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経営戦記

「企業は人なり」――。大企業から中小企業まで、どんな企業であってもそれを動かしているのは人であり、意思決定するのは経営トップである。言葉を変えれば、どんな優良企業でも社長が変われば倒産するし、低迷企業も不死鳥のように蘇る。すなわち経営とは日々の戦いであり、経営者に求められるのは不断の努力と決断力だ。話題の企業の経営者はいったいどのような戦いを勝ち抜いてきたのか――

2013年10月号より

ヤマダ電機「多角化」の要 〝新生S×L〟の司令塔
松田佳紀 ヤマダ・エスバイエルホーム社長

松田佳紀 ヤマダ・エスバイエルホーム社長

まつだ・よしのり 1960年11月9日生まれ。和歌山県出身。79年和歌山北高校卒業。同年上新電機入社。2004年営業本部販売促進部長に就任。06年同社退社。07年ぷれっそHD社長のほか、マツヤデンキ、サトームセン、星電社の社長に就任。12年ヤマダ電機に入社し、取締役兼執行役員副社長。今年3月エス・バイ・エルに転じ社長代行、5月28日から現職。趣味はスポーツ観戦。

ヤマダ電機が、ハウスメーカーの中でも老舗のエス・バイ・エルを買収して、住宅事業を拡大している。その中核を担うのが、生まれ変わったヤマダ・エスバイエルホームだ。今年5月末、同社の社長に就いたヤマダ出身の松田佳紀氏は、どう再浮上に挑むのか。

チラシと駐車場を活用

〔家電量販店最大手のヤマダ電機が、木質プレハブ中堅の住宅メーカー、エス・バイ・エルを買収、子会社化(現ヤマダ・エスバイエルホーム。以下ヤマダS×L。東証1部上場)すると発表したのは2年前の2011年8月のこと。地上デジタル放送への移行後、家電量販店はどこも薄型テレビの売り上げが急減したことから次の収益源を模索している。ヤマダが期待をかけるのがスマートハウスを核とした住宅事業で、省エネ性能の高いエアコンやテレビなどの家電製品、家庭向けの発電・蓄電装置などを組み合わせた住宅を提案し始めている〕

液晶テレビもさることながら、パソコンもタブレットに取って代わられてきています。ヤマダ電機のパソコン販売シェアは非常に高いですから、この分野の売り上げ減少も効いてくる(その対策として去る7月に、ヤマダはレノボ・ジャパンと組んだ独自のミニタブレット「エブリパッド」を発表、発売)。

一方で住宅、特に戸建て住宅というのは、地場の工務店需要が高いため、圧倒的なトップメーカーは存在しません。そこで、ヤマダ電機のさまざまなインフラを使って将来、戸建て住宅業界でナンバーワンになれないかなと考えています。

〔確かに、昨年の戸建て住宅の国内シェア(日経新聞社による推定値)はトップの積水ハウスでも3.7%、以下、僅差で旭化成ホームズ、積水化学工業、ミサワホーム、大和ハウス工業と続く。ほかにも、住宅との関連性が高いためか、トヨタ自動車が「トヨタホーム」を、パナソニックも「パナホーム」を擁している。トヨタ、パナソニックは巨大メーカーだけに、グループ会社も入れると社員数が膨大で、それだけでも住宅の売り先は一定量が見込める。その点、ヤマダ電機のような流通小売業からの住宅市場参入は珍しい〕

トヨタホームさんは鉄骨系の住宅で、従来は木質系の住宅がありませんでした。そこでミサワホームさんをグループ化して、木造と鉄骨の2枚看板にされた。パナホームさんも鉄骨系だけですが、パナソニック電工さんという、システムキッチンやシステムバス、トイレ設備なども作っているグループ会社を持つ強みがあります。で、ヤマダ電機も昨年、ハウステック(元は日立化成系のキッチン、バス、給湯設備を手がける企業)という会社を買収していまして、競争力はあると思っています。プラス、家電量販店最大手(ヤマダ電機の2年前の売り上げは2兆1532億円。今年3月期は1兆7014億円)のスケールとインフラ(全国に約600店)も武器になりますね。

