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やっぱりHONDAはヘンだ!|月刊BOSSxWizBiz

昨年末の総選挙で、安倍政権は国民から圧倒的な支持を受けた。その背景には、アベノミクスが一定の成果をあげたことがある。しかし本番はこれからだ。2020年に開催される東京オリンピックまでの5年間で、どれだけの成長戦略を描けるかが、その後の日本の将来を決めると言っても過言ではない。

企業にとってもそれは同様で、明確な未来戦略なしには生き残っていくのは難しい。少子高齢化やエネルギー問題など、日本の経済環境は相変わらず厳しい。だからこそ、そこにチャンスを見出せる企業のみが、永続的な成長をつかむことができる。

本特集では、この先、大きな役割を果たす企業を取り上げる。これら企業の活躍が、東京オリンピック以降の日本経済を支えていく。


農業も成長産業に

2015年1月6日、日本経済団体連合会、日本商工会議所、経済同友会の3団体は、恒例の賀詞交歓会を東京・紀尾井町のホテル・ニューオータニで開催した。

この交歓会で挨拶に立った安倍首相は、「今年も経済最優先で取り組んでいく」「大胆にそしてスピーディーに3本の矢の政策を進めていく」と語り、経済人たちの熱い拍手を浴びていた。

早いもので、現在の安倍政権が誕生してから3度目の正月を迎えた。最初の1年は、アベノミクスの3本の矢のうち、1本目の「大胆な金融緩和」と2本目の「機動的な財政出動」が爆発、円高はあっというまに円安へと変わり、株価も大きく上昇するなど、日本経済を長年にわたり苦しめ続けたデフレ脱出の糸口が見えたかに見える年だった。

しかし昨年は、4月に消費税率を5%から8%に引き上げたこともあり、国民の消費支出は激減、また設備投資額といった経済指標なども軒並み悪化し、来年秋に予定されていた消費税率の10%への引き上げを断念せざるを得ないところまで追い込まれた。

それだけに3年目の今年が勝負である。3本目の矢である「成長戦略」がそろそろ炸裂しないことには、日本の将来に暗雲が漂いかねない。それは、一時的なものではなく、かつて「東洋の奇跡」と呼ばれた日本経済が、永続的に埋没することを意味する。まさにいまが正念場だ。

滝川クリステルの「お・も・て・な・し」が決め手になって(?)、2020年の東京オリンピック誘致に成功したのは、すでに1年半近く前のことだ。

この時は日本中が沸き立った。1964以来56年ぶりに夏季五輪という世界最大のスポーツイベントが日本で開かれるという高揚感もあったが、同時に、これをきっかけに日本経済が再浮上できるのではないかという期待があったからだ。

2020年に向け大きく変わり始めた東京だが、社会全体が変わらなければ、今後の成長はない。

確かに、いま東京が、日本が、大きく変わろうとしている。東京のあちこちで大型ビルの建設が進むが、単に新しいビルが建つだけでは意味がない。街のあり方、都市のあり方、社会のあり方そのものが変わってこそ、オリンピックをひとつのきっかけとして、日本が羽ばたくことにつながるはずだ。

幸いなことに、少しずつではあるが、将来の希望を感じさせる企業や事業も生まれ始めている。

詳細については次頁以降の個別企業の取り組みを読んでほしいが、次稿で紹介するトヨタ自動車のFCV(燃料電池車)「MIRAI」などは燃料の自給化なども含め、経済を根本から動かす可能性を秘めている。

日本経済の最大のネックが、エネルギー問題であることは論をまたない。ここにきて原油価格が暴落するなど日本経済にとって追い風が吹くが、エネルギーの大半を海外に依存する状況に変わりはない。

東日本大震災以降、メガソーラー発電が普及したが、電力の不安定性もあって、電力各社はこれ以上の受け入れを断りたいのが実情だ。

しかしメガソーラー発電によって海水から直接水素の採取・保管・流通ができるようになり、その一方でFCVや家庭におけるエネファームなどで燃料電池が一般化すれば、日本のエネルギー事情は一変するはずだ。

エネルギーとならぶ日本の安全保障上のネックである食料問題も、大きく動こうとしている。安倍政権はこれから「岩盤規制」のひとつである農協の改革に本腰を入れていく。これまでは農協を通じて農家を保護してきたが、結果的には日本農業の弱体化を招いていた。そこで、農協の力を削ぎ、他業種からの参入や大規模化・工業化を進めることで、食料自給率を上げていくことを目指すこととなった。

恐らく農協はこれから必死に巻き返しに出るだろうが、この改革をやりきることができれば、日本の農業は根本から生まれ変わる。

本特集では取り上げていないが、電機メーカーや自動車メーカーの中には、農業参入に関心を示す企業も数多い。すでに、海外移転で空いた工場などを利用して、野菜工場として再稼働させている例もある。世界の最先端を行く日本の生産技術が農業と組み合わされることで、日本農業を取り巻く環境は大きく変わるはずだ。

五輪で世界にPR

ロボット技術も日本が世界の最先端を行くもののひとつだろう。

日本のこれまでのロボット開発は、産業用ロボットを除くと、ホンダの「アイボ」にしても、トヨタが開発したトランペットを吹くロボットにしても、技術の蓄積としては意味があるものの、実用性とはかけ離れたところにあった。

鉄腕アトムやドラえもんなどのアニメの影響もあって、日本はロボット=人型と思い込んでいた。それが実用化の障害になっていた。しかし最近では形にこだわらず、人間の生活をサポートするロボットが登場してきた。

もともとセンサー技術や制御技術において日本企業の国際競争力は高い。市場ニーズがどこにあるか的確に把握できれば、日本は今後とも世界最大のロボット大国であり続ける。

何より、日本経済の最大の弱点である超高齢社会も、企業にとっては世界で戦う武器になる。

労働人口の減少によって、日本の消費支出の伸びは期待できない。しかしそれでも、健康・介護市場はどんどん膨らんでいく。ここで覇権を握ることができれば、その技術・商品・マーケティングなどのノウハウを、今後高齢社会が到来する中国や韓国などの東アジアや、すでに人口減少時代に突入しているヨーロッパに輸出することが可能になる。世界の医療・介護市場を日本企業が席巻することはけっして夢物語ではない。むしろ前途は洋々開けているといっていい。

つまり、エネルギーや農業、そして高齢社会といった日本経済のマイナス点も、創意と工夫次第でプラスになるということだ。

そのためにも、これから東京五輪までの5年間が勝負である。五輪特需や復興特需にアベノミクス特需が加わり、大企業を中心に好決算が相次いでいる。しかも今後、法人税が引き下げられることもあり、企業の経営環境はさらに改善される。

過去の例を見ても、オリンピックが終わると景気は冷え込む。その時までに、次の日本経済を支える産業が続々と誕生しなければ、その後に本格的人口減少時代を迎える日本が再び成長軌道を描くことはむずかしい。その意味で、五輪まであと5年もあるのではなく、もう5年しかないというのが実情だ。

本特集で取り上げた20社は、5年後、日本経済をリードすると思われる企業だ。しかし可能性を秘めた企業はまだまだいくらでもある。そうした企業が覇を競い、2020年に、日本全体が最先端産業のショールームになれば、日本経済は永続的に成長することができる。

繰り返しになるが、時間は、あと5年しか残っていない。日本企業の底力を信じるのみだ。

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特許を無償で開放

「2020年はちょうどオリンピックがある。いまから何か新しいものといっても無理だけれども、20年に向けてあと5年というターゲットをベースに、いままでやってきたことをスピードアップさせることは可能だと思う。節目として大事だ」

1月6日に行われた自動車工業団体賀詞交歓会で、トヨタの豊田章男社長が報道陣に対して語ったコメントだ。この日の賀詞交歓会は、燃料電池車(FCV)に対する話題で持ち切りだった。というのも、米国時間5日に発表された、トヨタが保有する燃料電池車(FCV)に関連する特許の実施権を無償提供するというニュースのインパクトが大きかったからだ。

トヨタが開放したFCVの特許は、約5680件。これらの特許を使用してFCVの製造・販売をする場合、2020年末までを期限として、特許実施権を無償にするとしている。つまり、FCVの普及に向け、トヨタは2020年を1つの区切りと設定したわけだ。

発売発表会でビデオ出演した豊田章男社長。

「水素社会を作り上げるのは、1つの自動車会社ではできない。実現は長い道のり。あえて参加者を増やし、〝オールプラネット〟で、みなさんの協力を得ながら水素社会を実現するためには良い決断だと思う」(豊田社長)

トヨタがFCV「MIRAI(ミライ)」を発売したのが昨年12月15日。本体価格は723万6000円(税込み)という値付けだった。FCVはトヨタに限らず、ホンダ、日産はじめゼネラルモーターズやフォードなど、世界の主要メーカーがこぞって開発したにもかかわらず、市販化の実現には至らなかった。その一番の理由が価格付けであり、燃料電池システムのサイズだった。

FCVが1台1億円と言われたのも、それほど過去の話ではない。日産が05年に「X-TRAIL FCV」を発表した際、部品代だけで1億円のコストがかかると言われていた。仮に大量生産が実現したとしても、5000万円は下らないというのが、わずか10年前の常識だった。

低価格化が進んできたのは、ハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)の普及に依るところも大きい。電気モーター等の共通部品が多く、部品の量産効果による低価格化が進んできたためだ。トヨタの場合はHV、プラグ・イン・ハイブリッド(PHV)、EVと並行してFCVを開発してきた強みがあり、コストダウンを念頭に置いた開発を進めることができたのである。加えて技術革新は燃料電池システムのコンパクト化にも成功。かつては“燃料電池を運ぶためのクルマ”と呼ばれたFCVが、乗用車として成り立つサイズにまで小型化したのだ。

購入補助金も202万円に設定され、エコカー減税等の活用で実際の購入価格は520万円程度。市販車としては高級車の部類になるが、10年前に比べれば現実的な数字に大きく近づいた。

しかし、HV「プリウス」は発売当初、売れば売るほど赤字と言われた時期があった。加藤光久副社長がMIRAIの発表会で「採算のお話はできません」と語っているのを見れば、MIRAIも同様だろう。採算ラインは度外視しても、まずは普及が必要というトヨタの信念が伝わってくる。

ここでMIRAIについておさらいをしておくと、全長4890×全幅1815×全高1535ミリメートルで、コンパクトなセダン。1度の充填で約5キログラムの水素を約3分で補給し、JC08モードで600~700キロメートル走行する。EVに比べれば、かなり従来のガソリン車に近い使い方ができる。FCVは厳密にはFCEVであり、水素を水と電気エネルギーに変換させる。これにより、災害時には非常用電源としても利用可能で、1家庭の約1週間分の電力を賄えるという。ガソリン車とEVのいいとこ取りができる、未来のクルマというわけだ。

直面する甘くない現実

トヨタはFCVを次世代のエコカーの本命として力を注いでいるが、甘くない現実もある。FCVの低価格化も、HVやEVを量販しているからこそ実現できたもの。すべてのメーカーが対応できるわけではない。国内では来年に発売予定のホンダ、17年に発売予定の日産くらいしか追随できないかもしれない。

さらにFCVの水素を充填するためには、専用の水素ステーションが必要となる。10年当時、水素ステーションの建設コストは70hpaで約10億円、35hpaで約5億円と言われていた。ガソリンスタンドに併設できるのが理想だが、昨年までの原油高や競争激化で赤字業者が大半。新規投資に回す資金がないのが現状だ。となると元売りの直営店を中心にインフラ整備を行わなければならず、限られた地域にしか設置できないことになる。商用水素ステーションを現在のSS並みに設置をするとなれば、かなりの台数が普及できなくては難しい。

EVの普及が進まないのも、電気自動車用の充電ステーションの不足が原因の1つとなっている。EVは家庭でも充電できることもあって、SS業界にとって電気スタンドは投資額の割にビジネス的においしくないというのが一般的な見方であり、国や地方行政の補助金なしには、投資と回収のバランスが成り立たないのが現実だ。

ただ、水素ステーションの場合は家庭での充填は難しく、うまく需要が伸びればガソリン並みのビジネスになる可能性はある。現実的には、どのような制度設計が構築できるかにかかっている。水素の価格にどれだけ利益を上乗せできるかは不透明だが、利益を確保しつつ水素価格がガソリンよりも安くできれば、EVが普及するよりFCVのほうがSS業界にとってはビジネスチャンスがありそうだ。

いずれにせよ、台数の普及なしにインフラの拡充は難しい。台数の普及には他メーカーの参入は不可欠であり、トヨタ1社では限界がある。ホンダと日産が加わってもガラパゴス化するだけだ。トヨタが特許を無償で開放するのも、海外他メーカーの開発予算を肩代わりすることで、参入障壁を下げようという狙いがあるのは明らかだ。

トヨタが2014年12月に発売したFCV「MIRAI」。

そのトヨタと共同でFCVを開発しているのがBMW。燃料電池のシステムはトヨタ製だが、BMWが目指しているのはスポーツカーとしてのFCVだと言われている。トヨタが富士重工とスポーティな「86」「BRZ」を共同開発したように、BMWとの共同開発でどのようなFCVが飛び出してくるのか、興味は尽きない。スポーツカーらしさを実現させるには、燃料電池の小型化・軽量化は必須。加えて最高スピードを上げる高出力も求められる。さらなる技術革新が進められることは間違いない。このクルマが量産体制にはいるのが、やはり20年ごろの予定だという。

昨年4月に策定された国の「エネルギー基本計画」には、明確に「水素社会の実現」が謳われている。また「2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会において、大会運用の輸送手段として燃料電池自動車が活躍することができれば、世界が新たなエネルギー源である水素の可能性を確信するための機会となる」とも明記されている。国策とも言えるFCVの普及は、トヨタに大きな使命を課したと言える。

