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特集記事

2013年10月号より

“大型販促で「勢い」は見せた今後は客数アップが重要

「売れたか」でなく「売ったか」

―― 今年春先までは静かだったマクドナルドが6月以降、季節限定や期間限定商品を矢継ぎ早に投入し、怒涛のキャンペーンラッシュで注目されました。
1日限りで数量限定の1000円バーガーがその最たるものでしたが、振り返ると昨年11月、第3四半期決算(同社は12月期決算)の発表の席上で、それまで8年連続で続いてきた既存店売上高アップが途切れることを明らかにしています。それ以降、社内の議論、あるいは原田さんの社内での指示はどんなものだったのでしょうか。

原田 以前から、ずっと私が言っていたのが「成功した時が危機の始まり」「成功すればするほどハードルが高くなる」といったことです。私がここへ来た2004年以降、8年間連続して成功すると、社内の空気が目の前の数字を作ることにやっぱり慣れてしまい、ある意味では緊張感が足りなくなった。いまだから言えますけど、そう感じることもありました。そこで、私が社内でよく聞いて回ったのが、「それは売れた数字か、それとも売った数字か」ということです。

―― 待ちのビジネスではなく、主体的、積極的に売り上げを取りに行ったかどうかということですか。
原田 そう、売れた売れなかったではなく、売ったか売っていなかったかの議論ができないと、継続的な成長になっていかないわけです。

話題になった「BITE!」キャンペーン。

また売った数字も、利益の伴った、継続的な成長につながる売り上げなのか、一過性のもので終わるものなのかを検証していかなくてはいけない。言い換えれば、一過性の売り上げを追求するあまり、継続的な成長を犠牲にしているものはないか。そういう検証をしたわけです。

04年から始めた改革は、改革ですから、私の強烈なリーダーシップで引っ張っていかざるを得ませんでした。その改革はまだ終わっていません。でも、終わった改革の延長線上にある成長戦略については、私が全部リーダーシップを取っていたのではいかんのです。人材を育て、リーダーシップ育成もやらないといけませんから。これからやるべきことを言うのは簡単で、戦略とは、やめるべきことを言うことだと思ってますから、何をやめなければいけないかという議論は、かなりしました。

―― そういう意味では、昨年11月、あるいは今年2月の本決算発表時点では、いたずらにメニューを増やさないということで当初、今年のマクドナルドは地味な1年になりそうだという印象を持ちました。
原田 いろいろ議論した結果、いくつか機会点(=課題)が見えました。1つは、新商品の乱発をやめること。新商品の売り上げが上がっても、利益が伴うかというと、広告宣伝費がかさみますし、目算が狂って商品廃棄が出ても利益を圧迫します。つまり、継続的に右肩上がりになる成長戦略ではないんです。

それよりも、長い間売ってきた定番メニューに注力するのが、本当はあるべき姿なのです。そこに軸足を移すべきじゃないかという議論がありました。新商品の乱発、特に季節限定メニューの再考ですね。

それと、ディスカウントで目の前の売り上げを取ることもやめる。ディスカウントをやめるとその分、売り上げは下がります。だから、またディスカウントして売り上げを上げる。これを、単純に繰り返していてはダメです。

たとえば、炭酸飲料をオールサイズ100円にする。これはいい。ところが、ビッグマックのような商品を、ディスカウントして200円で売るということを年に数回、1週間ずつやっていくと、一時的にはお得感が上がります。

でも、繰り返してやっていると、お得感がだんだん下がってきます。これはたぶん、牛丼チェーンがやってきたことと同じなんですよ。そこに1つの発見があったので、それはやめようと。

―― 定番メニュー回帰とディスカウントもしない論理はわかりますが、その次の一手が、春先までは見えにくい感じでした。
原田 メディアは「マクドナルド業績不振」と、こう書かれてましたけど、業績が不振に終わったんじゃなくて、業績を一旦下げるという、明確な意図と意思をもってやってきたわけです。ですから、我々は業績不振という感覚は持っていません。敢えて、今後のために痛みを伴うビジネスモデルの体質改善をしようとしたわけですから。

想定外の年初の落ち込み

―― 矢継ぎ早のキャンペーンは、その考え方に変化が生じたと。
原田 大きかったのは、今年の1月、2月の既存店の売上高が、マイナス17%とマイナス12%だったことです。もちろん、マイナスになるとは思っていました。

