員が果たしてアフリカの地でビジネスをやってくれるのかどうか。そこで数人の若手に聞いてみたところ「この買収案件はいいし、アフリカは将来、伸びる市場だからやりましょうよ」と。そういう声に最後、後押しをしてもらえたようなところもあるんです。“一人称”という言葉を当社ではよく使うんですが、一人称、つまり当事者意識をもってやっていく気持ちがあるかどうかが大事ですから。

独自戦略を掲げる加留部氏。

フランス商社買収で攻勢

〔前述したように、CFAOは歴史的にアフリカ西海岸エリアの市場を得意とし、豊通は東海岸に強みを持っていたため、エリア補完も綺麗に成立した〕

地域的、事業的な割り振りで言えば、自動車関係はお互いの強みなのでしっかりやっていこうと。アフリカ西海岸で当社が細々とやっていたテリトリーは全部、CFAOに渡しています。物流の共通化なども進めて、お互いの事業効率を高めてきていますし、トヨタ車の販売や物流もCFAOと一緒にやっています。

当社としてはマルチブランドを扱うつもりはあまりなくて、トヨタと日野自動車、スバル(=富士重工)の商品を扱うわけですが、CFAOはマルチブランドなので、たとえば今年、アフリカでフォルクスワーゲンとのビジネスも決めました。

当社はケニアでトヨタ車を扱っていますが、CFAOはケニアにVW車を持ってくるわけです。CFAOは豊通の子会社なのにと一瞬、矛盾するような印象を持たれるかもしれません。我々はトヨタ車で現地シェアナンバー1を取りたいけれども、彼らもVW車でナンバー2を取ればいい。そういう組み合わせみたいなものができてくると思うんです。

いずれにしても、自動車関係のビジネスはお互いに共通しているので、この分野はオーガニックな成長で伸ばしていけるでしょう。一方、医薬品関係はいま、彼らもどんどん伸ばしていて、我々も日本の製薬メーカーを紹介したりといったサポートをしています。

〔豊通がCFAOを買収したことで、新たな効果も表れてきている。たとえば、前述したCFAOが合弁で手がけるハイネケンの工場運営会社。豊通の傘下に入る前は、CFAOの株主が収益はすべて配当で還元してほしいと要請していたため、新しい投資ができなかったのだが、豊通が入ったことでロングタームで事業を見るようになってくれたのだ〕

私もハイネケンの合弁会社社長に会って話をしました。先方も理解してくれて、生産国もコンゴだけだったのを別の国でも展開しようという話に発展しましたしね。さらに、フランス大手スーパーのカルフール。CFAOがカルフールとの合弁でコートジボアールで店舗を出しますけど、これも私がカルフールの社長とお会いし、アフリカ8カ国で展開することを決めました。

日系メーカーとではこんな事例もあります。ヤマハ発動機のオートバイを生産する合弁会社をCFAOがナイジェリアで作るのですが、彼らもヤマハとのお付き合いは従前からあったものの、それほど深かったわけではありません。

一方で、我々は日本でも(ヤマハと)いろいろなビジネスをやらせていただいているので、この合弁話を提案したら了承してくださり、出資比率も50%ずつでOKしてくれたんです。CFAOは豊通の資本が入っている会社だからと、全幅の信頼を置いていただけた。普通は、日本のメーカーが現地へ出るのに50%ずつというのはあまりなく、イニシアチブは日本のメーカー側が取るものだからです。

そういうCFAOとの協業ロードマップは10年スパンで立てていまして、私もCFAOの首脳もお互いに行き来しています。フェース・トゥー・フェースで、年に4回ぐらいは顔を合わせているでしょうか。それ以外にも毎月、テレビ電話での会議も1時間半ぐらいかけて実施し、いまの経営課題や将来の絵図などをお互い共有化するようにしています。

〔豊通には、TRY1という経営ビジョンがある。これは収益比率として自動車と非自動車の割合を均等にしていき、さらに20年にはライフ&コミュニティ、アース&リソース、モビリティの3分野の収益比率を1対1対1にするというものだ。CFAOをテコにしたアフリカビジネスの拡大も、TRY1計画達成に寄与する部分は大きいだろう〕