冒頭の豊田社長の言葉にあるように、この5年でFCVの未来に向けスピードアップさせることができるのか。2020年がFCVの未来を決定づける勝負の年になるのは間違いない。

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2020年、セブン-イレブン・ジャパン(以下SEJ)の店舗数が、ついに全国の郵便局数を抜く――。

目下、コンビニ業界は言うに及ばず、小売業全体で見てもSEJの独走ぶりは際立っているが、まず足元の業績見込みを見てみよう。15年2月期、セブン&アイ・ホールディングス全体の予想は、売り上げに相当する営業収益が6兆1300億円(米国のセブン-イレブンインク、および同社が展開する海外店舗も含めると10兆2000億円)、営業利益は3560億円だが、そのうちSEJのチェーン全店の売り上げは4兆円、営業利益では2700億円。

そして、店舗数は純増ベースで1200店増の1万7519店、15年度は過去最高となる1700店の出店を計画しているのだが、向こう5年を仮に平均1500店出店として7500店。単純合算で2万5000店余となり、退店を差し引いた純増数を想定しても、いまの郵便局数が約2万4000だから、20年中に抜き去る可能性は高い。

しかも、いまよりも郵便局数は減っていくだろう。新旧交代で、SEJがいわば日本一のメガインフラ拠点になるというわけだ。場合によっては、郵便局がクローズした跡地にセブン-イレブンが出たり、併設店といったケースも考えられる。

かつて、コンビニといえば主力顧客は若年層だったが、特に東日本大震災以降、ライフラインの役割もあって、女性やシニア、高齢者層の顧客が目に見えて増えてきた。考えてみれば、コピーやファクス、ネットプリントからエンタメやレジャーチケットの発行、公共料金の支払いや住民票の取得に始まり、銀行に並ばずともいつでもセブン-イレブン内のATMで現金の引き出しや預け入れができる。さらにネット通販で購入した商品の留め置き、受け渡し場所としても定着してきており、一部店舗ではクリーニングもある。

SEJではさらに、「ご用聞きの時代」として、自ら出向いて商機をつかんでいる。その事例が宅配サービスや移動販売サービスで、郵便局の数を凌ぐ店舗数に達した時、超高齢社会における“見守り”的なサービスという観点からも、大きな役割を担うだろう。さらに、岩谷産業との協業による水素ステーションの併設店舗、あるいは免税サービスなども、5年後にはかなり普及しているかもしれない。

焦点は、今秋までに本格スタートさせるというオムニチャネル戦略だ。グループ各社の商品をネットで注文し、セブン-イレブンで受け取れるようにするものだが、確かに留め置き、受け渡しという点では前述の郵便局数超えが大きく利いてくる。ただし、消費者に頻度高くサービスを使ってもらうためには、グループ内の商品だけでは限界がある。

昨年2014年は、慎重なセブン&アイHDにしてはM&Aラッシュだった。通販のニッセン、雑貨店のフランフランを運営するバルス、さらに米国の高級衣料チェーンのバーニーズニューヨークの日本法人と、立て続けに買収を手がけた。これは10年前に、そごうや西武百貨店を買収すると発表して世間を驚かせて以来だ。

されど、オムニチャネルの充実を考えればまだまだ足りない。向こう5年の間に、シナジーが見込める企業があれば、これからも買収という打ち手は繰り出していくはず。もっといえば、オムニチャネルの総本山たるグループのセブンネットショッピング自体を拡大するため、ネット通販企業の買収ということも考えられる。中長期スパンで見れば、世代交代が進むほどネットでの買い物に慣れた層が増えてくるわけで、その層がボリュームゾーンに達してくる前に、オムニチャネルをある程度、完成させておかなければいけない。5年後は、その分岐点になっている可能性もある。

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ソフトバンクの進軍ラッパが止まらない。

米携帯3位のスプリング社を買収したのは一昨年のこと。昨年はさらに4位のTモバイル買収を画策するも、米規制当局の承認が得られずに計画は頓挫した。Tモバイル買収により、スプリントと合わせて契約数トップ2のベライゾン・ワイヤレスとAT&Tに一気に迫ろうという目論見は潰えたが、その程度のことでめげる孫正義社長ではない。

2014年秋には孫社長がインドを訪問。モディ首相などと会談し、今後インドに対し1兆円を超える投資を行うと表明している。

それだけではない。米アニメ会社や映画製作会社、インドネシアのEC企業などへ出資することも明らかになった。

1990年代、ソフトバンクはインターネット関連企業に毎週のように出資し、その「ダボハゼぶり」が話題になったが、それを彷彿させる攻勢をかけている。しかも90年代の相手は米国か日本企業が大半だったが、今回の買収・出資劇は舞台が世界に広がっている。

それを可能にしたのが、ソフトバンクが約3割を出資する中国のアリババの上場だった。昨年秋、ニューヨーク市場に上場したアリババは、いきなり時価総額25兆円という世界有数の企業となった。これによってソフトバンクは8兆円もの含み益を持つことになり、これがその後の買収攻勢の原資となっている。スプリント社の買収で、ソフトバンクの有利子負債は9兆円にまで膨れ上がったが、アリババの含み益でその大半をまかなえる計算だ。

ソフトバンクは現在、年間5000億円を超えるEBITDA(税引前利益に支払利息と減価償却費を加えたもの)を生んでおり、スプリントの買収の財務的不安要素がなくなれば、年間数千億円の投資が可能となる。

90年代のソフトバンクの攻勢を支えたのは、米ヤフーの含み益だった。それが今日のソフトバンクの礎となっているのだが、今度はアリババの含み益を担保として、さらなる投資に意欲を燃やす。

その事業領域はインターネット関連だけにとどまらず、間もなく市販を開始する人型ロボットの「ペッパー」や、東日本大震災を契機に取り組み始めたエネルギー関連産業など多岐にわたる。

そしてその先には、孫社長の壮大な野望がある。

孫社長は2010年、創業30周年を迎えるにあたり、次の30年に向けたビジョンを発表している。その中で「ソフトバンクを時価総額世界一にする」と宣言した。

この新30年ビジョンは、孫社長曰く「人生最後で最大の大ホラ」だという。しかし孫氏は、創業間もない頃にアルバイト社員を前に「売り上げを兆(丁)で数えるようになりたい」といういわゆる「豆腐の心意気」を語り、社員から呆れられたというが、いまでは7兆円近い売り上げを誇る企業となった。

また、06年にボーダフォンを買収して携帯事業に参入した時は「ドコモを超える」と宣言したものの、当時は誰も信じなかった。しかし現在、ソフトバンクの携帯事業は売り上げでも利益でもドコモをしのいでいる。誰もが眉に唾つけて聞いていた話を現実のものとした。孫社長にしてみれば、けっしてホラ話ではなかったのだ。

当然のことながら、「時価総額世界一」にしても孫氏は本気である。その第一歩は、携帯事業で世界一になることだ。Tモバイルの買収失敗は痛手だったが、おそらく孫社長のことである。次の標的を定めているはずだ。

2020年は、その世界一が現実のものとなるか、夢で終わるのか、はっきりと見えているだろう。

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32年ぶりの大型公募増資

52.4%、46.3%、36.8%。これは順に、三井不動産、三菱地所、住友不動産の、財閥系ディベロッパー3社の外国人持ち株比率(昨年末時点)を指す。特に過半を超えている三井不動産は、外国人投資家が三井不動産株を通じて、いわば日本の不動産を買い集めていると言い換えても過言ではないだろう。それだけ、業界内で三井不動産のプレゼンスが大きいという証でもある。2020年時点では、その存在感はますます際立っているのではないか。

確かに、ライバルの三菱地所は金城湯池といえる丸の内から大手町にかけての“三菱村”を擁してはいるが、オフィスビル賃貸にやや事業の偏りがある。一方、住友不動産にはこれといった“住友村”はなく、ライバルたちのホームグラウンドエリアを含めて、大型開発をゲリラ戦のように仕掛けていくイメージが強い。

その点、三井不動産は展開エリアも事業領域も幅広い。たとえば商業施設関連では三菱地所や住友不動産を圧倒しており、ららぽーとをはじめとした大型ショッピングセンターは、イオンの巨大モールと比較されることが多くなっている。

特に今年は、その商業施設で新規開業ラッシュとなる。主立ったものを見てもまず春に、ららぽーと富士見(埼玉県)、夏に三井アウトレットパーク北陸小矢部(富山県)、秋に入るとエキスポランド跡地複合施設開発事業(大阪府)、ららぽーと海老名(神奈川県)、ららぽーと立川立飛(東京都)といった具合だ(すべて仮称)。

売れ筋の商業テナントを誘致するパワーやノウハウでは、もはや不動産業界に限れば無敵だろう。また、ほかのオフィス賃貸や住宅事業を含めて見ても、三井不動産は最もバランスが取れている。

一昨年9月に東京五輪の開催が決まって以降、同社は一段とアクセルを踏み込んだ。昨年夏、32年ぶりとなる公募増資で3300億円を調達したからだ。これだけの規模となると、株式の希薄化から株価が軟調になるものだが、三井不動産株の下落幅が増資後、一時的かつ限定的だったことも、同社への期待値の高さが窺えた。

首都高速道路を取り払った場合の日本橋川付近のイメージパース。

守備範囲の広い同社の起点となるのは“三井村”の東京・日本橋だ。99年に東急百貨店日本橋店が閉店した頃は、日本橋エリアはさびれたイメージが漂ったが、ここから三井不動産は盛り返す。04年にまず、東急百貨店跡地にCOREDO日本橋をオープンし、翌05年には自社の本社も入る日本橋三井タワーを竣工。

ただし日本橋界隈は老舗商店が多いため、地権者の数もそれだけ多く、権利関係が複雑な場合が少なくない。COREDO日本橋、日本橋三井タワーと、「点」での展開は終えた三井不動産だったが、05年以降はミニ不動産バブルと言われた時期に入ったこともあり、07年の東京ミッドタウン、08年の赤坂サカス竣工と、違うエリアでの大型再開発のほうが目立っていた。

再び日本橋がクローズアップされたのは、リーマンショックから立ち直った10年で、COREDO室町がそれだ。そして昨年、COREDO室町2&3が竣工し、日本橋の開発はようやく「線」の領域に入る。

三井物産と手がける大手町の大型再開発の完成イメージ。

前述したように、今年は商業施設ラッシュなため、一息入れることになるが、再来年以降、東京五輪を挟んで怒涛の再開発が続いていく。17年から19年にかけてはまず、日本橋三井タワー近隣エリアと髙島屋日本橋店隣接地の開発が竣工予定。

さらに五輪イヤー以降は、日本橋川を挟んで野村證券ビルのあるエリア、あるいは八重洲エリアも、東京駅前のまとまった好立地を再開発していく予定だ。東京駅を挟んで、大手町から丸の内エリアの大地主である三菱地所に対し、反対側の日本橋から八重洲にかけて「面」の展開で攻めていく三井不動産。このライバル対決は、五輪後にさらにヒートアップしていくことになる。

しかも、五輪で「新東京駅」誕生の期待を持つ三菱地所に対し、三井不動産にも日本橋川の上を通る首都高速道路の地下化という、長期的な悲願がある。五輪までに実現するのは難しいかもしれないが、三井不動産会長の岩沙弘道氏は昨年6月、日本経団連のナンバー2である審議員会議長に就いたほか、東日本高速道路の会長も務めており、首都高移設問題の進展に期待がかかるところだ。

真価が問われる「五輪後」

また、三菱地所が強い大手町エリアでも、ピンポイントながら楔を打ち込む。老朽化してきた、三井物産本社ビルエリアの一体再開発がそれだ。開発の敷地面積が2万平方メートルを超える大型複合開発で2棟からなり、多目的ホールやラグジュアリーホテルも誘致する計画になっている(竣工予定は19年度)。

すでに外国人観光客で賑わいを見せ、大型再開発が目白押しの銀座エリアでは三井不動産の名前は特にないが、銀座への導線となるエリアでは開発が進んでいる。新日比谷プロジェクト(仮称。三信ビルディングと日比谷三井ビルディングの一体的な再開発で17年度竣工予定。地上35階地下4階、高さ192メートルの高層ビル等)がそれだ。

しかも隣接地には、五輪開催決定後に海外から気の早い宿泊予約の問い合わせが殺到した、日の丸ホテルの筆頭、帝国ホテルがあり、三井不動産が33.1%を出資している。五輪を控えて本館の建て替えを発表したホテルオークラに対し、帝国ホテルでは何もアナウンスはないが、三井不動産とは幹部クラスが定期的に情報交換や勉強会を開いており、五輪後に帝国ホテルエリアも一大再開発に着手する可能性はある。

前述したように、昨夏に3300億円の大型公募増資をしたが、その主たる使途はまだ未定。帝国ホテルエリアを含めて、都心のどこかで世間を瞠目させる開発構想を温めているに違いない。

このほか郊外へ目を転じると、旧柏ゴルフ倶楽部跡地を開発した、柏の葉キャンパスシティ(千葉県)も壮大なチャレンジだ。三井不動産では当地を初の本格的なスマートシティと位置づけ、地域でエネルギーを管理し、食の自産自消や地域ぐるみの疾病・介護予防、創薬やバイオを中心とした新産業支援などもある。

三井不動産は新事業のパイオニア的存在だ。

柏の葉キャンパスシティには、これまですでに1000億円の投資をしており、さらに30年までに、約2000億円を投じる計画だ。昨年7月、柏の葉キャンパスシティで会見した菰田正信社長はこう胸を張る。

「海外にはまだ、こうした次世代型街作りの事例はありません。これだけ環境コンシャスで健康長寿を考えている街はないでしょう。ベンチマークする街は特にないので、自分たちで開拓していかねば」

