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経営戦記

「企業は人なり」――。大企業から中小企業まで、どんな企業であってもそれを動かしているのは人であり、意思決定するのは経営トップである。言葉を変えれば、どんな優良企業でも社長が変われば倒産するし、低迷企業も不死鳥のように蘇る。すなわち経営とは日々の戦いであり、経営者に求められるのは不断の努力と決断力だ。話題の企業の経営者はいったいどのような戦いを勝ち抜いてきたのか――

2014年5月号より

あと2年で勝敗が鮮明に「複眼思考」で商機を掴む
泉谷直木 アサヒグループホールディングス社長

泉谷 直木 アサヒグループホールディングス社長

いずみや・なおき 1948年8月9日生まれ。京都府出身。72年京都産業大学法学部卒。同年アサヒビールに入社。86年広報企画課長、95年広報部長、96年経営企画部長、98年経営戦略部長、2001年首都圏本部副本部長兼東京支社長。03年取締役入りし、06年常務酒類本部長、07年マーケティング本部長も兼務、09年専務、10年3月社長に。11年7月に持ち株会社のアサヒグループHDに移行して社長を務め、14年3月末からはCEOも兼務予定。

国内偏重、「スーパードライ」頼みに映りがちなアサヒグループホールディングスだが、飲料事業も3位、海外展開も強化中と着実に歩を進めている。同社の泉谷直木社長に、今後のアサヒグループの展開や勝ち残り策を聞いた。

同業他社と比較しない

〔ビール大手上位3社の明暗が分かれてきた。2013年12月期決算を見ると、サントリーホールディングスとアサヒグループホールディングス(以下アサヒGHD)の2社が経常利益で過去最高となったからだ。サントリーHDの今期の売上予想は、トップのキリンホールディングスにほぼ並び、経常利益では首位に立つ見込み。

一方のアサヒGHDは売り上げこそキリンHD、サントリーHD比で約5000億円のビハインドとなる見通しなものの、経常利益では今期、キリンHDを抜きそうで、売上高経常利益率ではトップに立つ。そして、泉谷直木・アサヒGHD社長は、かつてのようなビールシェア争奪の攻防とは、もう景色が様変わりしたことを強調する〕

もちろん他社との競合はあるわけですけど、各社各様で事業構造も利益構造もかなり変わってきています。キリンHDさんでは海外展開や医薬事業にも力を入れ、サントリーHDさんは洋酒事業をグローバルに伸ばそうとされている。ですから、我々自身がどういう方向に事業を進めていくのかが大事で、あまり横を見ていると(方向性を)間違うかもしれません。しっかりと自分たちの目標を定めて、その方向に向けてどうステップを進めていくかが重要だと思っています。

〔いまや、アサヒGHDとキリンHDの株価を比較すると2倍の差がつき(3月上旬時点)、アサヒGHDが先を走っている。両社の株価が拮抗していた時期からすれば隔世の感があるといっていい〕

株価は期待値ですから、期待に応えられなかったらウチだって株価は下がりますよ。株価を上げることが目的ではないですけど、企業価値を上げる上で、きちんとROE(株主資本利益率)やEPS(1株当たり利益)を上げる努力をし、さらに最適な資本政策を組みながら、よりスピードを加速させていく。こうしたことをトータルで組み立てていく経営が必要なんです。

昔はビールの箱数(=ケース数。1ケースは大瓶換算で20本)が何箱か、ビールのシェアがどのくらいかに経営の大きなポイントがありましたが、いまは変化係数(前述のROEやEPS等)がたくさんありますし、シェアも大事ですが企業価値がどう、飲料事業や海外の成長率はどう、そしてトータルでの成長構造はどうなっているのかを、全部包含して経営しなければいけませんから。

〔他社のトピックで言えば、サントリーHDが米国洋酒大手のジムビーム社を、約1兆6500億円の巨資を投じて買収することが話題になったが、一昨年末までは、「ジムビーム」を日本で扱っていたのはアサヒビールで、代わりにサントリー酒類が取り扱っていた「ジャックダニエル」の販売権がアサヒに移っている〕

サントリーHDさんの立場で言えば、あちらの強みはウイスキーですから、その強みで打って出ていくのは正解だと思いますし、すごいご決断でしたが、勝算あってのことでしょうから我々があまりコメントすることではないですね。我々も洋酒戦略をどうするのかという課題はありますが、まずはビール事業があって、洋酒事業はそこに付随していく。サントリーHDさんはその逆でしょう。各社でコアコンピタンスが違いますから、他社との比較をしてもあまり意味がないですね。

〔アサヒGHDはキリンHDやサントリーHDと比べて、海外売上高の比率はまだ10%強で国内依存度が高い。それはそれで引き続き課題ではあるが、一方で、マザーカントリーで存在感が強くない企業が海外で勝負して勝てるはずがない。
その点、アサヒビールの看板商品の「スーパードライ」は、ビールの銘柄別販売ランキングで2位の「一番搾り」(キリンビール)とはケタ違いのボリュームを持ち、唯一1億ケースを超えている。ただし、その「スーパードライ」とて、ピーク時の2000年には、現在の倍近い1億9000万ケースもあった〕

