PickUp(2014年4月号より)
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あと1カ月あまりで、消費税が5%から8%に引き上げられる。財政を健全化させるためにやむを得ない選択であることは理解できる。ただしそれは消費税分が価格に転嫁され、国民がそれを負担してようやく、意味を持つ。しかし物価の下方圧力はいまなお高く、増税後、さらに高まるのは必至の情勢だ。まもなく迎える4月1日。あなたの会社は値上げできますか。

売れ始めた家電製品

2月のある休日、都内の家電量販店をのぞいてみた。前日に雪が降ったこともあり、外出を控えた人が多かったのか、それほど人では多くない。店員が語る。

「この雪は痛いですね。2週連続ですからね。天候に恵まれたなら、もっと多くのお客さんに来てもらえるはずなのに。でも1月の売り上げはよかったし、2月はあまり伸びないかもしれないけれど、3月には大いに期待したいですね」

最近、よく動いているのが、冷蔵庫や洗濯機などの大型白物家電だという。10万円を超える炊飯ジャーもよく売れているという。消費税アップを目前に控え、いまのうちに高額商品を買っておこうという動きが、確実に起こっている。

「2009年から10年にかけてのエコポイント、11年の地デジ完全移行の時以来、売り上げは低迷していたけれど、久しぶりに高額商品を中心にモノが売れている。ただしそれだけに反動が怖い」

本誌発売日から約5週間後の4月1日午前0時を期して、これまで5%だった消費税率が8%に切り替わる。1989年に導入された消費税の税率は当初3%だったが、97年に5%になった。今回は以来17年ぶりの消費税率アップである。それを目前に控え、駆け込み需要と、4月以降の反動への対策に、多くの企業が追われている。

特に、小売業など、消費者との接点が多い業種は頭を悩めている。というのも、17年前のトラウマが、いまだ尾を引いているからだ。

昨年秋、安倍首相が税率アップを決断した背景には、アベノミクスにより経済が順調に回復に向かっていた状況がある。消費税率を8%に上げる法案は、一昨年、民主党政権時代に成立していたが、「経済状況等を総合的に勘案した上で、その施行の停止を含め所要の措置を講ずる」との付帯条件がついていた。

その条件をクリアした、と安倍首相は考えた。しかし、これが日本経済にどのような影響を与えるのか。4月になってみないとわからないところも多い。

初めて消費税が導入された89年はバブル経済がピークに向かい始める時だったため、その影響は最小限に抑えることができた。しかし97年の税率引き上げの時は状況が一変していた。当時の景気認識はけっして悪いものではなかった。住専問題にも一応の決着がつき、猛烈な円高も一服、株価も上昇に転じていた。当時の橋本首相はその状況を勘案したうえで、自信を持って5%に税率を引き上げた。

ところが、そこから日本経済はガタガタと音を立てて崩れていった。この年の秋には三洋証券、北海道拓殖銀行、山一証券といった金融機関が経営破綻を起こす。翌年には日本長期信用銀行と日本債券信用銀行が相次ぎ国有化されるなど、日本金融界は未曾有の危機に陥った。これをきっかけにしてみずほ銀行が誕生、三井住友銀行がそれに続くなど、金融大再編が起こっていったのは記憶に新しい。97年以降、日本の金融地図は一変した。

PBで生活防衛策

流通業界も同様だ。90年代後半には、世界的流通業として名を馳せていたヤオハンが倒産、マイカルもそれに続いた。2000年代に入るとダイエーの経営危機が表面化、産業再生機構入りを余儀なくされた。もともとバブル崩壊後業績が悪化していたとはいえ、決定的になったのは消費税増税後、消費不況と金融不安が起こったためだ。

このほか様々な業界が影響を受けている。日産自動車がルノーの傘下に入り、三菱自動車が三菱グループの支援に頼らざるを得なかったのも、消費税増税以降のことである。自動車業界も再編に向かい、電機業界は中堅以下が苦況に陥った。

そして増税を決断した橋本内閣そのものも、その直後に行われた参院選で惨敗、政権を追われることになる。その後就任した小渕首相によって、日本が世界最大の借金大国の道を進んでいったのは周知のとおりだ。実際、97年4月1日以降、民間消費、民間投資も大きく落ち込み、日本はデフレに突入した。

この不況は、消費税増税の影響よりも、同時に行った、公共事業費の4兆円削減や、特別減税の廃止2兆円、健康保険の負担増2兆円の影響のほうが大きかったという分析もある。しかしやはり消費税増税のインパクトは大きく、多くの国民が、消費税増税が不況を呼んだ。つまり人為的な不況だったと認識している。

禁止された「還元セール」

そうした過去があるために、今度は安倍政権も慎重だ。すでに5兆円規模の景気対策を決めているほか、日銀も、4月にも昨年に引き続き追加の金融緩和を実施すると見られている。とにかく、97年の轍を踏まないために準備を進めている。

しかし、そうはいっても、消費税増税になれば、夫婦と子供2人の家庭で年間10万円ほどの負担増となる。これで給料が上がらなければ、生活防衛のためにも家計支出を削減させることになる。

国民の生活防衛の動きは、当然、企業経営にも大きな影響を与えることになる。百貨店やチェーンストアなどの小売業は、毎年のように売り上げを落としている。最近、その傾向にようやく歯止めがかかってきているが、消費税増税によって再びマイナスのスパイラルに入る可能性があるだけに対策に余念がない。

小売業各社は値上げの影響を極力抑えるために戦略を練り直している。

いま、小売店店頭での価格表示は消費税込みの価格となっている。100円の価格のものの本体価格は96円で、4円が消費税分だ。しかし1984年に初めて消費税が導入された時は、本体価格表示だった。5%に税率が上がった時もそのままで、店頭では、本体価格のみ、あるいは本体価格と消費税込み価格の併記が一般的だった。

ところが2004年に法律によって総額表記が義務付けられるようになる。欧米などでもそれが一般的だったことに加え、消費者にとっては実際に支払う金額がわかりやすいためだ。さらには、総額表示にすることによって消費税分がいくらなのか見えにくくするという効果も狙っていた。

しかし、今度の消費税増税をきっかけに、特例で本体表示が認められるようになっている。いままでなら本体100円の商品は税込価格で105円と表示されていた。従来の表示であれば4月1日以降、108円としなければならないが、これからしばらくは、100円と表示することが可能だ。見た目の増税感を少しでも緩和しようというわけだ。

それでも、レジを通せば、5%が8%になった分だけ支払いは増える。しかも今回は、前回のような「消費税還元セール」というバーゲンを行うことが禁止されている。そこでいま、流通各社は考えているのが、商品価格を据え置くことで消費者の財布の紐を少しでも緩くしようという戦術だ。

ただし、次ページからのレポートに詳しいが、今回の増税にあたっては消費税転嫁対策特別措置法という法律を制定、大手流通業者による転嫁の拒否は禁止されている。中小企業庁も中小・零細企業いじめが起きないよう、目を光らせている。そうなると、ナショナルブランド(NB)については、価格据え置きはむずかしい。その代わりに、自らが製造にまで関与するプライベートブランド(PB)の価格を引き下げることで、税込価格を維持する方針だ(14ページからの各企業の対策を参照)。

苦渋の選択を迫られているのがパチンコ業界だ。これまでパチンコ店は、建前上、消費税を企業側が負担してきた。89年に導入された時も、97年に増税された時も、従来どおり1玉4円で貸し出し、換金率も変えていない。しかし今回はこれ以上の負担は難しいとみえて、プリペイドカードの価格を上げたり、貸し玉数を減らすなどの動きが出始めた。

パチンコ業界は、かつて30兆円市場と言われたものがいまでは20兆円にまで減っている。今度の増税が一層のパチンコ離れを招く可能性があるだけに、対応がむずかしそうだ。

1円刻みで運賃値上げ

首都圏の鉄道各社は初の1円刻みの料金体系を導入する。

時代の変化が消費税転嫁をやさしくした業界もある。その代表が首都圏の鉄道各社だ。券売機で切符を買うことを考えると、これまでは10円単位で料金設定をするしかなかった。ところが、首都圏ではスイカやパスモなどの電子マネーの利用率が80%までになっている。これによって「1円の呪縛」から解き放たれたため、4月1日以降、首都圏鉄道各社は1円刻み料金を導入する。

JR東日本の場合、首都圏初乗り料金はこれまで130円だったが、4月以降は133円となる。ただし切符を買う場合は140円となるため、割高になる。

ところが幹線や地方交通線の場合は状況が異なり、現在の初乗り140円が、スイカでは144円になるが、切符では140円と、切符のほうが割安だ。これは首都圏区間の切符料金の端数が切り上げなのに対し、幹線では四捨五入のため起こる現象だ。

もっとも、1円刻み料金が導入できるのは電子マネーが普及している首都圏だけで、関西では普及率が2割前後にとどまっているため、従来どおりの10円刻みとなっている。この場合は四捨五入によって切り上げか切り下げを決めることになる。

また、自販機業界もその対応に迫られている。4月1日以降、自販機の飲料の多くが一斉に10円値上げするため、表示の変更やソフトの見直しが始まっている。また、このままいけば来年中にも再度消費税が引き上げられるため、これをきっかけにタッチパネル方式の自販機へ切り替える動きが起きている。これならば、ソフトを変更するだけで価格変更が可能なためだ。消費税増税がプラスに働く業界のひとつだ。

自販機の飲料が値上げされるように、いまのところ、多くの企業が消費税が増えた分をそのまま価格に上乗せする方向で動いている。当然といえば当然だろう。
下請けメーカーにしても、元請けからの値下げ圧力は高まっているとはいうものの、前述のように中小企業庁の監視もあり、露骨な要求は影を潜めているように見える。

しかし問題は4月1日以降である。

「17年前もそうでした。増税前は価格転嫁にたいして元請けも鷹揚でした。ところが増税後、消費が落ち込むと、値下げ圧力が一気に高まった。結局、増税分以上の価格引き下げを飲まざるを得なかった。今度もその二の舞になるんじゃないかと戦々恐々です」(下請け会社経営者)

いくら中小企業庁が監視しているとはいえ、実際の景気が落ち込んだら、中小・零細企業の受ける圧力は半端なものではない。応じなければ切られるし、応じたら応じたで経営が悪化する。行くも戻るも地獄である。その証拠に、消費税増税のあった97年から、中小企業の倒産件数は激増している。

経済原則に照らし合わせれば、価格転嫁による値上げは当然だ。しかしそれもすべて景気動向次第である。場合によっては、一度値上げしたものを元に戻すケースも出てくる可能性がある。4月1日以降、日本が再びデフレへの道を進まないことを祈るのみだ。

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昨年後半から今年にかけて、メディアに「転嫁Gメン」という言葉が躍った。

転嫁Gメンとは、転嫁対策調査官のこと。昨年10月に施行された「消費税転嫁対策特別措置法」に基づき、消費税分の価格転嫁拒否をした企業などを取り締まるために経済産業省等が結成した。転嫁拒否の疑いがある企業には順次、立ち入り検査を行い、悪質な場合は企業名も公表していくという。

「すでにイエローカードを出している企業はある」(野田毅・自民党税調会長)と言うように、転嫁Gメンは立入検査を始めており、4月1日の消費税率引き上げを前に監視の目を強めている形だ。

1989年の消費税法施行から25年、消費税率を取り巻く環境は大きく変わろうとしている。3%から始まった消費税は、97年の5%への引き上げを経て、今年4月に8%に引き上げられる。しかも今回は15年に10%まで引き上げられることが前提。国民の経済活動に大きな影響を与えるのは必至だ。

89年と97年の時には、日本の景気を悪化させる元凶になったとも言われる。しかし今回は、同じ轍は踏まないと、さまざまな対策を講じている。その代表的な策のひとつが、前述の消費税転嫁対策特別措置法の制定だ。これは中小企業等が、大規模小売事業者等から価格転嫁拒否や値下げ強要を受けることなく、円滑かつ適正に消費税を価格転嫁できることを盛り込んだ法律。いわゆる下請けいじめを回避させる狙いがある。

この法律を中心に、行政側が消費税引き上げにあたって、どのように動いているのかをみてみよう。

4つの禁止行為

中小企業庁が配布している「消費税転嫁万全対策マニュアル」。ホームページからもダウンロードできる。

今回の消費税率引き上げにともなって制定された消費税転嫁対策特別措置法には、大きく4つの禁止行為が掲げられている。

(1)減額(2)買いたたき(3)商品購入・役務利用または利益提供の要請(4)本体価格での交渉の拒否。加えて、これらの情報提供を行った者に対する報復行為も禁止されている。

(1)減額とは、消費税相当分を払わないこと。実際にビジネスの上で起こり得る例を挙げれば、すでに契約された対価から、消費税引き上げに際して減じて支払う、つまり消費税引き上げ分を上乗せした結果、計算上生ずる端数を対価から一方的に切り捨てて支払うこと。あるいは内税で取引されている場合、3%分を上乗せせず、そのまま内税で処理してしまうこと、などがあるだろう。

(2)買いたたきとは、読んで字のごとく、合理的な理由がないのに値引きを要求し、増税分を上乗せした額より低い額を求めること。ただし、大量発注等、客観的コスト削減効果が生じている場合は、当事者間の自由な価格交渉の結果として対価に反映させるものとして、買いたたきにはあたらないとする。

