ビジネス誌「月刊BOSS」。記事やインタビューなど厳選してお届けします! 運営会社

経営戦記

「企業は人なり」――。大企業から中小企業まで、どんな企業であってもそれを動かしているのは人であり、意思決定するのは経営トップである。言葉を変えれば、どんな優良企業でも社長が変われば倒産するし、低迷企業も不死鳥のように蘇る。すなわち経営とは日々の戦いであり、経営者に求められるのは不断の努力と決断力だ。話題の企業の経営者はいったいどのような戦いを勝ち抜いてきたのか――

2014年11月号より

激化する私鉄間競争 西武が勝ち残る「秘策」 若林 久 西武鉄道社長
若林 久 西武鉄道社長

若林 久 西武鉄道社長

わかばやし・ひさし 1949年1月1日生まれ。静岡県出身。早稲田大学卒。72年伊豆箱根鉄道入社、99年同社自動車部長、2001年取締役入りし、05年からは旅行部長も兼務。同年常務営業部長、06年社長に就任。12年5月西武鉄道社長に就き、同年6月から西武ホールディングス取締役も務める。趣味はウオーキング、神社仏閣巡り。好きな食べ物はじゃがいもとカレー、好きな飲み物はビール、ワイン、焼酎。座右の銘は「人事を尽くして天命を待つ」。

今年4月に再上場を果たした西武ホールディングス。同社の中核会社が西武鉄道だが、少子高齢化や人口減少など、私鉄経営を巡る環境は先細りが懸念される。それだけ私鉄間競争も激しさを増すわけで、西武鉄道ではどんな差別化戦略で臨むのか、若林久社長に聞いた。

まずは沿線開発が大事

〔西武ホールディングスが再上場を果たしたのは今年4月。有価証券虚偽記載事件で上場廃止が決定したのが2004年12月のことだったから、約9年半ぶりに株式市場に復活したことになる。昨年、同社の筆頭株主である米国の投資ファンド、サーベラスとの事業や人事を巡る攻防が話題になったが、同社では再上場というより新規上場したという考え方だ。グループの中核企業、西武鉄道の若林久社長はこう語る〕

10年前とは社内の体質も様変わりしましたからね。やっぱり株式上場で社員のモチベーションも上がりましたし、私も西武鉄道の各駅に行くたびに上場した話をしますが、みんな喜んでいます。昨年は(サーベラスと)いろいろありましたが、沿線の自治体や住民の皆さんに非常に応援していただいて、改めて鉄道事業者としての責任を実感しました。

〔西武グループ総帥だった堤義明氏の時代は、観光開発に軸足を置き、沿線開発には力を入れなかった。確かに、ターミナルの池袋駅は新宿に次ぐ乗降客数があるとはいえ、駅周辺でめぼしい再開発は少なく、西武新宿駅がJR新宿駅と直結していないのも痛い。さらに東急電鉄のような沿線のブランドイメージもないとあっては、義明氏が沿線開発に消極的だったのも一理ある。

が、加速する少子高齢化と人口減少のいまは、沿線開発強化なくしては、西武鉄道の存亡に関わるといえる。05年、メインバンクのみずほコーポレート銀行(当時。現みずほ銀行)副頭取から西武鉄道社長に転じた後藤高志氏(西武HD発足は06年2月)は、それまでの組織を再編成すると同時に原点回帰を強め、同業他社に後れをとっていた沿線開発にも積極的に投資。老朽化した駅舎のリニューアルや高架化も進み、他社と肩を並べる域に達してきた〕

西武線の池袋駅については今年6月、40年ぶりに大規模改修することを発表し、併せて、駅に隣接する旧西武鉄道本社ビルも建て替えます(駅構内のリニューアルは16年3月、大規模なオフィスビルに生まれ変わる予定の旧本社ビルは18年度の竣工を予定)。12年度から15年度までを、当社で100年アニバーサリーの時期(12年が前身の武蔵野鉄道設立から100年、来年は池袋駅開業から100年)と位置づけましたが、ちょうどその時期にも差し掛かりましたので、駅の内外装を一新し、駅構内の商業施設も拡充して利便性を高め、バリューアップしようと。

旧本社ビルのほうは以前、建て替えの計画を立てましたが今回、もう一度やり直しました。池袋駅の近隣エリアにある賃貸オフィスビルとしては、かなり大きなものになりますので、池袋の新たなランドマークにしていきたいですね。同時に西口の東武側とデッキでつなぐ構想もありますが、こちらは豊島区と東京都が主体でやる予定ですので、少し先のことになるかと思います。すべてが完成した後は、池袋駅周辺の景色はかなり変わってくるでしょう。