確かに、他社分も含めてビールの販売箱数は総じて減ってきました。ですから、箱数の絶対量だけで見れば、日本市場はすでに世界の中で10番目ぐらいに落ちています。でも、それを金額ベースに置き換えるとまだ2番目。そういう観点で考えると、いまでも世界2位の市場ですし、日本のマーケットは減るからという理由だけで海外へ出ても成功しないですね。世界のビールメーカーでグローバルプレーヤーに数えられる企業は、我々が考えている以上に「スーパードライ」の動向に関心を持っていますし、それだけのプレゼンスがあれば、海外でのチャンスは今後、まだまだ膨らむと思います。

中でもアジア市場がターゲットで、将来的に事業構成比の2割は海外へ持っていき、なおかつ海外で利益が取れる事業構造にしていかないといけない。まずは海外比率15%が目標で、20%を目指す頃には、さらにアジア市場を拡大するのか、あるいは米国や欧州の市場を強化していくのかを決めていくことになるでしょう。

過熱する高級ビール市場

〔今年は、右肩上がりのプレミアムビール市場がヒートアップしている。この分野で首位を走るのは「ザ・プレミアム・モルツ」擁するサントリー酒類だが、アサヒビールでも、ギフト商品だった「スーパードライ プレミアム」の通年商品化を開始。キリンビールも「一番搾り」で参戦予定で、サッポロビールも「ヱビス」の拡販に挑む〕

プレミアムジャンルは我々が参入したことで、直近で2900万箱ぐらいあるこの市場をどう増やすかに尽きます。昨年、このジャンルは前年比で7~8%伸びていて、今年は14~15%ぐらい伸びるでしょう。そうなれば、2900万箱がいずれ4000万箱、あるいは5000万箱になっていく。そこまで市場が大きくなったら(シェアを)ガバっと取ればいい。

まずは、プレミアム市場をさらに大きくすることです。かつて「スーパードライ」を取り巻く市場がそうでした。他社が一斉に“ドライ商品”をぶつけてきましたからね。そして市場が一気に膨らみました。でも、その中で品質が勝るところが最後は勝つわけで、結果、我々が勝ってきたわけです。単に「スーパードライ」が売れたという体験だけではなく、なぜ売れたのかという点を知る経験もできました。

去る2月24日、インドフードとの合弁事業の会見に臨んだ泉谷直木・アサヒGHD社長

〔一方、飲料事業はカルピス買収で3位の座を確たるものにした。首位のコカ・コーラ、2位のサントリー食品インターナショナルの背中は遠いものの、アサヒ飲料も確実にステージを上げている。また国内だけでなく、海外もインドネシアでのインドフードとの合弁事業など着実に歩を進めている〕

ビールも飲料もそうですけど、ナンバーワンブランドか2位ブランドあたりまでしか店頭に置かれなくなる。要するに、それ以下の雑多なブランドは店頭から消えますから、一挙に業績の格差がついてしまうでしょう。その点、カルピスは乳性飲料ジャンルでは6割以上のシェアを持つ、まさにナンバーワンブランドです。加えて、「三ツ矢サイダー」、缶コーヒーの「ワンダ」、「十六茶」もそれなりの数字で推移していますからね。

特保の「十六茶」も出しました。これは健康志向の反映もありますが、経営側から見ると、従来品よりも商品単価を上げられますから粗利が変わってくるわけです。特保商品が入ってくることで、ボリュームは前年比で2~3%増ですけど、金額ベースではもっと伸びてくるはず。そういう期待もしています。

業界3位というポジションも大事ですが、飲料分野はこれだけ商品カテゴリーが増えてしまうと、各カテゴリーで強いブランドをいくつ持っているかということが大事です。(消費税増税で)向こう2年で、各業界とも企業間の業績格差が開くでしょう。そして16年以降はどういう戦いになるかというと、今度はその2年間を生き抜いた、強い企業同士の戦いになるわけです。その時、一番肝心なのがブランド力。この先2年は苦しいけど、苦しい中でも投資しながらブランドを強くしていかねばなりません。

プラス、国内での強さは維持していかないといけませんが、国内一辺倒では、10年先を考えたらやっていけない。やはり、どこかで国内と海外のバランスを取っていかないと。それを15年までにどこまで進め、16年からの次の中期経営計画でどこまでできるか。そこが勝負になってきます。

「平均値」で物を見ない

〔かつてはビールオンリーだった市場に発泡酒が登場し、さらにその後、新ジャンルと称されるビールがぐんぐん占有率を高めてきたのが現在の姿で、嗜好の多様化や、少子高齢化、若年層のビール離れなど、ビールメーカーにとって需要の先細りは避けられないと指摘されて久しい。だが、そうした近視眼的な思考から複眼思考に転換できれば、まだまだビジネスの種は転がっていると泉谷氏は説く〕

