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経営戦記

「企業は人なり」――。大企業から中小企業まで、どんな企業であってもそれを動かしているのは人であり、意思決定するのは経営トップである。言葉を変えれば、どんな優良企業でも社長が変われば倒産するし、低迷企業も不死鳥のように蘇る。すなわち経営とは日々の戦いであり、経営者に求められるのは不断の努力と決断力だ。話題の企業の経営者はいったいどのような戦いを勝ち抜いてきたのか――

2013年12月号より

不動産仲介業に“新風”「売り主専門」エージェント
風戸裕樹 不動産仲介透明化フォーラム社長

風戸裕樹 不動産仲介透明化フォーラム社長

かざと・ひろき 1981年10月24日生まれ。東京都出身。私立攻玉社高校を経て、2004年早稲田大学商学部卒業。同年オークラヤ住宅に入社。その後、06年にクリード、さらに08年ダヴィンチ・アドバイザーズに転じ、この間、起業構想を温める。09年にアーブル・パートナーズを創業、10年不動産仲介透明化フォーラムを設立、社長に就任。座右の銘は「他山の石を以て玉を攻むべし」。モータースポーツ好きでF1に詳しい。

不動産業界に対して、いまだ「騙され感」や「胡散臭さ」を抱く人は少なくない。そこを、中古マンション売買の事業を通して払拭しようとしているのが、不動産仲介透明化フォーラムの風戸裕樹社長だ。この若き起業家の目指すもの、そして起業経緯は――。

業界の「慣習」を打破

〔中古マンションの売買が活況だ。その売買を仲介する企業は、売り主と買い主の両方を仲介する「両手取引」が一般的。だが、できるだけ高く売りたい売り主と可能な限り安く買いたい買い主の両方から手数料(成約価格の3%)を取る慣習については、以前からこんな指摘もあった。「たとえば、原告と被告で同じ弁護士がつくはずがないでしょう。それと、他社に取られないよう、自社でお客さんを囲い込もうとするから、必然的に潜在顧客へのリーチが足りないんですよ」(業界関係者)
米国では売り買いのどちらか一方を専門にするエージェントが一般的だが、日本ではなぜか「両手取引」が普通になっている。そこに風穴を開けたのが、売却専門のエージェントサービス(サイト名は「売却のミカタ」)を手がける、不動産仲介透明化フォーラム(以下FCT。2009年にアーブル・パートナーズを創業し、翌年FCT設立)の風戸裕樹社長(31)である。同氏は今年、『マンションを相場より高く売る方法』(ファーストプレス)という著書も上梓し、売り主の支持を得て注目されている〕

普通、仲介会社で“できる営業マン”というのは、売却を依頼された際の査定価格が低いんです。低くても契約が取ってこれる人が、買い手にも売りやすく、両方から手数料が取れるからです。

であるならば、売り主専門に特化すれば、もちろん我々のコスト削減努力、営業努力もありますが、これまでの売却価格よりも高くなることは明らかです。

ただし、立地や眺望に難があればその限りではありませんし、売り主の中には、高く売るためにリフォームする方もいますが、我々としてはリフォームしてない物件のほうが売りやすい。個人でリフォームを依頼すると、だいたい平均で400万~500万円の先行投資がかかりますが、その分が売却価格に乗るわけではありません。リフォームは、あくまで買い手側に任せたほうがいいのです。

おかげさまで、この半年ぐらいで月に100件以上のお問い合わせをいただけるようになって、その中で実際に売却のご依頼を受けて成約するのが15から20件ぐらいですね。当社のウェブサイトを通じて、北は北海道から南は沖縄までいろいろなお問い合わせを受けるので、東京を中心とした首都圏以外でも、今年5月の名古屋を皮切りに、大阪や神戸、岡山など、西日本にも展開を広げています。

〔広域展開といっても、FCTが自分たちで店舗展開をするわけではない〕

地方都市でも、当社のように売却専門のやり方で少しでも高く売れることがわかったので、我々の事業理念と売るノウハウに賛同していただける不動産仲介会社が増えています。完全なFC(フランチャイズ)のように、店の看板ごと変えてもらうわけではないですけど、売却専門の部門として、「売却のミカタ」と同じやり方でやっていただくと。

〔さらに2013年9月27日からは、間取りタイプや階数、面積などに照らして分譲マンションの査定価格を公開した、「マンションプライス」というウェブサイトサービスもスタートさせている〕

