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旅行業を軸に多角経営が加速 M&A推進で年商1兆円狙う|月刊BOSSxWizBiz

銀座エリアの再開発案件で圧倒的なスケールを誇り、銀座6丁目の松坂屋銀座店跡地に今年4月20日、グランドオープンする新商業施設の「GINZA SIX」。運営では、大丸や松坂屋を擁するJ.フロントリテイリング、森ビル、住友商事、Lリアルエステートの4社が強力なタッグを組んでいることも特徴だ。そこで、このビッグプロジェクトの参画企業を代表して、再開発全体のコーディネート役を担った森ビルの辻慎吾社長に、銀座プロジェクトの経緯や思いと狙い、拡大途上の虎ノ門ヒルズプロジェクト、都市間競争まで幅広く聞いた。

澤田秀雄 エイチ・アイ・エス会長兼社長
(兼ハウステンボス社長)

さわだ・ひでお 1951年生まれ。73年旧西ドイツのマインツ大学留学。帰国後の80年エイチ・アイ・エスの前身となる、インターナショナルツアーズを設立。90年エイチ・アイ・エスに商号変更、96年スカイマークエアラインズ(現・スカイマーク)を設立。2004年社長から会長に。07年澤田ホールディングス社長に就任。10年ハウステンボス社長。16年11月、12年ぶりにエイチ・アイ・エスの社長に復帰した。

2016年11月、12年ぶりに社長に復帰したエイチ・アイ・エス(以下HIS)創業者の澤田秀雄氏(会長も兼務)。同氏の起業家としてのパイオニア精神、アドベンチャー精神は、65歳のいまも横溢している。HISで格安航空券というジャンルを切り開き、寡占の航空業界にスカイマークエアラインズ(現・スカイマーク)で風穴を開け、赤字続きだったハウステンボス(以下HTB)では再建請負人を任されて見事に蘇らせた。

さらに近年は、効率性を極めたサービスロボットをHTB内のホテルに導入し、この3月にはその「変なホテル」の2号店が舞浜エリア(千葉県)にオープンする。さらに昨春、電力小売り自由化で新電力会社のサービスも立ち上げ、最先端の植物工場構想もある。加えてHTBに近い無人島を購入し、水上ホテルの事業化も視野に入ってきた。また、昨年末にはカジノ解禁に伴ったIR法(統合型リゾート整備推進法)が成立するなど、事業環境に追い風も吹き、同じ昨年末、宇宙旅行時代をにらんでベンチャー企業にANAホールディングスとともに出資。

このほか、別会社で金融事業や投資事業を司る澤田ホールディングスにおいては過去、モンゴルやロシアの銀行を買収して金融事業の収益に貢献するなど、事業範囲は年々拡大の一途を辿っている。一方で、祖業の旅行ビジネスはやや踊り場にあり、そのタイミングで澤田氏は社長に舞い戻った。社長復帰の狙いから今後の事業構想までを同氏が語る。

12年ぶりの社長復帰の理由

── HISの社長に復帰されて、HTB(長崎県佐世保市)にいる時間は以前よりも短くなりましたか。
前は月の半分ぐらいは向こうでしたが、いまは3分の1ぐらいですね。HTBの社長になって、もう6年以上が経ちましたし。

── まず、社長に復帰された狙いや思いから改めて聞かせてください。
大きく言えば、核になる旅行ビジネスだけでなく、電気の販売やロボット会社の設立、ホテル展開等々、HTBも併せてかなり総合的な会社になってきましたから、ここで1度、串刺しというか組織再編をしないといけないなと。私が社長に戻ってきちんとカンパニー制にしようというわけです。それと、敢えて言えばここ2、3年、HISの業績が伸び悩んできていますので、再び2桁成長に戻そうということ。その2つですね。

── 言われるように事業範囲が多岐にわたり、今回の組織改編の延長線上には、持ち株会社化も視野に入れているのでしょうか。
持ち株会社化には2、3年時間がかかっちゃいます。そんな悠長なことは言っていられないので、まずはいろいろな部門をカンパニー制にしていこうというわけです。もう少し権限と責任を下に落として、スピード感を持った経営、世界を見渡した経営をやっていかないと時代に乗り遅れますから、そういう意味での組織再編ですね。

旅行業に関して言えば、いまはスマホやインターネットでの予約が増えていますから、我々もそちらに大きく舵を切らないといけませんので、旅行、ホテル関係の事業は今後、M&Aを拡大していきます(昨年末にはカナダの旅行会社、メリットホールディングスを買収)。直近では、店頭販売の比率がまだ6割から7割ぐらいありますから。ともあれ、業務がとても多くなってきていますので、カンパニー制にして小さな決裁も早く下に降ろして意思決定していくということと、HISという会社全体も大きくなって小回りが利きにくくなり、やはり決裁が遅くなってきていますから、その改革のために私が社長に戻りました。

カジノ有力候補地のHTB

── 昨年末、カジノ推進法案が成立しました。HTBもカジノの有力候補の1つですが、日本のあるべきカジノの姿も含めて、澤田さんはどう考えていますか。
ほかの国の事例を見ても、法案が通った後、3年から5年後にはカジノができているでしょう。たまたま、HTBは地方のカジノ候補地の中では最も条件が整っています。IR(インテグレーテッド・リゾート)ということなのでカジノだけではダメでイベントもということですから、その点でもHTBは有利です。佐世保市長も長崎県知事も地元の商工会議所も、一枚岩になって「ぜひ、誘致しよう」という活動をされていますので、カジノ誘致の可能性は高いと思いますね。

去る2017年1月30日、ロボット事業会社「hapi-robo st」の設立会見を行った澤田氏(左)。

もう1つ、大きく分けて地方のカジノと、大阪とか都市圏でやるカジノは若干、違うと思うんです。いまはシンガポールにもフィリピンにもマカオにもカジノがあって、ある程度、日本のカジノとして特徴をつけていかないといけないですし、大きな設備投資を伴う事業ですので、地方ではなかなか難しいと思います。

カジノをやるには2つの種類があって、モナコのようなヨーロピアン調の、アジアにはない格式のあるカジノにするのが1つ。HTBでは「ホテルヨーロッパ」などの格式ある施設も整っていますから、そこに少し足して作ればいいと思っています。

もう1つは、アメリカン式の大型カジノをやるかやらないかですが、これはマーケットにもよりますし、大型カジノは大阪でも、あるいは横浜や東京でもいいかなという気はしますね。ただいずれにせよ、何かで差別化していかないと、お客様は遠方からわざわざ来られませんし、カジノのノウハウは、ヨーロッパかアメリカのカジノ事業者と組んでやるしかないと思うんです。カジノは未経験の我々にはわからないことが多いですから、一緒になってやるという形にならざるを得ないでしょう。