一方で、ここ(西武HDが本社を置く埼玉県の所沢駅。西武新宿線、西武池袋線の結節点となる駅)は、昨年6月に古い駅舎をリニューアルして綺麗になりました。次のステージでまず駅の東口再開発、次いで西口再開発へと続いていきます。特に西口のほうは、当社の車両工場跡地(敷地面積で約5万9000平方㍍)という大きな社有地がありますので、そこで広域集客型の商業施設を核として、かなり大規模な再開発をする計画です。

もちろん、沿線開発は東の池袋、西の所沢という2大拠点にとどまりません。高架化が済んでいる石神井公園駅(練馬区。西武池袋線)では高架下の有効活用の一環で「エミナード石神井公園」を整備してきました(イトーヨーカドー食品館など多数の専門店が出店)。いま、その2期開発まで終わり、駅前の3期開発では住宅を含めて検討していきます。

また、西武新宿線では中井駅から野方駅間で地下化の工事を始めています。いまは住民の方々にご不便をおかけしていますが、工事が完了すれば上の空間が全部空きますから、いままでの高架下の活用とは別次元のものになってくるでしょう。

グループ資源を総動員

〔ただ、沿線開発はどの私鉄にとっても最低限のことだけに、他社との連携を含めてあらゆる手を打っていかねばならない。その1つが、昨年3月に横浜の元町・中華街駅まで乗り入れとなった、東京メトロの副都心線を軸にした相互送客だ。東京メトロのほか、西武、東急、東武、みなとみらいの各線が乗り入れている〕

横浜方面への乗り入れで、昨年3月からの1年間の運輸収入で言えば、4億6000万円ぐらい増えています。もちろん輸送人員も増えました。相互直通運転は、当社線で言えば飯能(埼玉県)までですが、お客様にはさらに足の長い秩父(同)まで行っていただきたいという思いがあります。ありがたいことに、こうしたエリアの自治体が、自ら横浜方面に出向き、誘客に向けた販促活動をしてくれて、非常に助かっています。手をこまねいていては輸送人員は減少していきますからね。

当社には13路線ありまして、営業キロも179.8キロと、都心部から郊外まで幅広いエリアがありますので、7つのエリアに分けて、エリアごとの戦略を練っています。そこを基本にグループの総力を結集して取り組んでいこうと。ただ、単独ではできないこともあるでしょうし、副都心線から元町・中華街駅への乗り入れではお互いに切磋琢磨して、キャッチボールのように誘客、送客をしていますから、そういう協業は今後も大切にしていかないと。

13路線のうち、西武秩父線や西武多摩川線などを含めて、乗車効率のよし悪しはありますが、極端な話、秩父線がなくなってしまうとそこから池袋へ行く人たちの交通が断たれるわけで、ほかの交通機関を使うことになります。その場合、当然我々は減収になりますので、そういう観点でも(廃線などは)あり得ないこと。地域特性として、秩父線は観光的な色彩が非常に強いので、横浜方面からももっともっと誘客していくことが大きな課題だと思います。

秩父だけでなく(西武新宿線の)本川越方面もそうなんですが、こうしたところへ行っていただけるような施策を、さらに強化していく。プラス沿線開発です。子育て支援プロジェクトとして「Nicot」という駅近保育所も展開していますし、これらを総合的、かつ強力にやっていかないと生き残っていけません。その積み重ねが輸送人員の増加につながっていくのだと思います。

〔西武鉄道がほかの私鉄と違うのは、プロ野球球団の埼玉西武ライオンズを持ち、遊園地の「としまえん」(運営は豊島園)などがあること。沿線外から集客する装置はあるわけで、そこをどう極大化してグループシナジーを上げていくかにある〕

特に西武ライオンズはグループのシンボルですし、沿線価値向上には非常に寄与しているグループ企業です。なので、球団とは年中タイアップしていますし、西武ドームで野球を観戦なさった方の、5割近くは鉄道を利用されるお客様なんですね。なので、観客動員が多ければ多いほど我々も潤いますから。

一方のとしまえんも、我々の沿線では大きな遊園地ですし、冬場のイルミネーション演出や温泉の「庭の湯」など魅力的な要素も多く、アクセスもいいですから、もっと集客増に向けて力を入れていく余地はあると思います。

〔としまえんの敷地は11年、東京都が買収意向を表明し、閉園後に防災機能を持つ都立練馬城址公園にしたいとしていたが、西武HD側は回答を保留したまま今日に至っている。資産価値の高いとしまえんの売却は、とっておきの切り札的カード、オプションとしてとっておきたいということなのだろう〕

東京都とはその後、具体的には何の話の進展もないといいますかね。さりとて買収意向の撤回という話もありませんし、我々としては、現状のままでいろいろな増収策を練っているということです。

京急との連携を強める

〔沿線開発などの自助努力のほか、相互乗り入れ効果なども取り入れながらというのが各私鉄の方針。では、さらに踏み込んだ資本提携や合併、統合は電鉄会社には馴染まないのか。村上ファンドの介在という特殊要因はあったが、関西では阪急阪神HDが誕生している〕