(3)商品購入・役務利用または利益提供の要請は、増税分の全部または一部の転嫁を受け入れる代わりに、自社商品を購入させたり自社サービスを利用させるなど、経済上の利益を提供させること。

(4)本体価格での交渉の拒否とは、本体価格に消費税を加えた総額表示のみの見積書を提出させるなど、消費税を切り分けない価格交渉をすること。(2)の買いたたきに抵触する可能性もある。

そしてこれらの事実を公正取引委員会、主務大臣、中小企業庁長官に対して知らせたことを理由として、取引数量を削減したり、取引を停止したり、不利益な取り扱いをした場合は報復行為とみなされ、勧告・公表の対象になる。

これらの違反に対する是正措置は当然行われ、勧告に従わない場合は独占禁止法に基づいて処分されることになる。

「89年、97年の時には、独占禁止法と下請代金支払遅延等防止法という法律で取り締まっていましたが、民間企業にとっては転嫁が難しい状況だった。消費税率の引き上げによって利益が目減りすることは避けたいというのは、産業界全体の総意としてあるものです」(中小企業庁事業環境部財務課)

そこで活躍するのが冒頭に登場した転嫁Gメンだ。経済産業省は昨年10月に転嫁Gメン474人を採用。公正取引委員会も94人を採用し、総勢568人体制を組んでいる。

「被害を受けている事業者さんからお話があった場合には、消費税転嫁対策措置を執行するために、事業者の方にヒアリングをしたり、立ち入り検査をしたり、指導助言を行っていく。東京だけでなく全国の経済産業局に配置しています」(同)

相談窓口は別表のとおりだが、実は消費税転嫁対策特別措置法は、経済産業省だけが取り締まる法律ではなく、主務大臣は多岐にわたる。具体的に自分の相談内容が公正取引委員会の管轄なのか、消費者庁なのか、財務省なのか、判断するのは難しい。そのため、相談事があればまず「消費税価格転嫁等総合相談センター」に連絡を入れるのが賢明だ。

「消費税転嫁対策特別措置法の特徴として、各省庁が事業所管大臣として、所管団体への指導ができるようになっていることがあります。従来の独占禁止法と下請代金支払遅延等防止法では、基本的に中小企業庁と公正取引委員会の範疇にとどまっていたわけですが、今回は全省庁に監督権限・立ち入り検閲権限を付与していますので、各省庁が自分の権限として、所管の事業者を指導監督する体制になっています。

ただ、役割が分かれていますから、それを改善するために消費税価格転嫁対策総合相談センターを設置して、専用ダイヤルをつくっています。ここに電話をすれば、各省庁の担当に繋ぐようになっていますので、事業者がたらいまわしにあうようなことがないようにしています」(同)

転嫁拒否をする業界

問題は、弱い立場である下請け業者が相談をするかどうか。訴えがなければ取り締まれないのでは意味がない。

「中小企業庁と公正取引委員会で、昨年11月に書面による消費税転嫁拒否に関する調査をしました。15万事業者を対象に行った結果、取引先に対して既に買いたたき等を行っているか、今後行う可能性があるとみられる事業者が、建設業、製造業、卸売業・小売業を中心に存在することがわかっています。

第三者からの通報が入る場合もあるでしょうし、こうした調査から、下請代金支払遅延等防止法に基づく親事業者の調査も行いまして、いわゆる買い手側に消費税をきちんと引き上げて支払うとしているか、という話も聞いている。必ずしも申告がなくても、行為として間違っていることがあれば、指導に繋げていきます」(同)

15万社のうち、回答があったのは1万209社。このうち、転嫁拒否を受けている、懸念しているとしたのは750社になる。また、転嫁拒否を行っている、行う懸念がある買い手側事業者も268社(別表参照)。日本の中小企業は約400万社と言われているが、少なからず転嫁拒否が行われる実態があるということだ。

調査結果を受けて経済産業省は、国土交通省や公正取引委員会と連名で、転嫁を要請する文書を建設業、製造業、卸売業・小売業に属する業界団体(計575団体)に送っている。どの程度の効果があるのかはともかく、転嫁Gメンは今年になって件の268社への立ち入り調査をスタート。4月1日以降、発覚すれば、より厳しく取り締まるものと思われる。転嫁Gメンの活躍が大きく報道されればされるほど、抑止効果に繋がるはずだ。

「消費税の転嫁拒否等に対する処理スキーム」は次図の通りだが、まずは売り手側(転嫁拒否等をされた事業者)へのヒアリングから始まり、買い手側(転嫁拒否をしている事業者)へのヒアリング、立ち入り検査が行われる。ここで悪質な場合は公正取引委員会による勧告・公表へと繋がっていく。

実際に中小企業を経営している経営者が、この一連の消費税転嫁対策を活用しなければ意味がない。中小企業庁を中心に、広報活動の強化が求められる。

「昨年、中小企業関係4団体(日本商工会議所、全国商工会連合会、全国中小企業団体中央会、全国商店街振興組合連合会)の協力を得て、消費税に関する講習会を7500回実施し、17万人の方にご参加いただきました。

『消費税転嫁万全対策マニュアル』も、より簡略な『消費税の手引き』と合わせて90万部以上、事業者さんにお届けしています。企業経営者だけでなく、経理担当、営業担当の方にも広く認識いただけるよう取り組んでいます。

すでに政府広報の協力を得て、主要紙や地方紙に広告の形で周知を図っています。そして中小企業4団体に相談窓口を設置していただき、全国で2336カ所運営しています。窓口では税理士の方などに相談できるようにしていますので、商工会などに来たついでに寄っていただけるよう、環境整備を進めているところです」(同)

しかし、売り手側が、買い手側の要請を受けずに身銭を切るという形自体は、禁止の対象にはなっていない。「買い手側に消費税を負担してほしいのに、負担してくれない」というのが転嫁拒否であり、売り手側が自分のほうから値下げを申し出てしまっては、この法律の取り締まりの対象にはならないので注意が必要だ。

新しいルール

また、この消費税転嫁対策特別措置法においては、消費税を円滑に転嫁するための新しいルールも決められている。

その一つが消費税転嫁を阻害する表示の是正だ。「消費税は転嫁しません」「消費税は当店が負担します」といった宣伝文句や広告を行うことが禁止されている。前回の税率アップ時に謳われた「消費税還元セール」といった宣伝も禁止された。あくまでも消費者が消費税を負担しているのであって、負担が軽減されているような誤認をさせないようにしなければいけない。

ただ、事業者の企業努力による価格設定は制限されないため、値引きをするにしても、宣伝文句には気をつけなければならない。ちなみに「消費税8%還元セール」は禁止だが、単に「3%値下げ」は禁止されない。境界線は「消費税」を意味することが客観的に明らかであるかどうか、にある。

ちなみに消費税の転嫁を阻害する表示に対する指導・勧告を行うのは消費者庁だ。

もう一つは、総額表示の特例。これまでは、商品やサービスの価格表示をする際は、消費税分を含めた総額表示が原則とされてきた。今回は「表示価格が税込み価格であると誤認されないための措置」として、「○○○円+税」「○○○円(税抜)」「○○○円(本体価格)」といった表記が可能になる。逆に、税抜価格を税込価格であると一般消費者が誤認する場合には、景品表示法で警告の対象になる。

そして「転嫁カルテル」「表示カルテル」に関して、独占禁止法の適用除外制度が設けられた。

転嫁カルテルは、参加事業者の3分の2以上が中小事業者である場合に、「消費税の価格転嫁の方法の決定にかかる共同行為」が認められる。たとえば本体価格98円の場合、消費税額は7.84円になるが、これを8円として処理すると取り決める場合などがある。もちろん本体価格の統一は、競争を損うため適用除外の対象にはならない。

表示カルテルは「消費税の表示方法の決定にかかる共同行為」のことで、税込価格と消費税額を並べて表示するなど、統一的な表示方法を用いる決定などがある。

今回の消費税率引き上げには、消費税にまつわる様々な新しい取り決めも含まれている。しっかり認識したうえで納税していきたい。

(本誌・児玉智浩)

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昨年11月下旬、「無印良品」を展開する良品計画の金井政明社長に取材した際、同氏はこう語っていた。

「消費税の表示方法などについては、年明け1月の第3四半期決算で併せて発表しますが、いま言えるのは、やはりわかりやすい総額表示ですよね。(内税か外税かを巡って)小売業界自体がバタバタしているし、政府も暫定の経過措置で、2017年3月までは表示法は何でもいいとしたでしょう。そこがすごく曖昧だし、正直、何でこんなに混乱させるんだろうと思います」
そして年明け。「無印良品はいま、24の国・地域で展開していますが、どこも価格の表示法は総額です。お客さんの視点からいっても、混乱を招くような表示でバタバタすべきではないと判断しました」と、総額表示を正式に表明した。

その上で良品計画では、消費税増税後も取り扱い商品の75%は価格を据え置き、実質値下げに踏み切る。消費者のメリハリ消費は、増税後にさらに進むと見ているためだ。金井氏も「同じ消費者でも、少しお金がかさんでもこだわりたいものと、少しでも安く買いたいものを使い分ける傾向は、もっと鮮明になる」としていた。

同社ではこれまで、「ずっと良い値。」といったキャンペーンをしてきたこともあり、日用品に関しては価格訴求を継続するというわけだ。実質値下げ分は、生産委託先を中国からさらに工賃の安い東南アジアに移管したり、物流コストを圧縮することで吸収するという。

こうした実質値下げは、低価格にこだわる巨大流通企業のイオン、あるいは日本のアパレル関連企業として初めて売上高1兆円を超えた、「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングなど、スケールメリットを生かせる企業か、高い自己資本比率など企業体力に自信のあるところでなければなかなか難しい。良品計画の場合は後者の例だが、両方の要因を満たせているファーストリテイリングは今回、税抜きの本体価格は維持し、意外にも増税分の3%は消費者に転嫁することとした。

無印良品は“メリハリ消費”にキメ細かく対応していく。

もちろん、良品計画の考え方はメリハリ消費を見据えているだけに、価格据え置きをしない商品については、さらにクオリティや付加価値を上げ、価格もその分上げる政策を取る。「ファニチャー(家具)などは、その1つの事例になると思います」(同社幹部)

良品計画の商品領域は、鉛筆1本、消しゴム1個から家電製品や住宅までと実に幅広く、それが一方では値下げ、一方では価値を上げて価格も上げることができるゆえんともいえる。その点、カジュアル衣料に集中するファーストリテイリング、あるいはシューズチェーンのABCマートといった商品ジャンルが少ない企業では価格のメリハリはつけづらい。

ならば、食品がメインとはいえ、家電製品のプライベートブランドまで手がけるイオンはどうかといえば、非食品ジャンルでも価格訴求を強めざるを得ない。

最近は、イオンにも“イオニスト”と呼ばれて、食生活から身の回り品までほとんどをイオン製品で賄ってしまう人たちもいるらしいが、それは積極的にそうしているというより、郊外や地方住まいの人が、近隣にイオンの大型店舗があるから事足りてしまう、というほうが近いだろう。

その点、良品計画の場合は端から万人に受け入れてもらおうというスタンスではなく、それが日用品と付加価値商品とで価格政策を変えられる要員になっているといえる。

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消費税が上がることで、いちばん頭を痛めているのが、小売業者だ。何しろ消費者といちばん近いところにいるわけで、その影響を真っ先に受けることになる。

1997年に消費税率が3%から5%へと上がった時、97年度の消費支出は前年より1.3%減少した。バブル崩壊後も消費支出はコンスタントに1~3%伸びていたが、この年、一気に落ち込んだ。バブル崩壊後、日本の景気が悪化したような記憶があるが、実際には、消費税増税をきっかけにして景気はどんどん悪くなった。ヤオハンやマイカル、ダイエーなどのチェーンストアの経営破綻に向かって突き進んでいくのもこれ以降のことだ。

それだけにチェーンストア各社は、消費税の取り扱いに極めてナーバスになっている。

現在、スーパーなどでは、特集冒頭の記事でも触れたように、商品価格を税込みで表示している(内税方式)。しかし来る消費税率アップに備え、昨年10月から特例で税抜き表示が認められている。つまり、総額でも本体価格でも、表示方法は販売業者が選べるわけだ。

いまのところ、イオンやセブン&アイグループなど、大手チェーンストアは4月1日以降、税抜き表示を行うことを決定している。

来年10月にもう一段の引き上げが予定されていることに加え、商品価格が高くなったことをできるだけ消費者に印象づけたくない、というのがその理由だ。たとえば税込み105円で販売していた商品の値札は、4月1日以降、総額表示なら108円だが、税抜きなら100円となる。1997年の悪夢を再現させないためにも、増税インパクトを少しでも小さくする表示方法を選ぶのは当然だろう。

しかしそれでも心配でしかたがない、というのが大半の小売業界だろう。アベノミクス効果がこれから消費に向かおうという時に冷や水をかけられてはたまらない、というのが本音である。

3月以降、トップバリュの大半の商品の価格を引き下げる。

そこでイオンでは、プライベートブランド(PB)の大半を、生活支援のために値下げすることを決断した。

イオンの売上高は今期約6兆円となる見込みだが、そのうち1兆円が「トップバリュ」などPBの売り上げだ。これを値下げすることにより、消費離れを食い止めようというわけだ。