── 以前、澤田さんは「首都にはカジノを置くべきではない」と言われていましたが。
大国の首都にはですね。ロシアならモスクワ、アメリカだったらワシントン、中国だったら北京。ドイツもそうですけど、大国の首都にカジノはない。だいたい首都から遠いところにあるんですね。首都、ないしその近隣にカジノを作った国は、ギャンブル依存症のような人が増えて、だいたい国力が落ちていきますから。

── HTBも新たな仕掛けとして、HTBに近い無人島の購入と開発、さらにその先には水上ホテルの展開も考えられていますね。
いよいよ無人島の開発が始まって、HTBも第2ステージに入っていきますからね。水上ホテルはまだテスト段階ですけど、今年の12月には海上でテストして、問題なければ本格的に展開していきます。移動式ホテルとなれば世界初でしょう。水上ホテルの前に先に無人島の開発をし、3年から5年後にはカジノができるかもしれない。カジノにはアウトレットモールも相性がいいですから、そういう施設が整ってきたら、HTBはもう1ランク、ポジションがアップするんじゃないでしょうか。

── もう1つ、HTB内で話題になった「変なホテル」(フロントにロボットを配置したり、ロボクロークやポーターロボなど大量にロボットを使用して効率性を最大化したホテル)の2号店がこの3月、千葉の舞浜地区にオープンしますね。
1号店がどんどん進化していますし、評判が非常にいいですから、2号店も成功するでしょう。マーケット的にも近隣にディズニーリゾートという、大きなマーケットがありますから。今後、国内で4号店ぐらいまで行けば、さらに世界展開ができると思います。将来的には100ホテルまでもっていきたいですね。

── 夢のある話の最たるものが、宇宙旅行の実現に向けて昨年末に会見をされた、ベンチャー企業(PDエアロスペース)への出資でした。宇宙機の商用運航開始の目標が2023年12月ということでしたが、遠いようで近いですね。
私はもう、7年ぐらい前から(PDエアロスペースに)援助してきたんですけど、このままじゃ遅い(笑)。これではアメリカのベンチャーに負けちゃいます。となれば人材も資金ももっと必要。じゃあ、増資しようと。アメリカでは宇宙ベンチャーはいっぱいありますからね。HTBでロボットを多用した「変なホテル」は、世界初でしたから世界のメディアが取り上げましたけど、宇宙旅行、宇宙輸送のような創造的なチャレンジも、もっともっとみんなでしていったほうがいいでしょう。

発電所も植物工場も

── HISグループ全体で見ると、本当に手掛ける事業が多くなってきましたが、多角化のこれからはどんな絵図を描いていますか。
5年後、10年後を見据えて、まずエネルギー問題ですよね。原子力や化石燃料に頼らないエネルギー会社を作りたい。その前段として、とりあえず販売網は持っておいたほうがいいと考え、電気の小売りに参入しました。販売網があれば、売り先が決まっているので後から発電所も造れます。エネルギー事業は大きく育てたいですね。

2016年12月1日、宇宙旅行時代をにらんでベンチャー企業に出資した澤田氏(左)。右端は片野坂真哉・ANAホールディングス社長。

2つ目はホテル。ロボットホテルは世界一、生産性が高いですから、これもいずれ世界展開していく。3つ目は今年、植物工場の建設が始まるんですけど、日本は人口が減っていくものの、世界はまだ増えていて気候変動も激しいですから、食糧不足の時代が来ると思うんです。

そこでいい植物工場を造り、進化していけば、世界のどんな気象条件の都市でも最先端の植物工場が造れるわけで、食糧不足に少しでも貢献できるでしょう。これもHTBの中に造ります。エネルギー資源と食糧が枯渇してくると、人類は歴史上、だいたい戦争しているんですよ。逆に言えば、この2つが潤沢なら紛争は減るわけですから。

4つ目が、そうした最先端工場の手助けをして生産性を上げるロボットです。つい最近、本格的にロボット会社(hapi-robo st)も設立しました。これは相当、面白いプロジェクトになると思います。この4つが、5年後、10年後に花開いていくプロジェクトですね。

── もう1つ、金融や投資事業を司る、澤田ホールディングスもあります。モンゴルやロシアの銀行を買収してきましたが、こちらの事業拡大はどうですか。
モンゴル銀行はモンゴルで首位の銀行ですし、いま、ATMを入れてどんどんシェアを伸ばしています。澤田ホールディングスの関連会社である、外為ドットコムも世界に出始めていますし、債権回収事業も成果が出始めました。今後もM&Aをしながら、育てるものは育て、売るべきものは出口戦略として売っていく形になるでしょう。HISグループはホテルや旅行関連事業、HTBは未来のビジネス、澤田ホールディングスは、どちらかといえば金融関係やM&A関係ですね。

── グループ全体の近未来像や事業の規模感はどう描いていますか。
今後、できれば5年ぐらいで、目標としては売り上げ1兆円、利益で1000億円ぐらいの企業集団にしたいなと思っています。HISはいま、5000億円強の年商ですが、1兆円ないと世界と戦えませんからね。で、その速度を上げるためには、時間を買えるM&Aが有効です。

考えてみれば、いままでのM&Aは先方から頼まれたものばかりでした。赤字の証券会社、赤字のモンゴル銀行、赤字のHTBをどうですか?と(笑)。でも、はたと気づいたら、攻めのM&Aのほうが面白いじゃないかと。お願いされたのは危ないのが多くて(笑)。もう、攻めのM&Aをそろそろやってもいいんじゃないかと思います。

(聞き手=本誌編集委員・河野圭祐)

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将来、家族、いきなりわく不安  ままにならない心と体|月刊BOSSxWizBiz

セカンドキャリア研修が引き金に

田中さんの第一印象は、少し疲れた俳優の堤真一さん。けれど、180センチを超える身長と体格の良さはいかにも男らしく、若かりしころはモテただろうなという感じです。大学時代にはアメリカンフットボール部に所属して、仲間とともに練習に励んでいたそうです。高学歴に加えて、体育会系の心身の強さは、就職時の採用ポイントのひとつにもなったでしょう。

そんな田中さんが相談にやってきた最初の理由は、「もの忘れがひどくなってきた」というものでした。

そのころ、職場では管理職への昇格が叶わず、部下だった女性が上司になったといいます。さらに、セカンドキャリア研修を受け、「もう自分の役目は終わってしまった感じがする。居場所がない感じがする」ということでした。