もともと、高層ビルの先駆けである霞が関ビルなど、パイオニアとなるビジネスを手がけてきた三井不動産だけに、単に開発エリアや事業領域が幅広く、ソロバンを弾くだけではないはずだ。そこには、日本の不動産開発のグランドデザインを描くという自負もあるだろう。

五輪後は少子高齢化や人口減少などがさらに加速し、不動産業界もフローからストックへ大きくシフトしようとしている。その中で、都心にしろ郊外にしろ、三井不動産が仕掛けていく街作りは、同社が標榜する「経年優化」なくしては、ゴーストタウン化するリスクもはらむ。

幸い、円安基調で日本経済の内需立国待望論も再び高まってきた。東京五輪をいわばフックにして、10年後や20年後にも活きる街作りが求められる。それができるのは、不動産最大手で再開発ノウハウも豊富な三井不動産以外にはない。

(河)

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日本で初めて警備会社にスポットが当たったのは、1964年の東京オリンピック。当時、日本警備保障という社名だったセコムが会場警備を請け負ったことで、その知名度が飛躍的に上昇し、警備業が産業として認知されるきっかけになった。

以来、半世紀、セコムは警備会社の範疇に収まらない広範囲な事業領域をもつ企業に成長している。売り上げこそセキュリティ事業が50%を超える中心事業だが、防災、メディカル、保険、地理情報、情報通信、不動産、海外事業の8つのセグメントが存在し、これらの事業が「セキュリティ」「超高齢社会」「災害・BCP(事業継続計画)・環境」という3つの分野へのサービスを形作っている。それぞれの事業領域を結び付け、グループシナジーを強固なものにしているのが「ALL SECOM戦略」という考え方だ。

通常のグループ構成とは異なり、セコムは親会社として中心に配置されているわけではない。グループ会社同士が親会社であるセコムを飛び越えて、自由に議論し、新しいサービスの構築を図るという、いままでにないスタイルになっている。

2020年の東京五輪開催が決まってから、セコムはALL SECOM体制で、明確に国際イベントを目指した取り組みに舵を切った。

伊藤博社長は次のように語る。

「5年、10年、15年と、先を見据えて強化していくことは重要です。セコムは創業2年目である64年の東京五輪で選手村を警備して、ここで足場を固めて次のステップに行けるようになった。その意味では、20年の東京五輪は恩返しをするタイミングでもあります。セコムは何をするのか、それ以降はどうするのかを考える大きなタイミング。『安全・安心』が大きいわけですが、オリンピックで言う『おもてなし』は、セコムで言えば『快適・便利』です。セコムにしかできないおもてなしをしたい」

20年までに多数建設されるであろう五輪関連の新しい施設または都市計画による建物等については、単純に警備だけでなく、グループの能美防災による防災システムや、セキュリティのネットワークや機械警備を構築するセコムトラストシステムズによるデータセンター事業の需要が期待される。

特に近年多発する数十年に1度の規模の自然災害に対して、BCPの観点からもデータセンターに対する注目度は高まり、金融機関や自治体もセコムにデータを預けるケースが増えている。個人契約のホームセキュリティにも、各種証明書や処方箋のデータを預けるサービスを利用する人が多いという。

また、20年以降も継続して進化が期待される分野にメディカル事業全般と、パスコを中心とする位置情報サービスがある。セコムが子供の見守りサービスとして01年に始めた「ココセコム」はセキュリティと位置情報の融合だったが、13年に始まった「マイドクタープラス」はメディカルと位置情報の融合でもある。従来の救急通報に加え、電話機能やGPSによる位置情報も取得できるようになり、仮に外出先で倒れた際も、セコムの対処員が駆けつけることができる。超高齢社会を迎え、それがさらに加速する日本にとって、メディカル分野の「安心・安全」のニーズは拡大する余地が大きい分野だと言えるだろう。

「あることが満たされると、もっとこうしてほしいというニーズが出てくる。お客様が困ったことを、何とかしてくれないかと言われれば、それにお応えしよう、解決しようというのがセコムなんです」(伊藤社長)

いまのセコム経営陣には、多角化を進めているイメージはないという。「安全・安心」「快適・便利」を追求する姿勢が、日本企業がいままでにもたなかったグループ生態系を作り出している。

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現代社会は、なんといっても健康ブームだ。そんなかでも一過性のブームで終わらないのが乳酸菌飲料やヨーグルトといわれる。

というのも、ヨーグルトの場合、最初はブームだからと食べはじめても、すぐにやめず、その後も食べ続ける“常食”となることが多いからだ。そのため効果のほどが実感できて、おいしければ売り上げが継続するらしい。

とくに最近は、機能性ヨーグルトと呼ばれるものが数多く登場。テレビのワイドショーや書籍などで「○○に効果がある」とされるものは、注目され、その“機能”によって子ども、女性から中高年男性、高齢者まで幅広く浸透しやすい。

そんななかで俄然注目を集めたのが「免疫力を高めインフルエンザを予防する」といわれ、スーパーでも在庫切れになって一世を風靡する人気だった、明治の「R-1」というヨーグルトだ。

明治はこうした機能性ヨーグルトをいち早く採り入れ、生きたまま胃や腸で働くヨーグルトや乳酸菌を抗生物質と対比させた「プロバイオティクス」として広く浸透させてきた。その先駆けになったのが「LG21」というヨーグルトで、これを食べ続けることで胃がんの原因になるピロリ菌の数を減らす効果が実証され、今も根強い人気がある。

これら明治の機能性ヨーグルトのもう1つの強みは、スーパーなどでも正価で売られている点にある。明治のヨーグルトの売り上げは年々着実に伸び、2010年度の341億円から、14年度には812億円(目標)にもなっている。

また、明治はヨーグルトだけでなく、ここ最近はチョコレートでも売り上げを伸ばしている。そのきっかけが「チョコレートは高血圧を予防する効果がある」としたテレビ放送だった。

とくにちょっと苦みのあるダークチョコほど効果が高いとされたため、「大人のきのこの山」「大人のたけのこの里」「アーモンドブラック」などが登場した。しかし、いつの間にやらそうした効果よりも「大人の~」のフレーズが先行。他社からは「大人のあずき入り大福」アイスクリームや「おとなのイチゴケーキ」「おとなのミルク」など、あらぬ方向に進んだ商品も出た。

再編統合で飛躍

こうした商品開発の一方で明治が飛躍する原動力になったのには、事業の再編もある。10年にホールディング制を導入し、明治乳業と明治製菓を傘下においた、そして、その翌11年は両社を合わせ、菓子・乳製品・健康栄養ユニットの「明治」と、医療用医薬品部門などの「Meiji Seikaファルマ」に再編した。

それぞれの売上構成比は食品部門が89%、医療部門が11%だが、営業利益ベースでは食品部門が77%、医療部門が23%と、医療部門の利益率が高いのが特徴。金額ベースでは直近の15年3月期の連結利益は前期比14%増の415億円と、予想の375億円を上回る予定だ。

また、2014年6月にはトップが交代。新社長に就任したのはMeiji Seikaファルマ社長だった松尾正彦氏。松尾氏は菓子部門からほぼすべてをこなしてきたオールラウンダーで、なかでも国際部門が長い。そのため今回のトップ交代では海外部門をにらんだと見る向きも多い。

そうはいっても、明治への国内での追い風は今後も続く気配である。とくに、今年の春には食品やサプリメントなどで「機能表示」が認められるため、機能性食品の表示が明確化される。そうなれば、明治がもつプロバイオティクスの技術がさらに発揮される可能性は極めて高いのである。

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日本の安全保障上、最大の問題が食料とエネルギーの自給率の低さにあることは論を待たない。この2つの問題を同時に解決できる可能性を持つ企業が、ユーグレナだ。

ユーグレナは3年前に東証マザーズに上場、昨年12月には東証1部に指定替えとなり、また社長の出雲充氏が『僕はミドリムシで世界を救うことに決めました』という本を出版したこともあって、知名度も高まってきた。

本のタイトルにも使われているとおり、ユーグレナとはミドリムシの学名のこと。出雲氏が東京大学在学中にバングラデシュを旅した際、栄養失調に苦しむ子供たちが多いことを知り、その解決策として、アミノ酸を大量に含み栄養価の高いミドリムシの大量培養ができないかと考えたところから始まった。

ミドリムシは動物と植物の両方の性質を持つ単細胞生物。繊毛を使って自由に動き回るが、光合成も行う。しかし食物連鎖の最底辺に位置しているため、すぐに捕食されてしまう。自然界にいくらでもいる生物ではあるが、それだけを大量に純粋培養することはむずかしかった。それに世界で初めて成功したのがユーグレナだ。

すでにユーグレナの製品は、サプリメントやダイエット食品の形で多くの人に愛用されている。また化粧品の成分としても使用されるようになり、現在その市場規模は70億円に達したという。

ユーグレナでは、今後、ミドリムシ製品を、東南アジアやアフリカなど最貧国に提供することを検討している。一昨年には出雲社長にとって原点の地であるバングラデシュに営業所を開設、世界展開に向けて動き始めた。

そしてもう一つの期待が、ミドリムシによるジェット燃料の生産だ。これが実現すれば、産業的には食品よりもはるかに大きな規模になるとみられている。

バイオ燃料というとサトウキビやトウモロコシからつくられるのが一般的だが、ミドリムシから精製されるオイルはより軽質なため、ジェット燃料に向いているという。

「自動車など大半の交通機関は電気で動かすことができますが、飛行機だけはジェット燃料に頼らざるを得ない。それをミドリムシで生産しようというわけです」(出雲社長)

CO2を吸収して光合成で育ったミドリムシは、それを燃料にして燃やしても、結果的にCO2を増やすことはない。

そのため、新日本石油や日立プラントテクノロジーと共同で研究が進んでいる。東京オリンピックが開催される頃にはミドリムシからつくられた燃料で飛行機が飛ぶ時代となっているかもしれない。

また、培養施設と火力発電所をセットすることで、CO2削減に寄与することも可能だ。

具体的には、火力発電所から出る排気をミドリムシの培養液に送り込む。それによって、培養液のCO2濃度が上がるため、ミドリムシの光合成はより促進する。地球環境にとっての悪役であるCO2を、次の燃料へと生まれ変わらせることができるのだ。

東日本大震災以降、日本の原子力発電所はすべてストップし、火力発電所に頼る状況が続く。そのため、日本のCO2排出量は昨年、過去最悪を記録したが、ミドリムシを活用することで、削減させることもできるのだ。

こうしたミドリムシの可能性に着目して、いまでは数多くの企業がユーグレナと提携し、新商品の開発や新エネルギーの共同開発に着手している。

ここに至るまでには、「最初はどこの企業からも門前払いを食って、500社回ってようやく、伊藤忠商事が出資に応じてくれた」(出雲社長)という苦労もあった。

しかしそんな困難も、強い信念さえあれば乗り越えられることを、出雲社長は体現している。

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バイクと言えば、日本にはホンダ、ヤマハ発動機、スズキ、カワサキといった、世界にもファンが多い二輪車メーカーがひしめき合っている。そんななか、いま最も注目を集めているバイクメーカーが、ベンチャー企業のテラモーターズだ。

2010年創業と、歴史の浅いこのベンチャー企業がなぜ注目を集めているのか。それはベンチャー特有の志やフットワークの軽さを持ちながら、日本の重厚長大産業の代名詞とも言うべき「モノづくり」を事業にしている点にある。

テラモーターズが開発・生産しているのはすべて電動の二輪車・三輪車。それらを主にアジア市場に向けて販売している。日本国内こそ新車市場は約30万台にすぎないが、アジアに目を向ければ中国、ベトナム、インドネシア、インドと巨大市場がならび、アジア圏での販売台数は年間5000万台にも及ぶ。現在は、まだガソリン車が主流だが、大気汚染が深刻な中国などは新車市場の半数が電動二輪車に置き換わりつつあり、今後はアジア市場全体に波及していくと考えられている。

電動バイクはガソリン車に比べて、構成される部品点数が約4分の1とシンプルな半面、バッテリーやモーターは高い技術力が要求される。中国はじめローカル企業製の電動バイクはその品質に課題を抱えており、多くの地元ユーザーが高品質な日本のガソリン車から離れらない事態になっているのだ。燃料費が安くすむ電動バイクに、日本製のクオリティが加わればどうなるか。この課題に挑戦しているのが、テラモーターズなのだ。

脚光を浴びるもう1つの理由は、社長の徳重徹氏(写真)の存在もある。住友海上火災保険を経て渡米、シリコンバレーで起業した経験を持ち、物怖じせず自信たっぷりに語る様は、久々に現れた肉食系起業家。その言動にも注目したい。

東京五輪の開催が決まる前後から、投資家の間で注目が集まっていたのが、高級ホテル・旅館の予約サイトを運営する一休だ。

一休は、その高い営業利益率から優良銘柄として支持が高い企業。2015年3月期も中間決算までに営業収益が約32億3000万円、営業利益は約10億3000万円と、営業利益率は31.8%。ちなみにこの数字は、今期を「先行投資」の期と位置付けたうえでの数字。例年は40%近い利益率を残している。今期スタートした新規事業への投資が計上されていながら高い利益率を維持しているのだ。

その新規事業というのは、2014年4月に開設した優良会員向けの「一休プレミアサービス」と、10月に開始した海外の高級ホテル予約の「一休.com海外」の2つのサービス。特に海外事業は、一休の今後の事業拡大を占う意味でも大きな注目を集めそうだ。

20年東京五輪の前後に活性化しそうなのが、11年4月に開設した「一休日本自由行」という中国人旅行者に向けた情報発信サービス。日中関係が悪化しても、なぜか日本を訪れる中国人観光客は右肩上がりで増加中。14年は上半期だけで前年比88.2%増の100万9200人に達している。中国に限らず、五輪を見据えた外国人向けのサービスは日本の観光産業にとって必須項目。一休でもさらなる事業展開が予想される。