そういう意味では、京浜急行電鉄さんとは2%前後ですが、お互いに資本を出し合っています。品川はリニア新幹線の始発駅となる予定だし、東京五輪を睨んだ羽田空港へのアクセスという観点からいっても、お互いにグループのホテルなどがある品川では再開発でいろいろ協業案件が出てくるでしょう。

また鉄道事業で見ても、京急さんのレッドカラーの車両を西武線で走らせていますし、当社のイエローカラーの車両を京急さんで走らせてもいます(ちなみに中吊り広告など車内広告でもお互いの沿線をPR)。これは相互に非常に効果が上がっていまして、今後もいろいろコラボレーション企画をしていこうと話をしているところです。そういうアライアンスならば、これからも十分にあるんじゃないでしょうか。

〔事業提携と言えば03年暮れ、小田急電鉄の利光國夫会長(当時)と西武鉄道会長の堤義明氏(同)が提携に関する共同記者会見を行ったことがある。提携内容は、箱根エリアでのバスの乗り入れに関するものだったが、西武グループの伊豆箱根鉄道(当時は上場会社)で、バス関連の自動車部長をしていたのが若林氏。当日も会見場の末席で会見を見守っていたという〕

バス会社というのは非常に縄張り意識がありまして、規制緩和後は法律上はお互いの営業エリアに乗り入れ可能になったのですが、両社とも節度は守っていたんです。当時、小田急さんの高速バスが箱根園に入ってくるという話で、伊豆箱根鉄道が他社のバス乗り入れを受け入れたのは初めて。なのでいまでも非常に思い出深い会見です。

インバウンド獲得が課題

〔若林氏は、その地元である伊豆の出身。だからか、就職活動では半ば当然のように伊豆箱根鉄道を志望していたようだ〕

入社したのが1972年で、私は団塊世代なのですが、東京ではあまり就職したくなかったというか、都会よりも田舎のほうが性に合っていたんですね。でも、地元近くの三島で会社を探すと、大企業の支店や営業所はあっても本社を置く会社なんてほとんどなく、ある程度の規模だと伊豆箱根鉄道だけだったんです。

〔その後、伊豆箱根鉄道社長に就いたのが06年。以来、6年間同社のトップを務めた後、西武HDの後藤社長から西武鉄道社長にと抜擢されたのが12年5月のことだった〕

まさに青天の霹靂でしたね。昔の西武グループの体制だったら絶対にあり得なかった人事ですから。少なくとも、西武鉄道の子会社のプロパーの人間が親会社に行くこともなかったですし、ましてトップになるなんて。こういう人事をすることが、いまの西武グループの活力になっているのではないかと、その時に思いました。

〔鉄道ビジネスは基本、ドメスティックなものだけに、6年後の東京五輪に向けて訪日外国人を呼び込む施策はとても重要になる〕

西武鉄道のスローガンは「でかける人をほほえむ人へ」。

このままいくと鉄道マーケットがどんどん縮小していく中で、インバウンドの取り込みは本当にやらなければいけないことだと思っています。たとえば、箱根に訪日外国人を誘導できている小田急さんに比べると、当社はインバウンドの取り込みでものすごく遅れているわけですね。

そういう意味では、当社の沿線にある川越などは、秩父とはまた色合いが違いまして、外国人受けする小江戸の古い街並みがあります。また、本川越駅までは西武新宿から特急で40分強です。新宿にはプリンスホテルもありますし、プリンスホテルと連携して、「川越アクセスきっぷ」の販売を今年から始めました。特急券、乗車券セットでお得に行けますということで、西武トラベルがセット商品を作っています。特に新宿は外国のお客様がものすごく多く、新宿プリンスも宿泊の6割以上が外国人の方ですので、これを取り込まない手はない。

ほかに池袋のサンシャインプリンスホテルとも連携して、池袋から秩父へという誘客活動も計画しています。まず手始めに、西武新宿から本川越までを当社のインバウンドの主要ルートとして商品開発をし始めたというところですね。

プリンスホテルの社員は海外に出向いていろいろプロモートしていますが、これまで西武鉄道では行ってなかったのが実情でした。でも、これからは当社の社員も同行して海外の旅行博などに行き、現地の旅行会社にPRして、旅行商品に西武鉄道を組み入れてもらうような働きかけも必要になってくるでしょう。東京五輪は、ホテル業界だけでなく、我々のような鉄道会社にとっても本当にチャンスなのです。

(構成=本誌編集委員・河野圭祐)

経営ノート | 社長・経営者・起業家の経営課題解決メディア

WizBiz代表・新谷哲の著書「社長の孤独力」(日本経済新聞出版社)

WizBiz代表・新谷哲の著書「社長の孤独力」(日本経済新聞出版社)

 

0円(無料)でビジネスマッチングができる!|WizBiz

WizBizセミナー/イベント情報

経営者占い