一生懸命働いて手に入れた自宅にすら居心地の悪さを感じていました。というのも、自宅を購入するときに妻の両親の援助を受けていたからです。なんとなく、妻に対して頭が上がらないような気持ちがあったのかもしれません。そして、一人息子は中学受験の真っ最中。妻は息子の勉強にかかりきり。寝転がってテレビを見ることにさえ、気が引けていたようです。

この年代の男性は、年下の女性社員をまだまだ「女の子」と呼んでしまうような世代。田中さんの口からも何度も「女の子」という言葉が発せられており、女性を上司として認めることに、なかなか気持ちがついていかなかったと考えられます。

HAM-Dを実施してみると、うつの症状が強かったため、産業医の先生を通して心療クリニックにも通ってもらいました。同時に、おカネのかからない、でも体を動かせる趣味を見つけるようにすすめました。

9カ月くらいカウンセリングに来ていた田中さんの様子が明らかに変わってきたのは、彼がマウンテンバイクを買ってからでした。休みの日に、男友だち数人と多摩川の上流までツーリングするようになったというのです。みんなでツーリングすることで、体育会時代の状態に近いことを体感できた。これが落ち込み気味だった更年期を明るい気持ちにさせる大きな要因になったと思います。

COUNSELOR'S EYE

田中さんのように、かつては男らしく遊び、男らしく仕事をしてきたタイプの人こそ、更年期に陥りやすいといえます。少し上の世代は、経済逃げ切り組で、うまく資産運用して夫婦仲良く老後を過ごしている。しかし、この年代は、バブル期には社会や女性からちやほやされていたにもかかわらず、その後は男としての居場所がなくなる一方……、そんなふうに感じる人が多いようです。

更年期をうまく乗り越えるためには、田中さんのように学生時代と同じような経験ができる趣味を見つけることは有効だと思います。ちなみに、自転車はおカネがかからないだけでなく、一人乗りの乗り物。奥さんから浮気の心配をされることもなく、更年期にはもってこいの趣味といえそうです。

特集 働き盛りの男たちが陥る「更年期」というエアポケット

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経営者インタビュー

世界の飲料業界で「第3極」目指す そのために売上げ2兆円は必要

新宿、渋谷、原宿、秋葉原など東京にはいくつもの繁華街がある。しかし、銀座はこれらの街とは、絶対に違う「銀座らしさ」というものがある。銀座らしさとは何か――銀座通連合会副理事長で、街づくり委員長の岡本圭祐氏に聞いた。

―― 銀座がほかの街と違うところはどういうところでしょうか。
「銀座は古いものを大事にする街ですし、街の始まりから舶来のものを積極的に取り入れる革新的な街でもありました。街としての銀座の楽しさというのは、お店の大中小の混在と同時に、それぞれの年代に対応したお店が並び、各々のお店が時代時代のニーズに合わせ、切磋琢磨し、中には業態を変えながら今に合うようにセルフリファインの積み重ねの結果からできたのだと思います。

歴史があるからと、何も変えなければ化石になってしまいます。逆に単に新しいものだけを取り入れたのでは個性がなくなってしまう。実際、今の銀座はGINZA SIXさんや東急プラザさんのようなモールのような施設ができる一方で、三越さんや松屋さんのような昔からの百貨店さんもある。そして、ヨーロッパのスーパーブランドもあれば、日本の老舗もある。さらに専門性の高い個人店や全国から小さなお店も集まっています。こうしたビルやお店が、広い通りや洒落たサブストリート、路地という地理的な多様性の中に混在し、成り立っているのが銀座の特徴ではないでしょうか」

「街を回遊できるのが銀座の楽しさ」と岡本氏。

── 「銀座ルール」とはどういったものでしょうか。
「1998年に古い不適格建築物の更新が可能になりました。そこで建物の高さや容積率など全銀座通連合会が中心になってつくり、建物の高さを56メートルにしたのが『銀座ルール』です。その後、高さ200メートルの銀座6丁目開発(現・GINZA SIX)の計画が持ち上がり、改めてこれからの銀座について議論し、協議を続け高さ56メートル、屋上工作物を含め66メートルというルールができました。

また、開発される方の窓口として『銀座まちづくり委員会』ができ、そこで相談を受けるのが『銀座デザイン協議会』で、今は年間300件ぐらいの相談を受けています」

── 銀座独特のものとして「銀座フィルター」という言い方がありますね。
「銀座フィルターというのも漠然とした言い方ですが、これは『適者生存』という意味です。街にふさわしくない、あるいはお客さまの需要やニーズが合わなければ、お店が寂れていってしまうのは当然です。しかし、銀座ではうまくいかなかったお店でも、同じお店を渋谷や秋葉原で出したら大成功するかもしれません。また、銀座なりのビジネスのやり方や共通理解、商業倫理があります。たとえばリピーターを大事にしたい、良心的な商売をしたいなど、こうした銀座ならではの商習慣が『フィルター』といわれてるように思います。

銀座という街は通りに面してお店が建ち並び、短いピッチで出入りができる個店が連続しているというのが特徴です。そして、美しい建物やショーウィンドウを楽しみながら、銀ブラができるのが銀座です。

私たちは街中に派手な看板が並んだり、大音量で音楽が流れていることが街の賑わいとは思っていません。

内外装のしつらえ、並べる商品、販売員のレベルなど、銀座のお店を一番すてきなお店にしてほしい。銀座にみえるお客さんには、銀座でしか味わえないようなものを提供していきたいと思っています」

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経営者インタビュー

日本のホテル産業底上げを目指し「森トラスト・ホテルリート」上場へ

伊達美和子 森トラスト社長
だて・みわこ 1971年生まれ。94年聖心女子大学文学部卒。96年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。同年長銀総合研究所入社、98年に森トラストへ入社。2000年取締役入りし、03年常務、08年専務、11年森観光トラスト(13年から森トラスト・ホテルズ&リゾーツ)社長に就任。16年6月より森トラスト社長。

強まるコト消費は追い風

―― ひと頃に比べて円高に振れたこともあって、最近はインバウンド需要が少し弱含みと言われ、その影響で百貨店は総じて苦しくなっています。ホテルは、また百貨店とは事情が違うと思いますが、インバウンドについてはどう見られますか。
インバウンドの市場を見ますと、2015年実績で言えばざっくり、20%ぐらいがホテルへの宿泊、40%ぐらいがいわゆるショッピングでした。ですが、それは本来の姿からすると、買い物比率が高過ぎていびつだったと思います。

本来、宿泊と買い物比率は逆であってしかるべきでしょう。ホテルの客室単価が総じて上がっても、ホテルのシェアが20%ぐらいだったことを考えると、やはりちょっと異常な事態ではありました。

