PickUp(2014年9月号より)
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2014年7月15日、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)に「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」がオープンした。ハリー・ポッターの世界を再現したこのアトラクションは大人気で、この効果によりUSJは今年、過去最高の入場者数を記録することになりそうだ。2001年に開業し、かつては「東のディズニーランド、西のUSJ」と持て囃されながら、右肩下がりで入場者数を落とし続けてきたUSJ。それがここにきてV字回復を果たしつつある。なぜUSJはうまくいっていなかったのか。そしてなぜ再生できたのか。その秘密を解剖する。

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13年前の期待と不安

大阪のウォーターフロントにあるテーマパーク「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)」の復活、そして入場者急増のニュースが、このところ相次いで報じられている。しかもこの7月15日には、世界的なベストセラー小説で、かつ映画化されて多くの観客を動員した「ハリー・ポッター」の世界を忠実に再現したエリア「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」がオープンした。

「魔法の世界にどっぷり漬かれる」との前人気の高さもあり、今年度の入場者は、開園時2001年の記録に迫る1050万人にまで回復した昨13年度の数字をさらに上回り、1200万人と最高記録を更新すると予想されている。

都内の大手旅行代理店で聞いてみると、「『ハリー・ポッター』への関心の高さは、肌で感じる。7月半ば以降のUSJを組み込んだ商品は大変好調だ」という話だ。身近な人間にも「秋には友達とUSJへ行く予定」と話す者が散見するから、“ハリー・ポッター人気”は大型台風並みに成長すると言って間違いないだろう。

それにしても、USJはいかにして復活し、新たな時代の幕開けを迎えようとしているのだろうか。

2004年に社長に就任したガンペル社長。苦節10年でV字回復を成し遂げた。

時代は十数年前さかのぼる。01年3月初めから4月半ばまで、筆者は東京-大阪間を幾度となく往復していた。ある夕刊紙に「エンターテイメントウォーズ」と題する記事を連載しており、3月31日の開園を前にしてUSJの取材に入っていたからである。

30回以上に及んだその連載を読み返してみると、自慢するわけではないが、USJがその後に直面したいくつかの問題点を当時から端的に指摘している。

「初年度の入場者数は1000万人に届きそう」と見通す傍らで、「人気爆発!USJの期待と不安」として、不安派の見方を代表させる形で、出資している関西系企業関係者の危惧の声をまず冒頭に載せている。「USJの評判は案外いいようですが、本当に大丈夫ですかね」と。

何が大丈夫かと彼が危惧しているのかと言えば、まずUSJのこの時点での持ち株比率がUSEJIC(ユニバーサル・スタジオの出資会社)などアメリカ系2社で34%、大阪市が25%、住友金属10%、住友商事・日立造船各5%ほかとなっていること。

つまり外資と、本来収益事業とは縁遠い大阪市が中核となった企業が、果たして営利組織としてまとまることができるのか、必要なすばやい意思決定ができるのかといった疑問である。

しかも他に1~2%ほどの出資会社が44社もあり、社員構成はそれら各社からの出向・派遣、それに転職組に新卒とバラバラで、意思疎通も簡単ではないというわけだ。

組織論としてのUSJの弱点だが、次に記事ではテーマパークとしての内容、あり方への疑問をこういう形で記している。「大阪では飲み屋の親父さえ『USJはリピーターがね』などと言うほどリピーター問題が喧伝されている」。リピーター問題がなぜそこまで浸透したのかは省くが、少なくともUSJの開園時のアトラクション、ショー、パレード等では、リピーター確保が難しいのではないかと多くの人が見ていたことは間違いない。

少なかったファミリー層

リピーターとはその言葉通り繰り返し来園する人のことで、その数が多いほどそのパークは魅力があることを示し、そうした人の割合(リピーター率)が高いほど集客にコストをかけずにすみ、収益力を強化できることになる。

ではなぜUSJはリピーター率に難題があると見られていたのか。これは必然的に東京ディズニーランド(TDL。この時点ではまだ東京ディズニーシーはオープンしていなかった)との比較にならざるをえないのだが、映画の世界を中心に据えたテーマパークであるUSJはアトラクション、ショー等全体にやや硬質で、夢とか冒険とかといったテーマをミッキー・マウスやドナルド・ダックなどディズニー映画のキャラクターを中心に据えて展開するTDLに比べ、顧客層の年代がやや高くならざるをえず、しかもリピーターを獲得するのに有効な親しみあふれるキャラクターの数やパワーが数段劣るといったことがあったからだ。

2014年7月15日にオープンしたハリー・ポッターのアトラクション。

基本的にユニバーサル・スタジオ側は顧客層をヤングアダルトと考えており、ファミリー層をターゲットとするTDLと大きく食いちがっていた。

もっともこの問題点について、早くからUSJ側は気づいていた。USJ生みの親とも言うべき存在で、02年から社長をつとめた佐々木伸・元大阪市助役は、

「ユニバーサル・スタジオ側はユニバーサル・オーランドをモデルにしたパークを主張して譲らなかったのだけれども、いろいろ調査してみると日本のレジャーは子ども中心で、子どもが大人を引っ張ってくる形だ。だから子どもが来てくれないと大人も来てくれない。USJでも子ども向けのアトラクションが必要だし、子どもが親しみを持ってくれるキャラクターを導入することが絶対必要だといって説得した」
と、後年、筆者に語っている。

当初、USJ側が用意したキャラクターはウッドペッカーだったが、日本での知名度が低いということなどから両大株主が散々にやりあい、結局、スヌーピーの世界をモチーフにした「スヌーピー・スタジオ」がつくられることになった。このアトラクションゾーンがつくられなかったならば、USJは初年度で手痛い失敗を経験することになったにちがいない。

ここで初年度の設備等の数字をTDLと見比べてみよう。まず広さだが、USJのパーク部分が39ヘクタールで、アトラクション数が18。対してTDLの開業時におけるパーク部分の広さが40ヘクタールで、アトラクション数32。「アトラクション数は数え方もあるので、数字ほどの差はない」とUSJ側は当時、主張していたし、TDLのオープン時にはなかった「ユニバーサル・シティウォーク・オオサカ」というエンターテインメント型複合商業施設がUSJのオープンに合わせて開業していたので、施設・設備面ではさほど大きな差がなかったと言えなくもない。

結果、TDLが初年度入園者993万人余りであったのに対して、USJは800万人の見通しに対して01年度は1100万人の入場者を記録した。ちなみにこの年のUSJの経常利益は155億9800万円に上っている。こうした数字から見れば、いくつかの欠点はあるものの、USJが順調に2年目以降も運営されていれば、開園から十数年もたった今になって、「復活」だとか何だとか言われなければならないようなお粗末なことにはならなかったと言っていい。

だがUSJは、このあと述べるようないくつかの不祥事を立て続けに起こし、入場者激減、収益を急速に悪化させ、結果、資金不足で新規アトラクションの導入等が難しくなるという悪循環を引き起こす。

相次ぐ不祥事で入場者減

で、何を言いたいかと言えば、USJは関西という首都圏に次ぐ巨大なマーケットが背後にあり、台湾・韓国・中国はじめ東南アジア諸国とも近く、奈良・京都という世界遺産に指定された観光拠点とも近いというロケーションを考えれば、東京ディズニーリゾート(TDR。TDLとTDSを合わせた名称)の年間入場者3100万人にはとても及ばないが、本来、入場者数750万~800万人台でうろうろしているレベルのパークではない。

もっと前に、1千数百万人台を達成しえたし、それだけの潜在力を持ったパークだったはずなのだということだ。

そのUSJが暗転したのは、開業2年目の7月のこと。夏休み入りで本来なら書き入れ時となるこの時期を見計らったように、冷水器への工業用水混入に始まり、折から社会問題になっていた賞味期限切れ食材の園内での提供、さらには人気アトラクション「ハリウッド・マジック」での許可量を超えた火薬の使用発覚と相次いで不祥事が明らかになり、客足が一挙に遠のいたのだ。開業景気の反動がそれに加わった。

ここで冒頭に指摘した、官僚と外資と、そして寄せ集め部隊の弱点がもろに出た。まず官僚的隠蔽体質が明らかになり社会的に指弾され、なおかつ問題解決への迅速な対応ができず傷を深くした。

出向社員はUSJのほうを見ずに本籍のある会社を向いて仕事をする。かくて元大阪市港湾局長だった社長は辞任に追い込まれたのだった。

急遽、社長に就いたのは佐々木である。彼は社内の動揺を抑え、03年には入場者を1000万人弱まで引き戻す一方、テーマパーク運営のスペシャリストをトップに迎えるための工作を続け、04年6月、USJの社外取締役だったグレン・ガンペル(当時。現在はユニバーサル・スタジオ・レクレーション・グループのプレジデント)を招聘することに成功する。ガンペルは元来法律の専門家だが、3大放送局の1つABCから83年にユニバーサル・スタジオ入りし、以来、長年、テーマパーク事業に携わってきた。

ガンペルがまず取り組んだのは、2つの高コスト要因の排除だった。1つはオープン前に借りたプロジェクトファイナンス資金の低利資金への借り換え、もう1つは1100万人の入場者を前提として採用した社員数の削減である。