マクドナルド入り後、10年目に入った原田泳幸氏。

でも正直、2桁も下がるとは誰も思っていなかった。そこで猛烈に戦略を見直してみたわけです。でも、やっぱり季節限定の乱発はやってはいけない。そこは選択と集中で、季節限定商品の数は少なくていいから、よりインパクトのある強烈なものをやらないと。
お客さんはやはり、新しい価値やサプライズを求めています。乱発抑制と新商品投入の、バランスを取ることが大事だということがわかったので、そこから猛烈に企画を立て始めて、6月からのキャンペーン(サッカーの本田圭佑選手をイメージキャラクターにした大がかりな販促戦略)に至ったわけです。

一方で、いまだにディスカウントはやめています。もっと言えば、1月、2月のあの落ち込みがあったからこそ、いろいろと学べたのです。あの時期、そこそこのマイナスで終わっていたらたぶん、ここまで強烈な発想は出てこなかったと思いますね。社内の空気としては決して路頭に迷っているわけではない。今回のキャンペーンは、いわば学びから出てきた新しいアイデアですから。これは大きな財産として、今後に生かしていきます。

―― その1、2月の大幅な落ち込みですが、昨年末以降、アベノミクスで日経平均株価がグッと上がり、ファミレスやファストフードに行っていた客が、財布の紐を緩めてワンランク上の食事に出かけるようになったということはないですか。
原田 そういうデータはないですね。アベノミクスで外食産業の消費構造がそんなに変わったとは思えません。それよりも、大きな流れの変化はありますよ。たとえばデリバリー市場が右肩上がり、あるいはテイクアウトが伸びているとか。依然デフレで、外食マーケットが右肩下がりでありながら、競争は逆に厳しくなってきて、お店の数もプレーヤーも増えています。

負けず嫌いで絶対に弱音を吐かないのが原田氏の身上でもある。

ということは、消費者はお店もメニューもものすごく選択肢が広がっているわけで、我々にしたらこれは強烈な競争要因です。なので、一番大事なことはマーケットシェアをしっかりと捉えるということ。外食産業はまだまだ右肩下がりということは意識しておかないといけないですから。テイクアウトやデリバリーが増えているほか、スーパーマーケットでも積極的に弁当を売っていますから、我々のようなレストランビジネスは、まだまだ厳しいものがあると思います。

その中で一連のキャンペーンは大成功。1000円バーガーなど、数量限定メニューも予定より早く売り切れましたし、特に好評だった「クォーターパウンダー ハバネロトマト」が相当早く売り切れて、次に準備していたスパイシーな「サルサバーガー」投入を、前倒しするくらい売れましたから。

でも、これですごく売り上げが上がって安泰かといえば、そういうレベルではないです。やはり、客数を取っていくというところがまだまだ厳しいですね。当社に限らず、外食マーケットは当分、客数ではダウントレンドだと思います。したがって、今後は当社もデリバリーには力を入れていく。これは投資上、大事なポイントです。

「高価格帯」誘導ではない

―― 「BLT」「ハバネロトマト」ともに、従来のクォーターパウンダー商品よりも高価格帯であったうえ、「クォーターパウンダー ジュエリー」という1000円バーガーでサプライズを見せ、従来よりも高価格帯に客を誘導しつつ、新デザート商品で客数を取っていくという見方もあります。
原田 一連の商品は決して客単価政策ではありません。あくまで、来店されたお客様にマクドナルドの勢いを感じてもらうためのプロモーション、お祭りであって、ビジネスモデルではありません。マクドナルドは、ウィークデーの客単価、ウィークエンドの客単価、カウンターの客単価、ドライブスルーの客単価と、もうほとんど決まっているんですよ。これは普遍的なものです。ですので、一連のキャンペーン商品は客単価を上げるものではなく、客数を上げていくためのキャンペーンで、話題作りなのです。

それに、高額商品で獲得する客数というのはそんなに大したことはないですから。むしろ、新デザート商品のほうで客数を増やさないといけない。でも、まだ予定よりも客数が下回っているというのが正直なところです。

年間の業績も、今年1月、2月のマイナス幅が1年間、重くのしかかってきますから、今年は大変、勉強の年だったということでしょうね。ともあれ、客数がまだ予定通りにいってないので、そこが今後の一番のチャレンジになります。