いまでもCFAOは1億ユーロぐらいの純利益を上げていますから、それだけでも我々は彼らのプロフィットを(連結決算で)取り込むことができますし、プラス、将来的な絵図という意味でも、お互いにステップ・バイ・ステップで各事業を伸ばしていくことで、TRY1の実現にすごく貢献するはずです。

〔総合商社といえば近年、資源ビジネスで荒稼ぎしてきたイメージが強かったが、資源価格の市況に大きく左右されるリスクがあることは、住友商事や丸紅が資源価格の大幅な下落などで多額の減損を強いられたことでも明らか。とはいえ、こうしたリスクテイクは、総合商社にとってはいわばレーゾンデートルでもあり、投資するしないの判断は難しい〕

資源といってもいろいろあると思います。いまさら石炭や鉄鉱石の採掘ビジネスにお金をガンガンつぎこんでもダメ。また、シェールガスやシェールオイルも私が社長になった頃に他社がみんなやり出して、社内でも「やりたい」という声が多かったのは事実です。でも、よく調べてみたら、当社はすでに周回遅れ、しかも1周でなく2周も3周も遅れている。「これでは高値掴みしてしまう可能性があるし、投資金額も大きいのでやめておきなさい」と、社内でかなり明確に言いました。

ですから、我々はもっとニッチで別な土俵で勝負していこうと。たとえば、チリで開発しているヨード。これはイソジンのうがい薬、レントゲンを撮る時の造影剤でも使うんですが、ヨード産地は日本、米国、チリと世界で3カ国しかありません。当社はその全部の産地で開発拠点を持っているので、将来的には取り扱いシェアを15%まで高めたいと考えています。

ほかにも、アルゼンチンではこれからの自動車ビジネスに直結する、リチウム関連の鉱山事業を昨年から始めましたし、豊通らしさというんでしょうか、ニッチキラーでもいいからウチらしさが出て、かつ上位の商社とも十分に戦えるビジネス分野でやっていこう、というのが当社の基本ポリシーです。

〔目下、前述したTRY1達成に向けて歩を進める豊通だが、現在の非自動車ビジネス拡大の基盤を整えたともいえるのが、06年に旧トーメンと合併したこと。トーメンが持っていた化学品や食料といった主力事業分野を得たことで、総合商社としての幅が各段に広がったのだ〕

実際、事業ポートフォリオが広がって、合併は結果として大正解でした。エネルギーや電力関係のビジネスはいま、一部を除いてすごくうまくいっているんですが、こうしたジャンルは豊通のままだったら絶対に出てきていないビジネスですね。

豊通はもともとが自動車関連ビジネスメインでしたから、農耕民族なんです。畑を耕して種をまいて、雑草をとって肥料や水をやってと。それが狩猟民族(=トーメン)と見事に化学反応したという感じ。狩猟民族の人も農耕民族から学んでもらえたし、お互いの良さを認め合ってすごくいい合併だったと思います。

業界ランクには興味なし

〔加留部氏は横浜国立大学工学部出身だが、就職活動では「とにかく商売がやりたくてしかたがなかった」と述懐するように、入社試験は商社しか受けなかったという〕

私は1976年の入社ですが、当時は就職が全般的に厳しくなり始めた頃で、「商社冬の時代」になりかけていた難しい時期。各商社とも採用人数を絞り、狭き門になっていました。それでも私はとにかく商社に行きたくて、最初に内定をくれたのが豊通だったんです。商社としては規模は小さいけれど、その分、若手にも仕事を任せてくれるんじゃないかと。トヨタグループだから財務基盤もしっかりしていましたしね。

〔豊通入社後は3年目に米国駐在となり、米国でのビジネスで5年間揉まれて逞しくなった後に帰国。国内で6年過ごして結婚後、再び渡米して9年間駐在した。こうした国際経験豊富な加留部氏だけに、昨年からは入社7年目までの社員を対象に、駐在でも長期の研修でも語学留学でもいいから、とにかく一度、海外へ出ることを奨励している。