ガンペル社長は、さらに翌年にはゴールドマンサックス系の出資投資会社から200億円、日本政策投資会社から50億円の出資を受けると、翌々年には半額減資を断行、累積損失を一掃し、株式公開に向けての準備を進める。東証マザーズ上場は翌07年3月である。

以降、USJは着実に利益を出せる体質となるが、ファンド支配下の会社らしく、さらに資本関係は動く。

09年になるとガンペル社長とゴールドマンサックスが組んでMBOが行われ、USJは非上場となる。この際、日本側の保有株式は全て買い取られた上で、なおかつ大阪市などからの借入金なども返済されている。これにより、身奇麗になったUSJは他の海外ファンドからの出資を受け入れ、次なる投資に向けて準備に入ったのである。この時点で、すでにオーランドで工事が始まっていた「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」が視野に入っていたものと思われる。

では、この間、入場者増加の基軸となるアトラクション、ショー、パレード等に対する投資はどうなっていただろうか。ガンペルはこの頃、「入場者の構造を変えないといけない」としきりに語っていた。要するに若者中心のパークから、TDRがそうであるように、若い女性、子ども連れの家族を中核とするパークにしていくとの考え方である。

起死回生のMBO

しかし具体策の多くは、投資額が小さくてすむショーやパレードであり、入園者を大きく上に向かせるだけのパワーのあるアトラクションは少なかった。せいぜい07年の「ハリウッド・ドリーム・ライド」が目につくくらいである。これとて悪く言う人は「遊園地の絶叫マシーン。テーマパークとの関連性がわからない」と評していたものだ。上場したことで利益を出す必要があり、使える資金に制約を受けたこともあったのだろうが、USJを訪れるたびにいささか消極的過ぎるとの印象を受けたものである。

MBOが行われた09年・10年はそれまでの消極的投資のつけと、11年に迎える開業10周年への準備のための投資手控えもあり、再び700万人台へと入場者は低減する。しかし創業10周年を迎えた11年には、前年投入した「スペースファンタジー・ライド」が全面的に寄与した上に、周年行事も人気を博し、12年に入るとスヌーピー、ハローキティ、セサミストリートと子どもに人気のキャラクターを一挙に投入した「ユニバーサル・ワンダーランド」がファミリー層中心に大ブレーク、エリアはこれまでのUSJには珍しいほど子どもたちの歓声に包まれることになった。

USJ周辺ではホテルなどの建設ラッシュが続く。

「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」に450億円を投ずるために投資資金が制限された昨年は、人気のジェットコースターを「ハリウッド・ドリーム・ザ・ライド~バックドロップ~」とネーミング、後ろ向きに走らせて若者の人気を獲得、また人気のアトラクション「アメージング・アドベンチャー・オブ・スパイダーマン」の映像を、折からオーランドで開発が進んでいたこともあり4K3D(フルHDの4倍の解像度を持つ4K画像)にリニューアル、これまた入場者増に寄与した。このあたりは、ガンペルがマーケティングの責任者としてスカウトした森岡毅執行役員の活躍の賜物だと聞く。とにかくUSJはマーケットに見合う本来的なパワーを発揮する条件がようやく揃った。

さて、入場者1200万人が見えてきたUSJだが、次なる企業像をどう描いているのだろうか。再上場して、ファンドの利益を確定することはすでに決まっているが、増資して得るであろう資金でUSJのパークをどうリニューアルしていくのかは、まだプランが出てきていない。

その前段で、大阪市・大阪府等が構想している舞洲地区でのカジノを中心とした統合型リゾート(IR)への参加を希望しているとも伝えられている。人々に健康な夢の世界を提供するのがテーマパークだとすると、果たしてそれが賢い選択か考える必要があるだろう。アメリカのユニバーサル・スタジオも、ましてやディズニーランドがそうした選択をするとは思えない。TDRももちろんである。仮に別ロケーションであってもだ。

USJを主導するファンドが、そうした組織特有の、お金だけを追いかけるビジネスを追求した場合、テーマパークというビジネスモデルとの乖離がはなはだしいだけに、思いがけぬしっぺ返しを社会から食うこともありうるということだけは最後に指摘しておきたい。

(文中敬称略)

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2014年7月15日の開業以来、大人気となっている「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」。「例年だったら夏休みはディズニーランドが定番だったけれど、今年はUSJに遊びに行く」という家族も多いそうだ。

このアトラクションは、全7巻が刊行され、日本国内でも2500万部、全世界では4億5000万部を売った、J・K・ローリング原作のハリー・ポッターシリーズの世界を忠実に再現したもの。主人公のハリーが通う魔法学校、ホグワーツや、ロンドンのキングス・クロス駅9と3/4番線から発車するホグワーツ特急、魔法学校の生徒たちが通ういたずら専門店や魔法使いの杖の店など、ハリポタの世界を全身で体感できるようになっている。

米フロリダ州にあるユニバーサル・オーランド・リゾートでは、すでに2010年にオープンしており、大人気となっている。それだけに、USJでも人気を呼ぶのは間違いないと見られていたが、その予想をはるかに上回るほどの関心を集めている。しかし、そのぶん、このアトラクションを体験しよう思うとそのハードルは高い。

ディズニーランド(TDL)などでは、アトラクションによっては「待ち時間120分」など、長い行列に並ばなければならないこともある。ところがハリポタのアトラクションでは、入場整理券方式を導入、整理券がない人はアトラクション周辺に足を踏み入れることもできないようになっている。

入場確約権を手に入れるには3つの方法がある。

整理券の発券場所は、USJの中央部分にあるセントラル・パーク。そのため15日以降は、開場と同時に整理券を求めてダッシュする風景が日常となった。もし整理券が手に入らなくても諦めるのはまだ早い。整理券が予定数に達したあとは入場抽選券が発行される。入場予定ゲストにキャンセルが発生した場合、指定時間の1時間前に、抽選結果が発表されることになっている(アプリで確認可)。

「ダッシュをするのは勘弁」という人にも手段はある。

ひとつはJTBを利用することだ。JTBのツアーでUSJを利用すれば、通常の開園より15分前に入場できる。これならダッシュしなくても、ハリポタの入場整理券を手にすることができる。

朝早くは苦手という人なら、JTBのツアーの基本料金に1500円足すことで、アトラクションの入場時間を指定できる入場確約券を手にすることができる。これなら、昼からUSJに行っても大丈夫だ。

同様の確約券付チケットは、JR西日本でも取り扱っている。北陸、和歌山、福知山、中国、福岡エリアから往復切符と確約券付入場券がセットになった商品を購入するという方法だ。

あるいは「ユニバーサル・エクスプレス・パス」を利用する手もある。これは人気アトラクションを待たずに乗れるチケットで、7種類で税込5600円、5種類同4400円の2種類があり、ともにハリポタのアトラクションの入場確約券が付いている。一日券と合わせると1万円を超えるが、時間の惜しい人にはうれしいチケットだ。

TDLでは、料金によって客を選別していないが、USJは「高いお金を払った人に特別なサービスをするのは当たり前」と考える。エクスプレス・パスはその象徴といっていい。

ハリー・ポッターの世界に浸るために、あなたはダッシュしますか?それともお金を払いますか?

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前回は2年で上場廃止

ハリー・ポッターの新アトラクションにより、昨年度1000万人だった入場者が今年度は1200万人にも達しようかというユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)。

USJの売上高は2012年度で約1000億円。入場者が200万人増えるということは、入場料が1人7000円で140億円の増収が見込める。実際には年間パスポート利用者や学生、子供料金もあるためそんなに単純ではないが、飲食費やおみやげ代も加わるため、200億円近い増収となってもおかしくない。つまり、入場者数、売上高ともに2割増しとなるということだ。

しかも一足早くハリポタを導入した米フロリダ州のユニバーサル・オーランド・リゾートでは、入場者数が3割増えたというから、USJもさらなる上積みがあってもおかしくない。

新アトラクションへの投資額は売り上げの半分近い450億円にも達している。

USJでマーケティング部門を統括する森岡毅氏はその著書『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?』(KADOKAWA刊)で、このアトラクション導入を提案した時、グレン・ガンペル社長から「私の死体を乗り越えて行け」と猛反対されたことを明かしている。当時(2010年)のUSJの売り上げは800億円程度だったから、反対されて当たり前だった。

しかし森岡氏は社内を説得して了解を取り付けた。この決断はUSJにとっては博打にも等しいほどのものだったが、その賭けは見事に当たったことになる。

こうした状況を受けて、最近浮上してきたのが、USJ再上場計画だ。

既出のレポートでも触れているが、もともとUSJ(運営会社はユー・エス・ジェイ)は大阪市と米ユニバーサル・ピクチャーズ、そして大阪財界が出資して設立された。しばらくは赤字が続いたが、07年3月に黒字化を果たし、同年3月東証マザーズに上場を果たす。株価は一時9万900円(07年5月)の高値をつけるが、08年後半に大きく値を下げ、年末には2万8430円にまで落ち込んだ。この当時は入場者数が下げ止まらず、1人当たり単価も伸び悩んでいたため、その前途には暗雲が立ち込めていた。