もう1つ、一度日本で買い物をされたらその後、定期便的に送ってあげるという仕組みがウケていることもよく聞きます。それはそれでビジネスとしてはいいわけですが、一方でリアルのお店には買い物に来なくなる仕組みもどんどん作っていることになります。

それに対して、ホテルや観光の立場というのは買い物と違い、その場に来ないと体験できないから来られるわけで、ホテルなり観光地なりに魅力がある限り、インバウンドは減りませんし、むしろさらに増やせる可能性があります。

―― そこを捉えても、時代はモノ消費からコト消費に確実にシフトしていると。
モノ消費は、インターネットを介せばある程度は済みますからね。ですから、消費そのものが減っているわけではありません。対してコト消費は、そこでしか体験できないから意味があるのであって、どこへ行っても同じ体験しかできないのであれば、わざわざ来る必要もありません。

ただし、リピーターも2度3度となればそのうち飽きてきます。そこで、新たな魅力をどうクリエイトし、ブランディングしていくかが重要です。これから産業界を挙げて、インバウンド需要に向けた本格的な産業育成に入っていくということじゃないでしょうか。20年の東京五輪までに、日本のそれぞれの地域でコト消費に向けた整備を、より高めて完成させないといけません。

当社グループで言えば、ホテルの需要に関しては当然、円高に振れた分、16年5月ぐらいから為替の影響が少しありましたし、熊本地震の影響も若干ありました。さらに中国の景気足踏みの影響もあって、伸び率では鈍化していると思います。ただ、それでも業績自体は15年より伸びている状態にありますので、そこそこ順調かなと。いずれにしても、インバウンドが今後、まだまだ伸びるようにするためにどうするか、そこは常に意識しています。

赤坂や品川・三田エリアも

―― 森トラストグループの中長期ビジョンでは、2019年度の目標値として、売上高で1800億円、うち賃貸関係事業で650億円、ホテル関係事業で400億円、不動産販売事業その他で750億円、その先の23年度は売上高2100億円、賃貸が850億円、ホテルで550億円、不動産販売などで700億円としています。この計画に向けた考え方を改めて聞かせてください。
単純にいまの環境のまま伸びていけば、確かにホテル事業はほかの部門に拮抗してくることになると思います。ただ、不動産事業としての収益力は、やはりオフィス賃貸のほうが効率がいいということも考えなければいけないので、売上げだけを単純に見ても、本当は比較はできません。ホテルであれオフィス賃貸であれ、あくまでもその投資の結果としての利益が、投資対効果でどうなのかを見ていかなくてはいけないですからね。

―― 今後の主なオフィスビル計画にある、赤坂ツインタワー建て替え計画(仮称・赤坂2丁目プロジェクト)や、品川・三田エリアに保有するビル3棟の一体再開発計画はどう展望しますか。
赤坂のプロジェクトは、いまオンプロセスでやっているところですので、細かいところはお話しできないのですが、だいたい方向性は決まっていて、基本的には虎ノ門、赤坂、それに丸の内の3つの特区で連携し合いながら、東京をどうPRしていくかが鍵になります。

赤坂プロジェクトのオフィスビルは、もちろんホテルも誘致していきたいと思っています。虎ノ門や赤坂エリアでも今後、かなりホテルが集積してきますが、それを競合と見るのか、ポジティブに捉えて面的な集積と見るのか。私は後者の立場を取ります。丸の内もそれなりにホテルが集積し始めて、日本橋にもあるという状況と比較して、インターナショナルないいホテルがあるところはどのエリアかをイメージしていただいた際、虎ノ門、赤坂エリアがそこにきちんと入ることが重要ですから。

―― 品川・三田エリアは、JR品川駅と田町駅間にできる新駅、および周辺エリアの開発度合にもよりますし、27年開業予定のリニア新幹線などを考えると、かなり長期スパンで考えていくプロジェクトになりそうですね。
はい、丸の内や虎ノ門エリア周辺の動きが活発化し、その次に大きく動くのが品川・田町エリアです。その時代を迎える頃には当社の大きな2つの開発(虎ノ門と赤坂)が終わって、その上で品川・田町というエリアのポジショニングが、JRさんも含めてどうなっていくのかを見ながら考えていくべきことだと思っています。

品川・田町エリアは、都心の中で羽田空港にも比較的近いですし、新線や新駅もできてくることを含めて考えますと、(虎ノ門や赤坂とは)また違うコンセプトがあってしかるべきですね。東京を意識しながらも、常に地方も意識している、あるいは世界を意識しているものと、全部がつながっていくような位置づけのプロジェクトになるでしょう。具体的な再開発の用途に関しては、もう少し時代を見ていくべきかなと。単純にオフィスビルを造ればいいわけでもないですし、オフィスの在り方も変わってくるかもしれませんから。

―― 東京五輪が20年に終わった後、仮に予定通り27年にリニア新幹線が開業するとしても、五輪後の景気後退は前回の東京五輪で経験しています。その点は、森章さん(森トラスト会長で伊達氏の実父)も以前、「五輪後の財政の崖」に懸念を示されていました。不動産業界に限ってみれば、そこのリスクヘッジは、いかに他社よりもいい立地を抑えるかがやはり基本ですか。
ロケーション重視で、次に投資のボリューム、というか投資バランスを崩さないということだと思うんですね。いまの金利状況では資金調達もしやすいですし、容積率も緩和されている等々の条件の中で、建築費が高いという懸念はありますが、簡単に新規の投資価値が見いだせてしまうのです。だからといって、いままでの3倍も4倍も投資しようと思ってはいけません。

次世代の森トラストを担う伊達美和子社長。

一方で、景気不景気の波がある中でも、コンスタントに投資をしていかなければ事業は持続、成長していかないのも事実です。さらに、財務体質を良くし、自己資本比率も厚めにしていく。あらゆる点で逆風になった時には貸し渋りも起きてきますので、そういう事態にもきちんと備えておく必要があります。そこは会長自身もやってきたことですが、その部分を今後も崩さないというのが1つのセオリーでしょう。

ホテルに関しては、かつてよりも投資を加速しています。景気の波はどんな業界でもあるわけですけど、世界の旅行者は増え続けていますし、どの国から来られるかという点が変わってくるだけですので。ありがたいことに日本の観光資源は磨けば魅力がありますから、紆余曲折はあっても伸びていく分野なので、投資は続けていきます。都心で大型のオフィスビル1棟を建てるのと、ホテルを10棟ぐらい建てるのとが同じくらいの投資というケースもあります。そういう意味では、ホテルのほうが投資を少し早めたり、逆に少し遅くしたりと、供給の調整がしやすいかなと思います。