ただし、加留部氏はほかの商社との戦いにおいては、純利益で何位といった相対的な物差しでなく、あくまで豊通としてどうなのかという基準で考えると強調する〕

2年か3年前、社員みんなにメールを打った時に触れましたが、何大商社とか何位であるとかは、私はまったく関心がないんです。自分たちが目指す方向に向かえているかが大事ですから。たとえば敵失があって他社の順位が下がったとします。仮に順位を純利益で測ったとして、「他社が失敗してウチが5位になったところで君たちは嬉しいか? 私は嬉しくないよ」と。

社員向けのメッセージメールは年に8回か9回出していますが、ある時、新入社員から「何位を目指しますか?」という質問を受けた時も同じことを言いました。各社ごと、事業ポートフォリオがかなり違いますし、順位は関係ない。自分たちのビジネスがどうなのか、常にそこを自問自答し検証することが正しい道だと考えます。

(構成=本誌編集委員・河野圭祐)

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生まれ変わった新生VAIOのデザインと品質を支える「上流設計」

かつてはソニーの一部門だったパソコン「VAIO」が、新会社になって間もなく2年。 販売台数は激減したが、VAIOらしさはむしろ増した。 そのVAIOらしさの根底には、「上流設計」という独自の思想があった。

デザインと機能の両立

パソコン「VAIO」が生まれて来年で20年になる。

1997年にソニーが満を持して発売した初代VAIOは一世を風靡した。電池を内蔵したヒンジや、青みを帯びたメタリックな色など、既存のPCとは一線を画したスタイリッシュなデザインは、「ソニーがPCをつくるとこうなるのか」と、一瞬にしてファンの心を捉えた。

しかし、一定のシェアを獲得することはできたものの、数を追う戦略がうまくいかず、2000年代後半にはVAIO事業は赤字に転落。テレビとともに、ソニーのエレキ不振の元凶と言われるまでになった。やむなくソニーはVAIO事業売却を決断、新しい株主のもと、一昨年7月1日、VAIO株式会社が、長野県安曇野市に誕生した。

全盛期には、VAIO事業部には1000人を超える社員がいた。一方、新会社は240人でスタート。ソニー時代には年間1000万台を目指したこともあったが、いまでは数を追わず、VAIOの価値がわかる人に、VAIOらしい商品を届けることで、確実に利益を出す経営へと大きく舵を切った。その効果が、ここにきて出始めている。

ソニー時代からVAIOの設計を担当してきた宮入専ユニット長。

「ソニー時代は営業が別組織でしたが、いまでは一緒のため、お客様との距離が比べものにならないほど近くなった。その分、お客様の気持ちがつかめる。それが次の商品にもつながります」

と言うのは、VAIOビジネスユニット3 ユニット長の宮入専さんだ。宮入さんは93年にソニーに入社、一貫してノートPCの設計に携わってきた。

その宮入さんによると、VAIOの魅力は次の3点になるという。

「(1)高密度回路基板設計(2)高信頼機構設計(3)高い無線通信性能――の3つです。PCは2000点の部品からなり、5600本の配線があります。これをミクロン単位で調整して、できるだけコンパクトに収める。こうしてスペースが空けば、過熱防止用のファンや大型バッテリーを配置できる。さらに機構設計をしっかり作り込むことで、薄くても強度ある躯体を実現する。たとえば接着剤の種類と場所を変えることでボディの厚さを0.1ミリ薄くできる。これによって一段とスタイリッシュなデザインになる。加えてVAIOは、初期の段階から通信モジュールを組み込んでいたこともあり、通信品質には自信を持っています」