しかし09年にゴールドマン・サックス系のファンドがTOB(経営陣も買収側に回ったためMBOとなる)、全株を取得し上場廃止となってから、USJは息を吹き返す。家族連れをターゲットとした「ユニバーサル・ワンダーランド」やスパイダーマンのアトラクション、後ろ向きに走るジェットコースターなど、新たに導入する施設がことごとくヒットするようになっていった。

そうやって勢いがついたところでのハリー・ポッター導入だから、その勢いはさらに加速した。

USJを所有するゴールドマン・サックスにしてみれば、いちばん高値で売却することが最高の出口戦略となる。そうであるならば、勢いのある時に上場したいと考えるのは当然だ。

USJ関係者も「上場は選択肢のひとつ」と、上場するとの見方を否定しない。恐らくは1年後をメドに再上場ということになるだろう。

気になるのはその株価だ。わかりやすくするために、発行済株式数は以前の上場時と同じと仮定する。

TOB価格は5万円だった。当時の入場者数は800万人で、今年の推計入場者数はその5割増しだ。単純にその分を上乗せしても株価は7万5000円ということになる。株価は将来の業績が反映されることを勘案すると、上り調子のUSJの場合、株価が10万円程度となってもおかしくない。

東京ディズニーランドを運営するオリエンタルランドと比較したらどうか。

シーを含むディズニーランドの入場者数は3100万人。オリエンタルランドの売上高は4735万人(ともに前3月期)。おおざっぱに言うと、USJの4倍近い規模がある。そのオリエンタルランドの時価総額は1兆6700億円。その4分の1となると、USJの時価総額は4000億円ということなる。上場廃止前のUSJの時価総額は1000億円程度だったから、時価総額が4倍になるということは、株価20万円ということになる。

ゴールドマン・サックスにしても、TOBから6年でその価値が2~4倍になるのだから、大成功の投資ということになるだろう。

第2USJ建設も

またUSJも再上場によって、新たな資金を手にすることができる。ここ数年は資金的制約もあってハリポタに集中投資を余儀なくされていたが、再上場後は新たなる投資が可能になる。

まず最初に考えられるのが、ハリポタの拡張だ。この6月、米オーランドのユニバーサルスタジオには、ハリポタファンにはおなじみの「ダイアゴン横丁」が出現、人気を集めている。恐らく近い将来、USJにも導入されるものと思われる。

そしてさらには、第2のパーク建設構想も浮かんでいる。

オリエンタルランドのように、ディズニーランドの隣にディズニーシーを建設するといった敷地的な余裕はいまのUSJにはない。ハリポタをつくるにしても、駐車場の一部を立体化せざるを得ないほどだった。

当然、第2パークをつくるとなれば、現在のUSJとはまったく違う場所になる。

有力視されているのが、九州か沖縄だ。大阪からも比較的近く、アジアからの観光客も呼び込めるだけに、可能性は高い。さらには、東京オリンピックに合わせて解禁される予定のカジノと一体化した施設の可能性もある。

実際には既出のレポートにもあるように、健康な夢を提供するテーマパークが、「賭博場」と一体化するのはリスクが大きい。橋下徹大阪市長はカジノ解禁に熱心に取り組んできたが、仮に大阪にカジノが誕生するとしても「USJ以外の会社にやってほしい」と釘をさしている。子供が入ることのできないカジノと、大人から子供までが楽しめるテーマパークが並ぶのは、教育上もよくないという判断があるのだろう。この考えに賛同する日本人は多いに違いない。

ただし、最近、産経新聞のインタビューに応じたガンペル・USJ社長は、「われわれはIRではリーダー的な役割が果たせる。カジノの運営能力はないが、企業連合にそういった会社を呼び込むことはできる」と答え、橋下市長の発言に対しては「なぜあのようなことをおっしゃったのか理解できない」と語っている。ガンペル社長自身は、カジノに対して強い興味を持っているようだ。

シンガポールのセントーサ島では、カジノとユニバーサルスタジオが隣接している。というより、この2つが一体になって大型リゾートを形成している。日本人のメンタリティにどこまで受け入れられるかはわからないが、世界的には、カジノとテーマパークの組み合わせはタブーではないし、ラスベガスなどは、街そのものがテーマパークのようなものだ。

第2USJが、どこにどのような形で誕生するか、現時点ではまだ見えてこない。しかし再上場を果たすことができれば、選択肢は格段に広がる。株価とともに、次なる可能性に期待が膨らむ。

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ハウステンボスの転落

日本のテーマパーク元年は1983年。言うまでもなく、千葉県浦安市に東京ディズニーランド(TDL)が誕生したことで、テーマパークブームが始まった。

TDLが誕生するまで日本には、テーマパークという概念がなかった。アメリカにディズニーランドがあることは知っているが、それは単なる巨大遊園地にすぎないと、誰もが思っていた。しかしTDLができて、園内を一つの世界とするテーマパークなるものが世に存在することを多くの人が知ることになった。

「ディズニーランドなんて女子供の行くものだと馬鹿にしていた。でも行ってみたら、あっという間にディズニーの世界に浸っている自分がいた」

30年ほど前、初めてTDLに行ったという30~40代の男性は、異口同音にこのような感想を漏らしていた。

それから日本全国でテーマパークの建設が始まった。時はバブル時代。しかも87年には総合保養地域整備法、通称リゾート法が成立。リゾート施設の開発が容易になったことで、勢いはさらに増した。左の表は、その中の主なものを抜き出したものだ。実際には中小含めると、この数倍の自称・テーマパークが各地に誕生した。

しかしバブル経済が崩壊し、地方経済が疲弊するに伴い、各地のテーマパークはどこも経営難に苦しむようになる。

その代表とも言えるのが、かつてはTDLと並び称されたハウステンボス(HTB、長崎県佐世保市)だった。

神近義邦氏というカリスマ経営者が心血を注いだこのテーマパークは、敷地面積152万平方メートルと、TDLと東京ディズニーシーを合わせた面積より5割も広いという広大なもので、テーマパークというより街を一つつくったようなもの。当初の計画では、開業から10年間で無料開放し、敷地内のマンションや住宅などを販売することで運営費をまかなうという構想だった。

しかし最初の10年間は年間入場者数が400万人ラインを上下していたが、その後急降下し、150万人程度にまで落ち込んでいた。当然業績も芳しくなく、赤字が常態化する。

2000年には業績不振の責任を取り、神近社長が辞任し、主導権が興銀に移るが業績は好転せず、03年には会社更生法の適用を申請した。

スポンサー企業として名乗りをあげたのは野村プリンシパル・ファイナンス。野村証券系列のベンチャーキャピタルで、HTBは野村の力を借りて再生を目指すことになった。ところが日本最大のガリバー証券会社である野村をもってしても、再建はできなかった。

HTBの最大の誤算はリピーター需要を見誤ったことだ。九州を旅した人は、「ついでに一度はHTBを見ておくか」と考える。しかし一度体験してみれば、「悪くはないけれど、わざわざもう一度行こうとは思わない」と大半の利用者は考えた。少なくとも東京や大阪など大都市圏から高い旅費を使ってまで何度も行くほどの魅力はなかった。

10年頃になると、さすがの野村もHTBをもてあまし、閉園も真剣に議論されるようになる。しかし地元にしてみれば、激減したとはいえ150万人の観光客を集める施設で、社員も1000人を超え、パート・アルバイトを含めると数千人の雇用を生み出している。経営が悪化したからといって、閉園に対して「わかりました」と言えるわけがなかった。

テーマパークの王道を行く東京ディズニーランド。

HIS・澤田氏の挑戦

そこで長崎県および佐世保市がすがったのが、エイチ・アイ・エス(HIS)の澤田秀雄会長だった。HISを日本有数の旅行代理店に育て上げ、新規航空会社スカイマークエアラインズを立ち上げるなど、観光業界に精通している澤田氏なら、誰も引き受け手のいないHTBを再生してもらえるのではないか。地元にしてみれば澤田氏は最後の頼みの綱だった。

興銀も野村証券も再生できなかったHTBである。常識的に考えれば貧乏くじのようなものだが、そういう難しい案件だからこそ、澤田氏はやる気を起こした。10年4月にHTBは100%減資に踏み切ったうえで、HISは新規発行株式の3分の2を取得、子会社化した。

澤田氏の奮戦ぶりは、多くのメディアが取り上げた。HTBに移り住み、次々と改善策を実行していった。

「気づいたのは、ナンバーワンかオンリーワンのことをやらなければダメだということでした。そこでまずやったのが、『花の王国』をつくろうと。100万本のバラをアレンジして、世界でも3本の指に入るバラ園をつくりました。これが大ヒット。特に女性客に大人気で、そこで口説いたら必ず落とせる、という伝説も生まれました。冬は花が咲かないから、代わりに光の花を咲かせようと、東洋一の720万球のイルミネーションで園内を飾った。花も光も期間限定です。そうすると、次の年にもまた来ようということになる。こうしてリピーターを徐々に増やしていった」

HISが支援をするようになり、HTBは生まれ変わった。初年度から利益を計上し、減り続けていた入場者数も上昇に転じた。前9月期には、56億円の最終利益を計上、入場者数も182万人にまで回復した。HISの連結最終利益が89億円なのだから、その6割をHTBが稼いでいる計算だ。鬼っ子と覚悟して傘下に収めたら、予想以上の孝行息子に育ってくれたといったところだろう。