イオンは2007年から08年にかけて、原油価格や穀物価格の高騰に伴う物価高に対し、トップバリュを値下げすることで消費者の支持を集めたという歴史がある。今度も同様の手段によって、消費者の味方であることを明確に示した。

具体的には、トップバリュシリーズの中でも低価格帯の「ベストプライス」を、現状の600品目を900品目へと1.5倍に強化するという。またその一方で、こだわり商品への人気は続く、いわゆる消費の二極化が起きると判断、高付加価値PBの「セレクト」も、300品目を500品目程度へと拡充する方針だ。

ただしそのためには、当然のことだが仕入れ価格を引き下げなければならない。PBの場合は、大量発注と完全買い取り、そして包装費や広告費の削減で低コストを追求しているのだが、今度の値下げによって、もう一段、無駄を削ることになる。

現在、水面下で、イオンとメーカーの間で激しい交渉が行われているのだが、低価格PBによって小売業トップの座に君臨するイオンにしてみれば、生活支援の値下げは当然の戦略である。ここで引くわけにはいかない。

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毎朝コンビニでコーヒーを買って出社するという人が、この1年で劇的に増えた。ドトールやスターバックス、あるいはマクドナルドでコーヒーを買っていた人たちが、雪崩を打ってコンビニで淹れたてコーヒーを求めるようになった。

1杯100円で大ヒットしたセブンカフェの価格はどうなるのか。

中でもセブン-イレブンのセブンカフェは、サービス開始から1年を経ずに3億杯を売り上げ、日本一のコーヒー販売チェーンとなった。セブンカフェはコンビニコーヒーの中では後発だが、そのおいしさに加え、わずか8カ月の間に全国1万6000店全店でサービスを可能にしたこと、さらにはSサイズでちょうど100円というきりの良さが、消費者から高く支持された。

セブンカフェの大ヒットによって、コンビニ業界2位のローソンは、店内に「まちかど厨房」をつくってカツサンドなどを店内調理するなど差別化戦略を打ち出した。もっと深刻な影響を受けたのがファストフード業界で、マクドナルドの業績が低迷している原因の一つとなっている。

このセブンカフェ、4月以降、いくらになるかはまだ発表されていないが、ユーザーの利便性を考えると、おそらく100円に据え置かれる可能性が高い。これまで、本体価格96円だったものが、93円になるわけで、仮に1年間で5億杯売れた場合、セブン-イレブンは15億円の減収要因となる。それでも昨年の3億杯を5億杯にまで伸ばすことができれば、消費税増税分はいくらでも吸収できるだろう。

前ページでは、イオンの消費税増税対策を取り上げたが、ではイオンと並ぶ巨大流通業、セブン&アイの場合はどうなのだろうか。セブンカフェに関しては恐らく据え置きになると思われるが、それ以外の商品はどうなるのか。

イオンほどではないが、セブン&アイも「セブンプレミアム」などのプライベートブランド(PB)に力を入れている企業だ。今期の売り上げは6500億円だが、2年後には1兆円を目指すという。

しかし、いまのところセブンプレミアムの値下げのニュースは聞こえてこない。このままいけば、消費税が上がるぶんだけ税込み価格が高くなることになる。

これは、セブン&アイとイオンの考え方の違いと言っていい。

一般的にPB商品というと、安さに最大の価値を置いている。ところがセブンプレミアムの場合、価格よりも価値を重視した商品づくりが行われている。ナショナルブランド(NB)のトップブランドと同じ品質のものを2割から3割安い価格で提供するというのがそのコンセプトだ。上位PBの「セブンゴールド」ともなると、NBよりはるかに高額な商品も多い。昨年話題になった「金の食パン」など、1斤250円と、NBの2倍の価格ながら、飛ぶように売れている。

ということは、消費税増税に合わせてPBの価格を下げるとしたら、「価格訴求から価値訴求」へという自らのPB戦略を否定することになりかねない。「お客様が、その価値に納得していただける商品づくりを行っていれば理解していただける」(セブン&アイ幹部)という考え方だ。

ただし、かつて消費税が3%から5%になった時は、イトーヨーカドーで「消費税還元セール」を展開、多くの客を呼び込むことに成功した実績があるセブン&アイのことだ。今回はこうしたネーミングのセールは禁じられているが、店頭の状況によっては、消費意欲の鈍った顧客に対して、新しいアプローチを行う可能性は高い。またその準備もしているはずだ。どのような手段を考えているのか。その答えはこれから明らかになる。

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消費税率の引き上げで、俄然クローズアップされてきたのが電子書籍等、海外発信コンテンツの非課税問題だ。

国内企業が電子書籍を販売する場合、現在は消費税が5%課税されている。1000円の本を購入する際は、消費者は1050円を支払っている。その意味ではリアルの書店で購入するのと変わりがない。

しかし、海外に拠点を置く企業が海外に置いたサーバーを経由して、日本の消費者に配信する場合は、消費税はかからない。1000円の本は1000円のまま買える状況になっている。

消費税は国内で行われる資産の譲渡や役務の提供などの国内取引、外国貨物の引き取りなど輸入取引に課される。たとえばアマゾンなど海外から商品を買うと、個人であっても「輸入」の扱いになるので、関税+消費税がかかることになる。

ところがデジタルコンテンツの場合、国内取引はリアルの書籍と同様に消費税がかかるが、海外企業が海外のサーバーを経由すると税関を通ることなく、インターネットを通して海外サーバーから国内の消費者のもとへ届く。税関を通らないために輸入とは見なされず、消費税のかからない国外取引の扱いになっているのだ。

海外勢が市場を席巻?

たとえばアマゾンで紙の書籍を購入する場合は、届け先が日本国内の場合、消費税が課される。しかし「Kindle(電子書籍)、MP3ダウンロード商品、アプリストア商品および一部のPCソフト&ゲームダウンロード商品には、消費税は課税されません」(アマゾン日本版ホームページより)となっているのは、米国から配信されているためだ。

ちなみに、楽天koboの場合も、カナダの電子書籍販売会社を買収して運営しているため、カナダ経由で行われる電子書籍の配信には消費税がかからない。

まったく同じコンテンツを配信する国内の電子書籍企業には消費税が課税されているため、海外企業との間に不平等な競争が強いられていることになる。これから8%、10%と税率が上がるにつれ、その不公平さは一段と拡大していく。

政府も当然、この状況は認識しているが、ようやく政府税制調査会で議論を始めるという段階。早ければ2015年度から課税を開始する方向で調整をしているという。日本の個人向けにネット配信する海外企業に国税当局への登録を義務付け、徴税するとみられている。15年10月の10%への引き上げには間に合わせたいとしているが、まだ具体的には決まっていない。

逆に言えば、それまでは日本企業はハンデを背負ったまま、1年半も戦い続けなければならない。現在は電子書籍の普及期に入っており、いかに消費者を囲い込むかの競争のさなかだ。消費者にしてみれば、同じ商品なら1円でも安く購入できるほうが得であり、専用端末を選ぶ指標にもなる。

コンビニ大手のローソンが2月に電子書籍事業「エルパカBOOKS」から撤退し、NTT系の「地球書店」も3月末にサービスを終了する。

ソニー、KDDI系の書店を中心に電子書籍の流通を担うブックリスタ関係者は次のように話す。

「電子書籍は紙の本に比べて仕掛けがやりやすく、タイトルによっては期間限定で無料、50%OFF、70%OFFといったキャンペーンをしたり、ポイントで還元したりといったセールもしています。ストアさんの営業努力によるところが大きい」

競争があれば撤退する企業が出てくるのもやむを得ないが、消費税分のハンデを背負って体力勝負になれば不利は明らか。公平な競争ができる環境が早期に求められる。

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謳歌できるのは大手だけ

消費税増税は、当然のことながら住宅という最も高い買い物に一番ひびいてくる。だから増税後の需要落ち込みを防ぐため、住まい給付金や住宅ローン控除の2倍拡充、住宅ローン「フラット35」の融資限度額の引き上げなど、さまざまな施策が打ち出されてきた。

住宅商戦はある意味、昨年9月末で一段落しているともいえる。同時期までに購入や大規模修繕の契約をすれば、この4月1日以降の引き渡し物件でも5%の税率が適用されるためだ。では、今後はどう推移していくのか。

2020年の東京五輪に向け、マンションはいまだ建設ラッシュ。右上は、不動産関連の著書が多数ある、さくら事務所会長の長嶋修氏。

そこでこの稿では、不動産コンサルタントで、さくら事務所会長の長嶋修氏の談話を交えながら見ていこう。同氏は、「消費税増税によるマンション購入の影響は、当然のことながら低所得層ほど影響が大きいので、購入対象となる低額帯物件が苦戦します。都心部や大都市部の一等立地を購入対象としている人には、10%の増税までは影響は少ないでしょう」とした上で、こう続ける。

「首都圏の新築マンション供給戸数は、ピークの2007年で8万戸を超えていました。いまは5万6000戸前後。供給絶対数が落ちている中で契約率が高い水準にあるのは、都心立地を中心とした高価格帯の物件が売れているから。その点、06年から07年にかけて盛り上がった頃は、郊外にもどんどん物件価格の上昇が広がり、最終的には国道16号線の外側までその勢いが膨らみました」

つまり現在は、都心立地と郊外とではいろいろな意味で二極化してきているのだ。郊外の低額物件になればなるほど、昨今の円安による建築資材や人件費の高騰のダメージは大きい。都心物件と違って、その高騰分を消費者に容易に転嫁できず、さらにそこへ消費税増税がプラスされるからだ。

マンションビジネスはある意味、ハイレバレッジな産業と言われる。価格が高くなったマンション用地を仕入れて、もし売れなかったら、そのディベロッパーにとっては死活問題になるからである。

「すでに、中堅以下のディベロッパーの中には、用地仕入れで躓くところも出てきて、実態は相当厳しいんじゃないでしょうか。90年代前半に地価がどんどん落ち、90年代後半になると、割安で仕入れた土地を武器に、カタカナ社名の新興ディベロッパーがいくつも誕生して、上場までしていきました。

でも、今はそういうことは起きていない。ここ数年、大手ディベロッパーによる寡占がどんどん進んでいるからです。たとえば5年前、大手のマンションシェアは30%台だったと思いますが、昨年で5割、へたをすると6割ぐらいまでいっているかもしれません。大手は郊外より都心が得意だし、用地仕入れ情報ルートも豊富です。

何より、資金的な体力があります。売れなかった場合、大手だとある程度、その物件を温存しておくこともできますが、それができない自転車操業的な企業はちょっと厳しい。中小ディベロッパーは、高齢者向け住宅、あるいは中古マンションを買って1棟丸ごとリノベーションするとか、事業を新築分譲から分散させていくしかありません」

だからか、名の通ったブランドマンションは別にして、新築物件では少しでも安く施工してほしいというディベロッパー側の事情がある。そこで、そのノウハウが最もある、マンション建設最大手の長谷工コーポレーションが “駆け込み寺”になっているという話もよく聞く。

極端に言えば、一部人気エリアの郊外物件は除いて、これからの新築分譲マンションは、大手が手がける都心物件だけの話になっていく可能性もある。これから分譲していくにはリスクが高く、ますます進む少子高齢社会を鑑みれば、郊外エリアは中古マーケットにこそ活路があるからだ。長嶋氏も、新築分譲は全体的に先細る一方、中古市場は中長期で見れば、いまの5倍ぐらいに市場規模が拡大しておかしくないと見る。

国策としても、20年までに中古・リフォーム市場を20兆円に倍増させる意向で、優良なリフォームと認定されれば戸当たり100万円から200万円の補助金が出る見込みで、「これが相当、人気化するはず」(同)と言う。

消費者側から見れば、消費税増税後に売れ残った郊外の新築物件を安く買えるチャンスかといえば、
「リーマン・ショック後のような何十%引きといった叩き売りにはならないでしょう。郊外物件そのものも多くはないし、せいぜい10%引きとか、損益トントンで売るくらいではないか」と、長嶋氏は否定的に見ている。

前述したように、中小ディベロッパーが苦しくなってきているとすれば、今後再編が起こっていくのかも注目だが、「エリア的に補完があるとか、よほどのメリットがなければ、あまり現実的ではありません。むしろ、さきほど言いましたように、中古などのストック市場の活性化を考えれば、大手が優良なマンションの管理会社を傘下に収めるほうがいいのでは」(同)

転機の新築優遇税制

一方、海外の主要国と日本との対比で見てみると、そう遠くない将来、住宅にかかる消費税は、グローバルなスタンダードに照らせばゼロ、ないし軽減に向かうという声が多い。海外の付加価値税等と住宅にかかる税率を見ると、米国の標準税率が8.875%なのに対し、住宅は非課税、英国とドイツは、付加価値税はそれぞれ20%、19%だが、住宅はやはり非課税だ。

課税がある国でも、フランスは19.6%の付加価値税が一般の住宅でもそのまま適用されるが、住宅改修などでは7%と軽減される。イタリアも21%の付加価値税に対し一般住宅は4%、豪華な住宅や別荘でも10%となっている。