長野県安曇野市生まれの最上位機種「Z」には「MADE IN AZUMINO JAPAN」の刻印が。

「アズミノブランド」

このような機能面での強みを最大限に発揮するために生まれたのが、「上流設計」というプロセスだ。

「VAIO発売当初は、開発は東京のソニー本社で行い、製造以下を安曇野で行っていました。それを10年前に『タイプT』を開発した時に、製造、品証、調達、サプライチェーンの機能が揃っている安曇野で開発も行うようにしたのです。ここから上流設計が始まりました」

上流設計では、商品企画の段階で、開発担当者だけでなく、調達や製造、品質保証、アフターサービスなど、全工程のエンジニアが参加する。

従来のプロセスでは、試作品ができたあとで不具合が見つかり金型を作り直したり、製造工程にしわ寄せがくることもあった。しかし上流設計では、企画段階で各工程のエンジニアが加わり、製造工程や品質保証段階の作業も加味した企画ができあがる。しかもデザインレビューの段階で製造評価シミュレーションを実施することで、あらかじめ不良発生要素を取り除き、作業性、確実性、信頼性が向上する。こうしたプロセスによって、VAIOは試作から量産まで、スムーズに流れるようになった。

「ソニー時代に上流設計を始めておいてよかった。いまでは社員1人ひとりにこの思想が浸透しています。そのおかげで、デザインが決まった時には量産までのメドを立てることができるようになりました。新会社として独立したいま、仮に試作後、金型を作り直すようなことになれば、それだけで巨額なコストがかかってしまいます。さらには発売スケジュールにも狂いが生じる。上流設計のおかげで、そのリスクを避けることができるのです」

本社工場では、流れ作業ではなく「セル生産」でVAIOを製造している。

こうやって生まれたのが、最上位機種の「Z」だ。Zは、企画開発から製造、品質保証を経て出荷にいたるまでの作業のすべてを安曇野で行っている。その証として、Zには「MADE IN AZUMINO JAPAN」の刻印が刻まれている。

他の「S11」「S13」といったシリーズは協力工場で製造されているが、そのすべてをいったん安曇野で受け取り、点検を行っている。同社では「安曇野フィニッシュ」と呼んでいるが、これにより初期不良はそれ以前に比べ激減したという。量ではなく質を追うVAIOにとって不可欠な作業ということなのだろう。

ソニー時代のVAIOは個人ユーザーが中心だった。しかし新会社になってからは、法人需要が主となっている。しかしそれでも購入者の多くが求めるのが、「VAIOらしさ」なのだという。

「購入した人が、VAIOを手にすることでやりたかったことに可能性を感じられる。そして使っていいじゃないかと感じてもらえる。そうした期待に応えていけるパーソナル・コンピューティング・デバイスがVAIOです。そしてレスポンスにしても、キーボードのタッチにしても、使って『快』を感じることができる。それを貫いていきたい」

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月刊BOSS×WizBizトップインタビュー

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【BOSS × Wiz Biz】中小企業に特化した 元特許庁審査官による 知財コンサルティング

植村貴昭 ポラリス知財コンサルティング代表
うえむら・たかあき 東京工業大学機械工学科を卒業したのち、同大学院原子炉工学科修了。特許庁に入り審査官を6年間勤める傍ら大宮法科大学院(夜間)卒業。大手弁理士事務所を経て、ポラリス知財コンサルティングを設立した。

原子炉工学で修士号

―― 植村さんは弁理士の資格を持っていますが、もともとは東京工業大学大学院で原子炉工学を学んでいます。どういう経緯でいまにいたっているのですか。
原子力の将来に魅力を感じていたのですが、在学中に東海村の臨界事故が起きたために、就職先がなくなってしまったのです。そこで国家公務員を目指し、国家公務員一種試験に合格しました。経産省や会計検査院なども選択肢にありましたが、理系はなかなか出世できない。そこで特許庁に決めました。というのも、弁理士という仕事に興味があったからです。ただし当時は、弁理士試験は合格率1%という狭き門。でも、特許庁で12年間働けば資格が取れる。この資格を取れば独立できる。そう考えたのです。