澤田秀雄氏の手で再生しつつあるハウステンボス。

HTBの再建に成功したことから、経営不振に苦しんでいる多くのテーマパークが、澤田詣でをするようになった。

その中の一つが、愛知県のラグーナ蒲郡だ。

この施設は蒲郡市が中心になって、観光客誘致によって町おこしをしようとの目的で、つくられた。ヨットハーバーやアトラクション施設を持つ「ラグナシア」などが中核施設で、01年から部分開業を続け、12年に全面開業した。しかし、300億円を超える巨額な投資に見合った観光客を集めることができず、愛知県、蒲郡市の出資金は損金の穴埋めに消えてしまった。トヨタも支援し、敷地内に全寮制の海陽学園を建設したが、業績悪化を食い止めることはできなかった。

そこで頼ったのが澤田氏だった。いまだ正式発表にはなっていないが、詳細を詰めたうえで、HISが再建を引き受けることは既定路線となっている。

セガサミーの目論見

もう一つ、経営破綻したテーマパークに宮崎県のシーガイアがある。シーガイアの場合、一般的に言うテーマパークとはいささか異なっている。もともとフェニックスカントリークラブという名門ゴルフコースが先にあり、宮崎県が中心になって、リゾート法適用第1号として、ホテルと国際会議場、巨大な室内プールを併設して1994年に全面開業した。言うなればカジノを持たないIR(統合型リゾート=ホテル、国際会議場、ショッピングセンター、劇場、レストラン、カジノなどからなるリゾート施設)だ。

しかし、誕生した時にはすでにバブルは破裂しており、日本経済は奈落の底へと落ちていった。そのため2000億円の総事業費をつぎ込んだものの、毎年200億円の赤字を計上、内情は火の車だった。

結局、2001年に会社更生法を申請したが、負債総額は3000億円強と、3セクでは過去最大の倒産劇だった。

新たなスポンサーとなったのは米投資ファンドのリップルウッドだった。リップルウッドは施設内に温泉施設やスパをつくるなど、娯楽施設を増強、さらにホテル運営をシェラトンに委託するなど、ブランドイメージ増強に努めた。それでも経営はなかなか改善しなかったが、07年3月期には初めて黒字を計上するまでにこぎつけた。

そして12年3月、全株式をセガサミーHDが取得したことで、シーガイアは新たな段階に入った。

セガサミーが買収したシーガイア。

セガサミーの狙いはカジノ経営だと言われている。すでに同社は韓国でカジノ事業に乗り出しており、「韓国だけでなく日本でもやるつもり」(里見治・セガサミーHD会長兼社長)と、意欲を隠さない。前述したように、シーガイアには、カジノ以外のIRの要件がほとんど揃っている。また宮崎県もカジノ誘致に積極的で、それも買収を後押しした。

HTB、シーガイアともに、一度は経営破綻しながらも、今日まで営業を続けているのだから、あまたあるテーマパークの中では幸運なほうだ。表に記した20あまりのテーマパークのうち、閉園に追い込まれたところは7カ所にのぼる。これ以外にも、90年代から2000年代にかけて、数多くのテーマパークがつくられ、そして姿を消している。

特に地方都市が海外の国や都市と提携し、その名を借りて運営したところの多くが経営破綻に追い込まれている。グリム童話の世界を再現したグリュック王国(北海道帯広市)や新潟ロシア村(新潟県笹神村)などが代表だ。いずれも多少の異国情緒と中途半端なアトラクションという安直な作り方では、客からそっぽを向かれるのも当然だった。

変化するテーマパーク

逆に、生き延びているテーマパークは、開園当初のコンセプトに必ずしもこだわっていないところが多い。

例えば福岡県北九州市のスペースワールド。もともとこの施設は、子供たちに宇宙への夢をもってもらおうとの目的で新日鉄が主体となってつくったものだ。目玉は、実際に使われたスペースシャトルや月の石。ところが、ここも開業から時間が経つに従い、入場者数減に苦しめられる。宇宙船も月の石も、一度見れば十分なものばかりだから、それも当然だった。

そこでスペースワールドは、次々と絶叫系アトラクションを建設していく。開業2年後にできた「スターシェイカー」を皮切りに、毎年のようにジェットコースターなどのアトラクションが増えていった。アトラクションの名前こそ、「激流アドベンチャー 惑星アクア」「流星ライナー タイタン」といった具合に宇宙らしいものがついているが、特に意味があるわけではない。それでもいまでは九州最大のスリルある遊園地としての評価が定着し、この夏休みも多くの若者や子供で賑わうことが予想される。

これはHTBもUSJでも同様だ。

HTBの場合は、澤田氏が再建にあたってから、矢継ぎ早に新機軸を打ち出している。花や光で園内を飾るのはその代表だが、それ以外にも「ワンピース」展をやったり、今夏はゲームショーを展開している。オランダを模した街並みとはまるで関係ないイベントだ。

USJも当初は映画のテーマパークという明確なコンセプトがあった。すべてのアトラクションやショーは、映画の世界を再現するものだった。しかし初年度こそ1000万人を超える入場者を集めたものの、徐々に減っていったのは他稿でも触れたとおりだ。その理由は、映画関連のアトラクションばかりでは、家族連れが楽しめないことにあった。そこでUSJは批判を覚悟のうえで、戦術を大きく転換した。映画を中心としながらも、それ以外の部分を拡張していったのだ。

その代表がジェットコースターであり、子供たちに大人気の「ユニバーサル・ワンダーランド」だ。この一角にはセサミストリート、ハローキティ、スヌーピーのアトラクションが揃っている。中でもハローキティは、映画とはまったく縁のない世界のキャラクターだ。しかしそれを臆面もなく加えるところに、いまのUSJのしたたかさがある。

客の求めるモノなら、全体の雰囲気を壊さない限りなんでも取り入れてやろうという発想だ。ゲームから生まれた「バイオハザード」のアトラクションも同じ考えに基づいてつくられた。

「それではテーマパークではないではないか」と思う人も多いだろう。しかし、一つのテーマでパーク全体を統べることができるのはディズニーをおいてほかにないのも現実だ。

その意味では、定義どおりのテーマパークは日本においてはTDLだけだ。唯一無二の存在といっていい。

しかしだからこそ、他のテーマパークは、変化をしながら、来客を楽しませる努力を繰り広げている。それが日本のテーマパークを面白くしていることを忘れてはならない。

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USJの経済効果は5兆6000億円――。

これは関西大学大学院の宮本勝弘教授が昨年発表したもので、今後も継続的にアトラクションや新エリアの拡張した場合に予想される10年間の経済効果の数字である。いまではこの5兆6000億円だけが独り歩きして、ハリポタの経済効果が5兆6000億円と書かれることもあるが、あくまで、継続的な開発が前提であることを改めて指摘しておく。

それでも、年間5000億円を超える経済効果というのはすごい数字である。宮本教授は今年3月に全面開業した日本一の高層ビル「あべのハルカス」(大阪環状線天王寺駅前)の経済効果についても発表しているが、初年度4549億円となっている。年間ベースでUSJと大差ないようにも思えるが、通常、新築されたビルの経済効果は、年ごとに低下するだけに、10年間で比較すると相当大きな差がつくことになる。

「大阪」「経済効果」ですぐ思いつくのが阪神タイガースが優勝した時の経済効果である。道頓堀は“トラキチ”で埋め尽くされ、道頓堀川にファンがダイブする光景は、タイガースが優勝するたびに繰り返されている。その盛り上がりたるやかなりのものだが、経済効果はというと、いちばん直近の2005年の優勝時で、関西で709億円、全国で1455億円だった(三菱UFJリサーチ&コンサルティングによる)。

これはこれですごい数字だが、所詮は一過性のものにすぎないだけに、USJにははるかに及ばない。

橋下徹・大阪市長が政治生命を賭けて目指している大阪都構想だが、仮に実現したとして、その効果は年間773億円と言われている。しかもこの場合は、重複部門をなくすことによって税金の使い道がそのぶん減るというだけであって、経済効果というわけではない。税金が使われないことによってむしろ経済的にはマイナスになることもあるため、必ずしも経済的にプラスとは限らない(※税金の無駄遣いを減らすことに意味がないということではありません)。

3月にオープンしたあべのハルカスの経済効果も意外と大きい。

ちなみにUSJと同じ年にオープンした東京ディズニーシーの初年度経済効果は6400億円程度だった。USJの経済効果はこれに匹敵する。それだけ、USJが地元経済に貢献することになる。

USJの誕生は、関西の観光客の流れも変えた。それまでは大阪を中心にして、京都や奈良、神戸に足を運ぶケースが大半で、大阪は街としての面白さはあっても、特別な観光スポットがあるわけではなかった。せいぜい通天閣ぐらいのものだった。

ところがいまはUSJがある。まずUSJで遊ぶことが第一で、ついでに京都など周辺にも寄っていくという具合である。

JTBのハリポタアトラクション入場確約券付ツアーは人気が殺到したため、JTBでは現在募集を中止している。また夏休みの空の便も、羽田?大阪便は例年以上の混み具合となっている。これもハリポタ効果によるものだ。