現状、我々は仲介マーケットの1%から2%ぐらいのシェアを取れている感じなんですが、これを10%まで広げていくことを、向こう5年で達成させる計画でやっています。この業界は、最大手でもシェアが20%いってませんから、10%取れたら大手に伍すことができます。要は、消費者がマンションの売却を考えた時、その選択肢の中に必ず当社が入るようなところまでもっていきたいということ。ある程度のシェアを取っていくことで、売ろうとしている方が誰でも知る存在になりたいのです。

国交省でも、流通活性化フォーラムの中で、レインズ(不動産流通機構。売り主から依頼された不動産仲介会社は、依頼後7日間は同機構のサイトに他社も見る売却情報を出さなくて済む)に代わるシステム、さらに全方位的な売買情報開示を促していますから、いずれは、実際に法律的な面から変わっていくと思います。

〔風戸氏が起業した当初は、同じ不動産でも仲介手数料不要の賃貸マンション検索サイトの事業から始めている。賃貸でもこれまで、半ば不動産業界の“慣習”化しているものがある。仲介手数料は家賃1カ月分が普通だが、キャンペーンで半額、あるいは無料としている物件もあるし、礼金や敷金も各2カ月ずつの物件もあれば、礼金がない物件、敷引きや更新料の有無など様々だ〕

不動産業界のこれまでの常識を、消費者目線で変えている風戸裕樹・不動産仲介透明化フォーラム社長。

いまは「売却のミカタ」のサイトに特化していますが、そもそも当初は賃貸と売却両方のビジネスでやろうと思っていて、どちらが先かという時に、ウェブサイトを先に作り始めたほうが賃貸だったということです。いずれにしろ、起業のポイントは仲介の透明化だけに焦点を絞っていくということでした。何か新しいマーケットを作るというより、不動産業界に長らくはびこった慣習を変えていくことで、消費者から「不動産業って意外と透明なんだね、胡散臭くないんだね」と思っていただけるようにしたいと。

ただ賃貸のサイトは、ほとんどが同業者とウェブの中での戦いになってしまうので、検索の上位に来るかどうかで勝敗が分かれやすいんですね。その点、売却のビジネスは、より高く売るというサービス面での差別化がしやすい。なのでウェブでの競争に巻き込まれにくいということと、他社がやってない事業ですから、賃貸の時に比べてかなりのびしろがあるなと。それで売却の事業にフォーカスしたわけです。

学生時代から起業志向

〔ここからは、風戸氏のこれまでのキャリアから起業に至る経緯、などについて触れていこう。同氏が早稲田大学を卒業したのは2004年のこと。その前の02年から03年にかけては就職氷河期と言われて、採用が底だった時期でもある〕

入社試験は、不動産と金融しか受けていません。金融のほうは特に深い理由はありませんでしたが、たとえば銀行なら対面業界が広いので、ビジネス全体を見渡すことができ、起業意欲は学生の頃からあったので、そういう意味でもいろいろ勉強できるのではないかと。

不動産は単純に面白いと思っていて、私は文系の人間なので何かを作り出すというのは簡単ではないんですね。でも不動産なら、たとえば再開発プロジェクトにも、かなり文系の人間も関わっていくんです。だから面白みがある。ということで、不動産・ディベロッパー、それに付随して仲介会社を受けていました。

でも就活はうまくいかなくて(笑)。それまであまり挫折なくストレートで来ていたので、甘い考えで、いわゆるいい会社に入れるんだろうなと思っていたんですね。

学生時から起業を意識していたのは、世の中で若手起業家が注目されるようになったからというより、父親の影響が大きいですね。父は理系のエンジニアで、いわゆる大企業にずっと勤めていたんですけど、私が高校1年の時に病気になり、会社を辞めざるを得なくなったんです。

そこで、定年まで勤め上げるというのがあまり魅力的には思えなくなって、自分で何かビジネスを興す立場に立ちたくなりました。また立たないと、どんなに健康に気を使っていても何が起こるかわかりません。父は酒も煙草もやらない人間でしたし、大企業に入っただけでは安心できないと思いました。

ダヴィンチで鍛えられ

〔とはいえ、起業する前に一度社会で揉まれる経験はしておかねばいけない。苦労の連続だった就活で、やっと辿り着いたのが、中古マンションの買取再販や仲介業を手がけるオークラヤ住宅だった〕