そうした事情を踏まえて、長嶋氏はこう提唱する。

「住宅購入やリフォームの場合、消費税をゼロにしてあげる代わりに、住宅ローン減税などの優遇を廃止する。日本は新築偏重で来たので致し方ありませんが、住宅ローン減税はやり過ぎです。逆に言えば、他国では新築優遇はあまりないですね」

前述したように、これまで続いてきた新築優遇税制に加え、今後は優良リフォームにも補助金が出るわけだが、財政難の日本で新築、中古両方の優遇はいつまでも続くはずがない。どこかの段階で、財務省も中古優遇重視の税制に切り替えるはず。財務省の「変心」を国土交通省が待っている――そんな見方が、不動産業界関係者の間では日増しに高まってきている。

消費税増税のインパクトは、体力のないディベロッパー淘汰を促し、優遇税制の抜本見直しや消費者の住宅観激変をもたらすことになるかもしれない。

(河)

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自工会は慎重な見通し

2013年の国内自動車販売は、想定よりも活況だった。従来、日本自動車工業会の需要見通しによると、13年の四輪車総需要は474万台とみられていた。それがふたを開けてみれば、アベノミクス効果もあったのか、537万6000台と、エコカー補助金終了の影響は軽微に抑えられ、前年並みの水準まで持ち直している。

消費税が8%に引き上げられる今年は、やはり自工会の需要予測も慎重だ。四輪車総需要は485万台と、前年比90%程度にとどめる。なかでも軽自動車については前年比87.6%と大幅減を見込んでいる。

ある自動車アナリストは次のように語る。

「13年の販売は、消費増税を見込んでの緩やかな駆け込み需要という側面もあったと思います。なかでも軽自動車は、軽自動車税が上がるという話が出ていました。実際に上がるのは15年4月ではあるものの、消費税と両方が上がる前に買っておこうという心理が働いたのでしょう。先に延ばせば、どんどん高くなるかもという不安がある」

自動車を購入する際には3つの費用がかかる。1つめは本体価格+オプションパーツ。2つめは自動車取得税、自動車重量税、自動車税、消費税の4つの税金。3つめは車庫証明や自賠責保険といった税金以外の諸費用だ。消費税の引き上げにともない、これら3つの費用はすべて何らかの影響を受けることになる。

ちなみに自動車購入時にかかる消費税は新車・中古車問わず、登録日または納車日の税率が適用される。3月31日までに購入を決めても、納車が4月1日以降であれば8%の消費税がかかる。

自動車諸税のうち、消費増税にともなって、自動車取得税の見直しが図られる。登録車は現状の5%から3%へ、軽自動車は3%から2%に軽減される。しかしながら、近年の低燃費競争からエコカー減税対象車が増加しており、ハイブリッド車や低燃費車はもともと自動車取得税はゼロ。取得税見直しは、実質的にほとんど恩恵がない。

エコカー減税は、来年3月31日までに新車を取得する場合に取得税が減税され、同じく4月30日までに新車登録、および最初の車検を受ける場合に重量税が減税される。燃費によって自動車税も50%および25%減税されるというもの。ただ、政府の指針としては消費税率10%に引き上げ時に取得税は廃止、自動車税は燃費性能に応じた課税に切り替える予定だ。

結論から言えば、8%に引き上げられる前に購入するのが、もっとも安く買えることになる。しかし、登録車の場合、本体価格は上がるものの、10%引き上げ時の自動車諸税の税制改定次第では、税金部分がかなり安くなる可能性もある。少なくとも現状維持か、微増程度で済む可能性が高い。

対して軽自動車は、15年4月に軽自動車税が、新車に限り、現行の1.5倍にあたる年1万800円に引き上げられることが決定済み。最近の軽自動車はほとんどエコカー減税対象車のために取得税と重量税の減税の恩恵はなく、単純に消費増税と軽自動車増税が負担増になる。軽自動車のほうがダメージが大きいことは一目瞭然だ。

軽自動車に影響大

国内自動車販売が衰退に向かうかと言えば、意外に楽観論もある。

「4月以降、数ヵ月は販売台数が落ちるのは間違いないでしょう。しかし自動車業界自体は、海外の伸びも堅調で、円安効果もあり、潤っている。日本経済の全体を見ても、設備投資や研究開発費の上昇も見込め、一時金が中心とはいえ賃金の上昇も見込めることから、3%から5%に引き上げられた97年の時のような落ち込みにはならないのではないか」(同)

実際、増税後の反動減も限定的という見方が強い。というのも自動車はエコカー補助金などで買い替えがすでに進んでおり、消費増税を見据えて補助金終了後も堅調に販売が進んでいた。急激な駆け込み需要が起きないぶん、反動減も大きくないと予想されている。

「昨年12月にフルモデルチェンジで発売されたトヨタ『ハリアー』は受注が好調で、納車は5、6カ月待ちと言われています。日産が2月13日に発売した軽自動車『デイズ ルークス』も事前受注が2万台あったそうです。消費増税前の納車ができない可能性があるにもかかわらず、新車は好調な受注を続けていることから、消費者は欲しいクルマがあれば時期を気にしないようになっている。駆け込み需要が大きくない代わりに、反動減は新車効果で補えるのではないでしょうか」(同)

興味深いのは、矢野経済研究所が予測している14年の販売台数だ。なんと前年比プラスの614万台との見通しを出している。その根拠は、自工会が前年比87.6%と予測する軽自動車で、逆に年後半に軽自動車税引き上げ直前の駆け込み需要が起こるとみている。4月からの落ち込みを踏まえつつ、軽自動車の駆け込み需要次第で、総需要が前年比横ばいからプラスで推移すると予測しているのだ。言い換えれば、不安なのは15年以降の軽自動車業界なのかもしれない。

軽自動車税は四輪の増税に目がいきがちだが、実は二輪車の増税のほうが市場には厳しい。軽自動車は新車に限り、1.5倍の増税だが、二輪車は全排気量が新車も中古車も保有も関係なく、一律で1.5倍の増税となる。消費税も同様に引き上げられるわけで、ただでさえ縮小している二輪車市場は大きな打撃を受けることになりそうだ。

99年に100万台を切り、12年に44万2000台にまで落ち込んでいた二輪車市場は、ようやく底を打ち、13年は前年比104%の46万台に回復、14年も前年比100.6%の46万3000台の予測と増加の兆しを見せていた。回復基調にあった矢先の消費増税、軽自動車増税のダブルパンチになる。
これらの軽自動車税の動きに対し、自動車に詳しいジャーナリストはこのように指摘する。

「弱いものいじめ」発言で注目を集めた鈴木修・スズキ会長だったが…。

「軽自動車税の増税は、超小型モビリティ制度の新設が何らかの影響を及ぼしているように思います。超小型車の税額を、現状の軽自動車税である7200円に抑えることで、各メーカーのガス抜きをしようとしているのではないか」

超小型モビリティはトヨタ、日産など軽自動車を生産していないメーカーも競って開発をしている。軽自動車と二輪車の中間のような存在だ。この分野は12年に国土交通省が「超小型モビリティ導入に向けたガイドライン」を発表しており、全国で実証実験が進められている。現状では軽自動車の規格に組み込まれ、黄色ナンバーを付けているが、実用化が進めば何らかの税制にかかわってくるのは間違いない。

国土交通省が規格の正式決定をするのは16年の予定だが、何かにつけ軽自動車は今回の税制改革であおりを食う形になっている。トヨタの子会社であるダイハツはともかく、国内販売の9割を軽自動車に依存し、二輪車も販売しているスズキにしてみれば、消費税と合わせてトリプルパンチの痛手となる。

スズキの鈴木修会長は、日本市場のシェア41%の軽自動車が狙われたことに対し、
「消費税増税は日本の将来を考えればやむなし。しかし、自動車取得税の廃止に伴い、財源を軽自動車税の増税で穴埋めしようなど、仕組みがなっていない。残念というより本当に悲しい」と嘆く。

今後2年間の販売動向次第では、スズキのひとり負けになる可能性も十分あり得る。

(本誌・児玉智浩)

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保険料は非課税

消費税が課税されない保険料。消費者にとっては税率引き上げによる影響はないものの、どうやら保険会社やその周辺ビジネスにとっては、“負担増”という形で影響が出てきそうだ。

そもそも消費者が保険会社に支払う保険料は、消費税を含む課税対象にはなっていない。そのため、現在支払っている保険料は、消費税が何%になろうとも、契約した保険料から増額されることはない。

しかし、保険会社はそうはいかない。2012年7月、日本損害保険協会は税制改正について要望書を提出している。

 (1)受取配当等の二重課税の排除
  (2)消費税等の仕入税額控除の見直し
  (3)損害保険業に係る法人事業税の現行課税方式の継続
  (4)確定拠出年金に係る税制上の措置
  (5)課税の公正化・簡素化、の大きく5点の要望だ。

ここでは(2)に注目してみる。消費税は導入以来、損害保険を含む金融サービスは非課税とされている。これは諸外国でも同様に非課税とされていることが多く、保険商品の性格上、課税されることはそぐわない。問題は、保険会社が支払う物件費、手数料等に消費税がかかるという点だ。

一般的に消費税は、事業者が預かった消費税額から、事業者が自ら支払った消費税額を差し引いて、納付税額が決定される。しかし保険会社の場合、保険料が非課税であるために、預かる消費税が存在しないことになる。一般の企業であれば、預かり消費税より支払った消費税の方が多ければ、還付金が受けられることになる。

本来なら保険会社は、還付を受けるべき存在なのだが、課税売上の割合が95%未満の保険会社が支払う消費税は、ほとんど仕入税額控除の対象にはならないため、消費税の税率が上がれば上がるほど、保険会社の負担が増えるという仕組みになってしまっている。

前述の要望書では、仕入税額控除を認めろと言っているわけだが、「結果として、損害保険料に転嫁せざるを得なくなります」との脅し文句まで添えられている。このまま税制の改正が進まなければ、消費者が支払う保険料の値上がりに直結する可能性があるということだ。

建前上は、
「負担が増えるのは事実だが、消費税率引き上げによって、保険料を値上げするようなことはない」(損保業界関係者)
とのことだが、消費税は8%にとどまらず、10%への引き上げも決まっている。今後、さらなる引き上げの可能性も排除できない。収益を圧迫するような状況になれば、保険料の値上げも十分あり得る話だ。

実際、昨年から、消費税引き上げから1年前倒す形で、損害保険会社各社の自動車保険の保険料が改定されている。

「自動車保険は、いわば不採算部門なので、従来の保険料ではやっていられないというスタンスだった。そもそも優良なドライバーは値上げする必要はなく、事故を起こす人というのは何度でも事故を起こす。事故を起こした人は保険料が上がるスキームをつくった。差別化した保険料を求めるというのは、企業としては当たり前の話。ただ、消費税の負担を考慮して値上げに踏み切った可能性はある。死亡事故よりも物損のほうが、消費税がかかる可能性は高い」(損保業界関係者)

保険業界が抱える問題はそれだけではない。保険会社が支払っている消費税のなかには、いわゆる代理店に支払う“手数料”について付加されるものが多く含まれている。消費税率引き上げは保険会社の負担増だけでなく、代理店側にも大きな影響を及ぼす可能性がある。

代理店にとっては死活問題

代理店手数料について語る勝本竜二・アイリックコーポレーションCEO。

来店型保険ショップの「保険クリニック」を全国で160店舗運営しているアイリックコーポレーションの勝本竜二CEOは、次のように語っている。

「消費税率が引き上げられると、代理店に対する手数料を、これまで5%だったものを8%分、お支払いしていただく必要があります。これは保険会社の経営を3%分圧迫することになります。

実は、いま議論が行われているのは、手数料を支払う時に、内税にするか、外税にするか、という判断なんです。保険会社によって、その対応がバラバラになっています」

仮に1万円の保険の手数料を10%とすると、外税なら10%+消費税で1050円が代理店に支払われることになるが、内税なら手数料のなかに消費税が含まれるため、手数料は実質953円に消費税が47円ということになる。これが3%分引き上げられると、外税では影響はないが、内税の場合は手数料926円+消費税74円となり、実質的に手数料の引き下げになってしまう。

「保険料のように継続性のある商品の場合、契約は長期にわたって結ぶものですから、消費税が上がったからといって、途中で勝手に手数料を変えられても、代理店のほうは困ってしまいます。たとえば10億円の売り上げがある代理店でしたら、3%違えば3000万円、20億円なら6000万円の影響が出てしまう。下手をすると利益が吹っ飛んでしまいます。そういう意味では、外税か内税かの意味は重い」

業界の慣例として、手数料は内税にするのが一般的だという。保険会社が10社あれば、外税は3社ほど。7社は内税で代理店と契約を結んでいるそうだ。

政府の方針としては、消費税引き上げによる便乗値上げは許されず、また下請けに対して値下げの強要も許されない。適正な価格転嫁が求められている。しかし保険会社と代理店の関係は、決して発注側と下請けの関係ではない。