―― 本田選手を起用した「BITE!」のキャンペーンでは、相当な販促費になったのでは。
原田 いや、販促費は年間予算の枠が決まっていて何も変わらないです。同じ予算の中で配分を変えただけで、例年よりも予算をたくさん使ったということではない。それでいて、外部の方には販促費を相当使っているなと感じさせるのが、いいマーケティングなのです。

今回のキャンペーンの企画立案では、相当久しぶりに私も入り込みました。広告宣伝やマーケティング、コピーまで入り込んだのは、前回のクォーターパウンダー以来でしょう。要は、マーケティングも選択と集中なんですよ。これは社員もずいぶん勉強したんじゃないですか。

―― 足元と、12月期の決算に向けたこれからの課題は、どのあたりにありますか。
原田 さきほど言いましたように、1月、2月の数字は決算発表上、重くのしかかってきますから、年初の業績見通しをこう変えますとは、この場では言えません。年初に発表した年間数字を達成するのは、厳しいことは厳しいですね。

去年と今年の経験が、来年以降のさらなる成長のために、かなり貢献してくるでしょう。8年連続成長の後、2年間学びがあったと。毎年、永遠にマイナスが続くわけじゃないですから。この厳しいデフレの中で、通らなければいけない、不可欠の経験だったんでしょうね。ただ、迷走は絶対にしていませんから。戦略も変わっていないし、やるべきことは見えていると思います。低迷している時こそ、社員やステークホルダーに対して希望を見せるのが経営者の役割ですし。

秋以降の仕掛けが焦点

―― 後半戦の中で、消費税増税が来年以降本当に引き上げになるのか、不透明な部分もあります。
原田 消費税率引き上げが予定通り来年4月からでも、あるいはその予定が先に伸びても、いずれにしてもどこかでは上がるんです。その時どうするのかという準備はしておかなくてはいけないんですけど、それ以上に、そんなことにエネルギーを使っていても業績は上がりません。

選択と集中の重要性を説く原田氏。

大事なのは、どうやって売るかという議論がしっかりできているかどうかです。消費税が上がった場合、どういうキャンペーンをやったらいいとかまずいとか、そういう議論に終始している経営者だったらもう、ダメでしょうね。

消費税増税なら、家やクルマなどの大型商品には駆け込み需要やリバウンドがあるでしょう。でも、コモディティや日常の食生活の商品の場合は、駆け込みってないわけですよ。税率が上がった瞬間はストーンと落ちます。でもスッとまた元に戻るんです。その現象は成長戦略とは関係ないもので、どちらかと言えば戦略でなく戦術の話です。

それ以上に、日本は人口が減っていくわけですから、顧客獲得率を上げていく以上に、来店頻度を上げる。そこではメニューの数を増やすのではなく、来店動機を増やすことが重要なのです。

 

―― ところで、店舗のフランチャイズ化比率や自社物件店舗の多寡では、米国本社とかなり差があり、この水準の差を埋めていくこともずいぶん前から言われてきました。
原田 04年からやってきたことはたくさんありますけど、その中の1つがグローバリゼーションです。マクドナルドはグローバルなレストランのビジネスモデルでありながら、それまでは日本の独自性に偏り過ぎていた。

そういう意味では、米国本社との連動を図るというのは相当、こちらから積極的にやってきました。店舗開発から厨房設備、オペレーションシステム、サプライチェーン、メニューの改廃と、すべてにおいてです。「BITE!」のキャンペーン商品も、米国からのアイデアもあるし、日本が開発した部分もある。そのインテグレーションから生まれた商品ですからね。

そういうことをやってきた中で、日本マクドナルドHDはジャスダック市場の上場企業ですから、上場企業としてガバナンスも守らなければいけないので、経営戦略に関しての自立性は大事。

でも、ビジネモデルに関してはグローバルな強みを出さないといけない。ここは、かなりけじめをもって議論しています。あくまで戦略の決定権は日本側ですから。それに、積極的に日本人のニーズを反映した商品開発をしなかったら、企業として存続できません。

―― この夏以降の課題はどうですか。
原田 「BITE!」のキャンペーンは終わりましたし、次のメニューをどうするか、この夏に学んだことや、1月、2月の失敗から学んだことを、どう秋冬シーズンの商戦につなげていくか、まさにいま一生懸命議論しています。これまでと同じことをやっても、過去の成功以上の成功は望めないのですから。

(聞き手・本誌編集委員・河野圭祐)

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