―― ホテルの立地等々を見極めながら、運営方法もフランチャイズ方式のほか、所有は森トラストでマネジメントや管理・運営は提携先のホテルチェーンに任せるMC方式、さらに直営やリース案件など多彩ですね。
MCになればなるほど、いままでにないようなホテルブランド、あるいは高単価なホテルを誘致できます。一方でFCはFCで、我々がハンドリングできるので、オペレーションのコントロールがしやすいというメリットがある。ですのでそうした比較の中で決めますし、要は選択肢の中でのバランスだと思います。

「常に先を先を見ている」

―― 近年は、マリオットを軸に外資系ホテルと組んだリブランドが活発ですが、森トラスト・ホテルリート投資法人の株式上場(16年度中)も予定されています。
資金調達をし、自分たちのノウハウや技術で開発もして、新しいホテルを保有していること自体は、そんなに重荷ではありません。いま、ホテルは簿価に対して時価では相当な利益率のある状態ですから、無理にリートに組み込まなくても問題はないわけです。

我々がホテルリートの上場を目指すのは、ホテル産業をもっと拡大していきたいからにほかなりません。ホテル産業を確たる地位に引き上げることによって市場が活性化し、次に自分たちが投資をする環境も整う循環になります。ホテルビジネスも安定的、かつ成長力もある事業であることを、世間にさらに理解していただくと。上場リートという市場のポジショニングにすることによって、ホテルに対する投資の見方などを変えたいという思いがあります。

ホテルに関するたくさんのプレイヤーが来て、その街が更新されて力をつけ、PRできていく。そのエリアが日本で目立つ存在になり、海外からも人が来るという循環も生まれます。そのためには、自社でホテル事業を完結するだけでは限界があるのではと思います。

会長(森章氏)も早くから「リートを作るべきだ」という提唱をしてきて、森トラスト総合リート投資法人(大型オフィスビル主体で商業施設、ホテルにも投資)も15年ほど前に設立していますが、それも同じです。不動産と金融をつなげることによって、銀行借り入れではない市場を作ることで不動産市場が活性化すると考えました。

収益還元法(該当物件を賃貸に出して利用された場合の資産価値を算出)という客観的な価値と、キャップレート(期待利回り)という、ある種公平な尺度ができて、不動産業が正しい産業に成長したのがリート。ホテルもそういう循環になったらいいなという思いから、ホテルリートの上場を考えているのです。

―― ほかの大手ディベロッパーも最近はホテル事業に積極的ですが、たとえば財閥系ディベロッパーとの差別化ポイント、あるいは森トラスト独自の立ち位置やDNAといった点はどうですか。
私は世界中のホテルを見ながら、どういうところとビジネスパートナーとして組んだらいいか、どういうブランドがいいかなとか、先を先を見るようにはしています。あとは、選択する中でパートナー先の将来性も見ていますね。地方で、なるほどと思えるエリアを先に押さえていくことによって、新たなビジネスチャンスを作っていきます。

(聞き手=本誌編集委員・河野圭祐)

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経営戦記

加留部 淳 豊田通商社長
かるべ・じゅん 1953年7月1日生まれ。神奈川県出身。76年横浜国立大学工学部電気工学科卒。同年豊田通商に入社。99年物流部長、2004年取締役入り。06年執行役員、08年常務執行役員、11年6月末より現職。学生時代はバスケットボール部に所属。座右の銘は着眼大局、着手小局。

近大とマグロ養殖でタッグ

〔昨年、豊田通商が近畿大学と提携して卵から育てるマグロの“完全養殖”事業に参入(養殖事業そのものは2010年に業務提携)するというニュースが大きな話題になった。11年に同社の社長に就いた加留部淳氏は、就任後初めての出張が近大水産研究所で、同研究所の宮下盛所長と意気投合。今後は豊通と近大のタッグで完全養殖マグロの生産を順次拡大し、海外へも輸出していく計画だ〕

もともと当社は人材育成には力を入れ、いろいろな研修プログラムを用意していますが、その中に若い社員の事業創造チャレンジのプログラムがあるんです。自分たちでまず研究し、社内外の先輩や識者の意見も聞いて新事業案を作らせるものですが、その過程で「ぜひ、近大さんの販売や養殖のお手伝いをしたい」と提案してきた社員がいましてね。

面白い事業プログラムだったので、当時の経営陣が「やってみろよ」と。で、動き始めて実際に予算もつけ、近大さんにもお話をしに行ってというのがスタートでした。こういう社内提案制度は、起業家精神の醸成にすごく必要だと思います。もう1つ、マグロの漁獲量が減る一方で、需要は日本や東南アジアを中心に増えているわけですから、商社のビジネスとして意義がある。会社としてもやる意味があるし、若い社員を育てる点でも有効、その2つの観点から全面的にバックアップしています。

もちろん、ほかの商社でも水産系ビジネスには力を入れています。その中で、我々は違う土俵で戦うケースもありますし、どうしても同じ土俵の時は、真っ向勝負だと当社の企業体力では勝てないわけですから、戦い方を考えないといけない。そこは全社員と共有しています。そういう意味でも、他社が手がけていないマグロの完全養殖事業は非常に面白いビジネスですね。

近大とマグロの完全養殖事業で提携。左端が宮下盛・近大水産研究所長、右から2人目が加留部社長(2014年7月の会見)。

〔近大とのタッグは話題性が大きかったが、豊通という会社全体として見れば1事業の域は出ていない。これに対し、加留部氏が12年末に決断した買収案件は全社横断的な規模だ。当時の為替レートで同社では過去最大となる、2340億円を投じて買収したフランスの商社、CFAO(セーファーオー)がそれ。CFAOは、30年には中国を上回る巨大市場になると目されるアフリカ市場で強固な事業基盤を持ち、とりわけフランス語圏の多いアフリカ西側地域で圧倒的な商権を持っている〕

過去最大の投資ですから、我々もものすごく慎重に考えましたし、私も実際に現場を見に行きましたが、先方も傘下の自動車販売会社の修理工場とか、結構オープンに見せてくれましてね。当社とはDNAが合いそうだなと。

もう1つ、彼らは自動車関連事業以外もたとえば医薬関係、あるいはオランダのハイネケンと一緒に合弁工場を手がけるほか、BICブランドのボールペンなど、プラスチック成型品の生産なども手がけていて当社と親和性が高かったのです。

海外に商社という業態はあまりないですが、彼らは自分たちのことをはっきり「商社だ」と言いますから。ですから豊通がやっている事業はすぐに理解してもらえましたし、右から左のトレーディングだけでなく、彼らは工場を持ってモノづくりまで踏み込んでいるので、(トヨタグループの豊通と)お互いの理解はすごく早かったですね。