「メーカーである保険会社から商品をこの手数料で卸しますと提示されたものについて、販売するかどうかを判断するのは私たちのほうです。手数料率があまりに悪かったり、消費税の極端な負担を強いられると、その商品を選ばないという選択肢もあるわけです。ですから、新規の契約については、売るか売らないのかの判断ができます。問題は、過去の契約にはそれができない。消費税の対応が悪いから、この保険会社を解約してくださいとは、お客様には言えません。お客様にとってよい商品を推奨する責任と義務が私たちにはあるわけですから、保険会社には実質手数料を守っていただきたい。そこを変えられると、代理店経営にかかわってきます」

明治安田生命は現物給付をにらむ。

現在、保険業界では新しい商品のあり方が議論されているという。

たとえば明治安田生命は、12年から介護保険施設の買収に乗り出し、介護事業に本格参入している。介護保険商品は朝日生命や日本生命なども拡充しているが、明治安田生命は金融庁の規制緩和をにらんで、保険の現物給付として、有料介護付き老人ホームへの入居を視野に入れているようだ。施設利用料は保険料から払われることになる。

このような現物給付の保険が増加していくと、当然、保険会社が支払う消費税の額も、相応に増えていくことになる。保険会社にしてみれば、収入自体は消費税のかからない保険料で変わりなく、税制が変わらないかぎり、保険料の値上げが現実的な選択肢になりそうだ。

(本誌・児玉智浩)

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消費税引き上げの意義

―― 4月1日から消費税率が8%に上がります。あらためて今回の消費増税の意義とはどういったものでしょうか。
野田 いま最大の課題は何かと言うと、社会保障経費なんです。世界の中でも日本の少子化、高齢化は高いレベルにある。これにかかるお金が、政府の財政の能力を超えています。いくら無駄遣いを減らすと言っても、2015年には団塊の世代が70歳以上に突入していくわけで、さらにお金がかかる。

野田毅・自民党税制調査会長
のだ・たけし 1941年10月生まれ。64年東京大学法学部卒業後、大蔵省(現財務省)入省。72年12月衆議院議員初当選。当選14回。89年建設大臣、91年国務大臣・経済企画庁長官、99年自治大臣・国家公安委員長など歴任。現在は自民党衆議院議員総会会長、自民党税制調査会長などに就いている。

この10年ほどをみると、社会保障は基本的に保険料と自己負担が財源です。保険料とはいっても、あまり重くなると中小企業が社会保険料を払いきれなくなります。しかし、いま以上に年金を減らしたり、医療費を減らしたりはできない。

お金がないからといって所得税、法人税を増税できるかといえば、むしろ減税論のほうが強い。ですから、防衛費、研究開発費、農業予算、公共事業、ODA等々、他の予算を削ってきました。それでも足りないから国債で借金をしたわけです。その借金のレベルが、15年前ならせいぜいGDPの半分くらいでしたが、いまはGDPの2倍になっている。世界でこんな国はありません。国債金利が低い(2月6日時点で長期金利0.6%)からなんとかなっていますが、アメリカやドイツ並みの金利になればどうなるか。かなり限界だと言えます。

高齢化は足踏みしてくれませんから、消費税を財源としてお願いするしかないだろう。その代わり、消費税の使い道は法人減税には充てない。かつては競争力強化のために法人税を下げて消費税でカバーするという話はあったのですが、社会保障に100%充てます。逆に社会保障の伸びも消費税の上げられる範囲で抑えてもらわなくては、どうにもならない。これが消費税と社会保障の一体改革という考えです。

―― 1997年の3%→5%の増税時にくらべ、反対意見もあるにせよ、今回の増税のほうがある程度、国民の理解があるように見えます。半面、国税の新規発生滞納額5935億円のうち、3180億円が消費税の滞納と54%を占めています(2012年度)。経営の厳しい中小企業が多いことを表しているわけで、今回の増税で滞納額がさらに増えるとの見方もあります。
野田 法人税は黒字企業にしかかかりませんが、消費税はお客さんからお預かりしているすべての企業が払わなくてはいけません。徴収を強化すると、破綻に追い込まれる企業が増えかねない。かといって許すわけにもいかない。消費者は消費税を払っているわけですから、国に納めてもらわなくてはいけない。滞納が出るのは間接税の宿命でもありますが、若干の時間差があっても徴収はしていきます。

中小企業がきちんと消費税を払えるように、下請け叩き、納入先いじめを防ごうと消費税転嫁対策特別措置法という法律をつくり、優越的地位の濫用等に対して、経済産業省、公正取引委員会等、いままでになかった体制を組んで、具体的かつ徹底的にやってもらっています。

―― 下請けに対し、消費税の価格転嫁を拒否する、もしくは下請け側が価格転嫁できないケースが、実際にはあるようです。
野田 実は、すでにイエローカードを出している企業もあります。まだ引き上げ前ですからレッドカードにはできませんが、今回は厳しく取り締まっていきたい。

もっと制度を活用せよ

―― 消費税率引き上げの4月1日以降、消費が落ち込むことが予想されています。
野田 3月末までに駆け込み需要が高まると、その反動は少なからず起こるでしょう。3カ月くらいの影響は不可避だと思います。97年の引き上げ時を教訓として、自動車(取得税減税)や住宅(住宅ローン減税)など大物については、対策を用意しています。いまのところ駆け込みのレベルは以前に比べ抑制されていて、いい流れになっているのではないか。

―― アメリカの株価が下がると日本の株価が下がるなど、外的要因による景況感の悪化もあります。
野田 アメリカの金融の状況、靖国神社参拝による中国との関係など、何がどのように経済状況に影響を及ぼすのか、影響について過大に言うわけにはいかないし、過少に言うわけにもいかない。昨年、消費税の引き上げを決めた時点で展望できる経済状況を念頭に置いて、十分に自信をもって対応できると判断しています。

―― 大手企業の決算はよい数字が出てきていますが、まだ給料として、国民全体の景況感には至っていません。10%に引き上げる現実味についてはいかがでしょうか。
野田 私は上げなくてはいけないと思っています。10%にしたからといって、日本の財政や高齢化の進行に対応できるかというと、極めて難しい。ただ、10%にするのは一歩前進であるということです。

いまの状況は、GDPの倍の借金があり、その借金が毎年、大幅に増えている。毎年上乗せしているなかで、借金返済に向かう話ではない。それを2020年までには何とか、借金の増え方をゼロにしたい。借金ゼロではなく、増え方をゼロにする。15年には増え方を半分くらいに減らしたいというのが目標です。高齢化はさらに進むわけですから、10%にするだけでは万全ではなく、医療費の自己負担を増やすとか、かなりのことをやらなければいけない。10%にすることによって、増え方を半分にするのが第一歩であり、8%では半歩前進したにすぎない。借金返済は甘い話ではないんです。

借金は次の世代に行ってしまう。これが行かないとすれば、国が破綻するということ。そうならないようにしなければいけない。

―― 10%には抵抗感を持つ人も多いようです。仮に引き上げるのであれば、公明党が主張する軽減税率の導入が必要との見方もあります。
野田 消費税は、毎日の買い物、特に食料品などに“痛税感”を持つようです。特に女性はシビアにみています。消費者の立場からすれば、食料品は安くするのが当然だという思いはある。6割以上の人が軽減税率には賛成しています。

消費税引き上げについて語る野田税調会長。

しかし、食料品を買うのは低所得者だけではありません。高額なご馳走を買う金持ちもいる。抱き合わせ商品も多い。そして実際のビジネスをする人たちからみれば、自分の扱う商品がどちらに分類されるのか、税率によってビジネスも変わるでしょう。新聞に軽減税率を適用するかどうかという話もありますが、では雑誌はどうするのか、何が違うのか、書籍はどうなるのか、地方紙は? 専門新聞は? と業界のなかでも線引きが難しい。食料品とダイエット食品、また医薬品はどうなのか。対象を政治家が勝手に決めるような話ではありません。丁寧に扱って、みなさんがある程度納得、合意しなければいけないでしょう。

2月から自民党と公明党で軽減税率制度調査委員会を開き、議論を始めていきます。4月には基本的な考え方をまとめていきたい。公明党は是非にということでしたから、我々は一緒に勉強していくことになります。

よく欧州ではできていることを日本でなぜできないと言われますが、欧州にはもともと付加価値税の前に取引高税というものがあったんです。仕入れ控除をせず、売り上げだけに課税するというもの。これには軽減税率を導入しやすい。ベースがあれば改良することはやりやすいですが、何もないところからつくるのは容易ではありません。

民間はもっと制度の活用を

―― 月刊BOSSの読者には企業経営者や経営幹部が多い。政府として日本経済のために取り組んでいる施策についてお聞きしたい。
野田 安倍政権の最大の仕事は、当面は、成長戦略もさることながら、デフレ脱却だと考えています。これまでの20数年間、経済全体、心の持ち方がずいぶん内向きになっていました。値下げ競争ばかりして、気持ちが外に向かっていなかったように思います。バブル崩壊以降、過剰債務、過剰雇用、過剰設備、いわゆる3つの過剰に苛まれて、日本企業は借金返済、人件費抑制、研究開発予算や設備投資をガマンしながら内部を厚くするということをやってきました。それが結果としてデフレスパイラルに入った。賃金が入らないから消費も増えないという悪循環ですね。

銀行は不良債権の重圧に打ちひしがれて、お金を貸すより回収ばかりになり、企業も借りるより返すほうに熱心で、体力強化を一生懸命やってきた。結果、日本の大企業は内部留保が厚くなった半面、賃金が減っていったわけです。

これではいけない。日本経済全体がバックギアに入っていたものをいかにギアチェンジして前に進んでいくのか。クラッチが錆びついてきていたものを、荒っぽいですがアベノミクスでギアチェンジさせて、ようやく前に進み始めました。

その最大の手法が金融分野への取り組みです。経済の主体は民間ですから、民間がお金を貯め込むのではなく、有効に使ってもらわなくてはいけない。金融緩和で銀行に、もっとお金を貸してやれと。もう一つが税制で、研究開発や設備投資にお金を使えるよう、研究開発減税と投資減税。そして賃金を上げてやれと、従業員の給与やボーナスを増やした企業の法人税を減税する「所得拡大促進税制」を始めました。賃金を上げたら減税するという税制は世界にも例がありません。

アベノミクスの3本の矢は金融と財政と成長戦略と言っていますが、デフレ脱却の3本の矢は、金融と税制と民間のお金を動かすことです。動かなければ財政でやる。

これらの税制を活用するのは民間企業です。我々が思っていたよりも減税幅が大きければ、経済効果も大きくなっているはずです。民間が使わなければ減税にもならないわけで、大いに活用していただきたい。

(聞き手=本誌・児玉智浩)

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インタビュー

 

定保英弥
帝国ホテル社長

さだやす・ひでや 1961年7月6日生まれ。東京都出身。84年学習院大学経済学部卒。同年帝国ホテルに入社。2004年営業部長、08年帝国ホテル東京副総支配人兼ホテル事業統括部長、09年取締役常務執行役員兼帝国ホテル東京総支配人。12年専務取締役、13年4月社長に就任、総支配人も兼務。趣味はゴルフのほか、愛犬との散歩や好きな音楽を聴きながらのドライブ。

日本の“おもてなし”といえば、真っ先に名前が挙がるのが帝国ホテル(東京・千代田区内幸町)。3年前の東日本大震災の際は、ロビーや宴会場を開放して帰宅難民2000人を受け入れ、毛布やペットボトルの水、保存食などを提供、改めて老舗名門ホテルの存在感を示した。

同ホテルの開業は1890年まで遡り、東京五輪開催の2020年には節目の130周年を迎える。一方、高級外資系ホテルは今後も続々と東京に進出予定で、国内勢を見ても、星野リゾートが大手町に「超高級旅館」を出す計画がある。つまり、20年に向けて都内のホテルの攻防はますます激しさを増していくわけだ。そこで帝国ホテルの定保英弥社長兼東京総支配人に、沸き立つホテル市場の今後や、同社の変わらぬ哲学などを聞いた。

五輪決定後に“ストップ高”

―― 昨年9月7日に20年の五輪が東京に決まった翌日、帝国ホテルの株価はストップ高をつけました。株式市場が、五輪で真っ先に帝国ホテルを連想した証でもありましたね。
定保 それだけご期待いただいているということで、身の引き締まる思いです。五輪が決まったのは日本時間で日曜の早朝でしたが、その日の午前から午後にかけて、「20年の五輪開会式の時に泊まれますか」というお問い合わせが結構、ありました。その後、1週間ぐらいで計100件ほど、そういうご要望やお問い合わせをいただきましたが、そこまで先のご予約は受け付けておりません。でも、ご期待は嬉しく、改めて頑張らなくてはという思いです。

―― 帝国ホテルファンの財界人もたくさんいます。たとえば、京都に本社を置く日本電産の永守重信社長。永守さんは上京の際は帝国ホテルを常宿にしていますし、東日本大震災の時も、出張先の群馬県から夜中までかかってクルマで帝国ホテルに辿り着いたということでした。
定保 本当にありがたいことだと感謝しています。当社は立地的に恵まれて帝国劇場にも近いので、芸能関係や女優の方々も長期で常宿にしていただいてきましたし、上場企業のトップの方々を中心に、財界人の方にもいろいろな形でお使いいただいています。これまで124年間営業してきた大きなアドバンテージだと思いますし、今後も良き伝統をしっかり伝承していきたいですね。