過去20年間、大阪から景気のいい話が聞こえてくることはなかった。それが昨年、大阪駅前にグランフロント大阪が誕生、今年はあべのハルカスが話題となり、そしてUSJの大人気が続く。
これで万が一、阪神タイガースが優勝しようものなら、大阪経済は間違いなく沸騰する。

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インタビュー

 

伊達美和子
森トラスト・ホテルズ&リゾーツ社長

だて・みわこ 1994年聖心女子大学文学部卒業。96年慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。同年長銀総合研究所に入社。98年森トラストに転じ、2000年取締役に。03年常務、08年専務。11年6月に森観光トラスト(現・森トラストホテルズ&リゾーツ)社長に就任。父親は、森トラスト社長の森章氏。

2020年の東京五輪に向け、客室単価も稼働率も軒並み上昇中のホテル業界が、さらにヒートアップしてきた。今後も続々と外資系ホテルが日本への上陸を予定するほか、日本勢も名門、ホテルオークラ東京が、1000億円超の投資額で建て替えられることになったからだ。そんな中、年々存在感を増してきているのが森トラスト・ホテルズ&リゾーツ。同社の伊達美和子社長(森トラスト専務も兼務)に、多彩な独自戦略や経営方針などを聞いた。

パストラル再開発の行方

―― インバウンド(訪日外国人)がようやく1000万人を超え、6年後の東京五輪に向けて弾みがついてきました。受け皿となるホテル業界もホットな話題が続いています。
伊達 昨年は、訪日外国人が1000万人を超えた記念すべき年でした。今年はさらに、毎月20~30%上昇し、過去最高を更新しています。韓国のように外国籍添乗員(クルー)も含めれば、1400万~1500万人はさほど遠くない数字だと思っています。

五輪開催は、東京を魅力的にし、さらに開催後も「観光都市・東京」を定着させるための手段にしなければならないでしょう。そのため、東京の経済的魅力と都市的魅力の両方を維持しながら、海外向けの積極的なプロモーション戦略の継続が必要だと思います。

―― まず、昨年2月に社名を森観光トラストから森トラスト・ホテルズ&リゾーツに変更された、狙いや思いを改めて聞かせてください。
伊達 大きなきっかけは昨年、創業40周年の節目を迎えたことですね。旧社名は日本語でしたが、最近の当社の展開を考えますと、ホテルズ&リゾーツと呼んだほうがグローバルに対応していく上でも相応しいと考えました。

今年4月にはコートヤード・バイ・マリオット東京ステーションがオープン。

当社の歴史は、日本で初めてとなる法人会員制のラフォーレ倶楽部創業以降を第1ステージとして、第2ステージが日本の歴史あるホテルとの提携を深めた時期(軽井沢の万平ホテルへの資本・経営参加や関西のリーガロイヤルホテルグループとの資本・業務提携など)、第3ステージが国際ブランドのホテル展開の時期(コンラッド東京やシャングリ・ラホテル東京、ウェスティンホテル仙台など)、そして現在は、これまで得てきた運営ノウハウを融合し、戦略的チャレンジを行う第4ステージに入っています。既存施設もグローバルブランドに変えていくという思いも込めて社名を変えました。

―― 昨年12月に実施した、ホテルラフォーレ東京から東京マリオットホテルへのリブランド戦略は、かなり前から検討されていたのですか。
伊達 構想としては、汐留にコンラッド東京を誘致(05年)した約10年前からですね。それまではラグジュアリーな客室が少なく、東京の今後の国際競争力を考えて、宿泊主体型のラグジュアリーな施設が必要との観点で誘致した、先駆け的なホテルでした。誘致を進める中で、東京は今後、さらに外資系ホテルが増えるだろうと予測していました。事実、現在東京にある客室の9%が、36平方メートル以上のラグジュアリーな客室で、その内55%が外資系ホテルです。しかも、そのほとんどが2000年以降の進出で新しい。ラフォーレ東京の次の展開を考えると、競合と戦うためには外資系ブランドにすることが重要だろうと考えました。

―― ホテルが入るのかどうかわかりませんが、森トラストが07年に約2300億円で落札した、虎ノ門パストラルの跡地再開発の展望は。
伊達 あのエリアの課題は、六本木通りと桜田通りをつなぐ道路が足りず、特に桜田通りに抜ける道路が城山通り1本しかないことです。そういうインフラの問題が1つ。周辺の開発はどんどん進んで混雑し、最寄り駅となる神谷町駅のキャパシティも足りなくなってきてますから、そういう地下鉄との接続性をどう高めるかが2つめ。さらに3つめとして、駅前の広場的なスペースの不足も課題です。その3つの要素を、我々が手がける再開発の中でうまくソリューションしていくことが役割だと思いますね。

建物の構想につきましては当然、主力事業のオフィスビルが中心になります。これまで、たとえば京橋OMビルや京橋トラストタワーという2つのビルを作る過程で、エネルギー環境と防災面に優れた技術を盛り込みましたし、新しいビルでも高い技術を取り入れることになるでしょう。大街区と言われる虎ノ門、神谷町エリアに、防災ビルとしての価値あるビルができるわけです。

さらに、滞在機能は確実に入れようと考えています。その際、住宅の方向に特化するのか、あるいは最近、サービスアパートメントという形態も出てきていますが、そういう少しホテルに近い機能にするのか、そのあたりはこれからです。

―― サービスアパートメントは、三井不動産や三菱地所も本格的に手がけていくようです。
伊達 アジアのヘッドクオーターとしての東京において、サービスアパートメントのニーズは確実に増えていくと考えています。今後、日本の労働人口がさらに減少する中で、グローバル人材はもっと増やさねばいけません。

そして、そういう方々が住む場所は、より都心でオフィスに近く、それでいて住環境も整い、病院や高度な教育機関も近くにあることが必須条件になるでしょう。そういう受け皿を、我々が作っていければと。

特に、グローバル人材をターゲットにするのが重要で、どんな立てつけにするのがベターなのか、そこは我々の今後の企画力にかかってくると思います。

「全て外資系にはしない」

―― それにしても、コンラッド、ウェスティン、シャングリ・ラ、マリオットと、国際的なホテルを次々と誘致され、国内でも実に幅広い提携をされていて、ほかに似た企業がないという印象があります。
伊達 よく、「今後、全部外資系のホテルに変えるんですか」というご質問を受けるのですが、それは考えていません。外資系ホテルに変える価値のあるところはリブランド投資を視野に入れますが、全てに当てはまるわけではありません。

―― マリオットとの関係で言えば、プリンスホテルも提携(東京・高輪にあるザ・プリンスさくらタワー東京が自社ブランドを維持したままセールスやマーケティングでマリオットと連携)しました。
これまで、森トラストはリーガロイヤルホテルグループと提携し、3%弱ながらホテルオークラにも出資するなど、国内ホテルとの連携も活発です。マリオットとの関係を機に、プリンスホテルとも何らかのコラボレーションや連携の可能性は。
伊達 たとえば、当社は仙台でウェスティンを誘致しましたが、ウェスティンホテル東京のオーナーはまた違うわけですし。我々自身もヒルトン系とマリオット系にも関わっていることを考えると、あくまで個々の物件ごとの選択肢だと思います。

昨年12月にここ(東京・北品川の東京マリオットホテル)をオープンし、今年4月にコートヤード・バイ・マリオット東京ステーションができ、昨年9月にプリンスホテルさんが提携。さらにザ・リッツカールトン京都、大阪マリオット都ホテルも開業し、当社もコートヤード・バイ・マリオット新大阪ステーションをオープンさせる予定ですので、マリオットグループだけでも相当な勢いで日本展開してきています。

ですから “マリオットファミリー”として相乗効果がお互いに生まれてきているという意味では(プリンスホテルとも)情報交換はしますし、サービス面で連携していくこともあり得るかもしれません。

ホテルの「殻」を破る新事業

―― ここまでのホテル展開の原点はラフォーレ倶楽部ですが、このラフォーレというブランドへの思いはどうでしょう。
伊達 不動産賃貸という事業から、不動産を活用するという事業にも打って出たのがラフォーレなんですね。グループの最初のホテル事業という意味では、とても重要です。

もう1つ重要なのは、通常のホテルではなく会員制ホテルを作ったことにより、ラフォーレの仕組みそのものが、独自のチャネルとなったことです。その重要性は、ラフォーレ事業を通してすごく重みを感じており、たとえば今年4月、強羅(神奈川県・箱根町)にある「湯の棲」というホテルをリニューアルオープンさせましたが、ほとんどPRしなかったにもかかわらず、ほぼ満室に近い稼働率で推移しています。これは、やはりラフォーレ倶楽部のチャネルがあるからなんですね。

同じように、ここ(旧ホテルラフォーレ東京)をリブランドする時に、マリオットを提携先として選んだのも、やはりマリオットが抱える全世界4000万人の会員と、4000棟近いホテルチャネルの存在が大きかったわけです。欧米は当然としてアジアや中国など、マリオットは常に経済成長している国にいち早く展開し、チャネルを持っていますから。