ちなみに一休社長の森正文氏(写真)は日本生命出身の起業家。IT企業特有の斬新さとスピードに加え、取締役会長に元日興コーディアル証券会長の金子昌資氏、取締役に前イー・アクセス会長の千本倖生氏を加えるなど、人脈や政治力といった面も重要視する。その意味では手堅さと安定感を備えた経営者なのだが、20年以降の成長へ向けて、どこまで野心的な投資を行うのか興味深い。

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攻めの1年の幕開け

「今年は攻めの1年。他社に先がけた行動を起こし、攻めの姿勢で取り組もう」

2015年1月5日、愛知県名古屋市の中部電力本店で開かれた新年祝賀式の席上、水野明久社長は社員に向けてこう呼びかけた。水野氏は2010年6月に社長に就任し、今年、5年目を迎える。社長就任の翌年3月11日に東日本大震災が発生。以来、水野体制は浜岡原発の運転停止にともない、電力の安定供給に追われた防戦一方の5年間だったといえる。

しかし、2014年5月、浜岡原発に匹敵する発電能力を持つ最新鋭の上越火力発電所が全面運転を開始し、逼迫していた電力供給が一段落。さらに電力料金値上げによって収支も好転し、赤字から黒字に転換した。そして、10月には東京電力との包括提携を発表し、まさに今年は「守りから攻めへ」と転じる体制が整い、スタートに立つ年明けになった。

絶好のポジション

2020年に向けて、同社が期待される理由――それはこの5年間は日本のエネルギー産業の大きな構造変革が予想されるなか、その中心的な役割を担うのが、中部電力であり社長の水野氏にあると見られるからだ。

最初の注目点は、発送電分離による電力の自由化である。そのスケジュールを見ると、今年4月に電力システム改革の第1段階である自由化について関係会社の調整などの役割を担うであろう「広域的運営推進機関」が設立される。第2段階は16年4月の電力の小売りの全面自由化。そして、第3段階は18年ごろで、20年までには発送電は分離され、発電と小売りは完全に自由化されると見られている。

これまでなら、こうした場合の中心は東京電力だった。しかし、現在の東電は実質国有化された状態で、そうした立場にない。業界2位の関西電力はというと、原発の再稼働問題を抱え身動きが取れない状態にある。そうなると、地域の壁を越えた自由化によってしか、成長が期待できない中部電力がどう動くのかが、注目される。

また、「電力」という枠組みではなく、「エネルギー産業」という枠組みに広げて見ると、さらに中部電力の立ち位置は絶好のポジションにあることがわかる。

2014年10月、中部電力は東電と包括提携を発表し、燃料調達から火力発電所の新設・リプレイスを一体的に進める共同出資会社を15年度内に設立することで合意した。この合意をめぐっては、LNGの調達規模が世界最大規模の年4000万トンになることから、調達コストの削減につながり両社のメリットが大きいと報道された。

しかし、中部電力は、調達コスト削減だけを狙っているわけではない。最終目標はトレーディング事業で世界的な影響力を持つことだ。

これまでも中部電力は、自社の抱える原発は浜岡のみで、発電の主力は火力だったから、経営安定のために、燃料調達の多様化を進めてきた。そのため他の電力会社に比べ交渉能力が高いといわれているが、それでも川下の輸入業者としての交渉では、受け身でしかない。そこでトレーディング事業に進出し、川上で価格決定にも影響を持ついわばLNGメジャーになるのが中部電力の目標だ。それには扱う量を大きくすることが手っ取り早い。そこで出てきたのが、東電との包括提携だった。これによって世界最大の調達量を手にできたわけだ。

さらにこの中部・東電連合に、大阪ガスが加わる可能性も出てきており、3社になれば、そのポジションは揺るぎない。しかも、3社の商圏は関東・中部・関西と分かれており、経営効率面からもメリットは大きい。

追い風は中部電力に

水野氏が社長に就任した8カ月後に、中部電力では「経営ビジョン 2030」と題する長期経営ビジョンを作成し、発表した。そのなかで「燃料調達を基盤とした事業」について、次のように記している。

〈多くのエネルギー資源を取り扱ってきた実績と、他の電力会社に先駆けて取り組みを進めてきた石炭トレーディングの経験を活用し、燃料バリューチェーン(権益・輸送・貯蔵・トレーディングなど)へ参画します。

こうした燃料調達を基盤とした事業を展開することにより、調達の安定性を高めるとともに新たな収益の確保を目指します〉

この長期ビジョンが発表されたのは2011年2月、東日本大震災直前。震災後も見直されることはなかった。

それから4年。電力業界の景色は一変した。原発の発電量が少なく劣等生だった中部電力が、いまや少ないことで電力自由化のトップランナーのポジションにある。東日本大震災は、電力業界に革命的な変動をもたらしたのである。

「主役は私、あなたは脇役」(手前=水野明久・中部電力社長/奥=廣瀬直己・東京電力社長)

そのため中部電力は東日本の大震災に端を発した、電力システム改革を前向きにとらえている。事実、自社で発行する広報誌のなかで水野氏はこう話している。

〈「電力の小売り完全自由化」が始まれば、大きな転換期を迎えます。受け身ではなく、むしろポジティブに「お客さまのお役に立つためには何が必要か」「どうチャンスに結びつけていくか」を考え、積極的に先んじて手を打っていくことが重要なポイントです〉

中部電力に、すべての追い風が吹いているようだ。というのも、中部電力にとって最大のリスクと懸念されていたのが、東電の福島第一原発の廃炉費用の負担や新会社の人事、発電所建設に対する政府の介入だった。しかし、これも今年1月には、政府の原子力損害賠償・廃炉等支援機構より「独立性の確保と債務保証を負わない」とする言質を取ることに成功している。

さらに今年、関西電力社長の八木誠氏が電力会社の業界団体「電気事業連合会」の会長任期(4年)満了を迎える。電事連の会長は東電、関電、中部電力の3社の社長が順番に務めているが、この次期会長に中部電力の水野氏が就くのではないかと見られている。

これから4年、自由化に向けた山場をにさしかかる電力業界を水野氏が切り盛りすることになる。

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日本経済の今後の成長で、大きな問題とされる高齢化と少子化。この2つ問題はどんな業界、業種にも多大な影響を与えているが、そのなかでも生命保険業界は、とりわけ影響が大きい業界の1つといえるだろう。

とくに2020年以降になると人口減少が一気に進むため、生保各社はその対応に迫られている。これに対して、1つの明確な答えを出して動いているのが、第一生命である。

人口が減り続けるなかで、海外に出るしか活路がないことは生保各社がともに持つ共通認識。しかし、その対応方法はまちまちだ。

財務的に余裕のある日本生命は、急激な路線変更は考えず、海外とりわけアジアへと進出。そのうえで緩やかに市場をつくりながら…といった姿勢でのぞむ。しかし、「万年2位」といわれた第一生命では渡邉光一郎社長が、一気の変革に大きく舵を切った。

同社が株式会社化したのは10年4月のこと。それから5年、毎年のように新たな施策を打ち出してきた。こうした同社の動きを見た各社は「株式会社は大変だ」、なかには「クルクル回る車のなかを走り回るハムスター」と評する生保関係者もいた。こうした業界の声をよそに渡邉氏は会社を引っ張った。

そんななか業界を驚かせたのは、昨年6月、米国の中堅保険グループであるプロテクティブ社を5822億円で買収したことだった。それまでも第一生命は、07年ベトナム、08年タイと豪州(11年完全子会社化)、09年インド、13年インドネシアと、海外進出は活発だった。

革命的な逆転

そして、14年4~9月の一般企業の売り上げにあたる保険料収入で第一生命は2兆5869億円、対する日本生命は2兆4682億円と、首位に立ったのである。しかも、15年からは、昨年買収した米国のプロテクティブ社のおよそ4000億円が上積みされるため、この状況は一時的なものとはいえない。

もちろん、内部留保など総資産はまだまだ日本生命に及ばず、本業のもうけを示す基礎利益についても、日本生命が多いことに変わりはない。しかし、日本生命は戦後一貫して首位にあり、その1つの指標だけでも逆転したことは、革命的な出来事といってよい。

とはいえ、この結果は渡邉氏自身、ある程度予測していたフシがある。というのも、これまで大手生保は、銀行や来店型ショップなどの窓口販売の必要性がわかっていながらも、セールスレディーをメーンにした営業販売チャネルにこだわってきた。しかし渡邉氏は、昨年完全子会社化した第一フロンティアに窓販のチャネルを移し、販売する商品も投資型の変額保険に特化させるなど、本体と分けて販売した。

その結果、窓販チャネルの販売が全体を押し上げ、日本生命を追い抜く原動力となったのである。そのうえで渡邉氏は「15年はもう1つある国内の子会社DIY生命に力を入れる」としている。一方、逆転された日本生命の筒井義信社長も新聞のインタビューで、「営業職員を基軸にしながら、多様化した販売チャネル融合を進めたい」としている。

損保業界は大手3社に集約されたが、生保業界はここ数年大きな動きはない。そんななか渡邉氏率いる第一生命は株式会社化を行い、海外では果敢なM&Aを展開。国内においても、これまでの生保の常識を打ち破る挑戦を続けてきた。

今から15年ほど前までは日本の大手生保は、世界でも「ザ・セイホ」といわれるほど注目された存在だった。しかし、欧米の生命保険会社が相互会社から株式会社に転換し、日本のセイホは地盤沈下、ガラパゴス化していった。そんななか渡邉氏は20年に保険料収入で世界の上場株式生保トップ5入りを目指すという目標を持つ。第一生命がそうした動きを活発化させるなかで、日本の生保業界もこのままということはなく、ドラスティックな業界再編が起きる可能性は否定できない。そして、そこで第一生命は台風の目になっているに違いない。

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オリンピックは世界最大のスポーツイベントだけに、そのスポンサーになれば、世界的知名度を得ることができる。スポンサーはランクによって五輪マークの使用その他の制限があるが、「TOP」という最上位のスポンサーは、1業種で1社だけが名乗ることができる。その中の唯一の日本企業がパナソニックだ。

パナソニックは1988年のカルガリー冬季五輪以来、連続してTOPスポンサーを務めている。来年のリオ五輪でいったん契約が切れるため、その後の更新については社内にもさまざまな意見もあったが、東京誘致が決まったことから、引き続きスポンサーを務めることになった。

東京五輪の2年前の2018年、パナソニックは創業100年の節目を迎える。テレビ事業の失敗などにより、11~12年度の2年間で1兆5000億円の最終赤字を計上したパナソニックは、津賀一宏社長(写真)が陣頭に立って事業構造の大転換に取り組んでいる。家電メーカーから、自動車、住宅などのB2Bメーカーへと生まれ変わろうというもので、その変身が完了するのが2018年だ。

その直後に開かれる東京五輪は、パナソニックにとっては生まれ変わった姿を世界にアピールする絶好の機会となる。それに向けた商品開発もすでに始まっているが、単独の製品というより、街づくりや施設づくりそのものにパナソニックはより深く関わってくるはずだ。

2014年暮れには、神奈川県藤沢市にパナソニックが主導するスマートシティが誕生した。これは、パナソニックが関わる初の本格的街づくりだが、ここでの経験も、東京五輪に活かされることになる。

東京は招致の段階から、コンパクトで環境配慮型の五輪開催を目指してきた。いわば史上初のスマート五輪を目指している。パナソニックの果たす役割は決して小さくない。

2020年に売上高1兆6000億円の目標を掲げているのが、生理用品最大手のユニ・チャームだ。

売上目標だけ聞くとたいしたことはないと思われるかもしれないが、14年3月期の売り上げは5994億円にすぎない。これをたった6年の間に1兆円も上乗せするというのだ。常識はずれの計画といっていい。

しかし、高原豪久社長は、いたって強気だ。

その根拠となっているのが、アジア各国における高い成長率だ。紙オムツの世界市場におけるユニ・チャームのシェアは9%で、P&Gなどの後塵を拝して世界3位にとどまるが、ことアジア市場だけにかぎれば、27%とトップを独走中だ。

ユニ・チャームの強みは、富裕層から中間層までをターゲットとしたきめ細やかなマーケティングと、それにもとづく商品づくりにある。しかも、アジア各国の所得は今後さらに増えていくため、市場は膨らむ一方になる。この需要を取り込むことさえできれば、成長余地はいくらでもあるというわけだ。また、昨年春にはブラジル工場が完成、アジア以外の新興国対策にも余念がない。

もっとも日本国内に目を転じれば、少子化の進展で子供用の紙オムツ市場は縮小が明らか。しかしその一方で高齢化が急激に進んでいるため、介護用の紙オムツの需要は増えている。

ユニ・チャームはいち早くここにも目をつけた。特に、寝たきり老人用ではなく、活動的な高齢者のための薄くて下着のような紙オムツにおいては他社の追随を許さず、圧倒的なシェアを誇る。

しかも、国内での経験は、やがてアジアでも生きていく。近い将来、中国や韓国などでは、日本を上回るペースで高齢化が進む。当然、介護用品の需要も増えていく。ユニ・チャームの存在感はさらに高まることは間違いない。

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「いま、パズルの1つ1つピースを埋めているところ。おおよその“顔”を作るのは(売り上げが)1兆円になってからやね」