「124年前、外国の賓客をもてなすために財界人によって設立されたのがルーツ」と定保英弥・帝国ホテル社長。

―― アベノミクスによる株高効果や円安による訪日外国人の増加で、ホテル業界は軒並み業績がいいわけですが、宴会、婚礼、宿泊など、細分化して見た場合はどうですか。
定保 一昨年、IMF(国際通貨基金)・世界銀行年次総会が東京であって、その会場、および宿泊場所に当社がならせていただいた頃から(ホテル業界の)潮目が変わってきているなということを感じてはいました。その後、政権が交代して年が明け、株価が本格的に上がり始めて円安にもなり、新年度に入っても勢いは変わらず、続く参議院選挙でも与党が圧勝して五輪が決まりと、ずっといい流れで来ましたからね。その効果が最も出ているのが客室部門の売り上げだと思います。都内のほとんどのホテルで客室稼働率が上がり、ADR(客室平均単価)も比例して上がってきました。

一方で、円安が進むと輸入食材や電気料金が上がってコストの上昇もあるわけですが、それを補って余りあるいい形で推移しているのかなと思います。昨年、訪日される外国人のお客様がようやく1000万人を突破しました。国交省や観光庁が行った、ASEAN諸国に対してのビザの緩和措置も効いています。一昨年はスカイツリーがオープンし、昨年は東京ディズニーランドが開園30周年を迎え、歌舞伎座も新しく生まれ変わりました。さらに富士山が世界文化遺産に認定されましたし、訪日外国人を増やす上で、こうしたいい流れは五輪に向かってこのまま進んでいくでしょう。

ただ、当社では4年前に120周年を迎えた際、かなり大がかりな改修を行っておりますので、五輪を控えているからと、新たな改修は特に予定していません。ですから、たとえば富裕層の方にもっと宿泊を楽しんでいただけるよう、スウィートルームのグレードを上げるとか、そういう部分的な改装の取り組みをしっかりやりたいと思います。

―― 宴会や婚礼部門はどうですか。
定保 まず宴会は、ホテル間の競争がますます厳しくなってきているということと、企業の宴会需要はどうしてもタイムラグがあるんですね。たとえば周年パーティの予算でも、景気が上向いたからすぐにやろうということにはなりません。景気上昇後、半年ぐらいはタイムラグが出てくるんです。ですから、宴会予約も少しずつ良くなってきている感じですね。

婚礼については、若年人口自体がだんだん減ってきていますし、海外、あるいは都内の一流レストランで結婚式を挙げられる方も増えています。そんな中で、当社が提携しておりますハレクラニホテル(米国ハワイ州。帝国ホテルの筆頭株主である三井不動産が持ち株100%)をご利用される方も増えてきています。

当社の近くではパレスホテルさんが建て替えオープンされ、外資系ホテルもさらに出てきます。婚礼需要は、どうしてもそうした新しいホテルに流れていく傾向がありますので、当社ではどうやって目新しさを出していくか、来年の125周年に向けて一生懸命に取り組んでいるところです。

「9つの実行テーマ」を伝承

―― これから五輪に向けて、過当競争とまでは言いませんが、ホテル業界の過熱感は相当、出てきそうです。日の丸ホテル王者の帝国ホテルは、どんな形で迎え撃ちますか。
定保 MADE IN JAPANのホテルとして国際的なベストホテルを目指していくという、その原点の理念にもう一度立ち戻り、人材の教育をきっちりやっていくことに尽きると思います。五輪に向けてというだけでなく、その先も見据えて、全社的な語学力の向上も含めて人材育成を一生懸命にやると。

そこを磨けば、さらにリピーターの方も増えて、自然と売り上げや利益も増えていきます。また、その利益で人材教育に再投資するという循環をもう一度、きちんと作ることですね。120年余にわたって培われてきた、いろいろな当社のDNAの伝承がありますので、しっかり引き継ぎ、そこにどう、新しいエッセンスを加えていくかだと思います。

―― 帝国ホテルの人材やサービスレベルは、ほかのどのホテルもベンチマークしています。他社にない、独特のクレドなどもあるのでしょうか。
定保 昨年で125名、今春もそのくらいのフレッシュマンが入ってくる予定ですが、社会人やホテルマンの心得として、「9つの実行テーマ」というものがあります。最初が「挨拶、清潔さ、身だしなみ」。次が「感謝、気配り、謙虚さ」。最後に「知識、創意、挑戦」です。ここ数年は、特に最初の3つをしっかりやりましょうと社内で言っています。

プラス、お客様にお褒めいただいても叱られても、理由をみんなで共有していこうと。それを正社員のみならず、契約社員やアルバイトのスタッフにも広げました。今後も、アマンさんやアンダーズさんなど、ますます手ごわい外資系ホテルが東京に出てきますので、正直、当社といえども営業的にはしんどい場面も少なくありません。

ただ、東京で五輪が開催されることで、ニューヨークやパリ、ロンドンにも引けを取らないホテルインフラが揃っていくわけで、当社には長い歴史や素晴らしい立地というアドバンテージがありますから、何とか外資系ホテルの皆さんとも勝負できているのではと思います。

―― 三井不動産が主導する形で、近隣の日比谷エリアの再開発が進んでいますが、さきほど定保さんが言われたように目先、帝国ホテルでは大改修がないとしても、将来的にはホテルの建て替えも含めた検討をされていくのではと思います。現時点で、中長期的な構想はどこまで考えていますか。
定保 将来的な姿はまだ描けていませんが、(筆頭株主の)三井不動産さんの皆様とは、お互いに長期的なことを勉強するチームがありまして、ここ数年来、その勉強会を行っております。五輪という大きな目標もできましたし、これから具体的なことも検討するようになるのではないかと。そこは、あまり拙速にならずに考えていきたいと思います。

上高地や大阪も好調

―― では、フォローの風が吹く中で足元の重点課題は何でしょう。
定保 当たり前ですが、営業力の強化は重点課題ですね。以前は“ご三家”と言われ、ホテルオークラさんやホテルニューオータニさんと競争していたのが、これだけライバルが増えましたし。サービスの部分を、もう1段、2段どう上げていけるかというのが一番大きいでしょう。あとは帝国ホテルという企業が大きくなっていくために、ここと大阪、それに上高地のホテルも含めてどういう展開ができるのか、前向きな検討課題にはしていきたいと思います。

長年ご支持いただいてずっと積み上げてきたものがありますから、海外でも同じことが簡単にできればいいですが、海外展開も考えるものの、なかなか難しいですね(インドネシアのバリ島にあった「ホテル・インペリアル・バリ」の運営は03年1月に撤退)。

―― 定保さんの場合、帝国ホテル社長と東京総支配人を兼務されています。そこは、たとえばホテルオークラとは違うわけですが、総支配人兼務ですと、現場のことが肌感覚でわかるメリットが多い気がします。
定保 おそらく、オークラさんは目指す方向性が当社とはちょっと違うんじゃないでしょうか。ただ、開業から50年であれだけのブランドホテルを作られたわけですし、素晴らしいことだと思います。
我々は多店舗展開というよりも、ここでのレベルをどう上げてお客様をキープし、どう新たなサービスを提供できるかが最重要課題で、会社を一気に大きく拡大しようとは思いません。

東京・内幸町の帝国ホテル

―― 上高地帝国ホテル(長野県)や帝国ホテル大阪(大阪市北区天満橋)では、何か特徴的な動向はありますか。
定保 上高地は、1年間営業する上で天候に左右される部分が相当ありますからね。昨年は、悪天候などで現地が通行止めになるようなことも例年に比べて少なく、天候不順も幸い、あまりありませんでした。また、昨年は上高地も開業80周年という節目だったので、業績的にも非常に良かったです。

大阪も、進出してから20年近く(96年に開業)になりました。大阪進出に際しては当初、婚礼需要で関西一のホテルになろうということで入っていき、おかげさまでその部分では大成功だったと思います。婚礼以外では若干、苦労した部分もありましたが、地元の企業様にもかなり声をかけていただけるようになりましたし、宿泊部門も良くなってきました。これからが楽しみですね。

東京エリアは、大きな国際会議が開催されるチャンスがあればさらに見直されると思いますが、その誘致は、ホテル単体ではできません。当社の近隣のライバル、たとえばパレスホテルさんやペニンシュラホテルさん、ステーションホテルさんやマンダリンホテルさんらとも手を組み、みんなで誘致しようよという気運にもっていければ、しめたものだと思います。

転機は4年間のロス駐在

―― 定保さんの入社の経緯、これまでの転機も聞かせてください。
定保 父親が航空会社に勤務していた関係で、子供の頃、海外に住んでいた期間も少しあって、家族と帰国した際に帝国ホテルに泊まったことがあるということを、何となく覚えていましてね。この業界を志望するなら、受けるのはやはり帝国ホテルだろうと。

入社後、ゆくゆくは海外の営業所へ行きたいという思いがありまして、それが叶い、91年から4年間、ロサンゼルスの営業所に駐在することができました。私はキャリア的にはずっと営業ですし、米国のホテル業界の人とも知り合いになれ、広大な国土の米国という国で営業する機会を与えてもらえたので、やりがいもありました。また、ほかの人には負けない気持ちを持つという意味でも、大きなターニングポイントになった気がします。

―― 帝国ホテルの今後の進化ですが、五輪はひとつの大きな通過点に過ぎません。ある意味では、五輪という宴が終わった後、主要ホテルのサバイバルが始まる気がします。
定保 確かに、ポスト五輪を睨みながら事業の幅を広げるなり投資なりをしていきませんと、五輪がゴールではないですからね。

さきほど言いました、世界銀行の年次総会後、世銀の方から「安全安心で、すべてのスケジュールがほとんど予定通り狂いなく進められた。パンやコーヒーの出るタイミングも絶妙で食事も美味しかった。これだけ会議がスムーズに進行したことはない」というお褒めの言葉をたくさんいただきました。50年前の64年の東京五輪の後も、英国の選手団から当社に同じようなコメントをいただいているんです。

確かに外資系ホテルも素晴らしいですけど、日本ならではのサービスをしっかりやっていくことですね。20年の五輪後、そんなに大きく訪日のお客様が減るということは、私はないと思っていますし、まずは五輪に向けて、いかにビジネスマンや観光のお客様をお迎えするかの準備に万全を期すことでしょう。

(聞き手・本誌編集委員・河野圭祐)

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経営戦記

井端純一 オウチーノ社長

いばた・じゅんいち 1952年生まれ。同志社大学文学部新聞学(現・メディア学)専攻卒業。77年平和堂入社。その後、リクルート(現・リクルートホールディングス)に転じ、95年賃貸住宅ニュース社(現・CHINTAI)に入社。2001年同社取締役編集部長、03年ホームアドバイザー(現・オウチーノ)を設立、代表取締役社長に就任。著書に『30年後に絶対後悔しない中古マンションの選び方』(河出書房新社)、『10年後に絶対後悔しない中古一戸建ての選び方』(同)など。趣味はテニスとオペラ鑑賞。

2013年末、住宅情報サイトの「O-uccino」を運営するオウチーノが株式上場した。サイトは新築、中古、建築家・デザイナー、リフォームの4分野に及ぶ。創業社長の井端純一氏は、今後の差別化戦略をどう描いているのか――。

過渡期の住宅マーケット

〔これまで、住宅・不動産情報ポータルサイトといえば、「ホームズ」を運営するネクストがよく知られていた。そこへ昨年12月、ネクストと似た業態で東証マザーズに株式上場したオウチーノ(2003年4月設立)が登場、 “家を買う、をギャンブルにしない”を理念に、テレビCM効果もあって注目度が増している。同社の創業者が本稿の井端純一社長。利用者の視点に立つとまず、オウチーノはネクストとどんな違いがあるのかが気になるところだ〕

ネクストさんには敬意を持っていましたし、いいところは見習おうという考え方でした。ただ、スタートした分野が違うんです。ネクストさんは最初、賃貸情報から入っていますが、当社では新築マンション情報が起点です。というのも、私はかつて「週刊CHINTAI」(賃貸住宅ニュース社。現・CHINTAI)の編集長をしていた時期があって、独立した際は、賃貸情報のビジネスで事業を興さないという取り決めがありましたから。それで新築情報サイトから入ったわけです。

プラス、新築マンションのような高い買い物をするのに、従来の不動産屋さんと同じ発想でいいのだろうかという疑問も起業した動機になりました。というのは、日本の不動産業は、特に米国に比して情報を開示しない、できるだけ隠すという風潮が強かったですから。世阿弥の芸論書『風姿花伝』に「秘すれば花」という言葉があるでしょう。隠して秘密にするからこそ美があると。日本の不動産業は、まるでその伝統を守っているがごとしだと思っていたんです。要は、来店客に過大に宣伝して説得し、契約させるんですね。ですから、「週刊CHINTAI」の時代も、そこを不動産屋さんとよく議論したものです。

たとえば、いまでこそ住宅の方位を明確に示すことなど当たり前ですが、15年ほど前はそういう情報を不動産屋さんは出してくれませんでした。理由を尋ねると、「バルコニーが北向きだったら、借りないし買わないじゃないですか。そんな情報はわざわざ出す必要がない」と言うのです。いわば、この業界は隠すことが文化になっていたわけで、北向きかどうかの情報程度で、開示してくれるようになるまでに2年かかりました。そういった風潮は、新築分譲であれ中古売買であれ、あるいは賃貸でも変わりません。