その豊富なチャネルを生かして様々な国の方が日本に来ることが、リブランドの相乗効果が最も高いと判断し、マリオットと提携したわけです。ですから、ホテルビジネスを考える時の基礎の中には、ラフォーレの事業プロセスが常にあります。ラフォーレをマリオットにリブランドしたのも、ビジネスモデルの方法論は同じで、あくまで姿を変えているだけです。

―― ラフォーレも含めて、森トラスト・ホテルズ&リゾーツという企業の将来像はどう描きますか。
伊達 さきほど言いました当社の第4ステージの中で、ホテルブランドを超えて、様々なものを融合させて昇華させることが重要です。

リブランドした東京のホテルやリニューアルした強羅のホテルは両方とも大変好調で、4月は昨年比で倍の売り上げとなりました。新規ホテルも早い段階から高稼働でスタートしています。このような投資をしている傍ら、イノベーション事業部という部署も作りました。

森トラストというディベロッパーが、いわば大型トラックのように大きな動きをしているのに対して、もう少し違う、ソフト分野を担う部署としてイノベーション事業部を立ち上げました。ですからこの部署の可能性は多彩で、太陽光発電事業もあれば、アグリビジネス、予防医学に関するプログラムや施設の提案も行っています。

また、コートヤード・バイ・マリオットでは、外部から見える1階レストランの見せ方にも工夫を凝らしていますし、こうしたノウハウを生かしつつ、森トラストの賃貸ビル内で働く方々に提供する、社員食堂的なビジネスの展開についても検討を始めました。

要は、いままでやってきたホテルのホスピタリティ事業を少しずつ分解しながら、ホテル業という殻から抜け出すような活動に結びつけていこうと思っているところです。

(聞き手・本誌編集委員・河野圭祐)

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経営戦記

長谷川 剛 ロイヤリティマーケティング社長

はせがわ・つよし 1966年3月12日生まれ。早稲田大学卒。88年三菱商事に入社し、主に情報部門を歩く。2000年に日本航空と共同出資したイーマイルネットに副社長として参画。08年に共通ポイント事業を立ち上げ、ロイヤリティマーケティングを設立、社長に就任。10年3月より共通ポイントサービス「Ponta」を開始した。

共通ポイントカードと言えばTポイントとPontaが双璧だったが、今秋、そこに楽天が割って入ってくる。そこで、リクルートHDとタッグを組んだ、Pontaを運営するロイヤリティマーケティングの長谷川剛社長に、今後の戦い方なども交えて聞いた。

3大勢力の陣取り合戦へ

〔消費税増税後、節約志向もあって消費者のポイントカードへの関心が高まっている。ひと口にポイントといっても、電子マネーから個店ごとのポイントカードまで数多いが、電子マネーの場合、店頭で小銭のやりとりはしなくて済む半面、使える店舗やチェーンがある程度限られてくる場合が多い。

一方、ポイントカードは小銭の煩雑さからは解放されないものの、大手の共通ポイントなら使える店舗が飛躍的に多くなる。この分野で先頭を走ってきたのが「Tポイント」(運営はTポイント・ジャパン。カルチュア・コンビニエンス・クラブ85%、ヤフー15%出資)陣営だ。

次いで、本稿の「Ponta(ポンタ)」(運営はロイヤリティマーケティング、以下LM。三菱商事の子会社)、そして楽天も今秋、「Rポイントカード」を発行し、リアル店舗でも使えるサービスを始める。今後は、この3大勢力の激しい陣取り合戦になりそうだ。まず、LMの長谷川剛社長に他陣営との差別化ポイントを語ってもらうと――〕

他社との強烈な差別化ができるかと言えば意外と難しいですが、ポンタは運営企業の当社がサービスの中心にあるのではなく、いわばポイントカードを“公器”と捉えています。そういう意味では、ポイントの提携先企業にマーケティングの技を磨いていただき、消費者の方々にも喜んでもらえるサービスを作ることが差別化ですね。当社が目指すのは、ひと言で言えばマーケティング・サービス・プロバイダーなのです。

〔陣取り合戦は、Tポイントとポンタのポイント提携先にも表れている。主立ったところを挙げると、Tポイントがファミリーマート、TSUTAYA、マルエツ、ガスト、ENEOS、ドトールコーヒー。ポンタはローソン、ゲオ、和民、大戸屋、ケンタッキーフライドチキン、昭和シェル石油。実験的に提携をスタートさせた、食品スーパーのライフとも全店に拡大する予定だ。一方、新規参戦の楽天陣営は、予定ではサークルKサンクス、大丸・松坂屋、ミスタードーナッツ、プロント、出光興産等。

各陣営の鍵を握るのがコンビニエンスストアとの取り組みで、理由は店舗数が圧倒的なため、消費者の利用頻度に直結するからだ。実際、ローソンでは来店客の5割、地域によっては6割から7割がポンタ利用者になっている。そこにフォーカスすると、ファミマとTポイント、ローソンとポンタの組み合わせは強く、コンビニ4番手のサークルKサンクスを引き入れた楽天陣営は、やや見劣りする。

ただし、ポンタ陣営にも課題はあった。Tポイントはヤフーとタッグを組んでおり、もちろん楽天はインターネットに強い。つまりオンライン面での戦略強化がポンタのテーマだった。そこで合意したのが、リクルートホールディングスの「リクルートポイント」との統合。来春、リクルートポイントがポンタに一本化されるのがそれだ〕

もともと、リクルートさんとは「ホットペッパービューティ」というサロン情報サイトで、予約するとポンタが貯まるといったコラボレーションはしていました。で、今後はどうしていこうかという話し合いの中で今回、全面的にポンタに切り換えるという形で合意したわけです。リクルートポイントとポンタの強みを足せば、より一層、消費者に支持してもらえるポイントにしていけるのではないかと。

言われるように、確かに大手のコンビニと組めないと、なかなか共通ポイントの浸透は望めませんが、その大手がもう残っていない(最大手のセブン-イレブンは自社の電子マネー「nanako」で囲い込み)。そうなると、リクルートさんもこのまま単独でなさるよりも、ポンタと一緒になったほうが得策というご判断に至ったのでしょう。

リクルートさんは衣食住に関わる情報が豊富な(宿泊予約の「じゃらん」や飲食店予約の「ホットペッパーグルメ」、クーポン購入の「ポンパレ」など。ほかにも中古車、転・就職、結婚情報サイトも)生活密着企業です。かつ、ユニークで非常に強いポジションを築かれている。一方で、当社もネット系サービスを強化しなければいけないし、より生活に密着した分野でどう消費者と接点を持つかは重要課題でした。その点でも、リクルートさんはベストパートナーだと考えたわけです。

オフラインつまりリアルのお店に強いポンタと、オンラインに強いリクルートポイントが一緒になることで、より一層強いポイントプログラムを作っていけると思います。リクルートさんの強い媒体力も活用させていただきながら、さらにポンタと消費者との接点を増やしたいですね。

この提携は、既存提携企業の方々の期待値も非常に大きいですから今後、ポイントサービスではいろいろな組み合わせが出てくると思います。リクルートさんは様々な媒体をお持ちですから、各メディアと関係性の高い既存の提携企業とがうまく相互送客できれば、効果も倍増していくでしょう。その結果、ポンタ会員の皆様にも、「便利・おトク・楽しい」の3つの要素を、よりご実感してもらえるものと確信しています。

キメ細かく企業にコンサル

〔先発のTポイントがサービスを開始したのは、もう10年以上前のこと。続くポンタは4年前の2010年3月にサービスをスタートしたのだが、ポンタ会員数は6328万人(今年5月末時点)で、リクルートポイント会員の1000万人強を足せば7500万人近くとなり、ポンタでの利用可能店舗約2万3400店(7月1日時点。その約半分はローソン)もリクルートHDと組むことで一気に約10万店になる。

楽天スーパーポイントの会員数は9000万人超とさらに大きいが、ネット偏重だった分、リアルの利用可能店舗拡大はこれからだ〕

(楽天が)オンラインの世界で強みをお持ちなのは事実ですし、我々も脅威と言えば脅威に感じるところはありますけど、共通ポイントの世界は、大手企業との提携をどれだけ面で押さえていけるかが重要になりますし、そんなに簡単なことではないと思います。ただ、ポンタも消費者の支持が下がれば提携企業の方々が競合他社のほうへ乗り換えるリスクもあるわけですから、いままでやってきたことを愚直に深掘りしていくことが大事だと思っています。

ポイント提携の企業候補は常時、数十社あります。もっとも、実店舗とのポイント提携となると、店舗側のコンピュータシステムの改修などで、半年あるいは1年かかってしまいますから、そんなにポンポン提携ということにはなりませんが、企業規模は大小あれど、年間で20~30社のペースで(提携企業数を)増やすべく頑張っていきたいですね。

〔ポイントカードのビジネスは、まず提携企業に手数料を支払ってもらい、ポイントが使われた店舗に、使われた分のポイント代をLM側が支払っていくのが基本のビジネスモデル。提携企業にすれば、ポンタというマーケティングツールを最大限に利用しなければ、高い販促効果は期待できない。