―― 実際には6年間で退官しています。
というのも、入局したのと同じ時期、国が弁理士の数を増やしていくことになったのです。その状況で12年間も待っていたら開業できなくなる。そう考えて、2年目から試験を受けると同時に夜間のロースクールにも通い、弁護士資格取得も目指しました。でもそんな簡単に受かるはずもなく、結局、特許庁を辞め、弁理士事務所に入社して勉強を続け、弁理士資格を取得することができました。

勤めていた弁理士事務所での仕事はほとんどが、大手企業の特許申請でした。充実した仕事でしたが、そのうちに、知的財産を本当に必要としているのは中小企業であることに気づいたのです。そこで、ポラリス知財コンサルティングを設立し、中小企業を知財の側面から支援することに決めたのです。

―― なぜ、大手より中小企業のほうが知財が重要なのですか。
もちろん大手企業にとっても知財戦略は非常に重要です。でも大手なら、担当部署もあれば専門知識を持ったスタッフもいる。予算も潤沢にあります。ところが中小企業にはそのすべてがありません。

ひとつの特許を取得するには、70万~80万円のコストが必要です。大手にとってはなんともない金額ですが、中小企業にとっては無視できる金額ではない。ですから特許を申請するに際しては、単に取得するだけでなく、その特許をどう行使し、どうビジネスにつなげるかという戦略が重要になってきます。

私は特許庁時代、審査官を務めていましたから、どうやったら審査に通るかは熟知しています。でもその特許に関する戦略が描けないようなら、特許申請自体を見送ることもアドバイスします。そこが、大手を対象とした弁理士事務所との違いです。ポラリス知財コンサルティングは、植村国際特許事務所と植村行政事務所からなりますが、まずコンサルティングありきという考えで運営しています。

会社の面倒、引き受けます

―― 商標権ビジネスにも力を入れていますね。
商標を取るだけなら、いまではインターネット上でいろんなサービスがあります。そこを利用しても商標を取ることは可能です。しかし、商標取得で最も重要な事は、それをいかにしてビジネスの発展に結び付けるかです。その観点がないと、まったく意味のない商標になってしまいかねません。

たとえば、いま自分が提供している商品やサービスだけで商標を取るのは比較的簡単です。でもそのビジネスをいずれもっと発展させて違う分野にも進出しようと考えているのなら、その分野でも同じ商標を取得しておく必要があります。そうでないと、いざ進出しようとしても、その商標が使えないかもしれない。

私に依頼していただければ、まずコンサルを行って会社の将来ビジョンをきちんと踏まえ、どの範囲まで商標を取るべきかといったアドバイスができます。そこが最大の特徴です。

―― でもそこまでやってもらうとなるとかなり経費が必要なのではないですか。
おおよそ20万円程度です。インターネットで受け付けているところの中には、格安の料金を提示しているところもあります。ところが商標は申請したあと、突き返されるケースがよくあります。その場合、新たな条件を出して再度申請します。格安のところでは、そのたびに料金が発生するようになって、結果的に高くつくこともある。その点、我々は定額でのサービスですから、安心して依頼していただけます。

―― 手間ばかりがかかって、なかなか収益があがらないのではないですか。
開業した当初は持ち出しでしたが、最近は少しずつ利益が出るようになりました。たしかに単なる申請業務をしていた方が効率がいいかもしれませんが、それでは本当に人から必要とされている実感は得られないように思います。

弁理士になったのも、官僚になり一時法曹界を目指したのも、その根底には人の役に立ちたいという思いがあったからです。そのためには人に尽くすしかないと考えていますし、それがいちばんの営業手段だと信じています。人のために尽くす。そうすることが次の依頼につながります。

―― 今後のビジョンを教えてください。
知的財産だけでなく、中小企業のあらゆる面倒を引き受ける会社をつくりたいと思っています。すでに外部のパートナーの力を借りて、会社設立・運営サポートや記帳代行・確定申告・税務相談、法務・契約書作成などの代行サービスを始めていますが、これをさらに拡大していき、コンサルを中心に人と人、事業と事業を繋ぐサービスを提供していこうと考えています。

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