〔では、オウチーノでは新築マンション情報のサービスイン当初、どんな工夫をしたのだろう〕

マンション情報を交通の便や物件概要など7つのカテゴリーテーマに分け、できるだけ詳しくご紹介する。お客様が興味ある物件をウェブ上で探し、熟読してよく理解してもらうことで、ウォンツの高い物件に絞って実際の物件を訪問してもらえるようにしました。要は、売り手と買い手の関係が、より濃密になって距離感を縮められるようにと。そのほうが、売り手にとってもたくさんの物件を紹介する手間が省けるし、買い手も、ある種の押し売り的なことがなくなり、双方にとっていいはずです。そういう点が、10年経ってようやく当たり前になりました。

時代は「中古」にシフト

〔オウチーノでは、新築マンションサイトを皮切りに、中古住宅情報、リフォーム情報、賃貸住宅情報、建築家情報と順次、事業を広げ、ブランド名称も「O-uccino」に統一している。目下、のびしろが大きいと考えて特に注力している事業が2つある。1つが中古住宅マーケットだ〕

当社で中古サイトをオープンさせたのは08年ですが、中古物件も、これまではほとんどチラシと変わらない程度の情報に過ぎませんでした。その後、追い風が吹いたのは、国土交通省が「中古住宅・リフォームトータルプラン」を打ち出したことですね。20年までに中古の市場規模を倍増し20兆円にしようというものです。つまり、国も中古やリフォーム市場の活性化を後押ししてくれる。

遡ってみると、たとえば1968年は、総世帯数が総住宅戸数とほぼイコールだったのです。ということは、理論上は空き家率はほぼゼロ。ところがその10年後の78年には空き家が268万戸も出現しています。さらに08年で756万戸、13年は800万戸以上に達したと言われていて、このままいくと、50年には1550万戸と空き家が倍増してしまう。

一方で世界を見渡してみますと、米国では78%が中古住宅で、英国は89%、フランスでも65%あります。翻って、日本は中古住宅が全体の中で13.5%しかありません。つまり、ほかの先進国ではエコや循環型社会の動きが早くから始まり、日本よりも早かったネット革命で、中古住宅も流通しやすくなっていったのです。そうやって、世界中が住宅ストックを活用していく循環型に入っているのに、日本はこれまで新築物件にフォーカスした優遇税制ばかりでした。その反省にようやく国も気付いたわけですね。

そこで、我々もネットを介してやれることはいろいろやってみようと。中古住宅に関しての情報開示というのは、国からの強制力が相変わらずないので情報の絶対量が少ないからです。Aという物件価格に本当にその価値があるかどうか、買い手にとってはまだまだ情報不足。そこで、当社ではA物件の近隣で過去、似たような物件でどんな取引があったのか、ウェブ上で閲覧できるようにしました。また、実際に購入した場合、想定利回りがどのくらいか、貸した場合の想定賃料はいくらかも出せるようなシステムにしています。

それだけでも、買い手にとって情報は濃くなる。もちろん、古い慣習や固定観念にこだわっている不動産屋さんは情報開示を嫌がります。でも、そういう透明性のある開示をしていくことで、買い手の利益もちろん、売り主にとっても、たとえば5年間も売れない状態のままということがなくなっていくのです。そこをもっともっと見せることで中古流通市場には革命が起こると思っていて、日本の不動産市場の主役も、これからは中古やリフォームに確実に変わります。いまはその過渡期で転換点に立っているのだと思います。もちろん、中古住宅のサイトを立ち上げてからしばらくは、中古物件の情報でお金がもらえるなんてことはありませんでした。ですから、当社もゼロからスタートする以上、ネット上の情報掲載でもお金がもらえる新築のサイトから入っていったわけです。

〔もう1つ、井端氏が太い柱にするとしているのが賃貸ビジネスだ。今後は、リフォームを含めた中古と賃貸をクルマの両輪事業にするという。新築戸数は30年頃には半減するだろうという試算があり、若年層の人口はさらに減っていく。雇用形態として正社員も少なくなっていく過程で、アベノミクスで景気は上向きとはいえ、収入もバブル期のような伸びはとても望めない。そうなれば、新築を買うという文化は自然と少しずつ減っていき、必然的に中古市場にシフトしていく。すでに、新築にこだわらず身の丈に合った中古住宅でよしとする人も増えてきた〕

井端社長は、不動産界の悪習打破を掲げてきた。

これからは一生、賃貸でいいという人も増えていくでしょう。さきほど触れた日本の空き家率の高さは、逆に言えば資源の活用の可能性を非常に秘めていて、地方、たとえば山梨県あたりはいま、空き家率が20%以上もあるんです。それを活用しない手はありません。介護施設の問題を例にとると、猛烈な勢いで高齢化が進む首都圏は将来、介護施設供給は完全に破綻すると言われています。でも地方ならまだ賄える。その時に地方へ移住する、つまり空いている家を安く借りて、ケアを受けることができるのです。

もう1つは、東京都の空き家が75万戸ぐらいあって、23区に絞ると54.5万戸なんですが、この空き家を改修して、高齢者向けのケア付きシェアハウスに転換することを積極的にやればいいと思います。シェアハウスというのは、何も若い人たちだけの文化ではありません。中高年、特にリタイアした60歳以上の人たちがシェアハウスに住み、食回りなどで助け合えば、非常にいいケアとコミュニケーションができる。

大手不動産がそういうニーズにもっと対応したらいいと思いますし、当社のようなウェブサイトでもさらに提唱していくべく、今年の5月に賃貸サイトの大幅なリニューアルを予定していて、高齢者向けのシェアハウス情報も増やしていきます。日本の超高齢社会はある意味、どういう住まい方をしていくべきなのか、世界の〝実験場〟になるといってもいいでしょう。

マイケル・ポーター氏(ハーバード大学経営大学院教授)が、「クリエイティング・シェアード・バリュー」(企業価値と社会価値の両立)を提唱しているでしょう。企業は、もともと社会と対立する存在とみなされてきましたが、これからは地域社会と価値観を共有して利益を上げるべきというのがその主旨ですが、シェアード・バリューという点で、不動産業界はいちばん遅れていたと思います。最近はホーム・インスペクション(住宅診断)も一般的になってきましたし、当社も、少しでも客観性や透明性を高めることに貢献できたらと考えています。

マンションに保育施設を

〔さらに、中古物件や新しい形の賃貸ビジネス以外にも打って出る。ネット完結型ビジネスだけでなく、リアルも必要だというのが井端氏の考え方だ〕

賃貸のシェアハウスを、我々自身が作ることはいまのところないですが、中古においてはリフォームのパイロットショップといいますか、お客様との窓口になるような店舗展開をしようと思っています。ネットは双方向とはいっても、マンツーマンのコミュニケーションではないので、個々人のお客様との関係となると、少し希薄な部分があるんですね。リアルビジネスも手がけることで、見えていなかったものも見えてくるわけで、その意味で店舗展開も積極的にやっていきたい。

具体的に言えば中古物件だけでなく、リフォームのニーズについてもきちんとキャッチアップしていくと。当社にはリフォームのサイトもあるのですが、リアル店舗を設けていくことでリフォームの最新のニーズがわかりますから、サイト再構築など、次のビジネスもやりやすいんです。

もう1つ、保育施設の展開も視野に入れています。私の自宅は中層マンションですが、周囲には高層マンションがいくつも建ち並んでいます。仮に1棟1000戸として、夫婦だけだとしても22000人ですが、聞けばほとんどが共稼ぎ夫婦なんですよ。そこで、こうした高層マンションの空き住戸を1戸か2戸利用して、保育施設を作ったらどうかという提案を始めています。私たちが(保育施設の)免許を取ってやってもいいと。

これから、ますます高層マンションが増えていくでしょう。子供を預けるのも返してもらうのも、自分の住居棟であればこんな便利なことはありません。保育士についても、当社のウェブで募集をかければいい。住宅回りのビジネスというのは、少子高齢化の中でやれることがまだまだたくさんあります。ですから、これからは当社の業態も“生活サービス産業”というステージに入っていくと思います。

〔井端氏は佐渡島(新潟県)出身だが、父親が新聞社に勤務していた関係で、幼少時からかなりの転校を余儀なくされたようで、富良野(北海道)が第2の故郷だという。ちなみに北海道時代のクラスメートで親友の一人に、ジャズビブラフォン奏者として知られる浜田均氏がいる〕

大学は同志社に進学しましたが、実は早稲田も受かっていたんです。叔母が同志社出身でしたし、どちらに進むべきか、我が家の意見は割れましたね。で、同級生たちが面白いことを言ったんです。曰く「井端、京都にはオレたち友人が誰もいないだろ。1人いればみんなで泊まりに行けるんだ」と(笑)。父親が新聞社勤務だった影響でしょうか、同志社では文学部で新聞学を専攻しました。ただ、就活は石油ショックの後だったこともあって苦労しました。当時はどのメディアも採用をストップしていましたから。

私自身の住宅遍歴となると結構、いい加減かもしれませんね(笑)。いま住んでいるマンションは13年前に購入したのですが、当時、まともに見たのは間取り図だけ。編集という仕事の関係上、帰宅が深夜になることもありましたので、会社まで10分足らずという理由だけで買ったようなものです。ですから、物件のパンフレットもロクに見ていませんでした。まさに直感でしたが、自分のこととなると万事、あまり深く考えたり調べたりしないほうです(笑)。ビジネスでも直感力が大事だと思っていますから。

(構成=本誌編集委員・河野圭祐)

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企業の匠

「買わない」理由をなくす

右肩上がりの成長をつづける通信販売市場(物販)。2012年には市場規模が7兆円を超え、富士経済の見通しでは15年に8兆7000億円以上にまで拡大するという。特に近年はインターネット通販の伸びが著しく、メディア別のシェアでは半数を超えるまでになっている。

通信販売の場合、小売店などを通さずに企業が消費者と直接、販売・対話することから、ダイレクトマーケティングの代表的なモデルとして捉えられる。このダイレクトマーケティングを支援する企業として、08年にマザーズに上場したのが、今回登場するトライステージだ。

トライステージは、ダイレクトマーケティングのトータルソリューションサービスの提供を始めた最初の企業で、上場企業のなかで同様のサービスを運営している企業はない。特にテレビ通販には大きな強みを持っており、番組制作からコールセンター、顧客管理まで、すべての行程のソリューションを手掛けている。

今回の匠は、そのトライステージCEOの妹尾勲氏。起業前から広告代理店の大広でダイレクトマーケティングを手掛け、通販業界を知り尽くした人物だ。

せのお・いさお 1960年生まれ。83年大広入社。2002年ディー・クリエイト入社、ゼネラルマネジャー就任。06年3月トライステージ設立、12月代表取締役CEOに就任。08年東証マザーズに上場。

妹尾氏は、広告代理店が手掛けるビジネスと、トライステージでのビジネスの違いを、こう指摘する。

「私自身、20年間、広告代理店に勤めました。広告代理店は担当する商品の宣伝を圧倒的に任される。多ければ何十億円という額を年間で配分し、キャンペーンを行い、という責任を持たされます。

しかしながら、その結果どれだけ売り上げたのかは、実はあまり問われない。なぜかと言えば、彼らはマス対象の商品を扱っているからです。マス対象の商品は、棚割りのお金をスーパーに納めるなどの販促費や流通施策をしなければいけません。商品の価格、流通、プロモーションが掛け合わさって売り上げになりますので、プロモーションだけがその責任を負わなくてもいいことになっている。代理店の人間は、商品に思い入れをもってプロモーションをしても、それぞれの商品がどれだけ売れたかは知らないし、教えてもらえない。

それが私には疑問でした。どんなにまじめに考えてトライしても、どれだけ売れたかを教えていただけない以上、何もわからない。もっと責任を持ったビジネスができないだろうかと考えていた時に、ダイレクトマーケティングに出会い、開眼したわけです。ダイレクトのクライアントさんは、メディアそのものの捉え方が告知宣伝用ではなく、販売するためにやるものとしている。

当時、広告代理店は告知宣伝用のノウハウはたくさん持っていますが、モノを売る、というノウハウはどこもゼロに等しかった。これは数値をつくったほうが勝ちだなと感じました。ひたすら数値との関連性を積み上げていったわけです」

どの時間帯に、どのような商品を、どのように紹介すれば、どれだけ売れるか。これはデータを積み上げるしか会得できないものだ。広告代理店もテレビ通販の枠などを販売しているが、売上データはなく、実際に放送してみるまでその効果はわからないという。

「我々はただ放送枠を持っているというわけではありません。何百回と同じ枠で放送したなかで、その放送枠を熟知しているし、データも揃っている。この枠に化粧品、健康食品、雑貨のCMを流したら、費用対効果でどれくらい売れるのかがわかっているので、放送する前に、これくらいは売れるというのがわかります。広告代理店は仮に同じ枠を扱っていても、データがないから売れるかどうかわからない。この説得力の差は大きな違いだと思います」

トライステージは、地上波放送のテレビ通販の放送枠では約23%のシェアを持つ。3分の短いものから54分の番組まで、あらゆる地域・時間帯の中から商品に合った放送枠を、データに基づいて提供できるのが強みだ。