語るのは日本電産の永守重信会長兼社長。昨年12月12日、ドイツの車載用ポンプ大手のゲレーテ・ウント・ブンペンバウ(以下GPM)の買収会見でのことだった。その1兆円の大台を、この2015年3月期についに達成する見込みになった。国内の電子部品関連企業、かつ一代での大台突破は京セラ創業者の稲盛和夫氏以来となる。となれば、永守氏は今春以降、いよいよ大型のM&Aを仕掛けていくはずで、「5年後の20年時点で売り上げは2兆円から2兆5000億円を目標にする」と年頭会見で宣言した。となると、ドイツのボッシュ、コンチネンタル、日本のデンソーなど、世界的な自動車部品メーカーがターゲットになる。

目下、デンソーでも売り上げ4兆円、アイシン精機でも2兆8000億円なのだから、ようやく1兆円乗せの日本電産は、まだ比較にならない気もするが、そこは数多くのM&Aによって会社を大きくしてきた永守氏だけに、今後の買収案件の規模によっては、かなりのキャッチアップが期待できる。

事実、GPMの買収会見の際、「M&Aはいつも魚にたとえていて、今日の案件は姿形のいいタイやね。もう1つ発表した、モーター事業を手がける中国のベンチャー企業への出資は、いわばカレイかな(笑)。大マグロは15年以降に期待してくださいな」と、思わせぶりに取り囲んだ記者を笑わせていた。

日本電産と言えばかつて、精密小型モーターが主力で、ハードディスク用のそれは世界シェア75%を占めるというのが枕詞だった。だったというのはその後、車載用や家電・産業用モーターに大きく舵を切っていったからだ。

その決意を社内外に見せたのが、13年10月30日に行った、ホンダの電子制御部品子会社、ホンダエレシス(現・日本電産エレシス)の買収会見といえる。会見の最後には久しぶりに“永守節”も炸裂していた。

「今後、日本電産はどんどん変貌するで! いつまでも京セラやTDKと同じ電子部品カテゴリーの扱いをしないでくださいな。
当社が手がける車載モーターだけでも片肺、ホンダエレシスが得意なECU(電子制御装置)だけでも片肺でしたが、これで両肺が揃い、シナジーも高い。今後はECUの技術を取り入れ、システムの複合化、つまりモジュール化に深く参入する」

また、モジュール化の順序としても、先にホンダエレシス買収でECU技術を取り込み、その上で、アイドリングストップなどで今後キーになっていくと睨むウォーターポンプ技術をGPM買収で得るなど、永守氏の頭の中ではすでに、パズルの完成形に向けたロードマップが出来上がっているのだろう。

同氏は、この1年間だけでも相当な数のM&Aを検討してきたが、「8件ぐらいは買収金額が高過ぎて断念しました。ウチのスタンスは、これはと思った企業には売っていただくまで誠心誠意、説得し続けること」

これまで、国内では赤字企業でも必要とあれば買収を続けて再建を果たしてきたが、こと海外の企業については基本、収益の出ている企業でないと手を出さないのが永守流だ。

前述したように、ボッシュやデンソーといった企業を仮想ライバルに掲げるが、こうした自動車部品のデパートの巨人たちに、真っ向勝負を挑む気はないという。

「違ったマーケットで勝負していくのがウチの戦略で、パズルを埋めていくのは新しくモーターを使う分野です。そこで世界一になる」

“1兆円クラブ”に入る大台超えで、今後のM&Aの交渉も弾みがつくだろう。

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航空機業界といえば、米国のボーイング社、欧州のエアバス社が横綱で、小型機もカナダのボンバルディア社、ブラジルのエンブラエル社が手がけており、日の丸航空機は、かつての「YS-11」(1962年初飛行、73年製造終了)以来長らく途絶えていた。もちろん、ボーイング787といった新鋭機種では、日本の重工メーカーも“部品メーカー”としては重要な一翼を担っている。が、やはり機体丸ごと手がけるのとは次元が違う。

こうした長年の雌伏期を経て、ようやく日の丸航空機が注目される時がやってくる。リージョナルジェットという小型機のカテゴリーながら、三菱重工業が手がける「MRJ」が昨秋、完成披露され、いよいよ今春に飛行試験が始まる。すでに、全日本空輸がローンチカスタマーとなって2017年から、日本航空も遅れて21年からの導入を決めている。

三菱重工といえば、1980年代には新日本製鉄やトヨタ自動車と並んで、重厚長大の「御三家」的な存在感があったものだが、その後停滞が続き、売り上げも前年維持が精一杯という時代が続いてきた。

しばらく3兆円目前でずっと足踏みしていた売り上げは、ようやく前期に3兆3500億円を記録し、15年3月期は4兆円になる見込みだ。今後は、MRJの伸長いかんでさらに売り上げを積み上げることができる。

そういう意味では、17年から全日空がMRJを導入する意義は大きい。燃費や快適性などで世界の耳目を集められれば、20年の五輪時には世界からも話題になるだろう。

大型客船の分野では日本の威信を世界に知らしめることができたし、新幹線の技術力の高さも定評がある。「海」「陸」ときて、最後に「空」の領域で、三菱重工がどんな力を世界に見せるのか、5年後にはその評価も定まっている。

多角化で成功を収めた筆頭といえば、富士フイルムホールディングスが有名だ。が、それは単なる多角化といった生やさしいものではなく、デジタル化の波によって、2000年頃から写真フィルムという本業が消失危機に陥ったという点で、存亡の危機からの脱出でもあった。

事業構造抜本改革の覚悟は、06年に社名から「写真」を外すことに表れていた。また同年、フィルム技術を応用して化粧品市場に参入、翌07年からは「アスタリフト」というブランドでの本格展開も始めている。

さらに08年には、もともとは大正製薬傘下だった富山化学工業を買収、医薬品市場にも橋頭堡を築く。ちなみに昨年、インフルエンザ治療薬の「アビガン」がエボラ出血熱に効果・効能があることが確認され、富士フイルムは注目を集めたが、アビガンを開発したのが富山化学だ。

これからの富士フイルムHDを牽引するのは、内視鏡や超音波装置、X線フィルムといった医療関連機器と、自社で開発中の医薬品群、あるいは再生医療分野になる。5年後の同社は、“富士メディカルホールディングス”というイメージが、より濃くなっているだろう。

富士フイルムHDと好対照の道を辿ったのが、米国のイーストマン・コダック社だ。同社は3年前の12年1月にチャプター11の適用を申請し、経営破綻した。何が富士フイルムと明暗を分けたのか。コダック社も多角化の目玉として、邦貨換算で何千億円もの投資で製薬メーカーを買収したことがあったのだが、結局はうまくいかず、フィルム市場に回帰することで傷を広げてしまった。

富士フイルムHDは、フィルム分野のガリバー時代に蓄積した厚い内部留保、それに古森重隆氏のトップとしての突破力や胆力も相まって、大胆な転換に踏み込めたといえる。

大業態転換という点で、同社は今後も世界から注目される。

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昨年、2014年11月14日に岩谷産業が発表した“数字”に大きな注目が集まった。

「1キログラムあたり1100円(税別)」

水素ステーションでの、水素の販売価格である。トヨタの燃料電池車(FCV)「MIRAI」の発表に合わせてのタイミングだったが、FCV普及に際して大きな目安となる数字であることは間違いない。

この1100円という数字が妥当なものなのかどうか、判断は難しいのが実情だ。というのも、これまで水素を一般向けに販売した例はなく、FCVそのものも普及していないため、需要と供給のバランスによる価格の設定というわけにはいかない。とりあえず、「こんな感じでどうだろう?」という手探り感が強い値付けなのだ。

もちろん、ある程度の裏付けがあっての数字だが、2014年6月に経済産業省と資源エネルギー庁が公開した「水素・燃料電池戦略ロードマップ」によると、水素社会実現へのフェーズ1(水素利用の飛躍的拡大)において、水素価格は「2015年の燃料電池自動車の市場投入当初からガソリン車の燃料代と同等以下となることを、2020年頃にハイブリッド車の燃料代と同等以下となることを、それぞれ実現することを目指す」と明記されている。

岩谷産業の「イワタニ水素ステーション」の価格は、20年の「ハイブリッド車の燃料代と同等以下」という目標を5年前倒しで実現したものになっている。その根拠となる数字はFCCJ(燃料電池実用化推進協議会)が議論して導き出したもので、ハイブリッド車の燃料代と同等になるための水素価格は100円/Nm3とされている。これを重量表示に換算したものが1100円/キログラムというわけだ。

岩谷産業では、15年度までに東京・名古屋・大阪・福岡の4大都市圏に20カ所の商用水素ステーションの設置を表明。すでに兵庫県尼崎市と福岡県北九州市の水素ステーションはオープンしており、今年3月には、東京タワー直下の港区芝公園にオープンする予定だ。

実はこの土地、現トヨタ東京カローラが1962年に創業した、トヨタグループにとっても歴史的な地だという。日本のモータリゼーション普及の原点とも言える所にFCV普及促進のための拠点をつくるということは、岩谷産業とトヨタの本気度が伝わろうというものだ。

岩谷産業が提携を図るのは自動車メーカーだけではない。2014年12月10日にはセブン-イレブン・ジャパンと提携し、水素ステーションとセブン-イレブンの併設店舗を展開することを発表した。15年度中に東京都と愛知県に併設店舗を2店、順次オープンする予定だという。

岩谷産業にとっては水素ステーションの設置を拡大するうえで、コンビニエンスストアとの提携は設置場所の確保と客の利便性向上に繋がる。セブン-イレブンは、純水素型燃料電池を活用した店舗の環境負荷低減について実証実験を行い、小売店舗における燃料電池活用の将来性について検証するという。

現在、産業用水素の分野ではトップシェアを誇る岩谷産業だが、一般向け商用販売では、FCVが世に浸透していない現状では売り上げゼロに等しい。当面は先行投資が一方的につづくと見られ、採算が合うようになるには相当の時間がかかりそうだ。

政府が水素社会実現を掲げていることもあり、頼みの綱は補助金となるが、水素の販売増加なくして水素ステーションの経営は成り立たない。昨年12月のトヨタに続き、来年はホンダ、17年には日産がFCVの販売に参入する。岩谷産業が仕掛ける、社運をかけた積極的な投資が報われるのか否か。すべてはFCVの普及にかかっている。

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2014年10月、出版大手の「KADOKAWA」と動画配信大手の「ドワンゴ」が経営統合した。老舗の出版社とニコニコ動画などで知られるITベンチャーとの経営統合ということもあって、その注目度は高かった。

この経営統合に先立つ5月に、両社の経営陣が一堂に会した記者会見が開かれた。

その席上、当時KADOKAWA会長の角川歴彦氏(現KADOKAWA・DWANGO相談役)から、「3年ぐらい前から、統合したほうがいいといっていた」と、角川氏の強いラブコールによって統合が進められたことなどが明らかにされた。

とはいえ、両社の統合後、具体的にどのようなビジネスが展開されるのかは、まだ明らかになっていない。これまであったもので目立ったものは、統合された10月1日に角川氏と作家の大沢在昌氏、伊集院静氏、黒川博幸氏の麻雀の対戦がニコ動で中継されたぐらい?

ただ統合にあたっては両者の思いは共通している。まず日本独自のプラットホームを構築すること。次に、そのプラットホームは、コンテンツをつくる側が正当な報酬が得ることの2つである。また、日本独自のサブカルチャー的多様なものも認めていく姿勢も、共通している。

実際、いまのコンテンツ産業は、グーグルやアップルなどに価格設定を握られたうえ、アップルは配信するコンテンツの中身まで独自の基準で審査を行う。こうしたアップルやグーグルの姿勢は、多様性を尊重し、それを全国あまねく届けるという、日本の出版文化とは相容れない部分でもあった。

今後、コンテンツのデジタル化が一層進むなかで、こうした日本独自の多様な文化や価値観をいかに守っていくか。それを守るための日本独自のプラットホーム構築のために、20年に向けてKADOKAWA・DWANGOの存在は大きい。

いまのカゴメの状況を見ると、2020年に期待できる企業といえる状態ではない。ここ数年の売り上げを見ても、13年3月期の純利益は64億8000万円をピークに、14年3月期では51億100万円にダウンし、直近の14年4~9月期の純利益は25億円と散々。いずれにしても、非常に厳しい状態にある。

しかし、12年2月、京都大学の研究チームが「トマトは脂肪を燃焼させる酵素の生成を促す成分がある」と発表したときには、カゴメは瞬く間にトマトブームに乗り、元気な企業の1つとして光り輝いた。

トマトそのものはもちろん、トマトジュースまでもがスーパーマーケットの店頭から消えた。ただ、そのブームが去ると、いまの不振へと続く売り上げ低迷にあえぐことになる。

だが、チャンスは必ずめぐってくる。実際、その最大のチャンスがこの春には、ありそうだ。それが食品の機能表示の大幅変更で、これは生鮮食品にも解禁される。

カゴメでは、抗酸化作用に優れるといわれるリコピンを通常の1.5倍含むトマトの増産をすでに開始。通常より高いプレミアム価格で販売する予定だ。

いま政府が進めるクールジャパン戦略では「食」が強力なコンテンツになると見られている。なかでも日本の農産物は世界の注目度が高い。

20年の東京オリンピックでは世界から多くの観光客が日本に訪れるはずだ。そこでしっかりとしたエビデンスに裏打ちされた「美肌効果のトマト」「ダイエット・ベジタブル」など機能が明確にされた野菜があれば、まさにクールな日本をアピールすることができるはずである。

そうした日本の農業をアピールする面からも、カゴメのような企業は、20年には元気な企業でいてもらわなければならない、そんな企業の1つなのである。

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装着者の意思を勝手に感知

日本の成長戦略のひとつに、「ロボットによる新産業革命」がある。安倍首相自らも、2014年5月のパリにおけるOECD閣僚理事会の基調演説で、「日本は世界に先駆けてロボット活用のショーケースとなりたい」と語っている。