唯一、気になったのは若手社員の意識でした。若い社員が果たしてアフリカの地でビジネスをやってくれるのかどうか。そこで数人の若手に聞いてみたところ「この買収案件はいいし、アフリカは将来、伸びる市場だからやりましょうよ」と。そういう声に最後、後押しをしてもらえたようなところもあるんです。“一人称”という言葉を当社ではよく使うんですが、一人称、つまり当事者意識をもってやっていく気持ちがあるかどうかが大事ですから。

独自戦略を掲げる加留部氏。

フランス商社買収で攻勢

〔前述したように、CFAOは歴史的にアフリカ西海岸エリアの市場を得意とし、豊通は東海岸に強みを持っていたため、エリア補完も綺麗に成立した〕

地域的、事業的な割り振りで言えば、自動車関係はお互いの強みなのでしっかりやっていこうと。アフリカ西海岸で当社が細々とやっていたテリトリーは全部、CFAOに渡しています。物流の共通化なども進めて、お互いの事業効率を高めてきていますし、トヨタ車の販売や物流もCFAOと一緒にやっています。

当社としてはマルチブランドを扱うつもりはあまりなくて、トヨタと日野自動車、スバル(=富士重工)の商品を扱うわけですが、CFAOはマルチブランドなので、たとえば今年、アフリカでフォルクスワーゲンとのビジネスも決めました。

当社はケニアでトヨタ車を扱っていますが、CFAOはケニアにVW車を持ってくるわけです。CFAOは豊通の子会社なのにと一瞬、矛盾するような印象を持たれるかもしれません。我々はトヨタ車で現地シェアナンバー1を取りたいけれども、彼らもVW車でナンバー2を取ればいい。そういう組み合わせみたいなものができてくると思うんです。

いずれにしても、自動車関係のビジネスはお互いに共通しているので、この分野はオーガニックな成長で伸ばしていけるでしょう。一方、医薬品関係はいま、彼らもどんどん伸ばしていて、我々も日本の製薬メーカーを紹介したりといったサポートをしています。

〔豊通がCFAOを買収したことで、新たな効果も表れてきている。たとえば、前述したCFAOが合弁で手がけるハイネケンの工場運営会社。豊通の傘下に入る前は、CFAOの株主が収益はすべて配当で還元してほしいと要請していたため、新しい投資ができなかったのだが、豊通が入ったことでロングタームで事業を見るようになってくれたのだ〕

私もハイネケンの合弁会社社長に会って話をしました。先方も理解してくれて、生産国もコンゴだけだったのを別の国でも展開しようという話に発展しましたしね。さらに、フランス大手スーパーのカルフール。CFAOがカルフールとの合弁でコートジボアールで店舗を出しますけど、これも私がカルフールの社長とお会いし、アフリカ8カ国で展開することを決めました。

日系メーカーとではこんな事例もあります。ヤマハ発動機のオートバイを生産する合弁会社をCFAOがナイジェリアで作るのですが、彼らもヤマハとのお付き合いは従前からあったものの、それほど深かったわけではありません。

一方で、我々は日本でも(ヤマハと)いろいろなビジネスをやらせていただいているので、この合弁話を提案したら了承してくださり、出資比率も50%ずつでOKしてくれたんです。CFAOは豊通の資本が入っている会社だからと、全幅の信頼を置いていただけた。普通は、日本のメーカーが現地へ出るのに50%ずつというのはあまりなく、イニシアチブは日本のメーカー側が取るものだからです。

そういうCFAOとの協業ロードマップは10年スパンで立てていまして、私もCFAOの首脳もお互いに行き来しています。フェース・トゥー・フェースで、年に4回ぐらいは顔を合わせているでしょうか。それ以外にも毎月、テレビ電話での会議も1時間半ぐらいかけて実施し、いまの経営課題や将来の絵図などをお互い共有化するようにしています。

〔豊通には、TRY1という経営ビジョンがある。これは収益比率として自動車と非自動車の割合を均等にしていき、さらに20年にはライフ&コミュニティ、アース&リソース、モビリティの3分野の収益比率を1対1対1にするというものだ。CFAOをテコにしたアフリカビジネスの拡大も、TRY1計画達成に寄与する部分は大きいだろう〕

いまでもCFAOは1億ユーロぐらいの純利益を上げていますから、それだけでも我々は彼らのプロフィットを(連結決算で)取り込むことができますし、プラス、将来的な絵図という意味でも、お互いにステップ・バイ・ステップで各事業を伸ばしていくことで、TRY1の実現にすごく貢献するはずです。

〔総合商社といえば近年、資源ビジネスで荒稼ぎしてきたイメージが強かったが、資源価格の市況に大きく左右されるリスクがあることは、住友商事や丸紅が資源価格の大幅な下落などで多額の減損を強いられたことでも明らか。とはいえ、こうしたリスクテイクは、総合商社にとってはいわばレーゾンデートルでもあり、投資するしないの判断は難しい〕

資源といってもいろいろあると思います。いまさら石炭や鉄鉱石の採掘ビジネスにお金をガンガンつぎこんでもダメ。また、シェールガスやシェールオイルも私が社長になった頃に他社がみんなやり出して、社内でも「やりたい」という声が多かったのは事実です。でも、よく調べてみたら、当社はすでに周回遅れ、しかも1周でなく2周も3周も遅れている。「これでは高値掴みしてしまう可能性があるし、投資金額も大きいのでやめておきなさい」と、社内でかなり明確に言いました。

ですから、我々はもっとニッチで別な土俵で勝負していこうと。たとえば、チリで開発しているヨード。これはイソジンのうがい薬、レントゲンを撮る時の造影剤でも使うんですが、ヨード産地は日本、米国、チリと世界で3カ国しかありません。当社はその全部の産地で開発拠点を持っているので、将来的には取り扱いシェアを15%まで高めたいと考えています。

ほかにも、アルゼンチンではこれからの自動車ビジネスに直結する、リチウム関連の鉱山事業を昨年から始めましたし、豊通らしさというんでしょうか、ニッチキラーでもいいからウチらしさが出て、かつ上位の商社とも十分に戦えるビジネス分野でやっていこう、というのが当社の基本ポリシーです。

〔目下、前述したTRY1達成に向けて歩を進める豊通だが、現在の非自動車ビジネス拡大の基盤を整えたともいえるのが、06年に旧トーメンと合併したこと。トーメンが持っていた化学品や食料といった主力事業分野を得たことで、総合商社としての幅が各段に広がったのだ〕