〔具体的なヤマダシナジーとしては、3500万枚ものヤマダ電機の新聞折り込みや店頭でのチラシと、店舗駐車場スペースの住宅展示場への利用などが挙げられ、この10月頃までに、住宅展示場を10カ所ぐらい設置する予定だ〕

住宅は30年とか50年とか、買い替えサイクルが長いでしょう。家電なら、たとえばパソコンで5年から8年、冷蔵庫でも10年から15年、エアコンやテレビも10年ぐらいです。日本は5000万世帯で、テレビが一家に2台平均で1億台のマーケット。それが10年に1回の買い替えなら、計算上は1年で1000万台という需要になります。冷蔵庫や洗濯機も700万台から800万台の間で、買い替えサイクルでほぼ、年間マーケットが決まってしまうわけです。

一方、住宅は当社製の家で過去、9万5000世帯ぐらいに売っていますから、そこに、我々からリフォームなどの情報発信、提案ができます。その点でも、ヤマダ電機の店舗でリフォームコーナーが拡充できるのは大きい。昨年、ヤマダ電機の店内に初めて30坪のリフォームコーナーを作りました。山田昇(=ヤマダ電機社長)がすごいのは、30坪で一亘投資したところを、まだ効果が物足りないと判断したら、さらに80坪、100坪と拡大再投資して作り変えることです。リフォームコーナーも、成功パターンができれば大きな効果をもたらすでしょう。

創業者、小堀林衛のDNA

〔ヤマダS×Lホームは、創業から通算63年目の老舗。創業者の小堀林衛は竹中工務店の出身で、独立して三成建築工業(後に小堀住建興業となり1990年からエス・バイ・エル)を興した。デザイン性や耐久性に優れた商品力に定評があったが、低価格帯の戸建て住宅に参入後、安価なイメージが先行したこともあって、業績低迷期が続いていく。
そこで、ヤマダ電機出身の松田氏が社長に就いた直後の今年6月、ヤマダS×Lホームでは、中高級商品とコストパフォーマンスに優れた商品の2路線を打ち出した。前者の高級路線では往年の「小堀ファン」層を取り込むべく、「小堀の住まい設計工房」の設計、デザイン、提案力を最大限に活用していくという〕

いわば、オンリーワンの家作りですね。我々は、基本的なデザインは自分たちで手がけています。もともと関西では評価が高かったのですが、シンプル&モダンというコンセプトで一時期、関東でもエス・バイ・エルの家がブームになって、ほかのハウスメーカーが追随したほどです。

ですが、デザイン重視は高コストにもなり、経営権が主力銀行やファンドの手に渡った時期は、その良さがどんどん縮小されていきました。そこで、これからは原点に戻って本質を極めていこうと。それがまた、強力な差別化にもなっていくからです。当社の創立記念日は6月14日ですが、それまでこの日は会社が休みになっていました。でも、そうじゃないだろうと。全員が出社して、全員で原点を確認する日、戻る日だと訴えました。

創業家の小堀家の社員が子会社も入れると2人いまして、その人たちにも創立記念日に、小堀林衛という人の思いについてスピーチしてもらいました。小堀は生前、「心の住まない家を住まいとは言いたくない」と言っていましたが、社名は折々で変わっても、基本は「小堀の住まい」というコンセプトにあるのです。そこをしっかり確認しようと社員に伝えました。

もちろん、小堀の良き文化は継承しつつ、一方でスケールメリットも追求します。実際にかつて、「ハウス55計画」(75年に実施された、5年間で一戸建て住宅を500万円で供給できるようにしようという国を挙げてのプロジェクト。唯一、エス・バイ・エルを中心としたグループがこの価格帯の住宅を実現できた)で、ミサワホームさんと一緒に、お得感のあるデザインで、いい家を大量供給できた時代もありましたし。