もう1社、野村不動産アーバンネットからも内定をいただいてましたが、どちらも学歴に関係ない仕事で、就職氷河期という環境のせいにしない力をつけていこうと考えました。発想を転換して、入社した会社でトップ営業マンを目指そうと。どちらの会社に行くかは最後まで悩みましたが、当時の野村不動産アーバンネットだと、仲介業務しかなかったんです。

一方で、オークラヤ住宅なら物件を買い取ることもできる。仲介だけだとどこか他人事に感じるので、自分たちが当事者にもなれるというポイントが大きかったですね。

〔2年後の06年、風戸氏は不動産ファンド会社のクリードに転職する。トップ営業マンを目指せば目指すほど、消費者利益とは乖離していくことを実感するようになったという。が、リーマン・ショック前という時期で、不動産ファンドは破竹の勢いを見せていた頃でもあり、クリードで腕を磨くうち、営業成績が良かった風戸氏にヘッドハンティングの話が舞い込む。スカウト先は、「稼ぐが勝ち」を地でいくような、同じファンドでも最大手のダヴィンチ・アドバイザーズである。08年のことだった〕

ダヴィンチでの1年半ぐらいは、本当に死ぬような思いで仕事をしましたね。不動産の評価も投資家とのやりとりもかなり強引でしたし、そういう意味では、クリードはまだまだゆるいファンド会社だったんだなと思いました。

ダヴィンチでは給料もすごく高かったですけど、お金をたくさんもらって嬉しいという気持ちは段々薄れてしまいました。そんなにお金を使う機会もないし、貯金するのが楽しいわけでもない。そうこうしているうちに、リーマン・ショックでファンドバブル崩壊です。当時は結婚したばかりの頃でしたが、以前から起業の話は彼女にしていましたし、両親も、起業について特に何も言いませんでした。

私自身、クリードとダヴィンチの2社の経験で、かなり自分に自信がついたんです。賃貸も売買の世界も見ることができ、不動産1棟の投資キャッシュフローの書き方、あるいは土地を仕入れて建物を建てること、既存の古いオフィスビルや住宅をリノベーションすることも、20代半ばぐらいでやらせてもらえましたから、経験も人的ネットワークも、同世代の人たちよりかなりあるという自負はありましたね。

起業に際しては、海外に6年ぐらい赴任している友人がいたので、彼らに「米国では不動産はどういう仕組みになっていて、どうやって家を借りたり売ったりしているのか」と聞きながら、その情報を組み合わせてサイトを作る準備をしていきました。

〔風戸氏の著書は、FCTで会長を務める吉川克弥氏との共著となっているが、吉川氏は「不動産マーケットの歪みを解消する」という志を共有する創業メンバーで、経営パートナーでもある〕

著書の帯にある「相場より500万円以上高く売れる会社」が目を引く。

当初は資本金100万円で会社を作り、賃貸サイトの時はあまりブランド力も必要でなく、ある意味、集客さえすればお金にはなったんです。

で、そうこうしているうち、「売却のミカタ」の構想を練っていた時に吉川と知り合いました。彼は私がクリードにいた時に、クリードに対して仲介をして取引があったんです。

その後、吉川も独立して不動産コンサルティング会社を興しましたが、リーマン・ショック後、「これから新しいものを作らなければいけないだろう」と。

私が「消費者のために米国型の仲介をやりたい」と言ったところ、非常に興味を持ってくれまして、彼も、昔いた野村不動産でマンションを売っていた頃を思い出し、「それなら一緒にやろう」ということで共同出資に至っています。

〔さて、賃貸のサイトから「売却のミカタ」に全面シフトしたFCTだが、風戸氏は会社を拡大させていく上で、次なる成長分野を視野に入れているのだろうか〕

1つやりたいのは、投資家向けのサービスです。リノベーションといったビジネスも確かに華があっていいんですが、この分野を手がける会社はすでにたくさんあるので、いまから打って出ても中途半端になってしまいます。

むしろ、投資用に不動産を買っている方、あるいはこれから買う予定のある方に向けたサービスがいい。いまよりも賃料を上げる、あるいは物件のバリューアップをする方法とか、価値を高めて高く売るためにしておくべきノウハウは私も吉川も強いので、それはやっていきたいなと。あまり大きく広げる気はないので、ぶれることはありませんね。

(構成=本誌編集委員・河野圭祐)

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