社内でよく言っている例をいくつか挙げましょう。いま、だいたい主婦の6割近くが働いているので、朝晩の2時間ぐらいはものすごく密度が濃い時間なわけです。朝、子供を起こして弁当を作り、自分も身支度をして保育園に連れていき、会社に行く。帰りは保育園に子供を迎えに行き、家で晩御飯を作る、さらに洗濯や掃除もする。

となると、家事や化粧時間などを最大限、効率化しなければいけません。たとえば洗剤。洗剤の品質が良くなって、昔の半分の時間で洗濯が済むようになった。だから、少々価格が高い洗剤でも売れるのです。

掃除機も「ルンバ」が登場したことで、炊事しながら「ルンバ」が部屋の掃除をしてくれる。そうやって人の生活をよく見ていくと、物事を遠目に見たり何となくデータで見たり、あるいは平均値でばかり見ていては気が付かないものが見えてくるんです。平均値の上にも下にも人がいるわけで、我々もお客さんを見る時にメッシュ細かく見ることによって、新たなニーズは必ずつかめるようになるはず。あとは、潜在需要をどう掘り起こすことができるか、その会社の感度の問題ですよ。

〔この4月、資生堂の新社長に元日本コカ・コーラ会長だった魚谷雅彦氏が就任する。魚谷氏は飲料業界で「マーケティングの達人」として知られ、泉谷氏も尊敬する経営者の1人だという。アサヒGHDもグループ会社でサプリメントや化粧品を手がけているだけに、魚谷氏がどんな手腕を見せるのか注目しているはずだ〕

いま、女性の化粧時間をどう短縮するかがものすごく大事なテーマで、手早く化粧できる商品がとても流行っているんですね。(アサヒのグループ会社でも手がけている)「オールインワンジェル」といった商品がそれです。物事をそういう生活時間の効率化で切って見ると、従来とは違う時間密度があって、すごく付加価値のある商品が求められている。そういう事例はたくさんありますよ。

たとえば世の中では高齢社会が加速しますという話ですけど、1人1人に置き換えてみると、それは「個人の長寿化」なんですね。その個人の長寿化に、我々がどう対応していけるかが大事で、世の中の平均値の話だけを見ているのでは見誤ると思います。

もう1つ事例を挙げれば、地方の大きな家だとトイレが離れているじゃないですか。高齢者は夜中にトイレに行くのも大変です。そこで、配管工事をしなくてもホース2本で簡易トイレが部屋の中に作れる時代です。価格は高いですけど価値があり、需要もある。「量で考えたらそんなもの1000万台出ないでしょう」という話になるわけですけど、1000万台売るのは従来の10万円ぐらいのトイレ機器。でも、50万円の付加価値製品を200万台売れば一緒です。いわば粗利ミックスで、そういう市場の見方をしていかないと。

五輪商戦の準備も

〔ビジネスの新たなオポチュニティを掴むためにも、泉谷氏は社員に「もっとタウンウォッチングをせよ」と訴えている。アサヒGHD本社のある浅草エリア(東京都墨田区吾妻橋)は、円安効果もあって外国人観光客が増えているが、6年後の東京五輪の頃はさらに賑わうのは確実。その五輪商戦についてもオポチュニティは多いという〕

営業だけでなく広範な事業を経験してきた泉谷氏。

今後2年か3年で、海外で「スーパードライ」を1000万箱売って、その先はさらに倍に伸ばす。五輪開催時には訪日した海外の人たちに、日本で本場の「スーパードライ」を飲んでいただき、そこで満足感を持ってもらい、帰国してからもまたお飲みいただくような連鎖を作るとか。五輪をただ待っているのではなく、五輪の前にビジョンを作ってみんなで面白がってやることが大事。それがオポチュニティなのです。

日本人はすぐに、「私は運がない」とか「ついてない」とぼやきますが、海外の人たちは英語でチャンスとは言いません。みんなオポチュニティと言う。日本語で言う「機会」を、自分でどうチャンスに作り替えるかなんです。

〔ビール・飲料業界は、自動車や電機業界のように自社ブランドで世界を席巻していくことが難しい。各国の気候や民族性によって、飲み物の嗜好が大きく異なってくるからだ。勢い、現地企業と合弁でゼロからコツコツとスタートするか、M&Aで一気にブランドを手に入れるかのどちらかになる〕

飲料ビジネスで言えば、勝てる要素はブランド、ディストリビューション、それにその地域の食文化に合った商品の開発です。進出国で、上位5社のシェアが5割までなら自社ブランドで食い込める余地はありますが、これが8割取られていたらとても勝てません。だからブランドを持っている会社を買収しないといけないわけです。

当社は、たとえば92年当時は、売り上げが1兆円弱なのに、借金が1兆3000億円ありましたが、その後、10年間でトータル1兆円をコツコツ返してきました。そのおかげで、いまでは4000億円ぐらいまでの投資ならすぐにでもできますし、1兆円借りてでも思い切ってやるということも、いまは信用があるから可能です。その財務基盤をベースに、海外展開は進出国や地域の状況に応じて、柔軟にやっていきますよ。

(構成=本誌編集委員・河野圭祐)

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