〔比較的安価な住宅で過去、一世を風靡した感もあったわけだが、そのお株は近年、タマホームやファースト住建といった新興の上場ハウスメーカーに取って代わられていた。名実ともにヤマダ電機グループとなったいま、これからがリベンジの時期になるのかもしれない。
ヤマダ電機のカリスマ、山田昇社長はいまも月曜、火曜は朝7時前に出社。他社も含めた新聞の折り込みチラシもこまめにチェックし、対抗値下げの指示も多いらしい。人一倍負けず嫌いの山田氏のこと、新規参入した住宅市場でも、シェア獲りの野望は大きいだろう〕

ただ、住宅メーカーは家電量販店と違って、プレーヤーの数が非常に多いんですね。家電量販店はずいぶん店舗数も減りまして、昔は、大小入れると電器店が全国で4万店ぐらいあったのが、いまは2万店ぐらいです。一方で、戸建て住宅市場は、親子2人で工務店を経営しているようなところが無数にあります。将来、どこかで合従連衡の局面も出てくるかもしれませんが、この業界ではまだ、少し先のことかなと思いますね。

振り出しは上新電機

〔新生のヤマダS×Lホームとなって、松田氏が重点的に取り組むのが人材育成と社内の活性化だ。業績低迷で沈滞した士気を再び盛り上げることが、何より大きな課題と考えているからである〕

ここ1、2年でベテランも辞めたりしましたが、幸いなことに、ピーク時で1806億円売った時代の工場インフラがいまでもあります。このインフラで売り上げ1000億円までは対応できる(2013年2月期は398億円。今期見通しは540億円)。技術の継承という点では、中堅社員を中途採用していくことも大事なことです。でないと、1000億円という事業目標は絵に描いた餅になってしまう。

あとは、ファンドの資本が入った頃、社員の給料が圧縮されて、優秀な社員が去っていった面も否定できませんから、利益は社員にも還元していく。そういう意味でも、工場インフラに投資しなくて済むことは大きい。業績が少し良くなれば、給与アップやボーナスアップの原資に回せるからです。同業他社の大手とは経常利益率がまったく違うので、業界平均より上の給与水準というのはかなり大変ですが、決して恥ずかしくない給与ベースにもっていくのも、私の大きな仕事の1つだと考えています。

〔松田氏のヤマダ電機時代の役職は、取締役兼執行役員副社長で、営業本部長兼商品事業部長という重要なポストを担っていた。山田昇氏からの指示で、エス・バイ・エル社内を初めて視察したのが昨年11月のことである〕

視察から戻ってきて「営業現場で人が辞めており、ちょっと大変です。モチベーションが下がっています」と報告したら、「2、3カ月行ってこい」と。また戻って「いや、これは本当に大変です」と言ったら年明けに、「人心掌握しろ」、さらに2月に入ると「3月1日からこの会社の責任者になりなさい」と言われました。それでまず社長代行となり、5月28日の株主総会をもって正式に社長になったという経緯です。

〔年齢的にも52歳と比較的若い松田氏。出身は和歌山県で、地元の高校を卒業後、大学進学を断念して社会人生活をスタートさせている。最初に入社したのは、大阪が地盤の上新電機だった〕

創業者の小堀林衛が遺した「住まい」の言葉。

ある大学に受かりはしたんですが、もう少しいい大学を目指して1年浪人しようと。その合間に上新電機の試験があって、往復の電車代を出してくれたんですよ。高校の先生には「大学を受け直すから会社には行かない、浪人します」と言ってたんですが、「学校推薦で来た求人なんだ。半年でもいいから行ってくれ。でないと来年から求人案内が来なくなる」と言われましてね。

それで、半年のつもりで上新電機に入ったんです。大学受験は捨てがたいので一定期間経過後、辞表を出したんですが、年末商戦の忙しい時期の直前でしたから店長に辞表をビリビリと破られてしまって(笑)。そうこうするうちに辞められなくなって、バイヤーの仕事に移りました。

