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2014年4月号より

“定保英弥 帝国ホテル社長に聞く
定保英弥 帝国ホテル社長

定保英弥
帝国ホテル社長

さだやす・ひでや 1961年7月6日生まれ。東京都出身。84年学習院大学経済学部卒。同年帝国ホテルに入社。2004年営業部長、08年帝国ホテル東京副総支配人兼ホテル事業統括部長、09年取締役常務執行役員兼帝国ホテル東京総支配人。12年専務取締役、13年4月社長に就任、総支配人も兼務。趣味はゴルフのほか、愛犬との散歩や好きな音楽を聴きながらのドライブ。

日本の“おもてなし”といえば、真っ先に名前が挙がるのが帝国ホテル(東京・千代田区内幸町)。3年前の東日本大震災の際は、ロビーや宴会場を開放して帰宅難民2000人を受け入れ、毛布やペットボトルの水、保存食などを提供、改めて老舗名門ホテルの存在感を示した。

同ホテルの開業は1890年まで遡り、東京五輪開催の2020年には節目の130周年を迎える。一方、高級外資系ホテルは今後も続々と東京に進出予定で、国内勢を見ても、星野リゾートが大手町に「超高級旅館」を出す計画がある。つまり、20年に向けて都内のホテルの攻防はますます激しさを増していくわけだ。そこで帝国ホテルの定保英弥社長兼東京総支配人に、沸き立つホテル市場の今後や、同社の変わらぬ哲学などを聞いた。

五輪決定後に“ストップ高”

―― 昨年9月7日に20年の五輪が東京に決まった翌日、帝国ホテルの株価はストップ高をつけました。株式市場が、五輪で真っ先に帝国ホテルを連想した証でもありましたね。
定保 それだけご期待いただいているということで、身の引き締まる思いです。五輪が決まったのは日本時間で日曜の早朝でしたが、その日の午前から午後にかけて、「20年の五輪開会式の時に泊まれますか」というお問い合わせが結構、ありました。その後、1週間ぐらいで計100件ほど、そういうご要望やお問い合わせをいただきましたが、そこまで先のご予約は受け付けておりません。でも、ご期待は嬉しく、改めて頑張らなくてはという思いです。

―― 帝国ホテルファンの財界人もたくさんいます。たとえば、京都に本社を置く日本電産の永守重信社長。永守さんは上京の際は帝国ホテルを常宿にしていますし、東日本大震災の時も、出張先の群馬県から夜中までかかってクルマで帝国ホテルに辿り着いたということでした。
定保 本当にありがたいことだと感謝しています。当社は立地的に恵まれて帝国劇場にも近いので、芸能関係や女優の方々も長期で常宿にしていただいてきましたし、上場企業のトップの方々を中心に、財界人の方にもいろいろな形でお使いいただいています。これまで124年間営業してきた大きなアドバンテージだと思いますし、今後も良き伝統をしっかり伝承していきたいですね。

「124年前、外国の賓客をもてなすために財界人によって設立されたのがルーツ」と定保英弥・帝国ホテル社長。

―― アベノミクスによる株高効果や円安による訪日外国人の増加で、ホテル業界は軒並み業績がいいわけですが、宴会、婚礼、宿泊など、細分化して見た場合はどうですか。
定保 一昨年、IMF(国際通貨基金)・世界銀行年次総会が東京であって、その会場、および宿泊場所に当社がならせていただいた頃から(ホテル業界の)潮目が変わってきているなということを感じてはいました。その後、政権が交代して年が明け、株価が本格的に上がり始めて円安にもなり、新年度に入っても勢いは変わらず、続く参議院選挙でも与党が圧勝して五輪が決まりと、ずっといい流れで来ましたからね。その効果が最も出ているのが客室部門の売り上げだと思います。都内のほとんどのホテルで客室稼働率が上がり、ADR(客室平均単価)も比例して上がってきました。

一方で、円安が進むと輸入食材や電気料金が上がってコストの上昇もあるわけですが、それを補って余りあるいい形で推移しているのかなと思います。昨年、訪日される外国人のお客様がようやく1000万人を突破しました。国交省や観光庁が行った、ASEAN諸国に対してのビザの緩和措置も効いています。一昨年はスカイツリーがオープンし、昨年は東京ディズニーランドが開園30周年を迎え、歌舞伎座も新しく生まれ変わりました。さらに富士山が世界文化遺産に認定されましたし、訪日外国人を増やす上で、こうしたいい流れは五輪に向かってこのまま進んでいくでしょう。