ここまで、ポンタデータを上手にマーケティングに反映させてきたのがローソンだ。その代表が、ビッグヒットになった、ふすま利用の低糖質商品「ブランパン」である。パンは好きだけど、糖分は抑えた上で美味しいパンが食べたい――ポンタデータから読み取った、そうした潜在的な消費者ニーズを汲み上げて開発したのがブランパンだった〕

「Pontaをますます便利に」と長谷川剛・ロイヤリティマーケティング社長。

個社ごとの事例は、守秘義務がありますので詳しくは申し上げられませんが、ローソンさん以外の、たとえばポイントカードにはこれまであまり馴染みがなかったところ、いわば勘や経験でずっとご商売をやってこられた方々に対して、本当に自分たちが思っている通りのお客様像なのかどうかを、まずは理解してくださいと言っています。

その上で、ヘビーユーザー、ミドルユーザー、ライトユーザーそれぞれの顧客層にはどんな購買行動があるのか。あるいは、ミドルユーザーはどうすればもっといいお客様、つまりヘビーユーザーになってもらえるのかを、個社ごとに、ポンタデータを軸にしてコンサルティングサポートをさせていただいてます。

超ヘビーユーザーという方もいらっしゃれば、ヘビー予備軍もいる。あるいは、業態によっては年に1回程度の来店頻度という消費者もいます。すると、特定の催事の時にしか来ないだろうという完全な思い込みに陥ってしまうのですが、ポンタデータを分析していくと、どうもそうではないと。そういう層を洗い出して、まずは消費者行動をもう一度、正しく理解していただくことが我々の大きな使命だと考えています。

また、そこは当社としても非常に力を入れているところで、分析力の強化と、そのデータをどうご商売の成果に結びつけてもらうかですね。それにはある程度の経験値と蓄積が必要になってくるわけで、いろいろな観点や切り口から、マーケティングデータをどのように企業活動に活かしていただけるかが肝要です。

似て非なる電子マネー

〔前述したように、電子マネーを含むポイントマーケット全体で言えば、セブン&アイグループの「ナナコ」、イオンの「ワオン」といった流通系、JR東日本の「スイカ」、私鉄やバスの「パスモ」などの交通系に加え、最近では通信系の「auWALLET」も急速にカードホルダー数を伸ばしている。大きな括りでのポイント市場の今後や争奪戦の趨勢はどう見ているのだろう〕

電子マネーとポイントカードは、似て非なるものだと思っています。電子マネーは文字通り決済手段の1つで、そこにポイントが付くという形だと思いますが、事業者側の考え方としては、あくまで決済手段として使っていただこうということではないでしょうか。マーケティング的な観点で言えば、電子マネーではPOS(販売時点情報管理)の域を出ないという捉え方です。

一方、ポンタカードは利用者の属性は何で、いつどこで何をどのくらいの量買われているかを詳細に把握できます。いわば、マーケティング活動における販促ツールの1つとして各企業が導入しているのです。消費者側から見ると、電子マネーもポイントカードも使い方は似ているように見えるかもしれませんが、企業側の考えとしては大きな違いがあるのではないかと。ただ、電子マネー決済も急速に拡大してきていますので、そこに将来も当社がまったく関与しないで済むかと言えば、そうではないだろうと思います。

たとえば、電子マネー決済の際にもポンタが貯まるとか、そういう形に発展していく可能性も大きいかもしれません。今後は、ポイント市場でも規模の経済が働いてくると思いますので、ある程度は大手の共通ポイントに集約されていくのではないでしょうか。

もちろん、消費者も店の選択をポイントだけではしませんが、まったく同じものを購入するのであれば、より広く使えるポイントのお店を選ぼうというのが自然な動機だと思っています。また、結果として1社1社でポイントサービスをするよりもコストが下げられ、その分、消費者に還元して、よりお得なポイントとしてサービスが展開していけます。このサイクルに入ってくれば、おそらく大手の共通ポイントのほうが消費者の支持を得られる確率が高いのではと思います。

〔LMの経営理念は「無駄のない消費社会構造への貢献」だという。確かに、ポンタデータを企業側がうまく活用できれば、商品の廃棄ロスや機会損失はいまよりも減っていくことになるだろう〕

当社がサービスインしてから4年数カ月、冒頭で申し上げましたように、ポンタというブランド、キャラクターが中心というのが一貫した事業ポリシーです。いわば、ポンタは提携企業の皆さんで作っていくという考え方で、だからこそここまで急激に会員数も提携店も増えてきたのではないかと。

そして、消費者が一番頻度高く使っていただけるポイントカードになっていかなければいけない。「便利・おトク・楽しい」の3要素を、さらにどう磨いて新しい価値のサービスを提供できるかが重要です。

それも、LMだけがやるのではなく、提携企業の皆さんと3つの要素を作りこんでいく。当社は黒子として、一緒に考えながら新しい価値を消費者、提携企業双方に提供していき、より価値の高いポイントサービスの開発は主として提携先に取り組んでいただく。当社では、できるだけ多くの企業でポイントが貯められるよう、あるいは大手企業にさらに入ってもらえるよう、積極的な営業で開拓をしています。

ポンタ会員はいま、6300万人強まで増えてきました。いままでは、先行する競合他社に負けないような量を重点的に増やしてきたわけですが、これからは質もさらに高めていきたいですね。その質を何で測るかは、消費者の皆さんが、よりポンタを頻度高く使ってくださっているかどうかにかかっていますので、ポンタをファーストチョイスしてもらえるよう、これからも頑張ります。

(構成=本誌編集委員・河野圭祐)

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企業の匠

空間としての音の広がり

1982年のCDの登場によって音楽メディアはレコードからCDへとなり、アナログからデジタルに変わった。その後、2000年代に入るとCDからネット配信へと変化してきた。その一方で、CDの売り上げは98年をピークに減少をはじめ、ネット配信も思った以上の伸びはなく、音楽・オーディオ産業は厳しい状況になっている。

しかし、2012年、徐々にではあるものの、これまでと違った1つの動きが出はじめている。

それは「いい音で聞きたい」という欲求だ。CDの登場以後、音楽はメディアの手軽さという面では進化してきたが、半面、音質を犠牲にしてきた部分もある。そこで原音に近い音質で、〝聴かせる〟ことを可能にした「ハイレゾ音源」に注目が集まっている。そして、このハイレゾ音源の再生、コンテンツの配信にいち早く取り組んだのが、老舗オーディオメーカーの「オンキヨー」だ。

ハイレゾとは「High Resolution(高解像度)」の略で、CDの44.1キロヘルツ/16ビットに比べ、その約3倍の96キロヘルツ/24ビット、あるいは約6.5倍の192キロヘルツ/24ビットの情報量になる音源のことを指す。

ES-CTI300と浅原さん(左)。DAC-HA200、IE-CTI300と宮原さん(右)。

「12年のはじめごろは『ハイレゾ』や『96キロヘルツ/24ビット』といっても、ピンとこなかったようですが、13年になると急に話題になってきたのです」と話すのは、同社の商品企画本部・宮原誠一さんだ。

「ハイレゾの音は『空間の表現』という言い方をするのですが、単にスピーカーから音が出ているのではなく、空間として音が広がっているように感じます」(宮原さん)

実際に右の写真にあるシステム(CR-N7551/D-112EXT)でハイレゾ音源を聴いた感想は、この小さなスピーカーだけで、正面に低音再生をするウーファーがあるような音の重厚感があり、音そのものも耳元から聞こえてくるような感覚になる。そして、サラウンドシステムで音楽を聴いているような音に包まれるような錯覚にとらわれる。

こうしたハイレゾの特徴について、開発技術部の浅原宏之さんは次のように説明する。

「ハイレゾにすることでデジタル特有のノイズを減らすことができます。そして、このノイズがなくなることで音がなめらかになって、音がスピーカーから離れて空間に浮き上がるようになり、聞こえるのです」

デジタル機器は、どのようなものであれノイズを発生する。たとえば、スイッチがオンになっている真っ暗なテレビ画面をよく見ていると、ときおり赤い小さな点が出ることがある。これは「シアンノイズ」というデジタルノイズの1つ。また、アナログのレコードマニアがCDで音楽を聴くと「デジタル臭い」などといったりするが、これもデジタルのノイズが原因の1つになっている。そして、このノイズを最小限に減らすのがオンキヨーの匠の技なのだ。

「コンポの中にはマイコンやさまざまな配線があります。これらがアンテナのようになってデジタルのノイズを拾ってしまいます。そこでそうならないように配線のレイアウトなどを工夫しています」(浅原さん)

同社では、こうしたハイレゾ対応のAV機器(音楽/シアター用)41機種、PC周辺機器15機種をラインナップしている

「そもそも原音とは何か」

一方、ハイレゾ対応の機器があっても、再生するソフトがなくては、どうにもならない。そこで05年8月、オンキヨーでは、日本で初めてのハイレゾ音源を配信するサイト「e-onkyo music」を立ち上げた。

ハイレゾに携わって11年の田中さん。

「私たちオーディオメーカーとしては、どんなメディアであっても、原音に近いかたちで再生させるにはどうしたらよいかということが最大のテーマです。しかし、CDが登場してから、MD、音楽配信と進むなかで、音楽のフォーマットが4分の1に圧縮され、そもそも原音とは何かということになった。そこで、もともとのソースに立ち戻って音楽を配信しようと、それをやっているレコードメーカーがないのなら自分たちで作ろうと立ち上げたのが「e-onkyo music」なのです」