それだけに、2014年3月に医療・福祉用ロボットを開発するサイバーダインが東証マザーズに上場した時は大きな話題となった。公開価格は3700円だったが、初値は倍以上の8510円をつけ、一時はストップ高の1万10円まで高騰した(現在は当時換算で1万7000円前後)。

サイバーダインは2004年に誕生した。創業者は筑波大学教授の山海嘉之氏だ。もともとは「HAL」と名付けられたロボットスーツを山海教授が開発。これを事業化するために設立した。

HALにはいくつかのタイプがあるが、腕、脚、胴体すべてに装着するタイプでは、装着者が本来持てる5倍の重量を持つことができる。また腰だけに装着するタイプでも補助動力によって重いものを持ち上げることが可能になる。

HALを装着すれば重いモノを持っても腰に負担がかからない。

介護の現場では、要介護者がトイレで用を足したり入浴する際、介護士が抱え上げる必要がある。そのため介護士の多くが腰を痛めてしまう。この作業を、HALを装着すれば腰に負担をかけずに行えるため、病院や介護の現場での労働環境改善や労働災害防止が期待できる。

また、脚部だけのタイプを装着することで、足腰の弱った人でも自力歩行が可能になる。

HALの特筆すべきところは、装着者の意思を、皮膚に流れる微弱電流をセンサーで感知し、それを内蔵コンピュータが解析、補助動力を動かすところにある。

これが評価され、05年には「ワールドテクノロジーアワード大賞」を受賞、06年には「日本イノベーター大賞優秀賞」、09年「21世紀発明大賞」、14年「エジソンアワード金賞」など、世界中から高い評価を受けている。

矢野経済研究所によると、介護ロボット市場は20年度には350億円に達するとみられている。11年度実績で1億2400万円だったから、10年間で300倍近くにまで拡大することになる。しかも日本の高齢者人口は20年以降もますます増えていくし、ヨーロッパなどの先進国や中国などでも今後高齢化は進んでいく。その介護ロボット市場の先頭を走っているのがサイバーダインだ。

それだけに、産業界もサイバーダインに注目する。真っ先に目をつけたのが大和ハウス工業で07年にサイバーダインと資本・業務提携。08年には国内の総代理店契約を結んだ。

大和ハウスは住宅メーカーのイメージが強いが、介護事業にも深く関わっている。老人ホームを建設するだけでなく、運営にも関与、3年前には東京電力から老人ホームを運営する「東電ライフサポート」を買収。その現場でHALを活用することで、介護士たちの負担を軽減できると考えたのだ。

また大林組も、労働者不足の解消の一助にと、建設現場でのHALの導入を決断した。

そして昨年暮れには、オムロンとの間で基本合意書を締結した。

その内容は、(1)HALをオムロンが販売促進するとともに保守サービスを行う(2)新たに開発した搬送用ロボットおよびクリーンロボットについてもオムロンが販売・保守を行う(3)サイバーダインの持つサイバニクス技術とオムロンの持つ産業分野におけるロボット技術を融合した事業を推進する――というものだ。

つまりオムロンは、HALの販売・保守だけではなく、将来にわたってサイバーダインと組むことで、「生産革命を起こしたい」(山田義仁・オムロン社長)。それほどまでに、サイバーダインの技術を評価しているということだ。

実は日本の大学の研究室からは、数多くのすぐれた発明や技術が誕生している。しかしそれが産業になかなか結び付かないところに、日本の弱点がある。過去の例を見ると、産学共同の研究は進むものの、そこでいたずらに時間をかけてしまい、いざ世の中に送り出そうとするときには、市場をおさえられているというパターンが多い。

オムロンとの提携を発表する山海嘉之・サイバーダイン社長。左は山田義仁・オムロン社長。

医療機器認定で普及促進

その点、サイバーダインの場合は、早くから民間企業の資本を受け入れ、現場で実績を積んでいる。

山海教授は「10年後、20年後に世の中に出たのでは、何も貢献していないのと一緒」と語るが、世の中に貢献するものであればあるほど、できるだけ早く送り出して、困っている人たちの役に立ちたいという思想がそこにはある。

HALは一昨年にヨーロッパで「CEマーキング」と呼ばれる医療機器認証を取得した。そのため神経系や筋系疾患の患者向けにHALを提供する病院が増えている。また米国でも医療機器認証の申請を終えており、認可を待つばかりだ。日本国内においても国内治験が今年の夏に終わる予定で、その後は医療現場でも使えることになる。

そうなると、HALの普及は一気に進む可能性が高い。

まったく新しい分野のベンチャーなだけにその開発負担が重く、サイバーダインはこれまで赤字が続いてきた。今3月期も赤字幅が縮小するとはいえ、まだ水面上には浮上できそうもない。

しかし前述のように今後世界各国での普及が見込めるため、来年度には収支とんとん。それ以降、収益は急拡大する見通しだ。

世界の介護現場で、HALが活躍する日が間もなくくる。そうなれば、ロボット大国ニッポンの面目躍如である。

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インタビュー

 

手塚 要
新日本プロレスリング社長

てづか・かなめ 1972年生まれ。2010年ブシロード入社。12年米国法人に出向。13年帰国後、新日本プロレスリングに出向、執行役員経営企画部長に就任。同年9月社長に就任。

人気が低迷していた日本のプロレス業界にあって、売上高、動員数ともにV字回復をみせているのが新日本プロレスリング。2012年にカードゲームのブシロードの傘下に入り、約2年半で売上高が倍増。利益を出せる体質に転換してきている。従来のプロレス団体経営から何が変わり、どう変革が行われたのか。新日本プロレスリング社長の手塚要氏に復活戦略を聞いた。

「流行っている感」を出す

―― ブシロードが買収する前の12年1月期の決算では、売上高は約11億円でした。それが2年半後の14年7月期では約22億6000万円にまで倍増しています。何が変わったのでしょうか。
手塚 プロレスをビジネスとして見た時に、まず興行があります。そこにテレビの放映権料、グッズの収入、そこから派生するライセンスの売り上げ等があります。売り上げに関して言えば、最もよかったのが1997年、約40億円でした。それが11億円まで下がってしまった理由は明確で、動員人数が下がってしまったこと。人気が下がればソフトとしての魅力も下がり、放映権料も下がっていきます。それに伴って、グッズやゲームのロイヤリティも一気に下がっていきました。

これをもう一度、どう上げるかと言えば、すごくシンプルです。動員人数を上げることから始めました。その材料はブシロードが新日本プロレスをグループ化した時に、すでに揃っていたのです。それは「中身のおもしろさ」です。

当時、動員が下がってしまった原因を分析すると、K-1やPRIDEといった格闘技イベントが台頭してきたこともありますが、プロレス自体の魅力が下がったと感じた人が増えていったことがあります。エンターテインメントとしても、2000年代に入ってインターネットや携帯電話が伸びるなかで、その流れについていけなかった。苦しい時代に入っていきます。ところが、選手たちは努力をして、試合自体はどんどんおもしろいものになっていきました。

コンテンツはいい。ならばドカンと派手に宣伝すればよかった。ブシロードは設立7年の若い会社ですが、広告・宣伝に非常に力を入れています。その手法をそのまま使いました。

新日本プロレスにインターネット戦略は欠かせない。

V字回復できたのはプロレスだからでもあります。いまのメインの客層は30~40代の男性客です。この世代というのは、かつてプロレスに熱中したあと、離れていった人が多い。改めて来てもらうにはどうするかということで、「流行っている感」を出した。たとえば山手線の車体広告に宣伝を出したり、駅貼りの広告をしたり、テレビCMを流した。そうすると、原体験を持たれている人が多いので、また流行っているのかなと、興味を持ってくれる。こうして単純に動員が増えていったんですね。その仕掛けは現在も続いていまして、ほとんどの大会で対前年比105~130%で推移しています。

広告を見て来場した人は、試合がすごくおもしろくなっているので、また来たくなる。その時に人を誘ってくれるんですね。話題になればメディアも取り上げますし、選手もテレビや雑誌に出る機会が増える。メディアに出れば、流行っている感が増すので、お客さんがまた増えます。非常にいいスパイラルができています。お客さんが増えれば、テレビの放映権料は上がっていませんが、グッズの収入も増え、インターネット等のペイパービューでの視聴も増えてお金を生み出します。

―― 30年ほど前はゴールデンタイムにテレビ放送されていましたね。私自身、タイガーマスクに熱中した世代です。
手塚 私もタイガーマスク世代です。小学校の男子の話題はプロレスで、アントニオ猪木とジャイアント馬場が戦えば、どちらが勝つのかを議論したり、技のかけあいをして遊びました。こういう体験を持っている人がいるのは強みです。

―― 現在は毎週土曜に放送されているものの、深夜3時台と、子供が視聴できる時間ではなくなっていますね。
手塚 ブシロードが提供しているカードゲームに「バディファイト」がありますが、このイメージキャラクターにオカダ・カズチカ選手が起用されています。ゲームを通じてオカダ選手がテレビCMに出たり、コロコロコミック(小学館)に出たりしているので、子供に非常に人気があるんです。親御さんが試合会場に連れてきてくれるのを含めると、子供世代への訴求はできている。

問題は、高校生・大学生の男性です。この世代はプロレスに触れないまま来てしまっている。97年の売り上げがよかったのは、タイガーマスク世代がお金を使えるようになったからなんです。当時のテレビ放送は深夜1時頃でしたが、東京ドームで年4回も大会を開催したり動員力があった。

下がってきた理由の1つは、支えてくれる人たちがいたにもかかわらず、その時に次の開拓をしていなかったからです。この人たちが結婚して子供ができてお金が使えなくなり、次の世代がいないから売り上げが下がっていったというのが、2000年代半ばから、つい最近まで起きていたことです。

筋肉好き女性を射止める

―― レスラーの真壁刀義選手が情報番組に登場してスイーツを紹介していますよね。これも会社からの仕掛けなんですか。
手塚 たまたまです(笑)。「スッキリ」(日本テレビ系)という番組の甘いものレポートの枠が空いたので、たまたま放送作家さんが「スイーツ真壁」と名付けて登場したら、定着してしまった。でもリングではそういう顔を一切見せずに暴れているので、その対比がおもしろいんじゃないですか。真壁選手の個性であって、しゃべりもおもしろいですから、スイーツ関係の仕事が向こうから来るんです。本人ももちろん勉強していると思いますよ。おかげで経営側も意識するようになりました。

―― プロレス女子も増えているとか。若い女性を掴むマーケティングもされている。
手塚 最初は特に仕掛けはなかったんです。自然に女性が増えてきた。これも選手の魅力がきっかけだと思います。いまの選手は昔と違って、贅肉を削ぎ落として腹筋が割れているような体のつくり方をしています。以前は黒パンツ黒シューズがストロングスタイルの象徴でしたが、カラフルなタイツやきらびやかなガウンを着て、ポーズもかっこいいものを目指している。筋肉が好き、強い男性が好きという女性が自然と集まってきたんですね。こちらが意識して仕掛けるようになったのは、この1年くらいです。ファンクラブのイベントや女性向けの書籍を出したりし、集まりやすくなったと思います。

IWGPヘビー級王者でもある棚橋弘至選手(左)は新日本プロレスの看板選手として団体を牽引する。

圧倒的に女性に人気が高いのは、棚橋弘至選手、それから中邑真輔選手、オカダ・カズチカ選手ら。まだ実力的にはこれからの選手ですが、YOSHI-HASHI選手も女性人気が上がっている。サイン会で先頭に並んでいた女子高生に聞くと、「かわいい」と言う。彼は中村選手に弄られるのですが、そこが母性本能をくすぐったらしい。女性は試合とは別に、負ける姿もやられる姿も「がんばって」という対象になるんですね。私たち経営側は、移り気な女性客を離さないための施策を練らなくてはいけない。

―― 筋肉好きな女性というジャンルですか。
手塚 だいたい試合会場の3割くらいが女性なんですが、試合会場でサイン会をすると、棚橋選手には半分以上女性です。彼はサインと一緒にハグをしてあげるんですよ。終わるころ、彼のTシャツの肩と胸は口紅とファンデーションまみれ。見たい、触りたいという需要はあるんじゃないですかね。身体を見せて商売できる男性は世の中にどれだけいるか。ただ、ジャニーズ等のファン層とは明らかに違うでしょうね(笑)。

海外展開も視野に

―― 観客が増えてきたとはいえ、売り上げを伸ばしているのは新日本プロレスくらい。他団体との違いはなんでしょう。
手塚 やはり経営ではないでしょうか。昔からプロレスは社長兼レスラーでした。猪木さん、馬場さんしかりです。他の団体もいまだに社長兼レスラーはいます。新日本プロレスは、かなり前の段階から切り離しました。初代から猪木さん、坂口征二さん、藤波辰巳さんときて、4代目からは違います。私は7代目なんですが、プロレスラーでない人間が経営をみる違いがある。

昔は、レスラーですから選手と一緒に巡業をして、オフィスに戻った時だけ経営をみていた。メディアもテレビがメインで媒体も多く、取材を受けることで宣伝もしてくれたわけです。いまはプロレス雑誌も少ないですし、スポーツ新聞もかつてよりパワーが低下しているなかで、自分たちから発信しなければ誰も発信してくれなくなっています。

だからインターネット、フェイスブック、ツイッターとなってくるわけですが、これらもきちんと見て指示する人間がいないとできません。選手は試合に、経営者は経営に力を注ぐよう分業したほうがいいのではないか。確かに昔はレスラー兼社長のほうがスポンサー等のお金は集めやすかったと思います。でも昔と違ってお金を出してくれるところがなくなってきているのが現実です。