実際、事業ポートフォリオが広がって、合併は結果として大正解でした。エネルギーや電力関係のビジネスはいま、一部を除いてすごくうまくいっているんですが、こうしたジャンルは豊通のままだったら絶対に出てきていないビジネスですね。

豊通はもともとが自動車関連ビジネスメインでしたから、農耕民族なんです。畑を耕して種をまいて、雑草をとって肥料や水をやってと。それが狩猟民族(=トーメン)と見事に化学反応したという感じ。狩猟民族の人も農耕民族から学んでもらえたし、お互いの良さを認め合ってすごくいい合併だったと思います。

業界ランクには興味なし

〔加留部氏は横浜国立大学工学部出身だが、就職活動では「とにかく商売がやりたくてしかたがなかった」と述懐するように、入社試験は商社しか受けなかったという〕

私は1976年の入社ですが、当時は就職が全般的に厳しくなり始めた頃で、「商社冬の時代」になりかけていた難しい時期。各商社とも採用人数を絞り、狭き門になっていました。それでも私はとにかく商社に行きたくて、最初に内定をくれたのが豊通だったんです。商社としては規模は小さいけれど、その分、若手にも仕事を任せてくれるんじゃないかと。トヨタグループだから財務基盤もしっかりしていましたしね。

〔豊通入社後は3年目に米国駐在となり、米国でのビジネスで5年間揉まれて逞しくなった後に帰国。国内で6年過ごして結婚後、再び渡米して9年間駐在した。こうした国際経験豊富な加留部氏だけに、昨年からは入社7年目までの社員を対象に、駐在でも長期の研修でも語学留学でもいいから、とにかく一度、海外へ出ることを奨励している。

ただし、加留部氏はほかの商社との戦いにおいては、純利益で何位といった相対的な物差しでなく、あくまで豊通としてどうなのかという基準で考えると強調する〕

2年か3年前、社員みんなにメールを打った時に触れましたが、何大商社とか何位であるとかは、私はまったく関心がないんです。自分たちが目指す方向に向かえているかが大事ですから。たとえば敵失があって他社の順位が下がったとします。仮に順位を純利益で測ったとして、「他社が失敗してウチが5位になったところで君たちは嬉しいか? 私は嬉しくないよ」と。

社員向けのメッセージメールは年に8回か9回出していますが、ある時、新入社員から「何位を目指しますか?」という質問を受けた時も同じことを言いました。各社ごと、事業ポートフォリオがかなり違いますし、順位は関係ない。自分たちのビジネスがどうなのか、常にそこを自問自答し検証することが正しい道だと考えます。

(構成=本誌編集委員・河野圭祐)

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パナソニックが持ち込むデジタルカメラのイノベーション

「デジタル時代の新たな写真文化の創造」を掲げるパナソニック。 その姿勢は次々と業界に新機軸を生み出してきた。 参入15周年の区切りに登場した「DC-GH5」とは?

「GH5」について語る前田将徳氏。

発売15周年の「LUMIX」

昨年10月に発売15周年を迎えたパナソニックのデジタルカメラ「LUMIX」。その最上位機種、ミラーレス一眼カメラ「LUMIX DC-GH5」が3月23日に発売される。

このGHシリーズと言えば、特に高く評価されているのが「動画対応力」。イメージングネットワーク事業部商品戦略企画部担当部長の前田将徳氏はGHシリーズについて、次のように語る。

「前モデルのGH4くらいから、このカメラを使って動画制作をするというトレンドが起きています。アメリカ等では、独立系の小さい制作会社が多く動画ニーズが顕在化しているのですが、購入者の7割がたが動画を目的に買われています。ここは外せないということで、プロカメラマンやプロビデオグラファーへのヒアリングを重視し、企画前段階からニーズを掴んでGH4に足りない部分をGH5に盛り込んでいくというプロセスを踏みました」

動画に注目が集まるGH5だが、この製品はあくまでハイブリッド。1月25日に行われた発表会では、静止画についても強調された。

「ハイブリッド・ミラーレスですから、動画も静止画も最高峰を目指したい。今回はまず写真画質をどれだけ上げられるかに重点を置いて開発してきました。2つのキーデバイスを一新して、これにより最高画質にこだわっています。1つは新開発のイメージセンサーであり、もう1つは新世代画像処理ヴィーナスエンジンです」

新開発のイメージセンサーにより、画素数はGH4の16.1メガから20.3メガにアップ。約8メガの秒間60コマ連写(4K60fps)は世界初で、この動画記録に対応したイメージセンサー読み出しはGH4の約1.7倍に高速化し、高画質・高速性を実現している。画像処理エンジンも解像・高感度画質・色再現性が大幅に進化し、高速演算による信号処理速度もGH4比1.3倍以上アップした。

GH5から登場した新開発の「6Kフォト」を使えば約18メガの秒間30コマ連写で決定的瞬間を高画質で撮影することができる。高精細撮影の6K30コマと、超高速撮影の4K60コマを使い分けることでユーザーの高いニーズに応えている。

LUMIX史上最高の高品位写真画質を生み出した2つのキーデバイスは、動画の面での進化にも大きく寄与している。前述のように4K60p動画記録はミラーレス一眼カメラとして世界初の領域だ。

世界初をちりばめた「LUMIX DC-GH5」。2017年3月23日発売予定。

「動画性能については、プロ使用に堪えるということです。特にGHシリーズでこだわってきているのは、動画記録時間無制限というところ。単にデジタル技術だけでなく、放熱技術にもこだわっています」

GH5では、すべての記録方式で時間無制限に動画記録できるため、中断することなく長時間記録が可能になっている。スマートフォンなどでも長時間使用すると機体が過熱し、保護回路が作動して強制的にシャットダウンすることがある。プロ使用に堪えるのであれば、高いクオリティの画質を維持しつつ、連続使用は不可欠になる。

「熱シミュレーション自体は、GH4の開発時よりも数段精度が上がっていますので、金型を製作する前に、何度も高精度でギリギリのところまでシミュレーションをして追い込むという作業を繰り返しています。カメラの開発を重ねるにつれ、放熱技術やシミュレーション技術が高まっていますので、それがノウハウとして蓄積されています。プロフェッショナル仕様として、こうした部分にはこだわっています」

「業界初」が標準化に

パナソニックのデジカメ事業は、参入してわずか15年。しかし、存在感は年を追うごとに増している。

「写真業界で言えば、15年はひよっ子です。海外でのイベントではティーンエイジャーという言い方をしたことがありますが、ティーンエイジャーは時々とんでもないことをしでかします。我々はニューカマーならではの冒険ができる。今回の6Kフォトだったり、デジカメなのに動画性能を追求するとか。例えば、GH5では手ブレ補正の『Dual I.S 2』を発表しましたが、これはボディ内の手ブレとレンズの手ブレを両方シンクロさせて、手ブレ補正効果を最大化する技術です。こうした技術を業界で初めて製品に取り入れる。常にイノベーターであり、チャレンジャーでありたい。老舗ではできないようなことをやりつづけたい」