「我々は商品を1つでも多く売っていただかなくてはいけないので、どうすれば売れるという手法を、実際に我々が制作して、映像上の見せ方、作り方も含めてご提案させていただく。

わかりやすく言うと、『買わない』という理由をなくしていくことが大切です。私どもは29分の番組が特に得意なんですが、29分見ていただければ、多くの人に『欲しい』と言わせるか、『いまは必要ないけど機会があれば買う』と言わせる。ターゲットに対して『買いたくない』という状態をつくらないのが、いちばんの方法だと思います」

ネット通販の急成長

急成長している通販市場だが、実はテレビ通販市場の成長は鈍化傾向にあり、前年比微増で推移している。13年のメディア別シェア(見込み)を見ても、インターネット通販52%に対し、テレビ通販は7%しかない。テレビ通販は斜陽産業という声が高まりつつあるが、妹尾氏はこう否定する。

「ダイレクトマーケティング全体で見ると、7兆円の市場のうち、テレビは7~8%ですから、あまり大きくないように思われています。しかし、実感としては決してそうは思いません。

最近は広告のアトリビューションなどという言葉が流行っていますが、要は適正配分のことです。調べてみると、意外にWEBに受注が取られていることがわかってきた。

こういった市場調査では、テレビ通販はフリーダイヤルに電話をかけて注文した売り上げがカウントされるようになっていますが、最近ではテレビを見て、ネットで検索して注文をするケースがあることがわかった。この場合はテレビ通販ではなく、ネット通販で買ったことになりますから、必然的にネット通販は拡大していくことになります。

テレビ通販は、圧倒的に高齢者の方がお使いになります。テレビ自体をよく観ているのもF3層(50歳以上の女性)。60歳の定年を迎えたばかりの男性は現役時代にパソコンを1人1台で使っていた方たちなので、インターネットを使える方が多い。いまは主に65歳以上の方がテレビ通販をフリーダイヤルで購入している。10年前はほぼフリーダイヤルからの受注、それも固定電話からでしたが、現在は約6割が携帯電話からの受注で、しかもWEBに流れているというふうに変わってきています。

実際、調べてみると、テレビのオンエアがある時とない時で、WEBへの流入数に違いが出たりしています。テレビで見て、商品なりブランドなりを検索するということが主流になってきている。クライアントさんのビジネスを最大化するというのが我々のビジネスですから、フリーダイヤルで受注してもWEBで受注しても構わない。しかし、費用対効果を測定する時に、フリーダイヤルでの注文数がテレビ通販の実績となるわけですから、テレビメディアは落ちてきた、効率が悪くなったと言われてしまうことは抵抗があります。そこを解決するために、アトリビューションという実際の広告の影響度を調べているところです」

このような現象はカタログ通販にも現れている。本のカタログを見て、ネットで注文するケースも増えているからだ。これらもすべてインターネット通販としてカウントされている。

「Eコマースが増えているのは事実ですが、それだけでここまでの伸びになっているのかというと、よくわからない。テレビやカタログ経由でWEBのカートに入れる頻度はかなり上がっていると言えます」

テレビ通販の場合、視聴率1%で都内だけで約21万人が視聴している計算になるのだという。21万人が一気に流入するサイトはなく、一定時間内に一斉に知らしめるパワーは、衰退が懸念されているテレビでも、まだ落ちていない。

「ダイレクトレスポンスに関するアトリビューションをやろうという取り組みは、私たちが最初です。WEBに流れ込んでいる流入量に、どのメディアがどのくらいの影響があるのか、これがわかってくると、クライアントは現状の予算の配分を変えるだけで、相応の売り上げを伸ばすことができるようになります。予算を追加するのではなく、配分だけですから、魅力ですよね。それを私たちはやらなければいけない。メディアをどう使えば売り上げを最大化できるのかがわかるわけですから、強い競争力を持つことができます」

商品トレンドの変化

いま、通信販売でもっとも多く扱われている商材は、健康食品と化粧品だという。トライステージでもクライアントの多くは同様だ。時代によってトレンドは変わり続ける。

「最初は雑貨から始まっているんですが、雑貨の難しいところは次から次へとヒット商品をつくっていかなければいけないことです。1000発打って、3発当たるかどうか。それだけの資金力と覚悟がなければつづけられないでしょう。商品がヒットしても、新商品をどんどん出さなければ、その企業は衰退してしまうんです。

昔はテレビ通販で紹介するとすごく売れましたから、費用対効果はたいへんよかった。現在のようにいろんなメディアからたくさんのものが出てくると、ノイズのなかにいるようなもので、コストが上がったわりに、爆発的なヒットが出なくなっています。

商品の寿命も昔より短くなった。雑貨は少し売れると、マネをされてしまい、低価格化が進みます。質はともかく、似た商品が量販店で売られるようになったら、テレビ通販としての商材の寿命は終わったようなものです。

結局、美容品、健康食品といった何度もリピートする商品がテレビ通販に向く商材になっていった。しかしこちらも競争が激しくなるにつれ、表現や成分表示に行政当局から規制が入るようになってきました。消費者を騙すような業者は取り締まられて当然なんですが、きちんとがんばっている業者まで、表現の自由を奪われてしまっています。すると成分のあまり違わない同じような商品が増えて、資金力があって露出量が多いところが勝つ。新しい画期的な商品が出づらくなっています。

いつかは出る画期的な商品でも、我々はそれが出てくるのを待っているだけとはいかない。いままで培ってきたノウハウを使って、会員獲得型ビジネスや物販ではない『サービス』も手掛けるよう、新しいダイレクトマーケティングの支援に取り組んでいるところです。いまは通信販売業界として過渡期に入ったと言えます」

ふだんは「いかにモノが売れるか、その術を常に考えている」という妹尾氏。通信販売は「人生のすべて」と言ってはばからない。

そんな妹尾氏に、最近、通販で買ったお気に入り商品は何かと聞いてみたところ、模型の「ディアゴスティーニのマクラーレンホンダMP4/4 アイルトン・セナモデル」との答えが返ってきた。

「70週間、毎号送ってきたものを作り上げた。超快感でしたよ(笑)」

(本誌・児玉智浩)

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月刊BOSS×WizBizトップインタビュー

未来デザイン研究所社長 前田 出

まえだ・いずる 1954年和歌山市生まれ。和歌山市内でインテリアコーディネーターとして活動の傍ら、アマチュア劇団のプロデューサー兼キャストとしてミュージカルの全国公演を行い10万人を動員。「ふしぎな花倶楽部」の組織化をプロデュースした後、楽習フォーラムを立ち上げる。現在は未来デザイン研究所社長、一般社団法人生涯学習認定機構代表理事を務めている。

約5万人の講師を育成

―― 前田さんは「新・家元制度」を提唱していますが、そもそも新・家元制度とはどういうものですか。
前田 新・家元制度は、協会を設立し、講座を開講、受講生は認定試験を通れば今度は講師として教える立場に回ります。

古くからの家元制度というのは、家元がいて、生徒がいる。生徒が師範の免状をもらって教える側に回るまでには、膨大な時間とお金が必要で、ほとんどの人が最後まで生徒のままです。生徒でいるかぎりお金もかかるし時間も使う。それに対して新・家元制度は、生徒が認定試験を受けることで先生になり、今度は教える側に回るというものです。

―― どういうきっかけでこの制度を考えついたのですか。
前田 最初、日本ヴォーグ社の「ふしぎな花倶楽部」を手伝ったことがきっかけです。この組織を拡大するために、押し花の先生たちに、“商品をつくる”技術を教えました。結婚式でもらったブーケを押し花にして、それを額装して記念品として家に飾ってもらう。

でもそれだけでは広がっていきません。そこで、長野オリンピックのジャンプ団体で日本が金メダルを獲得した時に受け取った花束を、押し花にして額装したのです。これはすべてボランティアでやったのですが、それをNHKや全国紙で報じてもらった。そうしたところ、認知度が一気に高まり、1つ3万円ほどする額を3000本売った人も出るなど、記念の花を額装するムーブメントが起きました。

しかも商品を売るだけでなく、その技術を生徒に教える。学んだ生徒は今度は先生として独立し、教える立場になる。これによって、市場がどんどん広がっていったのです。

―― 単に技術を教えるだけでなく、市場も創出してあげるところがミソですね。
前田 次に手がけたのがビーズです。押し花の成功モデルを他に展開しようと考えたのです。

コロネットという会社をつくり、「好きを仕事に!」をテーマに楽習フォーラムという団体を立ち上げました。ここでビーズの技術を教える講師を養成し、その講師が新たに講師を育成するスキームをつくりあげました。講座で使う教材は、楽習フォーラムが提供します。こうして講座を30ほど用意し、4万7000人の認定講師を養成しました。

―― どうやって認知度を上げていったのですか。
前田 このビジネスを成功するためにはブランディングが不可欠です。まず、認定資格を権威あるものにしなければなりません。そこで、当時文部科学省所管だった財団法人日本余暇文化振興会監修・認定を受ける必要があった。そのためにも、きちんとした教科書をつくり認定基準を明確にする。審査を通るためにはこういう準備が不可欠でした。

でもそれだけでは認知度は高まりません。そこで目をつけたのが「女性自身」でした。女性自身は毎号のようにビーズ特集を組んでいた。そこで編集部に掛け合い、共催で銀座三越でビーズイベントを開催しました。このイベントは6日間で3万5000人を集客、大成功に終わりました。さらに首都圏でカルチャー教室を展開しているサンケイリビング新聞社とも提携し、カルチャー教室でビーズの認定講座を開講することができました。こうした仕掛けにより、1年目で2000人の受講者を獲得することができたのです。

このように、当初は自らが講座を開いて生徒を募集していましたが、2年目からはビジネスモデルを転換し、認定資格を取った生徒たちが先生となり開講する際のサポートに回りました。つまり顧客が、生徒から講師に移ったのです。

年収4000万円の講師も

―― ビーズの資格でどれくらい稼ぐことができるのですか。
前田 いちばん多い人で年間4000万円の収入を得た先生もいましたが、ほとんどの人が月に5万~10万円ほどです。でもパートに出て働くのではなく、自分の好きなことを人に教えて同じくらいの収入を得られるのです。

私はよく、「6つの報酬」という言い方をします。資格を得て、自ら先生になることで、まずお金を得ることができます。第2にポジションという報酬です。結婚して「〇〇さんの奥さん」と呼ばれていた主婦が、資格を得ることで先生というポジションを手に入れることがきるのです。これが講師の満足度を高めてくれます。

3つめの報酬は、やりがいです。教えることで生徒たちに感謝される。ありがとうという言葉をもらうことにやりがいを感じるのです。4つ目はスキルアップ。講師になったあとでも、さらにレベルの高い講座を受けることで、自らを高めていくことが可能です。5番目は仲間が増えることです。同じ趣味のSNSを通じて自らの作品を発表しあうことで、仲間が増えていく。普段は会えなくてもイベントなどで会う機会もありますから、それまでの身の回りだけの小さい世界が一気に広がります。

そして最後が、人間力という報酬です。同じスキルを持っていても、生徒の集まる講師と集まらない講師がいます。それが人間力の差です。生徒に満足してもらうためには自らの人間力を高めなければなりません。

―― その成功体験を基に、新・家元制度を提唱するに至ったわけですね。この制度では、まず一般社団・財団法人の協会を設立するところから始まります。なぜ協会なのですか。株式会社ではダメなんですか。
前田 ビーズの講座を始めた時は、社団法人設立のハードルがものすごく高かった。ですから、楽習フォーラムは任意団体としてスタートしました。

それが2008年に一般社団・財団法人法が制定され、簡単に社団・財団が設立できるようになりました。これによって、公益性をもった事業を展開するのがやりやすくなった。こうした組織であれば、理念と収益の両立ができるのです。

この法律ができるまではNPO法人を立ち上げるしかなかったのですが、NPOは基本的に利益を追求できません。一方、株式会社は、理念よりも収益を追求することを株主から求められます。その違いは大きいですよ。

―― 前田さんはいまでは自ら協会を主催するのではなく、協会を立ち上げるのをサポートする立場に徹しているんですか。
前田 いまでは新・家元制度を広めるための活動が中心です。コロネットも2年前にオールアバウトに売却しています。生涯学習認定機構という一般社団法人の代表理事を務めていますが、この社団自体が、新・家元制度を普及させるためのものです。そのための講座を開講しています。

私には夢があって、新・家元制度を利用して、1億円以上を売り上げる協会を、2020年までに200つくりたい。すでに70の協会ができ、そのうちの8つで1億円を突破しました。

日本健康食育協会の健康・食育マスター講座では、すでに1000人を優に超える人が資格を取得しました。チェーン定食屋の大戸屋では、200人以上いる店長全員がこの資格の保有者です。

―― それにしても200も協会を立ち上げることができるんですか。そんなに市場があるか疑問です。
前田 いくらでもありますよ。ホビークラフトの市場規模は3000億円と言われています。そのうち押し花は50億~70億円程度です。それでも十分ビジネスになったわけです。ニッチな市場でも、そこでナンバーワンになれれば、十分に可能です。

この制度を利用すれば、資金がなくても起業できる。これが新・家元制度の最大の目的です。

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