こう話すのは、サイトの立ち上げから参画しているオンキヨーエンターテイメントテクノロジーの田中幸成さんだ。「最初はCDショップに行って、いろいろなCDを見ながら音にこだわったレコード会社さんはどこかを見極めて直接、お目にかかって協力をお願いして回りました」と話す田中さん。まさに手探りの状態からはじまった。そして、05年8月、11曲から、e-onkyo musicのハイレゾ音源の配信がはじまった。

現在、ハイレゾ音源の配信サイトは、国内外を合わせて10ほどあるが、e-onkyo musicの配信曲数は5万曲、4000タイトルのアルバム(14年6月末現在)で、その数は日々増えている。「今は他のサイトをライバル視するのではなく、マーケット全体が広がればいいと思っています」(田中さん)という。

とはいえ、サイト運営では、音響専門メーカーとして培われた顧客への細やかなフォローやサポートのノウハウが生かされている。

「e-onkyo music」のトップページ。最近はアニメソングのダウンロードも多くなっている。

「デジタルコンテンツビジネスは、問い合わせはメールだけというようところもありますが、うちのサポートは電話で対応し、専門メーカーとしての技術的なことはもちろん、音楽的な知識をユーザーにどう伝えるかを大切にしています」(田中さん)

具体的には、楽曲にあるノイズの原因が何かといったことや、楽曲の録音に使われた機器や演奏されたホールの説明など多岐にわたり、「こうした対応は他社には真似できない」と田中さんは胸を張る。

14年、オンキヨーは米国のギターメーカー「ギブソン」、国内のオーディオ機器メーカーの「ティアック」と業務提携。ギブソンで弾く、ティアックで録る、オンキヨーで聴くという「Play Record Listen」というつながりを体験できるショールームを東京・八重洲にオープン。単に聴く音楽だけでなく、一連の流れのなかで楽しむというコンセプトを打ち出している。

また、音づくりの面では「音楽を体で感じてもらい、聴いていると自然と体がリズムを刻んでいるような、感情移入ができるものづくり、音づくりをしていきたい」(前出・浅原さん)という。

CD不況、音楽不況といわれるなかでのハイレゾへのムーブメントは、いい音を聴くという原点回帰への動きといえるのかもしれない。

(本誌・小川 純)

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月刊BOSS×WizBizトップインタビュー

ネットストラテジー社長 平野敦士カール

ひらの・あつし・かーる 1962年米国イリノイ州生まれ。87年、東京大学経済学部を卒業し日本興業銀行入行。99年NTTドコモに転じiモード企画部長を務める。2006年に退社、07年にネットストラテジー設立。ビジネス・ブレークスルー大学(学長=大前研一)教授、早稲田大学ビジネススクールMBA非常勤講師、ハーバードビジネススクール招待講師、社団法人プラットフォーム戦略協会理事長も務める。

バブル経済を2度経験

―― 平野さんは、いまはネットストラテジーという会社の代表を務めるとともに、ビジネス・ブレークスルー大学教授を務めていますが、大学卒業後、最初に就職したのは日本興業銀行だったそうですね。
平野 興銀では国際業務部でアジア担当を務めたあと、プロジェクトファイナンスを担当、最後は国際部のMOF担でした。でも1999年にNTTドコモに転じています。

―― 興銀といえば、戦後日本の産業金融を支えてきた銀行です。優秀な行員も多いしプライドも高い。それなのになぜ、NTTグループとはいえ、まだまだ成長途上のドコモを選んだのですか。
平野 興銀の仕事は面白かったですけど、そろそろ飽きてきた。プロジェクトファイナンスの場合、事業主体はたとえば商社だったりするわけです。ファイナンスというのはあくまでバイプレーヤーです。しかもプロジェクトごとに、発電所だったりパイプラインだったり、毎回違う。エネルギーという大きなくくりはあるにせよ、これでは専門性が育たないと思ったということも理由のひとつです。さらにいえば、これはいまのビジネスにつながるのですが、金融と何かを掛け合わせることで、差別化された何か面白いことができるのではないかと考えたのです。

―― その結果がドコモですか。
平野 外資系ファンドなどの選択肢もありました。そこに行けば確かに給料は何倍にもなる。でもファイナンスであることには変わりありません。

ドコモに興味を持ったのは、転勤する前年に母が病気になったためです。末期のがんで、病室から外に出られない。そこで病室から電話ができるよう、携帯電話を買いました。これが私にとっても初めてのケータイ体験でした。その時に、これはすごい、日本中に普及したら日本が変わるのではないか、そう思ったのです。そう思っていたところ、ドコモが公募で社員を採用していることを知り、申し込んだところ入社することができた。給料は減りましたけど(笑)

―― 当時のドコモはどんな雰囲気でしたか。
平野 当時のトップは大星公二さんで、この人がハチャメチャな人で社員には何でも自由にさせてくれた。しかも私が入社した年にiモードが始まり、ここからドコモは急激に業績を伸ばしていきました。私にしてみれば、もう一度バブルを経験したようなもので、仕事は忙しかったけれど、社員全員がハッピーだった。当時のドコモは、生まれ変わってもまた入りたいほど、面白かった。

―― ドコモでは「おサイフケータイ」を立ち上げたとか。
平野 それは正確ではありません。私が入社した時には、すでにおサイフケータイをやることは決まっていましたから。

入社してまず配属されたのが関連企業部というところで、要は投資したり他社とアライアンスを組む部門でした。その仕事の流れでiモード部隊と接点を持つようになり、それでiモード企画部長に就任したわけです。

そこでは、おサイフケータイの普及やベンチャー投資などを担当していたのですが、同時に、4年かけて実現させたのが、携帯電話にクレジット機能を持たせることでした。実はケータイとクレジットにはアナロジー(類似性)が非常に強い。というのも、普通、携帯料金というのは、使った分を後払いしています。ということは、そこですでに与信していることになる。これはクレジットと同じことです。だったらケータイにクレジット機能を持たせることはむずかしいことではないし、それによって差別化も可能になる。

ITと金融の相性のよさ

―― でも4年間とはずいぶんと時間がかかりましたね。
平野 ドコモの人たちは本当にいい人ばかりで、正直なんですよ。だからクレジットと言っても、「よくわからない。わからないことには手を出したくない」という考え方でした。その意識を変えるのにずいぶんと時間がかかりました。

決め手になったのはアナリストたちのレポートで、彼らは「なぜクレジット機能を持たせないのか」と書いてくれた。そのうち、社内的にも「やらなければいけないんじゃないか」ということになり、ようやく実現したのです。

でもこの経験を通じて、ITと金融の相性の良さを、私は再認識することができました。

―― でも2006年にドコモを辞めてしまいます。
平野 クレジット事業が軌道に乗ったことに加え、ドコモに入って7年半、そろそろ飽きてきた。辞めるならここだな、と思ったのです。

―― 同年に米コンサルタント会社のMPDのシニアアドバイザー、翌年にはネットストラテジーを設立しています。
平野 ネットストラテジーは、もともとMPDの日本法人として立ち上げる予定でした。ただ、思う通りにいかなくて、ハーバードビジネススクールのハギウ博士と一緒に設立しました。

前述したように、興銀時代から金融と何かを組み合わたら面白いことができると思っていました。ドコモのクレジットも、そうでした。そこでこれからは、違うモノを同じ土俵に乗せることで、新しいビジネスをつくっていこうと考えたのです。

―― それがプラットフォーム戦略ですね。
平野 プラットフォーム戦略とは、関係する企業やグループを「場=プラットフォーム」にのせることで、新しい事業のエコシステム(生態系)を構築する経営戦略です。

楽天市場は、楽天が提供する場に、多くの商店が出店する。魅力的な商品が集まれば、口コミで集客が増え、それを武器にさらに出店が増える。こうした流れをつくったところが、これからの勝ち組です。アマゾンもグーグルもみなそうです。

―― 最近ではプラットフォーム間の競争が起きています。そこで勝ち抜くには何が必要でしょうか。
平野 勝てるプラットフォーム3つの特徴のうち、1つ目は、自らの存在価値の創出ができていること。プラットフォームがない場合と比較して、どのようなメリットがそこにあるのかという存在意義です。2つ目は参加するグループの交流を刺激するということです。これによってプラットフォームは自動増殖機能を持ち、強いところはどんどん強くなる。3つ目がクォリティコントロール。ルールと規範をつくってクォリティをコントロールする。2番目と3番目は相反するところがありますが、自由だけれど規律がある世界を築かなければなりません。

―― 同じ土俵で他社や異業種と協業することで、新しい可能性も広がるわけですね。
平野 これは国家でも個人でも同じことです。アブダビなどは国家戦略として世界から優秀な頭脳を集め、近未来都市をつくろうとしています。あるいは個人なら人脈を広げその結節点となることで、その人の価値を上げることができるのです。

ネットストラテジー社長 平野敦士カール ビジネスモデル構築 7Steps 講座
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