1月25日に開かれた記者発表で「GH5」の商品説明をする前田氏。

手ブレ補正をデジカメに搭載したのはパナソニックが初であり、高倍率ズームのコンパクトデジタルカメラや、ミラーレス一眼カメラも初めて世に送り出したメーカーはパナソニックだった。

「我々は業界初のイノベーションに取り組んでいますが、それがいまや、他メーカーさんにも標準化されてきています。他と違うことをやりつづけるのではなく、新しい方向への写真文化をつくり、マネされるものを作ってきたと自負しています」

発表会でも話題になったのが、8Kフォトの実現だ。8Kになると画素数は約3300万画素に達する。技術的なハードルは高いが、2020年の製品化が期待される。

「我々の夢としては、東京五輪のスポーツカメラマンのなかにLUMIXを持っている人がいたらいいなと。8Kフォトでスポーツ選手の決定的瞬間を捉えてもらいたいと思っています」

(本誌・児玉智浩)

月刊BOSS×WizBizトップインタビュー

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【BOSS×WizBiz】絵コンテ事業でトップ企業 スマホ、ネット広告代理店でIPOに向けてばく進中

原田 弘良 アクア社長
1963年、埼玉県生まれ。86年中央大学卒業後、テレビ局入社、文字放送などを担当。91年退職後、絵コンテ会社を経てアクア設立。2002年株式会社に組織変更。代表取締役就任、現在に至る。

1日に1度は目にする

── 基本的な事業内容はどういったものでしょうか。
簡単に言ってしまいますと、広告系の制作会社、デザイン会社ということになります。

事業の柱は4つです。1つ目は創業からの事業であるテレビCMの絵コンテ制作です。これは電通さん、博報堂さんといった広告代理店がテレビCMイメージなどクライアントに見せたり、コンペで使用する絵コンテを作るものです。

日本で年間に作られるテレビCMは約2万件ほどありますが、そのうちおよそ5000?6000案件を手がけています。みなさんが観ているテレビCMの3本に1本は当社が関わったものになります。

2つ目がイラストレーション事業です。具体的にはデパートの大きな壁一面の商品広告や駅の構内にある商品やテレビ番組などの大きなポスター、映画のポスター、また、電車の広告の中吊りや雑誌の表紙など、年間約2000案件ほど手がけています。こちらもシェアトップです。

3つ目は、WEBでのプロモーションコンテンツです。最近はWEB上で動画などをつかったプロモーションが増えています。こうしたプロモーションの動画などの制作がこの分野になります。

4つ目が、スマホゲームなどのキャラクターや背景のイラストです。サイバーエージェントさん、コロプラさんなどスマホゲームを展開している会社がありますが、こうした会社ではゲームの企画やそれを動かすエンジン部分のプログラムは自社で作っています。しかし、キャラクターや背景などのビジュアル面は、当社のような会社に任せることが多いんですね。餅は餅屋みたいなもので、実際、人気ゲームランキングのトップ10のうち半分ほどのゲームは当社がビジュアルを担当したもので、ゲームのビジュアルに関してもシェアトップです。

朝、テレビのスイッチを入れて番組とCMを見て会社へ出勤。駅でのポスターや電車の中吊り広告を目にし、街に出れば百貨店の壁一面のポスターを見て、スマホでゲームを楽しめばそのビジュアル。朝起きてから夜寝るまでの間、世の中の人が当社の作品に触れている――というのが当社の事業です。ただ、裏方ではありますが。

── こうした4つの事業のほか、新たに力を入れているものはありますか。
WEBプロモーションやスマホゲームといったデジタル系の分野が広がっていることもあり、やはりこの分野には力を入れていきたいと思っています。具体的には、サイバーエージェントさんとはゲーム分野でおつき合いがありますが、サイバーエージェントさんがやっておられるインターネット広告事業といった分野です。例えば、LINEのスタンプを使ったプロモーションなどで、今はスタンプのイラストの制作中心ですが、携わる部分を広げた広告代理店を5つ目の柱にしたいと思っています。

このほか本社の近くにショールームを開設したのですが、そこではデジタル映像の最新技術などを公開しており、常に新しい分野にも力を入れたいと思っています。

2019年にIPO

── 創業当初は、苦労されたということですが。
大学を卒業後、在京テレビキー局に入社したのですが、ひょんなことで知り合ったCMの絵コンテ会社の社長から誘われて、テレビ局を辞めてその会社に入りました。しかし、最初の話と大違い。今でいえば超ブラック企業で、勤務時間は朝10時から翌日の朝5時まで。社内にはカプセルホテルのユニットが十数個あって、男女を問わずそこで仮眠させるんです。結局5ヵ月でその会社を辞め、会社を立ち上げました。

絵コンテの仕事は、人脈もできていたし、内容もわかっていたので、営業面の心配はありませんでした。ただ絵を描いてくれるクリエーターがいなかったので、東京芸大や美大に行って声をかけて6人スカウトして始まったのがこの会社の始まりです。

とはいえ、設立直後はお金がありません。仕事はあるけどお金がないということで、黒字倒産しそうになりました。そのため知り合いの社長さんに喫茶店の店内で土下座をしてお金を借りたこともあります。

それから6年ほどは会社も順調だったのですが、会社の方向性で設立メンバーと意見が合わず、私以外みんなが会社を去ることになりました。これが「第二創業」となり、今の会社の土台になっています。

── 今後の事業展開はどのように考えていますか。
IPOについては、2019年春には実現しようと、さまざまな準備を進めています。今後の事業展開としてはやはり力を入れていきたいのがデジタル系部門ですね。LINEスタンプのお話はしましたが、当社の売り上げの半分を占めるビジュアル部門を強化しながら、ネット広告代理店的なところに力を入れていきたいですね。これからオリンピックもあるので、そうしたタイミングを利用しながら、今はさらにその先を描いている途中です。

私は恵まれた家庭ではなかったので子どものころから、また会社経営も常に崖っぷちに立たされていました。そのため絶対に後ろに下がらないというか、下がれない状態でした。そこで常に前に進むことしかしてきませんでした。これが当社の理念である「自らの人生を切り拓く」に通じたわけですが、仮にまっすぐ前に進めないのであれば、ちょっと横にそれて斜めでもよい。とにかく前に進むことが大切だと思っています。こうした思いをこれまで以上にもって進んできたいと思っています。


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