ただ、当社では4年前に120周年を迎えた際、かなり大がかりな改修を行っておりますので、五輪を控えているからと、新たな改修は特に予定していません。ですから、たとえば富裕層の方にもっと宿泊を楽しんでいただけるよう、スウィートルームのグレードを上げるとか、そういう部分的な改装の取り組みをしっかりやりたいと思います。

―― 宴会や婚礼部門はどうですか。
定保 まず宴会は、ホテル間の競争がますます厳しくなってきているということと、企業の宴会需要はどうしてもタイムラグがあるんですね。たとえば周年パーティの予算でも、景気が上向いたからすぐにやろうということにはなりません。景気上昇後、半年ぐらいはタイムラグが出てくるんです。ですから、宴会予約も少しずつ良くなってきている感じですね。

婚礼については、若年人口自体がだんだん減ってきていますし、海外、あるいは都内の一流レストランで結婚式を挙げられる方も増えています。そんな中で、当社が提携しておりますハレクラニホテル(米国ハワイ州。帝国ホテルの筆頭株主である三井不動産が持ち株100%)をご利用される方も増えてきています。

当社の近くではパレスホテルさんが建て替えオープンされ、外資系ホテルもさらに出てきます。婚礼需要は、どうしてもそうした新しいホテルに流れていく傾向がありますので、当社ではどうやって目新しさを出していくか、来年の125周年に向けて一生懸命に取り組んでいるところです。

「9つの実行テーマ」を伝承

―― これから五輪に向けて、過当競争とまでは言いませんが、ホテル業界の過熱感は相当、出てきそうです。日の丸ホテル王者の帝国ホテルは、どんな形で迎え撃ちますか。
定保 MADE IN JAPANのホテルとして国際的なベストホテルを目指していくという、その原点の理念にもう一度立ち戻り、人材の教育をきっちりやっていくことに尽きると思います。五輪に向けてというだけでなく、その先も見据えて、全社的な語学力の向上も含めて人材育成を一生懸命にやると。

そこを磨けば、さらにリピーターの方も増えて、自然と売り上げや利益も増えていきます。また、その利益で人材教育に再投資するという循環をもう一度、きちんと作ることですね。120年余にわたって培われてきた、いろいろな当社のDNAの伝承がありますので、しっかり引き継ぎ、そこにどう、新しいエッセンスを加えていくかだと思います。

―― 帝国ホテルの人材やサービスレベルは、ほかのどのホテルもベンチマークしています。他社にない、独特のクレドなどもあるのでしょうか。
定保 昨年で125名、今春もそのくらいのフレッシュマンが入ってくる予定ですが、社会人やホテルマンの心得として、「9つの実行テーマ」というものがあります。最初が「挨拶、清潔さ、身だしなみ」。次が「感謝、気配り、謙虚さ」。最後に「知識、創意、挑戦」です。ここ数年は、特に最初の3つをしっかりやりましょうと社内で言っています。

プラス、お客様にお褒めいただいても叱られても、理由をみんなで共有していこうと。それを正社員のみならず、契約社員やアルバイトのスタッフにも広げました。今後も、アマンさんやアンダーズさんなど、ますます手ごわい外資系ホテルが東京に出てきますので、正直、当社といえども営業的にはしんどい場面も少なくありません。

ただ、東京で五輪が開催されることで、ニューヨークやパリ、ロンドンにも引けを取らないホテルインフラが揃っていくわけで、当社には長い歴史や素晴らしい立地というアドバンテージがありますから、何とか外資系ホテルの皆さんとも勝負できているのではと思います。

―― 三井不動産が主導する形で、近隣の日比谷エリアの再開発が進んでいますが、さきほど定保さんが言われたように目先、帝国ホテルでは大改修がないとしても、将来的にはホテルの建て替えも含めた検討をされていくのではと思います。現時点で、中長期的な構想はどこまで考えていますか。
定保 将来的な姿はまだ描けていませんが、(筆頭株主の)三井不動産さんの皆様とは、お互いに長期的なことを勉強するチームがありまして、ここ数年来、その勉強会を行っております。五輪という大きな目標もできましたし、これから具体的なことも検討するようになるのではないかと。そこは、あまり拙速にならずに考えていきたいと思います。