その後、名古屋で店長をしていた頃に、上新電機で過去に経営者をしていた人たちの間でゴタゴタが起きましてね。嫌気がさして、私も辞めようかと気持ちが揺らぎました。結局、行きませんでしたが当時、三井ホームさんとエス・バイ・エルの中途採用試験を受けたことがあるんです。もう20年も前のことですが、いま、こうして私がここにいるのも何かの縁かもしれません。

リフォーム事業にも注力

〔辞めずに勤め続けた上新電機で、松田氏は04年に営業本部販売促進部長となり、2年後の06年に同社を退社した。本人は「ヘッドハンティングでなく、いわば“ボディハンティングですよ”」と苦笑するが、スカウトされた先が東証1部に上場していたマツヤデンキである。マツヤデンキは民事再生法を申請して破綻。その再生役として松田氏に白羽の矢が立ったのだ。06年4月のことである〕

その06年秋に、神戸にあった星電社、東京にあったサトームセンの代表取締役にもなりまして、マツヤデンキを含む3社を統合した持ち株会社、ぷれっそホールディングスの社長に、翌年の07年に就任しました。そのぷれっそHDをヤマダ電機が買収したわけです。

松田氏の座右の銘は「とにかく何かを始めよう!」。

当初はまだ、マツヤデンキの再建で頭が一杯で、実際駆けずり回っていましたね。マツヤデンキも、一時期は経常利益率で5%ぐらい出していたんですが、店舗規模が小さくて、100坪とか150坪ぐらいだった。つまり、ヤマダ電機やコジマといった、1000坪以上ある店舗を擁するところと競争しても、効率性で負けちゃうわけです。

上新電機は小さい店を大きくして残ったんですが、マツヤデンキは小さいままでした。で、何とかその小さい規模のままで勝ち残る方法を考え出さないといけない。それでリフォームサービスをしたり、旅行パンフレットを置いて販売したりしました。店を電器屋レベルのプラットフォームに縮小して、保険代理販売や住宅リフォームを含め、地域密着型でいろいろトライしたのです。

そうこうするうち、親会社となったヤマダ電機を含め、家電量販店も厳しい状況になりました。11年7月にアナログ停波となり、ピーク時は2500万台まで伸びたテレビの需要が急減したわけです。前年度までの、家電メーカーの業績悪化は周知の通りです。

電機メーカーの苦境の波は、1周遅れで必ず家電量販店にやって来ます。家電量販店がまだ、何とかなっていたのは、メーカーのように生産設備を持ってないから。でも、販売戦線を拡大した後の需要急減の影響は、規模が大きいヤマダ電機ほど効いてきます。

そこで、さきほど言いましたように、エス・バイ・エルやハウステックといった会社を買収したと。テレビの売り上げ減少分は、6兆円のマーケットがあるというリフォーム市場、10兆円近くあるといわれる住宅マーケット、この両ジャンルで賭けることになりました。

エス・バイ・エルがつらかったのは、ファンド傘下の時は、何よりも毎期の損益が最重要ですから、優良な遊休不動産物件をどんどん売却していったわけです。5年10年先の経営を考えたら残すべき物件も売ってしまった。一方で、短期利益ではマイナスになる、簿価割れ物件は売らないんです。

ファンドは目先1年1年の収益が勝負で、雇われた経営者は単年度収益で自分のボーナス、もしくはインセンティブが支払われますから、長期的なことは考えていません。優良物件を売って、規模を縮小していくしかないというのが、過去のエス・バイ・エルでしたが、いま、やっとそこから脱却して攻めの展開ができるようになってきたのです。

家と家電製品はもともと親和性が高いわけですから、ヤマダS×Lホームでの仕事もこれからが本番、気合を入れていきますよ。

(構成=本誌編集委員・河野圭祐)

WizBiz代表・新谷哲の著書「社長の孤独力」(日本経済新聞出版社)


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