―― 売り上げが伸びているとはいえ、最盛期のまだ半分。今後、これを超えていくための仕掛けはどのように考えていますか。
手塚 とにかくお客さんを増やすには、プロレスを対世間に向けて見せないといけない。一番は、テレビの放送をもっといい時間帯にすることですが、こればかりは新日本プロレスだけの話ではありません。それ以外の方法では、早くて確実なのがインターネットです。興行である以上はライブビジネスですが、ライブの限界値は箱の大きさにあります。これを超えるには、インターネットやペイパービュー等、見る環境を整えることが重要です。ライブ配信や過去の試合の映像など、とにかく試合を見る環境を作りつづけなくてはいけません。これにより、会場に足を運びやすく、プロレスを身近に見せるインフラができてきます。

将来的には、海外展開は必須になってきます。14年はタイでの興行を行いました。ASEAN地域はプロレス自体がないので、突然現地に行っても何かわからないのが実情です。まずはプロレスを浸透させていくためにも、インターネットをはじめとしたインフラづくりが必要です。鍛えた体と体がぶつかり合って戦うのはわかりやすいですし、十分チャンスはあります。まだ構想の段階でしかありませんが、現地の人を新日本プロレスに入れてプロレスラーにするのも興味深い。

日本も最初は力道山がアメリカ人を倒すところからカタルシスが生まれ、アントニオ猪木、ジャイアント馬場という日本人のヒーローが生まれ、ぼくらのヒーローが海外の人間相手に戦っているという図式がありました。アメリカ人だけのものだったら根付かなかったかもしれない。普及を図るには現地のレスラーが必要でしょうね。

(聞き手=本誌・児玉智浩)

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経営戦記

峰岸真澄 リクルートホールディングス社長兼CEO
みねぎし・ますみ 1964年1月24日生まれ。千葉県出身。立教大学経済学部卒。87年リクルート(現・リクルートホールディングス)に入社。92年新規事業開発室に異動し、結婚情報誌『ゼクシィ』の立ち上げに関わる。2003年、当時最年少の39歳で執行役員に就任。04年常務執行役員で、住宅情報事業の責任者となり『SUUMO』ブランドを構築。09年取締役兼常務執行役員に就き経営企画を担当。また、事業開発も担当して海外企業投資を積極化させ、12年4月に社長兼CEOに就いた。

持ち株会社化と株式上場。この2年余りでリクルートホールディングスは大きく変わった。多様なIT人材を擁する、インターネットメディア企業への進化をリードしてきた同社の峰岸真澄社長に、リクルートの残すべきもの、変えるべきことなどを含めて聞いた。

持ち株会社化と株式上場

〔リクルートが持ち株会社に移行し、傘下に7つの事業会社を持つリクルートホールディングスとなったのは2012年10月のこと。それからちょうど2年後の2014年10月、同社は東証1部に株式上場した。この2つのビッグイベントを指揮してきたのが、12年4月に社長に就いた本稿の峰岸真澄氏である。まずは、上場や持ち株会社化した狙いなどから振り返ってもらうと――〕

社長に就任する1年前から、リクルートグループの中長期戦略を策定するプロジェクトがスタートしていました。侃々諤々の議論の中で、成長戦略と事業戦略の方針を定め、それと対になる資本・財務戦略をどうするのか、という議論も併せてやりまして、当時、私はそのプロジェクトのリーダーだったのです。

で、資本・財務戦略としては未上場でなく上場で行こうと。その後、私が社長に就いた年の6月の株主総会で、上場を目指すと正式に申し上げ、10月に公開準備室を作って以降、2年かけて上場に向けて粛々とやってきました。

一方で、成長戦略の方針は12年から「グローバルナンバーワンを目指す」と内外で言ってきました。国内で成長して競争力を高め、その国内の競争力を武器に海外でも戦っていくぞと。

リクルートのDNAで企業文化でもある「起業家精神」「圧倒的な当事者意識」「個の可能性に期待し合う場」の3つを社内で再認識してもらい、それを支えてきた強みとは何なのか、変えてはいけないものは何なのかを伝えてきました。変えていくべきものはさまざまな分野でのIT化、変えてはいけないものは我々の企業文化です。

たとえば起業家精神を持った人材を採用するシステム、そういう人材が力を、より発揮するためのシステム。ビジネスプランコンテストはその1つの事例ですが、それも常に進化させていく。当事者意識を持つためのキャリアマネジメントを常に洗練していくこともそうですし、ナレッジシェアリングもどんどん進化しています。昔ながらの社員表彰式もちゃんとやっていますし、そういう企業文化を支えるシステムは、より深掘りさせていきたい。

リクルートの各事業部門を分社化した後の各会社って、1社で1000人から2000人くらいの規模感なんです。これは1980年代のリクルートと同じ規模ですよ。今後、持続的な成長をさせていくためには、たとえば人材や住まいの領域の会社がそれぞれの市場にもっと対峙し、あるいはユーザーにもっと向き合っていかないといけない。分社化させることで、スピーディー、かつ専門領域の一層の磨き込みを一番の眼目に置きました。

〔創業者の江副浩正氏から始まり、位田尚隆氏、河野栄子氏、そして前社長の柏木斉氏とバトンリレーしてきたが、峰岸氏に代わってから、明らかにIT化対応へのアクセルの踏み込みが強まった。企業と消費者のマッチングサービスという事業の核はぶれていないが、そのソリューション法が、時代の要請もあってアプリ開発などに大きくシフトしてきているからだ〕

まずはビジョンありきのマネジメントシステム、経営理念、企業文化、これは変えません。パソコンで言うならOSですね。でも、アプリケーションのソフトは変わっていきます。ここ数年で言えば、インターネットのビジネスもスマートデバイスやクラウドの時代になりました。

当社もこれまで幾多の情報誌を発行し、フリーペーパーもやり、インターネット時代にも対応しましたが、インターネットの初期、いわばウェブ1.0の頃にやや乗り遅れたことから、現在のクラウドやスマホが牽引するウェブ3.0や4.0の時代は、初期の段階でリードしていく存在になりたい。

当然、人材もITに明るく詳しい人、あるいは熱意のある人が重点的な採用基準になります。とりわけ、当社で「IT人材」と定義しているビッグデータアナリスト、いわばデータ解析の職種ですね。あるいはインターネットマーケティングに長けたスキルを保有している人材は、12年4月の社長就任段階は約400人でしたが、15年4月には約1200人と、3倍になる予定なんです。

いまやスマートデバイスとクラウドを駆使して、数百万円でインターネットのサービスの立ち上げができてしまう時代です。なので、昔流に大きく事業を立ち上げるビジネスがある一方で、インターネット社会では小さく立ち上げて時間をかけ、それから大きく育てていく方法もあるわけです。

12年に買収したインディード社(米国の求人検索サイト大手)と共同で、昨年2月に恵比寿(東京・渋谷区)に「エンジニアハブ」というグローバルエンジニア養成所も作りました。立ち上げ時は数人でしたが、いまは20人以上にまで増え、この4月には60人近い所帯になる予定です。ここで、優秀なIT人材に何年か働いてもらい、リクルートグループのそれぞれの事業会社で、新しいインターネットサービスの開発をしてもらう。そういう循環を作りたいと思っています。

導入店増える「Airレジ」

〔こうして、リクルートグループが提供してヒットした最近の新サービスは、アプリが主流になってきている。たとえば、月額980円で予備校講師の授業動画1000本が見放題になる「受験サプリ」、ほかにも飲食店の会計業務負荷を削減するPOSレジアプリの「Airレジ」や、美容室、ネイル、エステサロン等の予約や顧客管理システムアプリの「サロンボード」といったサービスがその代表例だ〕

企業と消費者のマッチングサービスでソリューション型アプリを送り出しているリクルートホールディング

企業の情報と消費者の利便性をマッチングするのが我々の使命ですが、消費者は、より良い情報選択をしたいけれども、一生懸命ではなく簡単にしたいわけですね。簡単に探して偶然、いい情報を見つけたらすごく良かったというのが一番嬉しいわけじゃないですか。そういう意味では、企業側が発信する情報も鮮度や価値が重要です。

たとえばAirレジ。飲食店のスタッフは、オーダーを取ったり配膳したりレジで会計したりと、とても忙しいものです。なので空席情報をインターネットにインプットする手間暇をかけている時間がないと。当社のビジネスアプリケーションのエンジニアがそういう声を聞いて、ならばということで考えたのがAirレジでした。AirレジはiPadにメニューが表示されてオーダーができますから、まずこの手間が省けますし、空席も自動的にアップします。かつ、それが決済のレジにもつながっていく。

教育ならば、受験サプリで地域格差、家庭の経済格差で予備校に行けないという問題を解決する。Airレジやサロンボードは、中小零細企業の生産性向上、業務削減に貢献していく。

ほかにも、少子高齢化社会における介護、あるいは地方、地域ごとに街の再生や活性化に対してのサービスなどにも重点的に取り組んでいきます。消費者にも、より便利に、より多くの情報をたくさん届けたい。この循環でマッチングする膨大なデータが集まるので、そのビッグデータをしっかり分析する。分析することで、マッチングの効率が、より高まるというサイクルです。

「ゼクシィ」成功の功労者

〔ここからはしばらく、峰岸氏の軌跡を辿ってみよう。年少の頃から漠然と青年実業家を夢みていた同氏は、立教大学時代にパーティなどのイベントを手がけるプロデュース研究会に所属。他大学の仲間に、当時明治学院大学にいた宇野康秀氏(元USEN社長)らがいた。

その後、峰岸氏はリクルートに入社するわけだが、当初は学べるだけ学んで3年勤めたら起業するつもりだったという。が、入社後の仕事でメキメキと頭角を現した同氏は、社内でも指折りの“営業伝説”を作って存在感を高めていった〕

最初の仕事は、当時の新規事業だった中古車情報誌の「カーセンサー」です。中古車販売店への営業ですから、これは起業への近道としてはもってこいだと。とはいえ、まだ新米ですからカーセンサーの説明だけしても相手にされないので、中古車販売店の社長さんと一緒に毎朝、洗車をしたり展示車を移動させたりすることで、個人的な信頼感を持ってもらうことを心がけました。

ただ、そういう活動は本質ではなくて、顧客の売り上げを上げることが大事だと気付いたのです。その観点から、カーセンサーをどう活用してもらうか。それからはどんどん取引も拡大して情報誌の売り上げも伸びて、また新しい提案をしてという好循環に入りました。それで、辞める機会を逸してしまった(笑)。

そうこうしているうちに6年、7年と経ち、そろそろ辞めてもいいだろうと思っていたら、また新規事業の話があって、今度は(結婚情報誌の)「ゼクシィ」に来ないかと。当時はまだ、誌名も決まっていませんでした。ブライダルのインフォメーションサービスの立ち上げをやるという漠然としたものです。

ここでは、リクルートのビジネスモデルを1から100にする経験をしました。これまでブライダルの月刊誌がなかった市場へ投入しましたが、初めの2年間は厳しくて、廃刊になるのではという社内的な噂もあったほどです。では、なぜ軌道に乗りきれなかったのかと言えば、価値をフォーカスしていなかったんですね。当初は、出会いや交際、それに結婚までを網羅した情報誌でした。それをブライダルにフォーカスするようになってブレークしたんです。

もう1つは、ブライダルというのは一生で何度も経験しないので、かつては結婚式場の選択や婚礼写真、ウエディングドレスなどの貸し衣装がいくらかかるといった情報があればよかった。いわばストック情報です。それをフロー情報に変えて、たとえば毎月のブライダルフェアを掲載していったりしました。

そうやって価値創造の醍醐味を経験して、売上高をゼロから200億円以上にまで伸ばし、ゼクシィに関わるスタッフが1000人ぐらいになるまでずっと私が引っ張っていきました。ゼクシィ在籍期間の後半5年ぐらいは、ほとんど中小企業の創業社長みたいな感じでしたね。

その後、住宅情報分野に異動し、ここでは事業変革の経験を学びました。ゼクシィとは違って、すでに30年ぐらいの歴史がある事業部門で、売上高が当時で500億円超え、従業員も2000人以上で、ゼクシィの部隊の倍ぐらいの規模感ですが、ここで「週刊住宅情報」というブランドを「SUUMO」に変えました。住宅情報部門では、いわば戦略と戦力を時代にアジャストさせていくことで事業変革をしていく、そういうプロセスを手がけたわけです。

業績はEBITDA最重視

〔さて、2015年3月期のリクルートHDの業績見通しは、売上高1兆2900億円、営業利益1210億円、純利益660億円で、自己資本比率は66.4%。かつてピーク時には1兆8000億円もあった有利子負債は、いまや382億円と、実質無借金だ。

ただ、峰岸氏が強調する最重要指標は、これらのいずれの数字でもない。営業利益に減価償却費とのれん償却費を足し合わせた、EBITDA(今期は1910億円の見込み)を大事にしているからだ〕

毎期毎期、このEBITDAを5%以上伸ばしていくことを主眼に置いています。なぜEBITDAかと言えば、グローバル展開を推進していく中で、海外の企業を買収ないし出資する時に、何を比較対象として見るのか考えると、EBITDAしかないからです。世界各国で会計基準が微妙に違っていて、償却項目の考え方や税率も違います。

EBITDAは経営実態を一番端的に示している指標ですし、割とキャッシュフローの概念に近いので、その数値を上げていくことは、キャッシュフローの力を強くしていくことに近づくことにもなります。

たとえば、M&Aをするとのれん償却がかかってくるので、営業利益や純利益は、本業のキャッシュフローが強くても、会計上ののれん償却がマイナスとして乗っかってくる。ですから株主還元の配当についても、当期純利益にのれん償却額を足し戻して、そのグロスに対して25%程度を配当原資とする考え方でやっています。

逆に言えば、のれん償却を取り除いた純利益の配当性向で見れば40%ぐらいの高配当性向ということになる。現在は、IFRS(世界共通の国際財務報告基準)の導入も検討しているところです。