上高地や大阪も好調

―― では、フォローの風が吹く中で足元の重点課題は何でしょう。
定保 当たり前ですが、営業力の強化は重点課題ですね。以前は“ご三家”と言われ、ホテルオークラさんやホテルニューオータニさんと競争していたのが、これだけライバルが増えましたし。サービスの部分を、もう1段、2段どう上げていけるかというのが一番大きいでしょう。あとは帝国ホテルという企業が大きくなっていくために、ここと大阪、それに上高地のホテルも含めてどういう展開ができるのか、前向きな検討課題にはしていきたいと思います。

長年ご支持いただいてずっと積み上げてきたものがありますから、海外でも同じことが簡単にできればいいですが、海外展開も考えるものの、なかなか難しいですね(インドネシアのバリ島にあった「ホテル・インペリアル・バリ」の運営は03年1月に撤退)。

―― 定保さんの場合、帝国ホテル社長と東京総支配人を兼務されています。そこは、たとえばホテルオークラとは違うわけですが、総支配人兼務ですと、現場のことが肌感覚でわかるメリットが多い気がします。
定保 おそらく、オークラさんは目指す方向性が当社とはちょっと違うんじゃないでしょうか。ただ、開業から50年であれだけのブランドホテルを作られたわけですし、素晴らしいことだと思います。
我々は多店舗展開というよりも、ここでのレベルをどう上げてお客様をキープし、どう新たなサービスを提供できるかが最重要課題で、会社を一気に大きく拡大しようとは思いません。

東京・内幸町の帝国ホテル

―― 上高地帝国ホテル(長野県)や帝国ホテル大阪(大阪市北区天満橋)では、何か特徴的な動向はありますか。
定保 上高地は、1年間営業する上で天候に左右される部分が相当ありますからね。昨年は、悪天候などで現地が通行止めになるようなことも例年に比べて少なく、天候不順も幸い、あまりありませんでした。また、昨年は上高地も開業80周年という節目だったので、業績的にも非常に良かったです。

大阪も、進出してから20年近く(96年に開業)になりました。大阪進出に際しては当初、婚礼需要で関西一のホテルになろうということで入っていき、おかげさまでその部分では大成功だったと思います。婚礼以外では若干、苦労した部分もありましたが、地元の企業様にもかなり声をかけていただけるようになりましたし、宿泊部門も良くなってきました。これからが楽しみですね。

東京エリアは、大きな国際会議が開催されるチャンスがあればさらに見直されると思いますが、その誘致は、ホテル単体ではできません。当社の近隣のライバル、たとえばパレスホテルさんやペニンシュラホテルさん、ステーションホテルさんやマンダリンホテルさんらとも手を組み、みんなで誘致しようよという気運にもっていければ、しめたものだと思います。

転機は4年間のロス駐在

―― 定保さんの入社の経緯、これまでの転機も聞かせてください。
定保 父親が航空会社に勤務していた関係で、子供の頃、海外に住んでいた期間も少しあって、家族と帰国した際に帝国ホテルに泊まったことがあるということを、何となく覚えていましてね。この業界を志望するなら、受けるのはやはり帝国ホテルだろうと。

入社後、ゆくゆくは海外の営業所へ行きたいという思いがありまして、それが叶い、91年から4年間、ロサンゼルスの営業所に駐在することができました。私はキャリア的にはずっと営業ですし、米国のホテル業界の人とも知り合いになれ、広大な国土の米国という国で営業する機会を与えてもらえたので、やりがいもありました。また、ほかの人には負けない気持ちを持つという意味でも、大きなターニングポイントになった気がします。

―― 帝国ホテルの今後の進化ですが、五輪はひとつの大きな通過点に過ぎません。ある意味では、五輪という宴が終わった後、主要ホテルのサバイバルが始まる気がします。
定保 確かに、ポスト五輪を睨みながら事業の幅を広げるなり投資なりをしていきませんと、五輪がゴールではないですからね。

さきほど言いました、世界銀行の年次総会後、世銀の方から「安全安心で、すべてのスケジュールがほとんど予定通り狂いなく進められた。パンやコーヒーの出るタイミングも絶妙で食事も美味しかった。これだけ会議がスムーズに進行したことはない」というお褒めの言葉をたくさんいただきました。50年前の64年の東京五輪の後も、英国の選手団から当社に同じようなコメントをいただいているんです。

確かに外資系ホテルも素晴らしいですけど、日本ならではのサービスをしっかりやっていくことですね。20年の五輪後、そんなに大きく訪日のお客様が減るということは、私はないと思っていますし、まずは五輪に向けて、いかにビジネスマンや観光のお客様をお迎えするかの準備に万全を期すことでしょう。

(聞き手・本誌編集委員・河野圭祐)

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