〔今後、商社をはじめとしてIFRS導入企業が増えていく見込みだが、資生堂やユニ・チャーム、JTといった企業をはじめ、決算期も海外の企業に揃えて12月期に変更するところが増えてきている〕

決算期の変更の可能性もなくはないですね。悩みの種というか、いつもどうしようかなとは思っているんですけど。

とりあえず、来期はいまの3月期のままでやりますが、確かに海外の企業は12月で決算数字を締めるので、M&Aや資本参加した企業の戦略を先に決めないといけない。

そういう実務的な問題があるので、国内の決め事もやや早く決めるといった形でいまのところ対応していますが、グローバル戦略を進展させる上で、決算期変更は今後も検討課題になると思います。

(構成=本誌編集委員・河野圭祐)

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この企業の匠

グループ書店は1千店超

「honto」(ホント)というサービスをご存じだろうか。大日本印刷(DNP)が中心になって手掛けているもので、端的に言えば、書店などにおける会員サービスだ。

丸善やジュンク堂書店などで本を購入する際、hontoカードを提示すれば、価格の1%のポイントが付与される。またhonto会員は会員向け電子書籍を購入することもできる。

このhonto事業を行っているのが、DNPグループが60%、NTTドコモが40%出資するトゥ・デファクト(2Defacto)で、この会社の加藤嘉則社長が、本稿の主人公だ。

トゥ・デファクト社長を務める加藤嘉則氏。

その前に、なぜ印刷会社のDNPが書店サービスを行うのか、簡単に説明しよう。

言うまでもないが、デジタル化の進展で、出版業界は構造不況業種となり、出版市場は年々縮小している。1996年の2兆6564億円をピークに、2013年には1兆6823億円にまで落ち込んだ。全国の書店の数にいたっては、15年前には2万2000店あったものが、1万4000店に減少している。いまでは書店が1店もない市町村も珍しいことではなくなった。

この出版不況は、日本最大の印刷会社であるDNPにとって座視できる問題ではない。いまでは電子関連の売り上げが出版印刷よりはるかに大きくなってはいるものの「出版は文化」を自負するDNPは、5年ほど前から、積極的に出版流通にかかわるようになった。

2008年には図書館向け取次の図書館流通センター、大型書店の丸善に出資。翌09年にはジュンク堂、中古書店のブックオフ、10年には文教堂、雄松堂にも出資した。現在、これらグループ書店は全国に1200店に達している。それ以外にも、主婦の友社と資本提携するなど、出版、流通のあらゆる分野で関与を強めている。

hontoは、このDNPグループの書店の利用者の利便性を最大化することを目指している。前述のようなポイントサービスやEC書店、そして電子書籍と、フルラインで提供することで、「読みたい本を、読みたい時に、読みたい形で提供する」(加藤社長)。

確かにhonto会員にしてみれば、さまざまな形で本が読めるのはうれしい話である。「出版は文化」と言い切るDNPにしても、こうしたサービスを提供することにより、読者人口を少しでも増やそうという意思がそこにはある。

14年度の日本の電子書籍市場は推計1400億円。これが18年度には3340億円へと急拡大すると見られている。現在の出版市場の2割に相当するだけに、DNPとしてはこの分野を拡充することは必然だった。

サービスを開始したのは12年5月のこと。以来2年を経ずに会員数は200万人を突破、250万人に迫っている。男女比は男55%、女45%で、20~40代が大半を占める。

スマホなどによる電子書籍までが楽しめる「honto」。

電子書籍にはhonto以外にも、アマゾンのキンドルストア、楽天のkobo、ソニーのリーダー、アップルのアップストアなど20を優に超える。その中にあってhontoは、購入したことのある電子書籍としてはキンドル、kobo、リーダーに次いで4位、さらに満足度では他の電子書籍を抑えてトップに立っているという。

ただし書店にとっては、hontoが電子書籍を手掛けることは、自らの競合相手を作り出しているようなものでもある。実際、グループ書店の中には、電子書籍に対して批判的な声もあったという。

「ところが、いまでは電子書籍を扱うことは当たり前になりました。そして電子書籍やECなど、さまざまなチャネルを利用している人ほど、毎月、書籍に関する支出が多いことがわかってきました」(加藤社長)

たとえば、ECとリアル店舗を利用している人の月次顧客単価が7900円、電子書籍とリアル店舗では6000円なのに対し、3つすべてのチャンネルを利用している人の客単価は1万300円に達している。本好きであればあるほど、さまざまな機会を利用して読書していることがここからもわかる。

また、honto導入前と導入後では、書店における1人当たりの買う量が8%増えたとのデータもある。

「リアルとEC、電子書籍とハイブリッドで提供することによって、プラスサムが実現できています」と加藤社長は言う。

このことからも、デジタル化の進展は、必ずしも読者人口の減少に結びつかないことがよくわかる。むしろデジタル化によって新たな読者獲得につながっているという側面も見えてきた。

半額で買える電子書籍

だからこそ加藤社長は、honto会員をさらに増やしていくことに貪欲だ。「年間100万人ずつ増えているとはいえ、人口比として考えればまだまだ少ない。会員が増えることは、読書体験が広がることを意味しています」

そこでhontoでは、昨年末から新たなサービスを次々と打ち出している。たとえば「honto with」というスマホ用アプリを提供することで、自分のほしい本が近所のどこの書店にあるか検索できるようになった。

また、中古買い取りサービスも間もなく開始する。これは、グループにブックオフがあるからこそ可能なサービスだ。読んだ本をブックオフに売るところまでは同じで、現金による買い取りも行っているが、現金でなくhontoポイントによる支払いの場合、通常1%のポイント付与が10倍になるという得点もある。たとえば1000円で本を売った場合、現金なら1000円プラス10円分のポイントだが、ポイントの支払いなら、1100円のポイントをもらえるというものだ。

hontoポイントカード。通常、100円につき1ポイントたまる。

「このポイントをまたDNPグループの書店や電子書籍で使ってもらえれば、すべてがDNPグループの中で循環していきます。この循環サイクルをどんどん大きくしていきたい」(加藤社長)

そしてもうひとつ「読割50」というサービスも開始する。これは、紙書籍をグループ書店やEC書店で購入した場合、その書籍の電子版を5割の価格で購入できるというものだ。現在は電子書籍化されていないものでも、将来、電子化されたら、その段階で購入することができるという。

雑誌なら、代官山(東京・渋谷区)の蔦谷書店で、購入した雑誌の電子版が無料で読めるというサービスを始めている。また新聞なら、日経新聞などは毎月の購読料4509円に1000円を上乗せすることで本紙+電子版を読める。

それに比較して電子版が半額という価格設定が少し高いような気もするが、読書機会を増やしていくというその試みが、読者にどう評価されるか、興味深い。

加藤社長は1986年にDNPに入社した。画像処理用コンピュータの販売を担当、その後IT系の事業部門を歩き、M&AAやベンチャー投資案件にも関わるなど、印刷事業とはまったく関係ない部門を歩いてきた。その意味で、honto事業にはうってつけの人材と言えるかもしれない。

「これまでDNPのライバルは凸版印刷でしたが、いまではアマゾンがライバルになるなど、新しい時代を迎えています。DNPにとっても新たなチャレンジです。トゥ・デファクトの社員は大半が中途採用でDNPの社員はほとんどいません。ここから新しい企業文化を発信していけたらいいと思いますね」

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月刊BOSS×WizBizトップインタビュー

松本順市 ENTOENTO社長
まつもと・じゅんいち 1956年福島県生まれ。中央大学大学院中退。株式会社魚力に入社し、社長の参謀役として社内改革を行う。1993年に独立。当初は多摩研という名前だったが現社名はENTOENTO。2014年11月までに627社と、人事コンサルとしては日本一の実績を誇る。

魚屋のバイトがスタート

―― 松本さんはこれまで、600を超える企業に人事制度づくりのノウハウを提供してきたそうですが、その前は魚屋さんだったとか。
松本 ええ。魚力という魚屋に15年間勤めていました。なぜ魚力で働くようになったかというと、在籍していた中央大学がそれまでの駿河台(東京・神田)から多摩キャンパス(東京・八王子)へと移転したのがきっかけです。駿河台にはアルバイト先がいっぱいあった。ところが多摩にはあまりない。やむなく魚力で働き始めました。

いまでこそ魚力は東証2部に上場していますが、当時はまだ3店舗しかない魚屋でした。

―― あくまでバイト先で、就職するつもりはなかったんですか。
松本 魚の名前も知りませんでしたが、入ってすぐに「参謀としてそばにいろ」と社長に言われ、社長室で働きました。その後、大学院へ行ってもアルバイトを続けたのは、その仕事が面白かったからです。

―― それがどうして就職することになったのですか。
松本 大学院に行ったものの、教授と折り合いが悪く中退することに。でも商学部で学んでいたので、いずれ税理士になろうと考えていました。そうしたところ、魚力の社長が、「専門学校に行かせてあげるから、うちで働きなよ」と言ってくれたのです。それで、3年ぐらいお世話になろうと思ったのですが、仕事をすればするほど、どんどん面白くなって、いつの間にか専門学校にも行かなくなり、本格的に魚力で働くことになったのです。

―― 何が面白かったのですか。
松本 魚力の社長というのは、社員に成長してもらい、それによって会社も成長させたい、と考えている人で、その仕組みづくりを私にまかせてくれたのです。そこで社長室長として、会計システムから最後は人事システムまで構築していきました。この仕事を7年したあとで、実際にシステムが現場でうまく機能するかチェックするために現場に出て8年働きました。

この15年の間に、魚力の売上高は3億円だったものが150億円に、3店舗だったものが25店舗に、客単価も4倍に増えました。

―― そのノウハウがいまのビジネスに結びついたのはわかるのですが、もともとどうやってノウハウを身につけたのですか。
松本 本も読みましたし、セミナーにも通いました。でも、そうした経験を積めば積むほど、専門家と言われる人たちにまかせてはだめだなという思いを強くしたのです。

たとえば、あるコンサルタント会社に人事システムを構築してもらおうと問い合わせたら、300万円必要だという。当時の魚力の経常利益はわずか50万円です。300万円はあまりに高すぎます。

何よりおかしいと思ったのは、社長が下す社員の評価と、コンサルタントのつくった評価シートによる評価に、あまりに差があったことです。ある評価シートを使って、社長がよくほめる社員を評価したら、50点ぐらいにしかならない。本来なら80点や90点取らなければおかしな話です。そこで気づいたのは、専門家には経営者の考えがわからないし、社員の評価は社長にしかできないということでした。

そこで私が最初にやったのは、社長の考えをよく聞くことでした。どのような社員を評価するのか、社員にどう成長してほしいのか。そしてそれが社員にもわかるようにした。

社長が優秀だと認めほめる社員とは、次の4つに集約できます。(1)成果をあげているか(2)やることをやっているか(3)知識やスキルがあるか(4)勤務態度――です。そしてそれぞれを高めるために何をやっているか。これを可視化し、そういう人が評価されるシステムを構築したのです。

もう1つやったのが、優れた手法やスキルがあったら、それを社員が共有する仕組みです。

よく人事制度というと、成果主義が話題になります。でも多くの日本企業は間違った成果主義を導入しています。成果の評価は、ほとんどの場合、相対評価です。そうなると社員の考えることは2つに1つです。成果をもっと上げるか。あるいは他人の成果を上げないか。当然、後者のほうが楽ですので、その結果として、自分のスキルやノウハウをほかの人に教えなくなる。これでは社員も成長しないし会社の業績も上がりません。

そこで魚力では、社員を5段階で評価する際、いくら実績をあげても4止まり。でもそのうえで他の社員に教えると5になるようにしたのです。つまり教えることを評価対象にしたのです。こうするだけで、社員は一斉に教え始めます。それによって他の社員も成長でき、業績も上がっていきました。

―― それだけの実績を残したのに、なぜ独立したのですか。
松本 独立したのは22年前、37歳の時ですが、ちょうど魚力の上場話が出始めていました。社長からは「上場すればキャピタルゲインが2億円ぐらいになる」とも言われました。その時、考えたのがこのまま会社に残るか、株を返して退職するか、ということでした。そして最終的には後者を選びました。

ただ独立後は、魚力の社長からもずいぶんと顧客を紹介していただきましたし、魚力での実績があるので、私の顧客になっていただけたのだと思います。

返金したのは過去3件

―― 以来22年間で630社近い会社に松本式人事制度のノウハウを移植したわけですね。
松本 最初は1社1社、訪問して人事制度づくりを手伝いましたが、年間10社が限度です。今後30年かけても300社にしか提供できない。これでは世の中の人事制度を変えることはできません。

そこで毎回10社を集め6回の講義を行うというグループコンサルを始めてから、どんどん件数が増えていきました。

―― それでも個別コンサルと同様の成果をあげることができるのですか。
松本 基本は、先ほど言った評価基準にのっとった成長シートをつくってもらいます。そしてこれはどんな業種・企業にも通用します。

相談に来られる経営者の中には、売り上げが前年比90%で困っている、という人もいます。でも詳しくみれば、その中にも前年比205%の人や店があるはずです。それを共有化すれば、必ず業績は伸びていきます。

ただ勘違いしてほしくないのは、この制度は人件費を抑えるためのものではないということです。さらには、私自身には評価はできません。評価は経営者にしかできません。

―― しかも、成果が出なかった場合は返金にも応じています。これも画期的ですね。
松本 どんな商品でも、買ったものに不満があれば、「金を返せ」と言うでしょう。だけどコンサルでそんなことを言うところはなかった。そこで返金保証を始めたのですが、いままで返金したのは3件です。その3件に共通するのは、私に評価までしてほしいというものでした。

返金保証を始めた時は、真似されるかと思ったけれど、なかなか真似してくれませんね(笑)。

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